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4.さよならの雨と、拾われた夜③

Auteur: 鷹槻れん
last update Date de publication: 2025-06-30 05:18:32
 うちのマンションは中へ入ってすぐ、大きめの玄関マットが敷かれているのだけれど、さすがにこの天気。

 すでにたくさんの住人《ひと》が靴底を拭った後だったみたいで、踏むと同時にビチャッと瑞々しい音がして、マットにうっすらと水が滲んだ。

(これじゃ余計に靴が濡れちゃうっ)

 そう思ってみれば、エレベーターへと続く人工大理石張りの床のそこかしこに、小さな水溜りができていた。

 私はそれを踏まないよう気をつけながら、エレベーターホールへと向かう。靴底がキュッと鳴って、気をつけていないと足が滑ってしまいそうで怖かった。

(まだかな……)

 気持ちが急いている時に限って、エレベーターは最上階にあるとか、一体なんの意地悪だろう!

 上昇ボタンを押して、箱が一階に降りてくるまでの間、階数表示がゆっくりとカウントダウンするように移動するさまを落ち着かない気持ちで見上げているのには、ちゃんと理由がある。

(いつもより遅くなっちゃったし、うなちゃん、きっとお腹空かしてる……)

 いつもならご飯も食べて、一緒にお散歩へ出かけている時間帯。きっと火の気のない薄暗い部屋の中で、愛犬うなぎが寂しさと空腹
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    「……なぁ、それどういう意味だよ」 「どういう、意味って……」 「相変わらず察しの悪い女だな。……じゃあ言い方変えてやる。お前、今どこに住んでるんだ?」 「今……?」 「そうだよ。マンションを出て行ってから、どこで暮らしてんだって聞いてんの」 「それは……」 「仕事はまだ前のまま続けてるんだろ?」 「はい。学校の図書室で、今も働いています」 「ふうん。まあ、お前にはああいう地味な仕事が向いてるよな」 その言い方に、少しだけ引っ掛かるものを感じたけれど、私は何も言わなかった。  それに気をよくしたのか、孝夫さんが小馬鹿にしたような視線を向けてくる。「だったら尚更、だ」 「え?」 「お前の安い給料じゃ、ボロアパートを借りるのすら無理だろ、って話」 「……」 私のお給料を管理していたのは孝夫さんだ。毎月いくら振り込まれるのか知っているからこそのセリフに、私はギュッと鞄を持つ手に力を込める。  悔しいけれど、今の私のお給料では、ひとりで生活していくのが難しいのも事実だった。「どこに〝寄生〟してんの?」 「きせい?」 「俺と一緒に住んでた時もそうだっただろ? 俺の稼ぎのお陰でいいマンションに住めてた。ある意味寄生虫みたいな生き方だったじゃねぇか」 相変わらずの物言いに、私は別れてもこの人は何も変わらないんだと思った。「で? 次の寄生相手はどんなやつ?」 「……」 「どうせ、男なんだろ?」 思いがけない指摘に、私は思わず目を瞬かせた。「……どうして、そんなこと言うの?」 「いや、だってお前、随分雰囲気変わったじゃねぇか。なぁ、穂乃。お前、新しい男が出来たから、俺から離れたんだろ?」 そう言って、孝夫さんは探るように私の顔を覗き込んできた。 新しい男。 その言葉を聞いた瞬間、頭に浮かんだのは一臣さんの顔だった。 一緒に暮らしている。  毎日顔を合わせて、ご飯を食べて、他愛のない話をして。  ……キスだって、した。 だけど……。(……一臣さんは、私の……なに?) 恋人、と言えたら嬉しい。  だけど、竹中さんには話せた〝弟さんのこと〟を、私は打ち明けてもらえなかった。  それはきっと、私がまだ、一臣さんにとってそこまで踏み込んでいい相手ではないからなのだろ

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     竹中亜里沙さんが学校へやってきてから、数日が経った。  あの日以来、一臣さんとの間に何かが変わったのかと聞かれたら、私はきっと首を横に振ると思う。  だって、一臣さんは今までと何も変わらないから。「ただいま、穂乃」 仕事から帰ってくれば、いつものように私の名前を呼んでくれるし、夕飯を食べれば「美味い」と褒めてくれる。  食後の片付けだって、私が何も言わなくても進んで手伝ってくれるし、うなぎとのスキンシップも相変わらず楽しそうにしてくれている。 何も変わっていない。  変わってしまったのは、たぶん私の方だ。「穂乃、今日は俺が皿、洗うよ」 そう言って、一臣さんが食卓から運んだ食器を引き取ってくれる。「あ、ありがとうございます」 「ん。じゃあ、穂乃は拭く係な」 にこっと笑ってスポンジを手に取る一臣さんを見ながら、私は小さく息を吐いた。 以前なら、こんな何気ないやり取りが嬉しかった。 一臣さんが私の名前を呼んでくれることも、当たり前のように家事を分担してくれることも。 この家で一緒に暮らしているうちに、少しずつ距離が縮まっているような気がしていたから。 だけど今は――。『穂乃には関係ないんだよ』 ふとした瞬間に、あの日の言葉が蘇ってしまう。 もちろん、一臣さんが私を傷つけようとして言ったわけじゃないことくらい、分かっている。  竹中さんとの間に何があったのかは知らないけれど、きっと簡単には話せない事情があるんだと思う。  だから、無理に聞き出そうなんて思っていない。  ただ……。(私、一臣さんのことを、どこまで知っていいんだろう) そんなことを考えるようになってしまった。 同じ家に暮らしている。  一緒にご飯を食べて、他愛のない話をして、時にはふざけ合って笑うこともある。  それに、キスだってした。  なのに私たちは、恋人同士というわけじゃない。  そのことを、あの日の一件で改めて思い知らされたような気がしていた。「……穂乃?」 「えっ?」 名前を呼ばれて顔を上げると、一臣さんが少し心配そうにこちらを見ていた。「どうした? ぼーっとして」 「あ、いえ。何でもありません」 「そう?」 そう言いながらも、一臣さんはすぐには視線を外さなかった。「あのさ、

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  • 恋人未満の彼と同棲生活(仮)始めます   1.都市伝説的な①

    「あっ。うなちゃん、ダメだよっ」 近所の大きな運動公園をお散歩中、私たちを小走りに追い越して行った男性が、黒いものを落とした。 それを愛犬〝うなぎ〟がすかさずパクッと咥えるから、私は慌てて彼女をたしなめる。 うなぎはビーグルみたいな毛色をした、体重一〇キロちょっとの中型犬ミックスです。耳は柴犬みたいにピンと天を突いた立派な立ち耳で、目の色は虹彩が色素薄めのアンバー。 だからかな? なんとなく目つきが鋭い強面さんに見えてしまうから、しょっちゅう男の子に間違われてしまうの。 だけど残念! うちのうなぎは正真正銘の、可愛い可愛い女の子です! うなぎは、目の上にチョンチョンと乗

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