第 9 話

佳子はなんとか無事に契約を締結したが、渡辺創の叔父はすっかり酔っ払って正気を失い、ふらふらと彼女の隣を歩いていた。

「水上さんを本当に気に入ったよ。今後、どんなプロジェクトでも紹介してあげるからね」彼は足元がおぼつかない状態で、灯りの下で彼女を見つめ、その美しさに心を奪われていた。

彼は我慢できずに彼女を抱きしめ、キスしようとした。「水上さんは本当に美しい」

酒の匂いとタバコの匂いが混ざり、佳子は吐き気を催した。彼女は力いっぱい押しのけたが、彼はそれを楽しみだと勘違いし、にこにこしながら再び近づき、彼女の手を掴んで離そうとしなかった。「水上さん、一人で北の町で頑張るのは大変だろう。私が力になってあげられるよ」

そう言うと、彼は再び彼女の顔にキスをしようとした。

佳子は冷たく顔を背け、彼の足を思い切り踏んだ。

彼は痛みに顔を歪め、すぐに怒りに駆られ、「ふざけるなよ！俺に恥をかかせるつもりか？」

佳子は冷笑し、「警察に通報しました」と言った。

男は酒臭い息を吐きかけ、全く気にしていない様子で言った。「俺が怖がるとでも？」

再び彼女に向かって抱きつこうとした。

廊下での争いは多くの視線を引きつけた。

酔った男はまるで牛のように力が強く、その重さはまるで山のようだった。

佳子はさらに彼の足を踏みつけると、すぐに駆けつけたスタッフが男を引き離し、低姿勢で謝罪した。「社長、本当に申し訳ありません」

佳子は衣服を整えながら立ち上がり、ふと顔を上げると、見慣れた目と目が合った。

男は廊下の端に無言で立っていた。彼はスーツ姿で冷たい表情を浮かべ、唇には薄い笑みが浮かんでおり、まるで嘲笑しているかのようだった。

佳子は祐摩の鋭い視線に心が震え、彼がここにいる理由が分からなかった。

彼女はつい目をそらした。

「パチッ」と音がすると、彼は気だるげにタバコに火をつけ、煙を軽く吐き出しながら言った。「こっちへ来い」

佳子はゆっくりと彼に向かって歩き出した。

祐摩は彼女がうつむいて黙っている様子を見て、鼻で笑いながら言った。「どうだ、大きな商売でもしてきたのか？」

佳子の喉は緊張で締め付けられ、すぐには答えられなかった。

祐摩は明らかに不機嫌だった。

結婚の際、婚前契約にははっきりとした条件が記されていた。

外で働くことは許されない、と。

佳子はかすかに「していない」と答えたが、それは説得力に欠けていた。

祐摩は突然彼女の顎を掴み、顔を無理やり上げさせ、感情のない瞳で彼女を見つめた。「何をしていないんだ？」

佳子は説明できなかった。ただ、もっとお金を稼ぎたかっただけだ。

ホテルの支配人が、大崎社長が来ていると聞いてわざわざ挨拶にやってきた。

彼は何度も謝罪し、佳子が祐摩の妻であることを知らなかったために粗末に扱ってしまったと言った。

「佐藤さんも今夜ここにいらっしゃいます」

「そうか」

このホテルは佐藤顕裕の経営する施設であり、祐摩にとって佐藤顕裕は叔父にあたる。

祐摩は彼のことをとても尊敬していた。

佐藤顕裕はこの出来事を聞き、不快感を示した。このような騒ぎが外に広まれば、どれだけ不名誉なことか。

佐藤顕裕は祐摩の妻のことをあまり知らなかった。一度会ったことがあるだけだ。

彼は年長者として何気なくこう尋ねた。「どうしてこんな事態になったんだ？」

祐摩は佳子の手を握りながら笑って答えた。「叔父さん、彼女はまだ若くて、少しやんちゃなんです」

佐藤顕裕は彼が佳子をかばう様子を見て、それ以上は何も言わず、軽く「そうか」とだけ答えた。「送らせようか？」

祐摩は「いえ、自分で車を運転します」と答えた。

佳子は彼に握られた手が今にも折れそうに感じた。

彼女はなんとか手を振りほどこうとしたが、逆に彼の力が強まるだけだった。

車の中で、祐摩は一言も発しなかった。

その場の空気は重く、心にのしかかるようだった。

家に着くと、祐摩は表情を変えずに「降りろ」と言った。

佳子は2秒ほどためらった後、おとなしく車を降りた。

リビングの灯りはついていて、執事はすでに他の人を休ませていた。

誰もこの時、祐摩の機嫌を損ねたくなかった。

外は猛吹雪が降っていた。

祐摩の表情は極めて険しく、さっきまでの笑顔は一切消えていた。彼の美しい瞳は冷たく、無感情に彼女を見つめていた。

「佳子さん、そんなにお金が欲しいのか？」

佳子は頷きたかった。

彼女は確かにお金が必要だった。

実際、祐摩は毎月彼女に支給している生活費と、別に支払っている給料はかなりの額だった。

しかし彼女には奇妙なプライドがあり、自分の「身を売る」ことで得たお金を母の治療に使いたくなかった。

彼女は固執して、将来このお金をすべて彼に返したいと思っていた。

祐摩は彼女に入院中の母がいることしか知らなかった。

彼女の家族について深く調べたことはない。

それは単に彼が彼女に対して興味を持っていなかったからだ。

実際、彼が調べようと思えば、彼女と美保の関係などすぐに知ることができる。

佳子は涙で赤くなった目を上げ、彼の質問にに答えた。「私が金に困っているかどうか、社長は分かっているはずです」

祐摩は2秒ほど黙った後、彼女の顎を掴み、まるで彼女の瞳を見抜こうとするかのように言った。「払った給料では足りないのか？」

彼女の背中は窓に押しつけられた。薄い服は冷たさを防ぎきれなかった。

冷たさに震えた彼女の目には、涙がにじんでいた。

祐摩は彼女のこの哀れな姿を見て、何も感じないかのようだった。彼の頭には、さっき彼女があの老いぼれた渡辺創の叔父の腕の中で大人しくしていた光景が浮かんでいた。それが彼をさらに怒らせていた。

彼は彼女の顎を放し、冷淡に見つめながら

祐摩は彼女に対する束縛を解き放ち、冷淡な目つきで、冷たい口調で言った。「それとも、水上さんはただの売女になりたいだけなのか？」