LOGIN幼馴染の蓮司と付き合うことになった花恋。 日に日に彼の存在が大きくなっていく花恋はある日、猫の姿をした精霊、ミウと出会う。 ひとつだけ願いを叶えてあげる、そう告げるミウに花恋はこう言った。 「私たちが未来でどうなってるのかを知りたい!」 望みを聞き入れたミウは、彼女を10年後の未来へと連れていく。 しかしその世界で。花恋と蓮司は別々の道を歩んでいた。 *** この物語には現在と未来の花恋・蓮司が登場します。 混乱を避ける為、現在の二人は恋と蓮、未来の二人は花恋と蓮司として表記します。
View More「私……キスしたんだ……」
* * *
夢の中にいるようで、頭がふわふわしていた。
――胸の鼓動がおさまらない。
泳いだ後の様に重い体。脱力感が半端ない。
それなのに足取りは軽やかで、そのまま宙に浮いてしまいそうな。 不思議な感覚だった。 赤澤花恋〈あかざわ・かれん〉。高校2年の17歳。夏休み前、終業式の今日。
いつものように幼馴染の同級生、黒木蓮司〈くろき・れんじ〉と寄り道をした。子供の頃からずっと一緒だった二人。名前に「レン」が入っている二人は、互いのことを「レン」と呼び合い、その仲睦まじい姿は近所でも有名だった。
近所にある人気のない神社。
付き合い始めて半年になる二人は、学校帰りにいつもここに来ていた。 他愛もない日常の出来事や愚痴を話し、互いの気持ちを共有する。 とは言え、話すのはいつも恋〈レン〉の方だった。 無口な蓮〈れん〉は恋の話を聞き、静かに笑ってうなずいていた。しかし今日。
蓮の様子が少し違っていた。 いつもの様にオチのない話を続ける恋も、その様子に気付き声をかけた。「ちょっと蓮くん、聞いてる?」
「う、うん、聞いてるよ」
「ほんとに? だったら京ちゃんが何したか言ってみてよ」
「……ごめん、分からない」
「ほらー。もう、どうしちゃったのよ。今日の蓮くん、ちょっと変だよ。もしかして具合でも悪い?」
「そんなことは」
「ほんとに?」
そう言って蓮の額に手を当てると、少し熱く感じた。
「熱、ある? 帰る?」
心配そうに蓮の顔を覗き込む。
その時だった。 額に当てられた手を蓮がつかみ、そのまま握り締めた。「……蓮くん?」
蓮は大きく息を吐くと恋に向き合い、肩に手をやった。
いつも物静かで穏やかな蓮。
ずっと想ってきた初恋の相手。 半年前、泣きそうな顔で告白してくれた、気弱でかわいい幼馴染。 しかし今の蓮は、何かを決意したような強い視線で恋を見つめていた。――こんな蓮くん、見たことがない。
ゆっくりと蓮が近付いてくる。その時初めて、恋は何をされるのかを悟った。
夢にまで見た、蓮とのキス。
人気のないこの神社に来ていたのも、その為だった。
いつなんだろう。今日だろうか、明日だろうか。 ずっと思っていた。 しかし女の自分から言える訳がない。 こういうことは男からするものなんだ。そう思い、ずっと待っていた。ついに、ついに蓮くんとキス、するんだ……
恋が静かに目を閉じる。
蓮の息が間近に迫る。そして。
蓮の唇の感触が伝わってきた。
その瞬間、恋は全身に電気が走るような感覚を覚えた。
待ち望んでいた瞬間。 それなのに心の中には、満足感と同時に「怖い」という気持ちが生まれていた。 歯がカチカチと音を立てる。――初めての経験って、こんな感じなんだろうか。
しかしやがて、その感情は静かに消えていった。
「……」
頬に伝わる一筋の涙。
それは恋の中に生まれた、満ち足りた幸福感だった。ああ、私は幸せだ。
もう何もいらない。 私には蓮くんがいる。 それだけでいい。唇が静かに離れる。
恋がゆっくりと目を開けると、涙のせいで蓮の顔が歪んで見えた。 その時初めて、自分が泣いていることに気付いた。「あははっ……ごめんね、私ったら」
そう言って涙を拭う。
「……ご、ごめん……」
涙に動揺した蓮が、囁くようにそう言った。
「え? あ、あははっ、何謝ってるのよ。そんなんじゃないから」
蓮の手を握り、恋が微笑む。
しかし蓮はいつもの様にうつむくと、小声でもう一度「ごめん……」そう言った。* * *
「きゃーっ!」
枕に顔を埋め、身をよじらせる。
体を振る度に、腰まである長い髪が揺れる。 あの時のことを思い返すと、体が燃えるように熱くなった。 足をばたつかせ、枕に顔を押し付け、何度も「きゃーっ、きゃーっ」と声を上げる。「……」
しばらくしてようやく落ち着いた恋は、枕を抱き締めたまま起き上がった。
「蓮くん、蓮くん……」
蓮とのキスは、想像していた以上に恋の心を乱していた。
明日から夏休み。
学校があれば毎日蓮くんと会える。一緒に登校出来る。 しかし休みになると当然、会う機会は減ってしまう。 それは嫌だ。 毎日蓮くんと会いたい。 私にはもう、蓮くんしかいない。蓮くんと一緒にいたい。 蓮くんだって、きっとその筈だ。 そうだ、毎日一緒に宿題をしよう。 そしてその後で遊びに行く。うん、これなら自然だ。そんなことを考えていると、口元が緩んできた。
「ふっ……ふふふっ」
二人きりの部屋で勉強会。そして勉強が終わったら……
妄想が止めどなく広がり、恋はその度に枕を抱き締めて声を上げた。* * *
「え? 何の音?」
妄想が広がる恋の耳に、何かを叩く音が聞こえた。
慌てて枕を置き、耳を澄ませる。 音は窓の方からしていた。「……何の音? ここ、二階なんだけど……」
ゆっくりと立ち上がり、窓の方へと進む。
そして小さく息を吐くと、勢いよくカーテンを開けた。「……え?」
窓の外にいたもの。
それは白い子猫だった。「……子猫? どうして子猫がこんな所に……あ、ひょっとしてあなた」
そう言って窓を開けると、子猫はかわいい鳴き声をあげて部屋に入ってきた。
「やっぱり! あなただったのね」
頭を撫でると、子猫は嬉しそうにもう一度鳴いた。
「元気になったみたいだね。よかった」
「ありがとう、恋ちゃん」
「いいのよ別に。それよりこんな時間にどうしたの?」
「恋ちゃんにどうしても、お礼がしたくてね」
「お礼だなんて、そんなのいいってば。気にしないでよ」
「そんな訳にはいかないよ。受けた恩はちゃんと返さないとね」
「恩って、ふふっ、おませな子猫ちゃんだね。困った時はお互い様で………………え?」
「どうしたの、恋ちゃん」
「……」
「恋ちゃん? おーい、聞こえてる?」
恋が目をパチパチさせて子猫を見る。
そして叫んだ。「ええええええええっ? 猫が、猫が喋ってるうううううっ!」
翌朝。 目覚めた恋〈レン〉は蓮〈れん〉に電話し、神社で落ち合う約束をした。 腕に残る柔らかな感触。それが何なのかは分からない。 でもなぜか、温かい気持ちになった。 * * * 境内で待っている間、恋は不思議な感覚に戸惑っていた。 おかしな夢を見た気がする。 蓮くんと二人で、未来の自分たちに会っていた夢だ。 そこで未来の私たちは、おかしな雰囲気になっていて…… 断片的に、そこであった出来事が脳裏に蘇ってくる。 いっぱい泣いた気がする。蓮くんも泣いていた。 未来の私たちも泣いていた。 ただ一番最後の記憶、一番強く残っている記憶では、みんなが笑っていた。 その笑顔を思い出すと、幸せな気持ちになった。「ま、いっか」 夢だろうと現実だろうと、みんなが笑顔になれたんだ。 だったらそれでいい、十分だ。 真夏の空を見上げてそうつぶやくと、鳥居の方角から蓮の声が聞こえた。「ごめん恋、遅れちゃった」「蓮くんおはよう。私もさっき来たところ。大丈夫だよ」 息を切らせて走ってきた蓮。 恋は微笑み、ハンカチで蓮の汗を拭った。 * * *「昨日、変な夢を見たんだ」「え? 蓮くんも?」「も、ってことは、恋も?」「うん。おかしな夢だったの。でもね、夢にしてはリアルな感じで……本当に経験してきたみたいで」「僕もそんな感じなんだ。僕たちがね、未来の自分たちに会いに行って」「ええっ! 蓮くんもその夢見たの?」「恋もなのかい?」「……何だろうこれ……ああ怖い怖い、変な夢だっただけでも変なのに、蓮くんも同じ夢を見てたなんて」「僕たち、夢の中で意識がリンクしてたのかな」
「それで、お二人はこれからどうするんですか?」 恋〈レン〉の言葉に、花恋〈かれん〉が少し寂しげな表情を浮かべた。「これでお別れ、ってことかな」「はい……私は、と言うか私たちは、お二人の笑顔が見たくてこの世界にやってきたんです。これからどんな未来に辿り着くのか、それは分かりません。でも私は、今の笑顔を見れただけで満足です。今、最高の気分です」「僕も……未来の自分に会えたことで、自分の中にあったモヤモヤが少し消えた感じです。その……感謝してます」「僕もだよ、蓮〈れん〉くん。君に会えて僕も、昔の自分との誓いを思い出せた。君にとって今の僕は、決して誇れる人間じゃないと思う。だからこれから、君に安心してもらえる大人になれるよう、頑張るよ」「大丈夫よ蓮くん。ちゃんと私が見張ってるから」 花恋が笑顔を向けると、蓮は照れくさそうにうつむき、うなずいた。「元々は幸せな未来を見て、二人を冷やかしながら楽しく過ごすつもりでした。でも、想像してたのと全然違う未来になってて、お二人は幸せと言えない状況になってました。 私の目的は変わりました。何が何でも二人に笑顔になってもらいたい、それまで帰れないって」「元に戻った訳じゃないけど、恋ちゃんが望んでいた未来に近付いた。そういう意味では、これからが本来の目的になってもいいと思う。今からのんびり、私たちとこの時間を楽しんでも」 もう少し、この奇跡の時間を共有したい。そんな思いを胸に、花恋が恋を見つめる。「確かにそうなんですけど、でも……どう言ったらいいのかな。一仕事を終えて満足したって言うか」「ミッション・コンプリートだよね」 蓮の言葉に恋が笑顔でうなずく。「この時代に、私は必要以上に干渉しました。だから……この最高の状態で、私が本来いるべき世界に戻った方がいいような気がするんです」「そっか。やっぱ恋ちゃん、私だね。その決断、すご
「蓮司〈れんじ〉さん、花恋〈かれん〉さん。お互いに言いたいこと、全部言えたでしょうか」 そう言って笑顔を向ける恋〈レン〉に、蓮司も花恋も苦笑した。「そうね。細かいことを言えばキリがないけど、それなりにはすっきりしたかな」「強いて言えば」「蓮司、まだ何かあるの?」「あ、ごめん……そうだね、折角まとまりかけてたんだ。今のはなしで」「ちょっとちょっとー、そんな風に言われたら気になるじゃない。いいわよ別に、今更どんな話が出ても驚かないから。遠慮せずに言いなさいよ」「いや、でも」「いーいーかーらー、言いなさいってば」「痛い痛い、分かった、分かったからつねらないで」「よし、ではどうぞ」「花恋が、その……これ見よがしにゲップしたり、お尻を掻いたりするの……ちょっと控えてくれたら嬉しいなって」「なっ……!」 花恋が顔を真っ赤にしてうなった。「いや、別にいいんだよ。それくらいリラックスしてくれてるってことなんだから。ただほんと、ちょっと、ちょっとでいいんだ。僕にとって花恋は、何より大切な女の子なんだし」「……」 花恋が両手で顔を覆う。そしてしばらくすると、恥ずかしさのあまり声を上げて身をよじらせた。「あ、あはははっ……あのですね、蓮司さん。そのことなんですけど、実は理由〈わけ〉がありまして」 恋がそう言って、蓮司に説明する。「……なるほど、そういうことだったんだ。大丈夫だよ花恋。僕は女性、と言うか花恋のこと、人形だなんて思ってないから。そんなに恥ずかしそうにして、ははっ。無理してたんだね、ごめん」「ううっ……しばらく蓮司の顔、ちゃんと見れないよ……」「でもまあ確かに、お互い
うなだれる恋〈レン〉と花恋〈かれん〉。そんな二人に苦笑し、蓮司〈れんじ〉は頭を掻いた。「僕の決断、花恋にとっては受け入れがたいものだったと思う。でも僕は、夢から逃げる口実に君を使った訳じゃない。そういう風に感じさせてしまったのは想定外だけど、でも僕にとって、花恋の幸せ以上に大切なものなんてなかったんだ。それは信じてほしい」「……うん、信じる」「ありがとう。それと、僕もやっとすっきりしたよ。あの時の花恋、とにかく不機嫌オーラ全開だったから。何をそんなに怒ってるんだろうって、ずっと気になってたんだ」「何であなたってば、そんな……」「ごめんね。長い時間、こんなことで苦しませてしまって」 蓮司の言葉に、花恋は更に肩を震わせた。「それとさっき言った、花恋の期待が重かったという話。出来れば気にしないでほしい。僕にとってそのこと自体、決して嫌なことではなかったから。正直にってことだから話したけど、花恋にそこまで好きになってもらえる物語を書けて、僕は嬉しいんだ」「……ありがとう」「蓮〈れん〉くんもごめんね。本当ならこんな話、まだ恋ちゃんに聞かれたくなかっただろう」「いえ……僕も少しだけ、気持ちが楽になった気がします」「恋ちゃんはどうかな」「私は……蓮くんの物語が好きで、ただそれを応援したかっただけなんです」「だよね。君は本当に僕たちの物語、大切に思ってくれてた。僕たちにとって唯一の、最高の読者だったんだから」「でも、それが負担になっていたんだったら」「読者の期待は作者にとって、励みにもなれば重荷にもなる。そういう意味では、受け止めきれない僕たちにこそ問題があるのかもしれない」「そんなこと……私はただ、夢を語ってる時の蓮くんが好きで」「ありがとう。それでね、恋ちゃん、それに花恋。君たちの質問には答えたけど、この話には