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Novels by doradoraastray

安価で俺の人生変わった件について。

安価で俺の人生変わった件について。

三十歳の誕生日。童貞のまま、安いケーキを一人で食べながら、男は思った――このまま何も変わらず生きていくのだろうか。 冗談半分で立てたスレ【安価で俺の人生変えたい件について】。逃げないと宣言し、見知らぬ誰かが投げる選択肢に従う日々が始まる。 失敗しても受け止めてくれるスレの向こうの声は、次第に救いとなり、 一人の女性との出会いをきっかけに、男は気づかぬうちに「選ぶ側」から「選ばれる側」へ―― これは、安価に人生を委ねた末に飲み込まれていく、一人の男の記録である。 ※本作は前半が掲示板スレッド形式、後半が主人公視点で構成されています。
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Chapter: 十一月十五日 金曜日 服
 今日も目覚ましが鳴る前に、目が覚めた。 スマホの画面を確認すると、まだアラームまで十分以上ある。 二度寝するには中途半端な時間だ。 ここ数日、こんな朝が続いている。(……やっぱり、緊張してるんだろうな) 街コンが近づいている。 それだけの理由で、人はこんなにも変わるものなのかと思う。 体を起こし、リモコンに手を伸ばしてテレビをつける。 画面が明るくなり、朝の情報番組が始まった。 天気、交通、芸能ニュース。 どれも、いつもと同じ順番で流れていく。 変わらない日常が、きちんとそこにある。 ――だが、その流れは、昨日と同じように途中で変わった。『昨日お伝えした宗教団体を巡る事件ですが――』 思わず、背筋が伸びる。 画面には、建物の外観と、慌ただしく出入りする人々の映像。『教祖とみられる人物が、昨日に身柄を確保されました』 その一文を聞いた瞬間、胸の奥に溜まっていたものが、ふっと抜けた。 要するに――終わった、ということだ。『その後、体調不良を訴え、現在は病院に搬送されているとのことです』 キャスターは感情を交えず、淡々と続きを読み上げる。 詳しいことは、まだ分からない。 だが、少なくとも、これ以上大きな騒ぎになる可能性は低そうだった。(……これで一安心、か) 心の中で、そう呟いた。 俺に直接関係があるわけじゃない。 それでも、昨日から引っかかっていたものが、ようやく落ちた気がした。 世界は相変わらず物騒だ。 どこかで誰かが壊れ、誰かが傷ついている。 それでも――今日の俺は、昨日より少しだけ前を向けそうだった。 ◇   ◆   ◇ 作業着に着替え、家を出る。 自転車を漕ぎながら、自然と頭の中で今日の予定を整理する。 仕事。定
Last Updated: 2026-05-14
Chapter: 十一月十四日 木曜日 カレー
 目覚ましが鳴る前に、自然と目が覚めた。 カーテン越しの朝の光は、昨日よりも少しだけ強く感じる。 世界が、ほんのわずかに明るく見える。 それだけのことなのに、胸の奥がざわつく。 布団の中で、しばらく動けずにいた。 天井の染みを目でなぞりながら、くだらないことを考える。 髪の色を変えただけなのに、朝の空気が違って感じられる。 不思議なものだな、と、他人事のように思う。 体を起こし、キッチンへ向かう。 フライパンを火にかけ、卵を割ると、ジュウと油の弾く音が、やけに大きく響いた。 テレビをつけると、朝の情報番組が流れ始める。 天気予報、交通情報、芸能ニュース。 どれも、いつも通りだ。 アナウンサーの声も、スタジオの雰囲気も、昨日と変わらない。 変わらない日常が、画面の中にきちんと存在している。 ――その流れが、不意に途切れた。『先日起きた首相殺害事件について、新たな情報が入りました』 思わず、手が止まった。 画面には、見慣れたスタジオではなく、資料映像と重苦しいテロップ。 キャスターの声も、どこか抑えられている。『捜査関係者によりますと、事件の背景には、特定の宗教団体が関与していた可能性が――』 宗教団体という単語を聞いた瞬間、胸の奥がひやりとする。 フライパンの中で、卵が焼けすぎる音がしたので、慌てて火を止める。 ニュースでは、団体の名前や詳細には触れず、慎重な言葉が並んでいる。 それでも、画面から伝わってくるのは、ただの偶発事件ではないという空気だった。(物騒だな……) 正直な感想は、それだけだ。 俺の生活とは、あまりにもかけ離れている。 テレビの向こう側の出来事。 そう割り切ろうとするのに、宗教団体という言葉だけが、妙に引っかかる。 昨日まで、街コンだの、服装だの、カレーだのと、くだらないことで頭をいっぱ
Last Updated: 2026-05-13
Chapter: 十一月十三日 水曜日② 人参
 スマホの画面を見つめながら、俺は深く息を吐いた。 申し込み完了。 たったそれだけの言葉なのに、胸の奥にずしりと重く沈む。 画面越しの文字が、まるで現実そのものになって、こちらを押し返してくる感覚だった。 今週の土曜日に開催される街コン。 自分で選んだわけじゃない。安価で決まった。 掲示板の流れの中で、半ば冗談みたいに決まり、半ば勢いで背中を押されただけだ。 それでも――申し込みボタンを押したのは、他でもない俺自身だ。 スマホを伏せ、天井を見上げる。 見慣れた白い天井。染みも、ヒビも、何一つ変わっていない。 正直に言えば、まだ実感は薄い。 胸が苦しくなるほどの恐怖も、逃げ出したくなるほどの緊張も、今はない。 どこか他人事だ。 未来の自分が行く場所で、未来の自分が何とかする。 そんな、ワンクッション挟まった感覚。 けれど、分かっている。 逃げ場は、確実に減っている。 土曜日はやって来る。 気を紛らわすように、掲示板に戻り、服装の安価結果を確認した。 ◇   ◆   ◇ 175:名前:名無しの使い魔 清潔感あるシャツとジャケット ◇   ◆   ◇(……正直、助かった) 心の底から、そう思った。 銀髪にした時点で、俺はすでに十分すぎるほど目立つ存在だ。 ここで服装まで奇抜だったら、完全に事故だった。 ヴァンパイアだの、白スーツだの、あり得た未来を想像して、背筋が寒くなる。 清潔感。なんてありがたい言葉だろう。 派手じゃない。面白くもない。 でも、だからこそ、今の俺にはちょうどいい。 俺は、画面に向かって小さく頭を下げた。(ありがとう、名も知らぬ誰か) 本気でそう思った。 金曜の仕事終わりに、服を買いに行こう。 シャツとジャケット。
Last Updated: 2026-05-12
Chapter: 十一月十三日 水曜日① 反応
 目覚ましが鳴るより少し前に、目が覚めた。  意識が浮上した瞬間、胸の奥がざわついているのが分かる。 天井を見上げたまま、しばらく動けなかった。  昨夜、何度も鏡で確認したあの色が、まだ夢の続きみたいで、現実感が追いついてこない。 ゆっくりと体を起こし、洗面所へ向かう。  スイッチを入れると、白い光が狭い空間を満たし鏡を見る。 ――銀だ。 昨日と同じ。当たり前のはずなのに、その事実に小さく安堵している自分がいる。(逃げていない。ちゃんと、向き合った) 水で顔を洗うと冷たい感触に、少しだけ現実に引き戻される。  顔を拭きながら、心臓の鼓動が耳に残る。  いつもより、少しだけ早い。 今日は、出勤日だ。 職場で、どう見られるだろう。笑われるかもしれない。引かれるかもしれない。 そう考えるだけで、胃の奥がきゅっと縮む。 それでも、もう戻れない。黒に戻す選択肢は、頭のどこにもなかった。 銀色は、もう俺の一部だ。 ◇   ◆   ◇ 作業着に着替え、アパートを出る。自転車に跨り、ペダルを踏む。 朝の空気が、頬を刺す。  ヘルメットを被った瞬間、内側で髪が擦れる感触があった。(いつもと、違う) それだけで、また心拍数が上がる。 工場のシャッターが見えた瞬間、心臓が一段、強く跳ねた。(行くしかないだろ。もう、ここまで来たんだ) 自分に言い聞かせるように、足を止めずに進む。 事務所に入り、タイムカードを押す。  カチリという音が、やけに大きく感じた。  その直後、聞き慣れた声がした。「あら――」 経理のおばちゃんの声が、途中で止まった。  視線が、俺の顔――正確には髪に吸い寄せられるのが分かった。  一瞬の沈黙。「……え? 誰かと思ったら」 次の瞬間、目を細めて笑う。「けいちゃんじゃない
Last Updated: 2026-05-11
Chapter: 十一月十二日 火曜日 銀色
 スマホの画面に表示された時刻を、何度目か分からないほど確認する。 指でスワイプしても、時間が進むわけじゃないのに、無意味な動作を繰り返してしまう。(まだ、早い) 分かっている。分かっているのに、胸の奥が落ち着かない。 朝一の予約。 俺は必要以上に早く家を出て、恵比寿駅から歩いて数分の場所にある美容院の前に立っていた。 途中で何度も立ち止まり、引き返そうかと考えた。 それでも、足はここまで来てしまった。 ガラス張りの外観。コンクリート打ちっぱなしの壁。控えめなのに、やけに洗練された看板。 中がうっすらと見えていて、白と木目を基調にした空間が、朝の光を柔らかく反射している。 外にいる俺とは、明らかに空気の質が違った。(……場違いだ) それが、最初に浮かんだ感想だった。 ここは、本当に俺なんかが入っていい場所なのか。 三十歳の溶接工。 黒髪で、床屋でしか髪を切ったことがない男。 昨日まで、髪を染めるなんて発想すらなかった。 そんな俺が、銀色に染めるために来る場所じゃない。 店の前で立ち止まったまま、逃げ道を探すように視線をさまよわせる。 通り過ぎていく人たちは、皆、当たり前のようにこの街に溶け込んでいる。 その中に、俺はいない。 今からでも、帰れる。予約をすっぽかして、スマホの電源を切ってしまえばいい。 スレには、何か適当な言い訳を書けばいい。 やっぱり無理でした。勇気が出ませんでした。 そう書けば、それで終わる。 銀。 昨夜、画面に表示されたあの一文字が、頭の奥に残って離れない。(逃げないと、決めたばかりだろ。たった一日も経っていないのに) 俺は深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。 肺の奥に溜まっていた何かを、無理やり外に出すように。 ガラス越しに見える店内に、人の動きがある。 そして――扉が、開いた。
Last Updated: 2026-05-10
Chapter: 十一月十一日 月曜日② 安価
 スマホの画面を見つめたまま、俺はしばらく指を動かせずにいた。 送信したばかりのスレッドタイトルが、やけに主張してくる。 【安価で俺の人生変えたい件について】 勢いで立てたとはいえ、冷静になって眺めると、あまりにも無防備だ。  人生、なんて大げさな言葉を使っておいて、中身は何もない。  それなのに、もう取り消せないところまで来てしまった。 ワンルームの部屋は静かだった。  冷蔵庫の低い唸り声と、換気扇の回りきらない音だけが、やけに現実を主張している。  さっきまで気にならなかったはずの沈黙が、今は妙に重たい。 まずは自己紹介だろうと思って、俺はスマホのキーボードを叩き始める。  年齢。見た目。職業。趣味。  淡々と、事実だけを並べていく。 文字にして並べてみると、ひどく簡素で、ひどく貧相だ。  誇れる要素も、笑いに変えられる武器もない。  人生のステータス画面があるとしたら、すべてが初期値のまま、三十年放置されている感じがする。 それでも、送信する。 画面に自分の書き込みが反映された瞬間、心臓が一度だけ、どくりと鳴った。  別に誰かに殴られたわけでもないのに、胸の奥が妙に痛む。 反応は、すぐには来なかった。 俺は缶ビールを手に取り、残りを一気に飲み干す。  アルコールが喉を焼く感覚はあるのに、味はあまり感じなかった。  苦さも、さっきほどではない。 誰も来なかったらどうしよう。  スルーされたら、やっぱりやめよう。 そんな弱気な考えが浮かぶたびに、更新ボタンを押す。  理由もなく、何度も。 そして、数回目の更新で、画面に新しい文字が表示された。 胸が、わずかに跳ねる。 来た。 俺は短くレスを書き込む。 本気。 たった二文字。  それだけなのに、指先に変な力が入った。(本気だ。逃げない。今度こそ) 何をすればい
Last Updated: 2026-05-09
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