Chapter: 十章 「過去編 結婚までの道のり」 彼女に告白されてからしばらく経った時のことを僕は思い出した。 突然の告白から始まった僕たちの恋は、その後も順調に仲を深めていった。 有名なデートスポットから彼女が「行きたい」と行った場所まで本当に様々なところに行った。 どこにいっても彼女は楽しそうにしていて、「またすぐにでもデートに行きたい」という気持ちにさせてくれた。 九月ごろには、結婚のことが二人の間で自然とよく話に上がるようになった。 互いの親に挨拶しにいくこととなった。 まずは僕の親の方に、事前に「話がある」とだけ言っておき、二人で挨拶しに行った。 僕は親と仲はいい方で、今も簡単な近況報告などをメールで定期的にしている。 僕は大学に入ると、一人暮らしを始めた。 それから大学卒業後も家の近くではあったけど、一人暮らしをずっと続けていた。 仕事をしながら、家事もすることは正直大変なことだった。 でも、年齢だけじゃなく、内面も立派な大人に早くなりたかった。「ただいま」と僕が実家のドアを開けると、お母さんが、笑顔で出迎えてくれた。 年に一度は実家に帰っているけど、この温かい雰囲気が僕は好きだなといつも感じる。 彼女のことを玄関で簡単にお母さんに説明し、僕たち二人家の中に入っていった。「お父さん、お母さん、今日は大切な話があって来た」 僕は早速話し始めた。 なかなか言い出さないと、その分だけ彼女の緊張は増すと思ったからだ。 お母さんは僕たちにお茶を出してくれた後、お父さんの横に静かに座った。「こちらは山吹 花音さん。今お付き合いをしていて、十一月に結婚しようと思っている」 僕がそう言った後、彼女は「山吹 花音と申します。ご挨拶に来るのが遅くなり申し訳ございません。瑞貴さんとはお付き合いさせて頂いております」とバタバタと挨拶をした。 全身から緊張しているオーラが出ている。 でも、「普通そうなるよね」と僕は思った。だって、彼女にとってこの場には、自分の知り合いは一人もいないのだから。 だから、僕は彼女に小声で「大丈夫だよ」と伝えた。「それは突然の話ね。瑞貴、結婚するの?」 お母さんは少し驚いていた。でも、嫌そうな感じは全然なく、優しい声でそう聞いてきた。 僕はお母さんに性格が似ていると小さな頃から周りの人に言われていた。「うん、そう。いきなりと感じるかしれないけ
Huling Na-update: 2025-08-08
Chapter: 九章 「六月四日 付き合った記念日」 梅雨入りはまだしていないけど、雨の日がだいぶ増えてきた。 夜の雨は少し静けさがあって僕は好きだ。 僕は今傘を差しながら、駅から家に向かっている。 会社から家までは電車で一駅とかなり近い。僕は単純に近い方が通いやすいし、家での時間も長くとれると思い、会社の近くに家を建てた。 たまたまだけど、そのおかげで今は彼女と過ごす時間をたくさんとれている。 彼女のことを知るためには、時間が必要だとわかった。 僕は中小企業で、経理の仕事をしている。経理は数字を扱う仕事だ。だから、一つでも数字が合わないと、ダメなシビアな仕事だ。 それなのに、僕は彼女との大切な日には無頓着で、ほとん気にかけていなかった。 彼女に申し訳ない気持ちが日に日に大きくなってくる。 今からでもまだ変えられることがあるなら、僕は積極的に変えていきたい。 今彼女とのことでわかっていることは、考え方がすごく似ているということだ。 彼女がいつも『イベント事』の日に力説することは、強引なところもあるけど、僕も納得がいく時がほとんどだから。 他にも、笑いの感性も似ている。 そんなことを考えているうちに、家に着いた。「ただいま」「おかえり、ダーリン」「ダーリン!?」「そんなに驚いてどうしたの? いつもそう呼んでるじゃない?」 彼女はおかしなことなんて何もない、むしろ僕の方がおかしいという目でじっと見てくる。 いやいや、僕は間違えてないからね! と僕は負けじと見つめ返した。「うん、あっ、そうだったね」 僕は諦める覚悟を少しずつもってきていた。「もぅ。ダーリンは、忘れっぽいんだから」 彼女は体をクネクネさせていた。 「私、運動音痴だし、身体も固いのよ」と付き合っていた頃に言っていた。 「いや、身体柔らかいじゃん」とツッコみたくなるぐらい、見事な身体の動きだ。 彼女が今日こんなに甘えてくる理由は、さすがの鈍い僕でもわかっている。 今日六月四日は、僕たちの付き合った記念日だ。「ダーリンならもうわかってると思うけど、今日は『イベント事』の日だよ」「わかっているよ、花音ちゃん。今日は僕たちが付き合った記念日だよね」「ん? 『花音ちゃん』じゃないでしょ? ちゃんといつもの呼び方で呼んでよ」 ダーリンの相方といえば、アレしかない。 今回の甘え方は、僕も巻き添いをくらう系なの
Huling Na-update: 2025-08-07
Chapter: 八章 「親になる準備をする日」 怒涛の二日連続『イベント事』の日から、一ヶ月が経った。 僕はいつも彼女に驚かされてばかりの僕ではないと意気込んでいた。 驚かしている意図もわかったので、今度は僕が逆に驚かそうと思った。 彼女にも楽しい思いをしてもらいたいから。 だから、僕は次の『イベント事』の日がいつなのか目星をつけた。 そして、彼女が「今日は『イベント事』の日だよ」と言う前に、僕が先に言おうと考えた。 きっと彼女は『気づいてくれたの!?』と大喜びしてくれるはずだ。 いつの間にか僕は『イベント事』の日を楽しむようになっていた。 今日はゴールデンウィークで、こどもの日でもある。 僕の予想では、必ず『イベント事』の日に該当する。 しかも、彼女の好きな『合算』を使っているのだから間違いない。 抜かりのないように、なぜ今日が『イベント事』の日に該当するかの説明も考えておいた。 晩ごはんを食べ終わった後で、僕は彼女に何の脈絡もなくこう話しかけた。「今日は『イベント事』の日だよね」「えっ!?」 彼女は僕の突然の言葉に、びっくりしている様子だ。「よし、いい調子だ」と心の中でガッツポーズをした。「僕だって、わかるのだから。ちゃんと何で今日が『イベント事』の日になるのか理由もあるから、とりあえず聞いてよ。まずはゴールデンウィークとこどもの日の合算だよ。そして、何で『イベント事』の日になるのかは、結婚してもいつまでも子どものような心をもったままの二人でいようという意味があるからだよ」 僕は自信満々に話した。「瑞貴ちゃん、残念だけど、全然違うよ。今日は『イベント事』の日じゃないよ」 あれ? 思ってたのと反応が違う。 怒ってはいないけど、普段の彼女の反応だ。「うそー!?」 僕はそこで、自分が間違えたことに気づき、急に恥ずかしくなった。「いや、大切なことだから、もう一回はっきり言うけど、今日は『イベント事』の日と違うよ」「えっ、でも、だってちゃんと理由とかも、」「色々言いたいことはあるけど、そもそも理由が弱すぎるよ」 また、彼女はナチュラルに話を被せてきた。 甘えモードの時というより、『イベント事』の日の話になると、彼女はどうやら熱くなるようだ。「弱い?」 僕は意外な言葉に、そのまま聞き返した。「そう。日にちも間違ってるけど、理由が壊滅的に弱い。とにかく弱す
Huling Na-update: 2025-08-06
Chapter: 七章 「四月一日 エイプリルフール」 僕は彼女との出会いを改めて思い出した。忘れたことは一度もない。ただこうやって意識的に思い出すことで新たな発見があるかともと感じた。 あの時は、彼女のことを全く知らなかった。それでも恋をした。 『イベント事』の日が始まる前の僕も、彼女のことをあまり知らなかった。 でも、これから先もずっと一緒にいるのなら、相手のことをもっと積極的に知る必要があるとわかった。 今は付き合いたての頃より、彼女のことをどれだけ知れているのだろうか。 僕は最近彼女のために変わりたいと思うようになってきていた。 お花見の日から一日開けた次の日、僕は『イベント事』の日について、わかってきたことをまとめてみることにした。 僕は少しずつだけど、どんな日が彼女にとって『イベント事』の日になるのか、わかってきつつあった。 『イベント事』の日はまず、比較的みんなに知られている記念日で、なおかつみんなが楽しい気持ちになれる日が多い。 その日にうまく理由をつけて、『イベント事』の日にする傾向がよくある。 『合算』という荒技などをしてくるぐらいだから、今後もまだまだ完全に読めないことは確かだけど、少しだけなら予測はできる。 今日はエイプリルフールだ。きっと彼女は甘えてくるに違いないと、僕は確信していた。 『イベント事』の日の法則性が少しずつわかってきても、僕はなぜその日が『イベント事』の日になるのか彼女の言葉で聞きたかった。 それは、なぜ彼女が突然『きゅんとさせて』と言い始めたのか知るためだ。 彼女の考え方を知り、それを手がかりに彼女の抱えている問題を見つけたい。 昨日から和歌山に泊まっているから今僕たちはホテルにいる。 ケトルでお湯を沸かし、僕はコーヒーを飲みながら考えていた。 僕は一日に数回コーヒーを飲む。 普段は何をするのも彼女と一緒に行動しているけど、このコーヒーの時間だけは一人でゆっくりと味わっている。 でも、ふとわざわざ一人の時間をもらう必要性があるのかと疑問にも思った。二人で温かいものを一緒に飲んでもいいのだから。 まったりとしていると、いきなり後ろから彼女に抱きつかれた。「今日は『イベント事』の日だよん」 女性なら誰しも一度は憧れるバックハグ。 彼女はもしかしたら「女性が憧れるなら、男性も憧れるはず!」と思ったのだろう。 でも、残念ながら、彼
Huling Na-update: 2025-08-05
Chapter: 六章 「過去編 恋の始まり」 彼女の「過去に会いにいきたくなった」という言葉と散る桜は、僕に彼女が初めて出会った時のことを思い出させた。 今から、去年の四月末まで日付をさかのぽる。 僕は仕事の昼休みになると、いつも行く喫茶店があった。 軽食もあってお昼ごはんも食べられるし、何よりこの喫茶店はコーヒーがおいしかった。 僕はコーヒーが好きだ。 この店は、コーヒー豆にこだわっているとネットで書いていたので少し前に来た。それから味が気に入ってずっと通っている。 喫茶店は昔からある昭和を感じさせるお店だ。あまり装飾もない。さらに広くはなく、こじんまりとしている。 若者に媚びず、映えたりも全くしない。 でも静かで、時間がゆるやかに流れているように感じる。 気持ちの切り替えが苦手な僕にとって一人になり気持ちをリセットする意味でも、この喫茶店はとてもいいところだ。 彼女と初めて出会ったのは、この喫茶店だった。 僕がある日いつものように注文をした時、注文をとりに来てくれた店員さんが彼女だった。 その瞬間、一瞬で恋に落ちた。所謂一目惚れというものだ。顔ももちろんタイプだったけど、接客がとても丁寧で優しそうがにじみ出ていたから。さらに、彼女の雰囲気も、なんだか僕と似ていていいなあと感じた。 不思議なことだけど、何も彼女のことを知らないのに、その時彼女と歩む未来がはっきりと僕の頭に浮かんだ。 でも、よく彼女を見てみると、僕よりかなり若いようだ。 仮に何度か通い仲良くなったとしても、僕みたいな年上の男性が、告白したら彼女を困らせてしまうじゃないかと思った。 だから、僕は気持ちを抑えることにした。それでも彼女のことは気になって、喫茶店に行くといつの間にか彼女を目で追っていた。 感情をうまく整理できない日々が続いていると、不思議なことが起こった。 僕が注文をするために店員さんを呼ぶと、彼女が来た。それは別におかしなことではない。 でも、次の日も、その次の日も、注文をとりに来るのは必ず彼女だった。 もちろん、他にも店員さんはいるし、混み具合とかもあるのにだ。 そんなことは今までなかった。偶然というには、できすぎている気がする。 でも、臆病者の僕からはそのことについて触れることができなかった。 そんな日が、しばらく続いた。 それからさらに数日後、突然注文を聞き終えたのに、彼女が
Huling Na-update: 2025-08-04
Chapter: 五章 「三月三十一日 お花見」 桜がきれいに咲く時期になった。 今日は三月三十一日で、僕たちは今和歌山県の和歌山城に、桜を見にきている。 僕たちは関東に住んでいる。和歌山は全国に見たら桜の名所と呼ばれはしない。なぜ遠くの和歌山に桜を見にきているかと言うと、彼女がそこに行きたいと言ったからだ。 僕が「近々桜でも見に行かない?」と彼女に声をかけた時、彼女は「それなら、瑞貴ちゃんの地元で、瑞貴ちゃんが小さな頃によく見に行っていたところに行きたい」と言ったことから始まった。 僕の地元は和歌山だ。 「桜なら、都内の方がたぶんきれいだよ」と僕が言っても、「和歌山のじゃなきゃ、見に行かない!」とまたぷいっと頬をふくらませた。 怒る姿もかわいいってすごいよね。 てか、もうすでに甘えモードに入ってる? 僕は別にめんどうくさいとは思わなかった。そもそも、僕が彼女に対してめんどくさいという感情を抱いたことは今まで一度もない。愛する人のために、僕が何かできるなら喜んでやりたいと僕はいつも考えている。 でもなんで、そんなに場所にこだわるのだろう。 お城は、国道に面して建っている。 和歌山では、有名な花見スポットだ。 お城に着くと、満開のしだれ桜が出迎えてくれた。色は薄いピンクで、ダイナミックさとかわいらしい感じがある。 そのまま空を見上げると、すぐにお城の本丸が堂々と姿を現す。 お城と桜というものは、やはり見事な組み合わせで、圧巻だ。 桜のピンク色とお城のごつごつした瓦の色が調和していて、桜の美しさをより一層際立たせている。 桜はちょうど満開で、右を見ても左をみても桜がきれいに咲き誇っていた。 人は都会に比べて断然に少なくて、楽に移動ができる。 僕は子どもの頃に来たことがあるから、大体どんな感じか覚えている。 彼女は桜を見ては、「えっ、すごーい」とか「きれい!」と歓声を上げている。 都会生まれ都会育ちの彼女にとっては、何もかも新鮮で、なおかつ色々な品種の桜を一堂に見れるのは珍しいのだろう。 あちこちに咲いている違う品種の桜を珍しそうに見比べては、写真を撮っていた。 彼女は写真を撮るのが趣味だと、最近わかった。和歌山に行く準備をしている時に大きなカメラが気になり、聞いてみた。彼女は「写真を撮るのが趣味だから」と普通に言った。僕は今まで彼女が写真を撮っているのを何度も横で見てき
Huling Na-update: 2025-08-03
Chapter: エピローグ プロポーズともとれる言葉を僕が言ってから、六ヶ月後のことだ。 僕と彼女は、今彼女の荷物が入った段ボール箱を僕の家で一緒に開けている。 あれからやることがたくさんあって、あっという間に月日が過ぎていった。でも、やっとすべて終わり、同棲を今日から開始することになった。 まず、彼女のお母さんにたいしては、行政の支援手続きが完了し今後の方針も決まった。 一度で全ての手続きが済めば楽なのに、行政への相談はかなり時間がかかった。 でも市役所福祉支援課の担当者に現状を話すと、親身になり様々な提案をしてくれた。 その結果、彼女のお母さんは障害認定を受け、介護老人施設に行くことになった。所謂『老人ホーム』と呼ばれるところだ。 彼女はその話を聞いた時、驚いていた。 今まで当たり前のように一緒に住んでいたのだから、驚くのも無理はないと僕は思った。どんな人でも、突然離れ離れになるとわかると、気持ちは乱れてどうしていいかわからなくなるだろう。 そして、そこまで病状もひどくないと彼女からは見えていたのだろう。 でも、担当者の人はただ老人ホームに入れてしまえばいいという考えではなかった。 その人は認知症の人の介護は長期戦になることが多いと、大変さと家族のすることを具体的にわかりやすく説明してくれた。 そのように対応してくれたから、彼女はしっかりと支援方法を受け入れ、納得できたのだろう。 二人っきりで家にずっといると、どうしても外の人と話す機会が少なくなってくる。そうなると考えはどうしても偏ったり、狭くなってくる。客観的な視点が必要だと僕は思い、前に行政に相談しようと彼女に言ったのだ。 彼女は、定期的にお母さんに会いに行くと言っていた。 次に彼女の元カレのことは、あのあとすぐに警察に行った。 彼女は被害届を出し、元カレに接近禁止命令がだされた。 僕は彼女がどのようなことをされたか警察に話している間ずっと彼女の手を握っていた。 少しでも支えになればと思い、そばにいた。 でも、警察に相談しただけでは彼女を守れないと僕はわかっている。 だから彼女の了解を得てから、彼女のスマホを買い替えて電話番号を変えてもらった。また、今彼女がいる同棲先の住所は誰にも教えなかった。 さらに元カレが同棲先をなんらかの方法で知り突然押しかけてきたとしても、彼女には絶対に会わせず追
Huling Na-update: 2025-07-01
Chapter: 三十章 「君よりも、君のことを」「僕は、華菜よりも、華菜のことを大切にし愛するよ」 僕はさっき閃いたことを早速言葉にした。 僕は、言葉にするスピードも前の僕に比べたら早くなったと自分で感じることができた。 もちろん、聞いた相手が嫌な思いをしないかはまずしっかり考える。 でも、華菜についてたくさん考えたことで、スピード感が身についたのかもしれない。 自己成長をしっかり確認できた自分を、心の中で褒めた。自分自身を褒めることは、おかしなことじゃないから。それは、他者だけができることではない。 そして、褒めることのハードルが、多くの人は高すぎる気がする。 小さくても、大きくても、あることができたことに変わりないのにわざわざ褒めない理由を作らなくていいと僕は思う。 一方で、たとえ人を救う力がなくても、『言葉』の力を信じたい気持ちがどうしても僕の心の中にあるようだ。 『自分の考え方や生き方を変えることは、簡単にはできなくてもっと難しいことだよ』と前に彼女が話していたことが、今ならよくわかった。 でも、難しいだけで、できないわけではきっとない。 時間がかかっても、僕は彼女のために変わる。「私よりも??」 彼女を見つめると、少しどういう意味かわかっていない感じをしていた。 まだ僕は順序立てて話すことは、課題が多いようだ。 でも、いつも『完璧』である必要性はないと思った。僕たちは『完璧』でないからこそ、もっと頑張ろうと思えるのではないだろうか。また、足りないところがあるからこそ、人は誰かと補い合いたいと思うのだと思う。それを行動に移すかはその人次第だけど、一度は助けてもらいたいと思ったことがある人がほとんどではないだろうか。「うん。まずは、今更だけど僕は話すのが下手でごめんね。どういう意味かというと、僕が僕に向ける思いや愛情と同じ分だけ、華菜に注ごうと僕は思った。その量には、意味がちゃんとある。まず、自分を愛することをできない人は、愛するということはどんなものかわからなっていないのかもしれない。わからないから他人も愛することができない。一方、自分以上に誰かを愛することは、無理をしていると僕は思った。さらにその思いの大きさに、相手も申し訳なく感じると思う。『愛』を簡単に言葉で表現することはとてもできないと思う。『愛』は、様々な形があるから。きっと正解はない。ただ自分の愛の形を客観的に
Huling Na-update: 2025-06-30
Chapter: 二十九章 「僕は、不幸に思わない」「華菜がそばにいてくれれば、何が起きても僕は不幸と思わないよ」「私がそばにいれば?」 彼女は、手を口にあてていた。 驚くことを僕はわかっていた。彼女は今まで自分がそばにいることで人を不幸にしてきたと思っているから。 でも、驚かせるだけじゃなく、僕には今回お話をすることで変えたいものが明確にあった。 ただ結論を伝えれば、会話とはよいものではないと僕はわかった。結論に至った流れやその理由も合わせて伝えることで相手は安心できる。「華菜は僕にとって『天使』だよ。出会った時から華菜はずっと僕を照らしてくれている。うまくできないことが多い僕にとって、華菜は本当に光って見えた。それはきっと『堕天使』が心に棲みついているためだけじゃない。華菜自身が確かに輝きを放っていた。華菜は気づいていないかもしれないけど、これまで僕は何度も何度も華菜に救われてきたから。それは大きなことから小さなことまで様々なことがあった。だから、そばにいると誰かを不幸にしてしまうなんて悲しいことは言わないで。華菜は、僕を何度も救って幸せにしてきたことは、紛れもない事実だよ」「悠希」 彼女は涙を流しながら、僕の名前を呼ぶ。「それに、たとえ自分にとっては人生は『苦しみ』であっても、他の人が同じように見えているかわからないよ。相手の心は深く関わらないと見えないから、『苦しみ』は表面的には見えないと思う。または、心まではわからなくても、華菜が頑張って生きてる姿に勇気をもらえている人はいるかもしれない。心のうちを知った僕にも、華菜は今も輝いてみえるよ。そして、僕の一番の『幸せ』は、華菜といることだ。『僕のそばにこれからもいてくれない?』とお願いをするよ。僕の人生に華菜がいないと想像しただけで、胸がすごく痛くなる」 彼女のことをたくさん知った。 でも彼女はやっぱり神秘的で、『天使』という表現がぴったりだと今でも僕は思っている。「『天使』だなんて、褒めすぎだよ」 彼女の顔は、一瞬で真っ赤になった。 その後で彼女は、僕の話したことをゆっくりと受け止めていった。「本当にずっとそう思ってるんだから」 僕は彼女の疑問に思うことに答えながら、そう言った。「そうだったんだね。私なんかをそんな風に思ってくれていて本当にありがとう」「『私なんか』とか、自分を下げる言い方をしなくていいんだよ。華菜は立派に
Huling Na-update: 2025-06-29
Chapter: 二十八章 「『堕天使』に優しさを」「華菜の心に棲みついている『堕天使』の話だけど」 僕はこの話もしっかり二人で話し合い、お互いの考え方を知りたいと思っている。 相手の考え方がわかっていないと、困っているときに求められている行動をすぐにとれないから。 彼女は、僕の言葉を聞いて、ビクッと体を震わせた。 僕は、彼女が何に怯えたか予想がついた。 彼女はきっと僕と同じようなことを思っている。「大丈夫だよ。華菜が今想像したような話じゃないから」「えっ!?」「華菜は心に棲みついている『堕天使』を追い出すことを躊躇っているよね? 大丈夫。僕は追い出そうと言わないから」「どうして私の気持ちがわかって、さらに悠希もその考えを受け入れてくれるの?」 彼女はいつものように不思議そうな顔をしていた。 その顔を見ながら、僕はハッとした。彼女は不思議そうな顔が|様《さま》になるのではなく、不思議そうにしている仕草や表情が素敵に見えるのだ。それは『堕天使』が心に棲みついているからだけではないだろう。『不思議』が似合う人はきっと多くはいない。それも彼女の魅力の一つだろう。 そのことをまた彼女に話そうと思うと、胸がワクワクしてきた。「それは、華菜はどんなに辛い話を僕にしている時でも、一度も『堕天使』のことを悪く言う言葉を言っていなかったから。原因は『堕天使』にあるだろうに、僕はそこになんだか違和感を感じた。確かに追い出す方法は現時点ではわかっていないけど、積極的に追い出す方法を探している感じも見られない。そこまではわかったけど、その理由までは僕にはわからなかった。華菜が追い出すことを躊躇っている理由を教えてくれないかな?」「悠希の考え通りで、私は『堕天使』を心から追い出したくないと思っている。その理由は、追い出した後のことを考えるからだよ。私は、『堕天使』、いやこの子の存在を消されたくない」「それは、どういうこと??」 僕は『堕天使』を彼女の心から追い出せば、彼女も苦しまなくていいと思っていた。『堕天使』のその後のことまでは考えたことはなかった。「確かにこの子はたまたま私の心に棲みついただけだよ。でも、もし私が追い出してしまえば、神様はきっと弱っているこの子を必死に探し、完全に殺すと思う。『堕天使』は一般的には『悪』と勝手に決めつけられ、いてはいけない存在とされている。でも、たったそれだけの理由で殺
Huling Na-update: 2025-06-28
Chapter: 二十七章 「僕が、君を守る」華菜は、今まで誰にも頼らず、一人で自分自身を守ってきて本当にすごいよ。人は強くないから、なかなかできることではないよ」 僕は、彼女を褒めた。 褒められたり認められると心が温かくなるから。 彼女がこれまで自分自身を褒めてこなかった。その分を今日から僕がたくさん褒めようと思った。「まあ無自覚なんだけど」 彼女は、乾いた笑顔を浮かべた。 僕はその表情さえも変えたくて、さらに言葉を紡ぐ。「そんなことは関係ないよ。これまで生きていてくれてありがとう。華菜がどこかで人生を諦めていたら、僕は華菜に出会うことすらできなかったんだから」「私に出会えて本当によかった?? 私は悠希に大したことできていないし、迷惑ばかりかけてきた気がするけど」 彼女も僕と同じで、自分に自信がないと今ではよくわかる。 彼女は神秘的だけど、僕とよく似ているから。「僕は、華菜に出会えて幸せだよ。それは誰に何を言われても、覆らないことだよ。華菜のおかげで様々な考え方も知れた。華菜に出会わなければ、今の僕はいない」 彼女は、僕の言葉に耳を傾けている。「そして、これからは僕も華菜を守るよ。華菜はもう一人ぼっちじゃないよ」「悠希も守ってくれるかあ」 彼女は僕の言葉を受け入れるかのように、ゆっくり繰り返していた。「まずは、前に少し話した話だけど。僕が華菜の安心できる場所になるよ。前にそのことを言った時、どうなるかまでは話していなかったよね?」「そうね」 彼女の表情が少しだけ柔らかくなった。「僕には、いつでもなんでも辛いことを言っていいよ。ただ僕がそばにいるだけじゃない。僕は華菜の全てを受け止めるから。何があっても裏切らないし、僕だけは華菜の味方だよ。それだけじゃ華菜も申し訳なくだろうから、僕もこれからも華菜には隠し事はせずになんでも話すようにする」「お互いに心のうちを見せ合うのね」「そうそう。あと華菜は『自分自身を嫌い』と言ってたよね? それなら僕がそれ以上に華菜を好きになる。暗い感情さえも、僕がそばにいることで変えてみせるから」 僕はそのまま話を続ける。「次に、前に華菜が言っていた『親の世話』について詳しく教えてほしい。具体的にどんなことをしているの?」 僕は今までそのことに触れてはいけない気がしていた。聞き方によっては相手を傷つけるかもしれないから。でも、それは言い訳
Huling Na-update: 2025-06-27
Chapter: 二十六章 「彼女が恐れていたこと」「私の負けね」 彼女は、突然そう言った。「負け??」 僕は正直何の話なのかわからなかった。もちろん僕は彼女と勝負をした覚えがない。「そう。悠希の観察力と私に対する思いの大きさに、私は根負けしたのよ。だから、私が恐れていることを教えるよ。でも、その前に悠希に謝りたいことがあるんだけどいい?」「謝りたいこと?? いいけど、何か華菜は悪いことをしたかな」 考えてみたけど、僕にはすぐには浮かばなかった。 むしろ、僕は彼女のために大したことはできていないと思っている。 僕がもっとしっかりしていれば、彼女を救えるはずだ。「今まで悠希を一切受け入れず、屁理屈ばかり言ってごめんなさい。私がそんな態度ばかりとるからだから、悠希はかなり困ったよね」 彼女は深々と頭を下げた。「そんなこと気にしなくていいよ」 予想外な展開の話ではあったけど、そんなことは本当に小さなことだった。 むしろ、彼女と話すことで僕は新しい考え方を知ることもできた。 僕から感謝の気持ちを伝えたいぐらいだ。「私がそう振る舞ったのは、恐れているものが大きく関係している。私が恐れているのは、『私の力のせいで悠希が不幸になること』だよ。私が今まで悠希に言ってきた言葉はすべて嘘よ。いや、本心ではなかったと言う方が正しいかな。きっと本心をそのまま言えば、悠希に悪影響がでてくると思った。心の中では悠希が言ってくれた言葉一つ一つがどれも本当に嬉しく感じていた。感動も何度もした。何をしてもダメな私に、何度も何度も真剣に向き合ってくれて感謝の気持ちしかない。こんなに私を愛してくれる人は、きっと今後いくら探してもいないだろうと思った。だからこそ、私はどうしても悠希を不幸にしたくなかった」「不幸にすることと、本心を言わないことはどんな関係があるの?」 僕には、まだ彼女の話がうまくつながっていない。それでも彼女の手を、いや心の扉を今つかみたいと思った。 今なら開けられる気がした。「私が、悠希の言葉を素直に受け入れるときっと悠希とさらに仲を深めることになる。二人の距離が近くなると、私の力のために悠希が不幸になる可能性がぐっと高くなるから。私が今まで不幸にしてきた人は、私と関係性が深くなった人が圧倒的に多いから」 僕はその言葉を聞きながら、彼女の母親や彼女の従姉妹で今はもう亡くなってしまった美琴が頭にすぐ
Huling Na-update: 2025-06-26
Chapter: 五章 彼女の涙に、優しさを感じた。 どうしてこんな温かみのある涙を今流すのだろう。 考えの中に入り込みそうになったけど、なんとか我に返り涙を流した理由を聞いた。「紗奈、どうしたの?」「これは、『幸せの雫』だよ」「幸せの雫?」 僕は聞いたことのない言葉だったけど、すごく興味が湧いた。「うん。最高の幸せを感じた時にだけ流れる涙のことをそう呼ぶのだよ。子どもの頃、お母さんに絵本読んでもらった時に教えてもらった」「それならよかった」 僕は彼女の涙が悲しみからくるものでなくて安心した。それと同時に、子どもの頃に教えてもらったことを今も素直に信じている彼女がとても純粋だなと思った。「私は今、幸せをいっぱい感じているよ」「本当?」「本当だよ。私がこれまでに嘘ついたことあった?」「嘘をついたことはないね」 彼女と出会った時の頃から思い返していたけど、嘘をついている彼女はどこにもいなかった。「でしょ」 彼女は「頭をなででー」と自分の頭を僕の方へ近づけてきた。 僕たちにとってこれは結構頻繁にあることだ。日によって甘える側が変わることもある。 結婚してからも僕たちは付き合っていた頃と変わらずずっと仲がよかった。むしろ、結婚してからの方が仲がよくなった。彼女といる時間が増えて、彼女のことをより知っていったら、もっと好きになった。 僕は彼女の頭をなでながら、彼女の目を優しく見つめた。「あと、それと⋯⋯」 彼女は少し下を向いた。「それと?」「私は葵央に黙っていたことがある」「その時が話す時じゃないと紗奈が感じたなら、気にすることはないよ」「そう言ってくれてありがとう。でもずっとこれでよかったのかなと考えていた。葵央を何度も過去の世界に行かせたのは私なの」「そうだったのだね」 自分の意志ではなかったから、過去に来た経緯が少しわかった。でも、負の感情は浮かんでこなかった。「びっくりしただろうし、怖かったよね。本当にごめん」「大丈夫だよ。でも、どうして僕に過去に行ってほしかったの?」 僕にとって過去に行った意味は十分あったけど、彼女にはどんな理由があるのか知りたかった。「ただもう一度葵央に逢いたかったから」「逢いたかったから?」「そう。私があの世に行ってから星に願っていた。あの世でもこの世と同じように夜になると星がきれいに見えるのだよ。
Huling Na-update: 2025-04-29
Chapter: 四章 どれぐらい走ったかわからない。 ここの景色は見たことがあるところだけど、どこかもどこにいけばいいかわからない。 でも、辛さは全然なかった。 彼女に会えるなら、これぐらい本当に微々たるものだから。 僕は前にいる人の間を駆け抜ける前に、ちらっとその人の後ろ姿を見ていた。 彼女の姿なら、後ろ姿を見るだけでわかるから。 彼女が特別特徴的な髪型をしているわけじゃない。僕には彼女だと一目でわかる目に見えないレーダーが頭についている気がする。「紗奈!」 何人もの人を追い抜かしていき、僕は彼女をやっと見つけた。「葵央、そんなに慌ててどうしたの?」 肩で息をしている僕を見て、彼女は少し心配そうな顔をしていた。 そんな顔を何度もさせたくないなと、僕は心が痛くなった。「突然現れてびっくりしていると思うけど、今僕のことはいい。大丈夫だから。そんなことより紗奈に今すぐ伝えたいことがあるのだけど、ちょっといいかな?」「うん、いいよ」 僕は彼女の手をとって、走り出した。 ここは道路だから、もう少し落ち着けるところに移動したかった。 静かそうな公園を見つけたから、そこに行き公園のベンチに座ってもらった。 決して最高の場所と雰囲気でないことはわかっている。でも、僕はこの世界にどれだけの時間いられるかわからないからここに決めた。「紗奈さん。僕と結婚してくれませんか?」 僕は膝立ちになり、彼女の顔をまっすぐに見つめた。「はい」 彼女は、僕の言葉を受け取って頷いてくれた。「去年プロポーズをしてくれたところなのに、また愛を伝えてくれて本当にありがとう」 僕は彼女の言葉からここは二〇一五年の世界だとわかった。そして、奇跡的に望んでいた世界に来られて安心をした。「初めてプロポーズをした時、全然スマートにできなくてごめん。紗奈はもやもやした気持ちがずっと残っていたよね」 本当は、その日からずっとプロポーズについての話題を避けていたことも言いたかった。でも、今は二〇一五年の世界にいるからそれを言うとややこしいことになるから言わなかった。「そんなこと気にしなくていいのに」 彼女は優しく微笑んでくれた。それだけなのに僕は心が軽くなったのを感じた。 「僕は大切な人とはどんなことでも真剣に向き合うことの大事さを、紗奈に教えてもらった。紗奈には、何度でも思いを伝えた
Huling Na-update: 2025-04-29
Chapter: 三章 僕はあの日からプロポーズのことを話題に出すのを避けていたことに気づいた。 今頃になってやっとわかり、僕はかなり申し訳ない気持ちで心がいっぱいになった。 そう思いながらで、プロポーズのことについて一度もネガティブな言葉を言わない彼女の優しさを同時に思い出した。 そして、その優しさが恋に落ちた瞬間のことを僕をまた思い出させた。 その時は、彼女がサークルに入ってから初めての夏休みを迎えようとした時だった。 彼女がサークルに入って初めて会話をしてから、二人の距離がぐっと縮まったのは、好きな歌手の話をした時だった。好きな歌手が同じで、さらにどこが好きなのかも同じだったからだ。 共通点があるというより、そんな深いところまで同じことに驚いた。どこが好きかなんて人それぞれで無限に近いほど数があるから。 あの時のことは、今でもよく覚えている。 「そんなことってあるー?」って、部室で大声を出し、笑い合ったから。 他にも夢見がちか現実的かという話になった時も、夢見がちと同じだった。その時の僕は二人の間に同じことが増えることがただ嬉しかった。 それから僕たちは自分の感情も追いつかないほど、すごい速度で仲をどんどん深めていった。 僕と彼女にたいして、同級生たちは「もうサークル中にいちゃつかないでよ〜」と冗談まじりにからかってくるようになったまでだ。 でも、そんな時は僕が同級生に何かを言うより先に、彼女が「先輩、違いますよ。山崎先輩が優しいから、色々話を広げてくれるだけですから」と言い、場をいつも収めてくれていた。 僕からしたら、こんな風に僕を守る言葉を自然と言ってくれる彼女の方が何倍も優しい。 彼女は一般的に顔はかわいい上に愛嬌もある。僕が同級生たちに彼女と仲良くしていることを妬まれる可能性はゼロではない。 彼女がそこまでわかっているのかまではわからないけど、彼女の人を明るくする才能に僕が救われていることは間違いのないことだ。 一方で、そんなにはっきりと『違う』と言われるとちょっとだけショックを受けている僕もいた。 僕は最近彼女のことばかり考えるようになっていたから。 明日から大学は夏休みに入る。うちのサークルは夏休みに集まることは数回しかない。 だから、彼女とはしばらく会えないようになる。 普段はサークルがある日は毎回顔を合わせていた。でも
Huling Na-update: 2025-04-29
Chapter: 二章 僕はお店に向かいながら、彼女との出会いの続きを思い出していた。 僕が入っている大学のサークルの見学に来た次の日に、「入部したいです」と彼女は再びやってきた。 僕が所属しているのは、ダンスサークルだ。 でも、多くの人がダンス未経験ということもあり、他のサークルと比べてもかなりゆるい感じだ。 その頃僕は大学三年生だから、彼女とは二歳差がある。 先輩だからといって特別えらいわけでもないと僕は考えているから、挨拶をしに彼女のもとに行った。 彼女は、「あっ、山崎先輩ですよね?」と先に声をかけてきた。「えっ、そうだけど。もうすでに自己紹介しちゃってたかな?」 僕は、予想外の言葉に驚いた。「名前合っててよかったです。あっ、お話するのは初めてです。昨日見学に来た時に、他の先輩の方が山崎先輩の名前をよく呼んでいましたので、名前を覚えました。でももう一度来ると、名前が合っているのか急に自信がなくなってきて⋯⋯」 彼女は顔を少し赤くしていた。 僕はサークルの部長ではないけど、新入生受け入れの準備などを積極的にすることが多い。 僕は、人と話すことが好きだから。 見学にきた数人の子の中で一際元気な子が一人いて、その人がこの子だったと、僕はすぐに頭の中で情報が一致した。「そうだったのだね。わざわざ覚えてくれていてありがとう」「私はダンス未経験ですから、先輩の方々の名前ぐらいは早く覚えておこうと思ったのです」 その考え方は僕にはなかったもので、珍しさを感じた。さらに、形式的ではなく素の前向きさを感じとれた。「すごいけど、そんなに気合い入れなくても大丈夫だよ。うちのサークルに入る人のほとんどがダンス未経験で、サークル内の雰囲気もわいわいとした感じだから」「未経験者の方が多いんですね。経験者の方ばかりだとどうしようと思っていました」 彼女から緊張の糸がほどける音がした。「じゃあ、これから簡単にサークルについて説明するね」「よろしくお願いします」 サークルについての説明が一通り終わった後、僕は彼女にまた話しかけた。「あっ、よかったらだけど、最後に名前をもう一度教えてもらってもいいかな?」 この時の僕にやましい気持ちは一切なかった。 僕が覚えること全般が苦手だから、初めに名前を聞いたけどちゃんと覚えられてなかっただけだ。「私のですか? いいですよ
Huling Na-update: 2025-04-29
Chapter: 一章 忘れることができない後悔がある。 何をしても変わらないのに、心にしこりのようにずっと残っている。 基本何事も夢見がちな僕が一つだけ現実的に考えるようになったのは、あることが関係している。 そんな事を思い出していると、どこからかオルゴールのネジをゆっくり回しているような機械音が聞こえてきた。 そこから聞こえる音楽を聞いているうちに、僕の意識は落ちていった。 目を開けると、僕はさっきまでいたところと違うところに立っていた。 慌てて周りを見渡した。街路樹がたくさん植えられていて、おしゃれでありながら落ち着いた雰囲気があるところだ。 やや遠くには、美容室が何店も並んでいた。 人は多いけど若い人はあまりおらず、まるでこの街の雰囲気に人が合わせているかのように感じた。 僕はさらに前を見つめると、電飾がきれいに飾りつけられたオブジェがいくつかあった。 その時、僕はデジャブを感じた。 前方から真上に視界を移すと、太陽がまだ浮かんでいた。時間帯的に夕方になる少し前ぐらいだろう。 だから、電飾もまだ鮮やかな光りを放っていないのかと納得がいった。 隣を見ると、妻の紗奈(さな)がいた。 それらの情報から、僕は今どこにいるのかなんとかわかった。 まずここはワンランク上のデートスポットとして雑誌に載っていたところの『代官山』だ。 そして、この風景だけでなく僕がここに彼女と一緒にいることから、ここは二〇一四年のクリスマスだとはっきりとわかった。 そうわかったのは、僕が彼女とこれまで代官山を訪れたのは、この時の一回っきりだからだ。 「代官山にデートに行こう」と僕が伝えると、僕よりも少し年下の彼女は「ドレスコードがあるお店に行く予定かな?」と事前に聞いてきた。 僕は知的な女性に魅力を感じる。 だから、そういうところまで瞬時にしっかり考えられる彼女を誇らしく思っている。 彼女の好きなところをあげると、いくら時間があっても足りない。それほど僕は今も彼女に心を奪われてる。 彼女は淡いピンク色のパーティードレスを着て、化粧もいつもよりきっちりとしている。 見るのは今回で二回目なのに、彼女のドレス姿に見とれてしまった。 彼女は普段かわいらしい服を着ていることが多く、化粧もそんなに濃くないことが多い。 きっと普段と違うからだと、僕は胸のドキドキに理由をつ
Huling Na-update: 2025-04-29
Chapter: 三節 「寄り添う」僕はさらに、これまで関わった人を再び思い返すことにした。 僕にとってターニングポイントであったから。 愛に生きた人、夢に生きた人、自分の足で未来を見つけて再び歩き出した人。 彼らは孤独を感じていた。 心が折れてしまった時もあった。見ているだけで辛そうだった。 僕もその気持ちに同調してしまう時もあった。 でも、必死に孤独と闘っていた。 決して今という時間を生きることを諦めることはなかった。 僕はその人たちが亡くなってしまうことを止めることは一度しかできなかったけど、その人たちの心の支えに僕はなれていたのだろうか。 彼らの思いにちゃんと寄り添えていたのだろうか。 僕がいることで、孤独と感じる時間が少なかったかははっきりとはわからない。 素敵な顔を僕に見せてくれる人もいた。生きたいという思いが段々強くなったのをしっかりと感じた時もあった。 それらは、寄り添えていた感覚を僕に少しだけ与えてくれた。 一方で、彼らに出会うことで、僕が教えられることもあった。僕自身が強くこともできた。 それは、愛情や夢や希望という思いや感情の強さだ。どんなに辛くても、彼らはそれをずっと信じていた。それらがあったから、生きることに自ら終止符を打つという選択をしなかった。思いとは、人に生きる力を強く与えるものだった。 思いの強さがこれまでだと僕は知らなかった。 彼らの懸命に生きた姿は、僕の心の中にずっと残っている。 忘れることは決してない。 でも、未だに看取り方について後悔は残っている。 もっと彼らのために何かできたのではないかと思う。僕の配慮が足りなかったのではないかとも感じる。 看取ることは、ただ最期の瞬間に立ち会うというだけではなかったから。 その人の苦しみや痛みを知り、残りの人生を今まで生きてきた時間よりも素敵なものにすること。そして、今まで生きてきてよかったと感じられること。 看取ることには、それらを手助けすることも含まれていると僕は彼らを看取って強く感じた。 もちろん、看取る人も一緒に辛くなる時もある。暗い感情を近くでずっと受け止めているのだから、そうなることはおかしなことではない。 看取ることは、誰でもできることではないのかもしれない。 でも、その人が本当に大切な人なら、自分を必要としてくれるなら、孤独な思いを少しでも軽減させる行動を
Huling Na-update: 2025-05-25
Chapter: 二節 「孤独な人と向き合う理由」 涼華の死があった次の日から、僕は人がいつ亡くなるのかわかるようになった。 最初は何が起きているのかわからなかったから、かなり混乱した。 正直その時の僕はタイミングが悪いと思った。 あと数日早くこの能力が宿っていたら、彼女が亡くなる前に駆けつけることができたから。 人生はいつも思い通りにはならないものだと痛感した。 一方で、これは自分の今までの行いによるものだとも思った。 誰よりも大切な人が孤独に感じているのに僕は何も感じとることができなかった。病気だと知っていたのに、涼華との時間をしっかりとることができていなかった。いや、僕自身はしているつもりだったけど、それはただの自己満だった。 僕は完全に取り返しのつかない間違いを犯した。 信頼されている恋人の僕だからできることってきっとたくさんあったのに、僕は本当に何をしていたのだろう。 あの日から僕はずっと後悔をしている。自分のこともたくさん責めた。いくら責めても、僕は何者にも変われないけど責め続けた。この苦しみは、僕が一生背負い続けけなければいけないとも思っている。 だから、こんな能力が宿ったと思っている。たくさんの人の最期の瞬間に立ち会い、自分が彼女にしたこと、孤独な人の気持ちを知り寄り添うことの大切さを誰かがわからせようとしているのかもしれない。 あの時の僕は、向き合うこともせず、逃げ出して、あまりにも中途半端だった。 そんな覚悟で誰かを元気づけることなんてできるはずがないのに。 孤独の中にいる人の手をとり、生きた意味や納得のいく最期の形を一緒に見つけるためには、その人の抱えている辛さ全部に寄り添わなければとてもできない。 寄り添わなければ、相手をわかろうとしなければ、相手に信頼されることはない。 信頼されなければ、きっと心のうちの悩みを話そうとは思わないから。 しかも僕の場合、短い期間で相手に信頼される必要がある。 中途半端な言葉は、相手の元に届く前に暗闇に飲み込まれてしまう。 それじゃあ誰一人も救うことなどできない。 でも、この能力を正しく使えれば、ある人が亡くなる前にその人に寄り添い、最期を僕が看取ることができる。苦しみではなく、少しでも幸せを握りしめて、この世から旅立つことができると僕は信じている。また、前回会った川嶋 美優さんのように本来は亡くなる予定だった人に希望を
Huling Na-update: 2025-05-24
Chapter: 一節 「過去のお話」 二年前の出来事だ。 その日は、雨が降っていた。 雨は、記憶を思い出させる効果があるのかもしれない。実際に僕は今まで寄り添ってきた人といる時に、雨が降るととある過去のことを思い出した。 僕はその時、涼華という女性と付き合っていた。 彼女はとにかく明るい女性だった。彼女の明るさに僕が何度救われたかわからない。 でも、病気を患っていてあと何日生きられるかわからないと医師に余命宣告を受けていた。 僕はそのことを付き合う前に知っていた。それでも彼女と付き合いを始めることを選択した。付き合うことをやめようとは一切思わなかった。命が残り少ないことと恋をすることは関係ないと当時の僕は思っていた。 今思えば、彼女のことや先のことを僕は何一つ考えられていなかった。 「やめておいた方がいいよ」と後ろ向きな言葉を彼女が一度だけ言っていたのを今でも覚えている。そのことについて僕は彼女としっかり話し合わなかった。 それが後悔の始まりだろう。 僕が一人になっても、何か困ることは浮かばなかった。でも、ちゃんと彼女とそのことについて話し合うべきだった。 病気のことを知った上で、彼女を最期の瞬間まで愛そうと、何があっても一緒にいようと心に決めていた。だけど、その思いは伝わることはきっとなかった。 僕はただただ自分のことしか考えていなかったのだ。 彼女の両親から今すぐ来てほしいと連絡があった。 僕の中で、嫌な予感はどんどん膨らんでいった。 それは、僕が予想していたより遥かに大きな感情だった。 突然怖くなって身体が震えた。 僕は、息を切らして彼女の元に駆けつけた。 横になっている彼女はとても穏やかな顔をしていた。 周りの人に目を向けると、僕のように慌てている人はいなくて皆下を向いていた。何かを話している人もなぜかいなかった。 この静けさはなんだろう。 嫌な汗がどんどん流れてくる。「涼華は、今さっき命を引き取りました」 涼華のお母さんは、そっと僕に近づいてきて静かにそう告げた。 お母さんの声は、とてもか細かった。普段はこんな感じではない。それほどまでに心身が弱ったいたのだろう。 僕はそれをきづくこともできなかった。「そんな⋯⋯」 僕はその先が言葉にならず、その場で泣き崩れた。色々な感情が混ざりあって僕の体の中で暴れていた。情けないけど、立っていること
Huling Na-update: 2025-05-23
Chapter: 五節 「信じられるもの」 彼女から屋上に来てほしいと連絡があった。 屋上は僕たちが初めて出会った場所だ。僕たちの関係は、ここから始まった。 そこから彼女は少しずつ、他人を知り、自分を知っていった。 色々なことに触れ、考え方を深めていった。 今はもうあの時の彼女ではない。 あのときの彼女は何も信じていなかった。 短期間で彼女は本当に急激に成長した。 屋上に呼び出すと言うことは、きっと彼女は大事な話したいのだろう。 空を見上げると満月が浮かんでいた。「笑わないで聞いてくれる?」 彼女はまだ僕の方を向いていない。 優しい青色のロングスカートがふわりと揺れている。「はい、ちゃんと聞きます」 僕の言葉を聞いてから、彼女は僕の方を振り向いた。 彼女のあどけない顔が、今日はしっかりしているように見える。「私、孤独にも負けないものがやっと見つかった」 彼女は嬉しそうに笑った。「何ですか」 僕はドキドキした。彼女が出した答えはなんだろうか。 彼女には孤独死せずに、この先ずっと生きてほしいから。「自分自身だよ」 彼女は僕に近づいてきた。「私、わかったよ。私は『生きること』自体が怖かった。ただ怖かった。だから今まで逃げていた。できないことからも、不幸なことからも、私自身からも、本当に全てのことから。一度も向き合ったことがなかった」 僕は彼女に温かい視線を送った。 彼女の不幸な境遇は、色々な要因から起きていたと思う。それをどう捉えるかも確かに大切だ。「そして、淑子さんや尊君の信じるものに触れて、私はこのままじゃダメだと強く思った。彼女たちは、もっと生きたいのに生きることができなかった。もっとやりたいことがあるのにできなった。私は違う。死ぬ運命じゃないのに、生きることから逃げていた。そして、向き合ってみれば、変えられることもあるかもしれないと思った」 僕は二人の話を話してよかったと思った。彼女にはしっかり僕の思いが届いていた。「私が信じられるものってなんだろうってずっと考えてた。その答えがやっとわかった」 彼女はゆっくりと深呼吸した。「それは自分自身。物事に向き合えば、辛い思いになる時もきっとある。でも、それを乗り越えられるかどうかは自分自身にかかっていると思った。心を癒すこと、物事の捉え方を変えるのは本人がすることだから。私は私を信じたい。簡単なこと
Huling Na-update: 2025-05-22
Chapter: 四節 「孤独と対峙して」「助けて」 夜中に彼女から電話があり、僕は急いで彼女の家に向かった。 僕は心が大きく乱れることがあったのだろうと思った。 電話越しの声が震えていた。 家に着くと、彼女はキッチンで包丁を首に押し当てて泣いていた。 電気もついていない部屋から彼女の泣き声だけが響いていた。 この部屋はまるで彼女の心の中を表しているかのようだ。 彼女は独り言のように話し始めた。「ふとした瞬間に、私って独りだなと感じる。そうするとどうしようもないぐらい死にたくなる。その感情を止められない。私って弱い?」 彼女は死にたい理由を初めて僕に話してくれた。 メンタルが弱ることは普通なことでもある。「弱くないです」 僕はしっかりと彼女の目を見て話した。「本当に?」「本当です」 僕は彼女の手から包丁をゆっくりと切り離した。「でも、独りだよね?」 彼女の目から涙がこぼれそうになっていた。「僕がそばにいます」「歩さんだって、ずっとそばにはいてくれないよね。私が自殺しないとわかればきっといなくなっちゃうんだよね。そんなの嫌だ。ずっとそばにいてよ」 彼女の本心がどんどんあふれてくる。 僕のしていることもちゃんと理解していて、聡明だとも感じた。 誰しも独りでは生きていけない。 人は、頼り支え合っていいものだ。 彼女は独りになることを強く恐れていた。 いや、もうこれ以上独りでいることに耐えられなくなっていたという方が正しいかもしれない。 彼女の心は思っていたよりずっといっぱいいっぱいのようだ。「確かに、僕は美優さんが孤独で自殺をしてしまうことを防ぎにやってきました。それが終わっても、僕たちの関係が完全になくなることはありません。いつでも会えますよ」「ホントに? 歩さんは私のことを裏切らない?? 私をおいてどこかにいってしまわない?」 彼女は自分と闘っていた。前に進もうとしていた。 彼女は今また誰かを信じようとしている。それをすることは彼女にとってとても勇気のいることだっただろう。 だからこそ僕はその気持ちに応えたい。「大丈夫ですよ」「ありがとう。私頑張る」 それは、彼女と心が触れあった瞬間だった。 それから数日が経ったある日のことだ。「歩さんが看取った人の話をもっと聞かせてくれない?」 今僕は彼女の部屋の中にいる。 そう話す彼女はなんだ
Huling Na-update: 2025-05-21
Chapter: 三節 「彼女を知りたい」 季節がまた前に進んだ。 木々は枯れて、寂しさを感じされる。 僕は毎日美優さんに話しかけるために家に行っている。 それはできる限り彼女に気にかけていたいから。 自殺衝動はなかなか完全になくならない物だ。そのことで本人も辛いと思う。 原因を取り除いたらもう大丈夫というほど簡単なものではない。 彼女が自殺をしそうになることは僕がいる時にはなかった。 そして、少しずつだけど、僕たちの距離は縮まっていった。もちろん、だからといって完全には安心はできない。「美優さんの好きなことってなんですか?」 今僕たちは彼女の部屋で、話をしている。 テレビやこたつがあるだけのシンプルな部屋だ。 彼女は上を見上げ、考えているようだ。 僕は彼女が話すまで決して急かさないことにした。じっと待つことにしている。どんな感情でも彼女の思いや気持ちを止めたくないから。 まだまだ彼女のことで、知らないことが多い。 今まで二人の人を看取った経験から、何かをやらないで後悔するのはもう嫌だった。「うーん。特にないかな。最近はやる気も出ないし」 彼女は少し申し訳なさそうにそう言った。「ないと辛くないですか?」「もうそんな感覚もわからなくなっちゃったかな」「そうなんですね。美優さんがよければですが、またゆっくり探してみませんか?」「気が向いたらね」 彼女は完全には否定はしなかった。 だこらこそ、僕はもう一歩踏み出してみた。「もしよければ、自殺したいと思う理由を教えてもらってもいいですか?」「それは……」 彼女は急に落ち着きがなくなった。「大丈夫ですよ。今じゃなくてもいいし、もし話せたらいいですから」「うん。色々あるけど、辛いことが重なったからかな」「教えてくれてありがとうございます」「そんなお礼を言われるようなことを言っていないよ」「そんなことないです。美優さん今確かに頑張ってくれました。辛いと言うこと自体大変なことですから」「そうなんだね」 彼女にイマイチ響いている感じはしなかったけど、今はそれでもいいかと僕は思った。 ゆっくり生きていくことは決して悪いことではないから。むしろ、多くの人は生きることを急ぎすぎている。「じゃあ、嫌いなことはなんですか?」「それは話出すととまらないぐらいあるよ。いいの?」「はい。いいです。僕はどんなことでも、何
Huling Na-update: 2025-05-20