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琉球狸
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Novels by 琉球狸

「夫の子を妊娠したのは親友でした。」

「夫の子を妊娠したのは親友でした。」

「あなたの旦那さんの子、できちゃった」 親友にそう告げられた瞬間、私の世界は壊れた。 しかもその理由は―― 「だって、美咲産めないじゃん」 夫と親友。 一番信じていた二人に裏切られた私は、静かに決めた。 もう、許さない。 愛も、人生も、未来も―― 全部、奪い返す。
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Chapter: 第32話「大事な命でしょ?」
ポケットの中で、スマホが震えた。 画面に表示された名前に、 一瞬だけ呼吸が止まる。 沙織。 嫌な予感がした。 震える指でメッセージを開く。 そこに書かれていたのは... 「拓也……生理来ないんだよね。」 その一文を見た瞬間、 頭の奥で何かが崩れ落ちる音がした。 ……ああ、そういうことか。 今までの沙織の異常な執着も、 あの歪んだ笑顔も、 全部、この瞬間に繋がっていたんだ。 でも... これは、全部俺が招いた結果だ。 逃げ場なんて、どこにもない。 美咲の笑顔が、脳裏に浮かぶ。 あいつは何も知らないまま、 俺を信じている。 ……なのに俺は。 「美咲……本当に、ごめん……」 誰に向けるでもない謝罪が、 小さくこぼれた。 震える指で、沙織に返信を打つ。 「……責任は取るから」 送信ボタンを押した瞬間、 取り返しのつかない現実が、確定した。 ......それから。 俺は仕事を理由にして、 沙織との接触を意図的に避け続けた。 届くメッセージには、 最低限の返事だけを返す。 「大丈夫?」 「いつ会える?」 「ちゃんと考えてる?」 そのどれにも、 曖昧な言葉でしか返せない。 ……わかってる。 最低だってことくらい。 でも...... 正直に言えば。 もう、関わりたくなかった。 あの一言を送ったくせに、 “責任を取る”なんて言ったくせに、 現実から目を逸らしているのは... 他でもない、俺自身だった。 明日バレてもいい…… そんなヤケになった日々を、どうにかやり過ごす。 最低限の生活。 美咲が作ってくれるご飯も、 最近は味がしない。 それでも俺は、 嘘を上塗りしながら生きていた。 そんな日々が続いていた――ある日。 美咲が、妙なことを言い出した。 その日、俺は沙織の家に少しだけ顔を出し、 自宅へ戻った。 「ただいま……」 キッチンから顔を出した美咲が、柔らかく笑う。 「おかえり。いつもお疲れ様」 「……あれ、起きてたの?」 「うん。ちょっとだけ。 拓也の顔見てから寝たくて」 「無理すんなよ……ありがとな」 「ご飯、温める?」 「……軽くでいいや」 いつも通りの会話。 いつも通りのはずなのに―― どこか、空気が違った。 「……やっぱり今日も、遅か
Last Updated: 2026-05-12
Chapter: 第31話「罰を待つ男」
「美咲に何かあったの?拓也さん」 にっこりと笑う沙織に、俺は強く言葉を返した。 「美咲が倒れたって連絡があった!! 今は構ってやれない! お願いだから邪魔しないでくれ!!」 その瞬間...... 沙織の表情が、はっきりと歪んだ。 「……美咲の話はしないでって言ったよね!!」 張り裂けるような声。 その目は、まるで笑っていなかった。 背筋に、ぞわりとした寒気が走る。 ……なんなんだよ。 どうして、こんな時にそんなことが言える。 胸の奥に、怒りと同時に 言いようのない違和感が広がっていく。 そして初めて―― 俺は沙織を“疎ましい”と感じた。 けれど、それは同時に 自分自身への嫌悪でもあった。 美咲を裏切っているのは、俺だ。 この状況を招いたのも、全部......俺自身。 だったら、これは当然の報いなのかもしれない。 ここで取り乱せば、全てが終わる。 分かっているのに、 胸の奥で何かが、ゆっくりと黒く濁っていく。 愛情だったはずの感情が、 形を失い、“執着”へと変わっていく。 ……それを、俺ははっきりと自覚していた。 「……ごめん。悪かった。気が動転してた」 「うん……ならよかった」 何事もなかったかのように、 沙織は俺に抱きついてきた。 その腕の力が、やけに強い。 俺は、それを振り払えなかった。 むしろ.......抱きしめ返してしまった。 事情を話すと、沙織は迷いなく言った。 「一緒に行こうよ。私も心配だし……」 そして、続ける。 「今すぐ行くと逆に怪しいよ? 明日なら自然に会えるしさ」 「……」 「そしたら、二人でもっと一緒にいれるじゃん?」 無邪気に笑うその顔が、 どうしようもなく怖かった。 ……もう俺には、止められない。 ごめん。美咲…… 「病院で、たまたま会ったことにしよう」 その提案に、頷くしかなかった。 断ったら、何をするか分からない。 ......俺は、もう怯えていた。 こうしてまたひとつ、嘘を積み重ねる。 翌日、俺たちは病院へ向かった。 病室で再会した美咲の表情は、凍りついていた。 ……当然だ。 こんな偶然が、あるはずがない。 それでも俺は... 美咲の無事を、この目で確かめたかった。 「美咲!大丈夫か!? 心労で倒れたって聞いたけど
Last Updated: 2026-05-07
Chapter: 第30話「手遅れの夜」
あの日から、沙織からの束縛が強くなる。毎日、執拗に送られてくるメッセージ...「今日、会えるかな?」「連絡ないの?」「部屋で待ってるからね」と誘惑を誘うような、沙織の際どい画像が添付されて送られてくる。そして俺は、その異常な行動を抑えるために、自分自身も狂った流れに巻き込まれていく……。美咲はあの日から、まるで何かを諦めたように、おとなしくなっていた。傷付けた罪悪感はあった。大袈裟になる前に落ち着いたのなら...俺は、それで済んだのだと、勝手に思い込んでいた。最近は、どうやったら沙織との関係が切れるかばかりを考えている。美咲も子供が欲しい...と悩んでいるみたいで相談があったのだが...沙織との一件が終わるまでは...興味がないふりをして、やり過ごした。そんな生活が続いていた。こんな生活が長く続くわけがない...早く、どうにかして終わらせないとその思いで常に心はモヤモヤしていた。そして...とうとう、俺が恐れていたことが起きた。いつものように沙織から着信がくる...「今日、時間ある?」「ちょっと話があるんだけど、これないかな?」沙織から普段とは違うような文面...「大丈夫だよ。部屋に向かえばいいかな?」「ううん。いつもと違う感じが良いからカフェにこれない?」......嫌な予感がする。疑心ながらに俺は「了解」とだけ返事を打ちカフェに向かった。奥の席から手を振る沙織。俺は向かいの席に座る。「どうしたの?急に...長い時間は無理だよ」沙織に少し面倒な態度で声をかける。「たまには良いじゃん?...ちょっと聞きたいことがあったからさ」何か良いことがあったのか?上機嫌な沙織は話を続ける...「ねぇ...私と拓也の将来って...どうしたいとかどうなりたいってある?」将来...?どうしたい?もう、終わりにしたい、は多分答えじゃない。沙織は急に何を考えているんだ?。そもそも関与しないって...「どうしたいって...?」俺は苦笑いをしながら言葉を返す。「だから...私達の将来だよー。結婚とか、子供とか...?ちゃんと考えてる?」また、沙織のズレた感じが出ただが、今回は機嫌良く話している...何を企んでいるんだろう...けどここで話を合わせないとマズイ...「そ
Last Updated: 2026-04-30
Chapter: 第29話「果実の代償」
「必ず!約束するから待ってて」「うん...わかった...でも来なきゃ...」と途中で電話が切れた。俺は...沙織を止めなきゃ...全てが終わってしまう...。と言う答えだけははっきりとしていた。退社後に、すぐに沙織の家に向かう。「...来てくれたんだね。」不機嫌そうにドアを開ける沙織に歪な雰囲気を感じていた。「何があったんだよ?美咲に何か話したのか?...おいっ!ちょっ...」玄関に入るとすぐに押し倒された。上にまたがる沙織...「ねぇ...しよ...」押さえつけられるように俺は抵抗せずに沙織を受け入れた。気持ちが晴れた沙織が俺に倒れ込む...その沙織を抱きしめる。「落ち着いた?...何があったか聞かせてよ?」沙織は目を合わせずに答える。「なんか...幸せそうに拓也の話してた。それが...なんか...見下されてるように感じちゃって...」俺は、その話を理解できなかった。俺たち夫婦の仲には介入しないんじゃなかったか?「私にもさ...何かあったら助けたいだってさ」「頭きちゃってさ...じゃあ拓也さんちょうだいよ!って言ってやろうかなって...」「!?!?...話したのか!?」俺は咄嗟に沙織の顔を見る。「話してないよ...ただ、そんな態度だから拓也さんも疲れるんだよっては言った」俺は、その発言を聞いて血の気が引いた。そんなこと言ってたら美咲はきっと何か勘繰るかもしれない...何を考えてるんだ...この女は...焦りと困惑で表情が歪む前に、沙織を退けて顔を背ける。「ねぇ...怒らないでよ。最近、会えてなかったから寂しかったの」背中から聞こえる声に、俺は冷たく返す。「ひとまず、美咲の様子見てくるから...」背中から沙織が俺を抱きしめる。「また、来てくれるよね...」「あぁ...安心して...離れたりしないから」と沙織の手を振り払い顔を見ずに沙織の家を出た。帰路の最中、頭の中が焦りでいっぱいになる。まずい…沙織の軽率な一言が、どこまで美咲に届いているのか…美咲は昔から人に責められることになれていない。けど...あの一言だけでも、何か引っかかっている可能性は高い「くそっ…」思わず舌打ちが漏れる沙織のことよりも、今は美咲だもし疑われていたら.....
Last Updated: 2026-04-29
Chapter: 第28話「バレてない、はず」
沙織との約束の三ヶ月が過ぎた後も、俺は沙織との関係を終わらせることができなかった。いや、俺が終わらせなかったんだ。終わるはずだった。終わらせるべきだった。それでも、俺は沙織のそばの居心地が...そう思ってしまったんだ。美咲とは...悪いことをしている自覚からか、それとも、バレることへの恐怖からか。明確な理由を説明することができない、が気づけば俺は、彼女と過ごす時間を避けるようになっていた。目を合わせないように。会話を減らすように。“いつも通り”を装いながら、少しずつ距離を置いていく。そうして...半年。一年。時間が過ぎていく中で、本来の噛み合わせだった歯車が狂い始める。美咲と沙織が昔のように交流を持つようになった。バレた訳じゃない。......よな?沙織に聞いても、「気にしないで大丈夫。私がちゃんと対応しておくから、拓也さんはいつも通りにしてて」と笑顔で返された。......気にしなくていいんだよな。と沙織との時間を過ごして自宅に戻る。「おかえりなさい。夕飯できてるよ」美咲はいつものように、俺を待ってくれている。昔はその寂しそうな顔から嬉しそうにおかえり、と言ってくれる事が嬉しかったのに...今はそのおかえりを聞くと苦しい。「今日は疲れたから、お風呂入ったら……すぐ寝るわ」バレてないよな...俺は疑いを持つとすぐに顔に出してしまう...なのでその日はすぐにシャワーに向かい就寝した。大丈夫...美咲はいつもと変わらない...バレてない...バレてない.........次の日の朝、いつもと変わらない美咲の表情に俺はほっとしていた。仕事の支度を済まして、靴を履き、ドアに手をかける。「じゃあいってきます」「.......いってらっしゃい」その声に、一瞬の間があった気がした。振り返るかどうか迷ったが...俺はそのまま家を出た。........そしてまたある日の夜だった。その時は、仕事が立て続けに大きな案件が入り残業が続いていた。...沙織に会いたいな。なんて、思ってしまう自分を押さえ込み美咲を安心させる事もしなきゃと沙織との時間が取れない日々が続いた。そんな時だった。沙織からメッセージが入る。「もう、美咲にうちらのこと喋ってもいい?」
Last Updated: 2026-04-28
Chapter: 第27話「終わるはずだった関係」
沙織との約束内容はこうだった。 三ヶ月間生理週間を除いた日に、 沙織の自宅に行き性交渉を行う。 それで懐妊した場合は、認知もせず 何もしてこなくて良い... もし出来ない場合には、三ヶ月後... この関係をなかった事にしてほしい...と 仕事に関しては沙織が話をしてくれて 成約がすんなり決まった。 他店舗への紹介などもすんなりと話が 進んでいった。 俺は、会社の評価も上がり... 今までの劣等感を拭い去らせてくれた。 ただ... そこに罪悪感が上塗りされていった。 沙織が休みの日などに必ず通知が入る。 「今日、何時に終わります?」 初めは苦し紛れに... 「20時ごろに向かいます。」 退社後に、沙織宅に向かう。 玄関を開けた瞬間、 理性は簡単に途切れた。 いつものように、 流されるままに時間が過ぎていく。 不埒な下着姿で出迎える沙織を 玄関口でそのまま抱きしめて... 1時間ほどで約束をこなす。 事後のシャワーは一緒に...と言う 後付で出来た内容も済まして 俺は美咲の元に向かう...。 自宅のドアを開け、出迎えてくれる美咲に 俺は嘘をつく... 「ただいま、今日も仕事遅くなってさ」 「ううん。大丈夫だよ。いつもお疲れ様」 そう言って、何も疑わない目で笑った。 その素直な笑顔をくれる いつもの優しさに 胸が苦しくなった。 その苦しさも回数を重ねるごとに 痛みが鈍くなっていく... 責任を感じずにする沙織との行為が 癒しになっていく自分がいた。 「拓也さんは何も悪くないのよ。 だから私を抱く時だけは楽しんで...」 腕の中にいる沙織が呟くその言葉に 甘え...堕ちていく... 俺は悪くない... 悪いことなんてしていないんだ...と ....... そうして、約束の三ヶ月が経とうとしていた ある日... ベッドの中、俺の腕の中にいる沙織が言う 「結局出来なかったね... 拓也さん、今までありがとうね。」 「それってどう言う...」 俺は突然のありがとうの言葉に戸惑ってしまう 「これ以上は、二人に迷惑かけきれない。 だから約束は約束で... 拓也さんとの時間も終わりにしなきゃ...」 約束... 当初の約束で、俺と沙織は契約していたんだ。 そして
Last Updated: 2026-04-27
三百年の妻〜常夜の花嫁〜

三百年の妻〜常夜の花嫁〜

久遠市の常夜湖で、若い女性ばかりを狙った連続殺人事件が起きている。 湖の管理を任される白瀬孝一は、事情聴取の最中、旧久遠村の歴史を調べる女子大生・桐野澪と出会う。 彼女が追っているのは、洪水の記録から“消えた二十歳の巫女”。 ——その話を聞いた夜。 孝一は、満月の湖畔に立つ妻・いろはの姿を目撃する。 「二十歳って……いちばん綺麗な年頃よね」 完璧な微笑みの奥に潜む、見知らぬ顔。 愛しているはずの妻が、もしも秘密を抱えているとしたら。 これは、三百年の時を越えた“独占愛”の物語。
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Chapter: 第37話「あなただ。」
「神主さん、忠告ありがとうございます。でも……私は、孝一さんを迎えに行きます」「いろはさんとの約束だから……」自分でも驚くほど、その決意は揺らがなかった。神主は、わずかに目を伏せる。「……桐野さんの気持ちは、わかる」低く、静かな声。「だが――あちらへもう一度行くなど、それは……叶わぬ話である」「どうして……!?」思わず声が強くなる。その瞬間、私は――気づいてしまった。常夜流し。村長も、孝之助も……そして、ヒルコも――すべては、“常夜”へ――“黄泉”へと繋がるための儀式。「……お気づきになられましたかな」神主の声色が、わずかに変わる。「そう。常夜へ行くには――再び“常夜流し”を行う他、術はない」その言葉が、胸の奥に、重く沈む。「桐野さん……」神主は、静かに私を見据えた。「――再び、惨劇を起こすおつもりか?」「そっ……それは……」神主の視線に射抜かれ、胸の奥で固めていた覚悟が――揺らぐ。「そう、それでよい」静かな声が、逆に残酷だった。「せっかく与えられた命を、無碍にする必要はない」私は、うつむく。言葉が、出ない。「……ごめん……」ぽつりと、零れた。――孝一さんの、あの時の表情が浮かぶ。伸ばしかけた手。何かを伝えようとしていた、あの目。「でもっ……」顔を上げる。「でもっ……!」喉が焼けるように痛い。「私は……孝一さんに、もう一度……会いたいんです」震える拳を握りしめる。唇を、強く噛む。それでも――私は、神主に縋るように叫んだ。「どうにか……手段はないんですか……!?」神主は――すぐには答えなかった。沈黙。重く、張り詰めた空気が、部屋を満たしていく。やがて、ゆっくりと口を開いた。「……ないわけでは、ない」「……え?」思わず顔を上げる。神主の目は、先ほどまでとは違う色を帯びていた。「ただし――」低く、釘を打つような声。「それは、“人が踏み入れてはならぬ領域”だ」胸が、大きく脈打つ。「それを行えば、あちらへ辿り着くことはできよう」「ただし……」神主は一歩、私に近づく。「今度は――戻れる保証はない」言葉が、理解に追いつかない。「それって……」喉が、ひどく乾く。神主は、はっきりと言い切った。「“迎えに行く”のではない」「――桐野
Last Updated: 2026-04-11
Chapter: 第36話「満ちる夜の前に」
神主は、わずかに目を伏せた。 「……ここから先は」 静かに、言葉を選ぶ。 「確たる記録ではなく――あくまで、私の推測となりますが」 蝋燭の火が、小さく揺れる。 「その男――澪様のお父上は」 「ヒルコ様に“触れられた”のでしょう」 「いえ……あるいは」 わずかに、間を置く。 「“選ばれた”のかもしれませぬ」 喉の奥が、乾く。 「その結果として起きたのが――」 「先ほどの日誌に記されていた、あの惨劇」 神主の声は、あくまで静かだった。 だからこそ、逃げ場がない。 「意思を侵されたのか」 「それとも、自ら受け入れたのか」 「そこまでは、分かりませぬ」 「ですが――」 神主は、ゆっくりと顔を上げた。 「ヒルコ様は、“媒介”を得た」 「人の世界へ干渉するための――足掛かりを」 空気が、重く沈む。 「そして……」 その視線が、まっすぐに向けられる。 「澪様」 名前を呼ばれた瞬間、心臓が跳ねる。 「あなたは――その先におられる方だ」 蝋燭の火が、大きく揺れた。 「血の繋がりか」 「あるいは、より強い“適性”か」 「理由は定かではありませぬが……」 ほんのわずかに、声が低くなる。 「ヒルコ様は」 「あなたを、“器”にしようとしたのでしょう」 沈黙。 息が、うまく吸えない。 「――いえ」 神主は、小さく首を振る。 「“しようとしている”のかもしれませぬな」 火が、じり、と鳴った。 神主は、ふと口を閉ざした。 そして―― 何かに引っかかったように、わずかに眉を寄せる。 「……ですが」 ゆっくりと、視線を落とした。 「先ほどの桐野さんのお話……」 「少々、気がかりでしてな」 蝋燭の火が、小さく揺れる。 「その……孝一という御方と」 「いろは殿に“化けた”ヒルコ様が」 「共に日常を過ごしていた、と仰いましたな」 わずかな沈黙。 「……だとすれば」 神主の声が、わずかに低くなる。 「ヒルコ様は――すでに」 「“愛”に触れていたはずだ」 空気が、ぴたりと止まる。 「求め続けていたものを」 「手にしていた、はず……」 その言葉は、自分に言い聞かせるようで
Last Updated: 2026-04-07
Chapter: 第35話「愛を持たぬ神」
神主は、静かに目を細めた。 「では――」 ゆっくりと、口を開く。 「この社に伝わる話を、いたしましょうか」 その声音は、どこまでも穏やかで―― 「桐野さんがお知りになりたいことも、 その中に含まれておるでしょう」 そして、神主は語り始めた。 社の奥は、ひどく静まり返っていた。 揺れる蝋燭の火だけが、かすかに空間を照らしている。 「――昔の昔、この地には“最初の神”が居られたと伝えられております」 神主は、ゆっくりと語り始めた。 「しかし、その御子は……不完全であられた」 「形は崩れ、感情も持たず……ただ、空腹だけを宿しておられた」 外で風が鳴る。 「そのため、海へと流されたのです」 「流れ着いた先で、その御子は――人に拾われました」 「食を与えられ、体を拭われ、声をかけられる」 「理由など、分からなかったでしょう」 「なぜ、自分のようなものに」 「なぜ、見知らぬ存在に」 「なぜ、施しを与えるのか――と」 蝋燭の火が、揺れる。 「けれど、その施しは……温かかった」 「やがて、その疑問は形を持ちます」 「そして――知るのです」 「それが、“愛”であると」 わずかな沈黙。 「……ですが」 「その神には、“愛”を感じることができなかった」 「持っていなかったのです」 火が、じり、と鳴る。 「だからこそ――その神は、“愛”を欲した」 「理解ではなく」 「模倣でもなく」 「――本物を」 空気が、重く沈む。 「その歪みは、やがて“出来事”として現れました」 「人が一人、また一人と消える」 「そして、共通していたのです」 神主の目が、こちらを射抜く。 「深く愛されていた者ばかりが、消えていった」 喉が詰まる。 「ヒルコ様は、“知ってしまった”のです」 「愛というものの温度を」 「けれど、自らは生み出せない」 「だから――求めた」 「“自分で感じる”ために」 神主は、はっきりと告げる。 「器を」 背筋が冷える。 「感情を持つための器」 「――人の、体を」 「強く愛されている者ほど、その器として相応しい」 「だから、選ばれたのです」 「愛されすぎた者たちが」 長い沈黙。 「……しかし」 神主の声が、わずかに変わった。 「その所業を、見過ごさぬ存在がおりました」 蝋
Last Updated: 2026-04-06
Chapter: 第34話「黄泉帰りの記録」
第34話。私は、その社へと足を運んだ。これまで何度も調査に訪れていたはずなのに――どうして、今まで気づかなかったのだろう。「……すいません」静まり返った境内に、声を落とす。「どなたか、いらっしゃいませんか」しばらくの沈黙――「……はい、今参りますよ」戸の奥から、年配の男性の声が返ってきた。ゆっくりと、扉が開く。現れたのは、神主と思しき人物だった。その目が、私を捉えた瞬間――わずかに、空気が張り詰める。「あの、突然お伺いして申し訳ありません。私、桐野澪と申します。旧久遠村の調査をしていて……」名乗った、その時だった。神主の表情が、はっきりと変わる。驚きとも、困惑ともつかない顔で、じっと私を見つめていた。「……まさか……このようなことが……」小さく呟いたあと、静かに言う。「お嬢さん。どうぞ、中へ」促されるまま、私は社の中へと足を踏み入れた。通されたのは、奥の座敷だった。「ここで、少しお待ちくだされ」そう言い残し、神主は奥へと引っ込む。取り残された静寂の中、私は無意識に息を潜めていた。やがて――「すまん、すまん……書物を探しておってな」神主が戻ってくる。その手には、古びた冊子が握られていた。「桐野さんは……こちら側の人、ですかな?」「……え?」思わず聞き返す。こちら側――?神主は、私をじっと見据えたまま続けた。「いや……常夜の気配を纏っておる。屍人が訪ねてきたのかと思ったが……」その言葉に、背筋が冷える。「……常夜を、ご存じなんですか?」思わず身を乗り出すと、神主はゆっくりと頷いた。「無論。だがまずは……あなたの話を聞かせてくだされ」神主は、私の正面に腰を下ろす。私はノートを開き、これまでの出来事を語り始めた。孝一さんのこと。いろはさんのこと。常夜のこと。ヒルコのこと。そして――孝一さんの存在が、少しずつ消えていること。神主は穏やかな笑みを浮かべながら、何度も頷き、相槌を打っていた。だが――ヒルコの名を口にした瞬間だけ、その表情が、わずかに歪んだ。すべてを話し終えたあと。神主は、静かに一冊の書物を差し出した。「これは……?」受け取ると、それはかなり古い日誌のようだった。紙は黄ばみ、端は擦り切れている。「旧久遠村の村長の娘が記したものだ。……奇妙な
Last Updated: 2026-04-03
Chapter: 第33話「白瀬の痕跡」
「.......取り返しに、行く.....」そう決意を固めた私は、それから今まで調べた旧久遠村の歴史と孝一さん宅であった怪奇現象...そして、常夜流しについて...情報を照らし合わせることにした。いろはさんが話してくれた常夜についても...ノートにひとつ、ひとつ書き出していく。旧久遠村では、ヒルコのせいで...記録に残っていた壊滅的水害。これがヒルコが起こした事?常夜流しの記録違い...孝一さん宅でヒルコが話していた「罪隠し」それは村長が起こしたって。その罪が常夜流しだった?だとしたら理由はなんだったんだろう。いろはさんとの会話が頭に浮かぶ...「あの人と私は愛し合っていたの。その私をここに迎えに行くと聞かずに...」そうだ。いろはさんは私と出会った常夜にいた...「常夜流しを続けたの...」孝之助は常夜に迎えにいくために...常夜流しが必要だった。黄泉帰りのための供物...そのために...孝之助は人を生贄にしていた!?点と点が繋がっていく。村長は一度、黄泉帰りをしていてそのタイミングが水害と合っている。と言うことは代償的なことだとして...その代償でいろはさんは、常夜にそしていろはさんを迎えに行こうとした孝之助は、村長と同じ事をしようと常夜流しを続けていた。「そして、仕舞いにはヒルコとの約束の縛りを設けてヒルコの力を手に入れたとたんに、騙されて...」約束の縛り...ヒルコの力っていうのは...そして、いろはさんがいたあの常夜...うぅーん......やっぱり、色々と繋がらない部分がある...「もっと調べなきゃ...」私は、久遠市の資料館に向かおうとタクシーを呼ぶため携帯を取り出し、画面をスクロールする。ん?...あれ?...携帯の中、どの履歴を見ても「白瀬 孝一」の名前がない!?アドレス帳を開くも...トーク履歴を見ても...えっ?...えっ?...なんで?......何が起きたのわからずに、焦る私は、白瀬孝一宅に向かうことにした。「確か、孝一さん宅は常夜湖の近くで...」近づくにつれて...私は目の前の現実に戸惑いを隠せなかった。「孝一さん宅が...」「ない...」タクシーを迂回してもらい孝一さんの職場に向かう...。「すいませ
Last Updated: 2026-04-02
Chapter: 第32話「選ばれなかった私」
――光。次の瞬間。「……っ……はっ……!」澪は、畳の上に倒れ込んでいた。見慣れた天井。見慣れた空気。――現世。「……帰って……きた……?」震える手で、自分の胸を押さえる。ちゃんと、鼓動がある。生きている。助かった。……助けられた。 「…っ……」涙が、溢れる。止まらない。「なんで……」ぽつりと、零れる。「なんで……私なの……」救われたのに。生きているのに。苦しい。どうしようもなく。苦しい。「……孝一さん.....」名前を呼ぶ。もう、届かないと分かっているのに。「…ばか……」笑おうとして、崩れる。「……ばかぁ……っ……」声にならない嗚咽が、静かな部屋に響く。私は、いろはさんとの約束を守れなかった。約束だったのかなんて、分からない。それでも――けど、私を守るために身を挺してくれた恩人の願いを...「――あなたが、救える」私はそれを叶える事が出来なかった。孝一さんがヒルコの手を取った瞬間...孝一さんの最後の言葉...「……ごめん」その一言が、何度も、何度も、何度も。頭の奥で反響する。やめて。やめてよ。 「……っ……違う……」 違う。 謝るのは―― 「……私、でしょ……」 指先が、畳を掻く。 爪が、擦れる。 じり、と嫌な音がする。 「……助けられたのは……私で……」 喉が、震える。 「置いていかれたのも……私で……」 ぽたり、と涙が落ちる。 「……選ばれなかったのも……私……」 その言葉を口にした瞬間。 ――胸の奥が、きしんだ。  「……違う」 小さく、呟く。  「……違う……違う違う違う……」 首を振る。 何度も、何度も。  「……あの人は……選ばされたんだ」 そうだ。 そうに決まってる。 だって―― あんな顔、していた。  「……ヒルコが……」 その名前を口にした瞬間、 部屋の空気が、わずかに、冷えた気がした。  「……あいつが……」 ぎし。 畳が、鳴る。  「……全部……奪った……」 呼吸が、浅くなる。 視界が、滲む。 けれど。 今までとは違う。 これは、 涙じゃない。  「……返して……」 ぽつり。
Last Updated: 2026-03-31
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