LOGIN「君との婚約を破棄する! 私は真実の愛を見つけたのだ!」 建国記念祭の夜、王太子から突然の不当解雇(婚約破棄)を言い渡された「氷の令嬢」こと、公爵令嬢エルゼ・フォン・ブラウベルト 「左様ですか。では、過去10年分の融資金、金貨1億5800万枚を即時一括で返済していただきますね」 エルゼはただの冷たい令嬢ではない。持ち前の計算能力とビジネス手腕で、王国のインフラと財政を裏から一人で支えていた超・合理主義な「有能経営者」だったのだ! 対価を払わない無能な王太子と自称聖女から、文字通り身ぐるみ(特注品のドレスと靴)を剥がし、インフラを完全停止させたエルゼは、さっさと見切りをつけて超大国・アウグスト帝国へと「転職」する。
View More白亜の豪華魔導客船『アウグスト・グロリアス号』が、紺碧の海を切り裂き、アウグスト帝国の帝都ガルデアの専用港へと滑り込んだ。 他国の一大商業国家をわずか数日で完全買収(M&A)するという、大陸の歴史を塗り替える偉業を成し遂げた帰還である。しかし、港に詰めかけた文武百官や侍女たちの間に、勝利を祝う歓声はなかった。あるのは、張り詰めたような緊張感と、慌ただしく行き交う治癒士(メディカル・エグゼクティブ)たちの足音だけである。「お、お嬢様……っ! このセバス、お嬢様が船内でシステムダウン(昏倒)されたと聞き及び、心臓が停止するかと思いましたぞ……っ!」 帝城の奥深く、花嫁衣装の身支度を整えたあの思い出の最高級寝室。 ベッドの傍らで涙をボロボロと流すセバスを筆頭に、本国の財務省本局の若手官僚たちも一様に青ざめ、手元のマニュアルを握りしめてエルゼの無事を祈っている。 当の本本人であるエルゼ——『エルゼ・フォン・アウグスト』は、シルクの寝具に身を包み、背中にいくつものクッションを当てがわれた状態で、ひどく不満げに眉をひそめていた。「セバス、過剰な労い(アナウンス)は不要です。私は先ほど申し上げた通り、一時的な過労によるマイナートラブル、あるいは自律神経の一次的なバグだと推測しています。体調(コンディション)はすでに七割方復旧(リカバリー)しておりますので、今すぐ旧ゼムリア領の税率統合法案の最終決裁を——」「却下だ、エルゼ」 低い、しかし絶対的な重みを持った声が、エルゼの言葉を冷徹に遮った。 ベッドの右側に立ち、エルゼの細い肩をやさしく、しかし拒絶を許さない力強さで抑え込んだのは、皇帝レオンハルト様である。その漆黒の軍服からは、いつもの大人の余裕は消え失せ、底知れぬ焦燥と心配がその黄金の瞳に張り付いていた。「これ以上の残業(デスクワーク)は私が皇帝権限、いや、夫としての絶対命令で禁ずる。君のその小さな身体に何かあれば、私がこの手で手に入れた帝国の黒字など、一シリングの価値もなくなる」「そうだよ、エルゼ! お前、自分の身体のパラメーターを過信しすぎなんだ!」 左側からベッドに滑り込んできたルカ様が、エルゼの左手を両手できつく握りしめ、顔を真っ赤にして怒鳴るように言った。白い皇子服を乱れさせた彼は、今にも泣き出しそうなほどに目を潤ませている。「僕の魔力回復
ゼムリア商業連法国の事実上の完全買収(M&A)および裏組織『大商会連合』の解体、ならびに全資産の凍結という、帝国財務省の歴史に残る超大型出張案件の第一フェーズは、実質的にわずか二十四時間足らずで完全なクローズを迎えた。 大商会連合の本部から回収された金塊、美術品、ならびに不正な裏帳簿に記載されていた他国への隠匿資産は、エルゼの迅速な指示(オペレーション)によって、すべてアウグスト帝国の臨時の特別徴税口座へと「合法的」に振り替えられた。その総額は、ゼムリアの国家予算の数年分に匹敵する、金貨一億枚という天文学的なストップ高である。「……ふぅ。これで現地の資産査定(デューデリジェンス)および不良債権の処理(悪党の強制連行)は、すべて滞りなく完了いたしましたね。本国の財務省本局へ、最終決算報告のデータを送信します」 帰路につくために乗船した、帝国の最新鋭魔導客船『アウグスト・グロリアス号』の最上階に位置する最高級スイートルーム。 エルゼは、デスクの上に広げられた膨大な書類と、ルカ様が開発した薄型魔導板のホログラム映像を交互に睨みつけながら、いつものように目にも留まらぬ速さで羽ペンを走らせていた。「おいおい、エルゼ。せっかく悪党どもを完膚なきまでに叩き潰して、ハネムーンの後半戦が始まったっていうのに、船に乗ってまで帳簿を叩くなんて、あまりに熱心な仕事人間(社畜)じゃないか?」 デスクの隣にスッと影を落としたのは、上質な白と銀のリゾートシャツを緩く纏った、ルカ様であった。 彼はエルゼの肩を後ろから愛おしげに抱きしめると、その細い首筋にスリスリと自身の額を擦り寄せてくる。黄金の瞳には、昨夜の「朝まで続いた濃厚な福利厚生」の余韻を含んだ、甘くドロドロとした独占欲がこれでもかと湛えられていた。「ルカ様、何を仰っているのですか。国を一つ丸ごと買収したのです、その後の流通網の再配置や、旧ゼムリアの商人たちへの暫定税率の適用など、山のようにタスク(宿題)が残っています。これを処理するまでは、私の脳内サーバーは一秒たりとも休止(シャットダウン)できません」「ふふっ……相変わらず、私の可愛い財務卿は、世界を経済的に支配してもなお計算機を離そうとしないな」 カチャン、と心地よい音を立ててデスクに上質なハーブティーのカップを置いたのは、レオンハルト様であった。 彼は黒いシ
ゼムリア商業連法国の裏社会の象徴であり、富の権化とも謳われた『大商会連合』の総本部。その最上階にある豪華絢爛なギルド長室は、今やまるで沈没しかけた泥舟の船底のような、絶望とパニックの悲鳴で満ち溢れていた。「報告しろ! なぜロンドールの銀行口座が凍結されている!? 資金が動かせんなどという冗談が、この大商会連合に通じると思っているのか!!」 巨漢のギルド長が、高級なマホガニーのデスクを叩き壊さんばかりの勢いで咆哮する。その額からは、油ぎった冷や汗が滝のように流れ落ちていた。「わ、分かりません、ギルド長! ロンドール国からの電信によれば、アウグスト帝国からの『国際緊急要請』が発動したとのことで、我が連合の全資産、計七十二口座が完全にロックされています! 現在、手元の金庫にあるわずかな現金のほかは、一シリングすら引き出すことができません!」「バカな……! なぜ帝国がそんな真似を……! 待て、ならばグランド・バザールの店舗からの本日の上納金はどうした!? 港の停泊料をかき集めれば、数百万枚の金貨が——」「それが……その港が、完全に干上がっております!!」 別の配下が、紙切れを震える手で差し出しながら悲鳴を上げた。「本日未明、ゼムリアの北方に位置する無人島に、アウグスト帝国の第二皇子ルカが『一晩で世界最大の超・巨大関税フリーポート』を建設したという大々的なプレスリリースが大陸中に同時配信されました! 関税はゼロ、帝国の魔導騎士団による完璧な治安維持つきです! 大陸中の商船がすべてそちらの新港へと進路を変更し、我が連合の管理するゼムリア港には、本日一隻の船も入港しておりません!」「な、何だと……!? 一晩で港だと!? 狂っている、そんな御伽噺のような魔法があるわけが——」「ギルド長、大変です!!」 さらに息を切らせた幹部が、部屋の扉を文字通り蹴破るようにして飛び込んできた。「下部組織の中小商会たちが、一斉に我が連合への謀反(裏切り)を宣言しました! アウグスト帝国の財務省から『負債の全額肩代わり、および帝国流通網への特別アクセス権』という圧倒的な救済買収案(TOB)を提示され、現在九割以上の構成員が帝国への臣従契約書にサインをしております! 我々大商会連合は、完全に孤立しました……!!」「がはっ……!?」 資金源の凍結、流通網の完全破壊、そして身内
窓の外から聞こえてくるのは、夜の帳が下りた南国の穏やかな波の音。しかし、特注の薄型魔導板から投影された青白いホログラムの向こう側——アウグスト帝国の財務省本局では、朝日を浴びた若手官僚たちが、限界を超えた「社畜ハイ」の熱気に包まれていた。『お嬢様! ロンドール国より、先ほど緊急の機密電信が入りました! 陛下からの「親書(物理的脅迫)」が文字通り国家中枢を直撃した模様です!』 寝不足で目が完全に据わったセバスが、鼻息を荒くして報告書の束を掲げる。『ゼムリアの裏ギルド「大商会連合」がロンドール王立第一銀行に隠匿していた全口座、計七十二口座の資産が、たった今「国際法上の緊急凍結措置」により完全凍結されました! 奴らの手元に残った自由なキャッシュ(流動資産)は、今この瞬間から完全にゼロでございます!』「素晴らしい仕事ぶりです、セバス。これで彼らの心臓(キャッシュフロー)は止まりました。人間も組織も、血液が巡らなければものの数分で壊死するしかありません」 私はベッドの上に座り、乱れた髪をかき上げながら、冷徹な財務卿としての微笑みをホログラムへと向けた。 ……ちなみに、現在の私の服装は、昨夜の「過剰生産プロジェクト(朝までの激しい溺愛)」のせいで、パレオはおろか水着のブラトップすらどこかへ消え去り、レオンハルト様の漆黒の上着を一枚だけ、だらしなく羽織っただけの極めて破廉恥(クールビズ)な状態である。 太ももや首筋には、二人の夫からこれでもかと刻み込まれた赤い愛の印(キスマーク)が散りばめられており、動くたびに腰の奥がジンと熱を持つ。しかし、そんな羞恥心など、ビジネスモードに入った私の脳内からは一シリングのコスト(無駄)として即座に削除されていた。「ルカ様。北方の無人島に建設していただいた『超・巨大関税フリーポート(直轄新港)』の進捗はいかがでしょうか」「うん、完璧だよエルゼ」 私の左隣から、寝起きの少し掠れた、しかし酷く色っぽい声が聞こえた。 シャツのボタンを半分以上外したルカ様が、私の細い腰を後ろから腕でしっかりと抱き込み、その引き締まった顎を私の肩に乗せてくる。「僕の最高出力の土木魔法と空間固定魔法で、港湾の造成は二時間前に完了したよ。アウグスト帝国の全最新鋭魔導商船が同時に五十隻は接岸できる、世界最高水準のメガポートだ。今頃、大陸中の主要商会に
翌朝、午前六時ジャスト。 私は分厚い作業工程表が挟まれたバインダーを片手に、東の離宮にあるルカ殿下の寝室の前に立っていた。 扉には、昨日はなかった分厚い『拒絶の結界』が何重にも張られている。近づく者を物理的に弾き飛ばす、極めて高度で複雑な魔力構成だ。並の魔術師なら一週間かけても解呪できない代物だろう。「……なるほど。これが殿下なりの『出社拒否(ボイコット)』の意思表示ですか」 私はバインダーを小脇に抱え、結界の表面にそっと触れた。 確かに魔力量は圧倒的だが、魔力の編み込み方に無駄が多い。力任せに壁を作っているだけで、構造的な脆弱性がいくつも見受けられる。私はその中で最も魔力抵抗が
帝都ガルデアの東部開発特別区。 ここは帝国が推し進める「大魔導輸送網」の要となる巨大な運河と街道の建設予定地である。しかし、広大な荒野に立ち並ぶ作業用テントの数とは裏腹に、工事の進捗は私の手元の計算書が示す「目標ライン」を大幅に下回っていた。「……遅いですね。岩盤が予想以上に固く、手作業と旧式の魔導重機では掘削に通常の三倍の時間がかかっている。これでは人件費と資材のリース代だけで、初期予算を五十パーセントもオーバーしてしまいます」 私は土埃の舞う現場を見渡し、冷徹に損益分岐点を再計算した。 このままでは、ただの金食い虫の巨大公共事業として帝国の財政に重くのしかかる。有能な経営者とし
「ふふっ……いいぞ、エルゼ。まさかあのルカを土方仕事で使い潰すとはな」 薄暗い地下給湯施設に、楽しげな低い声が響き渡った。 振り返ると、入り口の影から姿を現したのは、黒の軍服をラフに着崩した皇帝レオンハルト陛下だった。背後には青ざめた顔の近衛騎士たちが数名控えている。どうやら、本当に執務を抜け出して視察(という名の見物)に来たらしい。「あ、兄上……! なんでこんな所に……っ!」 レオンハルト陛下の姿を見た瞬間、ルカ殿下の空気が一変した。 先ほどまでの、自分の成果に戸惑いながらも誇らしげだった表情は消え失せ、ハリネズミのように全身を強張らせている。その黄金の瞳には、圧倒的な力を持つ兄
帝国に到着した翌朝。 皇帝陛下が直々に手配してくださった特別室の寝心地は最高だった。最高級の羽毛布団と、魔力で最適化された室温。しかし、有能な経営者である私が、そんな快適さに溺れて時間を無駄にするはずがない。 私は早朝四時に起床し、昨晩のうちに皇帝陛下から決済をもらった『北部魔石鉱山のコスト削減案』の実行プロセスを各部署に通達し終えていた。朝食前のウォーミングアップとしては上出来だ。「おはよう、私の愛しい財務卿。昨夜はよく眠れたかな?」 帝城の最奥、皇帝専用の執務室。 朝陽を背に受けながら、レオンハルト陛下が優雅にコーヒーカップを傾けていた。淹れ立てのコーヒーの香りと、彼の放つ圧
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