雪のようなあなた

雪のようなあなた

last updateLast Updated : 2025-10-21
By:  桃口 優Updated just now
Language: Japanese
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「あなたって、雪みたいだね」 僕は見知らぬ女性に突然この言葉を言われる。 この言葉が僕の今まで、そしてこれからの人生を変えることになっていく。  女性は何者で、何が目的なのか? そして、僕はどのように変わっていくのか? 心揺さぶる物語です。

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Chapter 1

一章 一節 「あなたって、雪みたいだね」

「あなたって、雪みたいだね」

 僕はこの言葉を聞いた瞬間に、彼女に心全てを奪われた。

 その一言で、見えていた世界が180度変わっていった。

 でも、この時の僕はまだそのことに気づいていない。

 この出会いが、もたらす嘘のような結果を知らない。

 それは無数にある星の中に新しい星を見つけた喜びであるかのようでいて、大都会の真ん中に隕石が落ちた災害のようでもあった。

 雪が町全体を白く染めるほど降りしきる中、僕は一人オレンジのヘッドホンで音楽を聴きながら歩いていた。

 僕は大学を卒業してからすぐに、一人暮らしを始めた。

 一人で生活することにひたすらに憧れていた。

 今の自分がどれぐらい生活できるか試してみたかった。

 早くもっと立派な大人になりたいとも思っていた。

 親と仲が悪いわけではない。むしろ同じ二十五歳の他の人と比べると仲がいい方だと思う。

 お父さんもお母さんも頻繁に電話をかけてくる。

 もちろん僕からかけることもある。

 僕はそれを面倒なこととは思わなかった。

 親からすれば心配なんだろうけど、僕はその気持ちを素直に受けとってたくさん話しをすることが楽しいと感じている。

 心がじんわりと暖かくなった。

 どうして親のことを考えると暖かい気持ちになるのだろう。

 僕はそれについて考えたこともなかった。

 クリスマスのイルミネーションがあちこちで光りをもたらしている。

 空を見上げ、息を吐いた。

 白くなる息を目で追いながら、星が見えたらなと僕は密かに思った。

 でも、この都会では星はほとんど見えない。

 そもそも雪が降っているのだから、星が見えることはない。

 綺麗に飾り付けられた電飾は、どこかもの悲しさを連想させた。

 ぴゅーっと強い風が吹いた。

 僕は黒のコートを着て、マフラーに手袋もしている。

 それでも弱く細い僕の身体は、すぐに芯まで凍えるように寒くなる。

 僕は寒さに対する抵抗力が著しく低い。

 冬になると僕はいつも震えている。

 不思議なことに、いくら防寒しても寒さは僕にとっては痛みであり決して消えなかった。

 だから、やはり抵抗力の問題だと思う。

 僕は様々な外敵から身を守る力が欠けている。

 そんな欠陥品のような僕を、愛することはとてもできない。

 何か目的があって、外に出てきたわけではない。

 ただ、なんとなく一人で町中を歩きたいと思った。

 普段はこの辺りは人であふれている。

 僕は人混みが苦手だ。

 たくさんの人の顔や表情が一気に目に入ってきて、あらゆる声が選択されることなく僕の耳に届く。

 それは小さなパニックの連続で、恐怖でもある。

 だから、ただそこにいるだけで疲れてしまう。

 それでも全く外出しないなんてことはできないから、いつも我慢している。

 我慢できるレベルのことではないけど、どうしようもできないから諦めているという方が正しいかもしれない。

 今日の町は静かで、いつもより少しだけホッとすることができた。

 こんな時間がずっと続けばいいのに。

 その時だった。

 目の前に一人の女性が立っていることに気づいた。

 その女性はゆっくり僕の方に歩いてきた。赤い服を着ていて、まるでプレゼントを配っているサンタのようだ。

 街に溶け込んでいるようで、どこか異様さがある。

 彼女は、「あなたって、雪みたいだね」と笑った。

 スマホが鳴っていた。ちらっと見るとお母さんからの電話だった。

 でも僕はなぜかはわからないけど、その電話に出ようとは思わなかったのだった。

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一章 一節 「あなたって、雪みたいだね」
「あなたって、雪みたいだね」 僕はこの言葉を聞いた瞬間に、彼女に心全てを奪われた。 その一言で、見えていた世界が180度変わっていった。 でも、この時の僕はまだそのことに気づいていない。 この出会いが、もたらす嘘のような結果を知らない。 それは無数にある星の中に新しい星を見つけた喜びであるかのようでいて、大都会の真ん中に隕石が落ちた災害のようでもあった。 雪が町全体を白く染めるほど降りしきる中、僕は一人オレンジのヘッドホンで音楽を聴きながら歩いていた。 僕は大学を卒業してからすぐに、一人暮らしを始めた。 一人で生活することにひたすらに憧れていた。 今の自分がどれぐらい生活できるか試してみたかった。 早くもっと立派な大人になりたいとも思っていた。 親と仲が悪いわけではない。むしろ同じ二十五歳の他の人と比べると仲がいい方だと思う。 お父さんもお母さんも頻繁に電話をかけてくる。 もちろん僕からかけることもある。 僕はそれを面倒なこととは思わなかった。 親からすれば心配なんだろうけど、僕はその気持ちを素直に受けとってたくさん話しをすることが楽しいと感じている。 心がじんわりと暖かくなった。 どうして親のことを考えると暖かい気持ちになるのだろう。 僕はそれについて考えたこともなかった。 クリスマスのイルミネーションがあちこちで光りをもたらしている。 空を見上げ、息を吐いた。 白くなる息を目で追いながら、星が見えたらなと僕は密かに思った。 でも、この都会では星はほとんど見えない。 そもそも雪が降っているのだから、星が見えることはない。 綺麗に飾り付けられた電飾は、どこかもの悲しさを連想させた。 ぴゅーっと強い風が吹いた。 僕は黒のコートを着て、マフラーに手袋もしている。 それでも弱く細い僕の身体は、すぐに芯まで凍えるように寒くなる。 僕は寒さに対する抵抗力が著しく低い。 冬になると僕はいつも震えている。 不思議なことに、いくら防寒しても寒さは僕にとっては痛みであり決して消えなかった。 だから、やはり抵抗力の問題だと思う。 僕は様々な外敵から身を守る力が欠けている。 そんな欠陥品のような僕を、愛することはとてもできない。 何か目的があって、外に出てきたわけではない。 ただ、なんとなく一人で町中を歩きたいと思っ
last updateLast Updated : 2025-10-19
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一章 二節 「必然の出会い」
その瞬間、心が大きく動かされた。 運命にも似た感覚を感じた。 何を意味しているかわからないのに、彼女の言葉がすーっと心の深いところに届いた。 それがなぜだかはわからない。 彼女の声が甘く優しかったからだろうか。 彼女の目がまっすぐできれいだったからだろうか。 僕は彼女と以前どこかで会ったことがあるような錯覚に陥った。 そんな記憶なんてどこにもないのに。 彼女をゆっくりと見つめる。 白い肌が冬を連想させる。 まるで時間が止まっているように感じた。 ただ僕がそう感じていても、時間は実際には止まることなく、しっかり進んでいる。 雪は絶え間なく降っている。 彼女は「またね」とすぐに僕のもとを離れていこうとした。「ちょっと待ってください。さっきの言葉はどういう意味ですか?」 僕は慌てて、呼び止めた。 なぜそこまで気になったかわからない。 普段の僕ならそんなことはあまり気にしない。「ふふ、それはまたいつか話すわ。大丈夫、私たちは必ずまた出会うから」 彼女は本当に帰っていってしまった。 僕は気持ちが身体に追いつかず、追いかけることができなかった。 彼女の後ろ姿を見つめながら、イルミネーションに照らされた雪が素敵だなと感じたのだった。 僕は一人になって、考えた。 彼女のいたところは月明かりに照らされていた。 空を見上げ、今日は月がきれいだなと今さらそんなことに気づいた。 どうしてか彼女のことが気になって仕方なかった。 猫のようなくりっとした目、すっと整った小さな鼻、幼さを感じるピンクの唇。 ピンクのニットの服を着て、グレーのミニスカートを履いていた。 髪の毛もカールしていた。 彼女の姿はなぜか鮮明に思い出すことができた。 僕の記憶力は全然よくないのにどうしてだろう。 そして、彼女のことを思い出すと心が暖かくなった。 彼女は何のために僕の前に現れたのだろう。 そもそも僕が人に興味を持つこと自体が珍しいことだ。 人は嫌いじゃないのに、なぜか興味を持てなかった。 だからいつの間にか他人とは、関わらないように生きてきた。 人との距離感がわからなくて、他人の気持ちがわからなくて、今まで失敗ばかりしてきた。 だから、人と積極的に関わらないことが僕にとって自分で見つけた楽な生き方だった。 それなのに、また彼女と会えるか
last updateLast Updated : 2025-10-19
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一章 三節 「ロマンスのない出会い」
 ごくありふれた日常でも、ドラマチックに変わることがあるんだと僕はその日感じた。 深夜、コンビニに僕は来ていた。 トイレの電球が切れていることに気づいたからだ。 大概こういうことに気づくのは夜遅くだ。 僕は重い腰を上げて、コンビニに向かった。 今夜は雪が降っていない。 それでも風は吹いていて、寒い。 コンビニはこの時間帯は人も少なくて、僕はホッとした。 コンビニ内は静かで、クリスマスソングが店内で流れていた。 少し楽しい気分になって、僕は何か新商品がないか店内を探し始める。 その時、スマホから優しい通知音が聞こえてきた。 その音を聞いて、「あっ、僕は電球を買いに来ていたんだ」と思い出した。 何が思い出すきっかけになるかなんてわからない。 僕は何かに気が散りやすく忘れっぽい。 この音は、僕が投稿したSNSに対する返信だ。 僕は有名なSNSをやっていて、フォロワー数もまあまあいる。 その音をすっかり覚えていて、その音が鳴るとすぐに返信するようにいつの間にかなっていた。  返事をすぐに返さないと、なんだか不安になった。 そして、何件もコメントがあると嬉しくなった。 目に見えないところで、こんなに僕のことを思ってくれる人がいると思うと心が暖かくなった。 毎日時間があるとやっていて、投稿も一日に何通もしている。 依存してるなとわかっていながらもやめることはできないようになっていた。 SNSは僕にとってなくてはならないものだった。元気の源だった。「律、会いたかった」 僕がいつものように返信しようとスマホを取り出した時だった。 名前を急に呼ばれてびっくりした。 僕は|夢咲 律《ゆめさき りつ》という。 振り返ってみると、あの時の女性だった。 彼女から甘い花の匂いがした。 音だけでなく、匂いに僕は敏感だ。でもこの匂いは珍しく不快な感じはしなかった。 大概、女性からするシャンプーや柔軟剤の匂いは苦手だから。「どうして僕の名前を知ってるんですか? 教えてないですよね」「それは秘密。ねぇ、私の言ったこと合ってたでしょ? ほら、また出会うって話」 どうして明らかに怪しいのに、その怪しさにさえ魅力を感じてしまうだろうか。 僕はおかしくなってしまったのだろうか。「コンビニで会うとか、全然ドラマチックじゃないですね」 僕は
last updateLast Updated : 2025-10-19
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一章 四節 「優しい友だち」
 僕は基本的に一人を好む。 その理由は、人の気持ちがわからず相手とうまく話すことができないからだ。 そんな状態で話していても、僕だけじゃなく相手も楽しくないだろうと思う。 そんな僕にも、信じられる友だちが一人いる。 その人は女の人だ。 星宮 しおりという名前で、僕と同じ年だ。 幼稚園からずっと一緒だから、長い付き合いになる。 女性らしくありつつ明るくて、お話をするのも聞くのも好きな人だ。 僕は男の人より、女の人の方がなんだか話しやすく感じる。 男の人は少し怖いイメージがある。 それになぜか女の人の方が、話が色々合うということが多い。 しおりと今日は会う約束をしている。「律、遅れてごめん」 今はお昼過ぎだからほんの少しだけ暖かい。 長い髪や白いロングスカートを揺らしながらしおりは走ってきた。 顔全体から焦りが全面的に出ている。 よく気持ちが表情に出るタイプの子なのだ。 しおりは少しだけ時間を守ることが苦手だ。 僕はそんなに時間厳守な性格でもないし、嫌な気分もしていなかった。 人間には得意なことと苦手なことがある。 素敵なところを見ないで、できないところばかりをつつく人に僕はなりたくない。「しおり、大丈夫だよ。そんなブーツで走っているとこけちゃうよ?」「ありがとう。律はいつも優しいね」 僕たちはいつも行っているカフェに入ることにした。 店内は静かで落ち着いた雰囲気がするところだ。昭和な感じも少しする。カフェというより喫茶店という言葉がしっくりくる。 でも今日は小さなクリスマスツリーが一つだけ置かれていて、華やかさがあった。 一つのアイテムでこんなにも世界が変わるんだなあと僕は感動していた。「ココアおいしいー」 しおりは楽しそうに笑っていた。 ココア一つで幸せになれるしおりを僕はほほえましく見ていた。 こんな風にしおりはよく感動する人だ。小さなことでも感動して涙したりする。 でもそれは、心がきれいだからではないかと僕は思っている。 僕もたまに感動するけど、しおりの方が断然回数が多い。「そうだね。すごくおいしい」 しおりは飲んでいたココアをそっとテーブルに置いた。「律、なんかあった?」「えっ、どうして?」 僕は笑顔で答えたけど、内心すごくびっくりしていた。「なんかいつもと違うから」 相手の変化に
last updateLast Updated : 2025-10-19
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一章 五節 「関係性を壊す」
「美月さん、壊すってどういうことですか?」 僕はこの状況を理解することができなかった。 頭の中がプチパニックになっていた。 僕はちょっとしたことですぐにパニックになる。 そもそもどうして彼女は毎回僕のいる場所がわかるのだろうか。 さらにはいつも突然現れて、意味深なことを言う。 彼女は笑っていた。とても無邪気に笑っていた。 それはさっきの言葉と似合わない表情でちょっと怖かった。 無邪気すぎるのも、怖く感じるのだと僕はこの時初めて知った。 赤と白のニットのワンピースを着た彼女は天使だろうか、それとも悪魔だろうか。 しおりもあからさまに動揺していた。 知らない人が現れていきなりわけのわからないことを言いだしたのだから、そうなるのも無理はない。 僕はしおりに大丈夫だよと目で合図を送った。 デザートが運ばれてきた。ウエイターは修羅場でもあるのかと興味津々そうだったけど、何も言ってこなかった。 しかし、さっきから隣の席の人の話し声がうるさい。遮断しようとしていても耳に入ってくる。これは自分では調整できないから困っている。「あら、名前覚えてくれたのね。言葉の通りよ。信じてるものを全て壊していくの」 彼女は当たり前のように話を続ける。「そもそも信じるって言葉の意味知ってる? 『信じるとは疑わずに本当だと思い込むこと、心の中に強く思い込むこと』よ。あなたが大事だと強く思ってることはただの思い込みなの。だから脆い。それをわからせてあげるのよ」「あまりにも勝手だと思います」 しおりが我慢できずに言葉を発した。 でもその声は震えていた。 女の子に話させて僕は何をしているんだと、情けなくなった。「あなたは律の友だちのしおりさんね。はじめまして、美月よ。しかし、何をもって勝手だとするの? 『勝手』の定義は? わかってるの? 何の、誰にたいして私の行動が自分に都合がいいと言えるの?」 彼女はしおりの目をまっすぐ見ていた。 初めて会う人にそんなにきつく言わないのが普通だけど、彼女には最初から普通ではなかったなとなんだか納得してしまった。 しおりは何も言い返すことができず、下を向いてしまった。 カフェは静まり返って、ほかの客がこちらに注目し始めた。 僕は何か話さなきゃと焦りを感じていた。僕が話さないとしおりがどんどん苦しくなる。 彼女がそこま
last updateLast Updated : 2025-10-21
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二章 一節 「絶対的に信じられるものは?」
 絶対と言えるものはなんだろうか。 僕は前に彼女に言われたことについて考えていた。 僕はこのような哲学的なことを考えることは別に好きではない。 でも考えずにはいられなくなっていた。 それは人によって異なるのだろうか。それとも同じなのだろうか。 同じではない気がした。 僕が絶対的に信じているものとしてぱっと浮かぶものは、親の子を思う愛だ。 愛とは本当に尊いもので、それだけで信じるに値する。 親は子どもを裏切らないと僕は心から信じている。 それは時に盲目的になることもある。それでも子どもを思っていることは確かだ。 無償の愛と呼べるものではないだろうか。 僕は一人っ子だ。 さらにお父さんとお母さんが年をとってから生まれた子だったから、自分で言うのもなんだかとてもかわいがられ大切にされた。 親の愛情を子どもの頃から強く感じていた。 僕はその気持ちに応えるために、言うことをしっかり聞いていい子でいることを心掛けていた。 そうすることも決して苦ではなかった。 もちろん反抗期はあったけど、今では親と一緒に出かけたりするのも嫌ではない。 それも一つの親孝行だと思っている。 そんな親も今ではもうすっかり年をとって、少しずつ身体も不自由になってきている。 ゆくゆくは僕が親の面倒をみたいと考えている。それが今までしてもらったことへの恩返しだと疑わない。 家族のあるべき姿だとさえ思う。 もちろん、僕の考えを無理やり押しつけたいわけではない。ただ僕がそう思っているだけだ。 僕と親の間には深い絆がある。 決して誰かが引き裂くことは不可能だ。 あのあと、彼女を追いかけた。 今度こそしっかり話を聞きたいと思ったからだ。 そして、今絶対的に信じられるものは何かと聞かれたので、親だと伝えた。「ふーん、じゃあ私の提案を黙って受け入れてくれる?」 彼女は楽しそうに不敵な笑みを浮かべていた。 話がどうにもかみ合わない。 いや、僕の理解が遅いだけで、話はうまくつながっているのかもしれない。 彼女はまるで何かいいことを思いついたような子どものようだ。 その姿にどこか懐かしさを覚えるのはなぜだろう。 いつの間にか太陽が沈み始めていた。 冬は夜が更けるのが本当に早い。「いいですよ。何をしても家族の絆が壊れるはずがないから」 どんな内容であって
last updateLast Updated : 2025-10-21
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二章 二節 「家族の壊し方」
「ただいま」 いつもきれいにされている玄関がお母さんの性格を表している。 潔癖とまではいかないけど、お母さんはよく掃除をしている。「あら、急にどうしたの?」 お母さんは少しバタバタしながら、キッチンから出てきた。ご飯の準備をしていたのだろう。 でも、急に来たのに、笑顔で迎え入れてくれた。 ここは僕の居場所なんだと思えて、ほっこりとする。「はじめまして、私は朝比奈美月と申します。本日は挨拶に参りました」 彼女はいきなり話し始めた。 ちなみに僕の家に来る前に、彼女はどこかいいお店にでもいけそうな服に着替えていた。「まあ、律、いつの間にこんなかわいい彼女できたの?」 僕がいきなり帰ってきて、女性を連れてきたらそういう反応になるよねと申し訳なくなった。 彼女を連れてきたことなんてないのだから驚くのはわかるけど、あまりにも喜んでいるのを見ると後ろめたい気持ちがでてくる。 本当は彼女は恋人でも婚約者でもないのだから。 むしろ、彼女が何者かすら僕は知らない。「まあ、そういうところ。玄関で話すのもなんだしあがってもいい?」 僕は彼女に言われた通り、彼女の発言に合わせた。「あなたの家なんだから、当たり前じゃないの」 お母さんは快く家の中に入れてくれた。 今日はお父さんも休みで、家にいる。 お父さんの休みは、土日だ。 公務員で、すごく厳格な父だ。 親がしっかりしているから、僕もそうしなきゃといつも思っている。 実際はなかなかそうはなれないのだけど。 もしかして彼女はそんなことまで知っているのだろうか。 僕たちは客間に通された。 実家は部屋の数がなぜか多いと昔から感じていたけど、こういう時のためにあるのかと今わかった。 客間には花が活けられていて、掛け軸もあり、落ち着いた雰囲気がした。「お父さん、お母さん。いきなりですが、本日は話がありお伺いしました」「美月さん、そんなかしこまらなくていいですよ」 お母さんはお茶菓子とお茶を出してくれた。 僕はついそちらに気がいった。別に甘いものが好きなわけではない。視覚的に見えたものにすぐに気が散ってしまう。 集中力がないと子どもの頃に先生などによく怒られた。「いえ、大事な話なので。そうですよね、律さん?」「うん」「私たちはお付き合いを最近始めて、結婚も視野に入れています。しかし、
last updateLast Updated : 2025-10-21
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二章 三節 「親とは」
「あはは、ほら、こんなちょっとしたことで簡単に壊れたでしょ」 彼女はそれが当然のように家を出てから笑っていた。 時間はすっかり夜になっていて、辺りが真っ暗な闇に包まれる。 彼女の姿も闇に消えてしまいそうだ。 でも、僕はどうしても問い詰めなければいけないことがあった。「なんで?」「何がなんで?」 彼女は自分が何も悪くないかのように同じトーンで聞き返してきた。「何であんな嘘ついたんですか? 犯罪者の家系だなんて」「どうして嘘だと言い切れるの? あなたは私のことをほとんど何も知らないよね?」 痛いところを突かれた。彼女の言っているとおりだ。 でもまさかそんなことはないと信じている。 よくもまあ大胆な話が思い浮かんだものだと感心している。 それにこんなことをされても、僕は彼女を信じたいと思っている部分がまだある。  僕は馬鹿なのだろうか。「そもそも、なんで親だからってだけで無条件で信じるの? 親だって人間だよ? 何考えているかわからないよ」「それは親だからです」「答えになってない。よく考えてみて」 そう言われたけど、僕は考えることをしなかった。どうしてこうなったか動揺していてそれどころじゃなかったから。「まあ、あの話を信じる親も親だけどね」 彼女はそこで話を切り上げた。よく考えてみてとはなんだったんだろうか。 しかし、平気で親のことを悪く言う彼女に少しいらっとした。 僕は彼女を再び呼び止めた。「ちょっと待ってください。あれはちょっと感情的になっただけです。すぐに考え直してくれます」「じゃあ、今電話してみてよ?」 僕は言われるままに電話を掛けた。 これでもうバカみたいな嘘は終わりで、またいつものように笑いあえると思っていた。 僕はそう信じて疑わなかった。 電話は鳴り続けて、一向に繋がらない。「着拒されたのよ。あなたはもう縁を切られたの。もう家に入れてくれないかも」 本気なのか冗談なのかわからないトーンで彼女は話している。「嘘だ。あれぐらいで今までの関係が壊れるわけがない」「わかってないなー。あれぐらいのことじゃないよ。よく聞いて」 彼女は僕の目をしっかり見つめた。 優しい笑みが僕を包む。「あの優しい親御さんならあなたが犯罪を犯しても、きっと許して受け入れてくれる。でも、あなたが親よりも犯罪者の子どもを選ん
last updateLast Updated : 2025-10-21
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三章 一節 「共・犯・者」
 人が信じていないものとしては、自分と関わりのない他人ではないだろうか。 誰かを信じることは素敵なことだけど、相手がどんな人かわからないと信じるのは一般的になかなか難しい。 でも僕はあることでつながっている会ったこともない他人を信じている。「ここ、僕の家なんですけど」「そんなの知ってるわよ」 僕たちはこんな会話を僕の家の前で繰り広げていた。 あれから彼女は僕についてきた。どこかで別の方向に行くだろうと思ってたけど、結局家までついてきた。 彼女はそこにいるのが当たり前のようにしている。どうしてそんなに堂々でできるのだろうか。僕もそんな姿勢を少しは見習いたいぐらいだ。 しかし、僕のことは何でも知ってるのだと改めて驚く。 彼女は一体何者なんだろう。 謎は深まるばかりで、一向に何もわからない。「そういうことを言ってるんじゃなくて、なんでここまでついてくるんですか」「今日から私、律の家に住み始めるね」 ぎゅっと腕にくっついてきた。 甘い目つきで僕を見てくる。 僕は感覚が過敏だからぞわっとした。僕は人に触られるのは基本的に好きじゃない。 振り放そうとしても、強い力でしがみついていて離れない。 先ほどまでの親の話の時の態度はどこにいったのだろうか。 本当に心が読めない。 コロコロ表情が変わってそれについていけない。 彼女は今何を思っているのだろうか。 どうして僕に執着するのかがそもそもわからない。「何でですか?」「それは、私たちはもう人には言えない関係だし」 少しほほを赤めているのが、憎らしい。 演技力は高く評価するけど、断じて何も進展していない。むしろ僕たちの関係は悪化しているはずだ。 彼女が僕との関係を作らないどころか、周りの関係を壊すから。「何もしてません」「うふふ、そんなとぼけないで。私たちは共・犯・者よ。親騙してるでしょ?」 彼女は楽しそうに話しているけど、全然和やかではないし、笑えない。 しかし悔しいけど、この件に関してはその通りだからだ。 お父さんとお母さんには申し訳ない気持ちでいっぱいだ。 本当はすぐにでも連絡したいけど、それは彼女の指示でできないことになっている。 きっとそれにも意味があるんだろうと僕は彼女を信じている。 正体さえもわからない彼女だけど、なぜか信じてみようと僕は感じている。 
last updateLast Updated : 2025-10-21
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三章 二節 「日常の中にあるもの」
「おはよう」 彼女の声が聞こえてくる。 太陽の光が窓から入り込んでくる。 気持ちのいい朝だ。 僕は窓を開けた。 冬の朝は空気が澄んでいて僕は好きだ。 家で誰かと挨拶するのは久々だなと思いながら、僕も返事を返す。 挨拶を無視するほど、僕は冷たいことはできない。 しかし、彼女が来て数日が経つけど、どうにもまだ慣れない。 一方、彼女は、前からこの部屋にいるかのようにソファーでテレビを見ながら普通に過ごしている。 僕と彼女の間にはギャップがあるから、僕はなおさら混乱する。 僕はキッチンに向かった。彼女のいるソファーからそんなに遠くはない。そもそも、そんなに広い家ではなく、部屋は二つとキッチンしかない。でもキッチンでコーヒーを飲むスペースぐらいはある。 僕はコーヒーをいれた。 普段の行動をしようと思ったからだ。 コーヒーを飲みながらネットをするのは僕のルーティンだ。 彼女も僕の普段の生活までは首を突っ込んでこない。 ただ毎日部屋にいて何かをしているだけだ。 ネットを見るのは暇つぶしにもなるし、なんだか安心する。 みんながネットに夢中になる気持ちがわかる。 お手軽だし、楽しいし、トレンドも知れる。 さらに承認欲求も満たすことができる。 ネットの発達は著しくて、ちょっとしたことをSNSに書き込んだぐらいですぐに拡散される。 僕はコーヒーの香りを楽しみながら、いつもやっているSNSに投稿することにした。 最近撮ったインスタ映えする花を載せることにした。 外は刺激が多いから必要な時以外、僕は外に出ない。 理由はどうであれ、インドア派であることは確かだろう。 そんな外部の人と接触しない僕にとって、このSNSが僕の日常の全てだった。 ここには僕をわかってくれる人がいる。 悩みを相談すれば、真剣に考えてくれる人もたくさんいる。 色々不具合がある僕の居場所だ。 どこかで何かがつながっている気がしてならない。 会ったこともないのに、僕はこのSNSの人たちを信頼している。 会ってみたいとさえ思っている。「そうだ!」 彼女は急に僕の後ろから話しかけてきた。きっとソファーから走ってきたんだろう。 僕は驚いて、ビクッとした。「今度はSNSの関係性を壊そうよ。もちろん協力してくれるよね?」「わかったよ。僕は信じているから」「な
last updateLast Updated : 2025-10-21
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