LOGIN三十歳の誕生日。童貞のまま、安いケーキを一人で食べながら、男は思った――このまま何も変わらず生きていくのだろうか。 冗談半分で立てたスレ【安価で俺の人生変えたい件について】。逃げないと宣言し、見知らぬ誰かが投げる選択肢に従う日々が始まる。 失敗しても受け止めてくれるスレの向こうの声は、次第に救いとなり、 一人の女性との出会いをきっかけに、男は気づかぬうちに「選ぶ側」から「選ばれる側」へ―― これは、安価に人生を委ねた末に飲み込まれていく、一人の男の記録である。 ※本作は前半が掲示板スレッド形式、後半が主人公視点で構成されています。
View More【安価で俺の人生変えたい件について】
1:名前:30歳の魔法使い
タイトル通り 今日30歳の誕生日を迎えた魔法使いです このままじゃ一生何も変わらん気がしたとりあえず安価で人生立て直す
逃げない
2:名前:30歳の魔法使い
俺のスペック30歳
男 黒髪 身長175cm 体重70kg 中肉中背 彼女いない歴=年齢 鉄工所勤務の溶接工 一人暮らし、両親生存 運転免許はあるが車なし 趣味はアニメとゲームと映画観賞くらい 金はない←重要3:名前:名無しの使い魔
魔法使いで草4:名前:名無しの使い魔
30歳童貞で魔法使いってネタ、まだあるんだ?5:名前:30歳の魔法使い
笑ってくれていい でも俺は本気だ6:名前:名無しの使い魔
俺たち使い魔で草 で、最初の命令は?7:名前:30歳の魔法使い
いや命令とかじゃなくて相談な 普通に今後の生き方の話8:名前:名無しの使い魔
相談でも可 我らは指示を待つのみ9:名前:30歳の魔法使い
ありがとう、おまいら まず何すればいい?>>15
10:名前:名無しの使い魔
こんなやつが最近多発してる変な事件起こすんやろ11:名前:名無しの使い魔
どうせ「外出ろ」とかだろ12:名前:名無しの使い魔
風呂入れは、殿堂入り13:名前:名無しの使い魔
30年物は手強いぞ14:名前:名無しの使い魔
そろそろ真面目なの来るだろ15:名前:名無しの使い魔
美容院行け 床屋じゃなくてな16:名前:名無しの使い魔
いきなりまともで草17:名前:名無しの使い魔
床屋卒業は第一歩18:名前:名無しの使い魔
美容院、童貞にはハードル高いぞ19:名前:名無しの使い魔
女美容師に触れられたら昇天しそう20:名前:30歳の魔法使い
>>15 了解 今まで近所の散髪屋しか行ったことないわ21:名前:30歳の魔法使い
美容院って予約いる? 何て言えばいいんだ22:名前:名無しの使い魔
「お任せで」って言え 相手もプロだ 抵抗しなければ大丈夫だ23:名前:名無しの使い魔
30年分まとめて整えてもらえ24:名前:名無しの使い魔
切る髪残ってるか?25:名前:名無しの使い魔
人生も一緒に切ってもらえ26:名前:30歳の魔法使い
草 でも行くわ 明日仕事休みだから予約してみる 今ネットで調べてるけど、評判よさそうなとこ、いくつかピックアップするわ27:名前:名無しの使い魔
どうせなら髪色も変えろ 安価で決めようぜ28:名前:30歳の魔法使い
あー来た 正直こういう流れ期待してた29:名前:30歳の魔法使い
じゃあ次 髪色>>35
30:名前:名無しの使い魔
無難に黒でいいだろ 変に目立つと詰むぞ31:名前:名無しの使い魔
いや、せっかくだし茶色くらいにはしとけ 社会的にはその辺が限界32:名前:名無しの使い魔
どうせなら白 もう戻る気ないだろ33:名前:名無しの使い魔
白はやりすぎ でも中途半端は一番ダサい34:名前:名無しの使い魔
もういっそ虹でいいだろ 魔法使いなんだから35:名前:名無しの使い魔
銀。1:名無しの住人今年のクリスマスはとんでもなかったな正直、まだ頭が追いついてない2:名無しの住人マジでそれニュース見ても現実感ない3:名無しの住人お前ら無事か?生きてるなら返事しろ4:名無しの住人ノ5:名無しの住人ノ今のところ無事6:名無しの住人ノ家の近くで爆音した時は終わったと思った7:名無しの住人ノ正直まだ夢に見て震えて起きる8:名無しの住人例の宗教団体、やっぱりやらかしたな日本各地で同時多発って頭おかしいだろ9:名無しの住人まさかクリスマスになった瞬間とはな……10:名無しの住人首謀者も宗教の本部ごと爆発で逝ったってなトップも幹部も一気に消えたとか11:名無しの住人警察発表見る限り、これで終わりって思っていいんかな残党も上が消えたらもう何もできんやろ12:名無しの住人終わっていない。13:名無しの住人>>12 なにが?なんか知ってんの?14:名無しの住人正直、あそこまで覚悟決まってるとは思わなかった周り巻き込んで消えるとは15:名無しの住人被害出たのは本当に胸糞だけど二次被害が最小限で済んだのは奇跡的じゃね?16:名無しの住人ギリギリで止まった感じあるよなあれ、もう一歩ズレてたらと思うと……17:名無しの住人まだ目覚めていない。18:名無しの住人>>17 やめろよそういうの不謹慎やろ19:名無しの住人これからの日本、どうなるんだろうな正直、不安しかない20:名無しの住人
クリスマスイブが、やってきた。 ほんの少し前から、街は朝の空気からして違っていた。浮き足立つ、という言葉がこれほど似合う日もないだろう。 赤と緑の装飾、スピーカーから流れる、どこか軽薄な鈴の音。意味もなく弾んだ人々の声。 何年も前から繰り返されてきた、ただの年中行事だ。俺自身、これまで幾度となく、その光景の中を通り過ぎてきたはずだった。 それなのに――今日は、同じ景色に見えなかった。 色が違うわけでも、音が変わったわけでもなく、変わったのは、俺のほうだ。 俺はもう、あの喧騒の世界の内側にはいない。ガラス越しに眺めるように、どこか遠くから、それを見ている。 そんな感覚を抱えたまま、俺はこの数日、終円会と外の世界を行き来し続けていた。 クリスマスイベントの最終準備。 告知用の動画撮影、外部で活躍する仲間への激励、講演の段取りなど、詰めるべき細部は尽きることがなく、時間はいくらあっても足りなかった。 その合間、合間に――俺は、求められるまま、皆の元へ向かい、愛を注ぐ。触れ、抱き、言葉を与え、恐れを受け止め、終わりを肯定する。 それは俺がこの世界にいた理由を、何度も確かめるための行為。 疲労は確かにあったが、不思議と苦ではなかった。 むしろ――胸の奥が、ずっと満たされ続けている。『啓人さま……』 名前を呼ばれるたび、俺は応じる。誰かに必要とされているという実感が、何よりも心地よかった。 最近では、目に見える変化も増えてきた。 鏡に映る、銀色の髪。それはもう、俺だけの象徴ではなくなっている。 外の世界でも、同じ色に染めた者たちが増えていると聞いた。 理由を尋ねたことはないが、わかっている。 彼らは、俺を選んだのだ。 ……昔なら、考えられなかった。 誰かの指針になることも、誰かの生き方に影響を与えることも。 俺は、ずっと、その他大勢の一人だったはずなのに。
車の揺れは穏やかで、 エンジン音が一定のリズムを刻み、まるで子守歌のように耳の奥で反響している。シートに深く身を預けると、身体の奥に溜まっていた力が、ゆっくりと溶けていくのがわかった。 窓の外を流れる景色は、見慣れたはずの街並みだった。けれど、どこか遠い。 ガラス一枚隔てているだけなのに、まるで別の世界を眺めているような感覚があった。 俺はもう、あの世界の住人ではないと、自然に理解してしまっている自分がいる。 隣には灯が座っている。背筋を伸ばし、静かに前を向く横顔。いつもと変わらない、静かで落ち着いた佇まい。 俺がここにいることを、疑いもなく肯定してくれている。 それが、たまらなく心地よかった。「……なあ、灯」「はい、啓人さま」 俺が声をかけると、即座に返事が返ってきた。 わずかな間もなく、それだけで、胸の奥がすっと落ち着く。「途中で降りたいんだ。映画館まで……灯と一緒に歩いて行きたい」 灯は一瞬だけ俺の顔を見て、それから小さく頷いた。「わかりました。では、そのように」 理由は聞かれなかった。否定もせず、ただ、俺の望みを、そうするものとして受け入れてくれる。 灯が運転席に軽く合図を送ると、車はほどなく減速し、路肩へと滑り込むように停まった。ドアが開き、外の空気が一気に流れ込んでくる。 十二月の空気が、肺の奥まで一気に入り込み、頭の芯をきゅっと締めた。 けれど、不快ではなく、むしろ、心地いい。 ――まだ、生きている。そう実感できる冷たさだった。「歩きましょうか」「ああ」 俺が答えると、灯は一歩近づき、何のためらいもなく俺の腕に絡めてきた。 あまりにも自然な動作で、拒否する理由なんてどこにも浮かばない。 腕越しに伝わる体温。その重みと柔らかさが、ここにいる実感を、さらにはっきりと刻みつけてくる。「懐かしいな……」 歩き出してす
皆に愛を注ぎ終え、深い水底から浮かび上がるように意識が戻ってきた頃、扉の向こうで控えめな気配が揺れた。「啓人さま。お目覚めでしょうか」 聞き慣れた灯の声だ。 俺はゆっくりと目を開け、天井を見上げる。 体は重いが、不快ではない。むしろ、必要なものをすべて使い切ったあとの、心地よい倦怠感が残っている。「……ああ」 短く返事をすると、扉が静かに開いた。「今日は、お願いがございます」 その声はいつもと変わらない。柔らかく、落ち着いていて、こちらの思考を急かさない声。「お願い?」「はい。今日は――『ネクロマンサー建国記』の解説上映をお願いしたいのです」 一瞬、その言葉を頭の中で転がす。 解説上映。いわゆる、映画を観た観客に対して、作品の背景や意図を語るあれだ。(俺が制作に関わった映画じゃないが……いいのだろうか) そんな疑問が浮かぶが、それは断る理由にはならなかった。「……俺でいいのか?」「はい。啓人さまにしかできません」 そう断言されると、不思議と迷いは消えた。 ここでは、それが当たり前だった。 ここへ来て、しばらく経つ。 本部へ行き、講演をするか、この離れで愛を注ぐかの往復の日々。 時間の感覚は相変わらず曖昧だ。「外に出るのか」「はい。上映会場は、私たちが一緒に観た映画館です」「……そうか」 短く答えながら、俺は天井を見つめた。 いつ以来だろう。外の世界を、はっきりと意識をするのは。 灯は一歩近づき、俺の手のひらに何かを乗せた。「これを、どうぞ」 それは――スマホだった。 いつの間にか無くなっていた俺のスマホ。だがどこか、俺のものではないように思えた。「何かあった時のために、渡しておきま
「……啓人さん。啓人さん」 誰かに、名前を呼ばれていた。最初は、夢の続きだと思った。 意識の底で、柔らかい声だけが反響している。 ゆっくりと瞼を開けると、視界に入ったのは、こちらを覗き込み、穏やかに微笑んでいる灯さんの顔だった。「おはようございます」 その一言で、ようやく現実に引き戻される。「……おはよう、ございます……」 声が、掠れていた。喉が渇いている。身体が重い。 それなのに、不快
目を覚ましたとき、最初に感じたのは――体の奥に残る、妙な熱だった。 それは寝汗のせいとも、布団の温もりとも違う。 もっと内側、骨の奥にまで染み込んだような感覚。 意識がはっきりしてくるにつれ、昨夜のことが、断片的に思い出されていく。 夕食のあと、灯さんに導かれるようにシャワーへ向かい、そこで終わるはずだった時間が、そのまま終わらなかったこと。 言葉を交わすたびに距離が縮まり、気づけば何度も――確かめ合うように、同じ時間を繰り返し、そのまま眠りに落ちた。 隣を見ると灯さんが、少し乱れたまま、静かな寝息を立
朝、目が覚めた瞬間、胸の奥が落ち着かなかった。 まだカーテンの隙間から差し込む光は弱く、部屋は薄暗い。 時計を見ると、まだ六時前だった。 普段の休日なら、もう少し寝ている時間だが、今日は違う。(……今日だ) 胸の奥で、ゆっくりと心臓が強く鳴る。 照宮さんとのデートの日。 昨日、何度も頭の中でシミュレーションした。 服装も決めたし、映画のチケットも、ホテルディナーも部屋の予約も済ませてある。 それなのに――なぜか落ち着かない。
朝、工場の門をくぐった瞬間、空気の重さを感じた。 冬の朝特有の冷たい空気とは、また違う。 どこか張りつめたような、言葉にしにくい重さが、敷地全体に漂っている。 自転車を駐輪場に止めながら、俺は小さく息を吐いた。(……やっぱり、そうだよな) 昨日の通夜。会社の人間の家族が巻き込まれたとなれば、当然こうなる。 いつもならこの時間、工場はそれなりに賑やかだ。 作業服姿の男たちが現場に向かいながら雑談をして、誰かがくだらない冗談を言って、それに誰かが突っ込む。