LOGINグレイヴ騎士爵家の一人娘セリーナは、男児として「セリウス」を名乗り跡取りとして育てられる。八歳で父に伴われ訪れたリヴィエール公爵家で、同年代の嫡男アランと出会い、その気品と美しさに心を揺さぶられる。秘密を抱えたまま学問と剣術を共に磨き、二人は互いを支える存在となる。やがて性別を変える秘宝が眠る古代ダンジョンの噂を知り、真実を隠さず生きるため、セリウスはアランと共に危険な冒険へ挑む決意を固める。 これは、少女でありながら、少年として、将来の騎士爵家の跡取りとしての運命を背負ったセリーナの学園冒険ファンタジーです。
View More――ヴァルロワ学舎・翌夜。 その夜、ヴァルロワ学舎は静まり返っていた。 昼間の喧噪が嘘のように、校舎の灯りは消え、月光が石畳を淡く照らしている。 だが、誰も知らぬところで、もう一つの授業が始まっていた。「全員、聞こえるか?」 中庭裏の温室跡。セリウスたち《調査班》は通信魔導具を通じて連絡を取り合っていた。 アランの低い声が響く。「今夜の任務は学舎内部の監視記録の確認。帝国スパイが使った出入り経路を洗う。外部と通信している可能性のある教員リストも照合するぞ」「了解」 セリウスが頷き、懐の通信魔導具に手を触れる。 淡い光が灯り、フィオナの通信魔導具がそのデータを受信した。「こっちは南棟の通信回線を解析中。……おかしいわね、通常の魔力波が途切れてる。誰かが意図的に遮断した跡かしら」「遮断?」リディアが眉をひそめる。「誰かが監視を避けたってことかよ」 アランが静かに指示を出す。「フィオナ、解析を続けてくれ。セリウスとリディアは中央棟の研究室を調べてくれ。私とレオンは北棟の倉庫を調べる。オルフェは待機」「了解!」 それぞれが闇に溶けるように散っていく。 風が木々を揺らし、どこか遠くで猫の鳴く声がした。 ──中央棟・研究室前。 セリウスは慎重に扉を押し開けた。 古びた魔導機器と埃の積もった本棚。 誰もいないはずの部屋の奥で、淡い光が瞬いている。「……魔力残留反応。最近、使われた形跡があるな」 リディアが呟き、指先から小さな探査光を放つ。 机の上には、見慣れぬ印章の押された封筒があった。「帝国の……紋章?」 封筒の裏には、鷹の爪を模した紋様が刻まれている。 セリウスが息を呑む。「誰かが、ここで通信を――」 その瞬間、背後の扉が軋んだ。 反射的に剣を抜くセリウス。 だ
夜の王都郊外。 《ヴァルロワ学舎》の外れにひっそりと建つ旧研究塔、表向きは、すでに廃棄指定されて久しい。 だが、その地下には今も稼働中の装置がある――学長ヴァルターが手掛けた「魔導通信石」の試験機。 それこそが、帝国が狙う機密だった。「……静かすぎるな」 塔の影から様子を窺うアランが、低く呟く。 月明かりに照らされた古塔は、まるで眠っているかのように微動だにしない。「警備の巡回もいない。これは逆に不自然ね」 フィオナが目を細め、髪を耳にかけながら呟く。 風が草を揺らし、微かに金属の軋む音が響いた。「アラン、南側の窓が少し開いてます」 レオンが報告する。「何者かがすでに侵入した可能性が高いです」「……いくぞ」 アランの短い号令に、全員が頷いた。 セリウスとオルフェが前に出て、フィオナとリディアが後方から援護。 レオンは塔の外で警戒線を張り、アランが全体の指揮を取る。 塔の扉はすでにこじ開けられていた。 古びた階段を下ると、微かな機械音が聞こえてくる。 それは――通信石の動作音。「下だ。急ごう」 セリウスとオルフェは階段を駆け下り、地下の実験室へ突入した。残りの4人も後に続く。 そこには、漆黒のローブを纏った数人の影がいた。 中央の装置から魔力光が放たれ、転送陣がゆらめいている。「帝国の工作隊か!」 オルフェが叫び、剣を構える。「来たか……!」 スパイの一人が振り返り、セリウスに目を止めた。 それは――中庭で戦った覆面の男だった。 左足を庇うように構えている。「また会ったな、少年」 覆面の下から嗤う声。「せっかく見逃してやったのに。あれで止めていれば良いものを、ここまで知られては仕方ない。死んでもらうしかないようだな。今度は、我らが任務の完遂を邪魔
瞬間、鋭い風圧が頬を掠めた。 覆面のスパイが投げた短剣が、セリウスの耳元を通り抜け、背後の木の幹に深々と突き刺さる。 刃は淡く青い光を帯びていた――毒か、あるいは呪符付きの暗器。 (速い……! こいつ、訓練された暗殺者だ) セリウスは反射的に身を低くし、マントを翻す。 闇の中で、草木が擦れる音と共にもう一つの影が動いた。 風のような足取り。姿を見失ったと思った瞬間、背後に殺気が迫る。「っ――!」 咄嗟に剣を抜き、振り返りざまに受け止めた。 金属がぶつかる乾いた音が夜気を裂き、火花が散った。「やるな……訓練生の剣じゃない」 覆面の男が一歩退き、月光の下で構え直す。 その動きには無駄がない。軍人というより、暗部――影の諜報員のそれだ。「お前……帝国のスパイか」 セリウスの問いに、男は笑った。 「知っているか。なら話が早い。王国の未来はすでに帝国の掌の中だ」 言葉が終わるより早く、男の手首が閃いた。 短剣が三本、扇状に飛ぶ。 セリウスは横跳びでかわし、一瞬の隙を突いて間合いを詰める。「せーい!」 セリウスの横薙ぎを後ずさり、笑いながら男は躱す。 連続技で追い詰めようとするが、男はまるでそれを読んでいたかのように、煙玉を放って視界を奪った。 白い煙が広がり、空気がざらつく。 (視界が……!) 次の瞬間、横腹に衝撃。 蹴りを受け、体が石畳に叩きつけられた。肺の空気が抜ける。「ぐっ……!」 だがセリウスは即座に転がり、剣を構え直した。 その瞳には恐れよりも冷静な光があった。「……いい動きだ。訓練生にしては上出来だな」 スパイが笑いながら近づく。 その足音のリズム――セリウスは気づいた。 (……左足に重心。片膝を少し引いている。前の蹴りで筋を痛めたか) ほんの一瞬の観察をもとに、セリウスは決断した。 敵が踏み
その夜。 学園では創立記念日を祝う晩餐会が開かれていた。 大食堂には煌びやかな灯りが揺れ、教員と上級生たちが談笑の声を上げていた。 壇上には白髪の老学長ヴァルターが立ち、穏やかな笑みを浮かべて杯を掲げる。「諸君、この学舎が百年の歴史を刻めたのも、若き学徒たちの努力あってのことだ。未来を担う者たちに、祝福を――乾杯!」 杯が一斉に掲げられ、拍手と笑いが広がった――その瞬間。 カラン、と音を立てて、老学長の手からグラスが落ちた。 「……学長!?」 次の瞬間、ヴァルターは苦しそうに胸を押さえ、その場に崩れ落ちた。 会場は騒然となり、教師たちが駆け寄る。 「毒か!?」「誰か、医療班を呼べ!」 剣術教官であるアランデル老教士が即座に走り出し、学園医務室から治癒魔法の使い手を呼び寄せる。 やがて、老学長は一命を取り留めた。 しかし意識は戻らず、医務官の診断はこうだった。 「体内からは毒の反応が検出されませんでした。ただし――神経を一時的に麻痺させ、幻覚を引き起こす薬物の接触痕が残っています」 その場にいた全員が息をのむ。「……つまり、飲んだワインには毒がなかったということか」 アランの言葉に、セリウスがグラスを手に取る。 私は慎重に縁に付着物がないか、解析を行った。「……微量の薬反応。これは幻覚毒《イルシオン》です。皮膚に触れるだけで幻覚と麻痺を起こす劇薬。飲まなくてもこうなります」「まさか……グラスの縁に塗られていたってこと?」 リディアが息を呑む。私はゆっくり頷いた。 その時、レオンが小声で言った。 「でも、どうやって? グラスは配膳前に全員分まとめて並べられてたはずでしょう。狙われたのが学長だけなら、特別な細工が必要です……」 私は顎に手をやり考え込む。 (グラスを取り違えず、学長の手元に届くようにするには――配膳係が仕組んだとしか思えない)「……配膳を担当したのは誰?」 アランが問い詰めるように
十月。 高く澄んだ秋空の下、《ヴァルロワ学舎》の訓練場には朝から活気が満ちていた。 年に一度の大行事――武闘大会。 それは学舎に籍を置く生徒たちが己の技と誇りを競い合う、最も熱く、最も華やかな祭典だった。 紅葉が風に舞い、赤や金の葉が空を彩る。 その中心には、石造りの円形闘技場が特設され、観覧席は既に満員だ。ざわめきと歓声が波のように押し寄せ、鼓動のように空気を震わせている。 前年の優勝者はすでに卒業し、王国軍士官候補として名を上げている。 観覧者は外部の者も多いため、この大会の上
私たちは一斉に石壁の隙間へ飛び込んだ。 隠し通路は人ひとり通るのがやっとの狭さで、湿った土と鉄の匂いが鼻を突く。灯りはなく、ただ遠くで揺れる赤黒い光が不気味に奥を照らしていた。「足跡がある……!」 先頭を走るオルフェが床を指差した。靴跡が濡れた泥を削り、まだ新しい。「待て! 罠があるといけない。俺が先頭を行く」「分かったよ。そういうことはリディアが頼りだからな」 オルフェがしぶしぶ先頭を譲った。 私たちは息を合わせ、声を殺して進む。 石壁の裂け目が次第に下り坂へと
作戦は単純であるが危険を伴っていた。講義が終わると同時に、私たちは席を立ち、誰にも不自然に見えないように教壇を離れた。五人がばらばらに。だが――できるだけ離れすぎず、しかし十分な間隔を保ってカミーユ教官を尾行する。カミーユ教官を直視するのはリディアとレオン。少し離れて私とアラン、オルフェの三人が続く。互いの視界に仲間が入ることで、万が一の合図や援護がすぐに行えるはずだ。 カミーユ教官はいつもと同じ足取りで講堂を出る。黒の外套を静かに翻し、突然立ち止ると、眼鏡越しに書類をめくる。その所作を、リディアとレオンは息を殺して見守りながら、リディアは手で私たちに止まれ
夏休みの間、五人はあの後《深紅の洞穴》に五度潜り、汗と血と共に鍛錬を積んだ。剣筋は磨かれ、判断力も鍛えられ、息を合わせた戦いぶりは最初の頃とは比べものにならないほどに洗練されていた。 そして、一ヶ月が過ぎ、オークションの日がやって来た。 セリウスたちは、『ビギタリアダンジョン』で手に入れた、ギルドの専門家の鑑定で二千万ゴールドは下らないと言われた、儀式の核として用いられるに足る、強大な魔力を宿した媒介石を、そのオークションに出品している。 その出品者として、五人にはオークション会場への特別入場資格が与えられていた。「二