Chapter: 5話-3 皇帝の宴。* * * 「――あの、今、なんとおっしゃられましたか?」 深夜、書斎に静寂が漂う中、シルヴィアは思わず問い返した。 「4日後に開かれる皇帝の宴に、共に出席してもらう」 シルヴィアの心が波立つ。 皇帝の宴に自分も? シルヴィアは信じられない気持ちで、ためらいがちに尋ねた。 「わたしがそのような場に出席しても、宜しいのでしょうか……?」 「皇帝直々の命令であるから問題はない。今回の宴は晩餐会となり、特別にリリアも出席する」 シルヴィアは言葉を失い、身体が凍りついたように動かなくなる。 ――――ああ、ついに終わりの時が来てしまった。 ハドリーのそばに、ほんの少しでも長くいるために、帝都から戻って以来、一層雑務に励んできたのに。 これまでのハドリーとのすべてを無に帰すかのような予感がシルヴィアを包み込んだ。 「そんな暗い顔はよせ。皇帝の宴には必ず出席しろ、良いな?」 「かしこまりました……」 シルヴィアは胸に渦巻く思いを抑え、静かに答えた。 * * * 4日後の当日、シルヴィアは玄関先でハドリーと対面する。 (皇帝の宴に出席するのだから正装なのは分かっていたけれど、殿下が帝都の時よりも更にかっこいい……) 「なんだ? 私の格好がおかしいか?」 ハドリーの声に、シルヴィアはハッと我に返る。 (何を直視しているの……) 「い、いえ、とても良く似合ってらっしゃいます」 シルヴィアは、つい口を滑らせ、内心で焦る。 するとハドリーはふいっと顔を背けた。 (ああ、出しゃばったことを言ってしまった……) 「お前も、まあ、悪くないな」 ハドリーの言葉を聞き、シルヴィアの頬に熱が灯る。 (分かっている。新しく仕立ててもらった正装のドレス姿のわたしをただ見るに耐えるという意味だと。自惚れてはだめ、なのに……) 「行くぞ」 「はい」 その後、シルヴィアはハドリーと同じ馬車に乗り込み、やがて馬車が動き出すと、向かい側に座るハドリーが小さく息を吐いた。 いつもならハドリーは自ら
Huling Na-update: 2025-11-09
Chapter: 5話-2 皇帝の宴。* * *「これは事実か?」2日後、ハドリーは書斎の席でリゼルから手渡された数枚の書類に目を通しながら、静かに問う。「はい。教会の記録庫に保管されていた書類であり、内容に誤りはないかと。加えて、雇った者からの情報によれば、シルヴィア様は家族から虐げられ、牢のような暗い部屋で暮らしていたようです」リゼルが淡々と説明し、報告すると、ベルは顎に手を当て、思案するように頷く。「なるほど。シルヴィア様が洗濯や掃除に最初から手慣れておられたのは、そういった事情からでしたか」ハドリーは眉をひそめ、ベルに視線を向ける。「ベル、なぜお前がここにいる?」「リゼル様を脅し頼みました。シルヴィア様の専属教官メイドとして、当然知る権利はあるかと」ハドリーは、はぁ、とため息をつく。「まあ、いい。リゼル、他に情報は?」「はい。一点、気になることが。シルヴィア様は時折、近くの森を訪れていたそうです」「森、ですか?」ベルが首を傾げる。「シルヴィア様は以前、本で薬草の知識を得たとおっしゃっていましたが、森で実際に薬草を摘んでいたなら納得です。だとすると、やはり、シルヴィア様が薬を…?」ハドリーは書類に目を落とし、静かに言う。「リゼル、ベル、書類を詳しく確認したい。少し一人で考える時間をくれないか?」「かしこまりました」ふたりは一礼し、書斎から出ていく。そして書斎に静寂が戻る中、ハドリーは教会の記録庫の書類に記された内容を読み進める。そこにはシルヴィアの悲惨な過去が綴られていた。10年前、母ルーシャを病で亡くし、父ラファルが再婚。継母ブライアと継妹リリアにより虐げられ、父親には無関心な態度をされ、目を逸らされる日々。まさか、家事全般を押し付けられ、牢のような部屋で生活を送っていたとは。聖姫の力を持つリリアがいなければ、ロレンス家は皇国の援助金で裕福になることもなかっただろう。とはいえ、この仕打ちはいかがなものか。あまりに非道な行為だ。しかし、書類が事実ならば、シルヴィアが「無能」であること
Huling Na-update: 2025-11-08
Chapter: 5話-1 皇帝の宴。* * *やがて、シルヴィアとハドリーを乗せた馬車が動き出す。リゼルとベルに守られながら、ハドリーが無事に戻られるよう心の中で祈っていたが、一体何があったのだろう。(リゼル様とベルは馬車から降りた時、殿下と何かを話していたようだけれど……)「あの、で、殿下……」「そんな顔をするな。何者かに付けられていたようだが、私が対処した。心配するようなことは何もない」「わ、分かりました……」魔形ではなかったらしい。それでも、民が不安がっていたように、厄災が刻々と近づいてきている。今回はハドリーに斬られずに済んだけれど、いつその刃が自分に向けられるか分からない。だからこそ、せめて斬られるその時まで、少しでも役立つ事をしよう。ハドリーのそばに、ほんの少しでも長くいるために――――。* * *「陛下、只今帰還いたしました」ハドリーが皇帝の間の扉前で恭しく告げる。「入ってまいれ」皇帝の重厚な声が内側から響き、衛兵が厳粛に扉を開いた。ハドリーは皇帝の間へと進み、長い深紅の絨毯の上を歩いて行き、玉座へと歩み寄る。そして、皇帝の前に跪き、頭を下げた。「ハドリー、頭を上げよ」ハドリーが皇帝を見上げると、皇帝はハドリーを見据える。「帝都の偵察、ご苦労であった。結果を申せ」「はっ、ご報告申し上げます。厄災の刻が近づいている影響からか、魔形から身を守る指輪が高値で取引されているようです。また、帝都の外れでは夜な夜な光る霧が目撃され、民の間に不安が広がっているようにございます」皇帝は静かに頷き、わずかに目を細めた。「そうか、よく分かった」答えた直後、皇帝の柔らかな面持ちが消え、厳然とした表情に変わる。「して、シルヴィアはどうであったか?」「花に触れた瞬間、微かに発光致しましたが、鋭い音とともに彼女に痛みが走り、拒絶するような反応を示しました」「ほう。それは何か特別な力を秘めている証かもしれんな。こちらで詳しく調べさせよ
Huling Na-update: 2025-11-05
Chapter: 4話-5 初めての帝都。「……あ、その、申し訳ありません! 足を止めて余計な事を……」「…………」「で、殿下?」ハドリーはハッと我に返る。(私としたことが。何をぼうっとしている)「いや、いい。これから、聖姫の力と関わりのある花が咲いている花畑に向かう。着いて来い」ハドリーは一歩踏み出し、シルヴィアを促した。* * *やがて、シルヴィアはハドリーと共に花畑に辿り着く。そこは一面に広がる色とりどりの花々が、朝露に濡れてキラキラと光を反射し、そよ風に揺れるたびに甘く清らかな香りが漂う場所だった。そのあまりの美しさに、シルヴィアの心は浮き立ち、言葉を失う。陽光が花弁の隙間を通り抜け、地面にまだらな光と影を落とし、柔らかな草が足元でかすかにざわめく。シルヴィアはそっと手を伸ばし、花の繊細な花弁に触れると、ひんやりとした感触が指先に広がった。だが、ふと我に返り、シルヴィアは息を呑む。(今日の振る舞いが帝都での任務に影響するのでは……。しっかりしなくては)それからしばらく歩くと、大きな花壇の中に凛々しく大きな花が咲いている場所に辿り着いた。「で、殿下、この場所が聖姫の?」「そうだ。花に触れてみろ」ハドリーの落ち着いた声が、そよ風に混じって響く。「はい」シルヴィアはゆっくりと膝を折り、地面にしゃがんだ。 何もない自分が触れても、きっと何も起こらないだろう。これで自分はこの場でハドリーに斬られるかもしれない。手のひらにじわりと汗が滲み、呼吸がわずかに乱れる。それでも、ハドリーに斬られる運命が待っていたとしても――ハドリーと初めて帝都を訪れ、ふたりで食事をして、花を見て、もう少しだけ、ハドリーのそばにいたいと思ってしまった。(どうか、自分に、わたしに、もう少し時間をください)指先が震えながら花に触れ、シルヴィアは祈るような気持ちでそっと目を閉じた。
Huling Na-update: 2025-10-31
Chapter: 4話-4 初めての帝都。* * *その後、シルヴィアはなんとか無事にハドリーとの昼食を済ませると、同じ馬車で庭園へと向かい、御者の執事が手を添え、ハドリーが先に庭園付近に到着した馬車から降りる。すると街の女達が驚きの声を上げた。「あの方がハドリー殿下!?」「美青年でしたの!?」街の男達もまた、ハドリーの端正な顔立ちに目を奪われ、驚嘆の表情を浮かべる。覚悟はしていたけれど、ついにハドリーの素顔を知られてしまった。シルヴィアは複雑な気持ちを抱きながら続けて馬車から降りる。「おい、見てみろ! 見たことがない令嬢と一緒だぞ!」街の男が声を上げ、すぐに別の声が囁かれる。「……なぜ、薬やパンを民に施してきたリリア様がハドリー殿下のお隣でないの?」「……リリア様こそ、ハドリー殿下の隣に相応しいというのにねえ」シルヴィアは顔を伏せ、街の女達の陰口に胸を締め付けられる。(そのようなこと、わたしが一番分かっているわ……)「何をしている、行くぞ」ハドリーの声に、シルヴィアはハッと顔を上げる。「は、はい……」今は俯いている場合ではない。しっかりしなくては。シルヴィアは気を取り直し顔を上げ、ハドリーの隣を歩き、庭園の入口へと進む。そこでは案内人の男性が恭しく一礼した。「ハドリー殿下、お待ちしておりました。初めてお目にかかりましたが、ああ! この庭園に咲く、そう! ブルーローズの花のようにお美しい!」案内人が一人歌劇のように声を張り上げ、シルヴィアは固まり、ハドリーはどん引いた表情を浮かべる。その後ろでは、リゼルが表情一つ変えず厳格な雰囲気を保つも笑いで肩を震わせ、ベルは冷めた目をし、数名の護衛達も笑いを堪えるのに必死だ。「どうやら訪れた庭園を間違えたようだな」「ハドリー殿下、申し訳ございません! 今すぐ貴族専用通路までご案内致します!」* * *その後、案内人に導かれ、貴族専用通路
Huling Na-update: 2025-10-30
Chapter: 4話-3 初めての帝都。* * *しばらくして、馬車が帝都の隠れ家の店付近に到着した。御者の執事が恭しく馬車の扉を開け、ハドリーを降ろす。シルヴィアもその後に続き、緊張でぎこちない足取りで地面に降り立った。(ここが帝都……)初めて見る帝都の華やかな街並みに心を圧倒され、シルヴィアは思わず息を呑む。「……まさか、帝都を歩ける日が来るとはな」ハドリーの小さな呟き、そして、彼の視線がわずかに柔らかくなるのを、シルヴィアは驚きつつも見逃さなかった。だが、それは一瞬の幻のように、すぐにいつもの無表情に戻る。シルヴィアの胸は、なぜかその一瞥にざわめく。こんな気持ちを抱く自分に、偽の花嫁としての立場を思い出し、慌てて視線を落とした。「あの、で、殿下は帝都を訪れた際にはこれまでどうなされていたのですか?」シルヴィアの声は、緊張でわずかに上ずる。ハドリーに悟られまいと、彼女は無意識にドレスの裾を握り、指先で布をこすった。「馬車の中から街の様子を常に窺っていた。降りたことなど一度もない」ハドリーの声はそっけないが、彼の指が一瞬マントの端を握りしめる仕草に、シルヴィアは気づく。その小さな動作に、抑えきれない何か――おそらく彼自身も気づいていない感情の揺れ――が滲んでいるようだった。「そ、そうだったのですね……」シルヴィアは言葉を返すが、心の中では別の思いが渦巻く。ハドリーは皇太子。本来ならば、リゼルとベル、馬車の警備をしていた数名の護衛だけでなく、護衛を何人も連れて歩かなければならない身分だ。それなのに、自分が隣にいて、良いのだろうか。許されるのだろうか。シルヴィアは不安を胸に抱きつつ、ハドリーの一歩後ろを歩く。帝都の通りは華やかだが、衛兵の巡回が普段より多く、街の空気には見えない緊張が漂う。あれはなんだろう? 店の周辺にかすかに光る魔形の痕跡のようなものが残っているような……?それだけではなく、ふと視界の端で、遠くの路地裏に怪しげな影が一瞬揺れた気がして、シ
Huling Na-update: 2025-10-29
Chapter: 34話-5 月明かりの幸せ。月は今まで見た中で一番美しく、その輝きは穏やかな海面に降り注ぎ、波一つ一つを宝石のように煌かせ、遠くの水平線まで光の絨毯を広げていく。そして足元の岩場に咲く美しき花々は、月光を浴して白く輝き、まるで星々が地上に舞い降りたかのよう。と、美しき光景に心を奪われた時だった。後ろからエルバートに優しく包み込まれる。「ご、ご主人さま?」「今宵、お前とこのように美しき月を見られて本当に良かった」「はい。ご主人さま、月、綺麗ですね」「海も花も月の光で輝いています」こうしてしばらくの間、エルバートに包まれたまま月を眺め、やがてエルバートが手を離すと互いに向き合う。「ご主人さまにお伝えしたきことがあります。聞いて下さいますか?」「あぁ」「ご主人さまが家にご婚約の手紙を届けて下さらなければ、きっとこのような幸せな未来は訪れず、こんなに美しい月も見られなかったと思います」「だからご主人さま、ありがとうございます」「愛しております」(ご主人さまに、この感謝の想いが、愛がちゃんと伝わっただろうか――――)「フェリシア」「は、はい」「私もお前を愛している」「だからもう一度、あの時のように名前で呼んでくれないか?」あの時とは恐らく、初めての夜のことだろう。フェリシアは意を決し、エルバートを見つめる。「…………エルさま」月光の下で名を呼んだ瞬間、エルバートの唇が優しく触れる。とても温かいキスだった。エルバートが唇を離すと穏やかな笑みを零し、フェリシアも優しく微笑む。その後、フェリシアはエルバートと並んで浜辺の流木に座る。すると、どちらからともなく、自然に寄りかかり、肩が触れ合う。そして。(ご主人さまの、この暖かな温もりを、ずっと、ずっと、感じていたい――)と、心の中で思いながら、海を見つめた。どれだけそうしていただろう。フェリシアは昇る日の光で目を覚ました。いつの間にか眠
Huling Na-update: 2025-07-30
Chapter: 34話-4 月明かりの幸せ。「あの、ご主人さま? 魔は?」フェリシアは戸惑いながら問いかける。「やはりそう解釈したか。騙した形になってすまない」「私が婚約の手紙を出さなければ、こうしてお前とは出会えなかった」「だから同じように手紙でお前を呼び出すことにした」「お前とここの別荘で今宵、月を見ながら過ごしたくて」(だからいつもと違うお洒落な軍服を着ていたのね)フェリシアが心の中で納得すると、エルバートはフェリシアを離し、近くの別荘に目線を向ける。フェリシアもまた別荘を見ると、朧げではあるが、3歳まで両親と暮らしていた家と同じくらいの大きさの別荘があった。フェリシアは思わず涙する。「フェリシア、その」「もうっ」「ほんとうにすまなかった」「いえ、違うのです。生まれ育った家に帰れたようで嬉しくて……」「そうか」エルバートは安堵したようで、こちらをじっと見つめる。「フェリシア、ビーフシチューを作ってくれないか?」「はい、喜んで」フェリシアは承諾し微笑む。するとクォーツの馬車が遠ざかっていくのが見えた。フェリシアはエルバートとしばしの間馬車を見つめ、やがて馬車が完全に見えなくなると、フェリシアはエルバートと共に別荘まで歩いていく。そして、すぐさま温かみのある厨房でビーフシチューを作り始め、しばらくして完成した赤ワイン煮込みのビーフシチューを居間の木製の椅子に座るエルバートにお出しし、その隣の椅子に座る。すると窓から海が見えることに気づき、横長の机に並んだ状態で座ったまま、窓から時々海を見ながらそれぞれビーフシチューをスプーンですくって食べる。「やはり、お前のビーフシチューは美味いな」「あ、ありがとうございます」「だが、食べさせてくれたらもっと美味く感じるだろうな」(ま、まさか、ご主人さまが、あーんをご所望されるだなんて!)「わ、分かりました。では……」フェリシアはビーフシチューをスプーンで一口
Huling Na-update: 2025-07-29
Chapter: 34話-3 月明かりの幸せ。エルバートはユリシーズの封を解き、手紙を取り出し開く。エルバート帝爵、フェリシア嬢、この度はご結婚おめでとうございます。私はハロルドと共に牢を出て貧しい領土に追放され、その地の長と兵士として日々懸命に働いております。私共の命があるのはあなた方のおかげです。これからもおふたりの幸せを心より願っております。読み終わると、フェリシアの両目が潤む。「ユリシーズ殿下、ハロルド様と前を向かれていて良かった」「そうだな」エルバートはユリシーズの手紙をテーブルに置き、ローゼの封を解き、手紙を取り出し開ける。フェリシア、エルバート帝爵様とのご結婚おめでとう。あなたのおかげで毎日有意義に暮らせているわ。あなたは私の誇りよ。ラン、あなたの母もきっと喜んでいると思うわ。これからも頑張りなさいね。「これまでの謝罪もなしか」「良いんです、幸せに暮らせているのならそれで」「そうか、強くなったな」エルバートに頭をぽんと優しく叩かれ、フェリシアは微笑んだ。* * *そして、春が終わりを迎える日。エルバートをいつも通り玄関で待ち続けるも帰って来ない。隣のリリーシャに「エルバート様を驚かせましょう」と提案され、せっかく淡い色調の優雅なドレスを着てお洒落をしたのにこれでは意味がない。「フェリシア様、もうじき帰られますよ、きっと」「そうですね」リリーシャに言葉を返したその時。警備を兼ねながら庭の手入れをしていたクォーツが玄関から駆け入って来る。「只今、アルカディア宮殿の使いの者から手紙が」クォーツに手紙を差し出され受け取ると、その場で封を切って手紙を取り出し開く。至急、アルカディア宮殿付近の花海岸まで来て欲しい。手紙にはそのことだけが記されていた。(ご主人さまが手紙で助けを求めるということはよほどのこと)ルークス皇帝を乗っ取った魔よりも強い魔が現れ、窮地に立たされているとしか思えない。「クォーツさん、今からご
Huling Na-update: 2025-07-28
Chapter: 34話-2 月明かりの幸せ。* * *新婚5日目の早朝――廊下を駆ける足音が響く。「ご主人さま!」フェリシアはあるものを手に持ち、居間にいるエルバートまで駆けていくと、エルバートがこちらを見る。「フェリシア、どうした?」「先程廊下でディアムさんから頂きました」フェリシアは手に持っているものを差し出す。するとエルバートは受け取り、その一面を見る。「私達のパレードの様子が書かれた新聞か。完成したのだな」「まだ勤めまで時間がある。ここで共に見よう」「は、はい」返事をし、エルバートとソファーに並んで座るとエルバートが新聞を広げる。新聞には、自分とエルバートの姿がまるで絵画のように美しく愛に満ちた雰囲気で描かれていた。それだけに留まらず、『アルカディア皇国を救ったエルバート帝爵様と祓い姫のフェリシア嬢、壮大かつ幸せなパレードを披露! 世界をも超える祝福に涙!』との事が書かれており、嬉しさと恥ずかしさでいっぱいになる。「あ、あのご主人さま、ずっと気になっていたことが……」「なんだ?」「この結婚指輪は金でなくても大丈夫なのですか?」「あぁ、本来、貴族の結婚指輪は銀より価値の高い金で作るのが普通だ」「しかし、お前が私の髪の色が好きだと言ってくれた。それに応える為、金を銀に変えたのだ」(ご主人さま、わたしの為に……。嬉しいけれど……)「金を銀に変えたら貴族の指輪ではなくなるのでは……?」「あぁ、その通りだ。だから銀を使わず金に銀を混ぜて私の髪色に近いシルバーになるように特注で作ってくれとデザインを聞かれた時に頼み、出来たのがこの指輪だ」「そして、ダイヤも普通は輪の上に乗せるのだが、それだと引っ掛けたりして仕事にならない。よって指輪の中に埋め込むデザインにした」「それで満月のような形になったのですね」フェリシアは納得し、ふとエルバードから目線をずらすと、テーブルに置かれた2通の手紙に気づく。
Huling Na-update: 2025-07-27
Chapter: 34話-1 月明かりの幸せ。* * *幸せなど訪れない。ましてや愛されることなどないと思っていた。けれど――――。「フェリシア、こちらを見ろ」フェリシアは玄関の外の扉前で頭を上げる。するとエルバートは優しく微笑み、早朝から手作りした昼食のサンドイッチが入った包みを受け取る。けれどそれだけに留まらず。頬に手をそっと触れられ、とろけるような甘い口づけをされた。その上、ディアム、リリーシャ、ラズール、クォーツに暖かな微笑みで見守られ、フェリシアは恥ずかしさでいっぱいになる。エルバートの唇が離れると、フェリシアは少し怒気を帯びた目でエルバートを見つめた。「も、もうっ! ご主人さま、朝からこんなところでっ」「夜だったら良いのか?」フェリシアは昨日の初めての夜のことを、抱き枕にされながら眠りに落ちていたことを思い返し、ますます顔が熱くなる。するとエルバートはふっと和やかな顔で笑い、昼食の包みを鞄の中に入れる。「では行ってくる」「行ってらっしゃいませ」微笑むと、エルバートに頭を優しくぽんされた。エルバートの瞳から愛されているのが伝わってくる。ご婚約の手紙を受け入れるしかなく、エルバートに尽すことを心に強く誓った日を懐かしいとさえ思う。(わたしは今、こうして、愛に、幸せに包まれている)* * *その晩のことだった。エルバートは朝とはまるで違い、不機嫌な顔でディアムを連れて帰ってきた。理由を聞きたいけれど、とても聞ける雰囲気では…………。「フェリシア様、大丈夫ですよ」「昼食が妻の手作り、しかもハムとチーズ、鹿の干し肉、ゆで卵、レタス、トマトを挟んだサンドイッチでさすが新婚さんは違うと、カイやシルヴィオ、メイド達に冷やかされただけですから」ディアムがスラスラと説明すると、エルバートがディアムに冷ややかな殺気を放つ。「いつものことですからどうかお気になさらず」ディアムが笑顔でフェリシアに向けて言うと、エルバートは
Huling Na-update: 2025-07-26
Chapter: 33話-5 花嫁の誓い。「軍師長、ついに結婚したんですねー」「冷酷な鬼神のエルバートが結婚か。信じられないな」ふたりの言葉に続き、近づいて来たゼインとクランドールにまでも。「私も同感です。エルバート様、無事にご結婚出来て良かったですね」「全くだ。ほんとに結婚出来て良かったな」フェリシアは恐る恐るエルバートの顔を見る。するとエルバートは冷酷な表情をなんとか堪えていた。「エルバートよ、散々な言われようだな」ルークス皇帝がエルバートに声をかけ、側近と共に近づいてくる。「フェリシア嬢、ご結婚、おめでとう」側近があえて本当の父のように挨拶し、エルバートの表情が更に危うくなる。「あ、ありがとうございます」フェリシアが返すとルークス皇帝は、ふっ、と笑う。「ルークス皇帝、何が可笑しいのですか?」「エルバートよ、すまない。だが、本日はほんとうにめでたい」「我が本日この場に立つことが出来たのはお前達ふたりのおかげだ。感謝する」「そして、エルバート、フェリシア、おめでとう」「これからもふたり力を合わせ、光の道を歩んで行かれよ」フェリシアとエルバートは涙を堪えながら静かに頷いた。* * *その日の夜。ふたり用の部屋からバルコニーへ出て、月を見つめる。互いにお風呂は済ませたものの、エルバートの銀色の長髪は微かに濡れており、いつもよりも色香が増している。対して自分はただただ恥ずかしい。「フェリシア、疲れていないか?」「大丈夫です」「本当か?」フェリシアはこくんと頷く。するとエルバートは顔を近づけてくる。フェリシアもまた顔を近づけ、唇が優しく触れ合う。エルバートに髪を掻き分けられ、初めての深く長いキスが降り注がれる。倒れそうになるとエルバートが唇を離し、体を支えられる。「ここではやはり大丈夫ではないな」エルバートにお姫様抱っこをされ、フェリシアはエルバートに抱きつく。そして優しく部屋のベッドに座らされ
Huling Na-update: 2025-07-23