安藤 茉白は、小学生の頃に佐々木 シオンに恋をする。 でも、思いを伝えることはできなかった。 伝えられなかったことが、今後の彼女の人生に大きな影響をもたらすことになり⋯⋯。
View More始まりとは、いつも些細なことだ。
佐々木 シオンくんを気になるようになったのは、小学校五年生の時だ。
彼は私と同級生だ。
今でもその日のことは鮮明に覚えている。
その日は新学期が始まる日で、体育館で校長先生が全校生徒に向けて話をしていた。
私は背の順で一番前だから、校長先生の話を聞かず後ろの子とお話をすることができず残念に思っていた。
お話を聞かなきゃダメなこともわかっているし、お話を聞くのが嫌というわけでない。ただつい誰かとわいわいお話をしたくなる。
そんなことを思いながら、自分のクラスの隣りの男子をちらっと見た。
空の色に似た目の彼は、校長先生の方をまっすぐ向きじっと話を聞いていた。
彼は私の視線に気づいたのか、私の方を見た。
その瞬間時間が、そして世界が止まった。
今見えるものは彼だけになる。
視線がゆっくり重なり合っていった。
そして、私の心は大きく揺れたのだった。
それから彼と特別親しくなる出来事もなく、私から声をかける勇気も出ないまま、私たちは中学生になった。
中学は学区制だから、私と彼は自動的に同じ中学校に進学した。
この頃の私は、彼のことを知りたいという気持ちがどんどん湧き上がってきていた。
彼は勉強することが好きということを、最近友だちから聞いた。
友だち伝いで得られる情報は決して多いとは言えないけど、私が行動できていないから仕方ないと思っている。
でも、〝行動〟って何をどうすればいいのだろう?
恋って何をすればいいの?
胸のゆらぎに戸惑いなから、また彼のことを考えていた。
勉強ができる人はいるけど、勉強自体を好きな人はなかなかいないと思う。
そう思える彼を尊敬する気持ちが、心の中で大きく膨らんでいった。
同じ年の子を尊敬するなんて今までになかった。
中学校一年の今も彼と同じクラスだ。今思えば、彼のことが気になり始めた小学校五年の時だけでなく、六年生の時も同じクラスだった。
クラス替えがあるのに、彼とは別のクラスになったことが今までない。
ただの偶然なんだろうけど、そのことを思い出すとなんだか嬉しい気持ちになる。
前向きな感情は、時に自分の背中を優しく押してくれる時がある。
担任の先生が教室に入ってきて、朝のホームルームの時間が始まった。
ホームルームの時間は、堅苦しすぎて私はあまり好きではない。
もっとライトな雰囲気でしたらいいのにといつも思っている。
そんな私の気持ちは当たり前だけど先生に伝わることはなく、いつもと同じように先生は黒板に文字を書き始めた。
カツカツというチョークの音がより重い空気を作り出す。
窓の向こう側には、桜がきれいに舞っている。
それから先生の言葉が次々と宙に浮いていく。
断片しか拾っていないけど、今日のホームルームではクラスのまとめ役を決めるらしい。
今は四月だからしばらく学校行事はない。でも、次の行事である校外学習にむけてクラスをまとめる人を二名決めるようだ。
「まとめ役をやってみたい人はいますか?」
先生の少し高い声が、教室に響く。
私ははっとして、意識を教室に戻した。
こんな時はいつも静けさがやってくる。
でも、今日は違った。
彼が手を挙げていたからだ。
彼の手は、きれいに真上に上がっていた。
そんな細かなところまでつい見てしまう私がいた。
まとめ役の一人目は、彼に決まった。
彼が単にまとめ役をやりたいのかもしれない。
でも、私にはどうしてもそれだけだとは思えなかった。
きっと彼は、クラスの人を思いやる気持ちから手を挙げた。
教室の雰囲気が悪くならないようにしてくれた。
自分を犠牲にして、他人を気遣うことはなかなかできることではない。
「彼って本当に素敵!」という心の声がつい外に出そうなったので、慌てて口に手を当てた。
私の黒髪が風で少し揺れた気がした。
私の心に、彼への思いがどんどん増えていく。その量は心の中にもう収まりきらないほどになってきている。
そして、外にあふれ出した。
私は恐る恐る手を挙げた。
基本積極的で話すのは好きな私だけど、話などをまとめるのはあまり得意ではない。
でも彼ともっと仲良くなりたいという思いが、私の背中を押した。
こんな邪な理由でまとめ役になっていいのだろうかと少し先生に申し訳なくなった。
そのまま他にしたい人は出てこず、私と彼は校外学習のまとめ役になった。
胸の中は、緊張とワクワクの二つのドキドキが入り混じっていた。
こうして校外学習の準備で、放課後二人で残る日がたまにあるようになった。
それほど大変なことをするわけではないし、大して長く作業するわけでもなかった。
それでも彼は毎回丁寧に取り組んでいた。
「校外学習楽しみだね」
私は彼の作業の邪魔にならないように、小さな声で彼に話しかけた。
「そうだね。安藤さんは歴史好き?」
校外学習の行き先が古墳などを見に行くというものだったので、彼は聞いてきたのだと思う。
「うん。私は歴史はかなり好きだよ」
たまたまだけど、私は教科の中では一番社会が好きだった。
彼と話す話題になるなら、そんなたまたまは何回あってもいいと思うようになった。
「そうなんだね。僕は実を言うとあまり好きじゃないのだよね」
「えっ、そうなの? それなのに今回の校外学習のまとめ役をしようと思ったの?」
一般的に興味がないことのまとめ役をしたいとはなかなか思わないことだ。
彼はどんな思いで、まとめ役になろうと思ったのだろう。
「うん。手を挙げる人もいなさそうだったし、苦手なこともできるだけ逃げずに挑戦したいから」
私は勝手に彼には苦手なことなんてないと思っていた。
どこか完璧さがあったから。
嫌なことから逃げることはそんなに悪いことではないだろうし、正直私も私の友だちもよくしている。
でも、逃げずに挑戦するところがかっこいいと思った。
彼の意外な一面を知り、私は前よりも彼のことが気になるようになった。
でも、この頃の私は〝運命〟に幸せなもの以外にもあると、知らなかったのだった。
これはある日の夜のちょっとしたお話。「晴がまだ知らないお話は、この世界にはたくさんあるのよ。その中で、パパとママの出会いのどのお話を今日はしようかな」 私は絵本を読むかのように感情を込めて手振りも入れて、一言一言をゆっくりと話している。 晴は布団にくるまりながら目をらんらんとさせている。 なぜ二歳の晴に読み聞かせをしているのかというと、少し前にたまたまぐずって寝なかった時に、まだ意味はわからないだろうけど私と彼のお話を少ししてみたところすぐに寝たからだ。 私と彼のお話には、癒しの効果があるのだろうか。 そうだと嬉しいなあ。 もちろん、それだけではなく私たちの運命のお話を子どもにも話したいし、数年後理解できる年齢になったらどう感じたかも聞きたいからでもある。 よく寝た日から、読み聞かせは毎日している。〝知育〟というよりは遊びの延長線上だと私は感じている。 意味は全てわからなくても、にこにこしながら「かっこいい」とか「かわいい」と晴なりにその時感じたことをいつも教えてくれる。 晴は彼に似て、賢いのかもしれないと親バカによくなる。そして、いつも幸せな気分に浸っているのだ。「今日はパパがママに愛の誓いをした日の話にしよう」「あいの、ちかい?」 晴は不思議そうな顔をしていた。「愛の誓いとは、晴が今日ママと一日いたように、パパがママのそばにずっといたいと言ってくれたことよ」「ぼくとおなじー」「そうだよ。パパはその日いつもよりかっこいい服だった。そして、キラキラした指輪を見せて、ママに言ってくれたの。〝一緒に幸せになろう。茉白、結婚してください〟って」「パパ、かっこいい」「でも、ママはえーんえーんしちゃった」「えーんえーん」 晴は、泣くことをえーんえーんといつも言う。「ママは悲しかったわけじゃないの。ただ心がぽかぽかと温かくなってえーんえーんしたのよ」 私は胸に手を当ててゆっくりとなぞった。 晴は小さな手で私の手をよしよしとさすってくれた。 その優しさに私はまた泣きそうになったけど、なんとかこらえることができた。 晴はどうして泣いているかわからないから、泣いたら余計に晴に心配をかけてしまうから。「パパにそう言われて、ママは〝うん。一緒に幸せになろうね〟と言ったの。そして、」 途中で晴が寝てしまったので、私は話すのをやめた。
私は彼の元まで勢いよく走っていった。 彼は振り返って、私の目をじっと見てくれた。 なんだか甘い雰囲気が漂っている。 この感じ嫌いじゃない。「シオンのことが忘れられなかった」 彼は突然〝シオン〟と呼ばれて少しびっくりしているようだった。 私は今までそう呼んたことがなかったから。 今再会できても、そう呼ぶつもりは最初はなかった。 でも、彼を見つけて気持ちがかなり高ぶった。その勢いのまま呼んでしまった。 今も心臓がバクバクしている。 彼はまた出会えたことにかなり驚いているようだけど、それよりも顔に嬉しさがにじみ出ていた。 私には彼の感情が簡単にわかる。 彼がわかりやすい性格なのではない。私たちは運命でつながっているからだ。「自分から別れを告げたのに、婚約者にも彼と別れたと言ったのに、それでもシオンのことが頭に浮かんで離れなかった。だから今さっき婚約破棄してきた」 私は恥ずかしさを捨てて、全て話した。「僕もあれからずっと安藤さんのことが頭から離れなかった」 彼は何も否定せず私を受け入れてくれた。「ねぇ、〝茉白〟って呼んで」 私は甘えた。 人に甘えることはこれまでほとんどしてこなかったけど、急に彼に甘えたくなった。 甘えるのって恥ずかしいけど、幸せな気分になりそうだから。いや、もうすでになっている。「あっ、うん。茉白のことを僕も忘れた時なんてないよ」 私は彼を思いっきり抱きしめたくなった気持ちをぎゅっと抑えた。 まだ私にはちゃんと伝えないといないことがあるから。「数日前にふってしまってごめん。一方的にひどいことも言った」「謝ることじゃないよ」 彼は優しく包みこんでくれた。また私はぬくもりを感じた。 このぬくもりをこれからは大切にしたい。「そうかもしれないけど、申し訳なく思っているからちゃんと謝らせて。本当にごめんなさい」「はい」 彼はあえてかしこまって受け止めてくれた。 本当に敵わないなと思う。「シオンのことが大好きです。シオンのことで頭がいっぱいなの。私と付き合ってください」「僕も茉白のことが大好きだよ。僕でよければこれからもよろしくね」 やっと運命が結ばれた。 私はこうなることを、子どもの頃からずっと望んでいた。 自分の気持ちに正直になり、運命を諦めなくて本当によかった。 涙がまたこぼれてき
彼と別れてから数日後のことだ。 今、卓也さんの元に私は向かっている。 数日では彼と別れた心の傷は癒えないけど、それを待っていたら何ヶ月後になるかわからないから。 それだと、婚約の日取りも過ぎてしまう。 私の決断を無駄にするわけにはいかない。 私は涙の跡を消すかのように、化粧をいつもより厚く塗っている。 そのぐらいであの涙の量を隠せるかわからないけど、しないよりはましかと思っている。 卓也さんが見えたので、私は少し走った。 まるで彼の真似をするかのようだと思った。待っている人は彼ではないのに、私は何をしているのだろう。「待たせてごめん」「大丈夫だから」 卓也さんは走る私の姿を見ても、特に特別な反応はしなかった。 彼ならきっと変化に気づいてくれる。 そんな事を考えても、もう彼には会えないのにと虚しくなった。 いや、私の中から彼が全然いなくなっていない。こんなじゃあだめだ。 断ち切らなきゃ。 私はゆっくり深呼吸をした。「卓也さん、彼とは別れ、もう会わないことにしました。心配かけてごめんね」「私のことを選んでくれたんだね。ありがとう」 卓也さんは少しだけ驚いた顔をした後で、私のことをぎゅっと抱きしめた。 卓也さんの驚いた顔は久々に見た。大抵のことは動じない人だから。 私が卓也さんを選ぶことは、卓也さんにとっても意外なことだったのだろうか。 抱きしめられているところが暖かくて心地がいい。 心地よさは、彼との思い出を運んできた。 今思えば、彼とはプラトニックな関係だった。抱きしめ合うことも、手を繋ぐごとさえ一度もしたことがなかった。それでもいつもぬくもりを感じていた。 純粋な恋心だけで二人の関係は成り立っていた。 私はいつの間にか彼のことで頭の中がいっぱいになりかけていた。 どうしてこんな時に思い出すのだろう。 運命や現実を超えるものは見つからなかったと、思いに蓋をしようとする。 もう終わったことだ。 今更何も変えることはできない。 卓也さんにも今伝えたばかりだ。卓也さんといる時に彼のことを思い出すなんてあまりにも残酷だ。 現実なんて嫌いだ。 このまま彼のことで頭の中をいっぱいになってしまう。 そうしたら、私は⋯⋯。 思いに蓋をすることはできなかった。 心がどうしようもないぐらい惹かれている。身体が彼
私は待ち合わせ場所に向かった。 今日、私は彼と会う。 私の気持ちは、今卓也さんに傾いている。 傾いているけど、まだ迷いがある。 運命で足りないのであれば、何があればいいのだろう。 もし彼と会い、運命、そして現実を超えるものが見つからなければ、今日彼にお別れの言葉を言う。 それぐらいの覚悟がないとすぐに揺らいでしまいそうだから。 もう二人の間でふらふらしない。「今回は、一番初めに行ったカフェなんだね」 彼はそう言いながら、私の隣りまで走ってきた。 急いで私のもとに来るワンコのような彼の姿を見て、私は自然と笑顔になっていた。「そうだよ。佐々木くんとの再会の場所だからね」 私は小さな嘘をつきながら、店内に入っていった。 本当は再会した後で、一番彼に心がときめいた場所だからだ。「僕たちの運命が再び動き出したところかな」 彼はそう言いながら、顔を少し赤くして向かいの席に座った。「前も思ったけど、言って顔を赤くするなら言わなきゃいいのに」 私は笑いながら、ツッコんだ。「いやだってさ、なんかかっこよく言いたいじゃん」 彼は子どものように頬を膨らませていた。 彼の意外な一面をみて、胸が弾んだ。 まだまだ知らない彼がいると思うと別れを考えるのが惜しくなってくる。「なにそれ、おもしろい」 今私は自然と笑っている。 この場所にいることがすごく心地がいい。 彼といると、会った瞬間からずっと楽しい。こんなことってあるだろうか。 もちろん、卓也さんといる時間も楽しい。でもなんというかジャンルが違う気がする。 卓也さんといる時は安心感に包まれた楽しさで、彼といる時は驚きにあふれた楽しさだ。 どちらも楽しいことに変わりはない。「佐々木くんにとって、恋愛ってどんなもの?」 運命を超えるものを探すために、私はあえて彼にとってドキッとする質問をした。「うーん、思う人に尽くすことかな」 彼はまっすぐと私の目を見つめてきた。 私はいつの間にかふぅーっと息を吐いていた。 その息を吐いてすぐに、これは私がリラックスしている時にする行動だと気づいた。 私は今心からリラックスしているようだ。 彼といると私が私らしくいられる。 そして、彼の答えを聞いて、私は彼に惹かれる理由がやっとわかった。 彼は、かつての私だ。 似ているとかそういう
私は卓也さんとデートに行くことにした。 デートといっても、主に彼と会っていたことを話すのだから、相手にとってあまり楽しいものではないだろうけど。 気は重いけど、しっかり話さないといけない。これは避けてはいけないことだ。「少し待たせたね」 卓也さんの格好はオフィスカジュアルだった。卓也さんは仕事以外の日もいつもしっかりとした服装をしている。 身長も180センチと高く、落ち着いた雰囲気だから、そういう格好が本当によく似合う。 服装ってその人にとって似合うものがあり、卓也さんはそれをしっかり理解している気がする。「今日はちょっと話があって、デートに行こうと言ったの」 私はお店に入るなり、話を始めた。「話? 何か悩みでもあるの?」 卓也さんは、心配そうな顔を私に向けた。 彼の細い手が私の手に触れる。 そんな視線や態度は、胸に刺さり痛い。「いや、そうじゃなくて⋯⋯。実は、私最近子どもの頃好きだったけど思いを伝えられなかった人にたまたま出会ったの」「うん、それはいいことだね」 卓也さんは態度を変えず、話を聞いてくれている。「その後も、数回彼と会った」 私は頭を少し下げた。「久々の再会だから、そんなこともあるんじゃないかな」 ホットコーヒーを飲みながら、卓也さんはゆったりとしている。 いらだったりしている様子はなく、落ち着いている。「問題なのは、私がまだ彼のことを好きだという気持ちがあったことなの。卓也さんという人がいるのに、気になる人と何回も会ってごめんなさい」「だから、最近いつもと雰囲気が違ったんだね」「そう、だったかな」 卓也さんは私の変化に気づいていた。 それでも私に何も言ってこなかった。 それはどうしてだったのだろうか? 私は結構焦っていた。「私は、茉白がこうやって話しくれたからもう構わないよ」「えっ!? 何も言わないの?」 私は卓也さんの言葉に目をぱちりと開いた。長いまつ毛が少し揺れた。 私がそれをしたのだけど、そんなに簡単に許されることではない気がしていたから。 どうして何も言わないのだろう。 確かに卓也さんは心がかなり広い。 でも、さすがに婚約をしているならしちゃいけない行為だと冷静になった今ならわかる。 私は完全に浮かれていた。 卓也さんのことを全然考えていなかった。「私は、今の話
彼ともっと話したいという気持ちと私には婚約者がいるということの狭間で私は揺れていた。 ゆらゆら揺れている私はきっと悪い女だろう。 一層のこと、子どもの頃好きだった気持ちを言ってみようか。 ただ、今も思っていることは話さない。 それで彼が困った反応を示したら、少し彼のことも諦めがつく。 私は覚悟を決めた。 もし今の気持ちがバレてしまった時は、自分の感情に従おう。「私ね、子どもの頃、佐々木くんのことが好きだったんだよ」 恥ずかしくて、かみそうになった。 彼は一瞬驚いてから、私の目をまっすぐ見て「僕も子どもの頃、安藤さんのことが好きだったよ」と言った。 〝子どもの頃〟という言葉がなければ、今二人とも告白していることになる。 胸がドクンドクンしている。 彼といるとときめいてばかりだ。 恋にときめきは必須なものだと私は考えている。「あの時、告白していれば運命が変わっていたかな。でも、今は僕が追いかける恋になったみたいだね。間に合うかな」と、彼は私の左手の薬指に目を移し冗談交じりに笑った。 私は思いもよらぬ展開に、正直頭がついてきていなかった。 彼は今も私が好きだとはっきりと伝えてくれた? 私の小賢しい作戦は失敗に終わったばかりではなく、予想外の方向に進んでしまった。 でも早く何か言わないと、気まずくなる。「もぅ、佐々木くんは冗談がうまくなったね」となんとか返事を返せた。 でも、告白めいたことを婚約指輪をつけた私にするのは、どうしてだろう。彼はどこまで本気なんだろうか。いや、婚約者がいるのに他の男性と会っている私の方が断然中途半端で、おかしいから何も言えない。 だけど、私は〝婚約指輪〟という言葉を口に出すことはできなかった。彼との今の関係が一瞬で粉々になりそうだから。 私は一体何をしているのだろう。 彼は少し考えているような顔をしていた。「じゃあさ、テレビ電話をしてくれた時、本当は何を伝えようとしてくれたかぐらいは教えてくれる?」 当時は特に何もなかったからと言ったけど、彼には気づかれていたようだ。「あの時は、校外学習が無事終わったことをどうしても直接伝えたかった。でも本当は、寂しくて佐々木くんの顔が見たかったの」 当時の気持ちがもう知られているから、私はそんなに答えにくくはなかった。「そうだったんだね。出れなかったの
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