LOGIN月影と呼ばれる少女が、やがて最強魔術師に愛され姉と家を救う、溺愛シンデ レラストーリー! 怪異を祓う様々な魔術師達が存在する時代。 平民の妹として生まれたリリシアは、魔術を持つ姉に続くと期待されていた。 だが、儀式の最中に姉共々、怪異に呪いをかけられ、姉は病に 伏せ、リリシアは月の下を自由に歩けない体に……。 そのことから母に「月影」と呼ばれ、虐げられる生活を送っていた。 18となったある日、リリシアは冷酷無慈悲と噂される最強魔術師・ル ファルの邸宅へ「嫁ぐ」名目で売られることになる。 リリシアは姉と別れ、心に強く誓い旅立つ。 姉と家を救い、月の下を歩けるようになってみせる。絶対に幸せになることを 諦めないと――。
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わたしは月に嫌われている。 そんなことは分かっていたのに。 リリシアは内心で嘆く。 美しい青年がリリシアをお姫様抱っこし、銀色の月に照らされた夜道を歩き続ける。 その度に揺れる月紐で一本に結ばれた、うるわしき髪。 リリシアは、ぐったりとしたまま胸に誓う。 決してこの青年に悟られてはいけない。 姉を、そして、家を救うまでは――――。 * * * 帝都の離れに一軒の小さな家がある。 その玄関前の庭で箒を握り、落ち葉を掃く小さな娘がいた。 「リリシア、髪、ボサボサじゃないの」 父と共に家に帰ってきた姉が小さな娘、リリシアを見て言う。 「あ、お姉さま、お父さま、おかえりなさい」 挨拶をすると、母が慌てて家から出てくる。 「もうお母さま、またリリシアに手伝わせて」 「今日も『お姉さまのようになる!』って言うことを聞かなくてね。張り切って手伝ってくれたのよ……」 「全く、リリシアは。ほら、こっちおいで」 「うん」 姉が優しくリリシアの髪を麻紐で結い直す。 ――この時代、怪異を祓う様々な魔術師達が存在した。 そして、リリシアが住んでいるベルフォード家は貧しいながらも父の公務と月の魔術を持つ6歳差の姉、ユエリアのおかげで名を上げている。 その為、リリシアにとってユエリアは憧れの存在だった。 「リリシアも明日で4歳か」 「儀式が楽しみだわ」 父に続けて母が言う。 明日の魔術を確かめる儀式で自分もユエリアのようになれると思っていた。 ――翌日の夜。リリシアは母のミアに教えられた通り、儀式の為の純白なドレスを自ら着る。 この衣装は神聖なもので、誰にも触れられてはいけない決まりだ。 まるで一夜のお姫様になれたようで心が弾む。 着替えが終わると、父のエバートに導かれ、中庭の大きく立派な樹木の前まで歩いていく。 ユエリアは4歳の時にこの木に触れ、美しい黄色の花を咲かせたことから月の魔術を持ち合わせていることが分かった。 自分もきっと花を咲かせて見せる。 強く決意すると、月の光が真上から美しく樹木を照らす。 リリシアは両親とユエリアが見守る中、そっと手を伸ばし、樹木に触れた。 だが、次の瞬間。巨大な龍の影のような怪異が姿を現し、リリシアとユエリアの体を順にすり抜ける。 すると樹木は一瞬で枯れ果て、ユエリアがその場で崩れ落ちていく。 両親は一瞬の強風を感じただけで、怪異の姿は見えていないようだ。 怪異は夜空へ飛んで行き、やがて、闇に溶け合うように消えていった。 「お姉さま!」 リリシアは叫び、駆け寄ろうとする。 だが、その直後、母に突き飛ばされた。 「ユエリア!!」 母と父は姉の名を呼び、リリシアのことなど眼中になく、一目散にユエリアへと駆け寄る。 地面に座り込む自分を見向きもしない。 (なんで? どうして?) 頭が真っ白になる。 そんなリリシアを月が照らす。 リリシアも気分が悪くなり、その場に一人虚しく倒れた。(とんでもないことになってしまったわ……)まさか、出世してしまうだなんて。翌日の早朝。リリシアは相部屋で普段と下働き用のドレス等の最低限の荷物をまとめる。だが、下働き9名の羨む視線が痛い。昨日の最後となる下働きの時も、『見てみて、あの子よ』とメイド達がどっと押し寄せ、『……あのどんくさい新入りがルファル様の花嫁候補になるだなんてねえ』等とコソコソ話が絶えなかった。けれど、玄関の掃除を終えた時、メイド長に埃一つない、完璧だと初めて褒められ、『最初はどうなることかと思ったけれど、人生何が起こるか分からないもんだね。明日から地獄の日々が待っているだろうけど、しっかり勤めるんだよ』と優しく背中を押してもらったから、なんてことはない。リリシアはまとめた荷物を持つと、お辞儀をして相部屋を出た。そして廊下で待っていたカイスに案内され、新たな部屋へと移動する。部屋の扉をカイスが開けると、クールな雰囲気の可憐なメイドが立っていた。そのメイドは白のブリムを頭上に乗せ、透き通るように美しい長髪を後ろで一房にまとめ、大きなリボンで潔く括(くく)っている。「彼女が今日からリリシア様専属メイドとなります」カイスが告げると、メイドは軽く会釈する。「今日からリリシア様専属メイドとなる、ソフィラ・リインズワースで御座います」メイドが挨拶し、リリシアは軽く会釈する。「リリシア・ベルフォードです。どうぞよろしくお願い致します」お互いに挨拶を済ませると、リリシアは部屋を見渡す。「それであの……、今日からこちらで寝泊まりをするのですか……?」「さようにございます」部屋には、華やかなシャンデリアに大きな窓、天蓋付きの豪華なベッドがあり、豪華すぎる相部屋から、お姫様のような部屋に格上げされ、まるで夢を見ているかのよう。けれど相部屋の時は窓が小さく、隅のベッドだった為、耐えられたけど、この部屋はベッドが少し離れているとはいえ、窓が大きい上に、その窓を隠すカーテンが薄手の為、
* * *それから月日は流れ、とある朝。「もう一ヶ月になるのね…………」リリシアは窓拭きの手を止め、嘆き息を吐く。家を元に戻したい、姉の役に立ちたいと日々奮闘しながら勤め、ようやく慣れてきたけれど、月を見る度に体調が悪くなり、体質がバレないかとひやひやするのは相変わらず続いている。ふと何やらざわめく声が聞こえ、リリシアは視線を送ると、宴の部屋の前にメイド達が集まっていた。一体なんの騒ぎだろう?リリシアも近づき、少し開いた扉から中を覗く。するとルファルが舞台の椅子に座り、黒色の大きくお洒落な楽器を弾くうるわしの姿が両目に映った。「ルファル様のグランドピアノの演奏素敵ね」「うっとりしちゃう。ずっと聴いていたいわ」グランドピアノ……そういえば、姉が元気な頃、高貴な楽器で一度弾いてみたいと言っていた。まさか、こんな身近で見ることが叶うなんて。覗いていると、後ろからメイド長の声が響いた。「お前達、掃除をサボって何やってんだい!」メイド達は振り返る。「早く持ち場に戻りな!」メイド長の激怒により、メイド達は渋々戻って行く。そんな中、リリシアは演奏を止めたルファルと目が合う。(わたし、汚い窓拭きの布を持ったまま何を。マズイ)リリシアも慌てて窓へと戻った。だが、その後もリリシアは度々、ルファルのグランドピアノの演奏を耳にし――、ある夜、ハクヴィス邸で夜の宴が開かれた。(行かなきゃ)リリシアは意を決してベッドから立ち上がるも、すぐにふらつき、ベッドに倒れ込む。月さえ、出ていなければ。リリシアは一人惨めにシーツをぎゅっと握り締め、ただただ部屋に籠るしかなかった。* * *「そういえば、一人、足りないな」夜の宴でのピアノの演奏後、ルファルはワインを片手に呟く。すると隣のカイスが耳元で囁き伝える。「……リリシアが出席していないもようです」「ほう」ルファルの顔が冷酷無慈悲な表情へと変わる。するとカイスがメイド長を鋭く睨む。「メイド長、何をしている!? リリシアを今すぐ連れて来い」「申し訳御座いません! 宴に出席しない者等、今までおりませんでしたので、てっきり全員いるとばかり。直ちに……」「連れて来なくても良い」ルファルが怒りに満ちた声で静かに告げ、メイド長の声を遮る。そして、ワイングラスをテーブルに置き、ふとリリシアと
「――勘違いをするな。私は嫁いだとは微塵にも思っていない。お前はただの下働きだ。いつでも死んでくれて構わない」酷く冷たい刃のような言葉。そう言われることは始めから分かっていた。なのに体が一瞬ぐらつきそうになり、必死に耐える。「かしこまりました」リリシアは了承すると、ただ深々と頭を下げた。震える手を握り隠し、倒れてけどられないよう、ぐっと足を踏ん張る。すると足音が徐々に近づき、リリシアの隣をルファルが通り過ぎた。ルファルはカイスにワイングラスを手渡し、部屋から出て行く。リリシアは、ほっと息を撫でおろす。ルファルが通り過ぎる時、「――」と何かを囁いた気がしたけれど、なんとか、やり過ごせたみたい。良かった…………。その後、カイスにメイド長と執事長、シェフのところに連れて行かれ、挨拶をしてぺこぺこと頭を下げ、部屋に案内される。「こちらが今日からリリシア様が使用する相部屋となります」下働き10名の相部屋には簡素なベッドが並べられている。それだけでも家の鳥籠のような部屋に比べれば自分には豪華すぎる部屋であり、勿体ないと思いつつも目をキラキラと輝かせる。「素敵ですね」「…………」カイスに変な眼付きで無言のまま見つめられ、リリシアは首を傾げる。「それから、服装は決められた物が御座いまして、すべて、そのクローゼットの中に入っております。それをメイド長並びに部屋の仕切り役の指示に従い、お召しになって下さい。では明日から、メイド長の元で勤めるように。失礼致します」カイスは告げると、廊下を歩いて行った。リリシアは部屋に入り、扉を閉めると、ベッドまで行き、布団の上に倒れ込む。家とは違う、ふわふわな布団。どうなることかと思ったけれど、耐えられた。体が石のように動かない。けれど、朝になれば動けるようになるだろう。今はただ眠りたい…………。リリシアは布団の上で意識を手放した。* * *そして、翌朝から下働きが始まった。「全く、どんくさい新入りが来たもんだね。早く動く」「はい」リリシアはメイド長に急かされ慌てて返事をする。部屋の仕切り役の先輩から『これを着な!』と下働き用のドレスを投げ渡され着替えたリリシアは、メイド長の指示の元、メイド達にクスクス笑われつつ、大量の洗濯、料理運び、掃除をメイド達と共にこなしていく。そんな中、メイド達の噂では
その日の夕暮れ、リリシアは部屋で出立の準備を済ませ、ユエリアの病床に足を踏み入れた。冷たい床に跪き、リリシアは告げる。「お姉さま、今夜、ハクヴィスの邸へ嫁ぐことになりました」潤む目に映るのはベッドに横渡るユエリアの姿。本来ならユエリアの部屋に入り、近づくことすら許されない。けれど、最後だから。こんなはずじゃなかった。あの時までは幸せだったのに。リリシアは震える手をぎゅっと握り締める。するとユエリアが弱弱しく微笑み、口を開く。「リリシア、頭をこちらに」頭を近づけると、ユエリアが手を伸ばし、美しい月の花の髪飾りが付けられる。「私はいつでも貴女の味方よ」ユエリアの手が触れ、やがてふたりの手が重なり合う。互いの両目から涙が零れ落ちる。絶対に諦めない。姉を、家を救い、月の下を歩いてみせる。* * *その夜、リリシアは屋根がなく簡素な幌がついているだけの荷馬車に乗り、一人、邸宅へと向かう。月の光で気分が優れなくても、ユエリアに付けてもらった美しい髪飾りに時折触れて耐える。ルファル・ハクヴィスにこの体質が知られれば、すぐに追い出されてしまうだろう。バレないよう、勤めなければ。そう決意を胸に秘めていると、荷馬車を御している中年の男性が声を掛けて来た。「お前さん、ハクヴィス邸に嫁に行くんだって?」「はい」「そうか! でも本当は売られて行くんだろ? 俺も今まで何人もこうやってお前さんみたいな女子(おなご)を乗せて行ったが、皆、返って来ない。ま、せいぜい頑張るんだな」絶望的な言葉を、御者の男性から聞かされる。そうしている内に、しばらくして、森を抜け、揺れている荷馬車が止まる。「着いたぜ」御者の男性が言うと、荷馬車から降りる。たどり着いたのは、大きい一軒の洋館だった。ハクヴィス邸らしき、立派な建物。母に「すぐに捨てられ野たれ死ぬだろう」と言われたのも頷ける。このような場所で自分が勤まるとはとても思えない。けれど、もう後戻りはできない。リリシアは荷馬車から玄関まで歩いて行く。すると、蠟燭を右手に持った厳格な青年が立っていた。丸みを帯びた髪はきっちりと整えられ、丁寧に細く編み下ろされたこめかみの毛を一本垂らしている。「名は?」「リリシア・ベルフォードでございます」名乗ると、流し目のような冷徹な眼差しを向けられる。も