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語源をたどると、漢語の組み合わせが示す通りだ。『万世一系』は文字通り読めば「万世=末代まで多くの世代」にわたり、「一系=一つの系統が続く」という意味になる。学問の場で私はまずこの語義的な出発点を押さえることから話を始める。言い換えれば、ある血統が断絶せずに続いているという主張を簡潔に表現した言葉だ。
歴史研究者はそこからさらに踏み込んで、史料と政治的文脈を区別して考察する。古代の系譜や天皇の継承については『古事記』や『日本書紀』の記述が根拠とされるが、研究者はこれらが神話的・編纂的な性格を持つことも指摘する。つまり、テクスト上では連綿とした系譜が描かれているが、実際の継承は政争や養子、女性の即位、血縁の交錯などで複雑だった痕跡がある。私はこうした差異を明示してから、社会政治的な意味合い—正統性の主張や国家イデオロギーとしての利用—に言及する。
結論として歴史研究者は、万世一系を単なる事実関係の記述と見るのではなく、「権威づけのために用いられた概念」かつ「テクストで表現された理想的連続性」として分析する。現場では史料批判や系譜学的検討を重ね、事実と神話の境界線をできるだけ明確にしようと努めるのだと、私は説明することが多い。
学術的には、私の理解を端的に述べると、万世一系は二つの層を持つ概念だと考えられている。ひとつは語句そのものの意味で、もうひとつはその言葉が政治的に使われてきた歴史的意味合いだ。語句自体は「長い世代にわたって一つの系統が続く」という意味だが、研究者はその使用場面を疑って見る。
具体的に私は近代の史料をよく参照する。たとえば明治期以降、国家儀礼や教育の場で『教育勅語』などを通じて天皇の連続性や国体の不可分性を強調する材料として万世一系のイメージが広められた。研究者はこれを、神話的連続性の宣伝と位置づけ、史実としての系譜とは切り離して検討する。史料批判の観点からは、系図の成立過程、政争による系統の書き換え、女性・養子の介在が明確に考慮される。
私の印象では、現代史学はこの言葉を「実証的な血統の記述」として受け取ることを避ける。代わりに「正統性を構築するための表象」であることを示す作業に重心を置く。そうすることで、政治的文脈と歴史的事実の両方を丁寧に分けて理解できると感じている。
概念の運用面を見ると、私は実務的な視点からこう説明する。端的には万世一系は「理想化された連続性の主張」であり、具体的な継承の実態とは必ずしも一致しない。日本の歴史には女性天皇の即位や、血縁関係が複雑に入り組む事例が複数存在するため、単純な一系の継続を示す証拠は慎重に検討する必要がある。
たとえば推古天皇や持統天皇といった女性の即位、あるいは系譜の差し替えが問題になった例を挙げると、継承は常に政治的調整の産物だったことが見えてくる。私はこうした具体例を踏まえ、系譜そのものが後世に補修・編集される過程にも注目する。つまり、万世一系という表現をそのまま事実と見做すのではなく、「権威付与のために用いられた言説」として扱うのが研究者的な立場だ。
最終的に私が強調したいのは、言葉の力を読み解くことと、史料に基づく慎重な検証を両立させることが重要だという点だ。言葉が政治を正当化する様子を明らかにすることが、歴史理解の近道になると感じている。