ANMELDEN月影と呼ばれる少女が、やがて最強魔術師に愛され姉と家を救う、溺愛シンデレラストーリー! 平民の妹として生まれたわたし。 魔術を持つ姉に続くと期待されていたのに怪異に呪いをかけられ、姉は病に伏せ、わたしは月の下を自由に歩けない体に……。 そのことから母に「月影」と呼ばれ、虐げられる生活を送っていた。 けれどある日、冷酷無慈悲と噂される最強魔術師・ルファルの邸宅へ「嫁ぐ」という名目で売られ、罰として花嫁候補に……。 それでも姉と家を救い、月の下を歩けるようになってみせる。絶対に幸せになることを諦めないと――日々心に強く誓う。 なのに、あんな衝撃的な出来事が起こるだなんて……。わたしは幸せにはなれないのですか?
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わたしは月に嫌われている。 そんなことは分かっていたのに。 リリシアは内心で嘆く。 美しい青年がリリシアをお姫様抱っこし、銀色の月に照らされた夜道を歩き続ける。 その度に揺れる月紐で一本に結ばれた、うるわしき髪。 リリシアは、ぐったりとしたまま胸に誓う。 決してこの青年に悟られてはいけない。 姉を、そして、家を救うまでは――――。 * * * 帝都の離れに一軒の小さな家がある。 その玄関前の庭で箒を握り、落ち葉を掃く小さな娘がいた。 「リリシア、髪、ボサボサじゃないの」 父と共に家に帰ってきた姉が小さな娘、リリシアを見て言う。 「あ、お姉さま、お父さま、おかえりなさい」 挨拶をすると、母が慌てて家から出てくる。 「もうお母さま、またリリシアに手伝わせて」 「今日も『お姉さまのようになる!』って言うことを聞かなくてね。張り切って手伝ってくれたのよ……」 「全く、リリシアは。ほら、こっちおいで」 「うん」 姉が優しくリリシアの髪を麻紐で結い直す。 ――この時代、怪異を祓う様々な魔術師達が存在した。 そして、リリシアが住んでいるベルフォード家は貧しいながらも父の公務と月の魔術を持つ6歳差の姉、ユエリアのおかげで名を上げている。 その為、リリシアにとってユエリアは憧れの存在だった。 「リリシアも明日で4歳か」 「儀式が楽しみだわ」 父に続けて母が言う。 明日の魔術を確かめる儀式で自分もユエリアのようになれると思っていた。 ――翌日の夜。リリシアは母のミアに教えられた通り、儀式の為の純白なドレスを自ら着る。 この衣装は神聖なもので、誰にも触れられてはいけない決まりだ。 まるで一夜のお姫様になれたようで心が弾む。 着替えが終わると、父のエバートに導かれ、中庭の大きく立派な樹木の前まで歩いていく。 ユエリアは4歳の時にこの木に触れ、美しい黄色の花を咲かせたことから月の魔術を持ち合わせていることが分かった。 自分もきっと花を咲かせて見せる。 強く決意すると、月の光が真上から美しく樹木を照らす。 リリシアは両親とユエリアが見守る中、そっと手を伸ばし、樹木に触れた。 だが、次の瞬間。ドラゴンに似た巨大なイーグルの影のような怪異が姿を現し、リリシアとユエリアの体を順にすり抜ける。 すると樹木は一瞬で枯れ果て、ユエリアがその場で崩れ落ちていく。 両親は一瞬の強風を感じただけで、怪異の姿は見えていないようだ。 怪異は夜空へ飛んで行き、やがて、闇に溶け合うように消えていった。 「お姉さま!」 リリシアは叫び、駆け寄ろうとする。 だが、その直後、母に突き飛ばされた。 「ユエリア!!」 母と父は姉の名を呼び、リリシアのことなど眼中になく、一目散にユエリアへと駆け寄る。 地面に座り込む自分を見向きもしない。 (なんで? どうして?) 頭が真っ白になる。 そんなリリシアを月が照らす。 リリシアも気分が悪くなり、その場に一人虚しく倒れた。リリシアの首元で、ネックレスが神聖な輝きを放ち始める。かつての苦しみさえもその身に抱えたまま、もう一人のリリシアは、淡い霧となって清らかに浄化されていった。すると、その一部始終を眺めていたテオが、呆れたような、けれどどこか隠しきれない驚愕の色をその瞳に浮かべ、気だるげに歩み寄ってくる。「……まさか、結界も張らずに浄化するとはな。……それに、わたしには光がある、だぁ? 俺までその光の中に含まれるってのか」リリシアは穏やかに微笑み、真っ直ぐにテオを見つめた。「はい。テオ様が……貴方が、折れそうなわたしの心を繋ぎ止めて下さらなかったら、乗り超えることは出来ませんでした。……心から、感謝致します」テオはわざとらしくそっぽを向く。「礼とか別に要らねぇ……これで、全ての修行は終わりだ」――――ああ。やっと。やっと、わたしは全てを受け入れ、合格出来たのだ「シャイン皇帝には、俺から伝達しておいてやる。だからとっとと帰りやがれ。……っておい、聞いてんのか――」テオが振り返った瞬間、世界がぐらりと大きく揺らいだ。膝から力が抜け、意識が遠のく。身体が前のめりに崩れ落ちるその瞬間、テオの細くも力強い腕が、リリシアの身体を強く抱き留めた。「おい……っ! ……ったく、熱すぎんだろ」額に触れたテオの指先は、思いのほか不器用で、冷たかった。「昨日の無理に加えて、今まで溜め込んできた疲労が一気に出たか」テオは、はーっとと短く溜息を吐き捨てる。「……たくっ、最後の最後まで。本当に、手の掛かるおもりだ」毒づくその言葉さえ、今のリリシアには遠く、心地よい安らぎとなって心を優しく包み込んでいた。* * *――夜。ルファルは灯台の見える空中に身を浮かべていた。剣の封印を解いて以来、ドラゴンの気配に
* * *翌日の午後、リリシアはエクレール邸のベッドで目を覚ました。夢の余韻に微睡みながら、そっと手探りで探した指先には、もうあの冷たい掌の温もりはない。テオに手を添えられ、確かに眠りに就いたはずなのに。まるで最初から存在しなかったかのように、傍は静まり返っていた。あの独り言さえ、全て夢だったのだろうか。重い身体を起こすと、窓からサァッと吹き込んだ秋風がカーテンとリリシアの長い髪を揺らした。少しだけ開いた窓。――ああ、夢ではないのだわ。テオ様は、確かにわたしと共に、この場所にいた。他人に弱みを見せることを極端に嫌い、同情をも忌み嫌うテオが、わたしにその心を吐露した。まるで「お前だけが特別に不幸なわけではない」と、だから大丈夫なのだと、不器用に寄り添うように。「……テオ様。わたし、必ず乗り越えてみせます」リリシアは身なりを整え、僅かな食事を取ると、修行場へと向かった。やがて、テオがその場でリリシアの幻影を作り出し、リリシアと対峙させる。直後、もう一人のリリシアが電撃を加速させ、鋭い刃を繋いだ長き鞭が容赦なく放たれた。リリシアは必死に清浄なる結界を展開し、それを弾き返す。「……これが最後の命令だ。その幻影を消せ」乾いた秋風に乗って、テオの冷ややかな宣告が響く。最後の命令。けれど、心が痛む。己そのものである幻影を、この手で消すことなど――やっぱり、どうしても出来ない。――どんなに歪んでいても、それはわたし自身。傷つけることなど、出来るはずがない。だから、わたしは結界を張ることをやめた。もう一人の自分へ、ひたむきに駆け出す。だが、閃光が視界を灼(や)き、鞭が右頬を切り裂く。頬に熱い痛みが走った。それでもリリシアはただ真っ直ぐに、己の幻影を見つめて足を止めない。 ――わたしという存在が、ずっと呪いだった。恐ろしかった。出口のない深い沼。終わりなき絶望。姉が呪いに伏したのはわたしの儀式を行ったせい。母に「月影」と蔑まれ、父からさえ冷たい視線を向けられ、まるでそこに存在しないかのように存在を疎まれたのは、全てわたしのせい。幼き頃からずっと、暗闇の中、独りきりで自分自身を責め、鋭い棘で心を切り裂き続けてきた。けれど――今は。わたしの映る世界には、ルファル様がいる。シャイン皇帝、カイス、ソフィラ、そして、魔術師の
お願い、どうか、わたしを――。この終わらない闇から、救い出して。あふれ出す心音の叫びさえも、テオには届いたのだろうか。テオはリリシアの心ごと強く抱き締めた。「……黙って俺に抱かれてろ」その言葉の直後。静寂を切り裂くように夜空でパリ、と鋭い音が鳴り――ドォンという轟音と共に雷が雲を切り裂き、この場だけを覆い隠すように月の光を夜空の裏側へと消し去った。深い暗闇が夜空を包み込む中、テオの腕の中で震えていたリリシアの呼吸が、少しずつ、穏やかさを取り戻していく。けれど、テオの胸元に触れたままの指先が微かに震えたままで、どうしても両手を離すことが出来ない。この温もりを失えば、再びあの呪いの闇へ引き戻される気がして。「どうやら、まだ甘え足りねぇみたいだな」息を吐き捨てる声が、頭上から降ってくる。「お前を消したがっている奴が、夜の闇に紛れてまだ殺気を飛ばしてやがる。このまま帰宅させるのは危ねぇ。今夜は俺の邸宅に泊まれ」その力強い命に、拒絶など出来るはずもなかった。頷くも戸惑うリリシアをよそに、テオはリリシアの両手を胸元から解き、背を向ける。「……テオ、様?」「歩けねぇだろ。おぶってやる、早く肩に掴まれ」ためらいながらも、テオに言われるがまま、その両肩にだらりと両手を乗せる。するとテオは迷いなく立ち上がり、中庭へと続く扉に向かって歩き出す。そして開けた扉の外で待機していたカイスにテオが短く指示を飛ばすと、リリシアはテオの背中に守られたまま、エクレール邸の一室へと運ばれていく。やがて一室の中に入り、カイスの手によって扉が静かに閉められる。室内にはふたりきりの静寂が満ちた。テオはベッドへリリシアを丁寧に下ろす。けれど――。「……っ」ベッドの端で、テオが急に右手で自身の口を覆い、シーツに左の掌を突き立てた。ギシッ、とベッドが軋(きし)む。直後、テオの突いた手は震え、支えきれなくなった体はぐらつき、ドサリ、という鈍い音を立てて、そのまま崩れ落ちた。テオはまるで深い淵に沈むように、リリシアとの間に僅かな隙間を残したまま倒れ込む。「……チッ。雷の魔術切れか」自嘲に満ちた毒づきが響く。「テオ、様……っ」リリシアが弱々しく呼びかけ、起き上がろうとした。しかし、身体には鉛のような重さがあり、力が入らない。テオは限界に抗う瞳をリリシア
* * *翌朝、リリシアはハクヴィス邸の部屋で、ぼんやりと天井を見つめていた。昨夜の悪夢が、まだ脳裏にこびりついている。もう一人の自分が、長き鞭に繋いだ電光の刃を自らの腹へと突き立てていた。周りに散らばる結界の破片は、まるで砕け散った自分の心そのもののようで――――。そのせいで、夜はほとんど眠れなかった。けれど、立ち止まってはいられない。準備をしなければ。エクレール邸へ向かう為に。リリシアは重い体を無理やり起こし、ベッドから足を下ろす。その途端、喉の奥から込み上げるものがあり、慌てて口元を覆った。だが、堪えきれず、ベットを背にして、ずるりと床へ崩れ落ちる。(昨日のことが、悪夢になって現れただけ……)ルファル様も、遥か遠い地で今もなお、過酷な修行を続けているはずだ。弱気になってはだめ。大丈夫、今日こそは。リリシアは涙で潤んだ瞳のまま、胸元をきゅっと掴んだ。* * *けれど、そんなささやかな願いは、夜の闇へとあっけなく飲み込まれてゆく。テオ様の修行場で、もう一人のリリシアに電撃を鞭のように叩きつけられ、結界はパリ、ンと音を立てて砕け散った。リリシアは無様に弾き飛ばされ、地面に転がる。テオが軽く手を振ると、幻影は霧のように消え去った。――また、だ。(延長して頂いたにも関わらず……)今日も超えることが出来なかった。――長い時間、付き合わせてしまって……テオ様に申し訳ない。「おい」短い呼びかけに、リリシアは、はっとして起き上がる。テオはリリシアの顔を見るなり、見たこともない程深刻な表情を浮かべていた。「……大丈夫か?」意外な問いかけに、息を呑む。大丈夫なはず、なのに。滲み出る弱さが顔に出ていたのだろうか。「……大丈夫、です」「ならさっさと立て。戻るぞ」「はい……」リリシアは、すくっと立ち上がる。けれど、足元がおぼつかない。俯いていたせいで、夜空に月が昇ったことにさえ気づかなかった。いつの間にか夜空から降り注いだ月の光が全身を照らした瞬間、どく、んと心臓が跳ね上がる。どう、して? ネックレスを付けているのに。テオの背中を追いながら、今にも零れ落ちそうな嗚咽を必死に喉の奥へと押し殺し、ふらつきながら歩き始める。決して、気付かれてはいけない。――この呪い月を誰よりも酷く忌み嫌うテオ様は、初めて会
* * *リリシアは窓の外に浮かぶ月をしばらく眺めたのち、カイスと共に馬車に揺られ、ハクヴィス邸へと戻った。されど翌日の午後も過酷な修行は続き――気がつけば10日が過ぎ去ろうとしていた。カイスは修行の妨げになるというアルベルトの命により、初日を終えた翌日から特別室の外で待機を余儀なくされている。今日という日も、リリシアはたったひとりで、あの青い炎の檻に閉じ込められていた。淡い光を放つ清浄なる結界は、日が経つごとにその強度を増している。けれど、積み重ねてきた努力の甲斐あって、青い炎の檻の一部を壊すことは叶うようになっていた。(今日こそ、必ず)リリシアは座り込んだまま祈るように瞳
* * *遙かなる修行の地へと向かう道中、ルファルは愛馬から降りて休息を取っていた。柔らかな午後の日差しが、木々の間から差し込んでいる。されど、秋風が頬を撫でた時。ふと胸元から伝わった微かな不穏な予感に、ルファルは眉をひそめる。白銀の輝きを纏う枠に嵌(は)め込まれた小さな満月のような水晶に、細いチェーンがしなやかに風に揺れたこの胸元のブローチは帝都にてリリシアから受け取ったものだ。今頃、アルベルトの元でリリシアは修業に励んでいるはずだが――、胸騒ぎが消えない。リリシアに何かあったのだろうか。胸
「……っ! リリ…シア様!」それまで冷徹に控えていたカイスの顔が、初めて焦燥に染まった。カイスは凄まじい速さで駆け出し、右手を伸ばすと、瞬時に氷の魔術を展開して、その青い炎の檻へ触れる。直後、ジュッ、と掌が少し焼ける音が室内に響く。「くっ……」「カイス、様っ……!」リリシアは檻の中から叫んだ。「驚いたな。いつも冷徹な眼差しですました顔をしてるくせに、熱いじゃねぇか」アルベルトが、冷ややかにカイスを
あまりにも甘く、深い衝撃に、リリシアの全身から気付けば力が抜けていた。抗う術もなく、頼りなく床へと崩れ落ちていくその身体をルファルは、素早く自らの両膝を突いてリリシアの後頭部を掌で庇い、もう片方の腕で体を抱き止める。上から、月紐で一本に結ばれたルファルの美しい髪がさらりと流れ落ちた。その髪がリリシアの頬をかすめ、至近距離で、互いに見つめ合う。「大丈夫か?」「は、はい……っ」喉の奥から絞り出した声は、ひどく掠(かす)れていた。本当は、この体勢のせいで少しも大丈夫ではなかった。心臓がうるさい程に高鳴っている。ルファルに支えられるようにして、リリシアはどうにか起き上がった。する
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