Chapter: 閑話 イザベラを狙う影 冷たい夜風が頬を切るように吹き抜ける王城の外回廊、月明かりが二人を青白く照らし、静寂の中に微かな足音が響いた。あやめは足を止め、目を細める。背後に漂う、かすかな殺気――鳥肌が立つほどの冷ややかな感覚が背筋を這い上がった。「……イザベラ様、つけられています」 イザベラはあやめの言葉に心臓が一拍、強く脈打つ。呼吸を整え、何気ない仕草を装いながら、周囲の影をちらりと確認する。誰もいない。 一瞬の静寂。次の瞬間―― ギィィッ! 鈍い音を立て、背後の扉が軋んだ。あやめは反射的に身を翻し、腰の短剣を抜く。刹那、黒い影が闇から飛び出した。刃が月光を反射し、銀の閃光が目の前を掠める。「ちっ……!」 あやめは刃を受け流し、イザベラを護るために立ちはだかる。 黒装束。敵の動きは素早く、無駄がない。鍛えられた刺客――それも、並の相手ではない。「……どこの手の者?」 問いかけるも、男は無言のまま二撃目を繰り出してきた。刃と刃が火花を散らし、金属の冷たい音が夜気を震わせる。 ――ガキン! 次の瞬間、何かが横から飛び込んできた。敵の短剣が弾かれ、空中で鋭く回転する。「二人とも、油断しすぎだ」 聞き慣れた飄々とした声。「小太郎!」 闇の中から忍びの衣をまとった影がふわりと着地、その動きは獣のようにしなやかだった。オッドアイに月明かりが反射する。 小太郎はくるりと短刀を回し、敵に向けて構える。その眼差しが、いつになく鋭い。 敵は一瞬だけ逡巡した後、素早く後退した。「逃がすか」 小太郎が指を弾くと、何かが敵の足元へと飛んだ。小さな爆ぜる音と共に、白煙が一気に広がる。「ぐっ……!」 敵が一瞬怯んだ隙に、小太郎は矢のように飛び込む。 ザシュッ! 一閃。銀の刃が、月光の下を駆け抜けた。敵の体がぐらりと揺らぎ、地に膝をつく。「……さて、誰の差し金か吐いてもらおうか」 小太郎が密偵の襟
最終更新日: 2026-01-31
Chapter: 37 凱旋とプロポーズ ⓶ 「…………ちょっとお待ちになって。お茶を頂いても良いかしら?」 イザベラはそっとルークの手を解き、優雅な仕草でティーカップに手を伸ばした。琥珀色の紅茶をひと口含むと、ほのかな酸味と甘味が舌の上でほどけ、ふわりと広がる華やかな香りが心を落ち着かせる。ルークの命で最高級の茶葉が用意されたのだろう。いつもながら、洗練されたこの味は格別だ。 しかし、落ち着きを取り戻したのも束の間——視線を上げると、ルークの端正な顔が驚くほど近くにあり、その黒曜石のような瞳がまっすぐに自分を射抜いていた。熱を帯びた視線に、肌がじわりと粟立つ。ルークの存在そのものが放つ圧倒的な力に、心臓が再び乱れた鼓動を刻み始める。「う、うん……!」 一度小さく咳払いをし、慌てて姿勢を正す。覚悟を決め、真正面から彼の瞳を見据えた。目の前の王が求める答えを、こちらから突きつける番だ。「一つ条件があります」 イザベラの言葉に、ルークは一瞬動きを止めた。驚き、困惑、期待——どれともつかない複雑な感情が交錯し、彼の端整な顔に浮かぶ。「私は、自分の住む場所が戦場になるような恐れを抱きたくありませんの。ですから、来年またカーネシアン王国が攻め込んでくるような状況は、絶対にごめんですわ。結婚の条件の一つとして、カーネシアン王国の征服をお願いしたいのです」 ルークの目が驚愕に見開かれる。その漆黒の瞳が、一瞬にして倍ほどの大きさになったかのように錯覚する。「カーネシアン王国の征服が条件だと!? 征服するまで、結婚はできぬと?」 その衝撃は大きかったのだろう。ルークは勢いよく立ち上がり、深紅の軍装の裾が翻る。強き王の余裕に満ちた表情が消え、まるで思いも寄らぬ策を突きつけられた軍師のように、目を見開いたままイザベラを見下ろしていた。 イザベラはそんなルークを見上げ、勝ち誇ったように、ゆるりと微笑んだ。「条件の一つ、と申しました。できませんか?」「……カーネシアン王国を征服するなど、これまで考えたこともなかった。簡単なことではないぞ」「ですが、今回の大勝利でカーネシアン軍の主力——ユーロ公爵軍と
最終更新日: 2026-01-30
Chapter: 36 凱旋とプロポーズ ① 山頂に築かれた荘厳なる王城。その南側、雄大な山並みに護られた平野に広がる王都ベルシニア。赤煉瓦の舗装道が碁盤の目のように張り巡らされ、十数万の人々が暮らすこの都は、まさに熱狂の渦に包まれていた。ベルシオン軍の大勝利という歓喜の知らせが、街全体を揺るがすように響き渡る。 中央大通りには、人々が溢れんばかりに押し寄せ、王国軍の帰還を迎え入れていた。黄金色のビールを掲げ、赤ら顔で陽気に叫ぶ男たち。戦士たちに向かい、涙ぐみながら手を振る女たち。無邪気に駆け回る子供たちの笑い声が、祝祭の鐘の音と混ざり合う。すべての人々が、家族の無事を、愛する者の帰還を、そしてカーネシアン軍の敗走という安堵を、身体いっぱいに表現していた。 そんな歓喜の渦の中、凱旋の先頭を行くのは、漆黒の軍馬に跨るルーク・ベルシオンその人。濃紺の軍装に金糸で施された王家の紋章が陽光を受けて煌めき、背に翻る白銀のマントは、勝利の象徴のように風をはらんでいた。その眼差しは、王としての誇りと自信に満ち、民衆の声援に応えながらも、堂々たる威厳を湛えている。 そのすぐ隣、栗毛の馬に軽やかに跨るのは、ケインズ・ヴァレンス。洗練された黒の騎士装束を纏い、肩には銀の鎖帷子が鈍く光る。彼の穏やかな微笑みは、戦いを終えた安堵と、王都に帰還できた喜びを静かに物語っていた。手綱を操る仕草すらも優雅で、時折、民衆に手を振るたびに歓声がひときわ高まる。 そして、その背後に続くのは、圧倒的な存在感を放つ巨漢、ガリオン・ヴォルグ。分厚い鎧に刻まれた無数の傷跡は、彼が戦場で刻んできた歴戦の証。その肩に掛かる赤いマントが、まるで燃え盛る炎のように揺れる。豪快に笑いながら、民衆に大きく手を振り、名前を呼ばれるたびに力強く頷くその姿に、熱狂はさらに高まっていく。「何度見ても、この光景は胸が震えるな」「お前は人気者だからな、ガリオン」 群衆に手を振り、次々と声をかけられるガリオンを見て、ケインズが微笑を浮かべる。そして彼もまた、誇り高く右手を掲げた。 勝利の凱旋。ベルシオン軍の行列は、王城へ続く壮麗な大通りを、堂々と進んでいく。兵士たちの表情には、戦を生き抜いた者だけが持つ安堵と、誇らしげな輝きがあった。
最終更新日: 2026-01-29
Chapter: 35 カーネシアン王国制圧作戦 「また軍議の間に参集させられるとはどういう事だ。何か起こったのか? ケインズは何か聞いてないか?」「いや、何も聞いていないな。カーネシアン王国との戦いは区切りがついたし、今度はペルシアン王国でも動いたか?」「ペルシアン王国に動きはないはずだぞ」 ガリオンとケインズの疑問にケント・クラネル公爵が答えにならない答えをする。ベルク・クレス侯爵も頷いた。 重厚な扉が軋む音を立てて開かれ、ルーク・ベルシオンが軍議の間へと足を踏み入れた。漆黒の軍靴が石床を踏みしめるたび、室内の静寂がより深くなる。彼の鋭い黒曜石の瞳が一同を射抜き、圧倒的な威厳が空間を支配した。 ケインズは腕を組み、冷静な表情を崩さぬままルークを見やる。ガリオンは半ば椅子にもたれかかりながらも、まるで獲物の気配を探る猛禽のように、王の動向を注視している。ケント・クラネル公爵とベルク・クレス侯爵は互いに視線を交わしつつ、息を詰めたように沈黙していた。「待たせたな。これから大事な話をする」 席についたルークの言葉に一同がビクリと驚いて注目した。「――――実は、イザベラに、今が好機だと言われてな」 今が好機? いったい何の好機なのか。誰もがその言葉の真意を測りかね、一瞬、空気が張り詰める。「今こそカーネシアン王国を攻め滅ぼし、例年の侵攻に終止符を打つべきだと言うのだ」 ルークは両腕を組み、一同を見回した。驚き、困惑、そして僅かな期待が入り混じった視線が彼に注がれる。「……イザベラ嬢の意見を聞かせてもらおう」 ケインズが慎重に問いかけると、ルークは淡々と説明を続けた。「この度の大勝で、カーネシアン王国のユーロ公爵軍とオリボ伯爵軍はほぼ壊滅。コンラット城とオグト城に残る兵はわずか二百から五百。急襲すれば落とすのは容易だ。残る戦力はオリバー国王軍とウィリアム侯爵軍、カッパー侯爵軍、合わせて四千強。城を一つずつ落とすにせよ、全軍が迎撃に出るにせよ、勝てない戦ではない」 ルークの言葉が終わるや否や、ガリオンが口角を上げた。「コンラット城を五百で守っているなら
最終更新日: 2026-01-28
Chapter: 閑話5 忍びの誓い あやめが男を押さえつけたまま、イザベラが問い詰めようとしたその時――「おい、何をしてる!」 背後で複数の足音が響き、次の瞬間――怒声が響いた。 振り返ると、数人のならず者たちが地下道の奥から現れた。彼らは汚れた外套をまとい、荒んだ目つきでこちらを睨んでいる。鋭いナイフを手にし、不衛生な体からは酒の匂いが漂っていた。「チッ、やっぱり仲間がいたか……!」 あやめは瞬時に敵の人数と武器を見定め、すぐに身構えた。「お前ら、ここで何をしている!」「この地下は俺たちの縄張りだ、余計な詮索は命を縮めるぜ」 ならず者たちはゆっくりと包囲するように動き出した。「イザベラ様、ここは一度――」 あやめが撤退を進言しようとした、その瞬間だった。「やめろぉぉ!!」 震えながらも拳を握り締め、ケンタ、トキヤ、ラオの三人の少年が前に飛び出した。「お姉さんたちを傷つけるな!」「ここはお前らみたいな悪党が勝手にしていい場所じゃない!」 小さな体ながら、彼らは必死にイザベラたちを守ろうと両手を広げた。「……馬鹿な真似をするな、子供が!」 ならず者の一人がナイフを振り上げる。 ナイフが銀色の軌跡を描いた、その瞬間――「――遅い」 突如、影のように現れた男の手がナイフを弾き飛ばした。「えっ――!?」 ならず者が驚愕する間に、彼の身体は一瞬で宙を舞い、地面に叩きつけられる。「ぐはっ……!」 暗闇から現れたのは、漆黒の忍装束に身を包んだ男―― 小太郎だった。「まったく……お嬢様が何をしているかと思えば、こんな危険な場所で遊んでおられましたか」 彼は肩をすくめながらも、周囲の敵を冷たい目で睨む。「手間をかけさせないでくださいよ」 次の瞬間―― 小太郎の動きは雷光のごとく速かった。 ならず者たちは何が起こっ
最終更新日: 2026-01-24
Chapter: 閑話4 黒猫が抱える秘密 黒猫はイザベラの腕の中で小さく身じろぎした。痩せた体に柔らかな毛並み、そして――どこか知性を感じさせる琥珀色の瞳。だが、その体はわずかに震え、呼吸は浅く、不安げに尻尾を丸めている。「この猫、何かを飲み込んでいるのかもしれませんね」 あやめが鋭い眼差しで猫を見つめる。ケンタ、トキヤ、ラオの三人も興味津々で覗き込んだ。「ねえ、こいつ、口から何か落としたぞ!」 トキヤが指差したのは、猫の口元に転がった小さな光る物体だった。イザベラはしゃがみこみ、それを拾い上げる。「……これは?」 指先に乗せたのは、親指の爪ほどの青い宝石だった。光にかざすと、まるで深い湖の底を覗き込むような透明な輝きを放ち、微かに揺らめく光が流れる。指先に触れるとひんやりとしており、ただの装飾品ではないことを感じさせる。「宝石……?」 イザベラは眉をひそめる。 ただの貴金属とは思えない。何か特別な意味を持つものなのか――?「ちょっと待って、それって……!」 ラオが一瞬息を飲み、目を見開いた。表情が強張り、慌てたように声を上げる。「俺、見たことある! 市場の奥にある質屋で、盗まれたって騒ぎになってたやつだ!」「盗まれた?」 イザベラが宝石をもう一度まじまじと眺める。確かに、これはただの装飾品とは思えない。「……ということは、さっきの男が盗人で、この猫は何らかの理由でそれを持ち逃げした?」「ありえるな」 あやめが腕を組み、冷静に状況を整理する。「ですが、それにしては妙ですね。猫が偶然盗品を飲み込むとは考えにくい。盗賊が猫を利用して密かに運ばせたのか、それとも猫がもともと誰かの使いだったのか……?」「じゃあ、どういうこと?」 ケンタが首をかしげる。 イザベラは少し考えた後、猫の額を撫でながら微笑んだ。「それを確かめるためにも、まずはこの宝石の持ち主を探るべきね」 その時―― カツン、カツン…… 小
最終更新日: 2026-01-23
Chapter: @27 ゼルヴァニア国境付近——帝国軍の奇襲②ゼルヴァニア国境付近——帝国軍の奇襲 @現れた帝国の刺客「セリス・エルセリア……生きていたとはな」 男の低い声が森の静寂を切り裂く。 セリスは息をのんだ。彼の口ぶりから察するに、単なる帝国の兵士ではない。だが、どこかで見た記憶はない。「……お前は誰?」 問いかけるセリスに、男は薄く笑った。「名乗る必要はないさ。どうせ、お前たちはここで死ぬ運命なのだからな」 次の瞬間、男の手にある短剣が鈍く光を放つ——そして、まるで影が生き物のようにうごめき始めた。「っ……!」 ミアが即座に魔力を高める。カイも身構え、ライルは剣を握りしめる。「影の魔法……!」ミアが低く呟いた。「こいつ、ただの兵士じゃない……帝国の特殊部隊かも!」 影がまるで獣のような形を取り、男の周囲を漂い始める。普通の魔法とは明らかに違う、不吉な気配が辺りを包む。「さて、準備はいいか?」男は静かに言い放つと、影が突然飛びかかった。「来る!」ライルが叫ぶ。 戦闘が始まった。 男の影が蛇のように伸び、セリスたちを襲う。ライルが大剣で叩き払おうとするが、影は実体を持たず、まるで霧のようにかわしていく。「物理攻撃が効かない……!?」ライルが歯ぎしりする。「私に任せて!」ミアが杖を掲げ、光の魔法を発動させる。「《ルーメン・フラッシュ!》」 閃光が闇を貫き、影が一瞬消し飛ぶ。しかし、男は動じることなく短剣を振るい、新たな影を生み出した。「小賢しいな」 その影がミアへ向かって放たれる——「させるかよ!」 カイが素早くミアを押しのけ、短剣を投げる。しかし、影は短剣をすり抜け、さらに形を変
最終更新日: 2026-01-30
Chapter: @26 ゼルヴァニア国境付近——帝国軍の奇襲 @ ゼルヴァニア国境付近——帝国軍の奇襲 夕暮れが近づき、空が赤く染まり始めたころだった。セリスたちはゼルヴァニア王国の国境を目指し、森の中の獣道を進んでいた。「もうすぐ国境だな……帝国の patrol(巡回部隊)がいなければいいが」 先頭を歩くカイが、周囲を警戒しながらつぶやく。「ここまで来たら慎重に動くべきだね。帝国の軍が近くにいる可能性は高い」 ミアが杖を握りしめながら答える。 ライルは無言で大剣の柄に手をかけた。彼の表情は険しい。セリスもまた、緊張感を覚えながら歩を進めた。 だが——その刹那、森の奥から殺気が奔った。「伏せろ!」 ライルの叫びと同時に、無数の矢が空を裂き、降り注ぐ。セリスたちは咄嗟に身をかがめ、木々の陰に隠れる。「くそっ、罠か!」 カイが歯噛みしながら周囲を見渡す。すでに森のあちこちに黒い鎧をまとった兵士たちの姿が浮かび上がっていた。帝国軍の奇襲だった。「見つけたぞ、セリス・エルセリア」 低く響く声が森にこだまする。前方に現れたのは、一人の男——漆黒の甲冑をまとった帝国の騎士隊長だった。その手には血に濡れた長剣が握られている。「このまま大人しく捕まれば、無駄な血は流さずに済む」 嘲るような笑みを浮かべる隊長に、セリスは剣を構えながら答えた。「あなたたちに従うつもりはない!」「そうか、ならば——力ずくで捕らえるまでだ!」 帝国兵たちが一斉に攻撃を仕掛けてくる。セリスは剣を振るい、ライルが前衛で敵の攻撃を受け止める。カイは素早く動き回りながら敵の注意を引き、ミアは魔法で支援する。 しかし、帝国軍の数は多く、次々と兵士が現れ包囲網が狭まっていく。「まずいな……!」 カイが焦りの声を上げたその時——
最終更新日: 2026-01-29
Chapter: @25 新たな道標 @ 新たな道標 夜風が静かに吹き抜ける。 セリスたちは《王の書庫》を脱出し、闇に包まれた森の中を進んでいた。「はぁ……ようやく一息つけるな」 カイが木にもたれかかりながら息をつく。「ええ……だけど、帝国の追手がすぐに動くはずよ。あまりのんびりしている暇はないわ」 ミアが慎重に周囲を見渡す。 セリスもまた、心を落ち着かせようと深呼吸した。 《王の書庫》で得たもの——それは新たな記憶と、王家に託された最後の使命。 だが、その全てが明確に理解できているわけではない。「セリス」 ライルが静かに声をかける。「お前は……何を思い出したんだ?」 彼の問いに、セリスは迷わず答えた。「……この大陸の真の歴史と、王家が背負っていた役目よ」 彼女の瞳には迷いはなかった。「王家は代々《記憶の継承》を通じて、隠された真実を守ってきた。でも、それだけじゃない……最後の使命——それは、この世界の均衡を取り戻すこと」「均衡……?」 ライルが眉をひそめる。「帝国は、ただ強大な力を求めているだけじゃない。この世界の根幹に関わる何かを探している。そして、それは王家の記憶と深く関係しているの」「……なるほどな」 カイが腕を組みながら言う。「つまり、帝国は単なる侵略だけじゃなく、もっとヤバいことを企んでるってわけだ」 セリスは静かに頷いた。「そうよ……私たちは、まだその全てを知らない。だからこそ、次に向かうべき場所があるわ」「どこへ行くつもりなの?」 ミアが尋ねる。 セ
最終更新日: 2026-01-28
Chapter: @24 ヴァルドリッヒ・カインツ 帝国最強の剣士 ヴァルドリッヒ・カインツ。 かつてエルセリア王国最後の王と剣を交えた男。 帝国の最高戦力と称される剣士が、冷徹な眼差しでセリスたちを見据えていた。「……逃げるつもりはないようだな」 低く響く声が、書庫の静寂を破る。 ライルが即座に剣を構えた。「逃げる必要はない。お前をここで止める」「ほう?」 ヴァルドリッヒはわずかに目を細め、ゆっくりと剣を抜いた。 長大な黒刃が燭台の光を反射し、鋭い殺気が周囲に広がる。「……覚悟はあるようだが、問題はお前ではない」 彼の視線がセリスに向けられる。「記憶を継ぐ王女——お前が、どこまで真実にたどり着いたのか。試させてもらおう」 ヴァルドリッヒが一歩踏み出した瞬間、空気が張り詰める。「——来るぞ!」 ライルが剣を振りかざし、ヴァルドリッヒへと斬りかかる。 しかし—— ガキィン! 刹那の交錯。 ヴァルドリッヒは片手で受け止めると、わずかに剣をひねり、ライルの体勢を崩す。「くっ……!」 ライルが咄嗟に後退すると、ヴァルドリッヒは追撃せず、剣をゆっくりと下ろした。「悪くない。だが——」 次の瞬間、彼の姿が消えた。「——速い!」 ライルが叫ぶ間もなく、ヴァルドリッヒはセリスのすぐ目の前に現れた。「ッ……!」 セリスはとっさに後退し、書物を抱えたまま剣を構えた。 ヴァルドリッヒの目が細められる。「その剣……エルセリア王家のものか」 セリスは息を
最終更新日: 2026-01-27
Chapter: @23 王家の遺産 *** 王家の遺産 静寂に包まれた地下通路を進む。先ほどまでの戦いの喧騒が嘘のように、そこにはひんやりとした空気と、わずかに漂う湿った石の匂いが満ちていた。「しかし……」 カイがぼそりと呟く。「このまま行けば、本当に抜け出せるのか?」「抜け出すだけじゃないわ。この道は、王家の秘密を守るためのものよ」 ミアが通路の壁を指でなぞりながら言う。 セリスもその言葉に頷く。「父上は、王族が危機に陥ったとき、この道を使えと言っていた。ただの逃げ道じゃない……“使命を果たす者のための道” だと」 そう言いながら、セリスは前方を見据えた。 ——この先に何があるのか。それを確かめなくてはならない。 やがて、一行の前に巨大な扉が現れた。 古びた金属でできた二枚扉。そこには、王家の紋章が刻まれていた。「これは……」 ライルが眉をひそめる。「明らかに、ただの出口じゃないな」「そうね。むしろ、外へ繋がるものではなく、何かを守るための扉……」 ミアが慎重に観察しながら言う。 セリスは扉に手をかざした。 その瞬間—— ふっと、意識が遠のく感覚に襲われた。 王の記憶 ——静かな書庫の中、父王は一冊の古い書を手に取っていた。「セリス……王の使命を忘れるな」 その声は優しくもあり、厳しくもあった。「王家に受け継がれる力は、ただの血筋ではない。我らは“歴史を繋ぐ者”なのだ」 父王は書を開き、そこに記された文字を指でなぞった。「真実を知り、それを次代へと伝えること。それこそが、エルセリア王家に課せられた責務……」 そして——『この扉の先にあるものを、決して帝国の手に渡してはならぬ』 決意「……っ!」 セリスは急に意識を取り戻し、息をのんだ。「セリス?」
最終更新日: 2026-01-26
Chapter: @22 地下道の追跡*** 地下道の追跡 石造りの通路を駆け抜ける。封印が解けたことで、王家にしか知られていない秘密の道が開かれたが、それでも帝国の追手が完全に振り切れたわけではない。 背後から響く重い足音と、甲冑がぶつかり合う音が不吉な気配を帯びていた。「くそっ、思ったよりも早いな!」 カイが後ろを振り返りながら息を切らす。「仕方ない、奴らもこの道を知っていたってことか……」 ライルが剣を抜き、警戒を強めた。「でも、この先はさらに複雑になっているはずよ。追跡を巻くこともできるわ」 ミアが周囲を見回しながら言う。 セリスも走りながら思いを巡らせる。かつて父王が語った言葉を思い出す。 ——王族の避難路は、ただ逃げるためのものではない。選ばれた者が次の使命を果たすための道でもある。「……きっとこの道のどこかに、次の手がかりがあるはず」 セリスは自分自身に言い聞かせた。 突然、激しい振動が足元を襲った。「なっ……!」 石壁が軋み、砂が舞い上がる。「何か仕掛けが動き出した……!」 ミアが息をのむ。「追手が仕掛けたのか、それとも……」 ライルが剣を構えながら壁を見上げる。 その瞬間、後ろから響いたのは鋭い掛け声——「逃がすな! 一気に仕留めろ!」 帝国兵たちがすぐそこまで迫っていた。「セリス、こっちだ!」 カイが少し先の壁を叩くと、微かに反響する音がした。「隠し通路か?」「多分な。こいつを開けられりゃ、一気に抜け出せるはずだが……」 セリスがすぐに扉の中央に手をかざす。淡く光が走り、古びた壁が静かに開き始めた。「今
最終更新日: 2026-01-25
Chapter: 第41話 二度目のダンジョン探索 7 五人がさっきの通路へ戻るとそこにスケルトンはいなかったが、今来た道の背後から、湿った空気を切り裂くように、がしゃり、がしゃりと乾いた音が押し寄せてきた。 どうやら前の道は通れないとみて、こっちの道から追いかけてきたようだ。 狭い通路の奥、ランタンの灯りの端に白い影が揺れ、やがてスケルトンの列がずらりと現れる。「……数、けっこういるな」 アランが低く呟いた。 視界の限りでも十体以上、さらに奥から続々と現れている。「けど、まとめて来られるわけじゃねぇぜ。この通路なら出口で袋叩きにできる」 オルフェが大剣を振りかぶり、足を踏ん張る。 「よし、俺が正面で壁になる!」「じゃあ、俺はその右側から援護だな」 セリウスが長剣を抜き、オルフェの右を守る位置に立つ。「俺は通路の右端、セリウスの横だ。骨どもを短槍で狙ってやるさ」 リディアが短槍を構え、素早く位置を取った。「僕は……左の端」 レオンが息を整え、長槍を構える。レオンの右にはアランが陣取った。 やがて最前列のスケルトンが金属音を立てて剣を振りかざし、狭い通路から飛び出してきた。「来やがったなァ!」 オルフェの大剣が唸りを上げ、骨の戦士を粉砕する。 砕け散る音を皮切りに、次々とスケルトンが雪崩れ込む。 アランが鋭く叫んだ。 「崩れるな! 囲みこんで迎え撃て!」 その号令に合わせて、五人は扇のように陣を組む。 刃と骨の衝突音が広間に響き渡り、火花が散った。 オルフェの大剣が横なぎに走り、二体目のスケルトンの胴を粉砕する。砕けた骨が飛び散り、湿った石床に転がった。 だが、後ろから次々と押し出されるように、骸骨の軍勢は途切れなく現れる。「数が多い……!」 セリウスの剣が白刃を閃かせ、迫る槍を弾き飛ばす。間髪入れず逆袈裟に振り下ろし、骸骨の頭蓋を砕いた。「通路が狭いのが幸いだな……!」 リディアは短槍で素早く突き、骨の膝を狙ってへし折る。倒れ
最終更新日: 2026-01-29
Chapter: 第40話 二度目のダンジョン探索 6 「……空気が違うな。長いこと閉ざされてた場所かもしれん」 アランが低くつぶやく。「こりゃますます怪しいな。罠とかねぇだろうな」 オルフェが冗談めかして言うが、その声には緊張が混じっていた。「罠はおれにお任せだぜ」 リディアが仲間を見渡し、先頭に立つ。 狭い通路は人一人がやっと通れる幅で、天井は低く、湿った石が滴りを落としていた。靴底が水を踏み、ぴしゃりと音を立てる。 奥へ進むにつれて、入り口からの光も見えなくなり、ランタンの光が唯一の頼りとなった。 しばらく歩くと、リディアが再び足を止める。 「……見ろ。壁に刻まれてる」 ランタンの明かりに照らされ、苔むした石壁に古い文字のような彫り込みが浮かび上がった。擦れて判読は難しいが、円形の紋章と、骸骨のような図形が描かれている。「こりゃ……不吉な感じだな」 オルフェが眉をひそめる。「魔術的な封印かもしれない」 アランが険しい表情を見せた。 レオンはおそるおそる近づき、指先で石の表面をなぞった。 「……何かの封印結界の痕跡ですね。でも……完全に消えてます。だいぶ昔に解除されたものかと」「それでスケルトンがたくさんいるのか? 何とか封印結界を復活できないのかな」 セリウスが呟き、仲間の顔を見渡す。 レオンの指先が石壁をなぞり続ける。古い線刻の奥には、まだかすかに魔力の残滓が漂っていた。 「……やっぱりだ。この魔法陣、スケルトンを呼び出す源を封じたものみたいです」「つまり、この壁の向こうに何かがいるってことか?」 アランが声を潜める。「はい。正確には、居るというより有るですね。スケルトンを呼び出す魔力源……。ここを崩して取り出してみましょう」 レオンの声はかすかに震えていた。 アランは即座に判断を下す。 「壊せるのか? 岩じゃないのか」「一見、岩のように見えますが、固まった土と言ってよいでしょう。きっと掘れるはずですよ。たぶん大きな魔石のようなも
最終更新日: 2026-01-28
Chapter: 第39話 二度目のダンジョン探索 5 |轟音《ごうおん》が地下空洞に木霊した。 スケルトンの群れが、一斉に突撃を開始したのだ。 甲冑の擦れ合う音、骨のぶつかる音、剣を振るう金属音……それらが渦を巻き、押し寄せる怒涛の波のように迫ってくる。「走れ!」 アランが剣を振り抜き、追いすがる一体の首を斬り飛ばす。 乾いた骨の山を蹴散らしながら、仲間たちは必死に階段を目指した。「《ライトニング・ボルト》!」 レオンの詠唱と共に、魔導書が眩い閃光を放つ。 雷撃が直線状に走り、十体近くのスケルトンをまとめて薙ぎ払った。 骨が黒焦げになり、甲冑が爆ぜる音が響き渡る。「いいぞ、レオン!」 オルフェが大剣を振り回し、崩れかけたスケルトンを叩き潰した。 だが、数は減ったようには見えない。むしろ波のように押し寄せてくる。「くっ……振り返るな! ひたすら走け!」 セリウスが仲間を鼓舞する。 背後では、リディアが必死にランタンを掲げ、暗闇を照らし続けていた。「この数……本当に終わりがあるのか!?」 オルフェが歯を食いしばる。 アランが冷静に叫ぶ。 「時間を稼ぐしかない! レオン、もう一発撃てるか!」「やってみます!」 レオンは震える指先で魔導書のページをめくり、再び詠唱に入った。 「――雷よ、奔れ! 《チェイン・サンダー》!」 雷光が連鎖し、骨の軍勢を次々と貫いた。 火花が散り、暗黒の広間が一瞬だけ昼のように照らし出される。 しかし、焼き切った骸骨の後ろから、さらに無数の亡者が這い出してくる。「まだだ、止まらない……っ!」 レオンが額から汗を滴らせ、よろめく。 アランが彼を支え、声を張り上げた。 「今のうちに階段を登れ! 俺とオルフェで食い止める!」「馬鹿言うな、全員で逃げるんだ!」 セリウスが反論するが、もう選択の余地はなかった。 スケルトンの軍勢はす
最終更新日: 2026-01-27
Chapter: 第38話 二度目のダンジョン探索 4 倒れた黒騎士の残骸を踏み越え、セリウスたちは祭壇の周囲を調べ始めた。 瓦礫に埋もれた一角で、オルフェが金属を叩くような音を響かせる。「おい、こっちに来てみろ!」 瓦礫をどけると、黒ずんだ鉄の宝箱が現れた。 鎖で厳重に縛られ、表面には古代文字のような刻印が施されている。「罠かもしれん。慎重にな」 アランが剣を構えて警戒し、リディアが屈み込んで鍵穴を覗き込む。「……ふむ、魔力の封印付きだな。けど、そう強力な仕掛けじゃない」 器用に工具を差し込み、かちりと音を鳴らす。 鎖が解け、箱の蓋が重々しく開いた。 ――ぱあっ。 中から光が溢れ出し、洞窟の壁を黄金色に照らす。 中に収められていたのは、煌びやかな装飾を施された指輪と、青白く輝く魔石だった。「こ、これは……!」 レオンが思わず手を伸ばす。 「きっと古代の魔導具ですよ。外に出たら鑑定士に見てもらいましよう!」「本物の古代の魔導具か!? こんなところに、そんなお宝が眠ってるのかよ……!」 オルフェが目を丸くする。 セリウスは宝を手に取ると、仲間たちに視線を向けた。 (もしかしたら、『性転換の魔道具』かもしれない。いや、そんな簡単に出会えるはずはないか……) 「分け前は帰ってから相談しよう。今は、無事に生還するのが先決だ」 五人は互いに笑みを浮かべ、束の間の達成感に浸る。 しかし、その背後で――祭壇の割れ目から、墨のように濃く黒い液体がじわりと滲み出していた。 じわり、と祭壇の割れ目から滲み出した黒い液体は、やがて土に吸い込まれることなく、地表を這うように広がっていった。「……なんだ、これ」 オルフェが剣先で突こうとした瞬間、液体はしゅうっと煙のように揮発し、消え去った。「魔力の残滓……?」 リディアが険しい顔で呟く。 アランが胸で腕を組み眉根を寄せる。 「黒騎士を倒したことで、別の何かが目覚めた可能性があるかもな」
最終更新日: 2026-01-26
Chapter: 第37話 二度目のダンジョン探索 3 祭壇から噴き出す瘴気がさらに濃くなった。 その中で、ひときわ大きな影がゆっくりと立ち上がる。 ――ガシャリ。 全身を黒ずんだ甲冑で覆い、両手には大剣を握った巨躯。 眼窩には紅蓮の光が燃え、普通のスケルトンとは明らかに異なる威圧感を放っていた。「っ……でかい……!」 オルフェが思わず息を呑む。 「こいつ、他の骨とは違うぞ!」 黒鉄のスケルトン――その剣がゆっくりと持ち上がると、周囲の骸骨たちが一斉にひれ伏した。 まるで王を讃える兵のように。「……隊長格か、それとも守護者か」 アランが歯を食いしばる。 「どちらにせよ、あれを倒さなきゃ祭壇は壊せない!」 黒騎士スケルトンが低く唸るように顎を震わせ、大剣を地に叩きつけた。 ドン、と震動が走り、周囲の骨がバラバラと組み上がり、新たな兵が立ち上がる。「また呼び出した!?」 リディアが舌打ちする。「雑魚はレオンとリディアで抑えてくれ! 私とセリウス、オルフェは正面の黒騎士スケルトンだ!」 アランが即座に指示を飛ばした。 「援護は任せた!」「行くぞッ!」 セリウスが咆哮し、仲間たちが一斉に突撃した。 黒騎士の大剣が横薙ぎに振るわれる。 セリウスとアランが同時に剣を交差させて受け止めるが―― ガギィィィィンッ! 凄まじい衝撃に、二人の足が床を滑り、石畳に亀裂が走った。「おっ……重すぎる!」 「根性で……押し返す!」 オルフェが背後から渾身の一撃を叩き込む。 しかし黒騎士の甲冑は厚く、火花を散らすだけで傷一つつかない。「ちっ……ただの骨じゃねぇな!」 その隙に、リディアの投げナイフが飛び、黒騎士の眼窩を正確に撃ち抜く。 だが、紅蓮の光は一瞬揺らめいただけで、すぐに燃え盛るように戻った。「効かない……!?」「核があるは
最終更新日: 2026-01-25
Chapter: 第36話 二度目のダンジョン探索 2 四体のホブゴブリンを退けたあとも、五人は足を止めなかった。 通路は次第に狭くなり、やがて下り階段が姿を現す。苔むした石段を降りるにつれて、空気は一層冷たくなり、吐く息が白く濁るほどだった。「……寒い。ここ、さっきまでと全然違う」 リディアが両腕をさすりながら周囲を見渡す。「空気が淀んでるな。湿気じゃなく……死んだものの匂いだ」 アランが険しい目で言った瞬間――。 カラン……カラン……。 通路の奥から、不気味な金属音が響いた。 それは規則的で、まるで兵士の行進のようだった。「おい……聞こえるか?」 オルフェが大剣を構え直し、低く唸る。 やがて闇の中から現れたのは、骨と錆びた甲冑。 生者の肉を持たず、眼窩に青白い光を宿した骸骨の兵士――スケルトンだった。「なっ……骨が、動いてる……?」 レオンが目を見開く。震えが声に混じっていた。 スケルトンは剣と盾を構え、ぎこちなくも迷いのない足取りで迫ってくる。 その姿はまさしく、死してなお戦場に立つ兵士。 ――そして、その空洞の眼窩がギラリと光り、通路の奥からこちらをまっすぐに捉えた。 「……見つかった!」 セリウスが息を呑む。青白い光が、彼らの存在を敵と認識した証だった。 骨の擦れる不気味な音を立てながら、スケルトンは一斉に顔を上げ、盾を鳴らして前進を始める。 その光景に、背筋を凍らせるほどの殺意がはっきりと伝わってきた。「くるぞ!」 アランの叫びと共に、最前列のスケルトンが斬りかかってきた。 ガキィィンッ――! 鋼と鋼が打ち合う甲高い音が、冷たい石壁に反響する。 セリウスが長剣で受け止めたが、衝撃は生者の武人と変わらぬ重みを持っていた。「うっ……重い!? ただの骨じゃない……!」 刃を押し返そうとするが、骸骨の兵士は眼窩の光を揺らめかせ、無感情のまま押し込んでくる。 その隙を突くように、後方から別のスケルトンが
最終更新日: 2026-01-23