「クリス、そんな目で見ないで。私はマサス国王の妻よ」
私の言葉にクリスは苦い顔をした。「彼に汚されてしまったこと、俺は一生かけて忘れようと思う。君はまだ綺麗だよ。ルカリエ⋯⋯」
クリスの返しは想像もつかないものだった。「私が汚されたって⋯⋯そうね⋯⋯モリア・クーナはどうしたの?」
私はクリスに捨てられてから、生きるのに精一杯だった。 その結果をあっさり彼は、「汚された」で片付けようとしている。「モリア⋯⋯あの、詐欺師か⋯⋯アレが子供を産んだら洗脳が解けたんだ。全く、酷い目にあったよ。ルカリエ⋯⋯離れてくなんて酷いじゃないか」
クリスは洗脳されていたと言う間のことを、どこまで覚えているのだろうか。 私を足蹴にして追い詰めた記憶まであったら、こんな被害者ヅラできないはずだ。 しかし、そんな事聞くのも面倒な程、私はクリスの愛に興味は無くなっていた。「モリアはあなたが私を捨ててまで、ご執心だった子じゃない。彼女、子供を産んだんだ。ゆくゆくは国王になる、あなたの大切な子ね」
モリアを詐欺師呼ばわりしたと言うことは、クリスが彼女を罪人扱いしているのは確かだ。彼女の子であり、スグラ王族の血を引いている名も知らぬ子の行方が気になった。
私はボロギレを着ている幼い子を中心に形成された魔法学校を思い出していた。彼らがどこから来たのかはわからないけれど、自分の意思で行き先を選べる年ではない。
そして、モリアとクリスの子も意思もはっきりせぬまま政治の為、道具のように扱われているのではないかと気になった。(まあ、王族の血を引いてるし丁重に扱われてるわよね)「洗脳されてた俺自身が1番傷ついているのに酷いこと言うんだな。ルカリエ⋯⋯君以外の女なんて、どうでも良いよ」
クリスと私は今までプラトニックな関係だった。それなのに、クリスは今、焦ったように私に口づけをしようとしてきた。
私は自分の口を手で塞ぎ、それを避ける。「やめて⋯⋯クリス、私以外の女どうでも良いって言うなら、私もそのどうでも良い
「嘘だろ⋯⋯ルカ⋯⋯お前は誰だ」 赤い炎に囲まれて、レオが私に化けたモリアの首を絞めた。「ああ、好きです⋯⋯このまま、あなたの想いのままにしてください」 恍惚とした表情を浮かべた私の姿もモリアがレオに囁いている。「あなたの事が好きな女で、ルカリエの姿をしていたら誰でも良いんでしょ⋯⋯彼女で良いじゃない」 私は思わず予定にない言葉を口走っていた。 私のその言葉がレオの逆鱗に触れたようだ。「俺が唯一愛しているのはルカリエだ! 君こそが俺の唯一の女神だ! 俺のこの体を君の炎で焼き尽くすことで証明してやる! 俺の炎と混ざり合い君は俺と永遠に愛し合うんだ!」 狂ったように叫ぶレオの言葉と同時に黒い炎がレオを取り巻く。「陛下⋯⋯レオ様⋯⋯私も一緒に⋯⋯愛してます」 私に化けたモリアは、レオに飛びついた。「偽物だなんて薄々感じていたよ⋯⋯それでも、ルカリエ、君を抱いていたかった⋯⋯」 レオは自分の出した黒い炎と共に、モリアと消し炭になった。 本当にレオは偽物だと気が付いていたのか、負け惜しみなのかはどうでも良い。 これは、私が全く予想していないことだった。 スグラ王国の力を使い、クリスにレオと別れさせて貰うつもりだった。(レオの愛が分からない⋯⋯スープ1つでなんなのよ⋯⋯)「ルカリエ⋯⋯図々しくも君に想いを寄せた男が消えたね。これで、晴れて俺たちは一緒になれる」 私を後ろから愛おしそうに抱きしめてくるクリスを追い払うにはどうしたら良いだろう。 レオを失脚させ、魔法学校の子たちを自由にした後は私はマサス王国をキースに任せてここを去るつもりだった。 本当に好きな人を見つけ、自由を知ったら到底そんな事はできない。 私は彼の腰から剣を抜いて、思いっきり自分の腹に刺した。 クリスが驚愕の表情で見ているが、彼は私がどれだけ彼から離れたいと長年思っていたか気付いていなかったのだろう。 思えば、彼と婚約した時から私は自己中心的で偉そうな彼が嫌いだった。
「モリアはマサス国王の企みで魅了の力をつけたんでしょ。多分、私も何か飲まされたんだと思う。でも、クリスの役にたつ力が使えるようになったのよ」 私はクリスの胸に手を当て、治癒の魔力を使った。「なんか、すごく温かくて力がみなぎる気がする」「結婚したら、毎晩、元気にしてあげられるね」 私が言った言葉に、クリスは頬を染め目を輝かせた。 金髪碧眼の美しい王子様のクリス⋯⋯私は彼のことも外見から好きになる努力をした。 内面は知れば知るほど、私をがっかりさせるものが多く見ないようにした。 (私が初めて内面を見る程に好きになっていったのが、キースなんだわ) 誰といてもキースのことを考えてしまうのだから、私が彼のことを好きなのは明白だ。 こんな気持ちで他の誰かとなんて一緒にいられる訳がない。 だから、私は私に執着するクリスとレオを自分から切り離すつもりだ。「私は今、公的にはマサス国王の妻なんだよ。正式にクリスの妻になりたい」「なれるよ。君とマサス国王は白い結婚なんだから、俺がなんとかする」 私はクリスの言葉に微笑んで、彼の頬に軽く口づけをした。 やりたくないけれど、彼の頭をピンク色に染め正常な判断能力を失わせる為に必要だ。「そう言うことは、正式に結婚するまで我慢だよ。ルカリエ!」「はーい!」「じゃあ、騎士たちには武器を下ろさせて、こんな武装してたら向こうから攻撃してくるわよ。戦いもせず、私を取り返した方がクリスの評価が上がるわ。だって、今はモリアの子がいるんでしょ」 私は悲しそうな顔でクリスを見つめた。 モリアの子、アンドレは魅了の魔力を持っている。 おそらく、その力により周りの人間には好意的に見られているだろう。 そしてクリスは唯一の王位継承権を持った者として立太子しているが、敵は多い。 クリスを扱い辛いと思っている貴族は、アンドレを次期国王にできないか画策しているだろう。「俺は本当に君を苦しめたのに⋯⋯君は俺のために悩んでくれるんだな」 私を愛おし
あれから、半年。 私たちは魔法の特訓を重ねた。 その魔法の特訓は今までのような戦いの為の特訓ではない。 飛行能力で種を蒔いたり、植物を育てる能力で畑作りをしたり、氷の能力で食材を冷やしたり生活する特訓をした。 レオはモリアが私に化けている事に気がついていないようだった。 私は気の置けない仲間と幸せな時間を過ごしていた。 そして、運命の日が来た。 私たち、魔法学校に出動命令が出たのだ。 理由はスグラ王国が大軍を連れて、ルカリエ王妃を奪還に来たからだ。 キースの話だと、再三スグラ王国はルカリエ王妃の返還を要請しなかったがレオが応じなかったらしい。 「私たちは自分たちの自由を勝ち取る為に戦うのよ」「オー!」 地下の広場に集めた魔法学校の学生を鼓舞する。 私は魔法学校の子たちが戦うのは最終手段だと思っている。 でも、今日は地下と地上を繋ぐゲートが開く。 魔法学校の生徒全員が外に出られるのだ。「カリナ、伝えた通り、私たちが攻撃として魔法を使うのは最終手段。私たちの魔法はマサス王家を滅ぼしてから自分たちの国を創るのに使うのよ」「ルカ⋯⋯いや、ルカリエ王妃殿下なんだよね」「私はルカだよ! 数時間後にはマサス王家を倒してこの国は共和制にする。王族が支配するのではなく、国家の全てを話し合ってみんなで決めるの」 私は自分の正体をカリナだけには明かした。 彼女の双子の姉モリアの存在は明かしていない。 ただ、今は替え玉がルカリエ・マサスとして国王陛下に付き添っていると言うことを話している。 私は誰も血を流すことなく、自分たちの自由を勝ち取りたいと思っていた。 ここにいる子たちは幼い子が大半だ。 そんな子たちが戦う必要はない。 戦う責任があるとしたら、この国に責任がある王妃の私だ。「みんなは、合図があるまでここで待機だよ。怖がらないで大丈夫。地上に出た時は、戦いなんて終わって平和が待ってるかもしれない
「起きて! もう、寝過ぎだよ。ルカ!」 目を開けるとカリナが私の顔を覗き込んでいた。 昨晩、私は必死にキースを求めたが、明日の為に寝るようにと部屋に戻された。(また、振られた⋯⋯もう、彼に役立つ女になることに集中した方が良いかも⋯⋯脈がなさ過ぎる)「お腹空いたでしょ。何か食べにでよ!」 私はカリナに手を引かれて外に出た。 今までずっと、食べ物は黙っていても出てくるものだと思っていた。(お腹が空いてる中食べ物を探しに行くなんて獣みたいで楽しい!)「何、ニヤニヤしてるの? ルカって本当に面白いね。何か食べたいものはある?」「肉かな⋯⋯獣の肉!」「ごめん⋯⋯朝から重すぎるから却下! 朝食だから軽めにしよう」 食べたいものを聞かれたからこたえたのに、カリナには却下されてしまった。 でも、食べる物なんて何でも良い。 どんな美味しい食事を食べようと、重要なのは食べる物じゃなくて一緒に食べる相手だと私は知っている。「私はカリナと食べるなら何でも美味しいと思う! 道端の草でも最高級の味がするよ」 大好きな彼女と気を遣わず食べる食事はどれだけ美味しいだろうか。 レオやクリスと食事する時は、彼らの顔色を伺ってばかりで食事は味がしなかった。「草よりは良いものを食べようね。全く、本当にルカは面白過ぎだよ!」 カリナが私の手を引きながら連れてくれた店は、麺が食べられる店だった。 私は麺を人生で1度しか食べたことがない。 東洋の行商がスグラ王国に来た時に、一度食しただけだ。 ここの魔法学校に併設する商店は、様々な種類の店の料理が並んでいる。「ここって何でもあるんだね。東洋の食事まで食べられるなんて凄い!」「全部、真似事だよ。真似事で私たち使い捨ての兵隊を誤魔化しているだけだから⋯⋯」 カリナが冷めたような表情になり淡々と言う言葉に私は驚いた。 大陸侵略の目的で作られたことを、ここに通う学生も知っていると言うことだ。「やっぱり、打倒マサス王国だ
「なんか地上では王妃様が誘拐されたとかで大変だったらしいよ。飛行の魔法使える子たちが捜索に駆り出されていた。そもそも、国王陛下っていつ結婚したのよって感じだよね」 カリナの言葉を聞いて、私は戸惑ってしまった。 夜の寒い海の空を、魔法学校の子たちが私を探していたと言うことだ。 そして、魔法学校の子たちは十分な情報も与えられないのに、緊急時には突然駆り出される存在だと認識した。「名前も姿も知らない王妃様を真夜中に探せなんて酷い命令だね。ねえ、カリナ⋯⋯私たち、地下に住む魔法使いで独立した国をつくらない? マサス王国の為に尽くさなければいけない義理なんてないよ」 私はそんなおかしいことを言っただろうか、カリナは目を丸くして絶句していた。「ふふっ! 本当にルカって私が出会ったことないくらい面白い子。私たちはマサス王家から給与も出ている公的な兵隊みたいなモノなんだよ。確かに地上の生活には憧れるけどね。戦争にならない限りは外に出れないのは窮屈だけど⋯⋯お金がなきゃ地上でも暮らせないよ」「じゃあ、戦争の時に地上に出たらみんなで逃げて、逆にマサス王国を滅ぼしてやろう! お金は私が何とかするし、自給自足できるような魔法があれば生活だってできるよ」 魔法にどれだけの種類があるかは分からない。 今、知っているだけで、火の魔法、氷の魔法、治癒の魔法、魅了の魔法と飛行の魔法がある。 キースは全ての魔法が使えると言っていて、瞬間移動したりもできる。(そういえば、キースは姿形も変えられるって言ってたわ)「自給自足か⋯⋯植物を成長させる魔法とか使える子もいるし、不可能ではないかな。それにしても、お金は何とかするだなんて、ルカって男前すぎ! なんか、夢物語だけど⋯⋯こう言う話するのは面白いね」 私の話をカリナは夢物語のように聞いている。 私はクリスを利用して、レオと離縁し、マサス王家を滅ぼし、魔法学校のみんなを解放できないか考えていた。 私は顔だけの女だけれども、「特技、顔」はクリスやレオには通用する。 散々、自分勝手に私を扱ってきた2人を、今度は利用できないだろうか。
「ねえ、こういう服がキースは好きなの?」 私は彼がお風呂上がりに用意してくれたブルーのワンピースを着ていた。 生地がふわふわしていて、雪国仕様になっていて温かい。 彼が私に服を用意してくれたのが嬉しい。(男が女に服をプレゼントする意味をキースも知っているのかな⋯⋯ドキドキ)「好きも何も、僕たち魔法使いは姿形をいくらでも変えられるから美醜に興味はないんだ」 キースの言葉に、私の中の色々なものが崩れ去っていく気がした。 (私の価値って美しさ以外何があるの?) 昔から見た目ばかり褒められてきた。 私よりも才能があったり、商売で成功しているような優秀な子はいる。 私は自分に見た目しか取り柄がないと知っている。 魔法使いであるキースは見た目に興味がないという。(彼が私に口づけしてくれたのは、同情だ⋯⋯)「そうなんだ、じゃあ、キースを好きな子はオシャレしても意味ないね⋯⋯それより、キースは私がどうして魔法が使えるか知っていたりする?」 私はどうしたら私のような見た目だけの女が彼から思われるかを考えた。(私が魔女の血を引いてたら、彼と繋がりが深いってことだよね) 「君の魔力は、国王陛下から君に分けられたものだ。カリナが君に治癒の魔力を分けたのと一緒だ」 キースの言葉に私はスグラ王国時代、レオと一度ダンスを踊ったことを思い出した。 その時に体に熱い何かが流れ込んでくる不思議な感覚があった。 私が魔女として迫害を受けたのも、レオの仕業だったと言うことだ。 私はとんでもない男に自分の体を捧げていた。(こんな私、キースは軽蔑しているかな⋯⋯) 「私ね、いつも赤い炎が出てたのに、処刑前だけ黒い炎が出たの。それは、なぜだかかわかる?」 私は、震える声を振り絞りながら尋ねた。「黒い炎は国王陛下が出したものだよ⋯⋯」 私から目を逸らしながらキースが言った言葉に、私は怒りと悲しみで気が狂いそうになった。 私が処刑される直前に黒