Chapter: 12話-5 幸せな偽の花嫁。* * *幸せな婚礼の儀がつつがなく執り行われ、シルヴィアはハドリーに導かれるまま、宮殿のバルコニーへと移る。視界に飛び込んできたのは、夢の続きをそのまま色彩に写し取ったかのような、あまりに鮮やかな光景だった。傍らに立つ皇帝と皇后が、慈愛に満ちた眼差しをふたりへと注ぐ。「おめでとう、ハドリー。そしてシルヴィア、我が皇国へようこそ。……今日からそなたは、我の娘だ」重厚な皇帝の祝辞に続き、皇后もまた、春の陽だまりのような微笑みを浮かべた。「末永く、幸せにおなりなさい。あなた達は、この国の希望の光なのですから」ふたりが皇宮前広場を見下ろす手すり際へ歩み出ると、地鳴りのような大歓声が天を突いた。視界の限りを埋め尽くす民衆が、新しい皇太子夫妻を祝福し、熱狂の中で手を振っている。(ああ、皆が笑っている……)これ程までに、自分を祝福してくれている。かつての自分を拒絶し、蔑む者など、ここには誰一人としていないのだ。ただ、純粋な祝福の熱だけがそこにあった。胸の奥から熱いものがせり上がり、シルヴィアの両目から大粒の涙が溢れ出した。それは悲しみではなく、あまりに眩い幸福に触れたゆえの雫だった。その後、色とりどりの花々に彩られた、荘厳な大階段へと移動する。ハドリーが恭しく差し出した掌に、シルヴィアは震える指先をそっと重ねた。皇帝と皇后が静かに見守る中、ふたりはゆっくりと一段ずつ、未来を確かめるように降りていく。柔らかな光を吸い込んで煌めくドレスの裾が、波のように優雅に流れる。「シルヴィア様、本当におめでとうございます」「殿下、どうかお幸せに」「ルファル……。ゆめゆめ、その手を離すな」「シルヴィア……心から、おめでとう」階段の傍らから親愛に満ちた眼差しを向けるベル、リゼル、フェリクス、フィオン……そんな愛する者達の声に背を押されるようにして、ふたりは宮殿の外へと踏み出した。
Last Updated: 2026-03-28
Chapter: 12話-4 幸せな偽の花嫁。秋の夜が、静かに明けた。運命の朝が、訪れた。リンテアル宮殿の礼拝堂。その後方にある重厚な双扉が、衛兵の手によって厳かに、左右同時へと押し開かれた。高く穿たれた大きな窓から差し込む秋の陽光は、まるで神の祝福がこぼれ落ちたかのように、聖域を神聖な輝きで満たしている。豪華な装飾が施された内装に、高らかに響き渡るパイプオルガンの音色。その旋律に導かれるように、聖なる純白のドレスに身を包んだシルヴィアと白の正礼装を纏ったハドリーが、光の中へと同時に足を一歩踏み出した。列席した招待客や貴族達が一斉に立ち上がり、どよめきにも似た感嘆の吐息が漏れる。本来、この皇国の習わしでは、新郎は祭壇で花嫁を待つものだ。けれどふたりは、対等な愛の証として、共に歩む道を選んだ。シルヴィアは中央の祭壇へと続く長い絨毯の道を見据え、一歩ずつ、ゆっくり進んでいく。その先に待つ、唯一無二の光――ハドリーに向かって。やがて、左肩にマントをかけ内側にタスキをかけた凛々しい立ち姿のハドリーが、視界に鮮明に映り込んだ。(やっと、お顔が見られた……)中央で歩みを止めた瞬間、ふたりの視線が深く絡み合う。ハドリーの端正な顔に、一瞬の驚きと、それを塗りつぶす程の深い慈しみが滲んだ。「……やっと会えた。綺麗だ、シルヴィア」「……殿下……っ」差し出されたハドリーの大きな掌。シルヴィアは込み上げる熱いものを懸命に堪え、震える指先をそっと重ねた。(……温かい)手袋越しにも伝わるハドリーの温もりが、胸の奥に澱(よど)んでいた不安を優しく溶かし、凪のような安らぎを運んでくる。腕を組むよりも密やかに、添えられた指先から伝わるのは、何よりも強固な絆だった。導くような、包み込むようなエスコート。凛とした姿勢でシルヴィアが歩む度、柔らかなピンクの長髪が流れ、聖姫の力に呼応するかのように、レースのロングベールが光を弾いて優雅な軌跡を描き、リボンの下に何
Last Updated: 2026-03-27
Chapter: 12話-3 幸せな偽の花嫁。* * * その夜、祝宴の喧騒を逃れ、シルヴィアはハドリーに導かれるようにして、月明かりが降り注ぐバルコニーへと抜け出した。 先程まで、華やかな光に満ちた広間でハドリーとダンスを披露した余韻が、熱が、未だに冷めず残っている。 「ようやく、ふたりきりになれたな」 夜風で僅かに翻るルファルの貴族衣装。月下に佇むその姿は、一幅の絵画のごとくあまりに美しく、シルヴィアは跳ねる鼓動を抑えることが出来ない。 それに傍らに立つルファルは先程までとはどこか違う気がした。 しばしの静寂に包まれた後、ルファルが決意を固めたかのように静かに口を開く。 「魔形の分身が帝都へ放たれたあの日、私は初めて己の動揺を知った。……そして、気付かされた。お前がもはや単なる『偽の花嫁』などではなく、私にとって代えがたい存在なのだと」 ハドリーは、逸らすことの出来ない真剣な眼差しでシルヴィアを見つめる。 「シルヴィア。世界の誰よりも、お前を愛している。……私の、真(まこと)の花嫁になってくれないか」 不意に溢れた愛の言葉と、あまりに切実な求婚。 視界が急激に潤み、熱いものが胸の奥からせり上がってくる。声を出そうとしても、零れるのは涙ばかりで言葉にならない。 けれど、この想いに応えたい一心で、シルヴィアはしがみつくようにハドリーを抱き締めた。 「はい……。私も、愛しております……殿下」 震える声で、けれど確かな意志を込めて応える。 するとそれを聞いたハドリーの腕に、いっそう強く抱き締められる。 まるで二度と離さぬと月に誓うかのように。 バルコニーに降り注ぐ月の光がふたりを優しく照らし出す。 夏の夜の、頬を撫でるような柔らかな風が、シルヴィアの髪飾りとハドリーの髪を結んだシルクのリボンを密やかに揺らしていた。 * * * そして、季節が移り変わり、秋。 婚礼の準備と聖姫や公爵令嬢としての教育に追われ、慌ただしい日々が過ぎていく。 最後にゆっくりと言葉を交わしたのは、あのプロポーズの夜のことだっただろうか。 シルヴィアがふと視線を向けた窓の外では、秋の澄み渡る月が、夜空を青白く、
Last Updated: 2026-03-26
Chapter: 12話-2 幸せな偽の花嫁。* * *邸宅に戻った夜、食事室には思い出の料理が並んだ。無事の帰還を喜ぶ護衛と使用人全員に温かく迎えられた後に心を込めて作った、かつて、ハドリーが初めて口にし、出立前にも食べた、あのチーズと共にパンと玉ねぎと鶏肉を焼いたものの上に薬草の花を散りばめた特別なシルヴィアの手料理。シルヴィアはハドリーと共にそれを食べる。「――美味しい。今宵の味はあの時よりもずっと温かく感じる。……約束、守れたな」低く、慈しみに満ちたハドリーの言葉が、そっとシルヴィアの心に触れる。すると、堰を切ったように瞳から大粒の涙が溢れ出した。「シルヴィア?」「取り乱してしまい、申し訳ありません……。ほっとして、嬉しくて涙がつい……」「……泣きたいだけ泣けばいい」ハドリーの深くて穏やかな、けれど決して揺るぎない眼差しがじっとシルヴィアを見つめる。「シルヴィア、お前がいてくれたからこそ、私は帰るべき場所を見失わずに済んだのだから。……もう、何処へも行きはしない。これからは、ずっとお前の傍にいよう」ハドリーの大きな手が、シルヴィアの頭を優しく包み込んだ。* * *3日という月日が瞬く間に流れ、陽光が穏やかに降り注ぐ午後のこと。皇帝の間では荘厳な静寂の中、ハドリーの受勲式、そしてシルヴィアの聖姫認定と令嬢式の儀が執り行われた。列席した皇后や公爵、伯爵といった貴顕(きけん)の方々の見守る視線が中央へと注がれる。豪奢な正装に身を包んだハドリーが恭しく頭を垂れると、皇帝の手から、眩い光を放つ黄金の大勲章がその胸元へと授けられた。続いて、フェリクス、フィオン、リゼルの3名も次々に進み出る。彼らの功績を称えるべく、銀の大勲章、騎士の称号、国に貢献した証の銅の勲章を順に下賜(かし)され、その他の騎士達も表彰され、広間には厳かな拍手の音が波紋のように広がっていった。その後、吐息ひとつ分の空白を経て、場が更なる緊張感に包まれる。凛
Last Updated: 2026-03-21
Chapter: 12話-1 幸せな偽の花嫁。* * * そうしてひとしきりハドリーと抱擁を交わした後。 目覚めたベルに抱きすくめられると、シルヴィアの強張っていた肩からようやく、はらりと力が抜ける。 「シルヴィア様……! ご無事で、本当に良かった……っ」 傍らではすでに意識が戻ったリゼルやフィオン、フェリクス、そして副騎士長と生き残った騎士達が安堵の溜息をついている。 「おふたりであの魔形を……」 「シルヴィア、聖姫になれたんだね。とても綺麗だ」 リゼルとフィオンが感嘆な声を零す中、フェリクスも静かに口を開く。 「ハドリー。……お前がいてくれて良かった」 「宮殿に向かうぞ」 副騎士長の号令に、生き残った騎士達が慌ただしく帰り支度を始め、ハドリーは自分の馬をリゼルに託し、シルヴィアの馬車へと乗り込む。 やがて、揺れる馬車の中、ハドリーの横顔を見つめる内に、シルヴィアの視界は次第に霞んでいく。 心地良い揺れに身を委ねるうちに、吸い込まれるような深い微睡みがシルヴィアを優しく包み込んだ。 * * * 宮殿に辿り着いたのはその、2日目の夕暮れ時だった。 黄金色の残光が回廊を照らす中、軍の家族や宮殿に仕える者 等が列をなし、音もなく深々と頭を下げる。 そんな静かな歓迎を受け、シルヴィアはハドリーと共に宮殿入りをし、皇帝の間へと向かった。 玉座につく皇帝とその隣に座る皇后の階段の前に、ハドリーが騎士の礼を取り、リリシアも同じく跪く。 「ハドリー・リンテアル、只今帰還致しました。当最終部隊、並びに聖姫の御力を似て、国境のゲートは無事に閉じられ、厄災の刻は収まりました。……フェリクスの部隊はほぼ壊滅、多大なる犠牲を払う結果となりましたが」 「そうか」 ハドリーの報告に皇帝は深く頷く。 「よくやった、ハドリー。お前に皇国の行く末を託した私の目に狂いはなかった」 「……勿体なきお言葉にございます」 「先のことは知れぬが、これでしばし、この皇国も安泰であろう」 皇帝の低く、重みのある声に続き、皇后が柔らかな笑みを浮かべ、シルヴィアを見つめた。 「シルヴィア、貴女もよく務
Last Updated: 2026-03-20
Chapter: 11話-4 愛を知る。* * *月が――――。互いにそう思った直後だった。ハドリーの目の前で、シルヴィアの包み纏っていたドレスが音を立てて引き裂かれ、彼女の身体は凄まじい光の炎に呑み込まれた。「……っ!」抱き起こされていた温もりが、唐突に消える。シルヴィアの手も彼女の頬に触れていた手のひらの指先も無慈悲に引き剥がされた。ハドリーの身体は、力なく地面へと崩れ落ちる。――ハドリーよ、月には気をつけよ。シルヴィアの命が危うい。彼女を傍に置くと決めて数日。皇帝に急ぎ呼び出され、告げられたあの不吉な言葉が今、鮮明に脳裏をよぎる。シルヴィアが、死んだ……?絶望という名の暗い淵に沈みかけた、その時だった。「あ……、……う……」光り輝く炎の向こうから、消え入りそうな、けれど確かなシルヴィアの声が聞こえた。(シルヴィアは、まだ、生きている)ならば、私だけがここで終わる訳にはいかない。「シル、ヴィア……っ」ハドリーは身を焼くような光を厭わず、最後の一滴まで力を振り絞って立ち上がった。そして、荒れ狂う光の炎ごと、愛しい彼女を強く抱き締める。「まだ、死なれては困る。……お前は、正真正銘、私の花嫁となるのだから」* * *意識が遠のく苦しみの中で、シルヴィアはふと、ハドリーの自分を呼ぶ声と温もりを感じる。(殿……下……?)混濁する意識の底から、記憶の糸が手繰り寄せられる。――そうだ。期限の2日前。父が亡き母と共に、月の下で「聖姫」の力を封印したのだと、ハドリーから聞かされていた。だから、月明かりの日に聖姫の力が封印されたのであるならば、このまま月明かりを全身に浴びることで覚醒出来るかもしれない。シルヴィアは光の炎に身を焦がしながら、天に浮かぶ
Last Updated: 2026-03-07
Chapter: 34話-5 月明かりの幸せ。月は今まで見た中で一番美しく、その輝きは穏やかな海面に降り注ぎ、波一つ一つを宝石のように煌かせ、遠くの水平線まで光の絨毯を広げていく。そして足元の岩場に咲く美しき花々は、月光を浴して白く輝き、まるで星々が地上に舞い降りたかのよう。と、美しき光景に心を奪われた時だった。後ろからエルバートに優しく包み込まれる。「ご、ご主人さま?」「今宵、お前とこのように美しき月を見られて本当に良かった」「はい。ご主人さま、月、綺麗ですね」「海も花も月の光で輝いています」こうしてしばらくの間、エルバートに包まれたまま月を眺め、やがてエルバートが手を離すと互いに向き合う。「ご主人さまにお伝えしたきことがあります。聞いて下さいますか?」「あぁ」「ご主人さまが家にご婚約の手紙を届けて下さらなければ、きっとこのような幸せな未来は訪れず、こんなに美しい月も見られなかったと思います」「だからご主人さま、ありがとうございます」「愛しております」(ご主人さまに、この感謝の想いが、愛がちゃんと伝わっただろうか――――)「フェリシア」「は、はい」「私もお前を愛している」「だからもう一度、あの時のように名前で呼んでくれないか?」あの時とは恐らく、初めての夜のことだろう。フェリシアは意を決し、エルバートを見つめる。「…………エルさま」月光の下で名を呼んだ瞬間、エルバートの唇が優しく触れる。とても温かいキスだった。エルバートが唇を離すと穏やかな笑みを零し、フェリシアも優しく微笑む。その後、フェリシアはエルバートと並んで浜辺の流木に座る。すると、どちらからともなく、自然に寄りかかり、肩が触れ合う。そして。(ご主人さまの、この暖かな温もりを、ずっと、ずっと、感じていたい――)と、心の中で思いながら、海を見つめた。どれだけそうしていただろう。フェリシアは昇る日の光で目を覚ました。いつの間にか眠
Last Updated: 2025-07-30
Chapter: 34話-4 月明かりの幸せ。「あの、ご主人さま? 魔は?」フェリシアは戸惑いながら問いかける。「やはりそう解釈したか。騙した形になってすまない」「私が婚約の手紙を出さなければ、こうしてお前とは出会えなかった」「だから同じように手紙でお前を呼び出すことにした」「お前とここの別荘で今宵、月を見ながら過ごしたくて」(だからいつもと違うお洒落な軍服を着ていたのね)フェリシアが心の中で納得すると、エルバートはフェリシアを離し、近くの別荘に目線を向ける。フェリシアもまた別荘を見ると、朧げではあるが、3歳まで両親と暮らしていた家と同じくらいの大きさの別荘があった。フェリシアは思わず涙する。「フェリシア、その」「もうっ」「ほんとうにすまなかった」「いえ、違うのです。生まれ育った家に帰れたようで嬉しくて……」「そうか」エルバートは安堵したようで、こちらをじっと見つめる。「フェリシア、ビーフシチューを作ってくれないか?」「はい、喜んで」フェリシアは承諾し微笑む。するとクォーツの馬車が遠ざかっていくのが見えた。フェリシアはエルバートとしばしの間馬車を見つめ、やがて馬車が完全に見えなくなると、フェリシアはエルバートと共に別荘まで歩いていく。そして、すぐさま温かみのある厨房でビーフシチューを作り始め、しばらくして完成した赤ワイン煮込みのビーフシチューを居間の木製の椅子に座るエルバートにお出しし、その隣の椅子に座る。すると窓から海が見えることに気づき、横長の机に並んだ状態で座ったまま、窓から時々海を見ながらそれぞれビーフシチューをスプーンですくって食べる。「やはり、お前のビーフシチューは美味いな」「あ、ありがとうございます」「だが、食べさせてくれたらもっと美味く感じるだろうな」(ま、まさか、ご主人さまが、あーんをご所望されるだなんて!)「わ、分かりました。では……」フェリシアはビーフシチューをスプーンで一口
Last Updated: 2025-07-29
Chapter: 34話-3 月明かりの幸せ。エルバートはユリシーズの封を解き、手紙を取り出し開く。エルバート帝爵、フェリシア嬢、この度はご結婚おめでとうございます。私はハロルドと共に牢を出て貧しい領土に追放され、その地の長と兵士として日々懸命に働いております。私共の命があるのはあなた方のおかげです。これからもおふたりの幸せを心より願っております。読み終わると、フェリシアの両目が潤む。「ユリシーズ殿下、ハロルド様と前を向かれていて良かった」「そうだな」エルバートはユリシーズの手紙をテーブルに置き、ローゼの封を解き、手紙を取り出し開ける。フェリシア、エルバート帝爵様とのご結婚おめでとう。あなたのおかげで毎日有意義に暮らせているわ。あなたは私の誇りよ。ラン、あなたの母もきっと喜んでいると思うわ。これからも頑張りなさいね。「これまでの謝罪もなしか」「良いんです、幸せに暮らせているのならそれで」「そうか、強くなったな」エルバートに頭をぽんと優しく叩かれ、フェリシアは微笑んだ。* * *そして、春が終わりを迎える日。エルバートをいつも通り玄関で待ち続けるも帰って来ない。隣のリリーシャに「エルバート様を驚かせましょう」と提案され、せっかく淡い色調の優雅なドレスを着てお洒落をしたのにこれでは意味がない。「フェリシア様、もうじき帰られますよ、きっと」「そうですね」リリーシャに言葉を返したその時。警備を兼ねながら庭の手入れをしていたクォーツが玄関から駆け入って来る。「只今、アルカディア宮殿の使いの者から手紙が」クォーツに手紙を差し出され受け取ると、その場で封を切って手紙を取り出し開く。至急、アルカディア宮殿付近の花海岸まで来て欲しい。手紙にはそのことだけが記されていた。(ご主人さまが手紙で助けを求めるということはよほどのこと)ルークス皇帝を乗っ取った魔よりも強い魔が現れ、窮地に立たされているとしか思えない。「クォーツさん、今からご
Last Updated: 2025-07-28
Chapter: 34話-2 月明かりの幸せ。* * *新婚5日目の早朝――廊下を駆ける足音が響く。「ご主人さま!」フェリシアはあるものを手に持ち、居間にいるエルバートまで駆けていくと、エルバートがこちらを見る。「フェリシア、どうした?」「先程廊下でディアムさんから頂きました」フェリシアは手に持っているものを差し出す。するとエルバートは受け取り、その一面を見る。「私達のパレードの様子が書かれた新聞か。完成したのだな」「まだ勤めまで時間がある。ここで共に見よう」「は、はい」返事をし、エルバートとソファーに並んで座るとエルバートが新聞を広げる。新聞には、自分とエルバートの姿がまるで絵画のように美しく愛に満ちた雰囲気で描かれていた。それだけに留まらず、『アルカディア皇国を救ったエルバート帝爵様と祓い姫のフェリシア嬢、壮大かつ幸せなパレードを披露! 世界をも超える祝福に涙!』との事が書かれており、嬉しさと恥ずかしさでいっぱいになる。「あ、あのご主人さま、ずっと気になっていたことが……」「なんだ?」「この結婚指輪は金でなくても大丈夫なのですか?」「あぁ、本来、貴族の結婚指輪は銀より価値の高い金で作るのが普通だ」「しかし、お前が私の髪の色が好きだと言ってくれた。それに応える為、金を銀に変えたのだ」(ご主人さま、わたしの為に……。嬉しいけれど……)「金を銀に変えたら貴族の指輪ではなくなるのでは……?」「あぁ、その通りだ。だから銀を使わず金に銀を混ぜて私の髪色に近いシルバーになるように特注で作ってくれとデザインを聞かれた時に頼み、出来たのがこの指輪だ」「そして、ダイヤも普通は輪の上に乗せるのだが、それだと引っ掛けたりして仕事にならない。よって指輪の中に埋め込むデザインにした」「それで満月のような形になったのですね」フェリシアは納得し、ふとエルバードから目線をずらすと、テーブルに置かれた2通の手紙に気づく。
Last Updated: 2025-07-27
Chapter: 34話-1 月明かりの幸せ。* * *幸せなど訪れない。ましてや愛されることなどないと思っていた。けれど――――。「フェリシア、こちらを見ろ」フェリシアは玄関の外の扉前で頭を上げる。するとエルバートは優しく微笑み、早朝から手作りした昼食のサンドイッチが入った包みを受け取る。けれどそれだけに留まらず。頬に手をそっと触れられ、とろけるような甘い口づけをされた。その上、ディアム、リリーシャ、ラズール、クォーツに暖かな微笑みで見守られ、フェリシアは恥ずかしさでいっぱいになる。エルバートの唇が離れると、フェリシアは少し怒気を帯びた目でエルバートを見つめた。「も、もうっ! ご主人さま、朝からこんなところでっ」「夜だったら良いのか?」フェリシアは昨日の初めての夜のことを、抱き枕にされながら眠りに落ちていたことを思い返し、ますます顔が熱くなる。するとエルバートはふっと和やかな顔で笑い、昼食の包みを鞄の中に入れる。「では行ってくる」「行ってらっしゃいませ」微笑むと、エルバートに頭を優しくぽんされた。エルバートの瞳から愛されているのが伝わってくる。ご婚約の手紙を受け入れるしかなく、エルバートに尽すことを心に強く誓った日を懐かしいとさえ思う。(わたしは今、こうして、愛に、幸せに包まれている)* * *その晩のことだった。エルバートは朝とはまるで違い、不機嫌な顔でディアムを連れて帰ってきた。理由を聞きたいけれど、とても聞ける雰囲気では…………。「フェリシア様、大丈夫ですよ」「昼食が妻の手作り、しかもハムとチーズ、鹿の干し肉、ゆで卵、レタス、トマトを挟んだサンドイッチでさすが新婚さんは違うと、カイやシルヴィオ、メイド達に冷やかされただけですから」ディアムがスラスラと説明すると、エルバートがディアムに冷ややかな殺気を放つ。「いつものことですからどうかお気になさらず」ディアムが笑顔でフェリシアに向けて言うと、エルバートは
Last Updated: 2025-07-26
Chapter: 33話-5 花嫁の誓い。「軍師長、ついに結婚したんですねー」「冷酷な鬼神のエルバートが結婚か。信じられないな」ふたりの言葉に続き、近づいて来たゼインとクランドールにまでも。「私も同感です。エルバート様、無事にご結婚出来て良かったですね」「全くだ。ほんとに結婚出来て良かったな」フェリシアは恐る恐るエルバートの顔を見る。するとエルバートは冷酷な表情をなんとか堪えていた。「エルバートよ、散々な言われようだな」ルークス皇帝がエルバートに声をかけ、側近と共に近づいてくる。「フェリシア嬢、ご結婚、おめでとう」側近があえて本当の父のように挨拶し、エルバートの表情が更に危うくなる。「あ、ありがとうございます」フェリシアが返すとルークス皇帝は、ふっ、と笑う。「ルークス皇帝、何が可笑しいのですか?」「エルバートよ、すまない。だが、本日はほんとうにめでたい」「我が本日この場に立つことが出来たのはお前達ふたりのおかげだ。感謝する」「そして、エルバート、フェリシア、おめでとう」「これからもふたり力を合わせ、光の道を歩んで行かれよ」フェリシアとエルバートは涙を堪えながら静かに頷いた。* * *その日の夜。ふたり用の部屋からバルコニーへ出て、月を見つめる。互いにお風呂は済ませたものの、エルバートの銀色の長髪は微かに濡れており、いつもよりも色香が増している。対して自分はただただ恥ずかしい。「フェリシア、疲れていないか?」「大丈夫です」「本当か?」フェリシアはこくんと頷く。するとエルバートは顔を近づけてくる。フェリシアもまた顔を近づけ、唇が優しく触れ合う。エルバートに髪を掻き分けられ、初めての深く長いキスが降り注がれる。倒れそうになるとエルバートが唇を離し、体を支えられる。「ここではやはり大丈夫ではないな」エルバートにお姫様抱っこをされ、フェリシアはエルバートに抱きつく。そして優しく部屋のベッドに座らされ
Last Updated: 2025-07-23
Chapter: 19話-3 光の下で。リリシアは胸が締め付けられるような想いでルファルを見つめる。(ルファル様……そんなにはっきりと、おふたりの前で……っ)リリシアの胸は言い知れない不安できゅうと締め付けられるのと同時に激しく波立った。――ずっと頭では分かっていたことだ。身分の不釣り合いなわたしではなく、『天の願いの力』を持ち合わせるラズエラ様こそがルファル様の花嫁となるのが相応しい、と。そしてラズエラ様こそが、ずっとルファル様の婚約者として定められているお方なのだから。どう考えても、血筋を重んじる母君様はきっと目の前に座る気高く美しいラズエラ様をお選びになるに違いない――――。「ラルファル、頭をお上げなさい」ヴァイオレットの落ち着いた声に促され、ルファルはゆっくりと顔を上げる。「……ですって、ラズエラ」ヴァイオレットが視線を向けると、ラズエラはどこか晴れやかな、そして優美な微笑みを浮かべた。「――はい。ルファル様のお考えをこうして直接お聞き出来て、本当に良かったですわ。……元よりわたくしは、身を引くつもりでしたから」「え……? ラズエラ、様……?」予想もしなかったその言葉に、リリシアは思わず信じられない思いで声を零した。「実は、あの世異に魂を奪われていた影響で……天の願いの力も奪われてしまったようで。わたくしの中の力が、すっかり失くなってしまったのです。ですのでもう、あの神秘の力は残っておりませんの」「そんな……取り返しのつかないことになってしまうなんて……ラズエラ様、わたしのせいで、ほんとうに申し訳ありません……っ」「謝罪などなさらないで。決してリリシア様のせいではありませんわ。……それに、なんの力もない今のわたくしでは、これからのルファル様のお力には到底なれません。ですから――リリシア様、どうかこれか
Last Updated: 2026-08-12
Chapter: 19話-2 光の下で。* * *それからの日々は、あまりにも目まぐるしく、まるで夢の中にいるようだった。秘密の部屋の扉が勢いよく開いたかと思うと、リリシアの意識が戻ったことを知ったエルシー達が次々と押し寄せて来た。「リリシアちゃん、良かったよぉ~っ!」エルシーはリリシアの胸に飛び込び、顔をぐしゃぐしゃにしながら、まるで子供のようにわんわんと泣きじゃくる。その温かさに胸が締め付けられると、アルベルトとリゼルが両手いっぱいの見舞いの品を抱えて近づいてきた。リリシアはそのふたりの姿に思わず圧倒される。「まずはしっかり栄養付けねぇとな!」「リリシアの為に、吟味して選んだんだ」アルベルトとリゼルは、次々と気遣いが込められた菓子や花等の見舞いの品をリリシアのベッド脇のテーブルへと積み上げていく。ふたりからの不器用な優しさに、思わず笑みが零れる。けれどそんなふたりを横目に、テオは腕を組みながら呆れたように大きく息を吐き出す。「全く、勝手に何日も眠りこけて、勝手に目を覚ましてんじゃねぇよ……!」あまりの剣幕に驚きつつも、その声音の端には確かな安堵が滲んでおり、どこかホッとしてしまう自分がいた。そんなリリシアにハノが静かに微笑んで声をかける。「リリシア、こうして目覚めてくれて、本当に良かった」「……ハノ様も、ありがとうございます」リリシアは胸がいっぱいになりながらも、やっとの思いでそう言葉を返した。その直後のことだった。再び扉が開く。少し遅れて訪れたユエリアの姿を見た瞬間、互いに言葉を失った。駆け寄ってきたユエリアとぎゅっと強く抱き合い、互いの温もりを確かめ合うように、ふたりはただ静かに涙を流す。そこへ訪れていたラズエラが気品ある佇まいで歩み寄り、そっと声をかけてくる。「リリシア様、ずっと心配しておりましたが……本当に良かったですわ」その美しい瞳が潤んでいるのを見て、胸が熱くなった。するとそこへ、ソフィラが温かい眼差しで近づいてくる。そして、手を握り、名を呼んだ。「リリシア様……」リリシアもすぐさま名を呼び返す。「ソフィラ、さん……」互いの名前を呼び合った瞬間、溢れる想いに堪えきれず、ふたりして涙ぐんでしまった。だが、それだけに留まらず驚くことに、今度は気高い気配と共に、側近を制したシャイン皇帝自らがこの部屋へ足を運ばれた。その神々しいお姿の
Last Updated: 2026-08-09
Chapter: 19話-1 光の下で。* * *深い眠りの底から、すぅっと光に導かれるかのように、リリシアは目を覚ました。月の光が、優しく窓辺を照らしている。――この天井に見覚えがある。ここは以前、宝石の魔術を体に馴染ませる儀式を済ませる為、シャイン皇帝が用意してくれた秘密の部屋。あの夜、確かにここで一晩を過ごしたのだと思い出す。ふと、手に優しい温もりを感じてそっと視線を向けた。そこには、両膝を床についたまま、自分の手をぎゅっと握り締めた状態で布団に顔を埋(うず)めて眠っているあの方の姿があった。「……ルファル、様……?」掠れた声で名前を呼ぶと、それに反応するようにルファルがゆっくりと瞼を持ち上げ、布団から身を起こした。「リリシア、良かった……ようやく目を覚ましたか」「よう、やく……?」「倒れてから、丸3日眠っていたのだぞ」驚きのあまり、リリシアは思わず目を見開いた。「丸3日も、ですか……?」「ああ。お前が倒れてからの宮殿は大変だった。この部屋に運び込んで寝かせた途端、エルシー達が一斉に詰めかけて大騒ぎになったかと思えば、ユエリアやラズエラ、ソフィラ、それにカイスまで酷く心配して駆けつける有様で……。挙句の果てには側近を制して入ってきたシャイン皇帝が自らお前を診て下さったのだからな」ルファルは、ふぅ、と小さく息を吐き出す。「シャイン皇帝のお言葉によれば、皆を癒やしたせいで月姫の力が急速に枯渇し、危険な状態ではあるものの、私の方から月の魔術を送り続ければいずれ目覚めるだろう、とのことだった。だから、ずっとこうしていた」「え……これまでずっと、ですか? ルファル様、お身体は大丈夫なのですかっ!?」リリシアは慌てて上半身を起こそうとする。けれどルファルが、すっと手を伸ばし、リリシアの背中を優しく支えながら起こした。「おい、無茶をして一人で起き上がろうとするな。お前
Last Updated: 2026-08-08
Chapter: 18話-4 覚醒、そして。そうして世異が完全に消滅した直後、リリシアの両掌に皆の魂が降りてきて――。気づけば、見慣れたフェリカディア宮殿の庭らしき場所に立っていた。「リリシア」不意に名を呼ばれて振り返ると、ルファルも同じ場所に立っていた。そして、その視線の先には――。騎士団の人々。ハノ。エルシー、ユエリア。テオ、アルベルト。リゼル、ラズエラ。カイス、ソフィラ、シャイン皇帝の側近。更にシャイン皇帝までもが雪の降り積もる冷たい地面に静かに倒れていた。その光景に胸がぎゅっと締め付けられる。「ルファル様、戻ってこられたのでしょうか?」「ああ。間違いなくここはフェリカディア宮殿の庭だ。リリシア、その魂を皆に」ルファルに促され、リリシアは頷き、あの温かな日常を取り戻す為、両掌をそっと天へと掲げた。すると、リリシアの掌から暖かな精霊の光を纏った魂たちが、それぞれの心の元へと優しく還ってゆく。それと同時に、月姫の力の光が天から雪降る庭へと降り注がれた。月姫の神聖な光に包まれると、皆の深い傷がみるみるうちに治っていく。不思議なことに、凍てつく地面の雪は嘘のように溶け、その跡から名も知らぬ美しき花々が芽吹いていく。そうして朝日が差し込む中、庭一面にその花が鮮やかに咲き誇った。「ルファル様、花が……こんなにも綺麗に……」「月姫の力の光の影響だろう。とても美しいな……」「はい……」夢のような景色をふたりで見つめながら、リリシアはようやく確信し、言葉を告げた。「ルファル様、全て、終わったの、ですね」「あぁ。ようやく全て終わった。……長かった」ほんとうに、そう呟きかけて、リリシアは言葉を失った。ルファルが、今まで見たこともない程に優しく、愛おしそうな瞳でこちらを見つめていたから。「――お前がいてくれたからこそ使命を果たすことが出来た。
Last Updated: 2026-08-07
Chapter: 18話-3 覚醒、そして。――――皆が、死んでしまった……? ルファルの身体に触れていたリリシアの手が、力なく冷たい床へと滑り落ちてゆく。 そんなはずが、ない。 夢だと、どうか嘘だと言って。 (皆様が、ルファル様を守る為に張った最後の結界が、あんな一瞬で破られてしまうなんて――) 「――リリシア、大丈夫だ」 そんな冷たい絶望の中、不意に耳に届いたのは、紛れもない、あの方の、ルファルの落ち着いた低い声だった。 縋(すが)るような、希望を見出すような思いでうつ伏せのまま少し顔を上げると、背中に気高い白い翼を広げたルファルが、息を呑む程に美しい姿で傍らから静かにリリシアを見下ろしていた。 「皆の魂の気配を奴の中から微かに感じる」 「で、では……?」 「まだ奴の中で“生きている”」 ルファルはそう告げると、優しくリリシアを抱き起こし、床に落ちていた月紐を拾い上げて、左の手首にしっかりと巻き付ける。 (ルファル様の月紐のおかげか……不思議と、あんなにも凄まじかった左肩の痛みが嘘のように引いていく……。それどころか、体の奥底から温かな力が湧き上がってくる……) この温もりを感じているだけで、心の震えが少しずつ収まっていくのが分かる。 「リリシア」 ルファルのその凛とした一言に、リリシアは力強く頷いた。 (もう怯えない。わたしも、ルファルと共に) ルファルと立ち上がり、今度は一層強く、清浄な光を宿した結界を彼の周りに張り巡らせる。どうか、わたしのこの光がルファル様を守り抜いてくれますように。「ルファル様」 リリシアの呼びかけに、ルファルは静かに頷き返してくれた。 気高い光の結界に包まれたまま、ルファルは悪鬼のような形相をした世異の元へと風を切るように飛んでいく。 そして、ルファルが剣を振り下ろすと同時に、夜空の月をなぞるように清浄で神々しいドラゴンが顕現する。 直後、ルファルがそのまま剣を横薙ぎに引くと、ドラゴンは禍々しい気配を放つ世異を鋭く睨(にら)み据えた。 すると世異は顔を歪め、言葉を吐き捨てる。 「光を放つな。奪おうとするな。壊そうとするな」 世異の姿は狂気に満ち溢れ、怒りを剥き出しにして更に続けて叫ぶ。 「私とリリシアの、ふたりきりの幸せな世界の訪れの、邪魔をするな!!」 狂気そのものの叫びと共に、世異は両手で剣を高く振り上げた。 その目
Last Updated: 2026-08-06
Chapter: 18話-2 覚醒、そして。* * * 床に冷たい倒れ込んだまま、リリシアはすぐ傍らにいるルファルの姿を見つめた。 目の前では、ルファルの姿をした偽者の男――世異が、片膝をついたルファルの額へとゆっくりと掌を近づけていく。 そして、世異の禍々しい掌が、ルファルの額に触れた瞬間。 「う、わああああああああ!!」 ルファルが激しく身を震わせ、苦悶に身をよじらせ絶叫した。 苦悶の声は玉座の間全体に響き渡り、その姿を見ただけで、胸が張り裂けそうになる。 (ルファル様っ……!)ルファル様を奪わないで。 どうか、この方をこれ以上苦しめないで。「このまま苦しみながら永久に眠れ」 世異の冷徹な声が冷たく響く。 「させ……ない……」 リリシアは震える手を必死に伸ばす。 冷たくなった指先を這わせてでも、リリシアはこの方に触れたかった。 「ルファル様は……わたしが、お守りします」 リリシアの指先がルファルの身体に触れた瞬間、胸の奥底から溢れ出た強い想いに応えるように、ふわりとルファルとリリシアの身体を優しく包み込む温かな光が広がった。 ルファルを守ろうとする清浄な結界が張り巡らされ、世異は舌打ちをして僅かに距離を取る。 「はぁ、リリ、シア、っ……」 リリシアを気遣うように紡がれたそのルファル声に、リリシアは胸がいっぱいになりながら、せめて安心してもらえるよう、優しく微笑みかけた。 大丈夫です、わたしがついていますから――そう伝えたくて。 「おのれリリシア、まだラルファルを守るか。リリシアに守られて情けない奴め」 吐き捨てるような世異の言葉に、床に倒れていたエルシーが悔し涙を流しながら泣き叫ぶ。 「ルファル様を馬鹿にしないでよぉ!」 エルシーの瞳から大粒の涙が零れ落ちる。 その声には震えが混じりながらも、誰よりも熱い想いが込められていた。 「ルファル様は最強魔術師! 誰よりも強いんだからぁ!!」 エルシーは絞り出すような叫びと共に、眩い星の魔術の精霊の光をルファルへと飛ばした。 「……っ、ルファル」 同じように床に倒れていたハクもまた、苦痛に耐えながらルファルの名を静かに、けれど強く呼び、海の魔術の青く美しい精霊の光を託す。 「隊長」 「受け取れ」 テオとアルベルトが、圧倒的な雷の魔術の精霊の光、そして鮮やかな焰の魔術の精霊の光を続けて放つ。 「僕らの
Last Updated: 2026-08-05