LOGIN世界的モデル・歌原レイラは、二十八歳でこの世を去った。だが彼女は幽霊となり、元ニート同然の青年・与那嶺良太の前に現れる。 レイラの願いはただ一つ。妹・彩を、もう一度モデルとして歩かせること。 新米社長、ヘアメイク、スタイリスト、デザイナー。小さなチームで世界を目指す中、彩は少しずつ「自分で選ぶこと」を覚えていく。 姉の言う通りに歩くのではなく、姉を忘れるのでもない。 受け取ったものを、自分のものにして歩いていく。 幽霊×姉妹×モデル×再出発の物語。
View More(Arc 1)
*** The first time I saw Damien Cross, he was buying my future. The second time, he was putting a price on my marriage. And by the time I understood why he wanted me, it was already too late to walk away. “Sign it, Serena.” My father's voice trembled as he pushed the document across the mahogany table. I stared at the contract, then at him. “Marry Damien Cross?” I read aloud. “You've lost your mind.” “Lower your voice.” “Lower my voice? You're asking me to marry the most dangerous man in this city!” My father looked toward the closed study door as if someone might be listening. “Do you think I want this?” “I don't know what you want anymore, Dad. You haven't told me anything in months.” Richard Vale had once been the kind of man who could silence a room simply by entering it. Now, his expensive suit hung loosely on his shoulders, and the hand resting beside the contract trembled. That frightened me more than his demand. “What happened?” I asked quietly. He rubbed his forehead. “The company is finished unless Cross agrees to the arrangement.” “Then let it fail.” His eyes snapped toward me. “You don't understand what you're saying.” “Then explain it to me!” “It's more complicated than that.” “Everything is always complicated when I ask about Isabella.” The moment her name left my mouth, my father went still. My sister had disappeared three years ago. No body. No proper explanation. Just unanswered questions and a family that had slowly learned to pretend the subject no longer existed. I hadn't learned. I never would. “Don't bring your sister into this,” he said. “Why? What are you afraid I'll discover?” “Enough, Serena.” I pushed the contract away. “I won't marry him.” My father stood abruptly, knocking his chair backward. “If you refuse, we'll lose everything. The company, the house, every investment I've spent my life building. And Damien will come for the people he believes destroyed his family.” “Then he should come for you. I'm not responsible for whatever happened between you and his family.” My father looked at me with an expression I couldn't understand. “That's what Isabella said.” My blood ran cold. “What?” He looked away. “Nothing.” “No. You don't get to do that. What did Isabella say?” “She's gone, Serena!” His shout echoed through the study. For several seconds, neither of us moved. Then he lowered his voice. “Please. Just this once, do what I'm asking.” I had never heard him beg before. I looked down at the contract again. My name sat beside Damien Cross's, and a wedding date had already been chosen. Three weeks. Apparently, my future had been arranged before anyone bothered to ask whether I wanted one. --- The Cross estate stood behind towering iron gates and walls that made the outside world feel impossibly distant. I arrived that evening with one question burning in my mind. Why me? The mansion was beautiful in the way a weapon could be beautiful—polished, expensive, and designed to make people think twice before approaching. A man in a black suit escorted me inside. Cameras followed my movements, and two guards stood near the entrance without bothering to disguise their scrutiny. “Mr. Cross is waiting,” the housekeeper informed me. Of course he was. Men like Damien Cross didn't wait for people. They expected people to arrive when summoned. As I followed her down a corridor, I noticed a framed photograph of Damien beside an older man with silver hair. Alexander Cross. His father had died three years ago, on the same night Isabella disappeared. I remembered the newspaper headlines. I remembered my father locking himself in his study for two days afterward. And I remembered the strange phone call that had awakened me in the middle of that night. A woman's voice had whispered, Don't trust anyone. I had always assumed it was Isabella. Now, staring at Alexander Cross's photograph, I wasn't so sure. “Miss Vale?” The housekeeper's voice interrupted my thoughts. “Is something wrong?” “No,” I lied. “Nothing at all.” The doors to the study opened. Damien Cross stood behind his desk, dressed in black. He was taller than I expected, with dark hair, a cold expression, and eyes that seemed to notice everything without revealing anything about himself. He checked his watch. “You're five minutes late.” “Traffic.” “Excuses are more convincing when they're original.” “And arrogance is less embarrassing when it's earned.” His expression shifted slightly. Interest, perhaps. Then it disappeared. “Sit down, Serena.” “I prefer standing.” “Then stand.” He opened a folder containing the marriage contract. “Your father explained the arrangement.” “My father handed me a contract and told me my life was the price of keeping his company.” “Your life is worth considerably more than his company.” “That's supposed to make me feel better?” “No. It's supposed to make you understand that I know exactly what I'm asking for.” I stepped closer to his desk. “Then tell me why you're asking for it.” “Because you're a Vale.” “That's not an answer.” “It's the only one you're getting tonight.” I hated how calm he was. Every word sounded calculated, as though he had already considered every possible response I could give. “If this is revenge,” I said, “why not come after my father?” His jaw tightened. “Your father has spent three years hiding behind his daughters. I'm simply asking him to make火曜日、午前六時四十三分。 良太は目を覚ますと、最初に天井を見た。次に部屋を見渡し、窓や机、いつもの場所へと視線を移す。 どこにも、いない。 「……レイラ?」 返事はなかった。 昨日は一日中、返事がなかった。夜になって何度呼んでも、何も返ってこなかった。 それでも、眠って朝になれば、いつものようにいる気がしていた。理由があるわけではない。ただ、今まではそうだったからだ。 良太はベッドから起き上がった。 「おい、朝だぞ」 少し待ってみるが、返事はない。 「レイラ」 今度は少しだけ声を強くした。それでも部屋は静かなままだった。 良太は顔を洗い、着替えを済ませた。その間も何度か振り返ったが、やはりレイラの姿はなかった。 * 午前七時十二分。 リビングでは、和男が朝食を食べていた。 「早いな」 「うん」 「仕事?」 「まあ」 良太は冷蔵庫を開け、何となく中を眺めてから閉めた。そのまま廊下へ出て、玄関を見て、リビングに戻り、また自分の部屋へ向かおうとする。 和男が箸を止めた。 「お前、昨日から何探してるんだ」 良太は一瞬、足を止めた。 「何も」 「何も探してない動きじゃないだろ」 「そう?」 「そうだ」 良太は麦茶を取り出しながら答えた。 「充電器」 「まだ?」 「見つかってない」 「昨日から?」 「うん」 「買えよ」 「……そうだな」 和男は呆れた顔で朝食に戻った。 良太もコップを手に取ったが、麦茶を飲むことはなかった。視線だけが、また自分の部屋の方へ向いていた。 * 午前八時二十分。 良太は、いつもより早くUTAHARA MODEL OFFICEに来ていた。 彩は学校へ行っており、家政婦が朝の仕事をしている。事務所は静かだった。 鞄を置いた良太は、パソコンを開かずに室内を見渡した。 「レイラ」 返事はない。 良太は事務所を出て、家の中を歩き始めた。 以前、レイラがよくいたリビング。彩の部屋の前。廊下。そしてベランダ。 一つずつ見て回ったが、どこにも姿はなかった。 途中、家政婦とすれ違った。 「与那嶺さん?」 「はい」 「何かお探しですか?」 また同じ質問をされたことに、良太は少しだけ笑った。 「鍵です」 「鍵?」 「いや……見つかりました」 家政婦は不思議そう
月曜日。 午前八時四十分。 歌原彩の自宅。 兼、UTAHARA MODEL OFFICE。 「おはようございます」 良太は玄関を開けた。 返事はない。 彩はすでに学校へ行っている。 家政婦も別の部屋で仕事中だ。 靴を脱ぎ、事務所スペースへ向かう。 鞄を置く。 パソコンを開く。 大会後に届いた仕事の依頼。 その数を見て、良太は苦笑した。 「……すげえな」 画面をスクロールする。 「なあ、レイラ」 返事はない。 「仕事につなげるって言っても、高校卒業までは月一ペースだったよな?」 静かだった。 良太は少し待つ。 「……ああ」 昨夜のことを思い出した。 《少し疲れたわ》 コンテストでは、一日中、良太の身体を使わせた。 幽霊がどうやって眠るのか、正確には知らない。 それでも、疲れたと言っていた。 「まだ寝てんのか」 良太は一人で納得した。 「まあ、今日くらいゆっくり休めよ」 そう言って、仕事を始めた。 ◇ 午前九時十分。 最初は支払いだった。 RE:CODE MODE CONTEST。 佐久間博之。 相沢七瀬。 高梨奏。 請求書、交通費、制作費、追加費用。 契約内容と照合しながら、一件ずつ確認する。 「……高い」 返事はない。 「いや、仕事考えたら高くないんだけどさ」 もう一度、合計金額を見る。 「まとめて見ると、やっぱ高いわ」 普段なら、 《払うものは払いなさい》 くらいは返ってくる。 良太は椅子の背にもたれた。 「……寝てるんだったな」 支払いを実行する。 資金はある。 彩も以前、必要なら姉が残したお金を使ってほしいと言っていた。 それでも、良太には目標があった。 いつか、彩の資産に頼らず、事務所の収入だけで運営できるようにすること。 「そのためにも、ちゃんと仕事取らないとな」 一拍。 「もちろん、彩に無理させない範囲で」 返事はない。 良太は少し笑った。 「今、結構いいこと言ったんだけどな」 そのまま次の請求書を開いた。 ◇ 午前十時半。 大会後の仕事依頼。 若手デザイナー。 ファッション誌。 Web企画。 コスメ。 国内ブランドの広告。 映像出演。 金額も条件も、それぞれ違う。 良太は一件ずつ確認した。
土曜日。 午後三時。 良太の実家。 自室。 机には、パソコン。 画面には、RE:CODE MODE CONTEST後に届いた仕事の依頼が並んでいた。 撮影。 広告。 雑誌。 ブランドとのタイアップ。 大会から数日。 問い合わせは、まだ増えている。 良太は、一件ずつ内容を確認していた。 彩は高校卒業まで学業優先。 仕事は月一回程度を基本にする。 金額だけでは選ばない。 誰と仕事ができるか。 どんな経験になるか。 次に何が残るか。 無理はないか。 その基準で、候補を絞っていく。 ベッドの端には、レイラが座っていた。 《それ》 「どれ?」 《三番目》 「若手デザイナーのルック?」 《そう》 「俺も気になってた」 《なら、調べなさい》 「決めてくれないの?」 《自分で決めなさいよ》 良太が笑う。 「最近、それ多くない?」 《何が?》 「自分で考えろ。自分で決めろって」 《代表でしょ》 「そうだけど」 《いつまで私に全部聞くつもり?》 良太は少し考えた。 「できれば、ずっと」 《嫌》 「即答かよ」 《あなた、最初よりかなりマシになったんだから》 「かなりマシって」 《褒めてるわよ》 「もっと言い方あるだろ」 レイラが笑った。 ◇ 夕方。 仕事が一段落する。 良太は椅子を回した。 「なあ」 《何?》 「彩、もう前ほど心配しなくてもいいんじゃない?」 レイラが顔を上げる。 「いや、心配はするだろうけど」 「何でもお前が決めなくても、大丈夫になってきたっていうか」 《そうね》 「嫌なら嫌って言うし、怖いなら怖いって言う」 「分からなかったら、分からないって言うし」 一拍。 「後で、も言う」 レイラが少し笑う。 「コンテストでも、玲奈やミラには届かなかったけど」 「ちゃんと自分で選んで、自分で歩いてた」 レイラは窓の外を見る。 夕方の光。 《十六歳で、あそこまでできたなら》 一拍。 《上出来よ》 良太が、少し驚く。 「珍しいな」 《何が?》 「お前が素直に褒めるの」 《事実だから》 レイラは、もう一度笑った。 ◇ 良太が、ふと思い出す。 「なあ」 《何?》 「そろそろ彩に言ってもいいんじゃない?」 《何を?》 「お前がこ
三日後。 午前九時十二分。 UTAHARA MODEL OFFICE。 良太は、パソコンの前で固まっていた。 「……何これ」 メール。 仕事依頼。 取材。 撮影。 広告。 昨日、整理したはずだった。 なのに、増えている。 椅子の後ろから、レイラが画面を覗く。 《何件?》 「昨日の夜から、また百件以上」 《全部仕事?》 「問い合わせも多い。あと、彩に服を送っていいかって」 《分かりやすいわね》 RE:CODE MODE CONTEST。 開催から三日。 優勝者は、御堂玲奈と真壁ミラ。 だが、話題になっているのは二人だけではなかった。 第二ラウンド。 一時間。 十万円。 スタッフ一名。 大会公式が公開した映像は、第一ラウンドの再生数を超えていた。 しかも、まだ伸びている。 * 良太が動画サイトを開く。 《御堂玲奈が10万円で選んだ服》 《真壁ミラ、1時間で作った第二ラウンド》 《RE:CODE第二ラウンド全16名比較》 《チームを一人にしたら何が残るのか》 そして。 《歌原彩、ユニクロでランウェイ》 「これ、公式より回ってない?」 《ものによるわね》 「いいの?」 《権利処理されてるなら》 「そこはちゃんとしてるんだな」 《仕事だから》 良太は、別の記事を開いた。 第二ラウンドに出場した十六人。 その多くに、変化が起きていた。 あるモデルは、フォロワーが約三万人増加。 新規撮影依頼が六件。 別のモデルは、第二ラウンドで自分の髪を切り、話題になった。 フォロワー約五万人増。 美容系ブランドから問い合わせ。 第一ラウンドでは目立たなかったモデルにも、雑誌や広告の話が届いている。 「……すげえな」 《何が?》 「優勝してない人にも仕事が来てる」 《そうね》 「なんで第二ラウンドなんだろ」 レイラは、画面を見る。 《分かりやすかったから》 「何が?」 《条件よ》 一時間。 十万円。 スタッフ一人。 《第一ラウンドは、全部が高い水準で揃ってた》 《でも第二ラウンドは、何を選んで、何を捨てたかが見える》 良太が頷く。 「見る側も比較しやすかった?」 《それに、一人ずつ物語ができた》 《短い動画にも向いてる》 「なるほど。SNS向きか」 《かな
歌原レイラ(25歳)――死まで、あと三年。 妹を守る戦いは、 もう後戻りできない領域へと踏み込んでいた。 1 マンション前・夕方 レイラの部屋で過ごした帰り、 彩はまだ温もりの残る廊下を抜けて、マンションのエントランスに姿を現した。 エントランス前。 建物の影に、数人の記者が静かに待ち構えている。 新人記者 「あ……! 歌原レイラさんの妹さん! 裁判について――」 その瞬間、 ベテラン記者が新人の腕を強く掴んだ。 ベテラン 「やめろ。映像もインタビューも禁止だ」 新人 「え? でも――」 ベテラン 「知らないのか。 レ
歌原レイラ(25歳)――死まで、あと三年。歌原彩(13歳・中学一年生)。妹を守るための戦いは、いよいよ――法の場へと踏み出そうとしていた。1 レイラのマンション・朝白い床の中央。彩は裸足で立っている。足は肩幅より、わずかに狭く。つま先は、ほんの数度だけ外側。レイラ「まず、立ち方」彩は息を整え、背筋を伸ばす。レイラ「踵に体重を置かない。 足の裏、三点。 親指の付け根、小指の付け根、踵」レイラ「そこに“均等に”乗せ
春の光が、静かに窓辺を満たしていた。白いカーテン越しの光はやわらかく、だが逃げ場がない。彩は十二歳。中学一年生になったばかりだった。その傍らに立つ姉――歌原レイラ、二十四歳。死まで、あと四年。1. スキャンダルあれから六年。私はモデルとして、誰よりも強く、誰よりも美しく光ってきた。アジアの街角。空港の到着ロビー。巨大ビルボードに並ぶ、自分の顔。電車の車内広告にまで刷り込まれた姿は、いつの間にか「私」ではなく、消費されるための“記号”になっていた。それでも構わなかった。彩を守れるなら、それでいい。だが今――その歩みを、大きく揺るがす出来事が起きていた。ロ
春の夕暮れ。アスファルトに残る昼の熱が、まだ足元から立ちのぼっていた。小学一年になったばかりの彩は、背中に大きすぎるランドセルを揺らして歩いている。その隣を歩くのは、姉――十八歳の歌原レイラ。死まで、あと十年。1. 楽屋裏・ファッションショー会場(都内某所)制服のまま。大きすぎるランドセルが、背中をいっそう小さく見せる。彩は、控室の扉のすき間から中をのぞいていた。鏡台の前。一流のメイクアップアーティストたちが、迷いのない手さばきでレイラを仕上げていく。パウダーの匂い。ライトの熱。空気そのものが、張りつめている。彩は目を丸くし、夢中で見入った。――お姉ちゃんが、