この歌の詩的な美しさを英語に訳すのは本当に挑戦しがいがあるよね。日本の童謡特有の素朴な情感を保ちつつ、英語圏のリスナーにも伝わる表現を探る必要がある。
例えば冒頭の『夕焼け小焼けの赤とんぼ』は『The red dragonflies in the sunset glow』と訳せるけど、『小焼け』のニュアンスをどう表現するかが難しい。『負われて見たのはいつの日か』という部分は『When was the day I saw on your back?』と直訳できるが、日本語の『負われる』に含まれる懐かしさや無邪気さをどう伝えるかがポイントだ。
歌詞全体を通して、日本語の五七調のリズムを英語の韻律にどう落とし込むかが最大の課題。例えば『山の畑の桑の実を』を『Mulberries in the mountain field』と訳すと簡潔すぎるので、『The mulberries ripening in the field atop the hill』のように情景描写を加える必要があるかもしれない。童謡翻訳の奥深さを感じる作業だ。
興味深いのは、英語圏のファン翻訳は大ざっぱに三つの方向に分かれていることだ。ひとつはほぼ逐語的に意味を追う派で、単語ごとの対応を重視して『地獄でなぜ悪い』の直接的なイメージを伝えようとする。例えば"地獄でなぜ悪い"を"Why be evil in hell?"と訳して、本来の語順や語彙を崩さずに意味を示すやり方だ。
別の流派は歌として成立させることを優先する。韻やリズム、感情の強弱を英語で再現しようとする過程で表現をかなり変える。直訳の"Why be bad in hell?"を"If hell's the stage, then let me play my part"のように膨らませ、原曲のゴージャスで挑発的な空気を英語リスナーにも伝えることを目指す。
三つめは文化的注釈を付ける方法で、ヤクザや昭和風のレトロな比喩を英語圏の読者に分かるように脚注や訳注で補う。このやり方は『千本桜』のファン翻訳でもよく見られ、単純な翻訳だけでは伝わらない背景を解説してくれる点がありがたい。個人的には、意味とムードの両方を大切にする折衷案がいちばん好きだ。