LOGIN神主は、静かに目を細めた。 「では――」 ゆっくりと、口を開く。 「この社に伝わる話を、いたしましょうか」 その声音は、どこまでも穏やかで―― 「桐野さんがお知りになりたいことも、 その中に含まれておるでしょう」 そして、神主は語り始めた。 社の奥は、ひどく静まり返っていた。 揺れる蝋燭の火だけが、かすかに空間を照らしている。 「――昔の昔、この地には“最初の神”が居られたと伝えられております」 神主は、ゆっくりと語り始めた。 「しかし、その御子は……不完全であられた」 「形は崩れ、感情も持たず……ただ、空腹だけを宿しておられた」 外で風が鳴る。 「そのため、海へと流されたのです」 「流れ着いた先で、その御子は――人に拾われました」 「食を与えられ、体を拭われ、声をかけられる」 「理由など、分からなかったでしょう」 「なぜ、自分のようなものに」 「なぜ、見知らぬ存在に」 「なぜ、施しを与えるのか――と」 蝋燭の火が、揺れる。 「けれど、その施しは……温かかった」 「やがて、その疑問は形を持ちます」 「そして――知るのです」 「それが、“愛”であると」 わずかな沈黙。 「……ですが」 「その神には、“愛”を感じることができなかった」 「持っていなかったのです」 火が、じり、と鳴る。 「だからこそ――その神は、“愛”を欲した」 「理解ではなく」 「模倣でもなく」 「――本物を」 空気が、重く沈む。 「その歪みは、やがて“出来事”として現れました」 「人が一人、また一人と消える」 「そして、共通していたのです」 神主の目が、こちらを射抜く。 「深く愛されていた者ばかりが、消えていった」 喉が詰まる。 「ヒルコ様は、“知ってしまった”のです」 「愛というものの温度を」 「けれど、自らは生み出せない」 「だから――求めた」 「“自分で感じる”ために」 神主は、はっきりと告げる。 「器を」 背筋が冷える。 「感情を持つための器」 「――人の、体を」 「強く愛されている者ほど、その器として相応しい」 「だから、選ばれたのです」 「愛されすぎた者たちが」 長い沈黙。 「……しかし」 神主の声が、わずかに変わった。 「その所業を、見過ごさぬ存在がおりました」 蝋
第34話。私は、その社へと足を運んだ。これまで何度も調査に訪れていたはずなのに――どうして、今まで気づかなかったのだろう。「……すいません」静まり返った境内に、声を落とす。「どなたか、いらっしゃいませんか」しばらくの沈黙――「……はい、今参りますよ」戸の奥から、年配の男性の声が返ってきた。ゆっくりと、扉が開く。現れたのは、神主と思しき人物だった。その目が、私を捉えた瞬間――わずかに、空気が張り詰める。「あの、突然お伺いして申し訳ありません。私、桐野澪と申します。旧久遠村の調査をしていて……」名乗った、その時だった。神主の表情が、はっきりと変わる。驚きとも、困惑ともつかない顔で、じっと私を見つめていた。「……まさか……このようなことが……」小さく呟いたあと、静かに言う。「お嬢さん。どうぞ、中へ」促されるまま、私は社の中へと足を踏み入れた。通されたのは、奥の座敷だった。「ここで、少しお待ちくだされ」そう言い残し、神主は奥へと引っ込む。取り残された静寂の中、私は無意識に息を潜めていた。やがて――「すまん、すまん……書物を探しておってな」神主が戻ってくる。その手には、古びた冊子が握られていた。「桐野さんは……こちら側の人、ですかな?」「……え?」思わず聞き返す。こちら側――?神主は、私をじっと見据えたまま続けた。「いや……常夜の気配を纏っておる。屍人が訪ねてきたのかと思ったが……」その言葉に、背筋が冷える。「……常夜を、ご存じなんですか?」思わず身を乗り出すと、神主はゆっくりと頷いた。「無論。だがまずは……あなたの話を聞かせてくだされ」神主は、私の正面に腰を下ろす。私はノートを開き、これまでの出来事を語り始めた。孝一さんのこと。いろはさんのこと。常夜のこと。ヒルコのこと。そして――孝一さんの存在が、少しずつ消えていること。神主は穏やかな笑みを浮かべながら、何度も頷き、相槌を打っていた。だが――ヒルコの名を口にした瞬間だけ、その表情が、わずかに歪んだ。すべてを話し終えたあと。神主は、静かに一冊の書物を差し出した。「これは……?」受け取ると、それはかなり古い日誌のようだった。紙は黄ばみ、端は擦り切れている。「旧久遠村の村長の娘が記したものだ。……奇妙な
「.......取り返しに、行く.....」そう決意を固めた私は、それから今まで調べた旧久遠村の歴史と孝一さん宅であった怪奇現象...そして、常夜流しについて...情報を照らし合わせることにした。いろはさんが話してくれた常夜についても...ノートにひとつ、ひとつ書き出していく。旧久遠村では、ヒルコのせいで...記録に残っていた壊滅的水害。これがヒルコが起こした事?常夜流しの記録違い...孝一さん宅でヒルコが話していた「罪隠し」それは村長が起こしたって。その罪が常夜流しだった?だとしたら理由はなんだったんだろう。いろはさんとの会話が頭に浮かぶ...「あの人と私は愛し合っていたの。その私をここに迎えに行くと聞かずに...」そうだ。いろはさんは私と出会った常夜にいた...「常夜流しを続けたの...」孝之助は常夜に迎えにいくために...常夜流しが必要だった。黄泉帰りのための供物...そのために...孝之助は人を生贄にしていた!?点と点が繋がっていく。村長は一度、黄泉帰りをしていてそのタイミングが水害と合っている。と言うことは代償的なことだとして...その代償でいろはさんは、常夜にそしていろはさんを迎えに行こうとした孝之助は、村長と同じ事をしようと常夜流しを続けていた。「そして、仕舞いにはヒルコとの約束の縛りを設けてヒルコの力を手に入れたとたんに、騙されて...」約束の縛り...ヒルコの力っていうのは...そして、いろはさんがいたあの常夜...うぅーん......やっぱり、色々と繋がらない部分がある...「もっと調べなきゃ...」私は、久遠市の資料館に向かおうとタクシーを呼ぶため携帯を取り出し、画面をスクロールする。ん?...あれ?...携帯の中、どの履歴を見ても「白瀬 孝一」の名前がない!?アドレス帳を開くも...トーク履歴を見ても...えっ?...えっ?...なんで?......何が起きたのわからずに、焦る私は、白瀬孝一宅に向かうことにした。「確か、孝一さん宅は常夜湖の近くで...」近づくにつれて...私は目の前の現実に戸惑いを隠せなかった。「孝一さん宅が...」「ない...」タクシーを迂回してもらい孝一さんの職場に向かう...。「すいませ
――光。次の瞬間。「……っ……はっ……!」澪は、畳の上に倒れ込んでいた。見慣れた天井。見慣れた空気。――現世。「……帰って……きた……?」震える手で、自分の胸を押さえる。ちゃんと、鼓動がある。生きている。助かった。……助けられた。 「…っ……」涙が、溢れる。止まらない。「なんで……」ぽつりと、零れる。「なんで……私なの……」救われたのに。生きているのに。苦しい。どうしようもなく。苦しい。「……孝一さん.....」名前を呼ぶ。もう、届かないと分かっているのに。「…ばか……」笑おうとして、崩れる。「……ばかぁ……っ……」声にならない嗚咽が、静かな部屋に響く。私は、いろはさんとの約束を守れなかった。約束だったのかなんて、分からない。それでも――けど、私を守るために身を挺してくれた恩人の願いを...「――あなたが、救える」私はそれを叶える事が出来なかった。孝一さんがヒルコの手を取った瞬間...孝一さんの最後の言葉...「……ごめん」その一言が、何度も、何度も、何度も。頭の奥で反響する。やめて。やめてよ。 「……っ……違う……」 違う。 謝るのは―― 「……私、でしょ……」 指先が、畳を掻く。 爪が、擦れる。 じり、と嫌な音がする。 「……助けられたのは……私で……」 喉が、震える。 「置いていかれたのも……私で……」 ぽたり、と涙が落ちる。 「……選ばれなかったのも……私……」 その言葉を口にした瞬間。 ――胸の奥が、きしんだ。 「……違う」 小さく、呟く。 「……違う……違う違う違う……」 首を振る。 何度も、何度も。 「……あの人は……選ばされたんだ」 そうだ。 そうに決まってる。 だって―― あんな顔、していた。 「……ヒルコが……」 その名前を口にした瞬間、 部屋の空気が、わずかに、冷えた気がした。 「……あいつが……」 ぎし。 畳が、鳴る。 「……全部……奪った……」 呼吸が、浅くなる。 視界が、滲む。 けれど。 今までとは違う。 これは、 涙じゃない。 「……返して……」 ぽつり。
孝一が踏み出した。 「……どう、して……」 声が、震えていた。 澪は、その場に立ち尽くしたまま、動けなかった。 孝一の言葉が―― まだ、理解できない。 「……俺は……ヒルコを選ぶ」 その一言は、 あまりにも静かで、 あまりにも、残酷だった。 「……っ……なに、それ……」 笑おうとした。 冗談だと思いたかった。 でも―― 孝一の目は、真剣だった。 逃げていない。 迷っていない。 「……常夜にいくと言うの?…..」 やっと、言葉が出た。 「孝一さん......」 やっと、やっと―― 辿り着いたのに。 「……もう、わかったんだよ、澪」 優しい声だった。 それが、余計に残酷だった。 「俺は……この三年を、生きてきた」 ゆっくりと、 ヒルコを見る。 そこにいるのは、 かつていろはの姿をしていた存在。 偽物だったはずの存在。 それでも―― 「……こいつと、笑って」 「こいつと、喧嘩して」 「こいつと……生きてきた」 一つ一つ、 確かめるように言葉を置く。 「……それが、嘘だったとしても」 孝一は、静かに笑った。 「俺が愛した時間は、嘘じゃない」 ヒルコの目が、揺れる。 初めて―― 感情が、滲んだ。 「……俺は、お前を愛してた」 まっすぐに、告げる。 「それが“誰だったか”なんて……今更、関係ない」 澪の視界が、歪む。 何かが、壊れていく音がした。 「……じゃあ……私は……?」 かすれた声。 「私は……何のために……」 孝一は、少しだけ目を伏せた。 そして―― ヒルコに向き直る。 「ヒルコ」 その呼び方に、 ヒルコの肩がわずかに震えた。 「……一つ、提案がある」 静かな声。 だが――その奥には、 覚悟があった。 「……俺は、お前を選ぶ」 「だから――」 一瞬の間。 「……澪を、現世に返してくれ」 空気が、凍りつく。 澪が、息を呑んだ。 ヒルコは、無言のまま孝一を見つめる。 「お前を、花嫁として迎える」 はっきりと、言い切る。 「この常夜で――俺と結婚してくれ」 その言葉は、 呪いのようで、 祈りのようでもあった。 「……その代わりに」 「澪だけは……生かしてやってほしい」 沈黙。 長い、長い沈黙。 ヒルコの瞳の奥で、 何
「孝一さーん――!!」 声が、響いた。 その瞬間。 すべてが、止まる。 「……っ……!?」 振り向く。 水の向こう。 闇の奥。 そこに―― 立っていた。 「……澪……?」 信じられないものを見るように、呟く。 澪が。 そこにいた。 息を切らしながら。 必死な顔で。 手を、伸ばしていた。 「行っちゃ……ダメ……!」 その声が。 まっすぐに、届く。 「その答えは……違う……!」 涙が、水に溶ける。 「それじゃ……終わらない……!」 胸が、軋む。 「……っ……」 足が、止まる。 あと、一歩で。 “終わる”はずだったのに。 「孝一さん!!」 「逃げちゃダメっ!!」 澪が、叫ぶ。 「それは――」 言葉が、続こうとした瞬間。 ヒルコの笑みが、深く歪んだ。 「――おや」 「これはこれは……」 愉しげに、目を細める。 「“まだ”終わらせてくれないとは」 空気が、凍りつく。 「いいでしょう」 ゆっくりと、腕を広げる。 「ならば――」 「もう一幕、追加といきましょうか」 巨大な影が、蠢く。 闇が、膨れ上がる。 すべてを巻き込むように―― 「選択は、まだ終わっていないのですよ」 ヒルコが、囁く。 「さあ――」 「どうします?」 沈むか。 抗うか。 「孝一さん……聞いて……!」 澪の声が、震える。 それでも。 必死に、言葉を繋ぐ。 「いろはさんに会ってきたの!」 「……っ!?」 空気が、変わる。 「……いろはに……?」 信じられない。 だが。 澪の目は、逸れない。 「孝之助って人は――」 一瞬、息を呑む。 それでも、言い切る。 「ヒルコに、取り込まれた」 沈黙。 ヒルコの笑みが――消える。 「……今までのは……」 孝一の声が、揺れる。 その瞬間。 「黙れ」 低く。 底から這い上がる声。 「黙れッ!!小娘がァ!!」 空間が、軋む。 水が、逆巻く。 それでも―― 澪は、退かない。 「黙らない!!」 震えながら、叫ぶ。 「孝一さん!」 「あなたの罪悪感も!」 「責任も!!」 一歩、踏み出す。 「全部――」 ヒルコを、指差す。 「そいつが見せてる“記憶”よ!!」 「あなたじゃない!!」 空気が、裂ける。 ヒルコの目