Chapter: 第17話私が連れてこられたのは、人気の全くない体育館裏だった。「ねぇ、どういうつもり?」「えっと……どういうつもりとは?」私が恐る恐る平野さんに尋ねると、女子3人に一斉に睨まれ肩がビクッと跳ねる。「小嶋さんって、この間まで陸斗くんのことが好きだったんじゃないの?」「それなのに陸斗くんに振られた途端、海斗くんに乗り換えるとかありえないんだけど!」「えっ。なんで私が振られたってこと……」思わず聞き返してしまう私。「廊下で小嶋さんが陸斗くんに告白してるところを、ここにいるナホがたまたま見かけたのよ」まさかあのとき、誰かに見られていたなんて。「小嶋さんは、軽い気持ちで海斗くんと遊んでるのかもしれないけど。あたしたちみたいに、1年の頃からずっと本気で海斗くんのことを好きな子が沢山いるの。それなのに……!」──ドンッ!「きゃっ」私は顔を真っ赤にさせた平野さんにいきなり肩を強く押され、よろけて地面に尻もちをついてしまう。「彼の周りをいつもウロチョロして。海斗くんに気に入られてるのか知らないけど。ほんと、目障りなんだよ!」「いっ……」目の前にしゃがみ込んだ平野さんに、私は髪を思いきり引っ張られる。「ねぇ。あたしたちの気持ち、少しは考えたことある?」私の髪の毛を掴んでいる平野さんの手に、力がこもる。「痛いよ、平野さん。離して……っ!」私が必死に叫んでも、平野さんはその手を離してはくれない。さっきからずっと、髪の毛が引き抜かれるんじゃないかってくらいに痛くて。私の目には、じんわりと涙が浮かぶ。「だったら、今後もう二度と海斗くんに関わらないで!」「……っ、それだけは……嫌だ」「はあ?」ここで素直に頷けば良いものの、私はなぜかそうすることが出来なかった。「海斗くんと関わらないなんて、私にはできない。だって海斗くんは私にとって……今ではすごく大事な友達だから。これからも、一緒にいたい……!」「何なのよ、大事な友達って……ふざけないでよ!」平野さんが感情のままに、私の髪を掴んでいないほうの手を振り上げる。うそ、やだ。殴られる──!?頬に受けるであろう痛みを覚悟した私が、咄嗟に目を閉じたとき……。「……ねぇ。その辺にしときなよ」辺りに、クラスメイトの女子3人とは違う低い声がした。私がそっと目を開けると、そこには陸斗くんが立っていた。「
Last Updated: 2025-05-01
Chapter: 第16話海斗くんとカフェに行って以来、彼の部活が休みの水曜日の放課後は、海斗くんとどこかへ行くようになった。映画を観に行ったり、夕焼けの綺麗な公園に行ったり。海斗くんはたまに意地悪なときもあるけど、優しくて。友達として彼と一緒に過ごす時間は楽しくて、とても居心地が良くて。いつしか私は、毎週水曜日の放課後が楽しみになりつつあった。◇1学期の中間テストが近づいてきた、5月下旬の水曜日の放課後。「おい、希空。帰ろうぜ」「うん!ちなみに今日はどこかに寄り道する?」「そうだなあ。駅前のコーヒーショップ行かね?今日から新作フラッペが始まったみたいだから」「いいね」昇降口へと向かって、私が海斗くんのあとについて廊下を歩いていると。「あっ!ねぇ、キミ。ハンカチ落としたよ」背後から声をかけられたので、私が振り返ると。そこには、陸斗くんが立っていた。「あっ、希空ちゃん……」私を見た陸斗くんは、少し気まずそうに微笑む。そんな彼を前に、私の胸の鼓動もわずかに速まる。図書委員の当番は1ヶ月で交代のため、失恋したあの日以降は他のクラスの人に変わっていたから。陸斗くんとこうして話すのは、あれ以来数週間ぶりだった。「久しぶりだね。はい、ハンカチ」陸斗くんが私の落としたハンカチを、手で軽くはらってから渡してくれた。「ありがとう」陸斗くん、相変わらず優しいな。「あのさ、希空ちゃん。あの日言えなかったんだけど……僕のこと、好きになってくれてありがとう」「ううん。私も突然、告白しちゃってごめんね」私、今ちゃんと笑えてるかな?「そういや希空ちゃん、最近海斗とよく一緒にいるよね。前と違って仲良くしてるみたいで、僕も嬉しいよ」「……っ」陸斗くんの言葉に、胸がまた疼いてしまう。最近は、陸斗くんとのことも少しずつ思い出になりつつあると思っていたけれど。やっぱり本人を前にすると、まだダメみたい。「……そうだよ、陸斗」そんなとき、海斗くんの手が腰に回ってきて私は彼に抱き寄せられた。「俺、希空に告白したから。今、希空に好きになってもらえるように努力してるところ。だから、陸斗……俺の邪魔だけはしないでくれよ」海斗くんが、陸斗くんのことを軽く睨む。「邪魔だなんて海斗、人聞きの悪いこと言わないでくれる?僕は兄として、海斗の恋を応援してるから」「サンキュ、兄貴。やっぱ
Last Updated: 2025-04-29
Chapter: 第15話海斗くんに連れられてやって来たのは、カフェだった。モダンでおしゃれな雰囲気の店内は、女性のお客さんで賑わっている。私と海斗くんは、店員さんに案内された窓際の席に腰をおろす。「俺、ここに前から一度来てみたかったんだよな。季節限定の、桜のモンブランが気になってて」「ああ!カフェの入口でディスプレイされてたアレかあ。確かに美味しそうだった」「だけど、男一人じゃこういう店入りづらくてさ。それで、希空に付き合ってもらいたかったんだ」なるほど。確かにここって、圧倒的に女性のお客さんが多いもんね。「希空はどれにする?」海斗くんが、お店のメニュー表を私のほうへと向けてくれる。「うーん、どれも美味しそうだけど……このイチゴのショートケーキにしようかな。あと、紅茶を」「了解。すいません」海斗くんが手をあげると、すぐに店員さんがテーブルにやってくる。スマートに二人分の注文を伝える姿さえもかっこよくて、私はつい海斗くんに見とれてしまった。それからしばらくして、注文していたケーキが運ばれてくる。「うわぁ、美味しそう」イチゴのケーキを前に、私は目をキラキラと輝かせる。「いただきます」さっそく私は、ケーキをひと口食べる。「んーっ、美味しい」イチゴの甘酸っぱさが、口の中いっぱいに広がっていく。「……ぷっ。ケーキが来てすぐに食べるなんて、希空って食いしん坊なんだな」「えっ!」ケーキを食べていたら、海斗くんにいきなりそんなことを言われ、クククと笑われてしまった。「く、食いしん坊って!海斗くん、ひどい。これでも私、女子なのに」「はいはい」陸斗くんだったら、絶対にこんなこと言わないよ……って。私ったら、なんでまた陸斗くんのことを考えてるんだろう。「でも俺はどっちかと言うと、美味そうによく食べる子のほうが好きだけどな」そう言うと、海斗くんの手がこちらへと伸びてくる。「希空、口の端に生クリームがついてるぞ」海斗くんに指先で口元を拭われ、またドキッとしてしまう。まさか生クリームがついていたなんて、恥ずかしい。私は、頬が一気に熱くなるのを感じる。「ふは。希空、耳まで赤くなっちゃって。かーわいい」海斗くんが私の頬を、親指の腹で撫でてくる。「希空、まじで可愛すぎる。その顔、陸斗には絶対に見せんなよ?」「心配しなくても見せないよ」「本当に?真っ赤な顔
Last Updated: 2025-04-27
Chapter: 第14話「希空、来てくれたんだ。ありがとう」「ううん。私はただ、ファンの子たちに混ざって見てただけだから」どうしよう。わざわざこっちに来てくれたなんて……嬉しい。「でも、希空の声援バッチリ聞こえたぞ。俺、希空が見てくれてるって思うと、今日めっちゃ頑張れた」「そんな……海斗くん、大袈裟だよ」「ううん、大袈裟じゃない」海斗くんの唇が、私の耳元へと近づく。「俺、希空の応援が誰よりも嬉しかった。来てくれて、ほんとありがとうな」他の皆には内緒とばかりに、海斗くんは私にだけ聞こえる声で言う。「希空、また応援に来てくれる?」「……っ」耳元に海斗くんの顔があるから。さっきから海斗くんが話すたびに、息が耳にかかってくすぐったい。「いい、よ」「うっしゃ。やった!」私の言葉ひとつで喜んでくれる海斗くんに、私は思わず笑みがこぼれた。◇数日後の放課後。あっ。私が帰ろうと席を立ったとき、教室の開いた扉から陸斗くんがリマちゃんと一緒に廊下を歩いているのが見えた。イケメンの陸斗くんと学年一可愛いリマちゃんは、とてもよくお似合いで。仲良く並んで歩く二人を見ただけで胸の辺りがモヤモヤして、視界がわずかにぼやける。陸斗くん……。失恋してから何日か経ったけど、私はまだ陸斗くんのこと、全然吹っ切れてないや。「はぁー……っ!?」私がひとりため息をついたとき、突然後ろから誰かに両目を手で塞がれた。「え、ちょっと誰!?」こんなふうに両目を手で覆われたら、目の前が真っ暗で何も見えない……!︎︎︎︎︎︎「ちょっ、目隠しとか嫌だ。はっ、離して!」「ふはっ。希空、俺だよ俺」えっ、この声は……。「海斗くん!」ようやく私の目から手が離れたので振り返ると、後ろに立っていたのは海斗くんだった。「もう!海斗くんったら、いきなりこんなことしないでよ」「悪い。希空が泣きそうな顔で、陸斗のことを見てたからつい……」「えっ。私、また泣きそうだった?」「ああ。この前、あれだけ沢山泣いたんだから。できればもう、希空には泣いて欲しくなくて。目隠ししてごめんな?」「ううん」さっきまでわずかにぼやけていた視界は、いつの間にかクリアになっていた。「なぁ希空、このあと時間ある?」「え?うん」「それじゃあ、今から俺と付き合って」私は、海斗くんに手を取られる。「でも海斗くん、部活
Last Updated: 2025-04-25
Chapter: 第13話翌日の放課後。 私はスクールバッグを手に、教室からグラウンドへと行きかけた足を止めた。 帰宅部の私は、今まで放課後はグラウンドで陸斗くんが所属するサッカー部の練習を見てから帰るのが習慣となっていたのだけど。 そっか。今日からはもう、グラウンドへ行く必要はないんだ。だって昨日、私は陸斗くんに振られちゃったから。 昨日のことを思い出しただけで、胸がちくっと痛む。 「おい、希空!」 突然名前を呼ばれてそちらを向くと、海斗くんが立っていた。 「お前、今日ヒマ?」 「うん。このあとは、家に帰るだけだけど」 「それなら、今日はバスケ部の練習を見に来てよ」 「え、バスケ部の?」 「ああ。たまには良いだろ?俺、希空に応援に来て欲しい。今日絶対にシュート決めるからさ」 真っ直ぐこちらを見てくる海斗くんに、不覚にも胸がドキドキしてしまう。 「俺、体育館で待ってるから」 それだけ言うと、海斗くんは教室を出て行った。 海斗くんに『待ってる』なんて言われたら、やっぱり行かないわけにはいかなくて。 私は少ししてから、体育館へとやって来た。 放課後の体育館には、初めて来たけれど。ドリブルの音とバッシュが床を擦る音がし、コート付近にはギャラリーができていて賑やかだ。 ほんと、すごい人の数。しかも女の子ばっかり。 「キャーッ」 「相楽くん、頑張ってー!」 ギャラリーの女の子たちのほぼ全員が、海斗くんへと声援を送っている。 いま海斗くんたちは、試合形式で練習をしているみたい。 体育館には本当の試合さながらの、緊迫した空気が漂っている。 海斗くんはどこだろう……あっ、いた。 オレンジのビブスを身につけた海斗くんは今、ドリブルをしていた。 彼の横顔はとても真剣で、思わず見入ってしまう。 海斗くんがバスケをするところは、初めて見たけれど。走る姿も、パスをする姿も、汗を拭う姿も……すごくかっこいい。 何分か経過し、試合形式の練習もいよいよ終盤。 「相楽っ!」 ボールが今、チームメイトから海斗くんに渡った。 「海斗くーん」 「頑張ってえ」 その瞬間、女子たちの声援はより一層大きくなる。 現在、試合の点差は2点。海斗くんのチームが負けている状況で、残り時間は30秒を切っていた。 ファンの女子たちの中に混じって、私も試
Last Updated: 2025-04-23
Chapter: 第12話あの日、スーパーで親切にしてもらって以来、彼女のことが忘れられなかった俺は、学校であの子のことを探してみることに。すると、意外とすぐに見つかった。俺の隣のクラスの子で、名前は小嶋希空というらしい。希空が陸斗と同じクラスだと知った俺は、わざと教科書を忘れたフリをして、希空を見たさに陸斗に借りに行くようになった。希空が図書委員だと知ると、学校の図書室へ定期的に通うようになった。図書室で本を読みながら、委員の仕事をする希空のことをこっそり見てみたり。希空がカウンターの貸し出し当番のときは、彼女に本を渡すだけでドキドキした。希空はあの日俺にしてくれたように、誰に対しても分け隔てなく優しくて。希空のことを知るうちに、彼女へ抱く感情が、“ 気になる ” から “ 好き ” へと変わっていった。隣のクラスで特に接点もないから、1年の頃の俺は、希空のことを遠くからただ見ているだけしかできなかった。だけど高校2年生になり、俺にもチャンスが巡ってきた。高校2年のクラス替えで、念願叶って俺は希空と同じクラスになれたのだ。しかも、俺の席が希空の後ろ。これからしばらく授業中は希空のことを見られるなと思ったら、頬が勝手に緩んでしまう。だけど、喜んでいたのも束の間。「あーあ。今年は陸斗くんと、クラスが離れちゃったよぉ」前の席の希空が、友達にそんなことを話しているのが聞こえてきた。陸斗……。それからも、希空の口からは何度も陸斗の名前が出てきて。友達の栗山さんと休み時間にそんな話ばかりしていたら、後ろの席の俺には丸聞こえで。そのうち、嫌でも分かった。希空は、陸斗のことが好きなのだと。自分の好きな人が、他の男を好きだと知ってショックだった。しかも、その相手が自分の兄貴。いつも陸斗ばかり見ている希空のことが、嫌で嫌で仕方なかった。陸斗だけでなく、俺のほうも見て欲しい。どうにかして希空を、こっちに向かせたい。少しでも、俺のことを意識させたい。そう思った俺は、いつしか希空にちょっかいをかけるようになっていた。希空のテストの答案用紙を、わざと手の届かないところへやったり。希空のポニーテールのヘアゴムを外して、勝手に持っていったり。「ちょっと、相楽くん……!やめてよ」ガキだなと自分で思いながらも、希空が俺を見てくれるのが嬉しくて。俺はつい、希空の嫌がる
Last Updated: 2025-04-21
Chapter: 番外編②〈第1話〉藍と恋人同士になって、早いもので2週間が経った。 私の両親が福岡から東京に戻ってくるのが延期になったため、当初の予定の1ヶ月を過ぎた今も久住家で居候させてもらっている。 土曜日の今日は、燈子さんが朝からお友達と1泊2日の旅行に出かけていて家にいない。 夕食と後片づけを終え、私はリビングでまったりと過ごしていた。 そういえば、夜に家で藍とふたりきりなのは久しぶりかも。 単身赴任中の藍のお父さんが過労で倒れて、橙子さんが様子を見に行ったあの日以来かな? ふと、そんなことを考えていると。 「萌果ちゃん、お先ーっ」 お風呂上がりでスウェット姿の藍が、首から下げたタオルで濡れた髪を拭きながら現れた。 うわ。藍ったら、濡れた髪がやけに色っぽい。 「藍。髪乾かさないと、風邪引くよ?」 タオルで拭いただけの藍の濡れた髪を見て、思わず声をかける。 「大丈夫だよ。すぐに乾くから平気だって」 もう。またそんなこと言っちゃって。藍って、昔から面倒くさがり屋なんだから。 小学生の頃だって、髪をちゃんと乾かさずに寝ちゃって、何回風邪を引いたことか。 「私が乾かしてあげるから。こっち来て」 「えっ。萌果ちゃんが、乾かしてくれるの?」 藍の目が、キラキラと輝く。 う。私ったら、つい昔からのクセで……。 「それじゃあ、萌果にお願いしようかなー」 藍がニコニコと、私の前に腰をおろした。 ……仕方ない。久しぶりに、藍の髪を乾かしてあげよう。 私はドライヤーを手に、藍の髪を乾かし始める。 藍の柔らかい髪に指を通すと、ふわっとシャンプーの甘い香りがした。 「萌果ちゃんにこうして髪を乾かしてもらうの、久しぶりだね」 「そうだね。私が福岡に行く前だから、小学生以来かな?」 「懐かしいなぁ」 藍の髪は、あの頃と変わらず綺麗で。彼の髪を乾かしながら、私は目を細める。 「そうだ。萌果ちゃん、お風呂これからでしょ?お風呂から上がったら、次は俺が萌果ちゃんの髪を乾かすよ」 「えっ、いいよ」 「遠慮しないで。自分の彼女の髪、一度乾かしてみたかったんだ」 『彼女』 藍と付き合って2週間が経ったけど、その言葉を聞くと胸の奥のほうがくすぐったくなるんだよね。 「ねっ?だから、あとで俺にやらせてよね
Last Updated: 2025-04-30
Chapter: 番外編①藍side【藍side】これは、俺たちが両想いになった日のお話。「あのね。私、藍に大事な話があるの」「大事な話?」「うん……」屋上で陣内が去ったあと、俺は萌果に大事な話があると言われた。「えっと、わ、私ね……」萌果は、今まで見たことがないくらいに真剣な面持ちで。まさか大事な話って、告白の返事でもされるのか!?萌果が福岡から引っ越してきた日。『俺は、今も萌果のことが好きだから』って伝えてから、特に萌果から返事とかはもらっていなかったから。やっべー。そう思ったら、急に緊張してきた。口の中が乾いて、胸の鼓動がバクバクと速くなる。思い返してみれば、先に萌果に告白していたとはいえ、付き合ってもいないのにキスしたり。抱きしめたり、キスマークをつけたりもしていたから。何より、お仕置きと言って萌果の弱い耳をわざと攻めたり、意地悪とかもしてしまっていたから。たぶん……俺とは付き合えないって言われるんだろうな。好きな子に、二度も振られるのは正直かなりキツいけど。萌果。振るなら優しい言葉じゃなく、潔くバッサリと振ってくれ──!「あの、私……藍のことが好き……!」……は?「まじで?萌果ちゃんが……俺のことを好き?」「うん」嘘だろ!?てっきり、振られるとばかり思っていたのに。萌果の口から飛び出した言葉は、まさかの『好き』で。俺は目を何度も瞬かせながら、ぽかんとしてしまう。「何それ。ドッキリとかじゃなくて?」「うん。私は藍のことが、弟でも幼なじみでもなく……ひとりの男の子として好きだよ」……嬉しい。俺は、萌果をぎゅっと抱きしめた。「やべぇ。萌果が、俺のことを好きだなんて……!夢じゃないよね?」「夢じゃないよ。ちゃんと現実だから」俺が彼女を抱きしめる腕に力を込めると、萌果も抱きしめ返してくれた。「それじゃあ……萌果はもう、俺のものだね」俺は、萌果の唇を塞いだ。「んっ……」俺は、萌果の唇に自分の唇を繰り返し重ねる。「まさか、萌果ちゃんと両想いになれる日が本当に来るなんて、思ってなかったから……すっげー嬉しい」ずっとずっと、こんな日が来ることを待ち望んでいた。だけど、俺は小学生の頃に萌果に振られているから。萌果と両想いになるのは、叶わない夢で終わるのかもしれないと思っていたんだ。「大好きな萌果ちゃんと、両想いになれて……俺、今
Last Updated: 2025-04-30
Chapter: 第58話藍の今後の芸能人生を考えると、絶対に別れたほうが良いのは分かっているけれど。 私は、藍と……別れたくない。離れたくないよ。 社長さんの話の続きを聞くのが怖くて、私は目をギュッと閉じる。 「だが……」 ふぅと一息つくと、社長さんは話を再開する。 「藍も来年で18歳になるんだ。大人になる二人に、交際するなとも強く言えないだろう」 ……え? てっきり、もっと反対されるのかと思いきや。社長さんの口から出た言葉は、予想外のものだった。 「3年前。デビュー当時の藍は、自分のことを見て欲しい人がいると言っていた。自分はその子のことがずっと好きで、遠くにいる彼女のためにモデルを頑張ってみたいと。その人が、萌果さんだったんだな」 「はい。社長の言うとおりです」 社長さんのほうを見ると、先ほどと違ってとても穏やかな顔をしていた。 「萌果さんのおかげで今のモデルとしての藍があると思ったら、強く反対もできない。それに……私の経験上、恋愛をするのもマイナスなことばかりではないと思うからな。最近の藍は、前よりもいい顔をしているし」 「社長、それじゃあ……」 「ああ。君たちの交際を認めよう」 やった……!私と藍は、ふたりで手を取り合う。 「ただし、世間には絶対に秘密にして欲しい。当分の間、交際してることはバレないように。藍、羽目を外すんじゃないぞ?」 「はい。ありがとうございます」 「ありがとうございます!」 藍と一緒に、私も社長さんに深く頭を下げた。 ** 事務所を出ると、外は薄暗くなっていた。 「萌果ちゃん。帰る前に、寄りたいところがあるんだけど……いいかな?」 「うん。いいよ?」 「ちょっと歩くけど……大丈夫?疲れてない?」 「大丈夫だよ」 私は、藍に微笑む。 今日は、藍の仕事が久しぶりに休みだから。最初から、今日は彼の行きたいところに付き合おうって思ってた。 それに、藍から『萌果の1日を俺にちょうだい』って言われていたし。 私は藍と一緒にいられれば、どこだって楽しいから。 「ありがとう。そこは、俺がずっと萌果と一緒に行きたかった場所なんだ」 「私と……行きたかった場所?」 ** 藍とふたりで、事務所から歩いて向かった場所。 それは、街を一望できる見晴らしのいい小高い丘の上だった。 「う
Last Updated: 2025-04-29
Chapter: 第57話──『萌果のことを、紹介したい人がいるんだ』藍にそう言われ、電車に乗ってやって来たのはオフィス街にある高層ビルだった。「えっ。ここって……」ビルを見上げて、ぽかんとする私。「俺の所属する、芸能事務所があるビルだよ」「げ、芸能事務所!?」「うん。萌果ちゃんのこと、社長とマネジャーに紹介しようと思って」「ええ!?」思わず、素っ頓狂な声をあげてしまう。「しゃ、社長さんに紹介って!」そんなことを突然言われても、心の準備が……!「ごめんね。予告もなく、いきなり連れてきてしまって」「ううん」「萌果との交際は、しばらく社長たちには黙っておこうと思ってたんだけど……」藍が、ビルを見上げる。「今日萌果とデートして。俺は、改めて萌果のことが大好きで大切だって思ったから。隠れて付き合わず、ちゃんと報告したいと思ったんだ」藍……。そんなふうに言ってくれるなんて、嬉しいな。「私も、藍がお世話になってる社長さんたちにご挨拶したい」「ありがとう。それじゃあ、行こうか」私たちは、芸能事務所のオフィスへと向かった。**芸能事務所は、ビルの上階にあるらしい。乗り込んだエレベーターが上がっていくにつれ、私の緊張感もどんどん増していくようだった。「ここだよ。おはようございます」「お、おはようございます……」藍に続いて挨拶をし、おずおずと事務所に足を踏み入れる。うわあ、広い!大手だからかな?芸能事務所なんて初めて来たけど、現代的で清潔感のあるきれいなオフィスだ。応接室に通され、ソファに座って待機。しばらくして、50代くらいのダンディーな男性とメガネの美女が部屋に入ってきた。「社長、お疲れ様です」緊張で肩が上がるのを感じながら、藍に続いて私もソファから立ち上がる。「藍。今日は久しぶりの休みだというのに、どうした?」「お時間を頂いてすみません。今日は、社長に報告したいことがありまして」「報告?」社長の視線が藍から私に移り、肩が跳ねた。「藍、こちらの女性は?」「はい。この子は、俺の彼女です。俺は彼女……萌果と、少し前からお付き合いしています」「お付き合い……」社長さんの眉が、ピクリと動いた。「はっ、初めまして。藍の幼なじみの、梶間萌果といいます」私は、社長さんにペコッと頭を下げる。「そう。君が、藍の幼なじみの……とりあえず、ふたり
Last Updated: 2025-04-28
Chapter: 第56話私がヒヤヒヤしていると。「ねぇ。あの男の子、すごいイケメンじゃない?」 「本当だ。モデルさんかな?」そんな声が聞こえてきて、とりあえずバレてなさそうだとホッとする。「ねえ、藍。今日はどこに行くの?」「着くまで、ナイショ」それからしばらく歩き続け、藍が連れてきてくれたのは映画館だった。「映画のチケットは、もう先に買ってあるんだ」「そうなの!?ありがとう」藍、用意がいいなぁ。「ちなみに、何の映画を観るの?」「これなんだけど……」藍が見せてくれたチケットに書かれたタイトルを見て、ハッとする。うそ。これ、前に私がテレビのCMで見て面白そうって話していた、少女漫画が原作の恋愛映画だ。「萌果ちゃん、この映画観たいって言ってたでしょう?」まさか、藍が覚えてくれていたなんて……。じんわりと、胸の奥のほうが温かくなった。それから、売店で飲み物とポップコーンを購入。「足元、気をつけて。俺たちの席は……ここだな」藍と一緒に劇場内の予約してくれた席へと向かうと、そこはカップル用のペアシートだった。寝転べそうなほど広いソファには、ふかふかのクッションとミニテーブルが置かれていて、簡易的な個室のようだ。ここは少し高い仕切りで仕切られているからか、他の観客も見えなくて。まるで、藍とふたりきりのような感じ。なるほど。映画が始まれば、辺りは暗くなるし。ここなら、芸能人の藍と一緒でも周りを気にせずに楽しめそう。私は、藍と並んでソファ席に座った。ていうかこの席……カップル用の席で肘掛けがないからか、隣との距離がかなり近い。藍と、肩が今にも触れ合いそう。そうこうしているうちに映画館の照明が落ち、映画が始まった。私は、ポップコーンを食べようと手を伸ばす。すると藍も同時に取ろうとしたらしく、指と指が触れてしまった。「あっ。ご、ごめ……っ!」私が触れた指を引っ込めようとすると、藍にその手を取られてしまった。藍は指先を1本1本絡め、恋人繋ぎをしてくる。「ちょ、ちょっと藍……手!」「しーっ」藍が繋いでいないほうの人差し指を自分の唇に当てると、続けて私の耳元に唇を寄せた。「上映中はお静かに」「っ!」藍に耳元で囁かれ、肩がピクっと揺れる。「今日待ち合わせ場所で会ったときから、本当はずっと萌果と手を繋ぎたかったんだ。でも、我慢してた」耳元に藍の唇が
Last Updated: 2025-04-27
Chapter: 第55話藍と、両想いになってから1週間。 少し前に陣内くんによって掲示板に貼られた例の写真は、女嫌いの藍が雑誌で女性と撮影をすることになり、事前に抱き合う練習をしていた……ということで話が落ち着いた。 そして、今日は藍と付き合って初めてのデートの日。 ──『近いうちに、仕事で1日休みがもらえそうなんだけど……良かったら、ふたりでどこか出かけない?』 私たちが両想いになる少し前に藍が話していた、久しぶりの休日がついにやって来た。 いつも藍の家で、お互いの私服姿は何度も見ているけれど。 今日は彼と付き合って初めてのデートだと思ったら、どんな服を着ていけばいいのか分からなくなってしまって。 昨日はひとりで、随分と頭を悩ませたものだ。 「……変じゃないかな?」 家を出る直前、私は玄関の鏡の前に立った。 ミントカラーの花柄ワンピース。 胸の辺りまで伸ばしたストレートの黒髪を、今日は少し巻いて。 私の誕生日に橙子さんからプレゼントしてもらった化粧品セットを使って、メイクもしてみたんだけど……。 「あら。萌果ちゃん、出かけるの?」 私が鏡に映る自分とにらめっこしていると、燈子さんが声をかけてきた。 「あっ、はい。今からちょっと出かけます」 「そう〜。藍もさっき出て行ったけど。萌果ちゃんも、今日は可愛くオシャレしちゃって……もしかして、二人でデート?」 燈子さんに尋ねられ、私の肩がピクッと揺れる。 「ら、藍とデートだなんて!ち、違いますよっ!」 私は思わず否定。 「あらあら。萌果ちゃんったら、そんなに顔を赤くしちゃってぇ」 私を見て、ニヤニヤ顔の燈子さん。 実は藍と付き合い始めたことは、燈子さんにも私の親にも、誰にもまだ話していない。 近いうちに、お互いの親にはもちろん話すつもりでいるけど。 藍と二人で話して、久住家で同居している間は、変にイチャイチャし過ぎないように節度を守るためにも、しばらくは黙っておこうということになった。 「そのワンピース、萌果ちゃんによく似合ってるわ。楽しんできてね?」 「ありがとうございます。行ってきます」 燈子さんに微笑むと、私はパンプスを履いて家を出た。 ** 藍とは、近くの駅で待ち合わせをしている。 黒のジャケットに白Tシャツ、黒のスキニーパンツ。至ってシンプルな格好で、藍は壁に背を預
Last Updated: 2025-04-26
Chapter: 第5話「光佑さん、私は結婚に賛成です。これから母のことを、どうぞよろしくお願いします」私は光佑さんに向かって、深々と頭を下げた。今日光佑さんと話してみて、どことなくお父さんと似た雰囲気の優しい光佑さんなら、お母さんを任せられるって思ったから。「俺も……二人の結婚には賛成だよ。父さんには、幸せになって欲しいから」佐野くんも賛成なんだ。良かった……!「ありがとう、二人とも」「ありがとう、陽菜。伊月くんもありがとうね」「……いえ」ニコッと微笑んだ私のお母さんから、照れくさそうに視線を逸らす佐野くん。佐野くんは、ずっと無言だったから。もしかして、結婚には反対なのかと思ったりもしたけど。佐野くんも、二人の結婚に賛成してくれて本当に良かった。「それでね、陽菜。光佑さんと、前から二人で話していたことがあるんだけど……」ん?話していたことって、何だろう?**数週間後の3月下旬。高校1年の春休み、私はお母さんと一緒に佐野家にやって来た。先日、ホテルでの初めての顔合わせのとき、お母さんが言っていた『光佑さんと前から二人で話していたこと』それは、二人が入籍する前にお試しで一緒に住んでみようということだった。そして春休みのこの日、私はお母さんと佐野くんの家に引っ越してきたという訳だ。私は今、マンションから持ってきた荷物を家の中に運んでいるところ。初めて来た佐野くんの家は、大きな一軒家で。広いお庭には、色とりどりの花が咲いている。「菊池さん、貸して。重いものは、俺が運ぶから」佐野くんが、フラフラしながら運んでいた私の手からダンボールを取った。「あ、ありがとう」運んでくれるなんて、佐野くんはやっぱり優しいな。「いいよ。それより……」佐野くんの唇が、私の耳元に近づく。一体何を言われるのだろうと、身構えていると。「あのさ、分かってると思うけど……俺たちが中学の頃に付き合っていたことは、父さんたちには絶対に言うなよ」氷のように冷たい佐野くんの声に、私の背筋がヒヤリとする。「う、うん。もちろん!これまでもこれからも、親には言わないよ」「そう。なら良いけど」自分の言いたいことを言うだけ言うと、佐野くんはダンボールを持ってさっさと歩いていってしまう。ああ……まさか、親の再婚で元カレの佐野くんと一緒に住むことになるなんて。全く思ってもみなかった。これ
Last Updated: 2025-04-16
Chapter: 第4話「は?なんで、菊池さんがここに……」互いに指をさし、目を見開く私と佐野くん。「えっ。もしかしてあなたたち、知り合いなの?」「う、うん。同じ高校のクラスメイト……」私はお母さんに、正直に答える。まさか、佐野くんが来るなんて……どういう展開?それから再び、4人掛けのテーブル席にお母さんと並んで座るも、心臓のドキドキはなかなか治まらない。だって私の目の前には、仏頂面の佐野くんが座っているんだもの。「初めまして、陽菜ちゃん。僕は、佐野光佑といいます。そして、こっちは息子の伊月」「……」光佑さんに紹介されるも、佐野くんは黙って窓の外を見つめているだけ。「はっ、初めまして、陽菜です。いつも母がお世話になってます」私は立ち上がり、光佑さんと佐野くんに向かって軽く頭を下げた。「それにしても驚いたわ。まさか陽菜と伊月くんが、同じ高校のクラスメイトだったなんて。すごい偶然ね〜」「本当だね。誕生日は伊月のほうが先だから、お兄ちゃんかな?」そうか。お母さんたちが結婚するってことは、佐野くんが私のお兄ちゃんになるんだ。何日か前に、ほんの少しでも佐野くんに近づけたら良いのになとは思ったけど。まさか、元カレが義理の兄になるだなんて……そんなことあるの!?「翔子さん。もしかしたら、運命って本当にあるのかもしれないね」「やだわ、光佑さんったら。子どもたちの前で、恥ずかしい……」ふふ。お母さん、嬉しそうだなあ。光佑さんと笑顔で話すお母さんを見て、私は目を細める。それからコーヒーや紅茶を注文して、待っている間みんなで他愛もない話をした。お母さんと光佑さんの出会いから、私と佐野くんの学校の話など。といっても、佐野くんは終始無言だったから。ほとんど3人で話していたのだけど。光佑さんは、今日会うのが初めてだとは思えないくらいに、すごく話しやすくて。お母さんのことを、とても大切に思ってくれているんだってことが会話から伝わってきた。「陽菜ちゃん、伊月。僕は、翔子さんと一緒になりたいと思ってる。だけど、もし陽菜ちゃんや伊月が嫌っていうのなら……」真剣な面持ちの光佑さんの言葉に、私は向かいに座る佐野くんをちらっと見る。佐野くんは、二人の結婚をどう思っているのか分からないけど。お父さんが亡くなってからのこの10年間、お母さんは朝から晩まで働いて、ご飯も毎日作ってく
Last Updated: 2025-04-16
Chapter: 第3話放課後。「ただいま〜」「あっ。おかえり、陽菜」帰宅すると、玄関でお母さんが出迎えてくれた。「あれ?お母さん、今日はお仕事は休みだったの?」「ええ。だから、陽菜に大事な話があるって言ってたでしょう?」あっ。そういえば!──『あのね、陽菜。今日、あなたに大事な話があるから。学校が終わったら、なるべく早く帰ってきてくれる?』今朝のお母さんとの会話が、私の頭に浮かんだ。制服から私服に着替えると、私はリビングでお母さんと向かい合って座る。「それで?大事な話ってなに?」テーブルを挟んで目の前に座るお母さんは、いつになく真剣な面持ちだ。「あのね。実はお母さん……再婚しようと思ってるの」「えっ、再婚!?」思いもよらぬ言葉に、私は目を丸くする。我が家は、私が6歳の頃にお父さんが病気で亡くなってから、母と子の二人暮らし。今まで10年間、お母さんが女手一つで私を育ててきてくれた。最近のお母さんは、前よりも楽しそうだから。なんとなく、交際している人がいるんだろうなとは思っていたけど……それでも、びっくりだよ。「相手は今の職場の上司なんだけど、とっても優しい人でね。陽菜さえ良かったら、一度光佑(こうすけ)さんに会ってみて欲しいんだけど……どうかな?」お母さんが付き合ってる人、光佑さんっていうんだ。お母さんが選んだ人なら、きっと良い人に違いない。「うん。私も、光佑さんに会ってみたい!」「それじゃあ、さっそく光佑さんにも伝えておくわね」お母さんの彼氏さんって、一体どんな人なんだろう……?**ドキドキしながら、迎えた週末。私は、お母さんの交際相手との顔合わせのため、自宅近くのホテル内にある、オシャレなレストランにやって来た。スタッフの人に案内された席で私がお母さんと座って待っていると、しばらくしてメガネにスーツ姿の、40代くらいの男性が駆けてきた。「翔子(しょうこ)さん!ごめん、待たせたね」「ううん。私たちも、今来たところだから」“翔子”とは、私のお母さんの名前。お母さんとともに席から立ち上がり、光佑さんの隣に立つ人を目にした瞬間、私は固まってしまう。だって、そこにいたのは……「……ええっ!?う、うそ。佐野くん!?」クラスメイトで元カレの、佐野くんだったから。
Last Updated: 2025-04-16
Chapter: 第2話わわ、どうしよう。慌てふためく私だったけど、交わった視線はすぐに、佐野くんのほうから逸らされてしまった。だよね、逸らすよね。分かっていたことだけど……。胸の辺りが少し痛むのを感じながら、私は自分の席へと向かった。**「おい、菊池。ちょっと良いか?」数学の授業のあと、私は教科担当の先生から声をかけられた。「悪いけどこれ、職員室まで持って行ってくれないか?」先生が言った“これ”とは、先ほど授業で回収したクラス全員分の課題プリント。「先生このあと、用があるから。頼んだぞ」私が返事するよりも早く、先生は強引にプリントの束を私に渡してきた。こうなったら、持って行かない訳にはいかなくて。私は、3階の教室から1階の職員室まで急いで向かう。──ガラッ!ようやく職員室に到着し、私が扉を開けたとき。ちょうど扉の先に立っていた人と、思いきりぶつかってしまった。「きゃっ……!」その拍子に足元がふらつき、持っていたプリントが宙を舞う。「危ない!」転びかけた私の身体を、目の前のしっかりとした腕が支えてくれた。だっ、誰……?恐る恐る相手の顔を見上げて、息をのんだ。私がぶつかった人はなんと、佐野くんだったから。「ご、ごめんなさいっ!」慌てて彼から身体を離してどうにか謝るも、私は佐野くんの目を見られず、うつむいてしまう。別れて2年になる今でも私は、佐野くんと話すときは目を見れないし、緊張してしまうんだよね。「……はい」先ほどぶつかった拍子に床に散らばったプリントを、佐野くんが拾って渡してくれる。「あっ、ありがとう」私は視線を彼から逸らしたままプリントを受け取り、何とかお礼を告げた。「……気をつけろよ」無表情でそれだけ言うと、佐野くんはスタスタと歩いていく。佐野くん……そっけないけど、プリントを拾ってくれたりして、何だかんだ優しいな。私は、歩いていく佐野くんの背中を見つめる。中学の頃、クールな佐野くんが笑顔で楽しそうにバスケするところを見て一目惚れして以来、ずっと彼が好きだった。未練がましいかもしれないけど。別れた今でも、私は……佐野くんのことが好き。一度は佐野くんの近くまでいけたのに、今はすごく遠い。また前みたいに、ほんの少しでも彼に近づけたら良いのに……。私は持っている課題プリントの束を、胸の前でぎゅっと抱きしめる。でも、2年前
Last Updated: 2025-04-15
Chapter: 第1話『俺、菊池さんのことが好きなんだ』中学2年生の1月。初雪が降った日の放課後。誰もいない教室で私・菊池陽菜(きくちひな)は、ずっと好きだった同級生の佐野伊月(さのいつき)くんに告白された。『菊池さんが良ければ、俺と付き合ってくれないか?』『……っ、はい。よろしくお願いします』私の返事は、もちろんOK。憧れの佐野くんと両想いだなんて、泣きそうなくらいに嬉しかった。だけど……幸せは、長くは続かなかった。『……俺たち、別れようか』3月、校庭の桜の蕾が膨らみつつある頃。中学2年生が終わるのと同時に、私たちのお付き合いも終わりを迎えた。あれから2年。高校1年生になった今でも私は、密かに佐野くんのことを想い続けている。**3月中旬の、ある日の朝。「やばい。もう時間だ」高校の制服姿の私はスクールバッグを肩にかけ、慌てて自宅の玄関へと向かう。菊池陽菜、16歳。肩下までの黒髪ストレートヘア。身長150cmと小柄で童顔のせいか、実年齢よりも下に見られることが多い。「それじゃあ、お母さん。いってきま……」「あっ。ちょっと待って、陽菜」言いかけた『いってきます』は、お母さんに途中で遮られてしまった。「何?」「あのね、陽菜。今日、あなたに大事な話があるから。学校が終わったら、なるべく早く帰ってきてくれる?」「……?うん、分かった。それじゃあ、行ってきます」大事な話って何だろう?と首を傾げながら、私は走って家を出た。私が通う高校は、家から徒歩20分ほどのところにある。「はぁ、はぁ……っ」どこまでも晴れ渡る空の下を、私は全速力で駆け抜ける。時折ふわりと頬を掠める風は温かく、近くの土手に咲く濃いピンク色に染まる河津桜は、ちょうど見頃を迎えた。冬が終わってやって来た春を、全身で堪能したいところだけど。学校に遅刻しそうな私は、ただひたすら通学路を走り続けた。**ふう……いつもよりも家を出るのが少し遅くなったけど、何とか予鈴までに間に合った。「佐野くん、おはよぉ」1年4組の教室に入ると、可愛らしい女の子の声が聞こえてきた。そちらに目をやると、窓際の佐野くんの席が女の子たちで賑わっている。佐野くん、ほんとよくモテるなぁ……。「ねえねえ、伊月くん。昨日のドラマ見たー?」「……見てない」女の子に話しかけられるも、窓の外に顔を向けたままそっけな
Last Updated: 2025-04-15