Short
愛する価値がない

愛する価値がない

By:  一緒にトマトを食べようCompleted
Language: Japanese
goodnovel4goodnovel
10Chapters
11views
Read
Add to library

Share:  

Report
Overview
Catalog
SCAN CODE TO READ ON APP

私は安西礼人(あんざい あやと)と結婚して八年、そして九回離婚した。 彼が結婚した後の歴代の恋人たちにも、私はみんな会ったことがある。 彼が飽きて相手を替えるたび、私は彼が別れを切り出す理由として、一番都合のいい存在になっていた。 「もしあなたが彼と結婚したら、私みたいに、ずっと彼のトラブルを片付け続けて、何度も何度も離婚する。でも、結局何も得られないわ」 大晦日の夜、私は彼が捨てた女の子の涙を拭いていた。 そして彼は、新しい恋人に街中の注目を集める花火を捧げた。 その子はティッシュを一袋使い切ってもまだ泣き続けていた。 私は、かつての自分の姿を見た気がした。 だから私は、初めて自分から礼人に離婚を切り出した。 彼は珍しく戸惑っている。 「三日もしないうちにまた再婚するんだから、離婚する意味あるのか?」 私は笑って首を振った。 もう再婚しない。 礼人、今度は私があなたを待たない。

View More

Chapter 1

第1話

私は安西礼人(あんざい あやと)と結婚して八年、そして九回離婚した。

彼が結婚した後の歴代の恋人たちにも、私はみんな会ったことがある。

彼が飽きて相手を替えるたび、私は彼が別れを切り出す理由として、一番都合のいい存在になっていた。

「もしあなたが彼と結婚したら、私みたいに、ずっと彼のトラブルを片付け続けて、何度も何度も離婚する。でも、結局何も得られないわ」

大晦日の夜、私は彼が捨てた女の子の涙を拭いていた。

そして彼は、新しい恋人に街中の注目を集める花火を捧げた。

その子はティッシュを一袋使い切ってもまだ泣き続けていた。

私は、かつての自分の姿を見た気がした。

だから私は、初めて自分から礼人に離婚を切り出した。

彼は珍しく戸惑っている。

「三日もしないうちにまた再婚するんだから、離婚する意味あるのか?」

私は笑って首を振った。

もう再婚しない。

礼人、今度は私があなたを待たない。

……

今日は大晦日だ。

礼人が花火ショーを開催するという知らせは街中を騒がせていた。

そして私はその最後の知らせを受けた人間だ。

京市の誰もが彼の女遊びの激しさを知っている。

違う若い恋人のために、私とは八回も離婚したことさえある。

しかし、こんなに派手な愛の示し方は初めてだ。

私は現地スタッフが送ってきた完成イメージを見つめた。

花火に浮かぶ【安西love浅野】の文字が、私の目を鋭く刺した。

スマホを閉じ、目の前の作業を急いだ。

「現金、家、車、ヨット、好きなのを選んで。ただ……」

「私、何もいりません!」

言い終わる前に、女の子はすすり泣きながら、私を遮った。

こういう言葉は何度も聞いてきた。

私は無感情に彼女へ言った。

「私は彼を愛していない。

あなたも彼を好きにならない方がいい。

礼人みたいな人、愛する価値なんてない」

前半は半分嘘で半分本当だ。

だが最後だけは、心からの言葉だ。

私は本気で、彼女が道を踏み外さないよう忠告した。

そして本気で、礼人は愛するに値しないと理解していた。

女の子は一瞬固まり、唇を噛みしめながら、悔しそうに皮肉った。

「価値ない?じゃあなんであなたは八年間も彼のそばにいたの?

彼とあれだけ離婚したのに、なんで離れなかったの?」

私は言葉を失った。

慣れきっていたはずのセリフが、この瞬間だけは急に言えなくなってしまった。

そうね。なぜだろうね。

たぶん、私が八歳の時、継母に屋根裏に三日三晩閉じ込められたとき、彼が周囲の制止を無視して屋根裏に駆け込んで私を救い出してくれたから。

あの時、彼は殴られて血だらけだったのに、私の涙を拭いながら笑って言った。

「お前が無事ならそれでいい」

それから、私が大学受験に失敗し、彼と別々の学校に行くしかなかった時も、彼は毎月、何千キロも離れた場所まで会いに来た。

それは、ただ食事をしっかり取っているとか、ひとりで苦労していないかを注意するためだ。

温かい涙が目に溜まり、私はそれを隠すように窓の外を見た。

ガラスには今の私と、隣の女の子がそっくりに映っている。

初めて会ったとき、この女の子は誰かに似ていると思った。

思い出せなかったが、今思えば、それは昔の私だ。

かつて若かった頃、愛情に満ち溢れ、疲れや譲歩を知らず、ただひたすらに心から愛していた私だ。

しかし今、その私はもういない……

そして、何も手にできなかった。

私は苦く笑い、暗くなっていたスマホが再び光った。

礼人からの催促のメッセージだ。

【早く。宴会が始まるぞ】

礼人が焦っていることは分かった。

今夜中にこの交渉を終わらせる必要があった。

私は素早く契約書を女の子の前に置いた。

「サインして。しなくても、いずれ彼らに強制されるわ」

女の子は最初、軽蔑の態度を示したが、契約書に書かれた数字を見て、少し躊躇した後、すぐに署名した。

そして帰る頃には、さっきとは全く違う笑顔になっていた。

ほらね、彼女は結局、私とは違うのだ。
Expand
Next Chapter
Download

Latest chapter

More Chapters
No Comments
10 Chapters
第1話
私は安西礼人(あんざい あやと)と結婚して八年、そして九回離婚した。彼が結婚した後の歴代の恋人たちにも、私はみんな会ったことがある。彼が飽きて相手を替えるたび、私は彼が別れを切り出す理由として、一番都合のいい存在になっていた。「もしあなたが彼と結婚したら、私みたいに、ずっと彼のトラブルを片付け続けて、何度も何度も離婚する。でも、結局何も得られないわ」大晦日の夜、私は彼が捨てた女の子の涙を拭いていた。そして彼は、新しい恋人に街中の注目を集める花火を捧げた。その子はティッシュを一袋使い切ってもまだ泣き続けていた。私は、かつての自分の姿を見た気がした。だから私は、初めて自分から礼人に離婚を切り出した。彼は珍しく戸惑っている。「三日もしないうちにまた再婚するんだから、離婚する意味あるのか?」私は笑って首を振った。もう再婚しない。礼人、今度は私があなたを待たない。……今日は大晦日だ。礼人が花火ショーを開催するという知らせは街中を騒がせていた。そして私はその最後の知らせを受けた人間だ。京市の誰もが彼の女遊びの激しさを知っている。違う若い恋人のために、私とは八回も離婚したことさえある。しかし、こんなに派手な愛の示し方は初めてだ。私は現地スタッフが送ってきた完成イメージを見つめた。花火に浮かぶ【安西love浅野】の文字が、私の目を鋭く刺した。スマホを閉じ、目の前の作業を急いだ。「現金、家、車、ヨット、好きなのを選んで。ただ……」「私、何もいりません!」言い終わる前に、女の子はすすり泣きながら、私を遮った。こういう言葉は何度も聞いてきた。私は無感情に彼女へ言った。「私は彼を愛していない。あなたも彼を好きにならない方がいい。礼人みたいな人、愛する価値なんてない」前半は半分嘘で半分本当だ。だが最後だけは、心からの言葉だ。私は本気で、彼女が道を踏み外さないよう忠告した。そして本気で、礼人は愛するに値しないと理解していた。女の子は一瞬固まり、唇を噛みしめながら、悔しそうに皮肉った。「価値ない?じゃあなんであなたは八年間も彼のそばにいたの?彼とあれだけ離婚したのに、なんで離れなかったの?」私は言葉を失った。慣れきっていたはずのセリフが、
Read more
第2話
彼女は私より賢い。同じ人に、八回もつまずいたりしない。私が車に乗った時、ちょうど礼人に電話がかかってきた。電話越しの甘ったるいやり取りに頭が痺れて、私は窓を少し開けて空気を入れ替えた。真冬の夜風が鎌のように頬を切る。それでも、痛みはまるで感じなかった。まるで私の礼人への感情のようだ。何度も失望して、ついには絶望へ辿り着いたのだ。ひとしきり甘やかした後、礼人はようやく電話を切り、横目で私を見た。珍しく優しい視線だが、それは他の女への愛だ。「今日はいつもより遅かったよな?今回は手強かった?」彼はまるで上司が部下に仕事の成果を尋ねるように、私に彼の恋人をどう処理しているのかを問い詰めてきた。私は伏し目がちに、小さく呟いた。「別に……一年忙しかったから、ちょっと疲れただけ」礼人はぷっと笑い、まるで私を可愛がるように頭を撫でた。「ちょうど休暇だし、ゆっくり休めよ。正月には、マルディブに連れてってやる」正月?今年の正月、私たちがどんな関係にあるのかも分からない。一緒に旅行なんて、もう不似合いだ。私は彼の手をすり抜け、用意していた離婚協議書を差し出した。礼人は不思議そうに目を細めた。何しろ、これまで離婚を切り出すのはいつも彼で、私は書類を見ると泣き崩れていたのだから。だが、彼の驚きは長く続かなかった。また電話が鳴ったのだ。私は思わず顔を背けた。しかし礼人は意外にも電話を切った。そして、車を発進させ、私を会場へ向かわせた。今夜、愛の花火を捧げる前には、安西家の年末パーティーがある。こうした正式な場に礼人が連れていくのは、いつも私だった。彼は女たちの価値をよく理解している。そして誰よりも、私が一番言うことを聞く女だと知っている。なぜなら、八度の離婚も、私は大人しく彼のもとへ戻ったからだ。しかし、今回は違う。私は礼人の腕に手を添えながら、自分の航空券の情報を見つめている。礼人、今回は、本当に終わりにしよう。出発時刻を確認し、私はスマホをバッグに戻した。だが、私が見ていた画面を礼人も見たことに気づかなかった。彼は笑って言った。「そんなに俺とマルディブに行きたいのか?」彼は私の腰をさらに強く抱きしめ、言葉のトーンは甘く、曖昧だった。滑稽だ。
Read more
第3話
私はコートをかき寄せ、震えながらその場にしゃがみこんだ。道路には車がひっきりなしに行き交っているのに、私を迎えに来る車は一台もなかった。私は無力に礼人に何度も電話をかけ、身体が冷え切って感覚が薄れてきた頃、空にドンと大きな音が響き、鮮やかな花火が咲いた。夜空いっぱいに広がる愛の宣言の文字が、そこにいる全員の目に映った。通りかかった人々は、またどこかの幸運な女性が礼人の目に留まったんだろうと噂していた。そしてふと視線を落とすと、路肩で惨めな姿の私を見つけた瞬間、皆、口元を押さえ、逃げるように離れていった。私は自嘲するように笑い、空の花火を見上げた。一発一発の鮮やかな花火は、まるで私と礼人の結婚が終わることを宣告するようだ。……酒のせいか、その夜はひどく浅い眠りだった。次々と奇妙な夢が頭の中をよぎり、私は朧げな中で礼人の声を聞いた気がした。「彩葉(いろは)、彩葉」これは夢に決まっている。礼人が私を親しく呼ばなくなってから、もう何年も経っているのだから。半分眠り、半分起きているような意識の中、再び礼人の声が響いた。「彩葉、熱があるのに、どうして言わなかった?今すぐ病院に連れていく。大丈夫、怖くない」私が反応するより早く、不意に身体が浮くような感覚がした。次に気づいた時には車が動き出していた。病気になると、人は弱くなる分、逆に鋭くなるのかもしれない。道中、彼は何度も電話をかけていた。「先生、すぐ着く。慌てないで。大丈夫だ。何でもない。いい子にして」病院の前に着くと、私は必死に目を開いた。だが、目に入ったのは、彼が車から飛び出し、階段の上で待っていた細身の女性の元へ駆け寄る姿だった。その女性は彼の腕にしっかり抱きしめられている。さっきまでの、意味の分からなかった言葉たちが、ここでようやくひとつにつながった。しかし、そのどの言葉も、私に向けられたものではなかった。車から階段までは遠くない。私は女性の泣き声を聞いた。そして礼人が優しく宥める声も、はっきりと聞いた。「これは俺の子なんだろ?どうしていらないなんて思うんだ。子どもは絶対に産ませる。彼が安西家の者であることは、誰にも変えられない」瞬間、全身に痛みが走った。私はようやく、この女性の
Read more
第4話
しかし礼人は気にしなかった。ただ私を抱き上げ、そのまま急診室へ駆け込んだ。スピードと浮遊感で、私は速いのか遅いのかすら分からなかった。覚えているのは、彼の険しい表情が、私たちの子を失った日の彼とまったく同じだったことだ。ただ今回は、彼にはついに子どもができたのだ。喜ぶべきことなのだろう。どれほど時間が経ったのか、点滴の滴る音が私の耳元でだんだん鮮明になっていった。私はゆっくりと目を開け、礼人がリンゴの皮をむいている姿を見つけた。私が目を覚ましたのに気づいた彼は、手を止め、慌てて布団をかけ直してくれた。その声は、気遣いと同時に不満も混ざっていた。「起きたのか?いつになったら自分のことをちゃんと見られるんだ?熱が出ても気づかないなんて」そうだ。私は、自分のことすら満足に世話できないほど愚かなんだ。だから私たちの子どもを失った。だから私の夫も失った。しかし今の私には、もう失うものなんて残っていないのかもしれない……私の唇がかすかに開いて閉じて、ついにその言葉を口にしていた。「礼人、私たち……離婚しよう」彼の手は一瞬止まったが、私の方を見ることはなかった。「何を言ってる?もう離婚しただろ。そんなに復縁したいなら、何日か早めてやってもいい」彼の話すスピードはとても速かった。これまで彼がこういうことを話すときは、いつもゆっくりと落ち着いて、余裕たっぷりな様子だった。私はため息をつき、苦く笑った。「いいわ。前の予定のままで」どうせ私は、もう復縁しないのだから。新しい病と、元々の持病のせいか、私は二週間ほど入院していた。礼人は数回だけ見舞いに来た。だが、それ以上でも以下でもなかった。私はもう彼に何も期待していない。見舞いに来るかどうかも、もうどうでもよかった。退院の日、本当は礼人が迎えに来ると言っていた。しかし、私が朝に荷物を片付け終えたとき、彼からまた電話がかかってきて、急用ができて来られないと言った。彼が何をしに行ったのか、私はもう聞こうともしなかった。私とは関係のないことだから。私は荷物を持って退院手続きを済ませた。エレベーターに向かおうとした時、ひとりの若い女性が嬉しそうに走り抜け、私にぶつかった。彼女の手には一枚の報告書があった。
Read more
第5話
礼人は必死に走った。だが二本の脚が、四つの車輪に敵うはずがない。それでも私を引き留めるために、彼は全力を尽くすしかなかったのだ。その胸騒ぎの予感が、彼の頭の中で絶えずぐるぐると回っていた。彼は悟っていた。今回、私が離れたら、もう二度と彼の元へ戻らない。病院で帽子を深くかぶり、彼の横を通り過ぎる私を見た瞬間から、彼はずっと不安だった。そして、昨夜から今朝にかけて、私は彼に一度も電話をせず、メッセージもひとつも送らなかった。今朝、彼は眠りから飛び起き、隣にいる人が私ではないことに気づいた。その時、不安という感情が、今にも彼を呑み込もうとしていた。礼人は初めて、あの女の甘えた声を無視した。彼は迷いなくその場を飛び出した。遠ざかる車を見つめながら、このままでは挽回のチャンスを失うと悟った彼は、振り返って、自分の車へ駆け戻った。そしてアクセルを思い切り踏み込んだ。「彩葉、待ってくれ」彼はつぶやきながら、アクセルをすでに踏み込んでいた。この瞬間、彼は非常に確固たる決意を持っている。彼が愛してきた人は、いつも私だけだった。ずっと、私しかいなかった。二十年の歳月が次々と脳裏に蘇る。初めて大切な人を守ろうとしたとき、たとえ全身に傷を負っても、彼は決して屈しなかった。彼はただ、自分が男として、好きな人を守るべきだと思っていた。高校を卒業し、私たちは別々の大学に進学した。出発前の日、彼は桜の木の下に立ち、ずっと心の中で言いたかった言葉を私に告白した。あの日、桜の花が舞い落ちるのを私に見せたい一心で、彼は木の幹を必死に蹴っていた。巡回していた警察に注意され、さらに彼の両親に街中で追いかけられて叩かれた。それでも、彼はただ額の汗をぬぐい、笑いながら私にウインクした。「彩葉が好きなことなら、なんでもやるよ」彩葉が好きなことなら……礼人は苦く笑った。この八年間、自分がしてきたことは、本当に彩葉が好きなことだっただろうか?毎回、他の女性のために離婚しては復縁し、自分の後顧の憂いを取り除くためだけに行動していた。本当にそれは、彩葉が好きで心から進んでやっていることなのだろうか?答えは明白だ。夫婦であれ愛し合う者どうしであれ、誠実さと責任感は最低限の土台だ。だが彼は、
Read more
第6話
私の乗った飛行機は、定刻通りに空へと舞い上がった。長いフライトにもかかわらず、私は少しも疲れを感じなかった。むしろ、あの傷つけられ続けた場所から遠ざかるほどに、私の心が、ゆるりと解けていくようだ。着陸の振動とともに、私はようやく、心の底から笑みを浮かべた。こんな笑顔は、あの八年にわたる精神の消耗の中で、ずいぶん見失っていた。かつて私は、一番つらいのは最愛の人を失うことだと思っていた。しかし今思えば、本当に最悪なのは、誰かを愛しすぎるあまり、自分を失うことだ。スマホの電源を入れると、メッセージが雪崩のように届いた。すべて、礼人からだ。【彩葉、俺、事故にあった】【彩葉、戻ってきてくれ。お前がいないと駄目なんだ】【あの瞬間、もう二度と会えないと思った。どれだけ怖かったか分かるか?】……これだけ送れるということは、命に別状はないということだ。文面の端々から、私を引き戻したい意図が滲んでいる。だが現実は?そばには浅野雪奈(あさの ゆきな)という愛しい妊婦がいる。それに対して、私はただ、彼が怪我をしている間、取り戻したくて、好き勝手に扱える無料の世話係でしかなかった。私は冷ややかに笑い、ためらうことなく、ブロックして削除した。絶望の果てに心は凍りつく。以前の好き勝手な扱いは、正気に戻った今の私にとって、ただ煩わしさと嫌悪しか感じられない。何しろ、過去のいくつかの出来事は、経験したからといって簡単に忘れられるものではない。私はスーツケースを引き、一度も振り返らず空港の外へ歩き出した。私の新しい人生は、ここから始まる。マルディブには行かず、私は別のリゾート地を選んで、まずは心ゆくまで休むつもりだ。その後、私はおそらく帰国して、小さな街に住むだろう。そして、簡単な仕事を見つけ、平穏に日々を過ごすつもりだ。あるいは、世界のどこか、気の向く場所で自由気ままに暮らしてもいい。私の人生に礼人という人物が存在しなければ、あの汚れた出来事の数々は二度と私を傷つけられない。その頃、礼人は入院して二十日が過ぎていた。この二十日の間に、彼はありとあらゆるコネを使って私の行方を探した。だが、辿り着けたのは、私の痕跡だけだった。私はひとつの場所に長く留まらない。久しぶりに取った長
Read more
第7話
しかし、礼人は忘れていた。子どもを失った瞬間、いちばん深く傷ついたのは、ほかでもない私だった。彼と子どもへの罪悪感、そして二度と妊娠できないという残酷な宣告が、すべての悲しみとして重なり合って、胸を押しつぶしていた。彼が心をえぐるような言葉を口にしたあと、彼は一度でも後悔したことがあったのだろうか。また、彼は、私が崩れ落ち、浴室に隠れて自分の頬を何度も叩いていたのを見たのだろうか。彼は見たのだ。彼はすべてを見ていた。そして、私の痛みも、絶望も、全部感じ取っていた。だが、彼は、怒りと恨みに目を曇らせ、すべての責任を私ひとりに押しつけた。おそらく、失望という種はその瞬間、私の胸の奥に静かに撒いたのだ。そして彼が、別の女のために離婚を切り出すたびに、その種は一段と成長した。いまやそれは、天を覆う大樹のように成長し、もう二度と引き抜くことはできない。……礼人はただ淡々と、今日は退院したばかりだと言って、静かに通話を切った。彼が唯一、自分は間違っていないと思っていることは、子どもが欲しいという願望だ。他の夫婦にとっては当たり前の望みなのに、彼にとってはそれがどうしても叶わない。それが、彼の胸に深く刺さった棘だ。思い出すたびに、その痛みは私への怒りへと変わった。だが、彼は私と離婚したくはなかった。むしろ、離婚しないことが私への最大の恩恵だと、幼稚にも考えていた。なんて滑稽で、なんて身勝手な考えだろう。彼は一歩一歩、自らの手で私を押し出し、そして自分自身を深い奈落へと突き落としていった。そのとき、スマホが再び鳴り響いた。礼人の意識が現実へ引き戻された。「安西社長、先ほど安西彩葉さんからご連絡がありまして、離婚後の財産分割を清算したいとのことです」弁護士からの電話だった。これまでの離婚では、礼人はいつも高価な品を私にプレゼントした。家や車、そして最低でも数百万円のバッグをくれた。しかし、九度目の離婚協議のとき、私は初めて、ごく一部の財産の分割を求めた。それは彼がかつて与えた贅沢品に比べれば微々たるものだ。だから、彼はさほど気にも留めなかった。ただ、その報せを聞いた瞬間、礼人は彼の世界にぱっと光が差したと感じた。たとえ私に会えなくても、これがこの二十日間で唯一の
Read more
第8話
彼にとって、四千万円など、たった一、二個の高級ブランド品にすぎない。しかし、私にとっては、確かな生活の保障だ。少なくとも、落ち着いて暮らそうと思ったとき、私が住む場所に困らずに済む。「安西さんと安西社長は現在、まだ手続きを完了していません。財産分割は、手続きが終わってからでないと、あなたの口座に振り込めません」私はうなずいた。当然のことだ。私の手元には、過去数年の仕事で貯めた少しの貯金がある。手続きが終わるまでは、それで十分やっていける。すると弁護士は、一枚のカードをそっと私の前に押し出した。「このカードは安西社長から、必ず渡すようにと言われています。まだ正式に離婚したわけではありませんから、これは安西社長からあなたへの、この一ヶ月分の生活費です」弁護士の表情は、まだ言いたいことが残っているように見えた。資本家の発想だ。とりわけ礼人のような、金で深い愛を演出するタイプの男にとって、金で解決できることなど大した問題ではない。私はテーブルのカードを取らなかった。ただ淡々と笑って言った。「人の物を受け取れば、立場が弱くなります。私は私の取り分だけ受け取ります」弁護士は困ったような顔をし、少しだけ間を置いて言葉を続けた。「安西社長は今回の事故でかなり重傷でした。治療中でさえ、安西さんを探すことだけは決して諦めませんでした。一分一秒も惜しむように……もし、安西さんが安西社長にもう一度チャンスをくれれば……」私は弁護士にそれ以上話を続けさせなかった。チャンスなら、八回も与えた。時間は、足を止めた人のために歩みを戻してくれない。チャンスは、大切にされなかった人のために残しておくものではない。どれだけ他人が保証したところで、私に何の安心を与えられるというのか。たとえ礼人本人が今、私の目の前に立っていたとしても、彼の言葉を、もう一言たりとも信じることはない。人の本性は変わらない。彼のように女遊びをやめられない男に、一生私ひとりだけを愛させるなんて、まさに酷というものだ。そして私は、そんな彼のために自分を犠牲にするつもりもない。「礼人は、ずっと子どもを欲しがっていた。望んだ子どもを手に入れたのだから、その子にちゃんとした家庭を与えるべきよ。私が妻の座を
Read more
第9話
偶然なのか、あるいはわざとなのか。礼人は、私の住むマンションの下にも、一本の桜の木があることに気づいたらしい。ちょうど春、桜の花が舞い散り、地面いっぱいに淡い春の色が広がっていた。彼は私の大好きなケーキを買い、私が好んでいた花を手にしている。あの日、桜の木の下で告白してきたときと、何ひとつ変わらない姿だ。「彩葉」私が桜の木に近づいた瞬間、彼はその後ろから姿を現した。だが、若い頃礼人が好きだったということは、もう二度と、好きだったあの少年が礼人になることはない。「十二年前、俺は桜の下で告白した。十二年後の今日、同じ桜の下でプロポーズする」プロポーズ?私は思わず声を出して笑いたくなった。なるほど。彼も、私たちがもう八回離婚していることを、ちゃんと分かっているらしい。私は、美しい思い出たちを信じて八年間耐え続けた。しかし、彼から返ってきたのは、九度目の離婚の通知だった。美しいはずの思い出は、今の私にとって、笑い話になっていた。そしてそれこそが、今の私が憎んでやまない、すべての苦しみの始まりだ。「彩葉、もう一度だけ……俺にチャンスをくれないか?」彼は片膝をつき、私のために買った花を差し出しながら言った。彼が最も愛情深いと思っている目で、期待を込めて私を見つめていた。その姿に、周囲の人々が次第に集まり始める。あのまっすぐな瞳に、若かった私はたしかに心を奪われた。後にブラックリストに入って私を深く苦しめたあの人も、最初の頃は私の世界を照らしてくれていたのだ。……「結婚してあげなよー!」見物人たちの間から、次第にやじや声援が聞こえてきた。もし私がまだ若かったら、人の目や善意の押しつけに心が揺れ、妥協していたかもしれない。だが、今彼の前に立っているのは、彼に八年間、心をズタズタにされた安西彩葉だ。「今さら損切りすら間に合わないのに……どうしてまた、あなたの地獄に落ちる必要があるの?」私の言葉に、周囲の声援はぴたりと止んだ。礼人の期待に満ちた表情は、顔に固まっていた。私が立ち去ろうとすると、彼は辛そうに、しかし必死に立ち上がった。車の事故で治りきっていない彼の体は、動くだけでもつらそうだ。「彩葉、損切りなんて言わないでくれ。これからの俺たちは、幸せに
Read more
第10話
終わりのない絡み合いだ。彼は、私を一度見つけられたなら、きっと二度目も見つけるだろう。だが私はただ、彼が私の世界から永久に消え去ることを望むだけだ。「医者によると、これは交通事故の後遺症よ。こうした間欠的な失神は、しばらく続く可能性があるわ」彼が何か言おうとした瞬間、私はそれを遮った。「勘違いしないで。たとえ見知らぬ人が倒れていたら、私が手を差し伸べるでしょう」彼の瞳の光は一瞬暗くなったが、すぐに元の輝きを取り戻した。おそらくまだ、わずかな希望を抱いているのだろう。なぜなら、彼が目を覚ましたこの重要な瞬間、最初に目にしたのは私だったのだから。「それに、あなたは昔、私を助けてくれた。今回、私が助けることで、互いに帳尻は合うでしょう。頼むから、もう私の生活を邪魔しないで」彼の言葉は、私が二度と会わないと言ったことで、口をつぐんだままになった。もがきながら起き上がろうとしたが、彼はめまいでバランスを崩し、ベッドから降りる瞬間に踏ん張れず、重々しく地面に倒れた。最後には、ただ無力な叫び声だけが残った。だが、私はもう振り返らない。彼はただ、私の背中が視界から消えるのを、見つめるしかなかった。この瞬間になって、彼はようやく、この別れがもしかすると本当に永遠なのだと深く実感した。彼の涙は止まらなかった。病と家族愛が入り混じるこの病室で、彼は孤独に床にひざまずき、入口を見つめながら涙を流している。廊下に、胸を引き裂くような礼人の泣き声が響いている。そして、私が病院を出るとき、人生の二十年間を占め、常に脳裏に残っていた名前は、ついにすべて消え去った。私は顔を上げて、そのまぶしい陽光を見上げた。恋の物語は、春のある瞬間に始まり、そして春のこの瞬間に終わったのだ。サングラスをかけ、歩みを進める私の顔には、新しい生活への希望と自信に満ちた笑みがあった。……礼人が病室に横たわって三日目、私は再び荷物をまとめ、次の滞在先へ向かった。そして、唯一彼を見舞いに病院へ行ったのは、弁護士だけだった。弁護士は、礼人がかつて署名した離婚協議書と、遺産分割協議書を手渡した。同時に、礼人自身が、ひとりで退院手続きを行った。「安西社長、離婚の手続きは終了しました。本日より、安西彩葉さんとの
Read more
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status