プリンターのローラー音が、乾いたリズムで鳴っていた。午前十一時半、まだ昼休み前の中途半端な時間。営業フロアの空気は、朝の忙しさを一通り過ぎたあとの、わずかな弛緩を孕んでいた。
鶴橋は複合機の前に立ち、出力を待っていた。契約書類の一部を急ぎで印刷しているところだったが、機械の調子がいつもよりわずかに遅く、時間が歯痒いほどに流れていた。
そのとき、背後から足音が近づいてきた。ヒールの音。一定のテンポで、軽やかに床を叩く。
「おつかれさん」
振り返ると、奥村佳奈が笑顔を浮かべて立っていた。細い指で髪を耳にかけながら、複合機の操作パネルを横目で確認している。
「次、私。けっこう詰まってる?」
「ああ、もうすぐ終わる思う。ちょっと時間かかっとるけど」
そう言って鶴橋は目の前の機械を見やった。印刷はあと三枚。佳奈は鶴橋の隣に立ち、印刷が終わるのを待ちながら、ぽつりと口を開いた。
「ねえ、鶴ちゃん」
「ん?」
「今里さんって、ほんまに使えへん人やと思う?」
問いかけは唐突だった。だが、その声色には責めるでもなく、冗談でもなく、ただ純粋な“気になってる”という温度があった。
鶴橋は、返事に詰まった。何気ない会話の中で、この手の質問は往々にして職場の“空気合わせ”につながる。適当に笑って「まあ、空気やなあ」とでも返せば会話は流れていく。けれど、今はなぜか、それができなかった。
「…いや、ミスはあるけど」
印刷された紙を受け取りながら、言葉を継ぐ。
「なんかこう、“やろうとしてる”って感じはあるな」
自分でも、何を根拠にそう言ったのか曖昧だった。だが、その言葉は口を突いて出たというより、心の奥から自然と流れ出てきたものだった。
佳奈は鶴橋の横顔をちらりと見て、目元を少しだけ和ませた。
「見てる人は見てる、ってやつやね」
そう言って、軽く紙束を受け取り、操作パネルに自分のデータを呼び出し始めた。笑顔の奥にある何かを読み取るには、鶴橋にはまだ時間が足りなかった。
彼はその場から離れ、資料を片手に自席へと戻って