LOGINグレイヴ騎士爵家の一人娘セリーナは、男児として「セリウス」を名乗り跡取りとして育てられる。八歳で父に伴われ訪れたリヴィエール公爵家で、同年代の嫡男アランと出会い、その気品と美しさに心を揺さぶられる。秘密を抱えたまま学問と剣術を共に磨き、二人は互いを支える存在となる。やがて性別を変える秘宝が眠る古代ダンジョンの噂を知り、真実を隠さず生きるため、セリウスはアランと共に危険な冒険へ挑む決意を固める。 これは、少女でありながら、少年として、将来の騎士爵家の跡取りとしての運命を背負ったセリーナの学園冒険ファンタジーです。
View More「はい。
「お父様ではない。お前は、立派な騎士爵家の跡取りとしての作法を身につけよ! これからは、
「はい! 父上!」
「よろしい!」
『セリーナ・フォン・グレイヴ』―「セリウス」と呼ばれたこの少女の本名である。彼女は、グレイヴ騎士爵家の一人娘で、幼児期は魔除けのため男児の服装で、その後は、爵位存続のため、男として育てられていた。
八歳となりグレイヴ騎士爵家が仕える
「セリウス! 決して女であることを悟られてはいかんぞ。騎士爵家の位は男でなければ継げんのだ。跡継ぎに男子がいないとわかればグレイヴ家は断絶なんだ」
「分かっております。父上」
***
レーヴァンティア王国
「気を抜くな、セリウス」
父の低い声に背を押され、彼女はぎこちなく胸を張る。やがて、館の大扉が開かれる。
現れたのは、セリウスと同じくらいの背格好の少年。深い蒼の瞳に長い睫毛、陽光を浴びて金色に煌めく髪――その姿はまるで絵画から抜け出した美少年だった。「グレイヴ騎士爵殿、よくぞお越しくださいました」
柔らかな声で礼を述べるその少年こそ、リヴィエール公爵家の嫡男、アラン・リヴィエール 八歳である。「おお、アラン様。ご健勝そうでなにより」
父が膝を折り、恭しく頭を垂れる。セリウスも慌てて倣い、膝をついて小さく礼をした。だがアランは近寄ると、屈んでセリウスを覗き込んだ。蒼い瞳が、幼き「少年(女)」を射抜く。
「君が、セリウス殿か。グレイヴ騎士爵家の跡取りだと伺っている」「は、はい! アラン様!」
声が少し裏返り、慌てて咳払いをする。アランはふっと微笑んだ。
「……緊張しているの? 大丈夫だよ。僕も最初に父の隣で挨拶をしたときは、手が震えて仕方がなかった」その微笑は、幼いながらも気品と余裕を漂わせる――だがセリウス(セリーナ)の心臓は、別の意味で大きく跳ねた。
(なんて……きれいな人……!)男として振る舞わねばならぬことを思い出し、慌てて背筋を伸ばす。
「わ、私は大丈夫です! ……立派な、騎士爵の跡取りとして!」アランはその言葉をじっと見つめ、少し口角を上げた。
「その意気だ。僕もいつか、この広い領地を継ぐ身。互いに励み合える仲になれるといいね」蒼い瞳に真っ直ぐに見据えられ、セリウスは思わず視線を逸らす。胸の奥に、得体の知れない熱がこみ上げていた。
アランとアラン付きの執事の先導で館の奥へと通されると、重厚な扉の前で足を止められた。
扉の両脇には槍を携えた近衛騎士が立ち、全身から張り詰めた気配を放っている。「父上はこの先に」
アランが静かに告げ、片手で合図すると扉が開かれた。そこは広々とした謁見の間。赤い絨毯が一直線に敷かれ、その先の玉座に、一人の威厳ある男が腰掛けていた。
黒髪に混じる白髪、整えられた髭、鋭い鷲のごとき眼光――レーヴァンティア王国
「グレイヴ騎士爵殿。久しいな」
低く響く声に、父はすぐさま膝をつき、深々と頭を垂れた。 「はっ! 公爵様のご威光の下、我が家も変わらずお仕えしております。本日は、嫡子セリウスをお目通り願いに参上仕りました」セリウスは、喉がきゅっと締め付けられるように感じた。小さな手を強く握りしめ、父の隣に並んで膝を折る。
「……セリウス・フォン・グレイヴ、でございます。初めての御前、恐れ多く存じます」公爵の視線が、少年を装った少女に注がれた。鋭いが、どこか試すような眼差しだった。
「ふむ。年の割には背筋が通っているな。目も曇りがない」
公爵はゆるりと顎を撫で、やがて玉座から立ち上がった。 「グレイヴ家は代々、我がリヴィエール家を支える忠勇の家柄。お前がその跡を継ぐというなら、いずれ我が嫡子アランを助け、剣を取って共に戦場に立つことになる」セリウスは必死に胸を張った。
「はい、公爵様! この命に代えても、御家に忠義を尽くします!」父の視線が一瞬こちらを鋭く刺し、次いで安堵の色に変わった。
公爵はわずかに笑みを浮かべる。 「よい心構えだ。――アラン」「はい、父上」
アランが進み出て、隣に並ぶ。「これよりは、折に触れてこのセリウスを屋敷に呼び、学問と武芸を共に学ばせよ。幼き頃より絆を深め、切磋琢磨することは、領地を治める礎ともなろう」
「承知いたしました」
アランが一礼し、ちらとセリウスに目をやる。その瞳には、からかいでも軽蔑でもなく、まっすぐな好奇心と期待の色があった。セリウスの胸が、不思議な高鳴りに包まれる。
(わ、私が……この方と共に学ぶ……? 私が女だという秘密を隠しながら……! さ、悟られてはいけない…………)「セリウス、これからは命を懸けて、アラン様に仕えるのだぞ」
「はい、父上! 私はアラン様を守る剣となり、傍らで共に修練し、共に学ぶことを、肝に銘じます!」
――その日、グレイヴ騎士爵家の一人娘は、未来を左右する大きな一歩を踏み出したのであった。
それからというもの、セリウスは定期的にリヴィエール公爵家の館に通うことになった。 大広間の奥に設けられた学習室で、アランと並んで机に向かう。「この地方の地形を覚えていることは、領地を治める領主や、その補佐を務める騎士・文官にとって当然の務めだ。セリウス殿、ここは何と呼ばれている?」
家庭教師の問いかけに、セリウスは緊張で汗ばむ掌を握りしめながら地図を覗き込む。「……えっと、これは《メイユの谷》、です」
「よくできました」
教師が頷く。隣のアランは涼しい顔で、さらに先の地名や名産品まで暗唱してみせた。「さすが、アラン様」
「覚えてしまえば簡単だよ。君もすぐ慣れるさ」 柔らかな笑みを向けられ、セリウスは胸の奥がくすぐったくなるのを誤魔化すように背筋を伸ばした。「はい。アラン様の手となり、足となって働けるよう、次回までには地名や名産品を覚えてまいります」
宣言どおり、セリウスは次の授業の日までに完璧に記憶してきた。その勤勉さには教師もアランも内心驚かされた。
中庭では木剣を手に、互いに打ち合う稽古も行われた。
「もっと腰を落とせ、セリウス! 腕に力を入れるな、全身で振れ!」 「は、はいっ!」セリウスは小柄な体を必死に支え、汗を滴らせながら木剣を振り下ろす。打ち込むたびに、骨に響くような衝撃が腕を襲う。
しかし、アランは一歩も引かない。軽く剣をいなすと、まるで舞うような身のこなしで次の構えに移っていた。
「悪くない。だが、剣先ばかり意識するな。視線を上げて、相手全体を見ろ!」「くっ……!」
セリウスは言われるままに視線を上げるが、その瞬間、アランの木剣が横から鋭く走る。 「うわっ!」 ガツン、と音を立てて木剣がはじかれ、セリウスの身体は芝生の上に転がった。「大丈夫か?」
すぐに差し伸べられるアランの手。セリウスは息を荒げながらも、その手を掴んで立ち上がる。 「だ、大丈夫です……! も、もう一度お願いします!」アランは口元に微笑を浮かべる。
「その気概はいいな。じゃあ次は僕に斬り込んで来い。全力でな」「は、はい!」
セリウスは渾身の力で木剣を振り下ろす。しかし、打ち込んでも打ち込んでも、アランは軽やかに受け流すだけ。鋭い突きも、横薙ぎも、全て見透かされたようにいなされてしまう。「まだ腕の力に頼ってる。腰から動きを繋げろ!」
「っ……!」歯を食いしばり、セリウスは必死に食らいつく。だが結果は同じ。何度も芝生に転がされ、肩や肘に擦り傷が増えていった。
それでも、倒れる度にアランは必ず手を差し伸べてくれた。
「よし、今の踏み込みは悪くなかった。あと半歩、踏み込みが深ければ僕の体勢を崩せていたぞ」 「ほ、本当ですか……?」 「本当だ。君は筋力では僕に敵わないけど、動きの速さは僕以上だ」セリウスの胸の奥に、熱いものが芽生えていく。
「……次こそ!」 「その意気だ。来い!」剣戟の音が響く中庭に、二人の声と息遣いが重なっていく。
やがて稽古が終わり、館を後にして帰路につく頃には、セリウスの身体は傷だらけで、全身から力が抜けていた。歩くだけでも苦痛を伴ったが――それ以上に、胸の奥では妙な誇らしさが燃えていた。
(アラン様は本当にすごい人だ。あんな方に仕えられる私は、なんて幸せなんだろう。……でも、私は「男」として振る舞わなきゃならない。女だという秘密を隠し通さなければ……。それでも、アラン様と共に学んでいられるのは嬉しい。アラン様を守れるくらい、もっと剣の腕を磨かなくては……)
日々の授業と稽古の積み重ねは、次第に二人の距離を縮めていった。
年は離れていない。だがアランは常に少し先を歩き、セリウスは必死にその背を追う。 その姿を、公爵も、グレイヴ家の父も満足げに見守っていた。***
季節がめぐり、セリウスとアランの修練の日々は、いつしか子どもの遊びを越え、実戦を意識したものへと変わっていった。
その頃――リヴィエール領の市井に、ある噂が流れていた。
南方の山岳地帯に口を開ける古代のダンジョン。その最奥には「性別を変える力を秘めた秘宝」をはじめ様々な魔道具が眠っているという。
(……もしその魔道具が本当にあるのなら、私は男に生まれ変われる。そうすれば、隠してきた秘密そのものがなくなる。もう、アラン様に嘘をつき続けなくてもいい……いつも怯えながら過ごさずにすむ)
セリーナは心の奥で、誰にも言えぬ想いを固く握りしめた。けれど、騎士爵家の跡取りとしての使命を考えれば、それを軽々しく口にするわけにはいかない。
だから彼女は決意した。――表向きは「強くなるため」、内心では「秘宝を得て男になるため」に、ダンジョン攻略を目指すのだと。ある日の稽古の後、セリウスは木剣を収めると、汗を拭いながらアランに切り出した。
「アラン様。……私は、もっと強くなりたいと思っています。剣も学問も、まだまだ足りない。だから……ダンジョンに挑んでみようと思うのです」
アランの表情がわずかに変わった。
「……ダンジョン、だって?」「はい。危険な場所ですが、実戦でしか得られない経験もあるはずです。来年、騎士養成学校に入学しますよね。そこで仲間を募り、ダンジョンでの試練を越え、剣の技を鍛えたい。それに、ダンジョンには、不思議な魔道具が眠っているとか? ダンジョンの宝を探す――そうすれば、今よりずっとアラン様のお力になれるはずです」
真剣な眼差しを向けるセリウスを、アランはしばし黙って見つめていた。
そして、ふっと息を吐く。「君は……本当に変わってるな。普通なら命を惜しんで避ける場所に、あえて踏み込もうだなんて」
その声には、否定ではなくむしろ興味と高揚が混じっていた。 「ダンジョンの宝探し。……いいだろう。僕も同行する。どうせ行くなら、誰よりも信頼できる相手と組んだ方がいい」「えっ、アラン様も……!? いけません。アラン様が危険なことなど――」
「なにを言ってるんだ、セリウス。……領主の嫡男として、危険を知り、恐れを乗り越えるのも、また積むべき経験、乗り越えておくべき試練だろう。それに……」
アランは片眉を上げ、笑みを浮かべた。 「君だけ強くなるなんて許せないよ」「で、でも……」
「それにセリウス、危なくなったら君が僕を守ってくれるんだろう?」
「はい。命に代えてもお守りします」
「なら、大丈夫じゃないか」
「く……」
「安全も考えて、実践を積むいい機会になると思うけどなあ」
「安全も考えて、実践を積む……わ、わ、分かりました。いつ潜るか、どこまで潜るか、どんな仲間を集めるか、――すべて私が計画を立てます。いいですね」
「任せるよ」
その瞬間、セリウスの胸に熱が走った。
(アラン様……! アラン様はこんな私を信じてくださる。でも私は、この胸に秘めた本当の理由を絶対に言えない……! なんて卑怯な女なんだろう。それでも、アラン様のために、必ず安全で実りある修行にしてみせる……)ダンジョンは古代文明の遺構とも言われ、魔獣や罠が待ち受ける死地。当然、二人きりで潜るのは無謀だ。実力ある仲間を揃えなければ、一歩踏み込んだ瞬間に命を落とす。
……となれば、必要なのは、腕の立つ剣士や罠に精通した者、そして回復の術を扱える僧侶や魔術師。やがて二人は騎士養成学校に入学することになる。そこでよい仲間が見つかればよいのだが、騎士養成学校は盗賊や僧侶や魔術師を育てる場所ではない。
騎士養成学校でそういった能力を持つ者を探し出すのが無理なら冒険者ギルドで探すことになるだろうが……。
(慌てることはない。これから騎士養成学校に入るんだ。探索できる時間も制限されるんだから、プロの冒険者はずっとは組んでくれないだろうし、その都度スポット的に同行する人間を探すのが限界だろう。できるだけ、騎士養成学校で探すことが望ましいな)
「騎士養成学校で仲間を探してから、ダンジョンでの探索を始めることにしましょう。騎士だけでのダンジョン探索は難しいです。罠を見抜ける者、回復ができる僧侶や、魔術師など……そうした特殊技能を持った生徒がいたら、仲間に勧誘しましょう。ただし、信頼できる人間に限りますが」
「分かった」
こうして二人は、まず騎士養成学校で仲間を探すことを決めた。