記憶を手繰ると、ネットの深いところからそっと広まった話だと感じる。最初に見かけたのは掲示板の断片的な目撃談や匿名の投稿で、『八尺様』という名前と、白い帽子をかぶった背の異様に高い女性が子供を連れ去るという断片だけがぽつりぽつりと並んでいた。そこから派生したイラストや音声、実録風の体験談が次々と出回り、いつの間にか一つの“現代の民話”になっていった。多くのファンが起源をたどると、2000年代後半にかけての巨大掲示板文化と、ニコニコ動画や動画投稿サイト上の再生コンテンツが拡散の主要因だと説明するのをよく聞く。
東京や地方のローカルな目撃談と称する投稿が、伝承のように付け足されていった過程も面白いポイントだ。ファンの間では、元ネタは単一の作者による創作なのか、それとも複数の創作が合流してできあがったものなのかで議論が続く。私もいくつかの古いスレを辿ってみたが、最初期の投稿群は演出が巧みで、当時の読み手に強い印象を残したのは確かだ。さらに、海外のスレンダーマン現象の影響を指摘する声もあり、背の高い“人ならざる者”というモチーフが、ネット時代に
相応しい形で日本的な要素と融合したという見方に説得力を感じる。
個人的には、この伝説が長く生き残ったのは「語り継がれる余地」が多かったからだと思う。細部がはっきりしていないほど、リスナーやクリエイターは自分なりの解釈を加えやすく、イラスト、漫画、音声作品、都市伝説まとめサイトなどで独自の枝葉が増えていった。子どもを狙うという不安や、
ありふれた日常に潜む違和感といった普遍的な恐怖が普及を助けたのだろう。目撃者の証言風に書かれた投稿が多いこと、そして証拠として提示される映像や音声が編集されている場合が少なくないことから、学術的には創作の要素が強いと見なす人が多い。とはいえ、民話や妖怪がそうであるように、真偽よりも人々の心に残るかどうかが伝承の生命だと感じる。
伝播のメカニズムに着目すると、『八尺様』はインターネット民話の典型例だ。匿名掲示板の匿名性、同調する恐怖コミュニティ、メディアミックス的な拡散経路—これらが重なって、元々は小さな創作が大きな文化現象になった。だから起源を厳密に突き止めるというより、どのようにして現代の伝承になったかを追うほうが面白い。これからも誰かの創作が新しい枝葉を作り出していくだろうし、それを見守るのもファンとしての楽しみのひとつだ。