Chapter: 13話-3 再会の果てに。(約束の続き)ルファルの言葉の真意を理解するのに、そう時間はかからなかった。“……昨夜の続きは、帰って来てからだ。良いな”修行の地へ向かう直前、あの冷酷無慈悲と噂されるルファルが残した甘やかな約束。それを果たすことこそが、今の自分を信じてもらう唯一の証なのだと、ようやく悟る。――いよいよ、その時が来てしまった。羞恥で顔が熱く染まるのを自覚する。ルファルはリリシアをひょいと軽々と抱き上げると、お姫様抱っこの体勢のまま静かに窓辺へと歩いて行く。重厚なカーテンが夜風に揺れ、月明かりが窓枠を通して、床に白い模様を描いている。ルファルはリリシアを窓縁(まどべり)へと座らせると、両膝の間に片足を割り込ませ、逃げ場を塞ぐようにしてリリシアの前に立った。「っ……」こんな体勢のまま至近距離で見つめられ、リリシアの心臓が跳ね、音を立てる。窓の外には薄月が浮かび、まるでリリシアとルファルの影だけをこの窓枠(まどべり)という箱の中に閉じ込めてしまったかのよう。ルファルがゆっくりと顔を近づけてくる。リリシアはただ、瞳を閉じた。重なる唇。熱が、胸の奥でドキドキと心臓を叩く。やがてルファルが唇を離すと、その静かな声が響いた。「リリシア、月紐を解け」リリシアはただこくりと頷き、今朝ようやく執務に復帰するルファルの為に結んだ紐に指をかける。するりと紐が解けた瞬間、ルファルのさらさらとした髪が零れ落ちた。その紐をルファルは慣れた手つきで取り上げると、迷いなくリリシアの左手首に巻き付け、結び直す。それを合図にするかのように、再び唇が重なった。目をぼんやりと開けば、ルファルの大きな手が、リリシアの顎に触れる。そして。優しく、けれど絶対に拒めない力強さで顎を引き下げられる。「ぁ……」髪をかき分けられ、深く、深く、吸い込まれるような口づけ。互いに瞳を閉じれば、世界から音が消え、ただルファルという存在だけがリリシアの全てを塗り替えていく。やがてルファルが唇を離すと、抗いがたい衝動に駆られ、気づけばリリシアは自らルファルに口づけをしていた。されど唇を離したリリシアを見て、ルファルの表情が一変する。驚きに少しだけ口を開けたリリシアに、ルファルは再び、更に深い口づけを落とした。「ん、は……ぁっ……ルファ、も……」これ以上は、だめ。そう告げようとしたけれど、ルファルの深
Last Updated: 2026-06-28
Chapter: 13話-2 再会の果てに。* * *その夜、リリシアはルファルの寝室の前に佇んでいた。先程の夕食の席で、着替えを済ませたルファルは終始頑なに視線を逸らしていた。食後に背中越しに告げられた『夜、私の部屋へ来い』という簡潔な命が、冷えた廊下の空気に溶け込み、耳の奥で静かに響き続けている。ソフィラが淡々と用意してくれたのは、透ける程繊細な絹のネグリジェのようなドレスだった。まるで婚礼の夜を準備するかのような装いに、リリシアは気恥ずかしさと胸の高鳴りを隠せない。扉を前にして、心臓の音がうるさい程に響く。指先も微かに震え、扉を叩く勇気さえ出ない。けれどこのままではだめだと、意を決して、コン、と小さくノックしようとした瞬間。ガチャリと重厚な音を立てて扉が開いた。リリシアは驚いて不意に俯くも恐る恐る顔を上げる。そこに立っていたのは、乱れた貴族服を纏ったルファルだった。薄く胸元の開いた、無防備なその姿が両目に映った瞬間、リリシアは息を呑む。するとルファルは無表情のまま、僅かに眉を寄せると、「……そうだったな。これは不快だったか」と呟き、即座に衣を正した。――別邸の折、わたしがその姿に動揺し、すぐに扉を閉じてしまったことを覚えていらしたのですね……。「入れ」「……はい」促されるまま寝室へ足を踏み入れると、背後で扉が静かに閉ざされた。もうじき晩秋へ移り変わろうとしているというのに、この邸宅のルファルの寝室に入るのは初めてのことだった。広々とした寝室には、天蓋付きの大きなベッドがあり、その傍らの窓からは薄月が寂しげな光を投げかけていた。「……リリシア。私がお前の肩で眠ってしまったばかりか、数日の間、深い眠りに就いていたこと……すまなかった」ルファルはそう告げたが、やはりその瞳はリリシアと視線を合わせようとはしない。「いいえ、そのような……。ルファル様が剣を目覚めさせ、無事にお戻りになられただけで、わたしは……」「シャイン皇帝よりすでに聞いているが、アルベルトとテオの元での修行は無事に終えたそうだが、よく乗り越えたな。随分と酷使したのではないか」「……お恥ずかしい限りです。わたしの未熟ゆえ、おふたりには多大なるご迷惑をお掛け致しましたが……」ルファルは短く間を置くと、突然、視線を逸らした。「……テオの下での修行中、呪いが暴走したそうだな」不意に告げられた事実に
Last Updated: 2026-06-26
Chapter: 13話-1 再会の果てに。* * *やがてリリシアはルファルと共にハクヴィス邸の邸内に足を踏み入れる。すると、ソフィラや使用人達の温かな「お帰りなさいませ」という声が響いた。リリシアはルファルと歩みを進め、重厚な扉の向こう、陽の光が柔らかく差し込む居間で、ようやくふたりは2人きりの時間を手にした。「ルファル様」リリシアが名前を呼んだ、その時だった。ぽすっ、と柔らかな重みがリリシアの肩にかかる。ルファルが不意にその華奢な肩に、そっと顔を預けてきたのだ。その重みは驚く程軽く、ルファルがどれ程疲弊しているかを物語っていた。「ルファル、様……?」問いかけに応えはない。代わりに聞こえてくるのは、耳元で刻まれる穏やかな寝息だけだ。(……お眠りになられたのですね)自分はかろうじて休息を取れたが、ルファルは宮殿での報告を終え、邸宅に辿り着くまでの間、一睡もしていなかったに違いない。どれ程過酷な修行の日々であったのか。そのすーすーという規則的な呼吸に、リリシアは胸を締めつけられるような思いがした。「ルファル様、本当にお疲れ様でした」リリシアはただ静かに、その温もりを全身で受け入れた。* * *それから数日が過ぎた。ハクヴィス邸で深い眠りから目覚めたルファルは、ようやく今日から執務に復帰していた。山積みとなっていた書類を片付け終え、夕日が差し込む宮殿の執務室で、ルファルは重厚な椅子の背に深くもたれ、冷酷な眼差しをカイスへと向ける。シャイン皇帝へ剣の覚醒を報告した際、『ルファルよ、長き修行をよくぞ乗り越えた。前皇帝もさぞ喜んでいることだろう』と労いの言葉を頂いた。だが、肝心のリリシアの修行詳細については、まだ彼女から直接聞けていない。ゆえに、この場にカイスを呼んで聞く事にしたのだ。「――では、これよりリリシア様の修行内容について報告致します」カイスの淡々とした声が、静まり返った執務室に響く。カイスの報告によれば、不在の間、リリシアはアルベルトによって焰の青き檻に閉じ込められ、幾度も打ちのめされ、何度も力尽き倒れた。その都度、カイスとアルベルトの手によって運び出されていたという。更に、テオによる首絞め。雷柱への拘束と生贄の強要。そして、雷の魔術によって作り出された「もう一人の自分」による蹂躙(じゅうりん)――。聞くに堪えない痛ましい所業の数々に、ルファ
Last Updated: 2026-06-25
Chapter: 12話-10 抱えて、抱き締めて。リリシアの首元で、ネックレスが神聖な輝きを放ち始める。かつての苦しみさえもその身に抱えたまま、もう一人のリリシアは、淡い霧となって清らかに浄化されていった。すると、その一部始終を眺めていたテオが、呆れたような、けれどどこか隠しきれない驚愕の色をその瞳に浮かべ、気だるげに歩み寄ってくる。「……まさか、結界も張らずに浄化するとはな。……それに、わたしには光がある、だぁ? 俺までその光の中に含まれるってのか」リリシアは穏やかに微笑み、真っ直ぐにテオを見つめた。「はい。テオ様が……貴方が、折れそうなわたしの心を繋ぎ止めて下さらなかったら、乗り超えることは出来ませんでした。……心から、感謝致します」テオはわざとらしくそっぽを向く。「礼とか別に要らねぇ……これで、全ての修行は終わりだ」――――ああ。やっと。やっと、わたしは全てを受け入れ、合格出来たのだ「シャイン皇帝には、俺から伝達しておいてやる。だからとっとと帰りやがれ。……っておい、聞いてんのか――」テオが振り返った瞬間、世界がぐらりと大きく揺らいだ。膝から力が抜け、意識が遠のく。身体が前のめりに崩れ落ちるその瞬間、テオの細くも力強い腕が、リリシアの身体を強く抱き留めた。「おい……っ! ……ったく、熱すぎんだろ」額に触れたテオの指先は、思いのほか不器用で、冷たかった。「昨日の無理に加えて、今まで溜め込んできた疲労が一気に出たか」テオは、はーっとと短く溜息を吐き捨てる。「……たくっ、最後の最後まで。本当に、手の掛かるおもりだ」毒づくその言葉さえ、今のリリシアには遠く、心地よい安らぎとなって心を優しく包み込んでいた。* * *――夜。ルファルは灯台の見える空中に身を浮かべていた。剣の封印を解いて以来、ドラゴンの気配に
Last Updated: 2026-06-24
Chapter: 12話-9 抱えて、抱き締めて。* * *翌日の午後、リリシアはエクレール邸のベッドで目を覚ました。夢の余韻に微睡みながら、そっと手探りで探した指先には、もうあの冷たい掌の温もりはない。テオに手を添えられ、確かに眠りに就いたはずなのに。まるで最初から存在しなかったかのように、傍は静まり返っていた。あの独り言さえ、全て夢だったのだろうか。重い身体を起こすと、窓からサァッと吹き込んだ秋風がカーテンとリリシアの長い髪を揺らした。少しだけ開いた窓。――ああ、夢ではないのだわ。テオ様は、確かにわたしと共に、この場所にいた。他人に弱みを見せることを極端に嫌い、同情をも忌み嫌うテオが、わたしにその心を吐露した。まるで「お前だけが特別に不幸なわけではない」と、だから大丈夫なのだと、不器用に寄り添うように。「……テオ様。わたし、必ず乗り越えてみせます」リリシアは身なりを整え、僅かな食事を取ると、修行場へと向かった。やがて、テオがその場でリリシアの幻影を作り出し、リリシアと対峙させる。直後、もう一人のリリシアが電撃を加速させ、鋭い刃を繋いだ長き鞭が容赦なく放たれた。リリシアは必死に清浄なる結界を展開し、それを弾き返す。「……これが最後の命令だ。その幻影を消せ」乾いた秋風に乗って、テオの冷ややかな宣告が響く。最後の命令。けれど、心が痛む。己そのものである幻影を、この手で消すことなど――やっぱり、どうしても出来ない。――どんなに歪んでいても、それはわたし自身。傷つけることなど、出来るはずがない。だから、わたしは結界を張ることをやめた。もう一人の自分へ、ひたむきに駆け出す。だが、閃光が視界を灼(や)き、鞭が右頬を切り裂く。頬に熱い痛みが走った。それでもリリシアはただ真っ直ぐに、己の幻影を見つめて足を止めない。 ――わたしという存在が、ずっと呪いだった。恐ろしかった。出口のない深い沼。終わりなき絶望。姉が呪いに伏したのはわたしの儀式を行ったせい。母に「月影」と蔑まれ、父からさえ冷たい視線を向けられ、まるでそこに存在しないかのように存在を疎まれたのは、全てわたしのせい。幼き頃からずっと、暗闇の中、独りきりで自分自身を責め、鋭い棘で心を切り裂き続けてきた。けれど――今は。わたしの映る世界には、ルファル様がいる。シャイン皇帝、カイス、ソフィラ、そして、魔術師の
Last Updated: 2026-06-23
Chapter: 12話-8 抱えて、抱き締めて。お願い、どうか、わたしを――。この終わらない闇から、救い出して。あふれ出す心音の叫びさえも、テオには届いたのだろうか。テオはリリシアの心ごと強く抱き締めた。「……黙って俺に抱かれてろ」その言葉の直後。静寂を切り裂くように夜空でパリ、と鋭い音が鳴り――ドォンという轟音と共に雷が雲を切り裂き、この場だけを覆い隠すように月の光を夜空の裏側へと消し去った。深い暗闇が夜空を包み込む中、テオの腕の中で震えていたリリシアの呼吸が、少しずつ、穏やかさを取り戻していく。けれど、テオの胸元に触れたままの指先が微かに震えたままで、どうしても両手を離すことが出来ない。この温もりを失えば、再びあの呪いの闇へ引き戻される気がして。「どうやら、まだ甘え足りねぇみたいだな」息を吐き捨てる声が、頭上から降ってくる。「お前を消したがっている奴が、夜の闇に紛れてまだ殺気を飛ばしてやがる。このまま帰宅させるのは危ねぇ。今夜は俺の邸宅に泊まれ」その力強い命に、拒絶など出来るはずもなかった。頷くも戸惑うリリシアをよそに、テオはリリシアの両手を胸元から解き、背を向ける。「……テオ、様?」「歩けねぇだろ。おぶってやる、早く肩に掴まれ」ためらいながらも、テオに言われるがまま、その両肩にだらりと両手を乗せる。するとテオは迷いなく立ち上がり、中庭へと続く扉に向かって歩き出す。そして開けた扉の外で待機していたカイスにテオが短く指示を飛ばすと、リリシアはテオの背中に守られたまま、エクレール邸の一室へと運ばれていく。やがて一室の中に入り、カイスの手によって扉が静かに閉められる。室内にはふたりきりの静寂が満ちた。テオはベッドへリリシアを丁寧に下ろす。けれど――。「……っ」ベッドの端で、テオが急に右手で自身の口を覆い、シーツに左の掌を突き立てた。ギシッ、とベッドが軋(きし)む。直後、テオの突いた手は震え、支えきれなくなった体はぐらつき、ドサリ、という鈍い音を立てて、そのまま崩れ落ちた。テオはまるで深い淵に沈むように、リリシアとの間に僅かな隙間を残したまま倒れ込む。「……チッ。雷の魔術切れか」自嘲に満ちた毒づきが響く。「テオ、様……っ」リリシアが弱々しく呼びかけ、起き上がろうとした。しかし、身体には鉛のような重さがあり、力が入らない。テオは限界に抗う瞳をリリシア
Last Updated: 2026-06-21
Chapter: 12話-5 幸せな偽の花嫁。* * *幸せな婚礼の儀がつつがなく執り行われ、シルヴィアはハドリーに導かれるまま、宮殿のバルコニーへと移る。視界に飛び込んできたのは、夢の続きをそのまま色彩に写し取ったかのような、あまりに鮮やかな光景だった。傍らに立つ皇帝と皇后が、慈愛に満ちた眼差しをふたりへと注ぐ。「おめでとう、ハドリー。そしてシルヴィア、我が皇国へようこそ。……今日からそなたは、我の娘だ」重厚な皇帝の祝辞に続き、皇后もまた、春の陽だまりのような微笑みを浮かべた。「末永く、幸せにおなりなさい。あなた達は、この国の希望の光なのですから」ふたりが皇宮前広場を見下ろす手すり際へ歩み出ると、地鳴りのような大歓声が天を突いた。視界の限りを埋め尽くす民衆が、新しい皇太子夫妻を祝福し、熱狂の中で手を振っている。(ああ、皆が笑っている……)これ程までに、自分を祝福してくれている。かつての自分を拒絶し、蔑む者など、ここには誰一人としていないのだ。ただ、純粋な祝福の熱だけがそこにあった。胸の奥から熱いものがせり上がり、シルヴィアの両目から大粒の涙が溢れ出した。それは悲しみではなく、あまりに眩い幸福に触れたゆえの雫だった。その後、色とりどりの花々に彩られた、荘厳な大階段へと移動する。ハドリーが恭しく差し出した掌に、シルヴィアは震える指先をそっと重ねた。皇帝と皇后が静かに見守る中、ふたりはゆっくりと一段ずつ、未来を確かめるように降りていく。柔らかな光を吸い込んで煌めくドレスの裾が、波のように優雅に流れる。「シルヴィア様、本当におめでとうございます」「殿下、どうかお幸せに」「ルファル……。ゆめゆめ、その手を離すな」「シルヴィア……心から、おめでとう」階段の傍らから親愛に満ちた眼差しを向けるベル、リゼル、フェリクス、フィオン……そんな愛する者達の声に背を押されるようにして、ふたりは宮殿の外へと踏み出した。
Last Updated: 2026-03-28
Chapter: 12話-4 幸せな偽の花嫁。秋の夜が、静かに明けた。運命の朝が、訪れた。リンテアル宮殿の礼拝堂。その後方にある重厚な双扉が、衛兵の手によって厳かに、左右同時へと押し開かれた。高く穿たれた大きな窓から差し込む秋の陽光は、まるで神の祝福がこぼれ落ちたかのように、聖域を神聖な輝きで満たしている。豪華な装飾が施された内装に、高らかに響き渡るパイプオルガンの音色。その旋律に導かれるように、聖なる純白のドレスに身を包んだシルヴィアと白の正礼装を纏ったハドリーが、光の中へと同時に足を一歩踏み出した。列席した招待客や貴族達が一斉に立ち上がり、どよめきにも似た感嘆の吐息が漏れる。本来、この皇国の習わしでは、新郎は祭壇で花嫁を待つものだ。けれどふたりは、対等な愛の証として、共に歩む道を選んだ。シルヴィアは中央の祭壇へと続く長い絨毯の道を見据え、一歩ずつ、ゆっくり進んでいく。その先に待つ、唯一無二の光――ハドリーに向かって。やがて、左肩にマントをかけ内側にタスキをかけた凛々しい立ち姿のハドリーが、視界に鮮明に映り込んだ。(やっと、お顔が見られた……)中央で歩みを止めた瞬間、ふたりの視線が深く絡み合う。ハドリーの端正な顔に、一瞬の驚きと、それを塗りつぶす程の深い慈しみが滲んだ。「……やっと会えた。綺麗だ、シルヴィア」「……殿下……っ」差し出されたハドリーの大きな掌。シルヴィアは込み上げる熱いものを懸命に堪え、震える指先をそっと重ねた。(……温かい)手袋越しにも伝わるハドリーの温もりが、胸の奥に澱(よど)んでいた不安を優しく溶かし、凪のような安らぎを運んでくる。腕を組むよりも密やかに、添えられた指先から伝わるのは、何よりも強固な絆だった。導くような、包み込むようなエスコート。凛とした姿勢でシルヴィアが歩む度、柔らかなピンクの長髪が流れ、聖姫の力に呼応するかのように、レースのロングベールが光を弾いて優雅な軌跡を描き、リボンの下に何
Last Updated: 2026-03-27
Chapter: 12話-3 幸せな偽の花嫁。* * * その夜、祝宴の喧騒を逃れ、シルヴィアはハドリーに導かれるようにして、月明かりが降り注ぐバルコニーへと抜け出した。 先程まで、華やかな光に満ちた広間でハドリーとダンスを披露した余韻が、熱が、未だに冷めず残っている。 「ようやく、ふたりきりになれたな」 夜風で僅かに翻るルファルの貴族衣装。月下に佇むその姿は、一幅の絵画のごとくあまりに美しく、シルヴィアは跳ねる鼓動を抑えることが出来ない。 それに傍らに立つルファルは先程までとはどこか違う気がした。 しばしの静寂に包まれた後、ルファルが決意を固めたかのように静かに口を開く。 「魔形の分身が帝都へ放たれたあの日、私は初めて己の動揺を知った。……そして、気付かされた。お前がもはや単なる『偽の花嫁』などではなく、私にとって代えがたい存在なのだと」 ハドリーは、逸らすことの出来ない真剣な眼差しでシルヴィアを見つめる。 「シルヴィア。世界の誰よりも、お前を愛している。……私の、真(まこと)の花嫁になってくれないか」 不意に溢れた愛の言葉と、あまりに切実な求婚。 視界が急激に潤み、熱いものが胸の奥からせり上がってくる。声を出そうとしても、零れるのは涙ばかりで言葉にならない。 けれど、この想いに応えたい一心で、シルヴィアはしがみつくようにハドリーを抱き締めた。 「はい……。私も、愛しております……殿下」 震える声で、けれど確かな意志を込めて応える。 するとそれを聞いたハドリーの腕に、いっそう強く抱き締められる。 まるで二度と離さぬと月に誓うかのように。 バルコニーに降り注ぐ月の光がふたりを優しく照らし出す。 夏の夜の、頬を撫でるような柔らかな風が、シルヴィアの髪飾りとハドリーの髪を結んだシルクのリボンを密やかに揺らしていた。 * * * そして、季節が移り変わり、秋。 婚礼の準備と聖姫や公爵令嬢としての教育に追われ、慌ただしい日々が過ぎていく。 最後にゆっくりと言葉を交わしたのは、あのプロポーズの夜のことだっただろうか。 シルヴィアがふと視線を向けた窓の外では、秋の澄み渡る月が、夜空を青白く、
Last Updated: 2026-03-26
Chapter: 12話-2 幸せな偽の花嫁。* * *邸宅に戻った夜、食事室には思い出の料理が並んだ。無事の帰還を喜ぶ護衛と使用人全員に温かく迎えられた後に心を込めて作った、かつて、ハドリーが初めて口にし、出立前にも食べた、あのチーズと共にパンと玉ねぎと鶏肉を焼いたものの上に薬草の花を散りばめた特別なシルヴィアの手料理。シルヴィアはハドリーと共にそれを食べる。「――美味しい。今宵の味はあの時よりもずっと温かく感じる。……約束、守れたな」低く、慈しみに満ちたハドリーの言葉が、そっとシルヴィアの心に触れる。すると、堰を切ったように瞳から大粒の涙が溢れ出した。「シルヴィア?」「取り乱してしまい、申し訳ありません……。ほっとして、嬉しくて涙がつい……」「……泣きたいだけ泣けばいい」ハドリーの深くて穏やかな、けれど決して揺るぎない眼差しがじっとシルヴィアを見つめる。「シルヴィア、お前がいてくれたからこそ、私は帰るべき場所を見失わずに済んだのだから。……もう、何処へも行きはしない。これからは、ずっとお前の傍にいよう」ハドリーの大きな手が、シルヴィアの頭を優しく包み込んだ。* * *3日という月日が瞬く間に流れ、陽光が穏やかに降り注ぐ午後のこと。皇帝の間では荘厳な静寂の中、ハドリーの受勲式、そしてシルヴィアの聖姫認定と令嬢式の儀が執り行われた。列席した皇后や公爵、伯爵といった貴顕(きけん)の方々の見守る視線が中央へと注がれる。豪奢な正装に身を包んだハドリーが恭しく頭を垂れると、皇帝の手から、眩い光を放つ黄金の大勲章がその胸元へと授けられた。続いて、フェリクス、フィオン、リゼルの3名も次々に進み出る。彼らの功績を称えるべく、銀の大勲章、騎士の称号、国に貢献した証の銅の勲章を順に下賜(かし)され、その他の騎士達も表彰され、広間には厳かな拍手の音が波紋のように広がっていった。その後、吐息ひとつ分の空白を経て、場が更なる緊張感に包まれる。凛
Last Updated: 2026-03-21
Chapter: 12話-1 幸せな偽の花嫁。* * * そうしてひとしきりハドリーと抱擁を交わした後。 目覚めたベルに抱きすくめられると、シルヴィアの強張っていた肩からようやく、はらりと力が抜ける。 「シルヴィア様……! ご無事で、本当に良かった……っ」 傍らではすでに意識が戻ったリゼルやフィオン、フェリクス、そして副騎士長と生き残った騎士達が安堵の溜息をついている。 「おふたりであの魔形を……」 「シルヴィア、聖姫になれたんだね。とても綺麗だ」 リゼルとフィオンが感嘆な声を零す中、フェリクスも静かに口を開く。 「ハドリー。……お前がいてくれて良かった」 「宮殿に向かうぞ」 副騎士長の号令に、生き残った騎士達が慌ただしく帰り支度を始め、ハドリーは自分の馬をリゼルに託し、シルヴィアの馬車へと乗り込む。 やがて、揺れる馬車の中、ハドリーの横顔を見つめる内に、シルヴィアの視界は次第に霞んでいく。 心地良い揺れに身を委ねるうちに、吸い込まれるような深い微睡みがシルヴィアを優しく包み込んだ。 * * * 宮殿に辿り着いたのはその、2日目の夕暮れ時だった。 黄金色の残光が回廊を照らす中、軍の家族や宮殿に仕える者 等が列をなし、音もなく深々と頭を下げる。 そんな静かな歓迎を受け、シルヴィアはハドリーと共に宮殿入りをし、皇帝の間へと向かった。 玉座につく皇帝とその隣に座る皇后の階段の前に、ハドリーが騎士の礼を取り、リリシアも同じく跪く。 「ハドリー・リンテアル、只今帰還致しました。当最終部隊、並びに聖姫の御力を似て、国境のゲートは無事に閉じられ、厄災の刻は収まりました。……フェリクスの部隊はほぼ壊滅、多大なる犠牲を払う結果となりましたが」 「そうか」 ハドリーの報告に皇帝は深く頷く。 「よくやった、ハドリー。お前に皇国の行く末を託した私の目に狂いはなかった」 「……勿体なきお言葉にございます」 「先のことは知れぬが、これでしばし、この皇国も安泰であろう」 皇帝の低く、重みのある声に続き、皇后が柔らかな笑みを浮かべ、シルヴィアを見つめた。 「シルヴィア、貴女もよく務
Last Updated: 2026-03-20
Chapter: 11話-4 愛を知る。* * *月が――――。互いにそう思った直後だった。ハドリーの目の前で、シルヴィアの包み纏っていたドレスが音を立てて引き裂かれ、彼女の身体は凄まじい光の炎に呑み込まれた。「……っ!」抱き起こされていた温もりが、唐突に消える。シルヴィアの手も彼女の頬に触れていた手のひらの指先も無慈悲に引き剥がされた。ハドリーの身体は、力なく地面へと崩れ落ちる。――ハドリーよ、月には気をつけよ。シルヴィアの命が危うい。彼女を傍に置くと決めて数日。皇帝に急ぎ呼び出され、告げられたあの不吉な言葉が今、鮮明に脳裏をよぎる。シルヴィアが、死んだ……?絶望という名の暗い淵に沈みかけた、その時だった。「あ……、……う……」光り輝く炎の向こうから、消え入りそうな、けれど確かなシルヴィアの声が聞こえた。(シルヴィアは、まだ、生きている)ならば、私だけがここで終わる訳にはいかない。「シル、ヴィア……っ」ハドリーは身を焼くような光を厭わず、最後の一滴まで力を振り絞って立ち上がった。そして、荒れ狂う光の炎ごと、愛しい彼女を強く抱き締める。「まだ、死なれては困る。……お前は、正真正銘、私の花嫁となるのだから」* * *意識が遠のく苦しみの中で、シルヴィアはふと、ハドリーの自分を呼ぶ声と温もりを感じる。(殿……下……?)混濁する意識の底から、記憶の糸が手繰り寄せられる。――そうだ。期限の2日前。父が亡き母と共に、月の下で「聖姫」の力を封印したのだと、ハドリーから聞かされていた。だから、月明かりの日に聖姫の力が封印されたのであるならば、このまま月明かりを全身に浴びることで覚醒出来るかもしれない。シルヴィアは光の炎に身を焦がしながら、天に浮かぶ
Last Updated: 2026-03-07
Chapter: 34話-5 月明かりの幸せ。月は今まで見た中で一番美しく、その輝きは穏やかな海面に降り注ぎ、波一つ一つを宝石のように煌かせ、遠くの水平線まで光の絨毯を広げていく。そして足元の岩場に咲く美しき花々は、月光を浴して白く輝き、まるで星々が地上に舞い降りたかのよう。と、美しき光景に心を奪われた時だった。後ろからエルバートに優しく包み込まれる。「ご、ご主人さま?」「今宵、お前とこのように美しき月を見られて本当に良かった」「はい。ご主人さま、月、綺麗ですね」「海も花も月の光で輝いています」こうしてしばらくの間、エルバートに包まれたまま月を眺め、やがてエルバートが手を離すと互いに向き合う。「ご主人さまにお伝えしたきことがあります。聞いて下さいますか?」「あぁ」「ご主人さまが家にご婚約の手紙を届けて下さらなければ、きっとこのような幸せな未来は訪れず、こんなに美しい月も見られなかったと思います」「だからご主人さま、ありがとうございます」「愛しております」(ご主人さまに、この感謝の想いが、愛がちゃんと伝わっただろうか――――)「フェリシア」「は、はい」「私もお前を愛している」「だからもう一度、あの時のように名前で呼んでくれないか?」あの時とは恐らく、初めての夜のことだろう。フェリシアは意を決し、エルバートを見つめる。「…………エルさま」月光の下で名を呼んだ瞬間、エルバートの唇が優しく触れる。とても温かいキスだった。エルバートが唇を離すと穏やかな笑みを零し、フェリシアも優しく微笑む。その後、フェリシアはエルバートと並んで浜辺の流木に座る。すると、どちらからともなく、自然に寄りかかり、肩が触れ合う。そして。(ご主人さまの、この暖かな温もりを、ずっと、ずっと、感じていたい――)と、心の中で思いながら、海を見つめた。どれだけそうしていただろう。フェリシアは昇る日の光で目を覚ました。いつの間にか眠
Last Updated: 2025-07-30
Chapter: 34話-4 月明かりの幸せ。「あの、ご主人さま? 魔は?」フェリシアは戸惑いながら問いかける。「やはりそう解釈したか。騙した形になってすまない」「私が婚約の手紙を出さなければ、こうしてお前とは出会えなかった」「だから同じように手紙でお前を呼び出すことにした」「お前とここの別荘で今宵、月を見ながら過ごしたくて」(だからいつもと違うお洒落な軍服を着ていたのね)フェリシアが心の中で納得すると、エルバートはフェリシアを離し、近くの別荘に目線を向ける。フェリシアもまた別荘を見ると、朧げではあるが、3歳まで両親と暮らしていた家と同じくらいの大きさの別荘があった。フェリシアは思わず涙する。「フェリシア、その」「もうっ」「ほんとうにすまなかった」「いえ、違うのです。生まれ育った家に帰れたようで嬉しくて……」「そうか」エルバートは安堵したようで、こちらをじっと見つめる。「フェリシア、ビーフシチューを作ってくれないか?」「はい、喜んで」フェリシアは承諾し微笑む。するとクォーツの馬車が遠ざかっていくのが見えた。フェリシアはエルバートとしばしの間馬車を見つめ、やがて馬車が完全に見えなくなると、フェリシアはエルバートと共に別荘まで歩いていく。そして、すぐさま温かみのある厨房でビーフシチューを作り始め、しばらくして完成した赤ワイン煮込みのビーフシチューを居間の木製の椅子に座るエルバートにお出しし、その隣の椅子に座る。すると窓から海が見えることに気づき、横長の机に並んだ状態で座ったまま、窓から時々海を見ながらそれぞれビーフシチューをスプーンですくって食べる。「やはり、お前のビーフシチューは美味いな」「あ、ありがとうございます」「だが、食べさせてくれたらもっと美味く感じるだろうな」(ま、まさか、ご主人さまが、あーんをご所望されるだなんて!)「わ、分かりました。では……」フェリシアはビーフシチューをスプーンで一口
Last Updated: 2025-07-29
Chapter: 34話-3 月明かりの幸せ。エルバートはユリシーズの封を解き、手紙を取り出し開く。エルバート帝爵、フェリシア嬢、この度はご結婚おめでとうございます。私はハロルドと共に牢を出て貧しい領土に追放され、その地の長と兵士として日々懸命に働いております。私共の命があるのはあなた方のおかげです。これからもおふたりの幸せを心より願っております。読み終わると、フェリシアの両目が潤む。「ユリシーズ殿下、ハロルド様と前を向かれていて良かった」「そうだな」エルバートはユリシーズの手紙をテーブルに置き、ローゼの封を解き、手紙を取り出し開ける。フェリシア、エルバート帝爵様とのご結婚おめでとう。あなたのおかげで毎日有意義に暮らせているわ。あなたは私の誇りよ。ラン、あなたの母もきっと喜んでいると思うわ。これからも頑張りなさいね。「これまでの謝罪もなしか」「良いんです、幸せに暮らせているのならそれで」「そうか、強くなったな」エルバートに頭をぽんと優しく叩かれ、フェリシアは微笑んだ。* * *そして、春が終わりを迎える日。エルバートをいつも通り玄関で待ち続けるも帰って来ない。隣のリリーシャに「エルバート様を驚かせましょう」と提案され、せっかく淡い色調の優雅なドレスを着てお洒落をしたのにこれでは意味がない。「フェリシア様、もうじき帰られますよ、きっと」「そうですね」リリーシャに言葉を返したその時。警備を兼ねながら庭の手入れをしていたクォーツが玄関から駆け入って来る。「只今、アルカディア宮殿の使いの者から手紙が」クォーツに手紙を差し出され受け取ると、その場で封を切って手紙を取り出し開く。至急、アルカディア宮殿付近の花海岸まで来て欲しい。手紙にはそのことだけが記されていた。(ご主人さまが手紙で助けを求めるということはよほどのこと)ルークス皇帝を乗っ取った魔よりも強い魔が現れ、窮地に立たされているとしか思えない。「クォーツさん、今からご
Last Updated: 2025-07-28
Chapter: 34話-2 月明かりの幸せ。* * *新婚5日目の早朝――廊下を駆ける足音が響く。「ご主人さま!」フェリシアはあるものを手に持ち、居間にいるエルバートまで駆けていくと、エルバートがこちらを見る。「フェリシア、どうした?」「先程廊下でディアムさんから頂きました」フェリシアは手に持っているものを差し出す。するとエルバートは受け取り、その一面を見る。「私達のパレードの様子が書かれた新聞か。完成したのだな」「まだ勤めまで時間がある。ここで共に見よう」「は、はい」返事をし、エルバートとソファーに並んで座るとエルバートが新聞を広げる。新聞には、自分とエルバートの姿がまるで絵画のように美しく愛に満ちた雰囲気で描かれていた。それだけに留まらず、『アルカディア皇国を救ったエルバート帝爵様と祓い姫のフェリシア嬢、壮大かつ幸せなパレードを披露! 世界をも超える祝福に涙!』との事が書かれており、嬉しさと恥ずかしさでいっぱいになる。「あ、あのご主人さま、ずっと気になっていたことが……」「なんだ?」「この結婚指輪は金でなくても大丈夫なのですか?」「あぁ、本来、貴族の結婚指輪は銀より価値の高い金で作るのが普通だ」「しかし、お前が私の髪の色が好きだと言ってくれた。それに応える為、金を銀に変えたのだ」(ご主人さま、わたしの為に……。嬉しいけれど……)「金を銀に変えたら貴族の指輪ではなくなるのでは……?」「あぁ、その通りだ。だから銀を使わず金に銀を混ぜて私の髪色に近いシルバーになるように特注で作ってくれとデザインを聞かれた時に頼み、出来たのがこの指輪だ」「そして、ダイヤも普通は輪の上に乗せるのだが、それだと引っ掛けたりして仕事にならない。よって指輪の中に埋め込むデザインにした」「それで満月のような形になったのですね」フェリシアは納得し、ふとエルバードから目線をずらすと、テーブルに置かれた2通の手紙に気づく。
Last Updated: 2025-07-27
Chapter: 34話-1 月明かりの幸せ。* * *幸せなど訪れない。ましてや愛されることなどないと思っていた。けれど――――。「フェリシア、こちらを見ろ」フェリシアは玄関の外の扉前で頭を上げる。するとエルバートは優しく微笑み、早朝から手作りした昼食のサンドイッチが入った包みを受け取る。けれどそれだけに留まらず。頬に手をそっと触れられ、とろけるような甘い口づけをされた。その上、ディアム、リリーシャ、ラズール、クォーツに暖かな微笑みで見守られ、フェリシアは恥ずかしさでいっぱいになる。エルバートの唇が離れると、フェリシアは少し怒気を帯びた目でエルバートを見つめた。「も、もうっ! ご主人さま、朝からこんなところでっ」「夜だったら良いのか?」フェリシアは昨日の初めての夜のことを、抱き枕にされながら眠りに落ちていたことを思い返し、ますます顔が熱くなる。するとエルバートはふっと和やかな顔で笑い、昼食の包みを鞄の中に入れる。「では行ってくる」「行ってらっしゃいませ」微笑むと、エルバートに頭を優しくぽんされた。エルバートの瞳から愛されているのが伝わってくる。ご婚約の手紙を受け入れるしかなく、エルバートに尽すことを心に強く誓った日を懐かしいとさえ思う。(わたしは今、こうして、愛に、幸せに包まれている)* * *その晩のことだった。エルバートは朝とはまるで違い、不機嫌な顔でディアムを連れて帰ってきた。理由を聞きたいけれど、とても聞ける雰囲気では…………。「フェリシア様、大丈夫ですよ」「昼食が妻の手作り、しかもハムとチーズ、鹿の干し肉、ゆで卵、レタス、トマトを挟んだサンドイッチでさすが新婚さんは違うと、カイやシルヴィオ、メイド達に冷やかされただけですから」ディアムがスラスラと説明すると、エルバートがディアムに冷ややかな殺気を放つ。「いつものことですからどうかお気になさらず」ディアムが笑顔でフェリシアに向けて言うと、エルバートは
Last Updated: 2025-07-26
Chapter: 33話-5 花嫁の誓い。「軍師長、ついに結婚したんですねー」「冷酷な鬼神のエルバートが結婚か。信じられないな」ふたりの言葉に続き、近づいて来たゼインとクランドールにまでも。「私も同感です。エルバート様、無事にご結婚出来て良かったですね」「全くだ。ほんとに結婚出来て良かったな」フェリシアは恐る恐るエルバートの顔を見る。するとエルバートは冷酷な表情をなんとか堪えていた。「エルバートよ、散々な言われようだな」ルークス皇帝がエルバートに声をかけ、側近と共に近づいてくる。「フェリシア嬢、ご結婚、おめでとう」側近があえて本当の父のように挨拶し、エルバートの表情が更に危うくなる。「あ、ありがとうございます」フェリシアが返すとルークス皇帝は、ふっ、と笑う。「ルークス皇帝、何が可笑しいのですか?」「エルバートよ、すまない。だが、本日はほんとうにめでたい」「我が本日この場に立つことが出来たのはお前達ふたりのおかげだ。感謝する」「そして、エルバート、フェリシア、おめでとう」「これからもふたり力を合わせ、光の道を歩んで行かれよ」フェリシアとエルバートは涙を堪えながら静かに頷いた。* * *その日の夜。ふたり用の部屋からバルコニーへ出て、月を見つめる。互いにお風呂は済ませたものの、エルバートの銀色の長髪は微かに濡れており、いつもよりも色香が増している。対して自分はただただ恥ずかしい。「フェリシア、疲れていないか?」「大丈夫です」「本当か?」フェリシアはこくんと頷く。するとエルバートは顔を近づけてくる。フェリシアもまた顔を近づけ、唇が優しく触れ合う。エルバートに髪を掻き分けられ、初めての深く長いキスが降り注がれる。倒れそうになるとエルバートが唇を離し、体を支えられる。「ここではやはり大丈夫ではないな」エルバートにお姫様抱っこをされ、フェリシアはエルバートに抱きつく。そして優しく部屋のベッドに座らされ
Last Updated: 2025-07-23