ある日、主人公である山本 瑞貴(やまもと みずき)は妻の山本 花音(やまもと かのん)に突然「足りないよ」とだけ言われます。 彼はは、何のことか全くわからず、困惑します。 二人は、新婚夫婦です。 一体何が足りないというのでしょうか? そして、妻のその言葉に隠された驚くべき思いとは?
View More物事はいつも予想を超えてくるということを、僕はしっかり理解していなかった。
これはきっと僕の理解が人よりかなり遅いことには関係していないはずだ。
ただ予想以上のこととは、心を激しく揺さぶる。
「
僕、山本 瑞貴は、妻の
彼女はテーブルに箸を勢いよく置いたから、胸まであるカールした茶色の髪が少し揺れている。
今日は一月一日で、僕は仕事が休みだ。だから今ゆっくりと一緒に晩ごはんを食べているところだ。
僕たちは今家のこたつに隣同士で座り、おせちを食べている。こう座っているのは、決して部屋が狭いからという理由からではない。むしろ、たぶん部屋は広い方だ。「向かい合わせはなんか距離があって嫌」とある日彼女が言い出してから、ずっと僕たちはこの座り方をしている。
彼女は家事全般ができて、その中でも特に料理が得意だ。
だから、料理もいつもおいしいものを作ってくれる。今日の料理の味ももちろんおいしいし、きっと足りないのは調味料などの話ではない。
一体何が足りていないというのだろうか。
僕には全くわからなかった。
「花音ちゃん、突然どうしたの? そして、何が足りないの?」
僕は三十一歳で、彼女は二十三歳だけど、僕たちはお互いに名前に『ちゃん』をつけて、呼びあっている。
最初は僕はちゃん付けで呼ばれることに正直抵抗があった。今まで誰かにそんな風に呼ばれたこともないし、僕の方が年齢も年上だから。
でもそう呼ぶ時の彼女の顔がとてもかわいらしいから、それでもいいかなと思い今でもそう呼び合っている。
「私たち、結婚したのよね?」
「そうだよ。そのことで何か話があるのかな?」
僕たちは、去年の十一月一日に結婚した。
それと『足りない』が何が関係があるのだろう。
「きゅんが足りないよ! 結婚したのに、きゅんが足りないのは、やっぱおかしいよ」
彼女は突然勢いよく立ち上がった。
「まず落ち着いて。ゆっくり説明して。ねえ?」
これは
「とにかく瑞貴ちゃんからきゅんが足りないよ。愛してくれているのはわかるよ。いつも本当に私のためにいろいろありがとうって思っている。でも、足りないものは足りない。毎日は楽しいものじゃなきゃ。決めた! 今日から『イベント事』の日には、瑞貴ちゃんがきゅんとする言葉や行動をとって、私をきゅんとさせて。これは私たち夫婦の大切なルールだからね」
彼女は早口でそう言った。
それに比べ、僕はゆっくりと確認をとった。
「確かに『夫婦の間でもルールが必要だよね』と昨日話したばかりだよね? そのルールが僕が花音ちゃんの決めた『イベント事』の日という日に、きゅんとさせることで間違えてない?」
たまたまだけど昨日夫婦の間でルールを作るかどうか二人で話し合っていた。
その時は、そこまで深い話し合いにはならず、特にルールも決まったりしなかった。
それに僕はルールに関しては、正直あまり必要じゃないかなと考えている。彼女が楽しければ僕はそれでいいから。
「うん、さすが、私の大好きな瑞貴ちゃん。飲み込みが早い。その通りだよ」
しれっと「大好きな」という言葉を彼女はつけたしてきた。
「なるほど。でも、いきなりきゅんとさせてと言われてもなあ」
僕は頭を抱えた。
もちろん彼女のことは愛しているけど、彼女が何にきゅんとするかすぐにわからなかったから。
「そんなに難しく考えなくて大丈夫よ。ただ私を好きな気持ちを、いろいろな言葉や行動にしてくれたらいいだけだから」
「うん、わかった。とりあえずやってみるよ」
正直むちゃくちゃな注文だなと思ったけど、僕はしてみることにした。
「瑞貴ちゃんはまじめだから、きっとできるよ」
「うん」
僕は、不安でもあった。
ちゃんと彼女の求めているように応えられるだろうか。いや、そもそもどう応えたらいいかすらさっぱりわからないのだから。
ネガティブや気持ちが込み上げてきそうになる。
「早速、今日は『イベント事』の日だね」
彼女は目の前に飾ってあるカレンダーを見て、目を輝かせた。
彼女のくるっとカールしたまつ毛がはっきりと見えた。
「えっ、今日は何かの記念日だったかな?」
「今日は一月一日。正月じゃない。立派な私たちの『イベント事』の日よ」
僕は頭の中ではてなマークがたくさん浮かんだけど、何も言わなかった。
そして、この時の僕は彼女の決めた『イベント事』の日というものが、すごく壮大なものだと全く気づいていなかった。
「正月は、家族が元気に暮らせるように神様にお祈りする日よ。家族のことを思う日。それはつまり、私たちにとって立派な『イベント事』の日じゃない!」
「うっ、うん、そうだねー。で、きゅんとさせるかあ」
彼女は前のめりに話してきてるし、その勢いに負けた感は大いにある。
急に自信満々に話されると、僕じゃなくてもびっくりするはずだ。
でも、彼女の熱い言葉に反して、僕は正直なぜ今日が『イベント事』の日になるのか、いまだに一ミリもピンときていなかった。
「そうそう、早く〜」
彼女は突然いつも出さないようなふにゃふにゃとした声を出して、むぎゅっと腕にくっついてきた。
普段彼女はスキンシップをとるタイプの人ではない。
「えっ、なになに? 突然どうしたの?? 『イベント事』の日というより、実は本当は何か買ってほしいものでもあるの?」と思うほどの変わりっぷりだった。
きゅんとは考えてするものなのかな? という疑問も頭に浮かんできた。
考えた末に、「花音ちゃん、大好きだよ」と僕はそれだけ言った。
「まあベタだけど、最初だからいいか」
「こんな感じでいいのかな?」
僕は、彼女に確認をとった。
「まあまあ今後努力してくれるって言ってたし、次の『イベント事』の日は期待してるね」
彼女はわかりやすく物足りない様子を前面に出していた。
「あれ、実はあんまり満足してない? もっと違う言葉じゃなきゃダメだった??」と僕は一層頭を悩ませることとなった。
そして、彼女の言葉には、気になることがあった。
「もしかしてだけど、次の『イベント事』の日は、いつか教えてくれないの?」
「教えないよ。だってその方がサプライズ感があって楽しいじゃない?」
僕は「それは誰に対するサプライズ?」とツッコみたくなったけど、グッとその言葉を飲み込んだ。
「うん、そうだよね」
こうして、僕にとって彼女をきゅんとさせるという謎のミッションが始まりを告げた。
二月に入ってから、僕は今日を一番楽しみにしていた。 僕たちは交際期間が短かった。具体的には、六月から十一月の間恋人同士だった。だから付き合っていた時に、バレンタインデーの日が当然だけどくることはなく、今回が初めて二人で迎えるバレンタインデーとなる。 「ただいま」と言った後、「今日はバレンタインデーだね」と彼女が言ってくれるのを少し期待していた。 別に僕から言ってもおかしくないのだけど、僕から言うとプレゼントの催促をしているみたいにとられる可能性もあるから。 残念ながら、彼女は「おかえり」と言っただけだった。 僕はそわそわしてる気持ちを隠して、そのまま部屋に入っていった。 その後、晩ごはんの時も彼女の口から「今日はバレンタインデーだね」という言葉は出てこなかった。 こんなに言われないから、今日はお祝いされないと僕は諦めた。 晩ごはんが食べ終わると、彼女は「ちょっとお手洗いに行ってくるね」と言った。 彼女が完全に見えなくなってから、僕はガクッと肩を落とした。 一方で、落ち込むことに慣れているじゃないかと自分に言い聞かせた。 涙が出てきた。 そんな時リボンでラッピングされた大きな箱を僕の目の前にだして「ハッピーバレンタイン、愛しているよ」と言いながら彼女は突然現れた。 僕はまさかのことに、言葉が出なかった。「あはは、驚きすぎて声が出なかった? 一回サプライズをやってみたかったのよ。そんな反応されると、やった甲斐があるよ。そもそも瑞貴ちゃんとの大切な『イベント事』の日を、私が忘れるわけないでしょ」 彼女は楽しそうにお腹を抱えて笑っている。「えっ!? サプライズだったのね。ホッとしたよ」「ホッとした?」 彼女の目つきは心配したものに急に変わった。「いや、二人で迎える初めてのバレンタインデーを楽しみにしていたから」「そうだったのね。瑞貴も楽しみにしてくれていたのね」 彼女は優しく頭をなでてくれた。「大丈夫だからさ。瑞貴のタイミングでいいから、開けてみて」 彼女の他の人を温かい気持ちにする優しさが、僕は大好きだ。「ありがとう、花音ちゃん」 箱を開けると、僕の大好きなチョコブラウニーがたくさん入っていた。しかも一つ一つのサイズも小さくてかわいらしい。 僕がチョコが好きだと一度ぐらいしか言ったことなかったのに、それを覚えてくれて
あの日から数日が経った時のことだ。 それは、また突然やってきた。 僕が仕事から家に帰ってくると、彼女はいつもにこにこ笑顔を浮かべながら「おかえり」と玄関まで走ってきてくれる。 彼女の見た目は、きれい系というよりも、かわいい系だ。そんな彼女がニコニコで迎えてくれるのだから、僕は嬉しくなる。 「そんなに毎回急いで来なくても、僕はどっかに行ったりしないよ」と思うけど、僕が帰ってくるのを楽しみに待っていると思うと、そこもまたかわいいと思う。 本当に今日もかわいいが渋滞している。 彼女はフリルのついたピンクのエプロンをつけている。 晩ごはんは僕が帰ってくる時間に合わせて、全て作り終えてるようにしてくれている。 それなのに、いつもエプロンをつけたまま迎えてくれる。 それがなぜかは今まで考えたことなかったし、今考えても正直わからなかった。 でも、それを今後知っていきたいと思った。 それから、すぐに一緒に晩ごはんを食べるのがいつもの僕たちの日常だった。 でも今日はそれからが、いつもと違った。「お疲れ様。ねぇ、今日は『イベント事』の日だね」 彼女は猫撫で声で、上目遣いで見上げてきた。 元々彼女の声は高い方だけど、きゃぴきゃぴした感じはない。 もちろん、彼女のこのような声を僕は一度も聞いたことない。 一体どこからそんな声をだせるのかと僕は驚いた。 そして、彼女は155センチと元から僕より、かなり背が低い。だからわざわざ屈まなくても、普段から彼女は上目遣い気味で僕を見ている。 それなのに、今回の上目遣いは、動画サイトで練習したのかと思うぐらいに完璧だ。 僕の中でドキドキという感情が、驚きを超えてきた。 彼女はそれから何も言わず、絶妙な距離感でじっと見つめてくる。 彼女のなぜか少し潤んだ大きな目が僕の見える世界の中心となる。「えーっと、花音ちゃん?」 僕はドキドキに耐えられなくなった。「なに、どうかした? 素敵な瑞貴ちゃん??」 彼女は猫撫で声と上目遣いをしっかりキープしつつ、返事してくれた。 僕はこんなにドキドキしてるのに、彼女は恥ずかしがる仕草を全く見せない。どんな心境で、これができているのか素直に聞きたい。 彼女ってもしかしてメンタルがめっちゃ強い? でも、それを聞くことは、やめておいた方がいいと身体全身が訴えかけてきてい
柔らかな太陽の光が、窓から部屋に入ってくる。 「朝は太陽の光りをたくさん浴びたい」という彼女の言葉から寝室の窓は大きくて、開放的な家を作ってもらった。 僕は、最近マイホームを買った。家について、僕自身は「いつか自分の家をもちたい」という夢があったから。たとえ無理をしてもこの夢を諦めることはできなかった。完全自由設計の一軒家ではないけど、多少こだわりを盛り込むことはできた。 僕はインテリアにはさほど興味はなかったから、彼女に任せた。 家をよく使うのは彼女だろうから、おかしなことではないと今も思っている。実際彼女もそれについて文句を言うことはなかった。 170センチある僕の全身が写る大きな鏡の前で、僕はあくびをしながらゆっくりと寝癖の残ったツーブロックの黒髪を触る。 いつも寝癖がつくことが不思議だと変わったことを考えていた。 簡単に身だしなみをチェックして、最後ににこっと笑顔を作った。 「えくぼがあってかわいいね」って付き合っていた頃に彼女に言ってもらえたのが嬉しくて、今でも彼女に話しかける前は、自分のえくぼを確認するために笑顔を作る。 自分自身は、特に特徴のない平凡な顔だと彼女に言われるまでずっと思っていた。 自分の顔が「かわいい」なんてなおさら思ったことはなかった。 初めて彼女に言ってもらえた時は、うまく反応できなかった。 それからいつものように、こたつの上に置いてある黒縁の眼鏡を手にとる。 僕たちの朝は、お互いに「おはよう」を言うことから始まる。 いつも先に起きるのは、僕だ。 そのことに対して不満はないし、僕も少しは料理ができるから朝食も作れるほうが作ればいいと思っている。 僕はあまり女性だからこうしてほしいというのがないのかもしれない。大切なのは、彼女が幸せであることだ。それが一番で、役割なんてどうでもいい。僕が彼女のためにできることがあるなら、めんどくさいと思わず喜んで何でもする。 「おはよう」と彼女に声をかける時、今日は少し遠慮がちに小声で話しかけた。 まだ昨日の甘えん坊モードが残っているか確かめるためだ。 正直昨日の彼女にビビっている。 一日経っても、僕に突然あんなことを言ったのかわからないから。 そんな僕にたいして、彼女は今日も僕の予想を超えてきた。 彼女はしっかりした声で「おはよう」と言った。 そ
物事はいつも予想を超えてくるということを、僕はしっかり理解していなかった。 これはきっと僕の理解が人よりかなり遅いことには関係していないはずだ。 ただ予想以上のこととは、心を激しく揺さぶる。「瑞貴ちゃん、足りないよ」 僕、山本 瑞貴は、妻の花音に突然そう言われた。 彼女はテーブルに箸を勢いよく置いたから、胸まであるカールした茶色の髪が少し揺れている。 今日は一月一日で、僕は仕事が休みだ。だから今ゆっくりと一緒に晩ごはんを食べているところだ。 僕たちは今家のこたつに隣同士で座り、おせちを食べている。こう座っているのは、決して部屋が狭いからという理由からではない。むしろ、たぶん部屋は広い方だ。「向かい合わせはなんか距離があって嫌」とある日彼女が言い出してから、ずっと僕たちはこの座り方をしている。 彼女は家事全般ができて、その中でも特に料理が得意だ。 だから、料理もいつもおいしいものを作ってくれる。今日の料理の味ももちろんおいしいし、きっと足りないのは調味料などの話ではない。 一体何が足りていないというのだろうか。 僕には全くわからなかった。「花音ちゃん、突然どうしたの? そして、何が足りないの?」 僕は三十一歳で、彼女は二十三歳だけど、僕たちはお互いに名前に『ちゃん』をつけて、呼びあっている。 最初は僕はちゃん付けで呼ばれることに正直抵抗があった。今まで誰かにそんな風に呼ばれたこともないし、僕の方が年齢も年上だから。 でもそう呼ぶ時の彼女の顔がとてもかわいらしいから、それでもいいかなと思い今でもそう呼び合っている。「私たち、結婚したのよね?」「そうだよ。そのことで何か話があるのかな?」 僕たちは、去年の十一月一日に結婚した。 それと『足りない』が何が関係があるのだろう。「きゅんが足りないよ! 結婚したのに、きゅんが足りないのは、やっぱおかしいよ」 彼女は突然勢いよく立ち上がった。「まず落ち着いて。ゆっくり説明して。ねえ?」 これは大事のような気がして、僕はいつもよりしっかり聞くように箸を置き、彼女の方を向いた。「とにかく瑞貴ちゃんからきゅんが足りないよ。愛してくれているのはわかるよ。いつも本当に私のためにいろいろありがとうって思っている。でも、足りないものは足りない。毎日は楽しいも
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