私は当事者やその家族、旧聞を知る近隣住民から丁寧に口述を採る。聞き取りの際には、語り手がどの程度の自発性で情報を提供しているか、外部資料に触れていないかを確認するため、質問の順序や言い回しを変えて反復検査する。加えて、類似した伝承を比較することで、物語が二次的に作られた痕跡や編集された可能性を見抜けることがある。参考として古典的な比較宗教学の見取り図を得るために'The Golden Bough'のような著作も参照するが、あくまで文脈理解の補助に留める。
僕は最近のケースでは遺伝系図や公開された家系図サイトを参照し、必要ならば年代推定や放射性同位体による年代測定といった科学的手法も検討する。情報の出どころ(誰がいつどのようにその情報を公表したか)を明確にして、伝聞が二次・三次のものに変化していないかを追う。テレビ番組のようにドラマ化された伝記的描写は証拠として扱いにくいので、参考例として'Who Do You Think You Are?'のような系譜調査番組の手法を学びながらも、そのまま結論に用いることは避ける。最終的には、再現可能な手順で検証できるかが鍵だと考えている。
僕は面談記録の原稿や録音も重視する。聞き取りが誘導的でないか、家族や地域で話題になって伝播した可能性がないかを吟味するためだ。聞き手の質問文や取材メモ、時間軸を残して再現可能性を担保する。過去にまとまった事例報告を読んだ経験から、例えば'Twenty Cases Suggestive of Reincarnation'のような集成は手がかりにはなるが、それだけに依拠して結論を出すべきではないと考えている。
最終的には、証拠の連鎖(chain of evidence)と独立した第三者の検証が決め手だと結論づける。個人的には慎重な検証過程を経た事例しか信用できないし、誤同定のリスクを常に念頭に置いている。