紫式部が紡いだ『源氏物語』の世界で、『物の
哀れ』は儚さへの深い気付きと言えるでしょう。月が雲に隠れる瞬間、桜が散る一瞬に感じる無常観。これは単なる感傷ではなく、変化するものへの愛おしさそのものです。
光源氏が様々な女性との関係で味わう歓びも悲しみも、全てが過ぎ去る運命にあるからこそ輝きます。例えば六条御息所の怨霊化は、執着が生んだ悲劇ですが、彼女の激情さえも美しいものとして描かれる。平安
貴族たちは、この無常を
嘆くだけでなく、その美しさを愛でる術を知っていたのです。
現代の私たちがSNSに「いいね」を押す感覚とは根本的に異なります。当時の人々は、消えゆくものにこそ最大の価値を見出しました。『枕草子』の「うつくしきもの」とも通じる、日本美学の核心と言えるでしょう。