歴史を紐解くと、
朝敵という概念は権力闘争の道具として機能してきた面が強い。中世日本では、体制に
逆らう者を『朝敵』とレッテル貼りすることで、討伐の正当性を確保する手法がよく用いられていた。
現代の法治国家では、こうした恣意的なレッテル貼りは批判されるべきだろう。ただし、社会秩序を乱す行為に対する社会的制裁という観点から考えると、『朝敵』的な発想は形を変えて残っている。SNSでの炎上やキャンセルカルチャーは、ある種の現代版朝敵認定と言えなくもない。
重要なのは、誰がどの基準で『敵』を認定するのかという透明性の問題だ。歴史から学ぶべきは、権力者が都合よく敵を作り出す危険性だろう。