Chapter: 第46話 郭貴妃の策略男児を身籠った私だが、劉妃はチョーに関して私をなじった。心身ともに不安定となり、懐妊してしばらくしてから、流産してしまった。悔しさのあまり、劉妃を憎んだ。恨みに思い、いつか復讐してやろうと考えた。それでも、その方法や計画が頭に描けず、宙ぶらりんになった。一方で不穏な動きが進行していた。劉妃と郭貴妃は従姉妹の関係である。その立場を悪用した。何度皇帝と寝ても男児を授からない郭貴妃は、焦っていた。彼女は悩んだ末に、町で生まれた男児を士良と劉妃の間に生まれた男児と取り替えようと画策した。郭貴妃は親しい召使に命じて町にやり、作戦を実行した。召使は町医者のベッドで寝かされていた劉妃の赤ん坊を、別のカップルが生んだ別の男の赤ん坊と見事に取り替えた。医者も常に監視しているわけではなく、気づかなかった。召使は毛布で男児をくるみ、王宮に持ち帰った。劉妃には何も知らせず、劉妃はよその子を我が子と信じて育てているという。その話は召使の間で極秘事項として囁かれ、私の耳にも届いた。皇帝との間に子どもができない郭貴妃の考えそうな悪だくみだ。強引に奪った劉妃の男児を皇帝との夜伽で授かった子どもだ、と王宮内で言いふらした。「その子こそ、新しい正統な世継ぎよ」愚かな郭貴妃はそんな風に主張し、その主張を譲らなかった。「何と、まあ! 本当に劉妃の子なの?」私は最初から信用してなかった。自分が皇帝の男児を流産してしまったやっかみではない。郭貴妃の顔を見れば、とうてい真実を語っているようには見受けられなかった。「本人は、私のときみたいに有頂天ではしゃいでいるけれど、女官から聞いた話では、懐妊のタイミングと子どもが授かった日にちがどうもズレているらしいのよね」女官と話をし、その部分だけ声をひそめた。表面上は祝福しながら、本音は郭貴妃の「狂言」に騙されぬよう、気を引き締めた。もしも、男児は別の人の子どもで、根拠のないのに「皇子、皇子」と騒いでいるのなら、きっとどこかでボロが出て追及されるだろう。私は冷静に事態を見守った。郭貴妃はその男児を「竜光皇子」と名づけた。一部では、皇子の存在を疑問視する声も上がり、郭妃はむきになって声高に「正式な世継ぎ」と連呼した。王宮の外に劉妃。王宮の中に郭貴妃。天敵とライバルが二人もいた。先が思いやられた。二人の悪い女に
Last Updated: 2026-08-06
Chapter: 第45話 想像妊娠の女、懐妊の女町で近衛兵の双子の弟士良。士良と劉妃は結婚した。同時に子どもを授かった。一方で、召使というパートナーを失った劉妃は、皇帝の愛を受けつつ、おかしなことになった。郭貴妃は、「皇帝の子を身籠ったわ」と周囲に漏らしたらしい。私も聞いた。しかし、日にちが過ぎてもいっこうにお腹周りが大きくなる気配が見られない。女官の勧めで、ちゃんと侍医の診察を受けた。「これは妊娠ではありませんね」侍医ははっきりとそんな風に断言したという。郭貴妃のケースは、月経周期の狂ったいわゆる「想像妊娠」だったのだ。妊娠したときと似たような症状、すなわち月経がストップする。つわりや食欲不振、胸の張り具合、腹部のふくらみなどがある。そうした症状は、侍医の診断を境にしだいに収まった。二週間後には完全に消滅した。郭貴妃はずいぶんと不機嫌になり、周囲に当たり散らした。一方の私はと言うと、心身ともに健やかで周囲の人間関係もとくにおかしくはならなかった。そんなある日、私は皇帝と一夜を共にし、その後に月経が止まった。これは、と思った。「妊娠以外でも、月経はとまるのよね。ストレスとか、急激な体重変化とか。でも、今回の私のケースには、そういうのはなさそう。もしかしたら、もしかするかも」期待がふくらんだ。そんな風に思い、侍医の診察を受けた。侍医は私の体の変化を見て、笑顔で告げた。「梅皇貴妃。おめでとうございます、妊娠ですよ」老いた医師の口調に喜びの色が混じっていた。「ほ、本当ですか」「ええ。間違いありません。これはおめでたです」診察台からゆっくり体を起こし、私は侍医の手を握った。「ありがとうございます。いい子を産みます」その時点で男児なのか女児なのかは不明だった。それでも、皇帝の精子と私の卵が正常に結合し、子どもを宿した。その揺るぎない事実は、おおいに私を勇気づけた。私は診察室を出ると、両手を上に突き上げた。「やったわ! とうとう皇帝の子を産めるのよ。こうなるのをどれほど待ったか。この私に産む権利があるのね」まだ見ぬ我が子を前に、お腹をいたわり、優しく、愛おしく撫でた。もし、男児ならば、待望の世継ぎになれる。期待はさらにふくらみ、大喜びだった。それから数週間──。食欲は増進し、酸っぱいものを好むようになった。周囲にも皇帝の子が授かったと打ち明け、私と会う人、
Last Updated: 2026-08-05
Chapter: 第44話 世継ぎがほしい町で士良と出会ってからほどなくして、士良は劉妃と結婚した。その事実を近衛兵から聞いた。「え! そうなの?」私は劉妃が懐妊している事実も知り、ひどく驚いた。劉妃は士良との間に子を身籠ったのか。結婚よりも子宝を授かった方に目を丸くした。ある意味、「できちゃった婚」なのではないか。王宮内は平和だった。それがいつまで続くのか、内心不安に思うときもあった。皇帝と皇后の間に白虎王子が生まれて久しい。皇子もすでに十二歳である。皇帝と私、皇帝と郭貴妃。それぞれにおいて、子どもは生まれていない。白虎王子が普通の皇子ならば、周囲も次期皇帝の正式な後継者として、だれもが認めるだろう。だが、そうではなかった。白虎王子は愚鈍で粗野だった。けっして私だけの感想ではない。他の者も、事あるごとに、「白虎王子ねぇ。本当にあのお方が皇帝に即位されるの? 果たして、大きな国の主君が務まるのかしら。疑問だわ」と陰口をたたく始末だった。皇后はその後、子宝を授かる気配がない。そうならば、と私や郭貴妃らが皇帝との間に次の世継ぎを産もうとするのは、当然の成り行きと言えた。私も頑張ったし、郭貴妃も同様だった。私は子どもができるまで気長に待つつもりで構えていた。郭貴妃は違った。数少ない皇帝との|夜伽《よとぎ》なのに子どもができないのをひどく気にし、彼女は明らかに焦っていた。先日も郭貴妃の会話を立ち聞きした。彼女の声のする部屋に面した廊下で、偶然にも彼女と女官が話す場面に遭遇した。「どうしよう。いまだに皇帝のお子ができないのよ」「焦りは禁物ですよ。でも、困りますよね。皇后は白虎王子をお産みになって以来、第二子はおできになりません。梅皇貴妃も然り。郭貴妃様も含め、みんなにチャンスはあるのでしょうが」「何かいい方法があれば、教えてよ」郭妃の声は切羽詰まっていた。自らの今後も左右するだけあって、切実な問題である。仮に男児誕生となれば、白虎王子に次ぐ快挙である。賢明なお子の場合、白虎王子をさしおいて次の皇帝になる可能性は高い。だから、王宮内で最高峰の権力者に登り詰める道を歩める。次期皇帝の母として、王宮を意のままに動かせる実権を握られるのだ。女官はしばらく考え、こんな風に助言した。「仮に男児を産みたいのであれば、|求子《もとめご》の良日をお選びになるのがよろしいかと。月
Last Updated: 2026-08-04
Chapter: 第43話 心乱れて上の空で崙伖の話に耳を傾けた。頭の混乱した状態で店を出て、崙伖と別れた。近衛兵は茶楼の外にいた。命令を守り、まだ私の三歩あとを歩く。忠実な犬だ。とにかく士良の顔を見たくない。人混みをかき分けるようにして、町を出た。王宮のすぐ近くの橋で、近衛兵は私に追いついた。そうか、と閃いた。「あなた、趙士良を知ってる?」「ええ。よく知っております。互いに賀を守る兵士ですから。多少の階級差はあれど」「士良には双子の兄がいるのね」「はい。同じ近衛兵でしたから、兄の方をよく知ってます。趙岳亮。なかなかの剣の腕前でした」そうならそうと、もっと早く教えてほしかったわ。心の中でそう思う私だった。それとも、私がチョーと不倫して、駆け落ち同然に王宮を追われた事実を遠回しに避ける配慮だったのか。私よりもその双子をよく知るのなら、この近衛兵を利用してみよう。詳しく訊ねたくなった。「ねぇ。士良の婚約相手って、どんな人から知ってる?」「会ったことはありませんが、美しい夫人だそうです。以前馬奈の城にいて、芙楽の側室だったとか」「えっ! そうなの? それ、本当?」「はい。士良の口から聞きました。たしか、劉皇貴妃とかいう名前でしたね」「劉皇貴妃!」口から汚物を戻しそうになった。よりによって、あの憎々しい妃が、士良の婚約者。私に対して、生意気で要注意人物だと堂々と断言し、不吉や災いが降りかかれとまで罵った女──。そんな女を士良が|娶《めと》るのか。芙楽が鬼籍に入ったからと言って、馬奈から逃れ、敵国の一兵卒とくっつくなんて。なんと見境のない女だろう。自分の過去を棚上げし、大胆で変わり身の早い劉妃の行動に、驚いた。ひたすら呆れるしかなかった。「梅皇貴妃。梅妃様」近衛兵がやや大きい声で呼びかけた。「趙士良が気になられましたか? そういや、梅妃様は、かつて趙岳亮と恋愛関係にありましたよね」「もう、いいの。やめて。彼と別れたのよ。士良にもとくに興味はないわ。ただ、さっき士良と偶然出会っただけなのよ」「ほう。士良と会いましたか。彼も兵役が終わり、都に戻って来る頃だと思ってましたが」「士良は、いつ劉妃と|懇《ねんご》ろになったの? 五年間兵役で地方にいたんでしょ?」「言われればそうですね。詳しくは存じません。都会に戻り、たまたま町に居合わせた劉妃と恋に落
Last Updated: 2026-08-03
Chapter: 第42話 もう一人のチョー意外な人物とすれ違ったのは、崙伖と町を歩いているときだった。私は目を疑った。まさか──。その人物とは、だれあろうチョーこと趙岳亮。「石像になったはずなのに、生きていたのね」心の中で呟いた。「どうしました? 梅妃、様子が変ですよ」崙伖は首をかしげた。「いえ。だいじょうぶなの。本当になんでもないのよ」否定する言葉とは裏腹に、額に脂汗が浮いてきた。心に|漣《さざなみ》が立った。しだいに心臓が早く脈打ち、動悸が止まらない。「ちょっと休みましょうか」崙伖が提案し、それに従った。二人は茶楼に入った。店に入ると混雑していた。二人は階段を上り、二階の空いている席に腰かけた。周囲の客は、茶を飲みながら楽しそうに会話に夢中になっている。私はチョーが生きていて、「私を平気で裏切ったあなたには、最高の罰で償ってもらいますから」と、なんだかひどい仕返しをするのでは。そんな風に考え、気が気でなかった。そんな事情など知らない崙伖は朗々と文学の話を始めた。「梅皇貴妃。今、賀の文壇は百花繚乱です。新旧の小説家がこぞって新作を発表してます。アマチュア作家はプロに混じって、有力都市で催される書市に出かけ、書物や自分がしたためた文芸作品を自由に売買します。私もね。何回か書市で自分の作品を売りましたよ。賑やかで、それはもう楽しいですよ」「そうですか。文学の仕事、頑張っておられるのね」「はい。私はね。プロの小説家として、これから前代未聞の傑作を書きますよ。そして、それを公開します。その作品は──」彼は自身の仕事について、冗長に話した。彼と会ったことや彼の話以前に、気晴らしに町へ出たのが、もっと恐ろしい結果への発端になりやしないかと危惧し出した。考えれば考えるほど、心の闇はぽっかり開いた穴を広げ、私を穴の中へ引きずり込む気がした。これでは、崙度と会った意味がない。「私、ちょっとお手洗いに」席を立ち、便所に向かった。女性用のトイレには少し行列ができていた。列に並んだ。順番を待っていたところへ、鉢合わせが起きた。「あ、チョー!」そう叫んで右手で相手を指さし、左手で口を押えた。隣の男性トイレから出て来た男は、先ほどの男だった。「え? 私はあなたとは初対面ですよ」指さされた男は困惑気味だ。チョーと瓜二つなのは間違いない。「ウソよ。一緒に途中まで旅
Last Updated: 2026-07-31
Chapter: 第41話 悪夢と気晴らし賀の王宮の攻撃で相手の反撃に遭い、芙楽は死んだ。しばらくして、第二夫人の座に返り咲いた。春になり、和やかな曲宴が催された。その晩、久方ぶりに皇帝に抱かれた。着物姿の男の夢を見たのは、翌日の晩だった。夢枕に立った男は顔を下に向け、こう言った。「私を平気で裏切ったあなたには、最高の罰で償ってもらいますから」恨めしそうな口調にゾッとした。「あなた、だれなの?」夢の中の私は男に訊ねた。男は突っ立ったまま、黙って下を向き続けている。「顔くらい見せなさいよ」強く言った。すると、相手はパッと顔を上げた。ギャー!私は相手の顔を指した。男の顔は真っ白で、目も鼻も口もない。いわゆる、のっぺらぼう。顔のない男は、私に近づいた。金縛りに遭い、体が動かない。尻もちをついた。男が覆いかぶさる。馬乗りになり、太い手で私の首を絞め上げる。「やめてぇ。く、く、苦しい」そこでハッと目覚めた。天蓋付きのベッドで上半身を起こした、外はまだ暗い。寝ぼけまなこで周囲を見渡し、フーとため息をついた。ずいぶんひどい夢を見たもんだ。それにしても、あの台詞──私を平気で裏切ったあななには、最高の罰で償ってもらいますから──を他人の口から初めて聞いた。その台詞は、かつて私が夫似の召使の奸計にはまり、投獄されたときに、ふっと頭をよぎったものだ。ニワトリを隼にやれという唆し事件の前までは、私の身の周りの雑務をこなし、よく働くまじめな召使だった。唆しからクーデターまでの一連の出来事は明らかに私への裏切りだった。結果的にクーデターは失敗し、首謀者の召使は十字架にはりつけにされ、自害した。自害後は台にくくられて馬に引かれ、町民の晒し者という罰を受けた。その扱いは充分であり、気分はスッとした。その思いが、今度は自分に向けられていると言うのか?たしかに、石像になった元カレのチョーを見殺しにしてしまった。悪いとは思ったが、行きがかり上、しょうがなかった。第三夫人として愛してくれた馬奈の王芙楽は死亡したのに、私はまだ生きたくてウソを重ねた。皇帝側に寝返った。芙楽と共に自害するとか、捕虜となって投獄されるなんて、まっぴらだ。そんな態度が裏切ったと見なされ、最高の罰を受けよという暗示だったのか。のっぺらぼうの正体は?最高の罰って、何だろう?じつに不気味な夢だ
Last Updated: 2026-07-30