Masuk伝説と呼ばれた元トップモデル・歌原レイラは、不審な死を遂げてから一ヶ月後、幽霊としてこの世に戻ってきた。 彼女が目にしたのは、両親の愛を受けられず、孤独の中で生きてきた妹・歌原彩の姿だった。 かつて二人は誓っていた。 ――いつか、姉妹で同じランウェイを歩こうと。 その約束を胸に、夢を諦めず努力を続ける妹の姿を前に、レイラは決意する。 何者でもない中年男・与那嶺良太に引き寄せられ、幽霊としてこの世に留まった彼女は、妹を再び表舞台へ導くことを選んだ。 だが、幽霊であるレイラは、直接この世界に触れることができない。 良太の助けを借りながら、妹をモデルの道へと導いていく。 後悔、喪失、そして再生。 過去と向き合いながら、人はもう一度、人生をやり直せるのか。 これは、死んだ姉が託した想いが、残された者たちの未来を動かしていく物語。
Lihat lebih banyak墓地の外れ・夕方。 人気のない墓地に、風の音だけが通っていた。 足元では、線香の煙が細く揺れている。 ゆっくりと――良太の身体が立ち上がった。 数歩、歩き出す。 良太(心) 「……歩いてるの、俺じゃない。」 レイラ(内側) 「身体は借りる。問題ある?」 良太(心) 「もう借りてるだろ」 歩幅は一定だった。 迷いがない。 良太の身体は、そのまま墓地の出口へ向かう。 レイラ(内側) 「事務所に行く」 良太(心) 「場所」 レイラ 「八王子」 数歩。 良太(心) 「ここ、足立区」 歩みは止まらない。 良太(心) 「徒歩だと、到着は夜どころか日付変わる」 一拍。 良太(心) 「その前に膝が壊れる」 歩みが、わずかに緩んだ。 レイラ(内側) 「到着すればいい」 良太(心) 「壊れたら、到着しない」 風の音。 レイラ(内側) 「……なら、彩のところ」 良太(心) 「場所」 レイラ 「八王子の、二つ新宿寄り」 間。 良太(心) 「それも八王子」 歩き続ける。 同じ速度。 同じリズム。 良太(心) 「今日は帰る」 良太(心) 「移動手段を確保してから動く」 わずかに足が止まり、すぐに進む。 レイラ(内側) 「時間がない」 良太(心) 「身体は一つしかない」 一拍。 良太(心) 「壊れたら、終わる」 沈黙。 風が少し強くなる。 一歩。 レイラ 「お金を引き出して、電車で行く」 良太(心) 「本当に金はない。五年、無職だ」 レイラ 「……」 レイラが、呆然とした。 良太(心) 「俺ん家帰る? 帰ってから考えよう」 しばらく、放心状態のような沈黙が続いた。 やがて、進む方向が変わる。 墓地の外。 住宅街の方へ。 レイラ(内側) 「……家のお金をかき集めたら、交通費はある?」 良太(心) 「幽霊に金銭催促される俺……」 住宅街・夕方。 人通りはまばらだった。 街灯が一つ、また一つと灯っていく。 歩く速度は変わらない。 ただ、進む方向だけが変わっていた。 良太(心) 「憑依中は……主導権は全部そっちなんだな。身体が全然言うこと聞かない」 レイラ(内側) 「当
1.霊界/閉ざされたランウェイ 暗闇。 何もない。 ただ、長いランウェイだけが、闇の中に伸びている。 照明は落ちている。 観客席は空。 カメラもない。 スタッフの声もない。 拍手もない。 レイラは、黒いランウェイの中央に立っていた。 レイラ(心の声) 「……終わった?」 一拍。 レイラ(心の声) 「終わった、のに」 胸に手を当てる。 鼓動はない。 呼吸もない。 身体の重さもない。 それでも、消えていないものが一つだけある。 レイラ(心の声) 「彩」 名前を呼んだ瞬間、闇がわずかに揺れた。 レイラ(心の声) 「……まだ、ある」 一拍。 レイラ(心の声) 「それが消えてないなら、終わってない」 レイラは顔を上げる。 ランウェイの先に出口はない。 どこまで歩いても、光は見えない。 レイラ 「私は、まだ行けない」 声が、暗闇に吸われる。 返事はない。 レイラ 「彩に会うまでは」 そのとき。 遠くで、音がした。 ——カシャン。 レイラが振り向く。 闇の端。 そこに、細い光が生まれていた。 線香の匂い。 湿った土の匂い。 誰かの手。 誰かの祈り。 レイラ(心の声) 「……触れてる」 一拍。 レイラ(心の声) 「誰かが、私に触れてる」 レイラは光へ向かう。 足は動いていない。 それでも、意識だけが近づいていく。 レイラ(心の声) 「彩じゃない」 光の向こうにいるのは、彩ではなかった。 知らない男。 くたびれた服。 伸びた髪。 伏せた目。 けれど、その男の内側には、大きな空白があった。 レイラ(心の声) 「……止まってる」 一拍。 レイラ(心の声) 「この人も」 レイラは指を伸ばす。 レイラ 「なら、使える」 光に触れる。 世界が、裏返った。 2.現実/墓地/午後 曇天。 町外れの共同墓地。 風が、枯れた草を撫でている。 与那嶺良太は、母の墓の前に座っていた。 花を供え、線香を立て、墓石を拭き終えたあとだった。 良太 「母さん」 一拍。 良太 「今年も、これだけ」 手を合わせる。 目を閉じる。 良太(心の声) 「間に合わなかった」 五年前の病室。 鳴り続ける携帯。 取引先の床。 上司の声。 帰れなか
28歳・無職。伝説のモデルの墓を掃除した日、俺の人生は、ようやく動き出した。1.28歳無職の部屋/朝カーテンの閉じられた、薄暗い六畳間。PCモニターの青白い光が、無音の空間をぼんやりと照らしている。壁にはアニメポスター。足元には食べ終えたカップ麺の容器と、脱ぎ捨てられたTシャツ。エアコンの吹き出し口からは、かすかにカビの匂いがした。キーボードを叩く音だけが、部屋の呼吸を支配していた。良太(ナレーション)「与那嶺良太、二十八歳。職歴、空白。生きてるのに、生きてないような毎日。それが、俺の“現実”だ。」少し前に使ったティーバッグを、もう一度カップへ放り込む。お湯を注ぐ。薄い色が、ゆっくり滲む。良太は、それをじっと見た。良太「……二回目でも、まだ味するな」小さく笑う。良太「今の俺には、これで十分」ぬるい紅茶を一口すする。わずかに顔をしかめる。モニターの反射光に照らされた自分の腹を見下ろす。良太「……この腹、ひでぇな」思い出したように、苦笑する。良太(ナレーション)「近所のおばちゃんが言ってた。“稼がないのに、いいもん食べさせてもらってんだね。親に感謝しなよ”って。その通りだ。年金暮らしの父親の金で生きてる俺なんて、みっともねぇにもほどがある。」しばらく沈黙。良太「……痩せなきゃな」そう呟いても、立ち上がらない。良太はマウスを動かし、ニュースサイトを開く。画面に、芸能ニュースの見出しが並んでいた。『歌原和人氏、亡き娘・歌原レイラの事務所を承継へ』『UTAHARA OFFICE、代表交代で波紋』『“チームレイラ”主要スタッフが相次ぎ退職、今後の運営に不透明感』良太は、無言でモニターを見つめる。良太「……亡くなって、まだ一週間くらいだろ」スクロールする。画面には、短い記事本文が映る。歌原レイラ氏の死去に伴い、同氏が設立したUTAHARA OFFICEは、法定相続人である父・歌原和人氏を中心に承継手続きを進めている。一方で、長年レイラ氏を支えた主要スタッフはすでに退職し、それぞれ個別に活動を開始したとみられる。所属モデルであり、妹の歌原彩氏の今後にも注目が集まっている。SNSの反応が、画面の端に流れる。「レイラの会社、父親が継ぐの?」「裁判で揉めてた親じゃなかった?」「チ
1.UTAHARA OFFICE・会議室/午前レイラの死から、数日後。UTAHARA OFFICE。白い壁。磨かれた床。壁に飾られた、過去のキャンペーン写真。その中心にいるのは、どれも歌原レイラだった。けれど今日は、空気が違っていた。スタッフは全員、会議室に集められている。チームレイラ。マネージャー・加納。スタイリスト・井原。カメラマン・黒瀬。SNS担当・南条。メイク・安藤。ディレクター。レタッチャー。そして、柳田真悠。事務所No.1マネージャー。その他、事務、経理、アシスタントたち。誰も、雑談をしない。椅子のきしむ音だけが、やけに大きく響いていた。ドアが開く。入ってきたのは、歌原和人。黒いスーツ。だが、喪服ではない。その後ろに、代理人弁護士が二人。さらに、事務担当らしき男がひとり。和人は会議室の前方に立つ。一度、室内を見渡す。その視線は、人を見ているようで、数を数えているようだった。代理人が一歩前に出る。代理人「本日はお集まりいただき、ありがとうございます」誰も返事をしない。代理人「歌原レイラ氏の逝去に伴い、相続および会社支配権に関する正式な手続きを進めております」紙がめくられる。代理人「現時点で有効な遺言書等は確認されておりません。そのため、法定相続人であるご両親が、歌原レイラ氏の財産および関連権利を承継する方向で手続きを進めています」加納の拳が、膝の上でわずかに握られる。黒瀬は目を閉じたまま、動かない。柳田は、表情を変えない。代理人「それに伴い、UTAHARA OFFICEの代表権についても整理を行います」一拍。代理人「正式な手続き完了後、歌原和人氏が代表取締役に就任する予定です」室内の空気が、音もなく冷える。南条が、唇を噛む。和人が軽く咳払いをする。和人「……まあ、そういうことだ」誰も見ない。誰も頷かない。和人「正直に言う」和人は、ゆっくり口を開いた。和人「俺と娘のレイラとの関係は、良くなかった」会議室の奥で、誰かが目を伏せる。和人「裁判の報道もあった。世間も、そこは知ってるだろう」淡々とした声。けれど、その淡々さが逆に薄かった。和人「だが、それでも俺はレイラの親だ」和人は壁の写真を見る。そこには、黒いドレスをまとったレイ
歌原レイラ(28)──死まで、あと28日。 歌原彩(15・高校一年生)──春。 1.早朝の街角 (無音。冷えた空気。自販機の明滅。路地の奥で新聞の束が落ちる鈍い音) 心の声(彩) ──昨晩も、帰ってこなかった。 テーブルに転がる空き缶。 アルコールの匂い。 窓を開けても、胸の重さは消えない。 (玄関のチェーンが外れる。頬に触れる冷気) 心の声(彩) ──吸い込む空気に、味がある。 (角を曲がると、自転車を押す背の高い影。指先にインク。新聞を縄で締め直す) 彩 「……おはよう」 (彼は顔を上げ、会釈だけして去る。肩が少し強張っていた。
──世界が動いたあと、最初に訪れるのは拍手ではない。本当の仕事だ。1 UTAHARA OFFICE・ロビー昼。ガラス張りのロビーに、柔らかな光が差し込んでいる。歌原彩はソファに座っていた。膝の上には、例の雑誌。中央ページ。そこに立つ自分を、まだ少し不思議そうに見ている。その前に立つ男。三堂蓮。俳優。そしてブランド Iva Lucia の創設者。蓮は少し姿勢を正した。蓮「イヴァ・ルシアのイメージモデルとして」一拍。蓮
歌原レイラは知っていた。家族という言葉ほど、人間を長く縛るものはない。そして――欲望は、一度手に入れた金を決して忘れないことを。深夜。ガラス越しの街が、蛍光灯の白で滲んでいる。歌原レイラ――死まで、あと三年。妹を守る戦いは、法廷を越え、“家族”という名の欲望さえ、敵へ変えようとしていた。1 ホライゾン本社・夜高層ビルのロビーは、夜でも冷たく明るかった。無機質な床が蛍光灯を鏡のように返し、そこに立つ人間の輪郭まで、どこか薄く見せている。和人と
歌原レイラ(28歳)──死まで、あと29日。歌原彩(15歳・高校一年生)──春。1 裁判所の外裁判所の門を出ると、空気が少しだけ柔らかくなっていた。昼の光が石畳を白く照らしている。門の外では、街がいつものように動いていた。車の音。信号の変わる電子音。遠くの人の話し声。何も変わっていないように見える。けれど彩は知っていた。今日、世界がひとつ変わったことを。隣を歩くレイラを見る。黒いスーツ。静かな歩き方。背筋を伸ばした姿。どこに立っても、その場所が舞台の入口のように見える人。歌原レイラ。世界が選んだモデル。けれど彩にとっては、ただ一人の姉だった。三年前のこ