Chapter: キミと僕だけの世界(完)沙良が浅く寝息を立てている。頬には熱の名残《なごり》。 泣きながら何度も絶頂に達し、ようやく訪れた眠りだった。 その細い足首に、僕はそっと銀の輪を嵌める。 ぱちん、と乾いた音。もう外せない。誰にも、何があっても。 これは飾りじゃない。微弱な発信装置とアラーム付き。 僕だけが管理できる、特注の足枷《アンクレット》。 ねぇ沙良、知ってた? 眠ってる間に檻《おり》の鍵をかけられてたって。 でもまだ教えないよ。だって僕は優しいから。 キミが不安にならないように、甘く優しく包み込んであげる。 目覚めるたび、自然と〝僕のもの〟だと受け入れられるように。 逃げられない檻の中で、キミは僕だけを見ていればいい。 僕がキミを見つけたあの日から……キミはこうなる運命だったんだ。 「……ねぇ、沙良。キミはもう、僕のものだよ」 指先で銀の輪を撫でながら、僕は穏やかに微笑んだ。 窓の外、雨はまるで鉄格子のように歪んでいた。 *** (――どうして、こんなに静かなの?) 私はゆっくりとまぶたを開けた。知らない天井。住み慣れた|家《アパート》の部屋とは違う匂い。違う空気。 (ここ……どこ?) 起き上がろうとして、足首の〝違和感〟に動きを止める。 銀色の輪。見覚えのない金具。引っ張ってみたけれど、外せそうにない。 「……えっ?」 継ぎ目も鍵穴も見当たらないそれから、ピッと小さな電子音がした。 「なに、これ……」 確か私……昨夜、朔夜《さくや》さんが淹れてくれたカモミールティーを飲んで……。 (朔夜さんはどこ?) 見回してみたけれど、彼の気配はなかった。 代わりに、天井の角。――小さな黒い目が、私を見ているのに気が付いた。 (カメラ……) それに気付いた瞬間、背筋に凍るような悪寒が走った。 思わず「なに、これ」ともう一度つぶやいたとき、背後の扉が静かに開いた。 「おはよう、沙良。よく眠れた?」 笑顔の朔夜さん。手には朝食のトレイ。カップから立ち昇るのは、ベルガモットの仄かな柑橘の香り。優しくて懐かしいはずなのに、今は妙に重く、息苦しいほどに甘く感じた。 ふわりと漂う優しい香りと、朔夜さんの変わらない笑顔。 私は思わず、喉の奥がひくりと震えるのを感じた。 ――大好き
Last Updated: 2025-08-30
Chapter: キミと僕だけの世界⑥「だったらもう一度聞くよ、沙良。沙良も僕も、どうやら両想いだ。好きな男から触れられて気持ちよくなることは良くないこと?」 「いえ……多分、いいんだと……思い、ます」 「そう、いいことなんだ」 「はい……」 「だからどうするんだっけ?」 そこでカリッと乳首の先を引っ掻いたら、沙良がピクンッと身体を跳ねさせた。 「沙良?」 「気持ち、いい……です」 「うん、いい子」 僕は沙良が〝僕に触れられて気持ちいい〟と認めてくれた瞬間、沙良をギュッと抱きしめて思い切り褒めちぎる。 そうしてそこからは何度も何度も……しつこいぐらいに時間をかけて丁寧に、「キミには《《僕に》》愛される価値がある」と教え込んだ。 「沙良、そろそろ下にも触れるね?」 胸だけで何度も甘イキをした沙良をそっと抱き締めると、僕は指先を沙良の下腹部へ向けて撫で下ろしていく。 「え? ……下?」 ぽやんと熱に浮かされた沙良が僕の言葉の意味が掴めないみたいにつぶやいた。 (そういう性に疎いところ、たまらないな) 僕は沙良が僕の言った言葉の真意に気付くより早く、彼女の下着へ指先を到達させる。布越しでも彼女がしっかり濡れているのが分かって、僕はごくりと生唾を飲み込んだ。 「あ、……そこは、汚いので、っ」 カリッとレース越しに敏感な秘芽を引っ掻く僕の手を、沙良が懸命に止めようと抵抗を試みる。けれど、沙良の華奢な手指には全然力が入っていない。 下着のクロッチ部を横へずらして直に指を沙良の秘部へ這わせれば、温かく滑《ぬめ》った蜜が、僕の指を瞬く間に濡らした。 その|滑《ぬめ》りの力を借りて、僕は沙良の敏感な花芽へ、直にそっと触れる。 「あ、っ、やんっ、そこ、ダ、メっ……」 ビクビクと身体を跳ねさせる沙良が可愛くて、僕は執拗にそこをこねてつぶして優しく撫でて……ぷっくりと存在を主張させる。 そっと薄く敏感な突起を覆い隠した皮を押しのけて、直に指の腹で押しつぶすようにそこを可愛がったら、沙良が弓なりになって全身にキュウッと力を込めた。 「ひゃぁ、っん!」 未だに身体の震えが止められないでいる沙良の耳元に、吐息を吹き込むようにして「上手にいけたね」と囁《ささや》けば、沙良がぼんやりした目で僕を見つめてくる。 (ああ、可愛くてたまらな
Last Updated: 2025-08-30
Chapter: キミと僕だけの世界⑤ 指先をそっと沙良の襟元に添えると、布地が微かに擦れる音が静かな部屋の中に小さく響く。 ゆっくりと、丁寧に――まるで大切な贈り物を解くように、僕は彼女の服に手をかけた。 硬く閉じられていた沙良のまぶたが、そっと揺れて開き、僕の顔を見つめてくる。 お酒の力もあるだろうか。 全身がほんのり薄桃色に色付いた沙良《さら》の下着姿はとても魅力的で、全部見えないからこそ秘めたる部分にワクワクさせられてしまう。「あっ、……朔夜《さくや》、さっ……。ダ、メっ」 沙良の下着は彼女らしい、とても控え目なローズグレージュのレース付き。その柔らかな色合いの肩紐にそっと指をかけると、沙良の身体がわずかに震えた。 逃げるように伏せた目元が、どうしようもなく愛おしい。「大丈夫だよ、沙良。……怖くない」 そう囁きながら、僕は慎重に背中へまわした両手で丁寧にホックを外す。 プチッという頼りない音がした瞬間、彼女の肩から布がするりと滑り落ちて、その下に隠されていた柔らかなラインがシーリングライトの明かりに照らされた。 フワフワのふくらみを隠そうとするように、沙良が胸元を両腕で懸命にかばう。 僕はその腕に手を重ねて優しく撫でながら、もう一度沙良と目を合わせるんだ。「ちゃんと見せて? ……キミの全部が、欲しい」 僕は躊躇いがちにのけられた沙良の胸元へ、そっと手を添える。控え目で綺麗な形をした沙良の胸は、僕が触れる度に甘い芳香を放ちながら、手にしっとりと馴染んだ。 あえて触れないようにしている薄い色付きの先、愛らしい乳首が刺激してもいないのにツンと天を向いている様がたまらなく官能的で、見ているだけで腰にくる。「可愛い……」 散々焦らしておいて、先端の小さな果実をチュッと吸い上げた途端、沙良の身体がびくりと跳ねた。「気持ちいい?」 耳元でそっと問い掛けた僕に、沙良が恥ずかしそうに視線を逸らせる。「ねぇ、沙良。お願い? 言葉にしてくれなきゃ分からないよ?」 本当は聞かなくたって沙良が感じてくれていることは、蕩けたみたいな彼女の表情を見れば一目瞭然だった。 だけどごめんね? 僕は沙良の口からちゃんと聞きたいんだ。 だって……沙良が自分から僕を求めてくれないと意味がないんだから。「朔夜《さくや》さん。お願……、もぉ、許し……て?」 快感を得ることにこれほど拒絶反応
Last Updated: 2025-08-30
Chapter: キミと僕だけの世界④ふぁ、と小さく沙良があくびをして、目が少し虚ろになってきた。 「沙良?」 そっと彼女に呼び掛けて、沙良が手にしたままのカップを優しく引き取ってテーブルの上に戻せば、「朔夜、さ……?」と小さくつぶやいて、懸命に眠気と戦っている。 「眠くなっちゃった?」 沙良の頬をそっと撫でて問い掛ければ、沙良が小さくうなずいた。やがて、ソファへもたれ掛かるようにして、瞼《まぶた》がゆるく落ちかけては開かれる、というのを繰り返す。 「……すごく、あったかくて……なんだか……ほわほわします……」 (――ふふ。効いてきたね) ほくそ笑む僕のすぐそばで、沙良が目を閉じたまま、ぽつりとつぶやいた。 「……私って、ほんとダメな子ですよね……」 不意にこぼれたその言葉に、僕は沙良の顔を見つめた。 「どうして?」 「昔、先生から怖いことを言われて……ちゃんと自分を守ろうと思って地味にして、人と関わらないようにして……。そういうことをする人の心理も知ろうとして……色々勉強もしました。でも結局、またこんな目に遭って……。周りから暗いとか冴えないとか言われても自衛のためだって頑張ってきたのに……全部無駄でした。なんだかもう、自分でも何がしたかったのか分からなくなっちゃいました……。こんな私が、誰かに愛されるなんて、有り得ない気がします」 沙良は俯いて、肩をすくめたまま震えていた。 ――でも、それは違う。 沙良が取る必要のない心理学系の授業をやたら取っていた理由は、ストーカーの気持ちを知って……対処法を模索していたからだったんだね。 そう知った僕は、沙良を外に出すべきじゃないという思いを強くした。 沙良がそんなバカなやつらのことを学ぶ必要なんてないんだよ? ――僕が守ってあげるんだから。 僕はそっと沙良の手を取って、指先を絡めた。 「有り得なくなんかないよ? 現に僕はキミが好きだって散々伝えたはずだけど?」 沙良がぽやんとした表情を僕に向けてくる。その瞳の奥に、僕の言葉の真意を推しはかろうとするかのような光が見え隠れする。 「沙良はちゃんと、愛されていい子なんだ。誰がなんと言おうと、僕はそう思ってるよ?」 「でも……」 「一年生の頃、僕は沙良とたまたま同じグループになったよね? あれ以来ずっと……僕はキミのことが気になって見続けてきたから
Last Updated: 2025-08-27
Chapter: キミと僕だけの世界③「お願い、大好きなキミをおもてなしさせて?」 縋るような思いを眼差しに乗せれば、沙良が戸惑いながらも小さく頷いてそろそろとソファへ腰を落ち着けてくれた。 そんな沙良の様子を目の端に収めながら、僕はキッチンに立って、ティーポットを温める。 今日、用意するのはこの日のために研究を重ねた特別ブレンド――。僕が〝沙良のためだけに〟作った、最高にリラックスできて……うまくすればキミが眠ってしまうやつ。(眠らないとしても、意識がトロンとするはずだ) 乾燥させたカモミールの花に、削ったレモンの皮を少量。蜂蜜をティースプーンに一杯。 そして、香り付け程度に垂らすのは、熟成されたブランデー。このお酒の加減が一番苦労したポイント。 余りにたくさん入れ過ぎるといかにもアルコールです、って感じになって警戒されそうだし、少なすぎると効果が薄くなっちゃう。 沙良が酒に弱いことは織り込み済みだから……同じようにアルコール慣れしてない子で、僕はたくさん実験を重ねたんだ。 もちろん他の子には興味なんてないし、寝かせるだけで手なんて出してないけど……沙良は別。 キミにはこれを飲ませてしてみたいことがたくさんある。 僕の手元で沙良のためだけに開発したスペシャルブレンドが温かい蒸気とともに溶け合って、空気に甘く柔らかい香りが広がっていく。 淹れている僕自身が眠くなりそうなくらい、優しい香り。(……でも、眠るのは沙良だよ?) ホカホカと湯気のくゆるティーポットとカップをトレイに乗せてリビングへ戻ると、沙良は両手を膝の上で組んで、所在なさげに僕を見つめてきた。 ソファの端っこ。まるで、部屋全体に対して遠慮しているみたい。「
Last Updated: 2025-08-23
Chapter: キミと僕だけの世界② 僕の部屋に着いた沙良は、玄関先でそっと靴を脱ぎながら、落ち着かない様子で周囲を見回す。 まさかと思うけど……ここが《《沙良を捕らえるために》》わざわざ用意した部屋だってバレたかな? 一人暮らしの大学生には不釣り合いなくらい広くて、無駄に眺めのいい角部屋。 アイランドキッチンに、タッチ式オートロック、床暖房付きのバスルームまである高級マンション。 まるで若手実業家か医者の住まいみたいなこの部屋を見て、沙良が少し目を見張ったのも無理はない。 だけどまあ、そこは想定済み。 この部屋を維持してる理由を聞かれたら、「親が心配性でセキュリティ面を重視した結果こうなったんだ」とでも言っておけばいい。 でも実際は、そうじゃない。 高校時代から独学で作ってきたスマートフォン用アプリと、データ解析に基づいた投資で得た収益。 人の心理を読むのは得意だから、株も仮想通貨も、読みさえ間違えなければ悪くない金になる。 それらを元手にした副業収入で、僕はもう、親のスネをかじらなくても生きていけるし、司法試験に合格すれば更に稼げるようになるはずだ。 キミを囲うのに、他力なんてイヤだからね。 僕がキミを迎える場所として、自力で稼いだ金でこの部屋を選んだ。それだけの話だ。 だけど僕の心配をよそに、沙良は違うことを思っていたらしい。「……ごめんなさい。急にお邪魔してしまって。もしかして……朔夜《さくや》さん、ご家族と一緒にお住まいなんじゃ?」 沙良にはここがファミリー向けの物件に見えたらしい。(なんて可愛くて純粋な発想だろう!) けど……うん。僕がキミと暮らすこと想定で用意したマンションだからね。ある意味間違ってないよ?「あぁ。そういうことか。ちゃんと話してなくてごめんね? ここ、すっごく広いけど僕一人で住んでる家だから安心して?」「えっ?」「僕の実家が、結構大きな弁護士事務所を開設してる弁護士一家だっていうのは沙良、知ってる?」「……いえ、初めて聞きました」「そっか。まあ、僕自身はまだただの学生だけどね。両親が心配性でさ。一人暮らしするって言ったら、絶対に〝セキュリティ重視で選びなさい〟ってうるさくて」 僕は照れたように笑ってみせた。「……それで、ちょっとオーバースペックな部屋になっちゃったんだ」 恥ずかしそうに言った僕に、沙良がふっと笑う。けれど
Last Updated: 2025-08-22
Chapter: 6.崩れゆく日常① 小さなメモを手に取る。 昨夜、梅本先生が「もしもの時に」と書き置いていってくれた電話番号。 しばらく考えたのち、私はその番号をスマートフォンに【梅本先生】として登録した。 そうしてショートメッセージの画面を開けて、梅本先生宛にメッセージを打ち込んでいく。 『色々と有難うございました。 ヨーグルトとお薬をいただきました。 今からマンションに戻って、夫と話し合いをしてきます。 桃瀬』 打ち終えた文面を見つめ、しばらく躊躇った。 けれど、通話ボタンに指を伸ばせない以上、メッセージくらいは送っておくべきだ。 声を聞いてしまえば――きっと、甘えてしまう。孝夫さんと向き合うのが怖くなってしまう。 だから、短い文字だけを送信した。 スマートフォンを片手に難しい顔をしていたからかな? うなぎが私の横へおすわりをして、不安そうにこちらを見つめてきた。 「うなちゃんのご飯もお家に戻らなきゃないもんね?」 眉根を寄せて頭を撫でる私に、うなちゃんが「くぅーん」と甘え鳴きを返してくれる。 温かいうなちゃんの手触りに、私はほんの少しの勇気を分けてもらった。 体調はまだ整っていない。きっと薬を飲んでいるからなんとか起き上がっていられるけれど、気を抜いて仕舞えば倒れてしまいそうな気がした。 うなぎにハーネスとリードを取り付けると、「お散歩ですか?」とうなちゃんがしっぽをパタパタと振って私を見上げてくる。私はそんなうなちゃんを見下ろして深呼吸をひとつ。 ドアへ向けてゆっくりと歩き出すと、扉へ手をかけた。 扉の外へ出て、 (あ、鍵……) ごく当たり前のことに今更のように気が付いてキョロキョロと辺りを見回したらドアと一体化になったドアポストが目に入る。 (もしかして) 思ってドアを再度開けて内側についた郵便受けを開けると鍵がポツンと入っていた。 昨日お借りしたものみたいにキーホルダーが付いていないところを見るとスペアキーかな? (ってことは梅本先生も鍵、ちゃんと持っていらっしゃるよね?) この鍵を使って再度ドアに鍵を掛けたとして、今みたいにキーをドアポストに落としても大丈夫かな? ふと不安になった私は、ドアを施錠したまま鍵を片手に固まってしまう。 「うなちゃん、コレ、どうするのが正解?」 裸の鍵を手
Last Updated: 2025-10-02
Chapter: 5.段ボールに囲まれた二人と一匹⑦ ほのかな光をまぶた越しに感じて、私はゆっくりと目を開けた。 熱のせいか頭はまだ重く、視界もかすんでいる。……というよりこの見えなさ具合は。 (め、がね……) 見慣れない天井を霞む視力のまま見上げて、細い糸を|撚《よ》り合わせるように記憶を手繰り寄せる。 そうしてハッとした。 (あ、私、昨夜梅本先生の家にっ) 慌てて身体を起こして辺りをキョロキョロと見回してみたけれど、人の気配はない。 私が起き上がった音で目を覚ましたのか、ベッドサイドで丸くなっていた愛犬うなぎらしき黒い生き物が、私のそばまで来た。 (眼鏡……) 薄らぼんやりとそれがうなちゃんであることは理解できたけれど、レンズ越しでないと焦点がブレる。キョロキョロと周囲を見回しながら手探りでベッド脇のそば机に手を伸ばした私は、触れ慣れたフレームの感触を探り当てた。 多分、昨夜は梅本先生と話している間に寝落ちしてしまったんだろう。そのあたりの記憶が曖昧だ。眼鏡も外した覚えはないけれど、ちゃんと綺麗に折り畳まれた状態で置かれていたことに胸がじんわり熱くなる。きっと梅本先生が気を遣って、そうしてくださったに違いない。 眼鏡をかけて視界がはっきりすると、私の横にお座りをして尻尾を振っているうなちゃんのキラキラの瞳と目があった。 「うなちゃん、おはよう」 可愛いうなちゃんの顔を見て安心したのも束の間、部屋の静けさに違和感を覚える。そもそも、私が梅本先生のベッドを占拠してしまっていた。家主の彼はどこで寝ていらっしゃるんだろう? 「……梅本先生?」 呼びかけても返事はなく、熱で少しふわふわする身体を支えながらリビングへ足を運ぶと、テーブルの上に紙袋と一枚のメモが置かれていた。 震える指でそれを手にしてみれば、整った字で手紙が|認《したた》められていた。書かれた文字は、あの|強面《こわもて》の梅本先生がお書きになったと思うとどこかアンバランスにも感じられるとても繊細で几帳面な文字。おまけに文面がどこまでも丁寧な上に真面目で、見た目の怖さとの落差にちょっぴりギャップ萌えを覚えるほど。 『おはようございます。 テーブルの袋には塩バターロールと紅茶のティーバッグ、冷蔵庫にサンドイッチとヨーグルト、牛乳と麦茶を入れてあります。 何か口にしてから薬を飲んで、ゆっく
Last Updated: 2025-09-23
Chapter: 5.段ボールに囲まれた二人と一匹⑥(寝ちまったな……) スースーと寝息を立てる桃瀬先生を見下ろしながら、俺はそっと彼女へ腕を伸ばした。 途端、桃瀬先生のすぐ横へ寄り添っていた|犬《うなぎ》がじっとこっちを見てくる。まるで「なにをするつもり?」とでも言いたげなその視線に、 「……ベッドに寝かせるだけだ。心配すんな」 言い訳するみたいにそう小声で言うと、うなぎは小さく尻尾を振った。 うなぎは案外俺のことを信頼できる相手と思ってくれているのかもしれない。 俺はそんなうなぎに小さく頷いてみせると、意識を手放した桃瀬先生の身体をゆっくりと抱き上げ、奥の寝室にあるベッドへと運ぶ。 (軽いな……) 小柄ではあるけれど、これほど軽いとは思っていなかった。 抱き上げた瞬間「ん……」と一言つぶやいて眉根を寄せた桃瀬先生を起こさないよう気を付けながら寝室へ運ぶと、足で掛け布団を器用にはぐってから彼女を横たえる。 なるべく刺激を与えないよう気を付けながら布団を掛け、ついでのように額へ軽く触れて熱の様子を確かめると、眼鏡が少しずれているのに気づいた。 (掛けっ放しは危ねぇか) そっと外して、ベッド脇の小さなテーブルに置いてやる。 (ここに置いときゃ、朝になっても困らねぇだろ) 俺は静かに部屋を出た。 リビングのテーブルを軽く片付けると、そこへ袋を置く。中にはさっきコンビニで買ってきた塩バターロールと紅茶のティーバッグが入っている。 俺はそこへ短いメモを添えた。 『おはようございます。 テーブルの袋には塩バターロールと紅茶のティーバッグ、冷蔵庫にサンドイッチとヨーグルト、牛乳と麦茶を入れてあります。 何か口にしてから薬を飲んで、ゆっくり休んでください。 今夜はシティホテル【プレイス】に泊まります。 必要なときは遠慮なく連絡してください。 090-****-×××× 梅本』 メモをしたためたら何となく丁寧口調になって、なんだかおかしくなってしまった。 (お願いします、とか……我ながら堅苦しいな。ま、けど……あんま、砕けたメモを残すのもな……) 旦那が浮気しているからと言って、彼女を同じ土俵には立たせたくない。 さすがに自分たちにその気はないと言っても、大人の男と女だ。人妻とひとつ屋根の下というのは、あらぬ誤解を与えても仕方
Last Updated: 2025-09-19
Chapter: 5.段ボールに囲まれた二人と一匹⑤リビングに戻ると、うなぎが尻尾を振りながら迎えてくれた。私はその隣に腰を下ろし、梅本先生と二言三言、取り留めもない話をする。 「ほら、買ってきたの、食べて?」 おにぎりを差し出しながらそう勧められたけれど、食欲がなくてフルフルと首を横に振ったら「こっちなら食えそう?」とプリンを渡された。 私はそれもあまり食べたい気分ではなかったけれど、何から何まで固辞してしまうのは申し訳ないと思って小さく頷いた。 梅本先生に渡されたスプーンでちょっとずつプリンをすくっては口に運ぶ。 冷たくて甘い。つるんとしているからか、思ったよりスルリと喉を滑り落ちてくれてホッとする。 「ごめんな。ホントはあんま食欲ねぇんだろ?」 言いながら、梅本先生が解熱鎮痛剤を私の前へ置いてくれた。 「けど……なんか食ってからじゃねぇと薬も飲めねぇだろ?」 言われて、不意に額へ触れられた私はびっくりしてしまう。 「熱、かなり高そうだから」 うなちゃんがそんな私たちの様子をキョトンとした表情で眺めている。 「しんどくなけりゃー飲む必要ねぇけど……もし辛いようなら飲んで?」 悪びれた雰囲気なんて微塵もない様子の梅本先生に、彼は私をただ純粋に心配してくれているだけだと反省した。 (孝夫さんにもこんな風に心配されたことなかったからドキッとしちゃった) 別に下心があってのボディタッチではない。変に意識してしまった自分が何だか恥ずかしかった。 「頭も痛いので……飲みます」 「了解」 私の言葉に、梅本先生はスッと立ち上がるとウォーターサーバーから冷水をコップに注いで持って来てくれる。 「これで飲んで?」 錠剤とともにグラスを差し出された私は、お礼を言って薬を飲んだ。 「今日は……私が急に帰ったりしたから……いけなかったんだと思い、ます……」 いつも通り定時に帰っていればきっと……あんなシーンを見せつけられることはなかっただろう。 うつらうつらと意識が遠のきそうになるのを懸命にこらえながら話す私に、梅本先生が「桃瀬先生に落ち度なんてないだろ」と即座にフォローを入れてくれる。 「でも……」 「どんな状況だろーと浮気する奴が悪い」 その声にはやたらと実感がこもっているように思えて……もしかして梅本先生も被害者? と思ってしまう。 「うめ、もと……セ
Last Updated: 2025-09-15
Chapter: 5.段ボールに囲まれた二人と一匹④「別に攻めてるわけじゃない。さっきから謝り過ぎ」 梅本先生に促されて、私は再度彼の部屋にお邪魔した。 それと同時、浴室から軽快なメロディとともに、『お湯張りが終了しました』というアナウンス。 「熱もあるし、本当は入らない方がいいんでしょうけど……サッと身体を温めてこれに着替えてきて?」 わざわざ食べ物と、そうでないものに分けて袋詰めしてもらったのかな? 大きい方のコンビニ袋を渡された私は、梅本先生に促されて脱衣所へ入った。 「扉、一応鍵も掛かるんで……」 言って、戸棚から洗い立てのタオルなどを準備して下さった梅本先生が、脱衣所の扉を閉めながらそう声を掛けてくる。 「あ、はい……、すみ……」 すみません、と言いそうになって、さっき〝謝り過ぎ〟と言われたことを思い出した私は「ありがとうございます」と付け加えて扉に施錠をさせていただいた。 梅本先生が扉の傍を離れていく足音に続いて、うなちゃんのカチャカチャいう爪音が遠ざかっていく。 孝夫さんと一緒の時には決して私の傍を離れようとしなかったうなちゃんが、梅本先生にはもう懐いているんだ。そう思うと、少しだけ肩の力が抜ける。 ほうっと吐息を落とした私は、思い出したように梅本先生にお借りしたトレーナーと、濡れたままの自分の服を脱いで、曇った眼鏡を外した。 眼鏡は雨粒で汚れていて、視界がぼんやりしていたのは熱のせいばかりじゃなかったのかも? と思う。 せっかくお湯を張って下さったけれど、お家にお邪魔している身で一番風呂に入るのはさすがに気が引けた。 体調不良で、梅本先生からもサッとシャワーだけでも……と勧められたのを思い出した私は、風呂ふたを閉ざしたまま熱めのシャワーを浴びる。 ひとりになったからかな。 シャワーに打たれながら、思い出さなくてもいいのに先ほど家であったことを思い出してしまう。 (孝夫さん……私以外の女性と……) 聞こえてきたのは紛れもない、情事の時の女性の嬌声だった。 ギュッと身体を掻き抱くと、私はポロポロと流れ落ちる涙を懸命にお湯で洗い流した。「大丈夫? 倒れたりしてない?」 余りに涙が止まらなくて長居をし過ぎてしまったのかな? 恐る恐るといった具合に梅本先生のくぐもった声が脱衣所の外から投げかけられて、私は慌ててシャワーのコックをひねっ
Last Updated: 2025-09-13
Chapter: 5.段ボールに囲まれた二人と一匹③最近のコンビニはすごい。下着も服も靴下も化粧品もメイク落としも……とにかくお泊まりに必要なものが一式、難なく取り揃えられてしまう。 私は最低限必要そうなものを梅本先生が持ってくださっているカゴへ入れていった。 お金は一応お財布の中へ入っているけれど、貯金を下ろさないと手持ちが|心許《こころもと》ないし、バーコード決済にしようかな? とぼんやり考える。 梅本先生が「すぐ食えそうなもんも買って帰ったほうがいいな」っておっしゃって、私の好みを確認しながらおにぎりや飲み物なんかを追加していくのをぼーっと見遣った。今まで色々あって少し薄れていたけれど、頭が痛い。 (そういえば私、熱があるんだ……) 私一人分にしては多いけれど、梅本先生も食べるとなると少ない気もする……そんな中途半端な量の食べ物たちを見ながら、無意識にこめかみに手をやる。 (家にも食べるものがあるのかな?) そんなふうに思いながら梅本先生のあとをトボトボと付いて歩いていたら、 「しんどいんじゃないのか?」 レジ待ちをしながら彼が言う。 「あ、ごめんなさい。少し……」 申し訳なく思いながらも、素直に答えた。|学校《しょくば》を早退したことはすでに知られている。 「謝らなくていい。俺の方こそ連れ回してすまない。今さらだけど先に部屋入って身体、休めといて?」 シンプルな革製のキーケースに入ったキーを差し出された私は、「でも……」とつぶやく。 お支払いがまだなのだ。 「倒れられたらその方が大変なんだけど?」 でも怖い顔でそんなことを言われたら従うしかない。お金はあとでお支払いすればいい、よ、ね? 「すみません」 そう思って梅本先生の部屋のキーを預かると、私は一人コンビニをあとにした。 *** コンビニから戻ると、うなちゃんが尻尾を振りながら出迎えてくれた。 いつもならぴょんぴょん飛び跳ねてくるのに、それがない。 うなぎは賢い子だ。 私が体調悪いのを察してくれているんだろうな? しゃがみ込んでうなちゃんの頭を撫でていたら、チャイムが鳴った。 梅本先生の家はオートロックというわけではないから、まだ鍵を閉めていない扉は開錠されたまま。でも、鍵を私に預けているから、開いていないこと前提でチャイムを鳴らしたんだろう。 ふらつく
Last Updated: 2025-09-11
Chapter: 32.Epilogue(完)熱々の鰻をアルミホイルごとそっとまな板に移して包みを解くと、火傷しないよう気を付けながら1.5センチ幅に切って、添付されていたタレをたっぷり掛ける。 ――んー、美味しそうっ! 手についたタレを舐めたら、すっごく愛しい味がして、生唾がじわりと口の中にあふれた。 あ、やばいっ。 また《《きた》》! 振り返りざま、椅子の背もたれをギュッと握って手指に力を込めながら、 「よ、りつ、なっ、そ……このラッ、プ、切っ、てくれる?」 私たちの迫力に押されて呆然と立ち尽くす頼綱《よりつな》に、痛みでフルフル震える指でラップの細長い箱を指し示したら、頼綱が慌てて動いて。 そうしてラップの箱を手に、「どっ、どのくらい?」とか。 ――頼綱さん、まさかそれ、切る長さを聞いていらっしゃいます? 一口サイズの手毬《てまり》おむすびを作りたいので、「20セ、ンチくら、いっ」と声を絞り出すように言ったら、頼綱ってば、私の様子にオロオロしてか、今度はなかなかラップの端が掴めなくて《《まごまご》》するの。 「お貸しくださいまし」 とうとう見かねたらしい八千代さんに、ラップを箱ごと奪われてしまった。 結局、一口サイズの鰻乗せ手毬おむすびは、痛みの合間を縫うようにして頑張った私と、始終テキパキと動く八千代さん2人《《だけ》》の共同作業で完成してしまいました。 「頼綱《よりつな》坊っちゃま、これからは父親になられるんですから、お家でも花々里《かがり》さんを支えられるよう、もう少し家事も覚えてくださいましね?」 ――わたくしも、いつまで坊っちゃまのお世話を焼けるか分からないのでございますから。 ぽつんと付け加えるように落とされた言葉に、私は胸がキューッと切なくなった。 と、同時。 「イタタタ……」 またしてもお腹が痛くなって、机に手を付いて立ち止まる。 あ、やばい。 陣痛の間隔、10分切ってるかも? 八千代さんに指示されて、お弁当箱につめた手毬《てまり》おむすびを、風呂敷で包んでいる頼綱を横目に……。 「よ、り、綱っ……お願っ、そろそろ、病《びょぉ》……い、んっ」 ギュッと手に力を入れながら、涙目で彼を振り仰いだ。 頼綱はそんな私をサッとお姫様抱っこの要領で抱き上げると、今包んだばかりのおむすびを手に、「行って
Last Updated: 2025-08-26
Chapter: 32.Epilogue⑨「ただいま。――おや? やけにいい香りがしてるけど2人で何をしてるのかね?」 八千代さんが買ってきてくださった鰻《うなぎ》の蒲焼《かばや》きを、フッ素加工されたトースタープレートにアルミホイルを敷いて載せると、お酒を少量振ってふわっと包み込む。 それをオーブントースターに入れてスイッチを3分程回したところで、頼綱《よりつな》がキッチンに顔を出した。 久々の鰻にテンション駄々上がりで、頼綱の帰宅に気付けなかった私は、その気まずさを誤魔化すように「今ね、戦飯《いくさめし》を用意してるのよ♥」と、私の手元を覗き込んでくる頼綱に微笑んだ。 「いくさめし……?」 キョトンとする頼綱に、「ほら、頼綱にも手伝ってもらうんだから。手、洗ってきて?」と視線で彼を洗面所へ促《うなが》す。 八千代さんはそんな私達の横、大葉を細かく千切りにして、適量の白胡麻とともにボールに取り分けた炊き立てのご飯に混ぜ込んでいらして。 私、鰻の蒲焼きしか頼まなかったのに、さすがです、八千代さん! 大葉と胡麻の香りがふんわり鼻腔《びこう》をくすぐって、私は「美味しそう!」ってニンマリする。 「手、洗ってきたよ」 頼綱《よりつな》がキッチンに戻ってきたところで、丁度トースターがチン!と鳴って、私はワクワクしながら扉を開けた。 「イタタタ……」 そこでお腹がキューッと痛くなって、思わずテーブルに手を付いて動きを止める。 テーブルについた指の先が白くなっちゃうくらい手指に力が入った。 ……痛いっ。 でも鰻《うなぎ》、早くトースターから出さないと余熱で焦げちゃうっ。 「よ、りつなっ、お願、いっ。私……の代わりに、ほかほかのウナ、ギをっ」 息を吐きながら痛みを逃《のが》すようにして言ったら、頼綱が「花々里《かがり》、陣痛の間隔は?」と聞いてくる。 「んー、20分……切っ、たくらい、かなっ」 言ったら「それ、こんな悠長に飯を作ってる場合じゃないよね?」って……そんなの分かってるっ! ――だから急いで頑張ってるのよぅ! 「でもっ! これ、絶対いる、の! 頼綱がウ、ナギ禁止令出、した時っ、陣痛の……合間にっ、鰻入りの手毬《てまり》お、むすびっ、ムシャムシャす、るって……私、決め、てたんだ、もん!」 痛みを吐息で散らしながら言ったら、頼
Last Updated: 2025-08-26
Chapter: 32.Epilogue⑧自分の提案にイエスともノーとも答えない私に、頼綱《よりつな》がキョトンとして、 「花々里《かがり》、それは――」 どう取ればいい?と言いたげな頼綱に、 「ほらっ。遅刻しちゃうよ? その時が来たらちゃんといの一番に頼綱に連絡するから。スパッと気持ちを切り替えて行ってらっしゃい!」 土間に降りて、頼綱の背中をグイグイ押して外に押し出すと、尚も不満そうに私を振り返ってくる彼の頬にチュッとキスを落として、もう1度トドメのように「行ってらっしゃい」と告げる。 そうして、このお話はこれでおしまい、とばかりに手を振って、半ば強引に彼を仕事場へ送り出した。 *** 時折お腹が張って、微かにキューッと生理痛のような痛みを感じるようになった頃、私は八千代さんにお願いしてお買い物を頼んだ。 八千代さんが出掛けている間に、早炊き設定で炊飯器のスイッチを入れてキッチンの椅子に腰掛ける。 「よいしょ」 お腹が大きいあまり、このところ無意識に出るようになってしまった掛け声《ことば》に思わず苦笑して。 ちょっと動いたら暑くなって、羽織っていた透かし編みのカーディガンを椅子に掛けて、ほぉっと一息ついた。 炊き立てほかほかのご飯が出来たら、これでおにぎりを作るぞー!と思ったら自然頬がほころんで。 おにぎりを彩る具も、ちゃんと決めてあるの。 ふふっ。楽しみっ! 「イタタタ……っ」 そこでキューッとお腹が張る痛みに背中をさすって。だけどまだ我慢出来ないほどじゃない。 絶対とは言えないけれど、私、初産だし、きっとあと数時間は猶予《ゆうよ》があると思うの。 学校で学んだ知識が、案外いま冷静に自分の状況を見つめられる指針になって助かるなぁとか思いつつ。 痛みが和らぐとすぐ、気持ちが炊飯器と、八千代さんにお願いしたお買い物にさらわれる。 おにぎりの具材の定番はシャケや梅干しやおかか。 だけど今回私が八千代さんにお願いしたのはそれらじゃないの。 *** 「花々里《かがり》さん、ただいま戻りました」 玄関が開く音がして、八千代さんの声が聞こえてきた。 私は椅子から《《ノシッと》》立ち上がると、台所から顔を覗かせる。 「八千代さん、お帰りなさい。すみません、暑い中、わがまま言ってしまって」 眉根を寄せたら、
Last Updated: 2025-08-26
Chapter: 32.Epilogue⑦予定日を5日ほど過ぎた、快晴予報の朝。 その頃にはさすがに仕事も産休に入っていて、家でのんびり過ごさせてもらっていたのだけれど、私ってば夏の暑さにもお腹の圧迫にも負けず、食い意地が元気に健在で。 食べ悪阻《つわり》こそ妊娠中期の半ば頃には落ち着いたけれど、食欲は衰えなかったから我ながら凄いって思った。 結果、太り過ぎないよう毎日のウォーキングが日課になって。 最近では夏の射るような日差しを避けて、早朝にお散歩するようにしていたの。 薄暗い日の出前とは言え、歩けばそれなりに汗をかいて。 それを流したくてシャワーを浴びるために服を脱いだら下着を薄らと汚す〝おしるし〟に気が付いた。 「わわわ、ついに!?」って思いながらも、冷静にシャワーを浴びて。 髪をタオルドライしながら頼綱《よりつな》に、「おしるしが来たからそろそろかも知れない」って話したの。 私がそう言った途端、ソワソワしながら「何かあったらすぐに連絡するんだよっ? いいね!? 分かったね!?」って、目に見えて狼狽《うろた》える頼綱に、いつも仕事で赤ちゃんを取り上げていても、いざ我が子のこととなるとただの心配性のお父さんになっちゃうんだなぁって可笑しくなった。 「そんなに心配しなくても大丈夫だよ?」 ってクスクス笑いながら言ったら、 「俺が心配してるのは……子供のことももちろんだけど、1番は出産を控えた花々里《かがり》のことだからね?」 って眉根を寄せられた。 こんな時まで私をドキドキさせてくれるとかっ。 うちの旦那様は溺愛が過ぎて困ります! そう思いつつも照れながら「ありがとう」って言おうとしたら、頼綱《よりつな》が「今夜の当直は杉本先生だけど、もし日付がズレたらその限りではないと言うのが気になって仕方がないんだよ」とつぶやいて。 「えっ!? ちょっと待って、そっちなの!?」 1番に心配しているって言ってくれたから、私の身体のことかと思いきや、「それは言うまでもないことだろう?」らしい。 頼綱としては、私が臨月に入った辺りから、お産は院長先生や浅田先生には任せたくないという思いが強くなっていたみたいで。 「杉本先生が当直じゃない日にキミが産気づいたら……その時は誰がなんと言おうと《《僕》》が取り上げる。それだけは了承しておいておくれね
Last Updated: 2025-08-26
Chapter: 32.Epilogue⑥「あとは――野菜スティックとかモグモグするのもありかも?」 何の気無しに言ったら、頼綱《よりつな》が瞳を見開いて。 「それはまた、肉食の花々里《かがり》にしては珍しくウサギみたいなことを言うね」 って笑うの。 に、肉食って! 確かにお肉もお魚も大好きだけど、私、お野菜も好きなのにっ。 「ウサギでも何でも構わないのよぅ。なるべく太りにくい食べ物をムシャムシャしたいのっ」 力説して眉根を寄せる私に、「〝Auberge《オーベルジュ》 Vie de lapin《ヴィ・ドゥ・ラパン》〟に連れて行った時、キミが兎《ウサギ》より鰻《ウナギ》がいいって《《ゴネた》》のを思い出すよ」って頼綱が肩を震わせて。 |羽の生えたうさぎ《ル・ラパン・エレ》というホテルでデートした時の話だ。 「べっ、別にゴネたりなんかしてないよ?」 唇をとんがらせて言ったら、「そうだっけね?」と意味深に視線を流される。 あの日、ホテル内にあったお洒落なお店の前で、「Vie de lapin《ヴィ・ドゥ・ラパン》は、フランス語でウサギ生活という意味だよ」と教えてくれた頼綱《よりつな》に、ウサギからウナギを連想した私が、「鰻《うなぎ》は何て言うの?」って聞いたら「anguille《アンギーユ》」だと教えてくれて。 うん、私、その時、「ウナギ生活《ヴィ・ドゥ・アンギーユ》!」って言ったんだよね。 因みにAuberge《オーベルジュ》はレストランっていう意味だと解説された私は、ウサギのイメージが強過ぎて「野菜料理ばかりは嫌だよ?」って《《心の中で》》思ったの。 けど、今の口ぶりからすると、頼綱は全部お見通しだったのかも? くぅ〜。 記憶力良すぎも、察しの良すぎも、やっぱり何だか腹立たしいですっ! *** 妊婦健診は、最初に妊娠を確認して頂いたとき同様、うちの病院の紅一点、杉本先生にお願いしています。 やっぱり頼綱《よりつな》にっていうのはいくら夫とはいえ――いや、夫であるがゆえに?――恥ずかしかったし、ましてやお義父《とう》さまや、同僚の男性医師に、なんていうのは論外でっ。 お腹の上から経腹《けいふく》エコーが掛けられるようになってからならまだしも、初期の経膣《けいちつ》エコーの時はさすがにちょっと、と思ってしまったの。 「――それでい
Last Updated: 2025-08-26
Chapter: 32.Epilogue⑤お腹の中、食い意地の虫とちっちゃなちっちゃな赤ちゃんが、ミルクを酌み交わしながらおしゃぶり片手にどんちゃん騒ぎをしているのを想像してブルっと身震いしたら、頼綱《よりつな》が「何を想像したの?」って聞いてきて。 涙目で「私のお腹の中で腹ペコ虫と胎児がミルクで《《酒盛り》》してるのっ」って訴えたら、変な顔をされてしまった。 「花々里《かがり》が飲まなきゃ中の住人も酒盛りは出来ないと思うよ? ――っていうか、それ。そもそもミルクなの、酒なの? ねぇ花々里。まさかと思うけど、《《僕》》に内緒で飲酒とかしてないよね?」 突然私が支離滅裂なことを言ったりしたから、もしかして酔ってる?って疑われてしまったのかも? 「飲んでなんっ、……んん!」 飲んでなんかいないよ?って言おうとしたら、言葉半ばで頼綱に深く口付けられて。 まるでお酒をたしなんだりしていないことを確認するみたいに口の中を探られた上、「……甘い」とつぶやかれて「よしよし」と頭を撫でられた。 よ、頼綱の馬鹿っ。イメージの話だったのに、なに真に受けちゃってんのよ! びっくりしたじゃないっ。 照れ臭さにそわつく私をよそに、頼綱はケロリとした顔をして、「《《僕》》としてはご馳走出来る食いしん坊さんが増えるの、今から楽しみで堪らないんだけどね」って心底嬉しそうに私のお腹に触れてくるの。 頼綱めっ。 この子が育ち盛りになった時、エンゲル係数が跳ね上がってピィーピィー泣く羽目になっても知らないんだからね!? 村陰家《むらかげけ》直伝《じきでん》の食いしん坊遺伝子、舐めんなよーっ!? *** 「食事は八千代さんにも協力してもらって、なるべく少量を小分けに摂るようにしてるだろう?」 頼綱《よりつな》の言葉にうんうん、とうなずく。 途端込み上げてきた何となくしょっぱい生唾に、口元を押さえて立ち止まる。 うー、まずい。 なんかまた気持ち悪くなってきた……。 「頼綱……。飴玉……」 言ったら、スーツのポケットから取り出した飴を、「ゆっくりお食べ」って包みをほどいてそっと口に入れてくれる。 飴。自分で持っていたら、つい高速でコロコロコロコロ転がして次々に食べてしまうから、一緒にいる時は頼綱に管理してもらっているんだけど。 「あ、この味。懐かしいっ」 出会っ
Last Updated: 2025-08-26
Chapter: 33.あなたで2人目です② 私にとって、髪の毛を人前でほどくことは服を脱ぐのと同じぐらい恥ずかしいことで。 幼いころから見苦しい姿だから人に見せてはいけないと刷り込まれてきた、束ねていない下ろし髪を大好きな|奏芽《かなめ》さんに見せてしまうことに抵抗がないと言ったら嘘になる。 でも……奏芽さんには裸だって見られているのだから、髪をほどいた姿を見られたって平気。 きっと奏芽さんならば、私のみっともない姿だって受け入れてくださる気がするから。 「はい……」 未だ少し湿り気を帯びているように感じられる髪。 ちゃんと乾かしてから結ばなかったから、ほどいてみたらいつもより乱れてしまっているかもしれない。 三つ編みをほぐしたら、みっともなく散らし髪になっている可能性だってある。 「あ、あの……もし……」 見た目が悪かったらすぐにでも結び直しますので……。 そう続けようとしたら、|奏芽《かなめ》さんがチュッと私の髪の毛に口付けて、スッとゴムを取り去ってしまう。 そうして私の髪の毛を優しくほぐしてくださった。 恥ずかしくて思わず視線を伏せた私のあごをそっととらえて上向かせると、「おさげほどいた|凜子《りんこ》、すげぇ可愛いんだけど」って頬をなでてくれるの。 「あ、あのっ、でもっ」 髪の毛、ぐしゃぐしゃで汚かったりしませんか? 思うけど口に出来なくて言葉が続かない。 そんな私の頭を撫でながら「ほどいたトコ、誰にも見せたことない?」って聞いて荒らした。 私はちょっぴり考えて……「物心ついてからだと……奏芽さんで……|2《・》|人《・》|目《・》です」と答える。 途端奏芽さんが瞳をスッと|眇《すが》めて、空気が少しヒンヤリとした。 ――え? どうして? ソワソワしながら|奏芽《かなめ》さんを見上げたら、「なぁ、初っ端って……やっぱりあの幼なじみの男……?」って、どこか険の感じられる低い声音で告げてくるの。 私はその言葉にキョトンとしてしまう。 そこで初めて、奏芽さんが|勘《・》|違《・》|い《・》をなさっていることに気が付いた。 「あっ、ち、違いますっ。こんな恥ずかしい姿、のぶちゃんにも見せたことないですっ」 慌てて言ったら「え?」という顔をされて、 「だったら……」 誰?という表情をなさるのへ、私は思わず笑みが漏れて
Last Updated: 2025-10-21
Chapter: 33.あなたで2人目です① 結局しばらく休んでもなかなか動けるように――というか歩けるようになれなくて……。 脚の間にいつまでも|奏芽《かなめ》さんを受け入れたままのような感覚が残っています、だなんて……恥ずかしくて言えないっ。 そうこうしているうちに、 「そろそろ、|頃《・》|合《・》|い《・》かな。行こうか」 って奏芽さんが言う。 こ、頃合いって何がだろう? それに。 「……い、行くって……どこへです、か?」 げ、現状で歩くのはすっごく難しいです、と思ってオロオロしたら、「風呂」とか。 え!? 「あ、あのっ。いつの間にそんな話になってしまったのでしょう?」 どうしよう!?って布団を引き上げるようにして|潜《もぐ》り込んだら、そのまま布団で|包《くる》まれて抱き上げられてしまう。 「さっき。――落ち着いたら一緒に風呂入ろうな?って誘ったら、|凜子《りんこ》、うなずいたぞ? そろそろ湯も溜まった頃だと思うし……入ろうぜ?」 ミノムシ状態の私をお姫様抱っこしたまま奏芽さんがニヤリと笑って、私は布団をギュッと握り締めて真っ赤になる。 「そっ、そんなことっ」 「ありましたよ、凜子さん」 記憶にないですと言おうとしたら、まるでそれは許さないと言う風に即座に言葉を半ばでさらわれた。 「うーーー」 うなってみたけれど、ククッと喉の奥で楽しそうに笑われただけで、流されてしまう。 あーん、奏芽さん、手強い! 脱衣所に入るなり、そっと床に降ろされた私は思いのほか足に力が入らなくてふらついてしまう。 「ひゃっ」 小さく悲鳴をあげてよろめいた私を、|奏芽《かなめ》さんがギュッと支えてくださって……その弾みに|包《くる》まっていた布団がはらりと身体からほどけてしまった。 「あ……っ」 小さくつぶやいて布団に手を伸ばそうとしたら、役立たずの足が私を支えきれずにその場に|崩折《くずお》れそうになる。 「危ねっ」 奏芽さんがギュッと力を込めて私の身体を抱きしめてくださって転倒はしなかったものの、肌が密着しまくって照れてしまう。 「どうせ風呂には持って入れねぇんだし、もうこのままでいいだろ?」 奏芽さんが私のおさげをくるくると指先に絡めながら喉の奥で楽しそうに笑っていらして、行儀悪くも布団を巻きつけたまま浴槽まで入りたいぐらいの勢いだっ
Last Updated: 2025-10-21
Chapter: 32.恥じなくて…いいの? どのくらいベッドにだらしなく埋もれたままでいただろう。 「|凜子《りんこ》……」 労るような声音とともに、そっと肩に触れられて、ぼんやりとしていた視界が少しずつ像を結び始める。 「大丈夫か?」 そっと前髪をかき上げられて、まだはっきりしない頭で「|奏芽《かなめ》……さん?」と半ば無意識のままつぶやく。 全身がものすごく気だるくて、身体に力が入らない。 なのにほんのちょっと触れられるだけで、未だに先刻体験したばかりの痺れるような感覚の余波が押し寄せてきて、その刺激にピクピクと身体がはねた。 「――まだ……しんどそうだな?」 聞かれて、素直に小さくうなずくと、「わかった」って頭を撫でられて、 「少し落ち着いたら一緒に風呂行こうな?」 って言われた。 私はそんな奏芽さんの言葉に、よく考えないままに|首肯《しゅこう》する。 そうしながら、さっきのあのジェットコースターの降下の際に感じるような……キュッとお腹の奥がくすぐったくなる……それでいて頭が真っ白になって何も考えられなくなってしまった……あの感覚はなんだったのかなって考えてしまう。 そうして、いま手足を動かすのもしんどいくらい身体が重くて自由がきかないのは、全部その果ての結果なんだと思い至った。 |四季《しき》ちゃんの話では、彼を初めて受け入れたあとは|下《・》に違和感があって、歩くのが少ししんどかったみたい。 でも、こんな風に局部以外のところにまで影響が出たなんて……聞いていない。 そのことがなんだか普通ではない気がして、ソワソワしてしまった。 一刻も早く起き上がってしゃんとしないと、|奏芽《かなめ》さんに|お《・》|か《・》|し《・》|く《・》|な《・》|っ《・》|て《・
Last Updated: 2025-10-21
Chapter: 31.初めてをあなたに*⑭「|凜子《りんこ》は深いところが……好きなの?」 |奏芽《かなめ》さんがそんな私をあやすように小さく問いかけていらして……私は自分でもどっちなのかよく分からなくて、肯定とも否定ともつかない戸惑いに揺れる目で奏芽さんを見上げる。 いつの間にか解かれていた手が、私の固くしこった胸の頂をキュッとつまみ上げて……その刺激にビクッと身体を跳ねさせたと同時に、もう一度奏芽さんに深く突き上げられた。「ひゃ、ぁ、っ、んっ」 奏芽さんがゆっくりと|抽挿《ちゅうそう》を繰り返すたび、内壁がこすられて、そのたびに最初は感じていたはずの痛みが徐々に麻痺していって――。 奏芽さんの動きに合わせて聞こえてくる隠しようのない水音がひどく|淫《みだ》らで、おかしくなりそうなぐらい恥ずかしい。 なのに、もっと私を奥の奥までかき回して、何も考えられなくなるぐらい|翻弄《ほんろう》して欲しいとも思ってしまう。 「かな、めさぁ、んっ、ぁ……」 |強請《ねだ》るみたいに自分から口を開けて奏芽さんにキスを求めると、すぐに気付いてくださって唇を塞がれた。「んっ、……んっ」 どうしよう。 キスをされながら|奏芽《かなめ》さんに揺さぶられるの、すごく……気持ちいい。 初めてなのにこんなに感じてしまうとか……私はすごくエッチな女の子なのかもしれない。 以前|四季《しき》ちゃんに、「初めての時は痛くて気持ちよく思えなかった」って聞かされたことがある。 もしそれが一般的な反応だとしたら……。 考えたくないけれど、沢山の女性と|こ《・》|う《・》|い《・》|う《・》経験のある奏芽さんは、私を淫らな女の子だと思ってしまうかも。 そう気が付いたらにわかに不安になって……感じちゃいけないって心と身体にセーブをかけたくなる。 なのに奏芽さんってば、まるでそんな迷いを感じさせたくないみたいに、キスをしながら胸の先端と、秘部の敏感なとんがりと、|膣内《なか》の気持ちいいところを同時に責めてくるから。 私、乱れたらダメだって思うのに……快感に身体を跳ねさせてしまうことを止められないの。 「ん、や、ぁっ、かな、めさ……っ、待っ……」 奏芽さんが下唇をやんわり|食《は》むようにして口付けをほどかれた途端、はくはくと唇を喘がせるようにして彼の名前を呼んで、ペースダウンをして欲しいと|強請《ねだ
Last Updated: 2025-10-20
Chapter: 31.初めてをあなたに*⑬「奏芽さん、……私、もう、大丈夫、なので」 本当は大丈夫かどうかなんてサッパリ分からない。 でも、奏芽さんの|愛情《やさしさ》にお応えしたい。 奏芽さんにギュッとしがみついて、「奏芽さんの……好きなように……して、ください」って彼の胸元に額を擦り付けるようにしてポツポツとお願いしたら、私の中の奏芽さんがその言葉にピクッと反応して|大《・》|き《・》|く《・》|な《・》|っ《・》|た《・》のが分かった。「あ、っ……えっ?」 その変化に思わず下腹部にギュッと力が入って、自分は今、確かに|奏芽《かなめ》さんに|穿《うが》たれているのだということを強く実感してしまう。 それと同時、両手を奏芽さんにさらわれて、恋人繋ぎみたいに指を絡められてシーツに縫い留められた。 そのまま間近から奏芽さんにじっと見下ろされて、それが今更のように恥ずかしくて頬が熱を帯びる。「……|凜子《りんこ》、さっきから|煽《あお》りすぎ」 なのに奏芽さんから視線がそらせないのは、彼が物凄く色っぽい顔をなさっているから。 余裕がないみたいに短く荒く吐き出される吐息も、何かを堪えるように眉間に刻まれた|縦皺《たてじわ》も、濡れ光って見える唇も、私を見下ろす切れ長の目も。 どれもが凄く官能的で、否応なく私に、奏芽さんのなかの〝男〟を突きつけてくる。「|凜子《りんこ》、キスしたい。……口、開けて――?」 乞われるままにまぶたを閉じて、うっとりと|奏芽《かなめ》さんの口づけを|享受《きょうじゅ》してしまうほどに、私は奏芽さんに溺れたくて仕方がない。 交わされる唾液さえも甘やかで、口の中を奏芽さんの舌で掻き回される度、触れられていないはずの胸の先端が固く立ち上がって、ほんの少しの刺激で身体中に電気を走らせる。 キュン、と奏芽さんを受け入れたままの下が|疼《うず》いて、もっともっと奏芽さん
Last Updated: 2025-10-20
Chapter: 31.初めてをあなたに*⑫「んんっ!」 キスをされながらじゃ、恥ずかしいです、ともそんなことしちゃってもいいのですか?とも聞けなくて、私は指先に触れるラテックス素材のすべすべとした手触りにただただ戸惑いを覚えるばかり。 と、私が不意に動かした指の刺激に反応して、奏芽さんの|ソ《・》|コ《・》がピクッと脈打ったように跳ねて、瞬間、奏芽さんがわずかに息を詰めて身体に力を入れたのが分かった。それがまたどうしようもなく私をオロオロとさせる。 唇を離されたと同時、「あ、あのっ、私っ。ごめ、なさっ」と喘ぐように呼吸を整えながら謝って、慌てて手を引っ込めた。 そんな私に、「|凜子《りんこ》。も、触ってくんねぇの?」って、耳元で甘く|強請《ねだ》るみたいにささやいてくるとか……奏芽さん、ずるい……。 そんな風に言われたら……私っ。「ゆ、指じゃないところで触れたんじゃ……ダメ……です、か……?」 キュン、と下腹部が切ないくらい|疼《うず》くのは……|奏芽《かなめ》さんとひとつになりたくて堪らないから。 「奏芽さん、お願……もっ、焦らさな、ぃ……、で?」 奏芽さん|の《・》、指なんかよりずっと大きいし、本番は物凄く痛いのかも知れない。 実際いま触れてみて、その思いは半ば確信に近い。 でも――。 私、今、心の底から深く……奏芽さんを感じたいんです……っ!「――|凜子《りんこ》っ」 私が言い終わるか終わらないかのうちに|奏芽《かなめ》さんが我慢できないみたいに性急に私の|膝《ひざ》を大きく割り開いていらした。 「……|悪《わり》ぃ、さすがに俺も、もう限界……っ」 私の耳元で甘く掠れた声でそうつぶやいてから、入り口に熱く猛ったものを押し当てる。 「あ、――っ、え……」 奏芽さんに、敏感なところを避妊具越しの|ソ《・》|コ《・》でこすられるたび、さっき指で触れられた時よりも、もっと気持ちよく感じられる。 やっと奏芽さんと結ばれるんだと言う想いが、私の秘所から止めどなくトロトロと温かな蜜を溢れ出させて……それが、2人の間を埋めるようにどんどん滑りを良くしていくの。 奏芽さんが動くたび、クチュンッ、と濡れた音が布団越しでもはっきりと耳に届いて、高められて熱に浮かされて……恥ずかしい声が抑えられない。「あ、ぁんっ、……か、なめさ、んっ……」 ややして、私から溢れ出す蜜を
Last Updated: 2025-10-20