翻訳の現場でよく頭を悩ませる表現の一つに、'寝耳に水'があります。字面どおりに訳すと奇妙なので、まず日本語の持つニュアンスから整理します。突然でまったく予想していなかった出来事、しばしばショックや困惑を伴う――そんな感触が根底にあります。だから英語では単に「surprised」だけでは弱く感じられる場合があり、強い驚きや不意打ち感を伝える語句を選ぶことが多いです。
私がよく選ぶのは「come as a bolt from the blue」です。自然で文学的な響きがあり、ニュースや物語の訳で重宝します。例としては「その知らせは寝耳に水だった」を「The news came as a bolt from the blue.」とすると、読者に「全くの不意打ちだった」という印象を自然に与えられます。一方で会話では「It came out of nowhere.」や「It took me by surprise.」の方が気楽で使いやすいです。
場面によっては「be blindsided」や「be floored」など、感情の度合いを調整する表現を使い分けます。正式な文書なら「came as a complete surprise」や「was completely unexpected」が無難ですし、軽い驚きなら「out of the blue」。翻訳では原文のトーンと受け手の文化的期待を考えて最も適切な言い回しを選ぶのが肝心だと感じています。
翻訳を進めるうちに、反故という語が持つ幅広い意味にいつも唸らされる。文脈が違えば英語の訳語もガラリと変わるから、機械的に一語で置き換えられないのが面白いところだ。
具体的には用途ごとに分けて考えると分かりやすい。手紙や原稿など物理的な“捨てる”の意味なら"scrap"や"discard"、もっと口語的には"toss out"が自然だ。約束や合意を破る場合には"renege on a promise"や"go back on one's word"がしっくり来る。契約や法的効力が消えるタイプでは"null and void"、"annul"、"rescind"を検討する。例として「彼はその約束を反故にした」は"He reneged on that promise."、「合意は反故にされた」は"The agreement was declared null and void."のように訳せる。
実際の訳出では、語調(硬い・柔らかい)、対象(人間関係か法的文書か)、登場人物の背景を優先して選ぶ。私はしばしばまず原文のトーンを忠実に把握してから、英語で自然に聞こえる語を絞り込むようにしている。翻訳とは、辞書の引き算と文脈の足し算の繰り返しだと思っている。