キッチンに立った瞬間、ふわりと漂ってくるだしの香りがまだ残っていた。大和は無意識に鼻をひくつかせながら、弁当箱をシンクに置く。高田が食べ終えたあとのそれは、いつもきちんと拭き取られ、几帳面に重ねられて戻ってくる。几帳面すぎるほどに、だった。
蛇口をひねり、ぬるま湯を流しながら洗剤を探そうと棚を開けたとき、ふと目に留まった電子レンジの扉に目を向ける。貼られている「金属類注意」のシールが…上下逆だった。正確には、天地が完全に反転している。しかも、微妙に斜めにズレているのが、視界の片隅でじわじわと引っかかった。
思わず吹き出しかけて、口元に手をあてる。笑いを堪えながら、大和はそのままレンジのドアを開けてみた。中に何かがあるわけではない。けれど、その貼り方ひとつで、見えてくる人物像がある。
あいつ…何を考えて、こんなことしてんねやろ。
それとも何も考えてへんのか。
弁当箱を片手にシンクへ戻り、洗い物を終えると、視線は自然と背後の洗濯機に向かった。洗濯機の上には畳まれていない洗濯物が二、三枚置かれている。白シャツ、パーカー、そしてタオル。どれも柔軟剤の香りはせず、少し湿気を含んだ空気に馴染んでいた。
何気なく蓋を開けて、次の洗濯の準備をしてやろうかと思ったそのとき、目に入ったのは透明な容器に入った白い粉末だった。中身は洗剤のはずだが、ラベルがなかった。指先でつまみ、鼻先に近づけてみると…それは洗剤特有の甘い香りではなく、どこか懐かしいような、無機質な匂いだった。
重曹…やな、これ。
一瞬あっけにとられて、次の瞬間には、思わず笑いがこみ上げた。
お前……こんなイケメンやのに、何してんねん。
独り言が自然に漏れた。
高田 彗。部署内では有名な天才SEで、トラブル対応率100パーセント。だけどその実態は、電子レンジのシールを逆さに貼り、洗剤の代わりに重曹を使う男。完璧な外見と、完璧に抜けた生活感。そのギャップが、どうしようもなくツボだった。
イケメンやけど、全然隙がないタイプとはちゃう。むしろ、抜け落ちたところだらけや。けど、そ