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4.さよならの雨と、拾われた夜④

Author: 鷹槻れん
last update Last Updated: 2025-07-07 10:53:22

雨の中、うなちゃんといつも通り、一時間ばかりのお散歩を楽しむ。

なんとなく梅本先生に会うのが躊躇われて、いつもと違うコースにしてしまったのは、通常なら外出時にはちゃんと持っているはずの片手袋を忘れてきてしまったから。

(お返しするお話もしそびれちゃったけど……持って来るのも忘れたんだもん。今日はお会いしない方がいいよね?)

雨と残業のダブルパンチのせいだと自分に言い訳をしてみるけれど、そんなのは梅本先生にはきっと関係ない話。

(明日、学校でお返ししよう……)

きっとそれが一番いい気がした。

何より、梅本先生は私に関わってくる気満々みたいだった。放っておいても、彼の方から図書室へ来てくれるだろう。

ふと、お勧めのホラー漫画を持って来ると言われたのを思い出した私は、つい苦笑してしまった。

(私が好きなのは都市伝説なのに。どうせ貸して下さるなら、都市伝説系のホラーならいいな?)

そんなことを思っていたら、不意にうなぎが立ち止まって、リードを持つ手がグイッと後方へ引かれた。

「うなちゃん?」

こんなことは滅多にない。

どうしたんだろう? と思った矢先、うなちゃんがくるりと向きを変えて、私を引っ張ろうとする。

「ちょっ、うなちゃん、どうしたの?」

立ち止まるだけならまだしも、引き返そうと方向転換をするだなんて、前代未聞だ。

私は不可解な行動を取るうなちゃんを引き留めようとして――。

(え……?)

ふと見詰めた数メートル先――。仲睦まじげにひとつの傘に身を寄せ合う男女の姿へ目を留めた。

愛らしいフリル付きのパステルカラーの傘は、見るからに女性ものだ。だけど、その|柄《え》を手にしているのは男性の方だった。

まぁ男性の方が長身なのだから、効率を考えるとその方が断然いいと思う。

思うのだけれど……。

(どう、して……?)

ゆるふわウェーブの髪の毛を揺らせる愛らしい若い女性が、豊満な胸をキュウッと押し当てるようにして腕を掴んでいるのは、どう見ても夫の孝夫さんだった。

そこからはもう、ほとんど記憶がないの。

うなちゃんに引かれるまま、町をふらふらと彷徨って……気が付いたらマンションに帰り着いていた。

仕事帰りにそうしたようにエントランスで濡れたレインコートを脱いで持参していたビニール袋
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  • 恋人未満の彼と同棲生活(仮)始めます   4.さよならの雨と、拾われた夜⑤

    孝夫さんは朝の宣言通り夕飯を食べて帰宅してきたらしく、いつもならすぐに告げる「飯」という言葉がなかった。 (きっと、あの女性と美味しいディナーを食べたんだろうな) 私と付き合っているとき、孝夫さんは滅多にレストランなんて連れて行ってくれなかった。一応の理由は『穂乃の手料理が美味いのに、わざわざ外へ食べに行く必要なんかないだろ?』だったけれど、もしかしたら私なんかに使うお金が惜しかっただけかも知れない。 「風呂入る」 つっけんどんに告げられた言葉に、(すぐお風呂へ入りたいとか……。浮気の証拠、消したいのかな)とか思ってしまった私は、視界が水膜に歪み掛けるのを必死にこらえた。 「はい。ちゃんとすぐ入れるよう用意できてます」 震える声を気取られないよう一生懸命告げた私に、「当たり前のこと、いちいち恩着せがましく言うなよ。ホント腹立つ女だな」と、孝夫さんはこちらを見向きもせずに吐き捨てる。 いつもなら〝孝夫さんはそんなもの〟として受け流せる夫の素っ気ない態度のアレコレが、今日はダメ。胸にチクチクと棘を突き立ててくる。 夕方、残業をして家に帰宅してきた時、うなぎが待つこの家に入ってすぐ感じた、〝いつもと違う〟香り――。 もしかしたら街中で見かけた女性が、この部屋に入っていたのかも知れない。 そんなことを思うと、今朝、孝夫さんに残業の報告を入れた自分のバカさ加減を痛感させられるようで、胃の奥がキリリと痛んだ。 部屋に今も何となく残る残り香と同じにおいが色濃く薫る、孝夫さんのスーツの上衣をギュッと抱きしめたまま、私は脱衣所へ消えていく夫の背中をぼんやりと見送った。 ケージの中からうなちゃんが、そんな私を心配そうに見上げている。 「うなちゃん……」 大丈夫だよ、と続けようとして言えなくて……手にしたままのスーツをキッチンの椅子の背もたれへ掛けると、私はまるでその匂いを払拭したいみたいにごしごしとタオルで水気を拭った。 いつもなら生地が傷まないよう気を付けて、ポンポンと優しく叩いて水気を吸うところだけど、そんなの頓着していられない。 (お願い、消えて!) なかなか消えないにおいに焦燥感ばかりが募る。 新しいタオルを手に取った私は、うなちゃんから離れて一旦玄関を抜けて家の外へ出ると、ハンガーにかけた孝夫さんのスーツへ向け

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    雨の中、うなちゃんといつも通り、一時間ばかりのお散歩を楽しむ。 なんとなく梅本先生に会うのが躊躇われて、いつもと違うコースにしてしまったのは、通常なら外出時にはちゃんと持っているはずの片手袋を忘れてきてしまったから。 (お返しするお話もしそびれちゃったけど……持って来るのも忘れたんだもん。今日はお会いしない方がいいよね?) 雨と残業のダブルパンチのせいだと自分に言い訳をしてみるけれど、そんなのは梅本先生にはきっと関係ない話。 (明日、学校でお返ししよう……) きっとそれが一番いい気がした。 何より、梅本先生は私に関わってくる気満々みたいだった。放っておいても、彼の方から図書室へ来てくれるだろう。 ふと、お勧めのホラー漫画を持って来ると言われたのを思い出した私は、つい苦笑してしまった。 (私が好きなのは都市伝説なのに。どうせ貸して下さるなら、都市伝説系のホラーならいいな?) そんなことを思っていたら、不意にうなぎが立ち止まって、リードを持つ手がグイッと後方へ引かれた。 「うなちゃん?」 こんなことは滅多にない。 どうしたんだろう? と思った矢先、うなちゃんがくるりと向きを変えて、私を引っ張ろうとする。 「ちょっ、うなちゃん、どうしたの?」 立ち止まるだけならまだしも、引き返そうと方向転換をするだなんて、前代未聞だ。 私は不可解な行動を取るうなちゃんを引き留めようとして――。 (え……?) ふと見詰めた数メートル先――。仲睦まじげにひとつの傘に身を寄せ合う男女の姿へ目を留めた。 愛らしいフリル付きのパステルカラーの傘は、見るからに女性ものだ。だけど、その|柄《え》を手にしているのは男性の方だった。 まぁ男性の方が長身なのだから、効率を考えるとその方が断然いいと思う。 思うのだけれど……。 (どう、して……?) ゆるふわウェーブの髪の毛を揺らせる愛らしい若い女性が、豊満な胸をキュウッと押し当てるようにして腕を掴んでいるのは、どう見ても夫の孝夫さんだった。 そこからはもう、ほとんど記憶がないの。 うなちゃんに引かれるまま、町をふらふらと彷徨って……気が付いたらマンションに帰り着いていた。 仕事帰りにそうしたようにエントランスで濡れたレインコートを脱いで持参していたビニール袋

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     うちのマンションは中へ入ってすぐ、大きめの玄関マットが敷かれているのだけれど、さすがにこの天気。  すでにたくさんの住人《ひと》が靴底を拭った後だったみたいで、踏むと同時にビチャッと瑞々しい音がして、マットにうっすらと水が滲んだ。(これじゃ余計に靴が濡れちゃうっ)  そう思ってみれば、エレベーターへと続く人工大理石張りの床のそこかしこに、小さな水溜りができていた。  私はそれを踏まないよう気をつけながら、エレベーターホールへと向かう。靴底がキュッと鳴って、気をつけていないと足が滑ってしまいそうで怖かった。 (まだかな……)  気持ちが急いている時に限って、エレベーターは最上階にあるとか、一体なんの意地悪だろう!  上昇ボタンを押して、箱が一階に降りてくるまでの間、階数表示がゆっくりとカウントダウンするように移動するさまを落ち着かない気持ちで見上げているのには、ちゃんと理由がある。(いつもより遅くなっちゃったし、うなちゃん、きっとお腹空かしてる……) いつもならご飯も食べて、一緒にお散歩へ出かけている時間帯。きっと火の気のない薄暗い部屋の中で、愛犬うなぎが寂しさと空腹に身体を震わせているに違いない。  幸いにしてうなぎは雷を恐れる子ではなかったけれど、だからと言ってひとりぼっちで待つのが平気なわけではないのだ。  そう思うとどうしても早く早く、と思ってしまうの。 *** 「うなちゃん、ただいまぁー!」  薄暗い部屋の中へ努めて明るい声を投げかけながら、手探りで廊下の電気をつける。  私が帰宅した気配に、「ワン!」と元気の良い吠え声が返ってきた。  その声にホッとして家の中へ入ると、なんだか〝いつもと違う香り〟がする。 (香水?)  私はうなちゃんのことを考えてそう言うのは付けない。孝夫さんはコロンを付ける人だけれど、何となく嗅ぎ慣れたにおいとは違う気がして、私は小首をかしげた。 「うなちゃん、ここ、誰か来てた?」  ケージの扉を開けてうなぎを部屋の中へ解き放ちながら何気なく問い掛けたけれど、うなぎはキョトンと私を見上げるばかり。例え『うん!』と答えてくれていたとしても、犬と会話が出来ない私には、うなちゃんの返事を聞く術はない。 (もしかして……浮気?)  なんて懸念が頭をよぎったけれど、フルフルと首を振ってその考えを一掃す

  • 恋人未満の彼と同棲生活(仮)始めます   4.さよならの雨と、拾われた夜②

     委員会活動――残業――を終えて、いつもより一時間ちょっと遅く帰ってきた私は、ふと傘越しにマンションの自宅窓を見上げて、家の中が暗いことでまだ孝夫さんが帰宅していないのを知った。(あんなに文句言ってたから今日はいつもより早か帰る予定でもあったのかと思ったけど……違うのね) もともと孝夫《たかお》さんは、帰りがいつも20時とか21時の人。だから本当は私が少々遅く帰ったところで彼に影響はないのだ。 それでもそんな勝手な判断でいつも通りの時間(16時頃)には帰れないことを言わないでいると、「穂乃《ほの》の癖に俺に隠し事とかすんなよ!」と機嫌の悪くなる人だから、私はいつも逐一自分の予定を彼に話すようにしている。(孝夫さんは遅くなる日も早くなる日も、私にはなんにも言ってくれないのに……) 彼の帰宅時間が読めなくて、料理の温め直しのタイミングを推し量りづらいのは、結婚した当初からの私の悩みのひとつなの。 自分は良くても私はダメ。孝夫さんはお付き合いしていた頃から、そういうところのある人だった。 朝は篠突く雨だったけれど、今は細く静かな雨がしっとりと地面を濡らす地雨《じう》に変わっている。 犬のパウがあしらわれた愛らしい傘の布地を細かな雨粒が淡く叩く。薄い水の膜を張ったような街の喧騒も、いつもよりいくぶん和らいで感じられた。 耳を澄ませても雨音はほとんど聞こえないのに、傘越しに見る街の輪郭は静かな雨のせいで滲んだ絵のようにぼやけていて、何だか物悲しい気持ちにさせられてしまう。 朝からずっと降り続いている雨は、土と草の匂いを水の中に溶かし込んで、いつもなら感じられない香りを立ち上らせては私の鼻先をくすぐった。きっと犬のうなちゃんなら、もっともっとたくさんのにおいを嗅ぎ分けられるだろう。 息をするたびに蒸した空気が傘の内側に忍び込んできて、身体を気怠くさせる。しっとりとまとわりつく湿気は、雨に触れていないはずの襟元や髪の毛を、じわりと重くした。 足元ではあちこちに大小様々な水たまりが広がり、それを避けるようにして歩いたはずなのに、靴の縁から染み込んできた水が靴下を濡らしている。 空はどこまでもどんよりとした曇天で、「明日も雨かなぁ」と呟いたら、口の端から自然と吐息がこぼれ落ちた。 天気が悪いからいつもより少し薄暗いけれど、先月に比べればだいぶ陽が長くなっ

  • 恋人未満の彼と同棲生活(仮)始めます   4.さよならの雨と、拾われた夜①

    五月に入ったばかりという今日、まだ梅雨ではないけれど、外はあいにくの雨模様だった。 「ごめんなさい、孝夫さん。今日は月に一度の委員会活動の日で残業なの」 私の勤め先の青葉小学校では、毎月大体第四月曜日の五時間目が、各委員会の定例集会になっている。 校内にいくつもある様々な委員会所属の五・六年生たちが、各々定められた場所へ集まってイベントの取り決めをしたり、日々の反省会をしたり……。月によってやることはまちまちだ。 私が担当する図書委員会の児童らは、図書室に集まって定例会をする。 基本的には教員免許を所持している司書教諭の白石先生が主体になって議事進行をなされるのだけれど、図書委員会では学校図書館司書の私も白石先生の補佐として委員会活動に参加するのがずっと続いてきた習わし。 今年度初の委員会活動は年度はじめでバタバタしていた絡みで、四月が飛んだから、第一月曜日の今日が委員会活動に割り当てられていた。 年間行事予定表へ視線を落としながら夫の孝夫さんに声を掛けたら「はぁ? 何で今日。いつも月末辺りだっただろ」と、あからさまに溜め息を落とされる。 さすがに頭のいい人だ。委員会活動が大体第四月曜日に開かれていたことを覚えているみたい。 「今回は年度初めでごたついていて、四月の第四月曜日に出来なかったから今日になったの」 ごめんなさい、と付け加えながら答えたら、「ふーん。……で、俺の夕飯はちゃんと支度して出るんだろうな?」と返ってきた。それはある意味想定の範囲内の質問だったから、私は電子レンジの中へワンプレーと料理が用意してある旨を告げる。 「申し訳ないけど電子レンジで温めてもらえますか?」 炊飯器は孝夫さんのいつもの帰宅時刻に合わせて仕掛けておいたから、炊き立てのご飯も食べられるはず。 「はぁ? わざわざ疲れて帰ってきた亭主に飯、温めて食えって言うのかよ? すっげぇ面倒くせぇんだけど!? あー、もういいや! それお前が食えよ。俺、外で食って帰るから」 チッと舌打ちして「ホント使えねぇ女」とわざと聞こえるように私を罵ってから、「あー、あと。お前がいなくてもクソ犬が騒がねぇようにしっかり躾けとけ。ホントあいつ、お前がいないってだけでうるさくて仕方ねぇ」と付け加えてくる。 「はい……。ごめんなさい」 ケージの中、良い子に

  • 恋人未満の彼と同棲生活(仮)始めます   3.ヤクザさん(?)の正体⑤

    「あの、そういえば私、梅本先生からお預かりした手袋をお返ししたくて。あれからも毎日同じ時間にうなちゃんと散歩してたんですけど、あれっきりお会い出来なくなっちゃいましたよね? あれって……もしかして」 ――私と出会いたくなくて避けていらっしゃいましたか? なんでかな? その言葉は肯定されるのが怖くて続けられなかった。 だって、それまではずっと変わらずその時間帯に梅本先生(と思しきランナー)と毎日のように出会っていたの。なのに、あの一件以降、ぱったりと会えなくなってしまったんだもん。 私がそう思っても、不思議じゃない……よね? でも――。「ああ、実はあのあと俺、足、捻挫しちまって走るの自体、休んでたんだよ。そうこうしてたら新学期の準備でバタバタしちまって……。ランニングする時間がズレちまった」 「そう、だったんですね。……良かったぁぁぁ!」 思わず気が抜けたようにつぶやいたら、きょとんとされてしまう。「あのさ、もしかして、桃瀬先生のこと避けてたとか思って、結構気にしてたり……?」「……はい。だって私、梅本先生に変なこと言っちゃいましたし……」 しゅんとして思いを吐露したら、ブハッと笑われてしまった。「へぇー。変なこと言ったって自覚はあったんだ。ちょっとホッとした」「えー。なんですか、その言い方! 酷いですよぅ!」「いや、だってそうだろ? 初対面の男捕まえていきなり〝片手袋を落とす闇バイトの方ですか?〟だぞ? 『何だそれ?』ってなるだろ、普通」 う……。言われてみれば確かに――。でも、でも!「そういう都市伝説があるんですよぅ!」

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