ここは、自分や他人が幸せかどうかが一目でわかる制度がある現代とはちょっとだけ違う世界。 坂井 穂乃果はその制度をよいものと思っていましたが、あることがきっかけでその制度について疑問を抱くようになり……。
View More冷たい風が、吹いている。
遊歩道には風を遮るものはなく、風の勢いは衰えることはない。
その風が、体に突き刺さっていく。
私、坂井 穂乃果は今の自分の『幸せ度合い』を確認している。
例えではなく、私は本当に寒さを痛みとして感じている。
それは鈍い痛みというよりは、絶え間なくやってくる鋭い痛みだ。
確かに髪の長さはショートボブと決して長いとは言えない。でもこの髪型が気に入っているから、変えようとは全く思わない。
子どもの頃から、少しでも寒くなるとすぐに風邪を引いていた。だから一年に何度も風邪を引いていた。
今もコートを着て、耳当てとマフラーと手袋を身につけているけど、全然痛みは和らがない。寒くて辛い。私は今でも寒さに苦しんでいる。
本当は目も鼻も頬もすべて、暖かいもので包み込みこんでしまいたいと思っている。でもさすがにそこまではしていない。そんな防寒グッズはどこを探しても売っていなかったから。
すれ違う人が、私のことをちらちらと見る視線を感じた気がした。
どうしてかな。
確かに今の季節はまだ秋で、一般的にはそこまで寒い時期ではない。
だからといって私のどこかおかしいかな?
考えても一向にわからないから考えるのをやめた。
乾燥のため唇が切れてかさぶたができていたので、私はその一つを力を込めてちぎった。そして、一つちぎると止まらなくなってどんどんちぎった。血が出てきて、またやってしまったと私は思った。
こんな子どものようなことをしているけど、私は今二十七歳と立派な大人だ。
でも、子どもの頃からこの行為をずっとやめられない。
かさぶたがくっついていると、気になってしまうのだ。
『幸せ度合い』とは、幸せかどうかを評価する制度の中心となるものだ。
つまり、『幸せ度合い』を確認しているとは、今自分が『幸せ』かどうか確かめていることと同じ意味なのだ。しかもこれには何の道具もいらず、すぐに確認ができる。
それができるようになったのはいつだったかは、なぜか私は覚えていない。思い出そうとしても、そのことに関する記憶などは頭の中からいつも見つけられない。
とにかく『幸せ度合い』により、自分が今どれぐらい幸せなのか段階的にわかるようになった。
度合いという言葉を使っているけど、それは実際に目で見ることができる。
どう見えるかというと、心臓がある部分に『幸せ度合い』の高さによって、それぞれあるものが見えるようになっている。
あるものとは、『色』と『形』だ。
『幸せ度合い』は、色と形によって五段階分けされている。それらによって『幸せ度合い』の高さが決まっている。
『幸せ度合い』が一番高いのはピンクだ。次がイエロー、グリーン、ブルーとなっていて、一番低いのがブラックだ。
また形も色に対応して五種類ある。ピンクは十字架、イエローは星の形、グリーンは四つ葉のクローバー、ブルーはひし形、黒はハートだ。
色と形の組み合わせが違うことはない。
また、自分の『幸せ度合い』だけでなく、他人の『幸せ度合い』も見えるようになっている。
他の人の心臓がある部分を見れば、自分のと同じように色と形が見えるようになっている。
この制度について、私はいいことだと思っている。
誰かと比べなければ、自分が今どれぐらい幸せなのかわからないから。
自分が今『幸せ』かどうかを判断することはなかなか難しいような気がする。
だから、色や形で分ける制度はとてもわかりやすくていいと思っている。
またそれぞれの形も、なんだかかわいくていい。
制度が難しいとややこしいし、五段階というシンプルな制度の方がいいとも感じている。
『幸せ度合い』は、一日や二日でがらっと変わるものではないとされている。
それはわかっているけど、私は毎日『幸せ度合い』をこうして確認している。むしろそうすることがルーティンのようになっている。見ることで安心ができる。
心臓のある部分を見て、いつも変わらずピンクの十字架が見えて、ホッとした。
私は最近ずっと『ピンク』なんだけど、やはり確認した時に、『ピンク』だとテンションが上がる。
なぜなら五段階評価制度の上から二番目のイエローの人はたまにいても、ピンクの人はなかなか街中に見つからないから。
私が『幸せ度合い』の一番高いところに分類されているかと思うと、素直に嬉しくなる。
今すごく幸せなんだなとわかるから。
私の『幸せ度合い』がなぜ『ピンク』かというと、夫の蒼が一番関係していると思う。
彼が、私をとあるところから救い出してくれたから。
彼に出会えたこと、あの日救ってくれたこと、今も彼と一緒にいることから私の『幸せ度合い』はきっとずっと『ピンク』なのだと思っている。
誰かにそう言われたわけではないけど、なんとなく思っている。
彼が私にしてくれたことは、本当にたくさんある。
ある理由から人生のどん底にいた私を、助けてくれた彼には本当に感謝してもしきれないぐらい感謝している。
でも、その彼のことで悩み事もあった。
私たちは、カラオケの自分たちの部屋に着いた。 カラオケの部屋は結構広いけど、私たちはいつもぴったり隣同士に座る。そして、いつも片手を繋ぎながら歌を歌う。 私は高額とされるお買い物について、頭の中で思い出してみることにした。 高額とされるお買い物は、その物によって割引率が違う。 でも、世の中に高額とされるものは、そこまで多くはない気がする。 私はいくつか例えを思い出してみた。 車の購入の場合は、ピンクは二割引き、イエローとグリーンとブルーは一割引きとなっている。車の購入だけがなぜか割引率が他のに比べてかなり低いからよく覚えている。 また、家の購入の場合は、ピンクは六割引き、イエローは三割引き、グリーンは二割引き、ブルーは一割引となっている。 ちなみに家を賃貸として借りた場合の家賃も『幸せ割引』が適応され、『幸せ度合い』が高いほど同様に安くなる。 私たちは家を購入するかアパートを借りるかのどちらにしようかと考えた時、六割引きという驚きの割引率に惹かれて思い切って家を購入をした。 もちろん、一括でなくローンで購入した。このローンの利息までも、『幸せ割引』が適応されることには私もさすがに驚いた。「穂乃果?」 彼にそう声をかけられて、ハッとした。 私はあることにたいしてよく集中しすぎるところがあるらしい。自分ではわからないけど、たまに急に声をかけられてびっくりする時があるから。 私は頭を左右に振り、机の上にあるタブレットで真っ先に採点モードを入れた。 それはいつも私がしていることだ。彼がしてくれる前に私が先にしたいと思う。 歌って高い点数が出ると気持ちがいいし、点数の高さで彼と勝負するためだ。 私は一曲目に何を歌おうか考えた。 一番最初に点数が高くとれると、その後も楽しく遊べることが多いから一曲目は大事なのだ。 彼は「穂乃果が、先に曲を入れていいよ」といつも言ってくれる。 私は、歌う歌が決まり、歌い始めた。 これは私もいつもしているけど、歌い終わると彼が小さく拍手をしてくれた。私たち二人はハイテンションではしゃぐタイプではないから、これぐらいがちょうど心地がいい。 点数はなかなかよくて、私はまた気分が上がった。 それから交互に歌を入れながら、歌っていった。 彼の声は男性にしたら少し高い。でも、女性の歌も普通に歌えるのはすごい
『幸せ割引』とは、自分の『幸せ度合い』の高さによって、様々なものを割引価格で買えたり、サービスを優遇して受けられたりする制度のことだ。 確か『幸せ度合い』が見えるようになってしばらくしてできた制度だと思う。 私は『幸せ度合い』と同様に、『幸せ割引』もいい制度だと思っている。 だって、幸せであればあるほど、優遇されるなんて幸せの相乗効果だから。 私は今日はどこにデートに行こうと考えた結果、カラオケにしようと思った。 起きた彼にそのことを言うと、「いいよ。カラオケに行こうか」と垂れた目を細めて笑顔でそう言ってくれた。 私はどちらかというとつり目だから、二人を足して二で割るとちょうどいい感じになりそうだといつも思っている。 でも、彼のその垂れた目も、笑顔も彼をふわふわとした雰囲気にしていてまたかわいらしい。 私は急いで、服を着替えることにした。基本私は行動をするのになぜかすごく時間がかかる。 少しでも彼に「かわいい」と思ってもらえる格好はどんなのかなと気分が急に上がってきた。 少しでも彼にドキドキしてもらいたい。 身長も153センチと中途半端で、スタイルも特別よくない私だから、服装で少しでもかわいく女性らしく変身したい。こうやって鏡を見るたびに、彼の顔は小さくていいなといつも思う。私の顔も特別大きいわけではないけど、彼の顔は男性にしたらかなり小さいと思う。 私は歌を歌うことが好きだ。デート先として『カラオケ』は、私たちの間では結構定番のものだ。 もう恋人同士じゃないけど、私たちは二人で遊びに行く時、『デート』という言葉を使う。 夫婦になったからといって、デートしちゃダメなことはないと思っているから。彼もその考え方はいいねと言ってくれている。 そもそも彼とどこか遊びに行けるなら、私にとってそれだけで素敵な時間だから。 私は走っていき、「行こうかっ!」と明るい声で彼の顔を見上げて言った。彼の身長は170センチ以上あるので私からしたらだいぶ背が高い。 家を出て、手を繋いで歩くだけで一瞬で楽しい気分になってきた。どうして彼と手を繋ぐだけでこんなにテンションが上がるのかな。 それから彼とたくさんお話をしながらカラオケ屋さんまで向かっていった。 彼とお話するだけで、さらにワクワクしてきた。 カラオケは、『幸せ割引』の中でショッピングや遊び代
家に帰ってきて、私は彼の寝顔を眺めていた。 私は朝三十分間散歩にいくと目がすっきり覚めるから、毎日行っている。 習慣化していて、特に面倒だと思うこともない。 彼はいつも私より起きるのが少し遅い。 私は、彼の茶色の髪色を見ながら自然と笑顔になっていた。「寝顔までかわいらしい人なんてなかなかいないから」といつも思っている。 私の髪色はチョコレートブラウンで、彼のより少し明るい。でも色も結構似ている気もするから、なんだかおそろい感があっていいから。 どんな夢を見てるのかな? 私が出てきていると嬉しいな。 そんなことを想像するだけで楽しい気分になった。 何の申し分もなくとびっきり素敵な彼だけど、私は一つだけ彼に対して思うところがある。 それは、私と彼の『幸せ度合い』の色が違うことだ。 私は『ピンク』だけど、彼は上から三番目の『グリーン』なのだ。 そのことがいつも頭に引っかかる。一日一回は必ず考えてしまう。 もちろん『幸せ度合い』は、愛情だけでは決まらないと思う。 でも、つい同じ色だったらいいのにと考えてしまう。 私と結婚したことで、彼の『幸せ度合い』が前より上がったらよかったのに。私が彼を少しでも幸せにすることができていたら嬉しいのにとも思う。 それに、どんなことであれ、夫婦だから一緒であれば嬉しいと私は考える。 だから、違うことは寂しい。 私にとって、彼は一番信頼できる人だから。 考えすぎて疲れたので、私は彼のいいところを考えることにした。 彼は今大手の会社で、システムエンジニアをしている。誰もができる仕事ではない。元は私が働いていた職場に新卒で入ってきたのだけど、少ししてから今いる会社にヘッドハンティングをされた。 その話の経緯を彼は詳しくは話してくれないけど、彼の能力が誰かに認められたことは素直に嬉しかった。 彼は私がいた職場に入ってきた時から、他の人とはかなり違っていた。 私はというと、彼と結婚してから仕事を辞めて今は専業主婦だ。 働くことは嫌いではなかった。でも、働くことは、私にとって予想以上に大変なことだった。 彼を支えることに専念したいと思った。 また、私と彼は基本的に性格や考え方など似ているところが多い。 だから、幸せにたいする考え方も同じように思っていてほしいと思った。 どうにも気持ちが切り替えら
冷たい風が、吹いている。 遊歩道には風を遮るものはなく、風の勢いは衰えることはない。 その風が、体に突き刺さっていく。 私、坂井 穂乃果は今の自分の『幸せ度合い』を確認している。 例えではなく、私は本当に寒さを痛みとして感じている。 それは鈍い痛みというよりは、絶え間なくやってくる鋭い痛みだ。 確かに髪の長さはショートボブと決して長いとは言えない。でもこの髪型が気に入っているから、変えようとは全く思わない。 子どもの頃から、少しでも寒くなるとすぐに風邪を引いていた。だから一年に何度も風邪を引いていた。 今もコートを着て、耳当てとマフラーと手袋を身につけているけど、全然痛みは和らがない。寒くて辛い。私は今でも寒さに苦しんでいる。 本当は目も鼻も頬もすべて、暖かいもので包み込みこんでしまいたいと思っている。でもさすがにそこまではしていない。そんな防寒グッズはどこを探しても売っていなかったから。 すれ違う人が、私のことをちらちらと見る視線を感じた気がした。 どうしてかな。 確かに今の季節はまだ秋で、一般的にはそこまで寒い時期ではない。 だからといって私のどこかおかしいかな? 考えても一向にわからないから考えるのをやめた。 乾燥のため唇が切れてかさぶたができていたので、私はその一つを力を込めてちぎった。そして、一つちぎると止まらなくなってどんどんちぎった。血が出てきて、またやってしまったと私は思った。 こんな子どものようなことをしているけど、私は今二十七歳と立派な大人だ。 でも、子どもの頃からこの行為をずっとやめられない。かさぶたがくっついていると、気になってしまうのだ。 『幸せ度合い』とは、幸せかどうかを評価する制度の中心となるものだ。 つまり、『幸せ度合い』を確認しているとは、今自分が『幸せ』かどうか確かめていることと同じ意味なのだ。しかもこれには何の道具もいらず、すぐに確認ができる。 それができるようになったのはいつだったかは、なぜか私は覚えていない。思い出そうとしても、そのことに関する記憶などは頭の中からいつも見つけられない。 とにかく『幸せ度合い』により、自分が今どれぐらい幸せなのか段階的にわかるようになった。 度合いという言葉を使っているけど、それは実際に目で見ることができる。 どう見えるかというと、心臓がある
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