そのときだった。
突如、私のすぐ横を――車が猛スピードで突っ込んできた。
「ひより!」
颯真が咄嗟に私を抱きしめ、地面を転がるように庇ってくれた。
数回転がってようやく止まったとき、彼の身体はすでに傷だらけだった。
それでも彼は、痛みを無視して、真っ先に私の顔を覗き込んだ。
「ひより、大丈夫か……?」
でも、私は――
頭に残っていた古傷に衝撃を受け、そのまま意識を手放した。
次に目を開けたとき、見えたのは誠士の顔だった。
ベッドのすぐそばで、彼は切羽詰まった様子で医師に問いかけていた。
「頭を打ってます。記憶の回復は、まだ断定できません」
私は喉がカラカラで、かすれた声で尋ねた。
「……ねぇ、あなたが私の……夫?」
誠士は眉をひそめて、じっと私を見つめた。
「今度は……もう忘れないでくれよ。だって俺たち、もう子どもまでいるんだから」
私がくすっと笑って、手で口を覆うと、ようやく彼は安心したように目を細めた。
「……つまり、前のことは思い出した?」
そう尋ねたその瞬間――
病室のドアが開いた。
そこに立っていたのは、颯真だった。
私は首を横に振り、まるで見知らぬ人を見るように彼を一瞥したあと、視線をまた誠士に戻した。
「ううん……たぶん、大事じゃない人のことは忘れちゃったみたい。でも、あなたとの幸せな瞬間はちゃんと覚えてるよ」
颯真が連れてきた医師が診断を下した。
「今回の衝撃でも記憶が戻らないようなら、おそらく――永久的な記憶障害です」
その言葉に、颯真は力を失ったようにその場に崩れ落ちた。
もう、病室の中に足を踏み入れることすらできなかった。
その後の調査で、あの車は――美苑が仕向けたものだったと判明した。
彼女は私を殺そうとしていたのだ。
だが、すぐに捕まることを恐れた颯真は――
警察が連れて行く前に、路上で彼女を刺し殺した。
その頃、私は退院したばかりだった。
混み合った通りの向こう側――
真っ赤な手で血を滴らせた颯真が、遠くから私を見ていた。
私は、咄嗟に薬指を押さえてしまった。
それを見て、颯真はすぐに気づいた。
――私が、嘘をつくときの癖。
彼のくれた指輪があったはずのその場所には、もう別の指輪がはまっていた