Chapter: 16話-4 もう一度、あの咲く花を見れたなら。* * *こうして、翌日からエルバートが早く帰ることはなく、ブラン公爵邸に帰って来てから気づけば、一ヵ月になり、その日の夜は何故か眠れず、フェリシアは居間のソファーに一人で座ったまま、ふぅ、と息を吐く。すると、エルバートに自分の名を呼ばれ、ハッとする。いつの間に居間に入って来たのだろう?足音さえ、気付かなかった。(大丈夫だと言ったくせに、こんな姿を見せては元も子もないわ)「あ、どうなされたのですか? もしかして眠れませんか?」「いや、私は家の見回りをしていただけだ」(家の見回り……魔が入ってわたしが襲われないように?)勤務でお疲れなのに、そこまで気を遣わせていただなんて。「あの、今、お飲み物を……」「必要ない。それより、支度をしろ。今から出掛ける」出掛けるって、こんな夜遅くに?(もしかして、自分に嫌気がさして、捨てられ……いいえ、きっと大丈夫)「かしこまりました」そう了承し、支度が完了すると、ディアムが御者を務める馬車に乗り、お互いに無言のまましばらくの時が流れ、辿り着いたのは、広がる海に白く美しき花が咲き誇る場所だった。(エルバートさまにお姫様抱っこされ来たけれど、とても綺麗な場所…………)もしかしたら、ここはディアムから聞いていた……。「お前を特別な場所へ連れて来たのは2度目だな」「1度目はお前と帝都の街に行った帰りにここへ連れて来た」(あぁ、やはり、記憶を失くす前のわたしと来た特別な場所だったのね…………)「そう、なのですね」「――だが、この木の前に連れて来たのは初めてだ」エルバートはそう言い、たくさんの蕾を付けた大きな一本の木の前でフェリシアを下ろす。(エルバートさまは、記憶を失くす前のわたしも、今のわたしさえも大事にして下さっている)「もうじき、深夜だな。見ていろ」フェリシアはエルバートと共に大
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Chapter: 16話-3 もう一度、あの咲く花を見れたなら。* * *エルバートは執務室の椅子に座りながら、ハッとする。なんだ? このただならぬ気配は。医務室か?エルバートは執務室から飛び出し、ディアムと共に医務室へと駆け付ける。「何があった?」エルバートは見張りの兵に問う。「エルバート様! 医師が寝室までルークス皇帝のご様子を見に出られ、見張りを続けていたところ、医務室内で邪気が発生し、扉が開かず、只今、入室出来ない状況でございます!」「そうか、退いていろ」エルバートは扉に右手を当て、祓いの力を使い、くくった長髪が靡くと、扉を勢いよく開ける。すると床に倒れるフェリシアの姿が両目に映った。「フェリシア!!」エルバートは叫ぶと同時に駆けていき、フェリシアを抱き起こす。魔はいないようだが、魔に弾き飛ばされ触れた箇所から邪気が溢れ、体全体を邪気のようなものに包まれているようだ。エルバートはフェリシアを抱き起こしたまま祓いの力を使う。するとフェリシアの頭痛は治まり、楽になったようだった。(……? 何かを持っている?)エルバートは両目を見開く。「これは私が帝都で渡したブレスレット……」恐らく、中庭の時にネックレスを失くしたのと同じくブレスレットを失くし、探す為にベットから一人で下りたのだろう。エルバートは切なげな顔をする。「もう私のことを思い出そうと頑張らなくていい」エルバートはフェリシアの左腕にブレスレットを付けて持ち上げ、ベットまで運び、寝かす。それから椅子に座るとフェリシアが、か弱き声で発した。「…………花が、見たい」その言葉で、エルバートは希望を感じた。(もしかしたら、私の記憶はフェリシアの心の奥底に残っているのかもしれない)そして、もう一度、あの咲く花を彼女と共に見れたなら。「――あぁ
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Chapter: 16話-2 もう一度、あの咲く花を見れたなら。* * *それからこの日を境にフェリシアは落ち着くまでブラン公爵邸に帰宅させることは出来ないと、祓いの力を持つ医務室の天才医師に診断され、しばらくの間、医務室で治療を受けることとなった。その為、エルバートとディアムも宮殿で寝泊まりすることになり、エルバートからリリーシャ達にその皆を伝えるように命じられたディアムは一旦馬で帰り、自分のせいで、ふたりに多大な迷惑を掛けることになった。早く思い出さなければ。そう思ったフェリシアは医務室に戻って来たディアムに密かに頼み、エルバートが執務で忙しい時に、アベル、カイ、シルヴィオに医務室まで来てもらい、エルバートのことを聞いた。「軍師長の様子なら、執務に集中出来ていない感じですね。着替えもせず、髪もくくったまま、フェリシア様のことばっか考えてますね」「カイ、そんなふうに言ったらフェリシア様が気にするだろう?」「フェリシア様、申し訳ない。でもまあ、フェリシア様が初めてだな、エルバートに色々な顔をさせるのは」アベルに続いて、シルヴィオも口を開く。「冷酷な鬼神だったのに今は惚気ているな」「誰が冷酷な鬼神だ」エルバートがそう言って医務室に入ってくる。「おかしいと思って来てみれば、さっさと出て行け!」エルバートに命じられ、アベル達はフェリシアに会釈をして医務室から出ていった。その後は毎日少しずつディアムからエルバートのことを聞いた。エルバートがフェリシアの家にご婚約の手紙を届けたことからブラン公爵邸で暮らすことになったこと、普段は月のように美しい銀の長髪を流したままなこと、ビーフシチューがお好きなこと、ご主人さまと呼んでいたこと等、これまでの日々のことを。けれど、思い出すことが出来ず、エルバートのことを朝も昼も夜もずっと考え続け、いつしか、8日目の夜になっていた。宮殿のお料理は病人食とは言え、どれも自分には高級で美味しい。けれど早く帰り、自分
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Chapter: 16話-1 もう一度、あの咲く花を見れたなら。* * *――――フェリシアをエルバートとの婚約の意を含めた“正式な花嫁候補”とする。医務室にいるフェリシアの心にルークス皇帝のお言葉が響く。まるで呼びかけられているよう。頭に包帯を巻いたまま、ベットから上半身を起き上がらせ、その身をディアムに支えられながらも、その声に触れるように、そっと自分の胸に両手を重ねる。するとなぜだか分からないけれど、自然と涙が溢れ出た。フェリシアはそのまま、ルークス皇帝のお言葉を聞き届けた。* * *客間でルークス皇帝のお言葉を聞き届けたエルバートは唖然と立ち尽くす。まさか、軍師長の座だけでなく、フェリシアをも守って頂けるとは。エルバートの父と母、そしてアマリリス嬢は絶句し、光がすぅっと消えると、ルークス皇帝の側近は手紙を懐に入れ、口を開く。「ルークス皇帝のお言葉は以上となります」「ならば、帰る」エルバートの父がそう言い、ソファーから立ち上がる。それを見た母とアマリリス嬢も続けて無言で立ち上がった。「では、私が宮殿の出入り口までお送り致します」ルークス皇帝の側近がそう言って扉を開け、エルバートの父と母はエルバートがこの場に存在していないかのような態度で客間から出ていき、アマリリス嬢もふたりに続いて出て行こうとする。しかし、立ち止まり、エルバートを見つめた。「エルバート様、お幸せに」アマリリス嬢は涙を浮かべながら笑顔を見せ、お辞儀をして客間から出て行く。これで、フェリシアはブラン公爵邸から出て行かずとも済むのだな。「ルークス皇帝、恩に切る」エルバートはそう感謝し、顔を右手で覆う。そのまま少し時が過ぎると、フェリシアがいる医務室へと向かった。* * *フェリシアはディアムに心配されながらも医務室のベットで起き上がったままでいた。すると医務室の扉が開かれる音が
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Chapter: 15話-3 触れさせない。「フェリシア様が記憶を喪失してしまわれるだなんて……」アマリリス嬢が動揺した声を上げると、エルバートの父は右手で顔を覆う。「ルークス皇帝までも上回る魔の出現だと?」「そしてルークス皇帝を危険に晒したとなれば軍師長の座を降ろされるのは間逃れないか」「旦那様……」エルバートの母が声をかけ、エルバートはアマリリス嬢を見る。「よって、フェリシアの記憶喪失、そして一時とはいえ、ルークス皇帝を危ない目に合わせてしまった私はまだ未熟である為、アマリリス嬢とのご婚約は破棄させて頂きたく思います」アマリリス嬢が両目を見開くと、エルバートの母が怒りの声を上げる。「ご婚約を破棄するですって!? エルバート、どれだけブラン家に泥を塗るおつもりなの!?」「そもそも、本日の魔の出現はフェリシアさんが原因ではなくて?」「ブラン伯爵邸の付近に魔が出現したのだって、フェリシアさんが訪れた日だったもの。間違いないわ」「だからこれ以上、フェリシアさんとエルバートが関わることを私は決して認めなくてよ」「それに、貴方のことを忘れたのなら丁度良いじゃない。あんな不吉なお人など責任を全て負わせ、今すぐお捨てなさい」「そして、エルバートには旦那様がお決めになられた通り、2日後、アマリリス嬢をブラン公爵邸に住まわせ」「アマリリス嬢と正式にご婚約して頂くわ」エルバートの母がそう啖呵(たんか)を切った。「どこまでフェリシアを愚弄すれば気が済む」エルバートはとてつもない冷ややかな殺気を放つ。まさに、その時だった。失礼致します、と皇帝の側近が扉を開け、中に入って来た。「ルークス皇帝により直々にお言葉を頂戴致しましたので伝達に参りました」「このお言葉は皇帝専用の医務室におられるフェリシア様、ディアム様にも伝わるようになっております」ルークス皇帝がお言葉を?
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Chapter: 15話-2 触れさせない。フェリシアの言葉を聞き、エルバートとルークス皇帝は両目を見開く。まだ混乱している、のか?「フェリシアよ、我のことは分かるか?」「ルークス皇帝……?」ルークス皇帝のことは分かるようだな。「フェリシア、私はエルバート・ブランだ」「エルバート・ブラン?」フェリシアはその名前を口にした瞬間、頭痛が起きて意識を失い、くたっとなった。「フェリシア!!」エルバートは叫ぶ。「エルバートよ、これより酷な事を言うが」「フェリシアの身体は大事ないようだが、どうやら頭を打ちつけたこと、そして魔の影響で一部の記憶を」「お前の記憶を喪失したようだ」エルバートの瞳が揺らぐ。まさか、そのような、嘘だろう?エルバートは切なげな顔でフェリシアを強く抱き締める。「フェリシア……」その後、皇帝の間に皇帝の側近、ディアム、兵達が駆け入り、ルークス皇帝が魔に襲われエルバートと共に浄化したことを伝え、念の為、ルークス皇帝も共に皇帝専用の医務室へ行くこととなった。そしてルークス皇帝とエルバートは大事なく、フェリシアは頭に包帯を巻き、ベットで安静となると、エルバートはルークス皇帝の前に跪く。「ルークス皇帝、責任を取り、私は軍師長を降ります」「エルバートよ、その必要はない。軍師長を辞める事は、許さん」「しかし……」「ただ、このままでは示しが付かないと我の側近が不祥事としてお前の両親に通達をした」「もうじき、宮殿に来るによって対面し、起こった事を全て伝えることとなる。良いな?」「承知致しました」* * *やがて、エルバートの父であるテオと母のステラ、そしてアマリリス嬢が馬車で宮殿に到着し、客間に案内され、待機の状態になったとのことで、エルバートはディアムにフェ
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