Chapter: 第36話ちょ、ちょっと待って。亜嵐くんが、私のことを好き?!突然の告白に、すぐには頭が追いつかない。「いきなりこんなことを言われても、困るよね?」「いや……」「最初は陽菜ちゃんのこと、ウサギみたいにちっちゃくて可愛い子だなぁくらいにしか思ってなかったんだけど」ウサギ……。「陽菜ちゃんは、美化委員の掃除も嫌な顔ひとつせずに頑張って。どんなことにも、真面目で一生懸命で。そんな君を見ているうちに、気づいたら好きになってた」……っ。まさか亜嵐くんが、私のことをそんなふうに思ってくれていたなんて。でも……こんなときでさえ、私の頭に浮かぶのは伊月くんの顔。「あの、亜嵐くん。私……」「いいよ、分かってるから」私が言おうとしたことを、亜嵐くんが優しく止めた。「陽菜ちゃんは……佐野のことが好きなんだよね?」亜嵐くんに、私はこくりと頷く。「私……伊月くんが、好き。今はお兄ちゃんだけど、私のことは好きじゃないって言われたけど……やっぱりすぐには、諦めきれなくて」声が震えて、目には涙が浮かぶ。「だから、亜嵐くんの気持ちには応えられないです」「いいよ。俺は全部分かったうえで、陽菜ちゃんに気持ちを伝えたんだから」「っ、ごめんなさい……」「謝らないでよ、陽菜ちゃん」亜嵐くんの顔は笑っているのに、何だか少し泣きそうに見えて。胸が締めつけられる。「俺の告白、聞いてくれてありがとうね」お礼を言いたいのは、こっちのほうだよ。私のことを好きになってくれたってだけで、嬉しいのに。「これからも、友達として変わらずよろしくね」「うん。こちらこそだよ」亜嵐くんが差し出してくれた手に、私も自分の手を重ねる。亜嵐くんは私にとって、これからもずっとずっと大切な友達だよ──。**中間テストが終わり、5月末。いよいよ、修学旅行当日がやって来た。集合場所の東京駅から新幹線に乗って、京都へと向かう私たち。2人掛けの席に羽衣と隣同士で座り、お菓子を交換したりおしゃべりをしているうちに、あっという間に京都駅に着いた。「着いたー!京都〜!」普段からテンションの高い亜嵐くんが、今日はいつも以上にハイテンションだ。「お腹空いたなあ。まずは、お昼ご飯食べに行く?」「せっかく京都に来たんだし、わたし湯豆腐が食べたいな」「湯豆腐か、いいねえー。俺は八つ橋食いたい!」亜嵐くんと
Last Updated: 2025-06-15
Chapter: 第35話『今は……伊月くんと話したくないの』彼にそう言ってから私は、家でも学校でも何となく伊月くんを避けるようになってしまっていた。伊月くんの顔を見ると、『好きじゃない』と言われて傷ついたあの日のことが、頭を過ぎってしまって……胸が苦しくなるんだ。「ねえ、陽菜。最近、伊月くんと話していないみたいだけど……もしかして、ケンカでもしたの?」お母さんが眉尻を下げながら、聞いてきた。「大丈夫。ただの兄妹喧嘩だよ」余計な心配はかけさせたくなくて、私はお母さんに微笑んでみせる。入籍した両親へのサプライズパーティーの日に、涙するお母さんと光佑さんを見て、二人の幸せを、家族の幸せを……絶対に守らなくちゃと思ったはずなのに。これからはちゃんと、伊月くんの“妹”になると、決意したはずなのに。お母さんを心配させて、どうするの。伊月くんを避けたりして、これじゃあギクシャクしていた昔のあの頃に逆戻りだ。やってることと言動がチグハグなことは、自分でも分かっているけれど。今の私には、こうすることしかできないんだ……。**伊月くんを避けるようになって1週間ほどが経った、ある日の放課後。「陽菜ちゃん!」耳慣れた明るい声がして振り向くと、亜嵐くんが。「あれから、どう?元気?」「まあ、ぼちぼちかな。あっ、この前はハンカチありがとうね」「ううん。今度はハンカチじゃなく、俺の胸を貸そうか?」おどけたように言いながら、両手を大きく広げてみせる亜嵐くん。「ふふっ、ありがとう。気持ちだけもらっておくね」「そう?まあ、陽菜ちゃんに胸を貸さずにすむほうが、俺としても良いんだけどね」「え?」「ううん。あっ、そうだ。今日、バスケ部の練習が休みなんだけど。良かったら、気分転換に一緒にカフェでも行かない?」「カフェかあ」バスケ部の練習が休みってことは、伊月くんも今日はいつもよりも早く家に帰ってくるってことだよね?何となく気まずいし……。それに、亜嵐くんからのお誘いは、美化委員になったばかりの頃に、一度断ってしまったことがあったから。せっかくのお誘いを、こう何度も断ったら申し訳ないよね。「うん、いいね。行こう」「やった!それじゃあさっそく、レッツゴー!」こうして私は、亜嵐くんとカフェに行くことになった。**学校からしばらく歩いて、私たちは古民家カフェへとやって来た。平
Last Updated: 2025-06-13
Chapter: 第34話伊月くんの口から『好きじゃない』という言葉を聞いて、これからはちゃんと彼の“妹”になろうと決意した私。だけど……。「……ごちそうさまでした」「あら。陽菜、もういいの?」失恋した日の夜。夕飯が喉を通らず残してしまった私に、お母さんが心配そうに声をかけてくる。「残しちゃってごめんね。ちょっと、食欲がなくて……」「陽菜ちゃん、もしかしてこの前みたいに風邪とか?大丈夫かい?」「えっと、実は……夕飯の前に、新発売のお菓子を待ちきれずに食べちゃって……」光佑さんに聞かれて、ついそんな嘘をついてしまった。伊月くんに振られたからだなんて、本当のことは口が裂けても言えないから。「もう、陽菜ったら。ご飯の前にお菓子は食べたらダメだって、小さい頃からお母さんいつもあなたに言ってたでしょう?」「ごめんなさい!次からは、気をつけるから」謝ると、私は急いで自分の部屋へと向かう。そして、部屋のベッドに思いきりダイブした。「はぁ……っ」口から無意識に、ため息がこぼれる。失恋したからといって、その相手が同じ家に住む『家族』だと、嫌でも顔を合わせないといけないのが辛い。──コンコン。「はい?」「……」部屋のドアをノックする音がして返事をするも、応答がない。もしかして、空耳だったのかな?「そうだ。亜嵐くんに貸してもらったハンカチ、洗濯しないと」思い出した私がハンカチを手に、部屋のドアを開けると。──ガチャッ。「え?」「陽菜。話があるんだけど……」すぐ目の前には、伊月くんが立っていた。「あのさ、陽菜が夕飯のときから元気がないのって……もしかして、俺のせいか?」「……っ」俺のせい?って。伊月くんは、どうしてそんなことを聞くの?そりゃあ食欲がなかったのは、伊月くんに『好きじゃない』って言われたのが原因だけど……本当のことなんて、言えるわけないじゃない。「伊月くんのせいじゃないよ。ちょっと学校で、嫌なことがあっただけで……」ハンカチを洗濯するため、伊月くんの横を通り過ぎようとしたら。「!」伊月くんに、腕を掴まれてしまった。「今朝のことだけど……俺は、実の母親みたいに、今の家族を壊したくなかったんだよ」え?実のお母さんみたいにって、一体どういうこと?「だから俺は、陽菜を……家族を、傷つけたくなくて」傷つけたくなかったって言うけど、私はもう
Last Updated: 2025-06-11
Chapter: 第33話「はぁ、はぁ……っ」私は教室を飛びだし、無我夢中で廊下を走る。『俺は……菊池さんのこと、好きじゃない』さっきの伊月くんの言葉が、まるで鋭利なナイフのように心臓に深く突き刺さって苦しい。伊月くん、私のこと好きじゃないって……。雨の日の相合傘も、ケーキ屋さんで頭をポンポンと優しく撫でてくれたのも……全部、義兄として?私たちは中学の頃に別れたから、伊月くんが私のことを好きじゃないのは、当たり前のことなのに。それ以前に今、私と伊月くんは兄妹なんだから。自分が彼の恋愛対象じゃないことは、もうとっくに分かっていたはずなのに……。いざ『好きじゃない』って伊月くんの口からハッキリ言われると、こんなにも辛いなんて……。私の目には、じわりと涙が滲む。それからもひたすら走り続け、気づいたら私は学校の屋上まで来てしまっていた。真っ青な空がどこまでも広がり、少しひんやりとした風が私の頬をくすぐる。「……っうう」涙が次から次へと溢れてきて止まらず、私はその場にしゃがみこむ。お母さんが光佑さんと再婚することになって、伊月くんと同居するようになって。中学の頃に別れてからギクシャクしていた伊月くんとの距離も、少しずつ縮まっていって。女の子にはそっけない伊月くんが、私には優しくしてくれるから。もしかしたら……って、期待してしまっていたのかもしれない。「……ははっ。ほんとバカだなあ、私」ひとり、自嘲したそのとき。「陽菜ちゃん!」聞き覚えのある声がし、慌てて目元の涙を拭って振り返ると……。そこには、肩で息をした亜嵐くんが立っていた。「ねえ、陽菜ちゃん。大丈夫?」「だっ、大丈夫だよ」ニコッと笑ってみせるけど、また涙がこぼれそうになる。「嘘だ。陽菜ちゃん、泣いてたんでしょう?」亜嵐くんの親指が私の目尻にそっと触れて、鼓動が小さく跳ねた。「俺、陽菜ちゃんの笑顔は好きだけど……自分が悲しいときは、無理して笑わなくて良いんだよ」親指を離すと、亜嵐くんが私にハンカチを渡してくれる。「これ、使ってないから。泣きたいときは、思う存分に泣けば良い」「っ、亜嵐……くん……」弱っていた私の心に、彼の言葉が優しく響く。「俺、屋上の扉の外に立って、誰も来ないように見張ってるから」私にふわりと微笑むと、亜嵐くんは屋上から出ていった。亜嵐くんの姿が完全に見えなくな
Last Updated: 2025-06-09
Chapter: 第32話【伊月side】入籍した両親への、サプライズパーティーの翌日。登校すると、なぜか教室内がザワザワしていた。「あっ、佐野くん!」そして俺は、森本をはじめとするクラスの女子たちに囲まれてしまった。朝から何なんだよ、いったい……。「ねえ、佐野くん。昨日、菊池さんと一緒に街にいたんでしょう?」「えっ?」どうしてそのことを、森本が知って……。「佐野くんと菊池さんが、二人で一緒にお花屋さんやケーキ屋さんで買い物してたらしいじゃない!」まさか昨日の……学校の誰かに見られていたのか?「二人は中学の頃に、付き合ってたって聞いたんだけど……まさか佐野くん、今も菊池さんのことが好きとかじゃないよね?」森本に尋ねられ、心臓がドキンと音を立てる。「俺は……」改めて陽菜を好きかどうか聞かれたら、もちろん俺は、今でも陽菜のことが好きだ。だけど……本当の気持ちなんて、言えるわけがない。昨日のサプライズパーティーで涙ながらに喜んでくれた、父さんや翔子さんの顔が頭に浮かぶ。父さんのあんなに嬉しそうな顔は、久しぶりに見たな。ふと、昨日の父さんの顔を思い出し、俺の頬が微かに持ち上がった。陽菜は、妹だから。俺が陽菜を好きだなんて言って、実の母親みたいに、家族を壊すわけにはいかないんだ。父さんの笑顔を……家族みんなの幸せを、守らないと。俺は拳をギュッと握りしめ、森本たちのほうを真っ直ぐ見据える。「俺は……菊池さんのことは、好きじゃない」俺はキッパリと言い切った。「俺と菊池さんの親が、仲良くて。それで、昨日は彼女と一緒に買い物をしていただけだから」再婚したんだから、互いの親同士仲が良いっていうのは本当のことだし。嘘じゃないよな。チラッと視線を横にやったとき、離れたところに立っている陽菜と目が合って……。「!」陽菜はほんの一瞬、顔を歪めると、走って教室を出ていった。「陽菜!」俺も咄嗟に廊下へ出て、陽菜のあとを追いかけようとしたが……。「っ!」後ろから誰かに、腕を掴まれてしまった。「追いかけてどうするんだよ」「長谷川……」俺の後ろに立っていたのは、同じバスケ部の長谷川亜嵐だった。「離せよ」俺は、長谷川を軽く睨む。「陽菜ちゃんは佐野にとって、元カノである前に……今は妹なんだろ?」「ああ、そうだ。陽菜は、俺の妹で……大切な家族だ」「だった
Last Updated: 2025-06-08
Chapter: 第31話買い物を終え、私たちは家に帰ってきた。伊月くんと協力してリビングを飾りつけ、料理を作って……急いでパーティーの準備をした。「ただいまー」ちょうど準備をし終えたとき、玄関からお母さんたちの声が。「陽菜、伊月くん……」「せーのっ」パンパンッ!パーンッ!!お母さんたちがリビングに入ってきたのと同時に、私と伊月くんは一斉にクラッカーを鳴らした。リビングには、ひらひらと紙吹雪が舞う。「父さん」「お母さん」「「入籍、おめでとう!!」」笑顔の私たちを見たお母さんは、口元を手で覆い、光佑さんは「まさか、二人がこんなことをしてくれるなんて……」と、目を潤ませている。お母さんと光佑さんにソファに座ってもらうと、私と伊月くんで花束とケーキを出す。「父さん、翔子さんを幸せにしろよ」「ああ、もちろんだ」伊月くんがケーキを切りながら言うと、光佑さんが力強く頷く。「このお花も料理も、二人で頑張って用意してくれたのね……ありがとう。こんなふうに二人に祝ってもらえて、すごく幸せだわ」オレンジのバラの花束を手に、お母さんが涙をこぼす。「もう、お母さんったら大袈裟だよ」そう言いながらも、私も胸がじんわりと熱くなる。今日、伊月くんと一緒に準備した時間も楽しかったし。お母さんたちに喜んでもらえて、本当に良かった。そして、涙するお母さんと光佑さんを見ていたら、二人の幸せを……家族の幸せを絶対に守らなくちゃいけないのだと、私は改めて思った。**パーティーの翌朝。学校に着いた私が教室に入ると、クラスメイトの視線が一斉にこちらへと集まるのが分かった。えっ、何?それに、教室がいつもより騒がしいような……。「あっ、陽菜!大変だよ!」私を見つけた羽衣が、慌ててこちらに駆け寄ってくる。「羽衣、大変って一体どうしたの?」「実は……陽菜と佐野くんが付き合ってるんじゃないかって、学校中の噂になってるんだよ」心臓がドクンと音を立てる。「つ、付き合ってるって、どうしてそんな……」「昨日、陽菜と佐野くんが街で一緒にいるところを誰かが見ていたみたいで……」うそ。昨日、お花屋さんやケーキ屋さんで買い物をするところを学校の人に見られていたの?「ちょっと、菊池さん!」戸惑っていると、クラスメイトの女子数人が私の机を取り囲んだ。伊月くんファンとして有名な、リーダー格の森本さ
Last Updated: 2025-06-07
Chapter: 第24話「はぁ、はぁ……っ、海斗くん!」 廊下をしばらく走り続けて、ようやく海斗くんの後ろ姿が見えた。 「海斗くん、待って!」 「希空!?」 私に気づいた海斗くんが立ち止まり、驚いた顔でこちらへと振り返る。 「何しに来たんだよ。早く陸斗のところへ行けよ」 「ううん、行かない」 私は、首を何度も横に振る。 「ねぇ、海斗くん。さっきのテストのご褒美は、まだ有効?」 「あっ、ああ」 「だったら、頑張ったご褒美として私を……海斗くんの彼女にして欲しい」 「え?彼女って希空、何を言って……」 「私は、海斗くんのことが好きなの!」 私はそう言うと、海斗くんの制服のネクタイを引っ張り、彼の唇にキスをした。 「これで、信じてくれた?」 私が唇を離すと、海斗くんは目をパチパチとさせている。 「希空が、陸斗じゃなくて俺を好きだなんて……本当に?」 「うん」 「だって、お前はもう陸斗のもんだとばかり思ってたから。まさかこれ、夢とかじゃないよな?」 「夢じゃないよ。私は、誰よりも海斗くんのことが好き」 「ありがとう、希空」 私は、海斗くんにふわりと抱きしめられる。 「俺も、希空のことが誰よりも大好きだ。だから、希空……俺と付き合って」 「はい」 最初に海斗くんに告白されたときは、断ってしまったけれど。 私は今ようやく、彼の気持ちに応えることができた。 「つーか、希空。この前、平野たちにひどい目に遭わされたんだって?」 「えっ、どうしてそれを……」 「陸斗から聞いた。なんで俺にすぐ話してくれなかったんだよ」 「だって、心配かけたくなかったから……痛っ」 私は、海斗くんに頬を引っ張られる。 「だとしても、ちゃんと話して。これからは、隠し事はナシだからな?だって俺たち、今日からは彼氏と彼女だろ?」 海斗くんの“彼氏と彼女”という言葉に、胸が熱くなる。 「これから希空のことは、俺が守るから。大事な希空のこと、もう誰にも傷つけさせたりしねぇ」 「ありがとう。海斗くんがいてくれるって思うと、心強いよ」 海斗くんと私は、クラスメイトでもなく友達でもなく。今日からは、彼氏と彼女という特別な関係。 「なぁ、希空。さっきは不意打ちだったから、俺にもう一度キスして?」 「ええ!?」 あのときは、海斗くんに想いを伝えるのに必死だったから。 「
Last Updated: 2025-05-16
Chapter: 第23話「おい、陸斗。何だよ、この間の返事って」 首を傾げた海斗くんが、陸斗くんに尋ねる。 「ああ……僕、希空ちゃんに告白したんだよ」 「は?告白!?」 海斗くんが、目を丸くする。 「……そうか。陸斗、希空に告白したのか」 少しの沈黙のあと、海斗くんがぽつりと呟く。 「良かったじゃん、希空。陸斗と両想いになれて」 海斗くん……? 「俺、希空に少しでも好きになってもらえるように頑張るって宣言してから、友達としてお前のそばにいたけど。いつだって希空の心には、陸斗がいたもんな」 海斗くんが、切なげに笑う。 「やっぱり希空には、自分が本当に好きな男と幸せになって欲しいから。邪魔者は、退散するわ」 そう言うと、海斗くんは私から背を背ける。 「これからはもう、希空と必要以上に関わったりしないから。希空、陸斗と幸せになれよ」 消え入りそうな声で言うと、海斗くんは早足で教室を出て行く。 海斗くん、『これからはもう、希空と必要以上に関わったりしない』って、そんなの嫌だよ。 私はこれからもずっと、海斗くんと一緒にいたいのに。 「海斗くん、待って……!」 私は、咄嗟に海斗くんを追いかけようとしたけれど。 「希空ちゃんっ!」 私は陸斗くんに、後ろから腕を掴まれてしまった。 「希空ちゃん、行かないで……」 陸斗くんが、後ろから私をぎゅうっと抱きしめてくる。 最低かもしれないけど。陸斗くんに抱きしめられている今でさえ、私の頭に浮かぶのは海斗くんの顔で。 私から背を背ける際に見えた海斗くんの泣きそうな顔が、頭にこびりついて離れない。 「海斗くん……っうう」 私の目には、涙が浮かぶ。 ここに来て、ようやく確信した。 私はやっぱり……海斗くんが好きなのだと。 私が辛いときいつもそばにいてくれた、優しい海斗くんのことが、いつの間にか私は大好きになっていたんだ。 「希空ちゃん?」 今になって、ようやく自分の気持ちに気づくなんて。 「あの。陸斗くん、私……」 陸斗くんに告白の返事をしようと思うと、緊張で声も手も震える。 もしかしたら、これで本当に陸斗くんとの関係は終わってしまうかもしれない。だけど、ちゃんと言わなくちゃ。私は、真っ直ぐ陸斗くんを見据える。「あのね、陸斗くん。私……海斗くんのことが好き。だから、陸斗くんとは付き合えない」「や
Last Updated: 2025-05-13
Chapter: 第22話背中には嫌な汗が伝い、心臓の音がバクバクとうるさく響く。お願い。どうか、バレませんように。こんな、海斗くんに抱きしめられているところなんて見られたら……きっと、今まで以上に敵視されるのが目に見えてるもん。私はハラハラしながら、じっと息をひそめる。︎︎︎︎︎︎さすがの海斗くんも状況を察したのか、今は何もせずにじっとおとなしくしている。「あっ。教科書、やっぱり教室に置き忘れてたわ」ナホさんが、英語の教科書を机の中から取り出す。「教科書、あって良かったね。それじゃあ帰ろうか」二人の声と足音が、だんだんと遠ざかっていく。二人とも出て行った……?私たち、なんとかバレずに済んだの?「よし。大丈夫そうだな」海斗くんが私から離れ、カーテンを開ける。教室には私たち以外もう誰もいなくて、一気に緊張が解けた。「ああ、ドキドキした……」「ほんと、危なかったな」それだけ言うと、海斗くんは何事もなかったように席に戻る。あ、あれ。海斗くん、何だかもうスッカリいつも通り?さっきドキドキしていたのは、もしかして私だけだった?唇には、まだわずかにキスの余韻があって。先程まであんなにも彼と距離が近かったのに、今は遠くて。離れていった海斗くんの腕が、温もりが、なんだか無性に恋しい。海斗くん、もうキスはしてくれないのかな?だってさっきのキス、すごく良かったから……って、何を考えてるの私!これじゃあまるで……私が海斗くんのことを、意識してるみたいじゃない。「……っ」思い返してみれば、先程の海斗くんのあの少し強引なキスも全然嫌じゃなかったし。最近は海斗くんの笑顔を見ると、ドキドキすることも増えていた気がする。もしかして私、海斗くんのことを……?「おい、希空。何やってるんだよ。テスト、まだ残ってるぞ?」眉をひそめた海斗くんが、じっとこちらを見てくる。海斗くんに見られてると思うと、また鼓動が速くなる。これってやっぱり……?「テストちゃんと解かなきゃ、ご褒美は無しだからな?」「わっ、分かってる!」自分のなかでの違和感みたいなものを感じながら、私は海斗くんの向かいの席へと腰を下ろした。◇それから海斗くん手作りの確認テストを解き終わった私は今、海斗くんに採点してもらっている。「凄いな、希空。90点!頑張ったな」『90』と赤ペンで書かれた答案を私に
Last Updated: 2025-05-11
Chapter: 第21話海斗くんに数学を教えてもらうようになって、何度目かの水曜日の放課後。 この日も誰もいない教室で、いつものように海斗くんと向かい合って座り、数学を教えてもらっていた。 「うん、正解。希空、最初の頃に比べたらだいぶ出来るようになったよな」 今日の授業で習った問題を全て正解した私に、海斗くんが微笑む。 「海斗くんが、いつも丁寧に教えてくれるお陰だよ」 「いや。一番は、希空が努力してるからだよ」 海斗くんが、私の頭をくしゃくしゃっと撫でてくれる。 海斗くんに褒めてもらえると嬉しくて、私は自然と頬が緩む。 「それじゃあ、希空。次はこれを解いてみて」 海斗くんに、1枚のプリントを渡される。 「これまでやったことが全部頭に入ってるか、復習も兼ねて確認のテストな」 どうやらこれは、海斗くんが作ったテストらしい。 「希空がちゃんとできたら、何かご褒美をやるよ」 「えっ、ご褒美!?」 ご褒美という言葉に、思わず反応してしまう私。 「それじゃあ、めっちゃ頑張るね!」 私は、テストに取り組み始める。 「ははっ。ご褒美目当てとか、ほんと分かりやすいヤツ」 海斗くんに言われたとおり、ご褒美が欲しいっていう気持ちも確かにあるけれど。一番は、海斗くんの笑顔が見たいから。 せっかく毎週水曜日、こうして海斗くんに勉強を教えてもらってるんだもん。 私が頑張ることで、海斗くんに喜んで欲しいって思うんだ。 私がしばらく、カリカリとシャーペンを走らせていると。 「教科書、もしかして教室に忘れたのかな」 誰かの声と複数の足音が、廊下の向こうから聞こえてきた。 「ナホ、確か明日の英語の授業で先生から指名されてたわよね?」 えっ。この声は……平野さん!? ナホさんは、先日平野さんと一緒に私を体育館裏へと連れて行った女子の一人だ。 「そうなの。だから、教科書がないと困るなって思って。ごめんね、マナに付き合わせちゃって」 マナは平野さんの名前だから、やっぱり……! ナホさんの忘れ物を、二人で教室まで取りに来たんだ。 海斗くんといるところを、あの二人に見られたらまずい。 「海斗くん、ごめん。ちょっと立って、一緒にこっちに来て」 「希空!?」 私は海斗くんの腕を掴んで立ち上がると、教室の隅へと移動する。 私は海斗くんを窓辺へと連れて来ると、急いでカーテン
Last Updated: 2025-05-09
Chapter: 第20話数日後の朝。「希空ちゃん、おはよう」「おはよう、陸斗くん」陸斗くんに告白されてからというもの、朝学校で会うと、陸斗くんは今まで以上に私に声をかけてくれるようになった。「希空ちゃん、今日も可愛いね」「……っ、ありがと」陸斗くんの甘い言葉に、朝から頬が熱くなってしまう私。「希空、うっす」「あっ、おはよう。海斗くん」自分の教室に行くと、今度は後ろの席の海斗くんが挨拶してくれる。「あれ。希空お前、なんか顔赤くね?」「え?」海斗くんが私の前髪を手でかきあげると、おでこを近づけてきた。コツンと彼のおでこが当たり、心音が大きくなる。「うーん。熱はなさそうだな」海斗くんの吐息が鼻先をかすめて、ドキドキする。う。これは朝から心臓に悪い……。「あっ、あの、海斗くん。ここ教室……」「……あ」私の声に、ハッと我に返った様子の海斗くん。「わ、悪い!俺、希空が気になって。つい無意識で……」頬をわずかに赤らめた海斗くんが、私から慌てておでこを離した。ああ、ドキドキした。私が席に着くと、ふと視線を感じたのでそちらに目をやると。平野さんをはじめとする海斗くんファンの女子たちが、鋭い目つきで私を睨んでいた。ひいっ。こ、怖い。この間の体育館裏でのことを思い出した私は、身震いしてしまう。平野さんたちに、このまま睨まれ続けるのは嫌だけど。それでもやっぱり私は、海斗くんとこれからも仲良くしたい。できれば、陸斗くんとも……。そう思うのは、我儘なのかな?ああ、でもいずれは、どちらかの告白を断らないといけないんだよね。二人と、ずっとこのままの関係でいられたら良いのに。双子とこれからも仲良く友達でいられたなら、陸斗くんも海斗くんも、どちらも傷つけずに済むのに……。◇どっちつかずのままそれから1週間が過ぎ、6月に突入。「小嶋!」「はい」今日の数学の授業では、5月末に行われた1学期の中間テストの答案用紙が返却された。「うわ、42点」赤ペンで書かれた点数を見て、私は肩を落とす。「小嶋。次の期末試験で赤点とったらお前、夏休みは確実に補習だからな?」「はい……」私は数学が大の苦手だけど、夏休みの補習だけは何としても避けたいのに。「希空?なんか元気ないな?」私が落ち込みながら教卓から自分の席に戻ったからか、後ろの席の海斗くんが心配そうに声をか
Last Updated: 2025-05-07
Chapter: 第19話「陸斗くん、こんなときに冗談はやめて」「冗談じゃない。僕は、希空ちゃんが好き」「……っ」こちらを見据える陸斗くんの目は、真剣そのもので。さっきから、胸が苦しいくらいにドクドクする。「僕は、弟と好きな子がかぶるのも嫌だったし。昔から親に口癖のように『陸斗はお兄ちゃんなんだから。海斗に譲ってあげなさい』って言われて育ったから。海斗の兄として、希空ちゃんのことも弟に譲ろうと思った……でも、無理だった」陸斗くんの手が、私の頬に添えられる。「希空ちゃんが海斗と一緒にいるところを見る度に、胸がモヤモヤして。ああ、やっぱり僕は希空ちゃんが好きなんだと改めて思った」「陸斗く……」「一度振ったくせに、希空ちゃんのことを好きって言うなんて。自分でも勝手だなって分かってる。でもやっぱり僕、希空ちゃんだけは誰にも渡したくない」陸斗くんと、再び目が合う。「希空ちゃん。僕と、付き合ってください」「……っ」陸斗くんにこう言ってもらえる日を、これまで何度夢見たことだろう。1年以上片想いしていた陸斗くんに告白されて、嬉しいはずなのに。このとき、私の頭の中にはなぜか海斗くんの顔が浮かんだ。去年までの私なら、一度陸斗くんに振られていたとしても、迷わずすぐにOKしたんだろうけど……。『おい、希空。帰ろうぜ』最近私のなかで、海斗くんという存在が以前よりも大きくなってきているのは確かだ。今は、陸斗くんの告白を素直に喜べない。「……っ」「返事は、今すぐじゃなくて良いよ」私が黙り込んでしまったからか、陸斗くんがそう言ってくれる。「一度振られた相手にいきなり好きだと言われても、希空ちゃんも困っちゃうよね。ごめん」それから陸斗くんは、私の怪我の手当の続きをしてくれた。「はい、おしまい」消毒した手のひらに陸斗くんが絆創膏を貼ってくれて、手当は終了した。「怪我、早く治ると良いね」陸斗くんが私の手を持ち上げると、絆創膏の上から軽くキスを落とした。「へ。陸斗くん!?」「希空ちゃんの怪我が早く治るように、おまじないだよ。本音を言うなら、こっちにキスしたいんだけど……」陸斗くんの人差し指が、私の唇にちょんと触れる。「今日は、ここで我慢しておくね」そう言うと陸斗くんは、今度は私の手の甲にチュッと口づけた。なんだろう。告白された途端、陸斗くんが急に甘い気がする。
Last Updated: 2025-05-05
Chapter: 番外編③〈第1話〉【藍side】 5月のとある休日。昼食を終えた俺は、萌果とリビングのソファに肩を並べて座り、テレビで流れるバラエティ番組をぼんやりと眺めていた。 萌果の隣にいるだけで、穏やかな時間が流れる。 ~♪ 突然、軽快な着信音が響き、萌果のスマホが光った。 「あっ。夏樹(なつき)からだ」 画面を覗き込む萌果の顔が、みるみるうちに輝きだす。 その屈託のない笑顔に、俺の心は一瞬で鷲掴みにされる。 本当に可愛い……って。いや、待てよ? 今、萌果ちゃん、『夏樹』って言ったよな? その名前は、もしかして……? 「ねえ。藍、聞いて!今度、福岡に住んでいたときの友達が、東京に遊びに来るんだって!」 萌果の声が弾む。その声が、俺の胸に小さくさざ波を立てた。 福岡――それは、俺と萌果が離れて過ごした5年間を意味する。俺の知らない、彼女の過去の話に、胸の奥がじんわりとざわつく。 「へえ、どんな子?」 心の内を隠すよう、俺は声を低くした。 「夏樹?すごく元気な子で、いつも一緒にバカなことやってたなあ。懐かしい」 萌果が、昔を懐かしむよう宙を仰ぐ。 「ほら、藍。見て。この子が夏樹だよ」 萌果が、無邪気な笑顔でスマホを俺に差し出してくる。 その画面を覗き込んだ瞬間、俺の視界は一気に凍りついた。 写っていたのは、中学の制服姿で屈託なく笑う萌果と……短髪で、驚くほど整った顔立ちの「男」。 俺の心臓が、ドクン、と不穏な音を立てて大きく脈打つ。 おいおい、夏樹って、どう見ても男じゃないか!? カーキ色のシャツをラフに着こなし、萌果の肩に当たり前のように腕を回している。その男は、眩しいほどの笑顔で、萌果にぴったりと寄り添っていた。 くそっ、なんだこの近すぎる距離は! 「……へえ、この子が」 努めて冷静を装ったはずなのに、萌果に尋ねる声が、わずかに震えた。 やばい。落ち着け、俺。 「それでね、来週の土曜日に夏樹と会おうってことになって」 萌果の無邪気な笑顔が、逆に俺の心をざわつかせる。 来週の土曜、萌果があの男とふたりで会うのか? いやいや、ダメだろ。俺という彼氏がいながら、他の男と堂々と会うなんて……! 萌果は友達って言うけど、あの写真の距離感は絶対に怪しいだろ。 もしかしたら、夏樹が萌果の元カレとか初恋の相手って可能性も……。 「萌果ちゃ
Last Updated: 2025-06-16
Chapter: 番外編②〈第3話〉「藍がやりたいのなら、俳優のお仕事も絶対にやったほうがいいよ!」 「萌果……。でも……」 藍の表情が、わずかに曇る。 「萌果は、嫌じゃない?」 「何が?」 「俺が、テレビで女の子と共演するのがさ。俺は、萌果が嫌って思うのが嫌なんだよ」 私が……? 「事務所で俳優をやってる先輩が恋愛ドラマに出たら、付き合ってる彼女に『他の女の子と、抱き合ったりキスしないで!』って、言われたらしくて。結局、それが原因で別れたって聞いたから」 「大丈夫だよ」 私は、藍の頬をそっと両手で挟む。 「そりゃあ私だって、自分の彼氏が他の女の子とキスしてたら嫌だって思うよ?でも、それは仕事だって思えば、全然大丈夫」 「萌果……」 「もし藍が私のことを気にして引き受けないって言うのなら、そんな遠慮いらないから。私のせいで、藍のチャンスを奪いたくないし。藍には、やりたいことをどんどんやって欲しい」 「……ありがとう!」 藍が、私のことを正面から力いっぱい抱きしめてくる。 「前にも言ったけど。私は、久住藍のファンだから。モデルだけでなく、俳優としての藍も見てみたいし。頑張る藍を見られる機会が増えるのは、素直に嬉しいよ」 私は、藍の背中に腕をまわす。 「私は藍のこと、一番に応援してるから」 「ありがとう。萌果ちゃんのおかげで、決心がついたよ。俺……頑張ってみる」 藍の目が細められ、端正な顔が近づいてくる。 そして、私の鼻先にチュッと唇を押しつけた。 「萌果ちゃん、大好きだよ」 「私も、大好き……んっ」 唇に、ついばむようなキスが繰り返し降ってくる。 藍の唇、柔らかくてキスすると気持ち良い。 「口、開けて」 「ふ……ぁ」 言われるがまま隙間を開くと、すぐに舌が入り込んでくる。 「は……、っん」 口内を深くまでむさぼられ、呼吸が上手くできなくなっていく。 「はぁ、やばい。キス止まんない……。俺、今夜は萌果を寝かせられないかも」 「っ、ええ!?」 ね、寝かせられないって……! 「んっ」 再び唇が重ねられ、またすぐに深く絡められる。 「ここで同居してる間は、イチャイチャし過ぎないって萌果と決めてたけど。今夜はふたりだけだから……いいよね?」 私の首筋にキスを落としながら、藍が妖艶に微笑む。 「うん。いいよ……今日は特別」 私も、藍ともっ
Last Updated: 2025-05-06
Chapter: 番外編②〈第2話〉『ここ』と言って、藍がぽんぽんと叩いたのは、自分の足の間。︎︎︎︎︎︎ 「そっ、そんな!恥ずかしいよ!」 「なんで?今日は母さんもいないから、家には俺と萌果の二人だけだよ?」 「そうだけど……」 「久しぶりの、ふたりきりだから。俺、萌果とくっつきたいなぁ」 くっつきたいって、そんなにハッキリと言われたら……断れない。 ふたりきりの空間で、藍と見つめ合うこと数秒。 「おっ、お邪魔します」 私が何とか勇気を出して自分から藍の足の間に座ると、後ろからぎゅっと抱きしめられた。 「お邪魔って、全然邪魔なんかじゃないよ」 耳元で囁かれて、どきっと心臓が跳ねる。 ピタリと密着する体。背後から、藍の熱が伝わってきて……やばい。 藍との距離がいつも以上に近く感じて、ドキドキする。 あまりの近さに、私は耐えられず……。 「あっ。あの俳優さん!私、最近好きなんだよねぇ」 「は?」 私が咄嗟に指さしたのは、今たまたまテレビに映った、最近女子高生の間で人気の若手俳優。 塩顔イケメンの彼はテレビのバラエティー番組で、爽やかな笑顔を振りまいている。 「……萌果ちゃん、あの俳優が好きなの?」 「う、うん。柚子ちゃんもかっこいいって言ってたし。最近活躍してる人のなかでは、私も好きだよ」 「へー」 藍が、鋭い目つきでテレビを睨みつける。 「俺とこの俳優、どっちがかっこいい?」 「えっ」 「ねぇ、どっち?」 「……ひゃっ」 藍に後ろから抱きつかれながら、耳たぶに吸いつくようなキスをされて、思わずビクッと体が跳ねた。︎︎︎︎︎︎ 「萌果ちゃん、早く答えてよ」 「……あっ」 耳たぶを藍の舌が繰り返し這い、くすぐったさに震える。 「ら……待って」 体をよじりながら抵抗するも、後ろから抱きしめられているため身動きがとれない。 「萌果がちゃんと答えるまで、やめないから」 熱を帯びた唇が首筋をゆっくりと下っていき、パジャマの下に彼の手が滑り込む。 「ねえ、どっちが好きなの?」 「……っ、ら……んっ」 「なに?聞こえないよ」 藍ってば、ほんとイジワル! 「藍……だよ。私は、藍が一番好き」 「はい。よくできました」 ようやく藍の唇が離れ、ニコッと満足げに微笑まれる。 「これからは、他の男に好きって言うの禁止。萌果が好きって言っていいのは
Last Updated: 2025-05-03
Chapter: 番外編②〈第1話〉藍と恋人同士になって、早いもので2週間が経った。 私の両親が福岡から東京に戻ってくるのが延期になったため、当初の予定の1ヶ月を過ぎた今も久住家で居候させてもらっている。 土曜日の今日は、燈子さんが朝からお友達と1泊2日の旅行に出かけていて家にいない。 夕食と後片づけを終え、私はリビングでまったりと過ごしていた。 そういえば、夜に家で藍とふたりきりなのは久しぶりかも。 単身赴任中の藍のお父さんが過労で倒れて、橙子さんが様子を見に行ったあの日以来かな? ふと、そんなことを考えていると。 「萌果ちゃん、お先ーっ」 お風呂上がりでスウェット姿の藍が、首から下げたタオルで濡れた髪を拭きながら現れた。 うわ。藍ったら、濡れた髪がやけに色っぽい。 「藍。髪乾かさないと、風邪引くよ?」 タオルで拭いただけの藍の濡れた髪を見て、思わず声をかける。 「大丈夫だよ。すぐに乾くから平気だって」 もう。またそんなこと言っちゃって。藍って、昔から面倒くさがり屋なんだから。 小学生の頃だって、髪をちゃんと乾かさずに寝ちゃって、何回風邪を引いたことか。 「私が乾かしてあげるから。こっち来て」 「えっ。萌果ちゃんが、乾かしてくれるの?」 藍の目が、キラキラと輝く。 う。私ったら、つい昔からのクセで……。 「それじゃあ、萌果にお願いしようかなー」 藍がニコニコと、私の前に腰をおろした。 ……仕方ない。久しぶりに、藍の髪を乾かしてあげよう。 私はドライヤーを手に、藍の髪を乾かし始める。 藍の柔らかい髪に指を通すと、ふわっとシャンプーの甘い香りがした。 「萌果ちゃんにこうして髪を乾かしてもらうの、久しぶりだね」 「そうだね。私が福岡に行く前だから、小学生以来かな?」 「懐かしいなぁ」 藍の髪は、あの頃と変わらず綺麗で。彼の髪を乾かしながら、私は目を細める。 「そうだ。萌果ちゃん、お風呂これからでしょ?お風呂から上がったら、次は俺が萌果ちゃんの髪を乾かすよ」 「えっ、いいよ」 「遠慮しないで。自分の彼女の髪、一度乾かしてみたかったんだ」 『彼女』 藍と付き合って2週間が経ったけど、その言葉を聞くと胸の奥のほうがくすぐったくなるんだよね。 「ねっ?だから、あとで俺にやらせてよね
Last Updated: 2025-04-30
Chapter: 番外編①藍side【藍side】これは、俺たちが両想いになった日のお話。「あのね。私、藍に大事な話があるの」「大事な話?」「うん……」屋上で陣内が去ったあと、俺は萌果に大事な話があると言われた。「えっと、わ、私ね……」萌果は、今まで見たことがないくらいに真剣な面持ちで。まさか大事な話って、告白の返事でもされるのか!?萌果が福岡から引っ越してきた日。『俺は、今も萌果のことが好きだから』って伝えてから、特に萌果から返事とかはもらっていなかったから。やっべー。そう思ったら、急に緊張してきた。口の中が乾いて、胸の鼓動がバクバクと速くなる。思い返してみれば、先に萌果に告白していたとはいえ、付き合ってもいないのにキスしたり。抱きしめたり、キスマークをつけたりもしていたから。何より、お仕置きと言って萌果の弱い耳をわざと攻めたり、意地悪とかもしてしまっていたから。たぶん……俺とは付き合えないって言われるんだろうな。好きな子に、二度も振られるのは正直かなりキツいけど。萌果。振るなら優しい言葉じゃなく、潔くバッサリと振ってくれ──!「あの、私……藍のことが好き……!」……は?「まじで?萌果ちゃんが……俺のことを好き?」「うん」嘘だろ!?てっきり、振られるとばかり思っていたのに。萌果の口から飛び出した言葉は、まさかの『好き』で。俺は目を何度も瞬かせながら、ぽかんとしてしまう。「何それ。ドッキリとかじゃなくて?」「うん。私は藍のことが、弟でも幼なじみでもなく……ひとりの男の子として好きだよ」……嬉しい。俺は、萌果をぎゅっと抱きしめた。「やべぇ。萌果が、俺のことを好きだなんて……!夢じゃないよね?」「夢じゃないよ。ちゃんと現実だから」俺が彼女を抱きしめる腕に力を込めると、萌果も抱きしめ返してくれた。「それじゃあ……萌果はもう、俺のものだね」俺は、萌果の唇を塞いだ。「んっ……」俺は、萌果の唇に自分の唇を繰り返し重ねる。「まさか、萌果ちゃんと両想いになれる日が本当に来るなんて、思ってなかったから……すっげー嬉しい」ずっとずっと、こんな日が来ることを待ち望んでいた。だけど、俺は小学生の頃に萌果に振られているから。萌果と両想いになるのは、叶わない夢で終わるのかもしれないと思っていたんだ。「大好きな萌果ちゃんと、両想いになれて……俺、今
Last Updated: 2025-04-30
Chapter: 第58話藍の今後の芸能人生を考えると、絶対に別れたほうが良いのは分かっているけれど。 私は、藍と……別れたくない。離れたくないよ。 社長さんの話の続きを聞くのが怖くて、私は目をギュッと閉じる。 「だが……」 ふぅと一息つくと、社長さんは話を再開する。 「藍も来年で18歳になるんだ。大人になる二人に、交際するなとも強く言えないだろう」 ……え? てっきり、もっと反対されるのかと思いきや。社長さんの口から出た言葉は、予想外のものだった。 「3年前。デビュー当時の藍は、自分のことを見て欲しい人がいると言っていた。自分はその子のことがずっと好きで、遠くにいる彼女のためにモデルを頑張ってみたいと。その人が、萌果さんだったんだな」 「はい。社長の言うとおりです」 社長さんのほうを見ると、先ほどと違ってとても穏やかな顔をしていた。 「萌果さんのおかげで今のモデルとしての藍があると思ったら、強く反対もできない。それに……私の経験上、恋愛をするのもマイナスなことばかりではないと思うからな。最近の藍は、前よりもいい顔をしているし」 「社長、それじゃあ……」 「ああ。君たちの交際を認めよう」 やった……!私と藍は、ふたりで手を取り合う。 「ただし、世間には絶対に秘密にして欲しい。当分の間、交際してることはバレないように。藍、羽目を外すんじゃないぞ?」 「はい。ありがとうございます」 「ありがとうございます!」 藍と一緒に、私も社長さんに深く頭を下げた。 ** 事務所を出ると、外は薄暗くなっていた。 「萌果ちゃん。帰る前に、寄りたいところがあるんだけど……いいかな?」 「うん。いいよ?」 「ちょっと歩くけど……大丈夫?疲れてない?」 「大丈夫だよ」 私は、藍に微笑む。 今日は、藍の仕事が久しぶりに休みだから。最初から、今日は彼の行きたいところに付き合おうって思ってた。 それに、藍から『萌果の1日を俺にちょうだい』って言われていたし。 私は藍と一緒にいられれば、どこだって楽しいから。 「ありがとう。そこは、俺がずっと萌果と一緒に行きたかった場所なんだ」 「私と……行きたかった場所?」 ** 藍とふたりで、事務所から歩いて向かった場所。 それは、街を一望できる見晴らしのいい小高い丘の上だった。 「う
Last Updated: 2025-04-29