私はこのことわざを別言語へ移すたびに、直訳と意訳の間で揺れる。英語の'The grass is always greener on the other side'へは比較的素直に当てはまるが、フランス語やドイツ語でもほぼ同形で通じるため、翻訳者がそのまま持ってくることが多い。だが「青く見える」という視覚的ニュアンスは、嫉妬や憧れという感情の重みを変える。英語だとやや哲学的で普遍的な皮肉を帯び、フランス語ではロマンチックな切なさに寄ることがある。
僕は中国語やスペイン語の話者と話すとき、この日本語のことわざがまったく違う比喩で返ってくるのを何度も見てきた。たとえば中国語では『别人的月亮总是圆的(他人の月はいつも満月に見える)』という表現が使われることが多く、対象が“月”になることで、より理想化や誇張の感覚が強まる。スペイン語圏では『La hierba siempre es más verde del otro lado(向こうの草はいつも青い)』とほぼ直訳で伝わる地域もあるが、トルコ語や他の文化圏では『隣の牛が太って見える』のように家畜や生活に根ざした比喩へ置き換えられることもある。