LOGIN「君との婚約を破棄する! 私は真実の愛を見つけたのだ!」 建国記念祭の夜、王太子から突然の不当解雇(婚約破棄)を言い渡された「氷の令嬢」こと、公爵令嬢エルゼ・フォン・ブラウベルト 「左様ですか。では、過去10年分の融資金、金貨1億5800万枚を即時一括で返済していただきますね」 エルゼはただの冷たい令嬢ではない。持ち前の計算能力とビジネス手腕で、王国のインフラと財政を裏から一人で支えていた超・合理主義な「有能経営者」だったのだ! 対価を払わない無能な王太子と自称聖女から、文字通り身ぐるみ(特注品のドレスと靴)を剥がし、インフラを完全停止させたエルゼは、さっさと見切りをつけて超大国・アウグスト帝国へと「転職」する。
View More帝都ガルデアの東部開発特別区。 ここは帝国が推し進める「大魔導輸送網」の要となる巨大な運河と街道の建設予定地である。しかし、広大な荒野に立ち並ぶ作業用テントの数とは裏腹に、工事の進捗は私の手元の計算書が示す「目標ライン」を大幅に下回っていた。「……遅いですね。岩盤が予想以上に固く、手作業と旧式の魔導重機では掘削に通常の三倍の時間がかかっている。これでは人件費と資材のリース代だけで、初期予算を五十パーセントもオーバーしてしまいます」 私は土埃の舞う現場を見渡し、冷徹に損益分岐点を再計算した。 このままでは、ただの金食い虫の巨大公共事業として帝国の財政に重くのしかかる。有能な経営者としては、一秒でも早くこの「ボトルネック」を解消しなければならない。「というわけで、ルカ殿下。本日の業務内容をご説明します」 私は後ろを振り返り、真新しい作業着姿の第二皇子へと声をかけた。 ルカ殿下は昨日私が渡した「金貨十枚の特注チョコレート」の包み紙を大事そうにポケットにしまい込みながら、どこか落ち着かない様子で周囲を見回していた。「お、おう。今日は土木作業って言ってたよな。具体的に何を吹き飛ばせばいいんだ?」 彼の登場に気づいた現場の作業員たちが、顔面を蒼白にして後ずさっていく。「は、破壊の皇子殿下だ……! なんでこんな現場に!?」「逃げろ! 魔法の巻き添えを食らったら骨も残らないぞ!」 そんな怯えの声が波のように広がる。 ルカ殿下は少しだけ傷ついたように目を伏せたが、すぐに強がるようにフンと鼻を鳴らし、ポケットに両手を突っ込んだ。「ほら見ろ。僕が来ただけで工事なんてストップだ。どうせ僕の魔法なんて、周りを壊して怖がらせるだけなんだよ。……おいエルゼ、やっぱり僕なんか連れてこない方が……」「被害妄想は業務の妨げになります。前を向いてください」 私は弱音を吐きかけた彼をピシャリと遮り、分厚い設計図の束を広げて彼の胸に押し付けた。「吹き飛ばすのではありません。『創造』するのです。殿下には今から、この東部特別区を貫く全長十キロメートルの運河の基礎掘削と、掘り出した土砂を用いた街道の地盤固めを同時に行っていただきます」「……は? 十キロ? 同時に?」「はい。ただ穴を掘るだけではありません。指定された深度三メートル、幅十メートルをミリ単位の誤差で維持し、さら
「ふふっ……いいぞ、エルゼ。まさかあのルカを土方仕事で使い潰すとはな」 薄暗い地下給湯施設に、楽しげな低い声が響き渡った。 振り返ると、入り口の影から姿を現したのは、黒の軍服をラフに着崩した皇帝レオンハルト陛下だった。背後には青ざめた顔の近衛騎士たちが数名控えている。どうやら、本当に執務を抜け出して視察(という名の見物)に来たらしい。「あ、兄上……! なんでこんな所に……っ!」 レオンハルト陛下の姿を見た瞬間、ルカ殿下の空気が一変した。 先ほどまでの、自分の成果に戸惑いながらも誇らしげだった表情は消え失せ、ハリネズミのように全身を強張らせている。その黄金の瞳には、圧倒的な力を持つ兄への強いコンプレックスと、怯えを隠すための反発心が色濃く浮かんでいた。「僕を笑いに来たのかよ! ええ、そうですよ! どうせ僕は兄上みたいに国を治めることも、魔法を綺麗に使うこともできない! だからこんな地下室で、ボイラーの火焚き役なんかをやらされてるんだ!」 ルカ殿下は自嘲するように叫び、ギリッと唇を噛んだ。 これまで彼は、天才すぎる兄と比較され続け、自身の規格外の魔力を制御できずに「破壊の皇子」として恐れられてきた。彼にとって今の状況は、「ついに自分は労働力として地下に追放された」という敗北の証明のように感じられたのかもしれない。 レオンハルト陛下は、そんな弟の痛々しいほどの反発を、余裕の笑みを浮かべて見下ろしている。「いや、笑ってはいないさ。お前がようやく自分の居場所(地下)を見つけたようだから、兄として労いに来ただけだ。だが、くれぐれもエルゼの足を引っ張るなよ? 彼女の時間は帝国にとって何よりも高価な——」「レオンハルト陛下」 私はバインダーをパタンと閉じ、ピンと通る冷たい声で、最高権力者の言葉を遮った。「言葉を慎んでください。ルカ殿下への侮辱は、直属の上司(プロジェクトリーダー)である私への侮辱と受け取りますよ」「……おや?」 皇帝の言葉を正面から叩き斬った私に、近衛騎士たちがヒッと息を呑む音が聞こえた。ルカ殿下も、信じられないものを見るように私を見つめている。 だが、私は怯まない。相手が皇帝だろうと元婚約者だろうと、不当な評価を下す者には容赦しないのが私のビジネススタイルだ。「陛下は先ほど『土方仕事』『火焚き役』と仰いましたが、認識が根本から間
帝国に到着した翌朝。 皇帝陛下が直々に手配してくださった特別室の寝心地は最高だった。最高級の羽毛布団と、魔力で最適化された室温。しかし、有能な経営者である私が、そんな快適さに溺れて時間を無駄にするはずがない。 私は早朝四時に起床し、昨晩のうちに皇帝陛下から決済をもらった『北部魔石鉱山のコスト削減案』の実行プロセスを各部署に通達し終えていた。朝食前のウォーミングアップとしては上出来だ。「おはよう、私の愛しい財務卿。昨夜はよく眠れたかな?」 帝城の最奥、皇帝専用の執務室。 朝陽を背に受けながら、レオンハルト陛下が優雅にコーヒーカップを傾けていた。淹れ立てのコーヒーの香りと、彼の放つ圧倒的なカリスマ性が空間を支配している。「おはようございます、陛下。寝具の品質は申し分ありませんでした。お陰様で睡眠効率が二パーセント向上し、今朝の業務も滞りなく完了しております。……さて、昨夜おっしゃっていた『厄介な案件』の詳細をお伺いしても?」 私が単刀直入に切り出すと、レオンハルト陛下は苦笑しながら、分厚い革張りのファイルと一枚の羊皮紙をデスクの上に滑らせた。「君のそういう一切ブレないところ、本当に好ましいよ。……これを見てくれ。我がアウグスト帝国の第二皇子、ルカ・フォン・アウグストの直近三カ月間の『経費報告書』だ」 私は羊皮紙を手に取り、そこに羅列された数字に目を通した。 数秒後、私の青い瞳は氷点下まで冷え切っていた。「……陛下。これは、何かの冗談ですか?」「残念ながら、すべて事実だ。ルカは歴代皇族の中でも桁違いの魔力量を持って生まれた天才だが、それゆえに周囲から恐れられ、自身も力を持て余して三年前に完全にグレてしまった。今では離宮の一角に引きこもり、近づく者には無差別に魔法をぶっ放す始末だ」「私が伺いたいのは、殿下の非行の理由ではありません。この数字です」 私は羊皮紙を指先で弾いた。「破壊された歴史的建造物の修繕費に金貨五千枚。威嚇魔法による近衛騎士の負傷手当および精神的苦痛への慰謝料、金貨二万枚。さらには意味もなく燃やされた高級家具の補充費……。たった三カ月で、小国の年間予算に匹敵する額が『無駄金(ロス)』として計上されています。これは明確な『不良債権』です。なぜ損切りしないのですか?」「手厳しいな。だが、私にとってたった一人の弟だ。それに、あい
眼下には、灯りの消えた祖国の王都が広がっていた。 本来ならば建国記念祭のフィナーレを飾るはずの夜景は、見る影もなく真っ暗だ。唯一、貧民街と病院施設だけが、私が設定した予備魔力回路によって淡い光を放っている。「見事なまでのブラックアウトですね。魔力供給のランニングコストを計算できない経営陣が上に立つと、インフラはこうもあっさりと崩壊する。良い実例です」「お嬢様、あまり身を乗り出されますと危険でございます」 帝国の紋章が刻まれた豪華な飛空艇のデッキで、私は夜風に銀髪を揺らしながら呟いた。後ろに控える執事のセバスが、すかさず最高級の飛竜の毛皮で作られたショールを私の肩にかけてくれる。「ありがとう、セバス。それにしても、帝国の飛空艇は素晴らしいわね。魔力効率が祖国の旧式とは比べ物にならない。この静音性と巡航速度、燃費計算のデータだけでも金貨十万枚の価値があるわ」「お気に召して何よりです。皇帝陛下も、お嬢様をお迎えするために最新鋭の特別機をご用意された甲斐があったというものでしょう」 そう、この飛空艇は乗り合いの客船ではない。隣国である『アウグスト帝国』の若き皇帝、レオンハルト・フォン・アウグスト陛下が、私個人のためだけに差し向けてくれた専用機だ。 祖国の王太子アルフォンスから婚約破棄(実質的な不当解雇)を言い渡されることは、数ヶ月前から私の計算上で「発生確率九十八パーセント」と弾き出されていた。 彼が自称聖女のミリアに入れ込み、公爵家からの融資を湯水のように浪費し始めた時点で、あの国は「不良債権」へと成り下がったのだ。 だから私は、次なる「優良な投資先」を探した。 圧倒的な経済力、軍事力、そして何より実力主義を掲げるアウグスト帝国。 私は帝国の内情を綿密にリサーチし、彼らが抱えている「ある財政的なボトルネック」を解決する事業計画書を作成して、匿名で皇帝直属の監査局へと送りつけたのだ。 結果は即日採用。 しかも、皇帝陛下直筆のスカウト状という破格のオファー付きだった。「……見えてきましたよ、お嬢様。帝国の首都、ガルデアです」 セバスの声に顔を上げると、夜の帳の先に、眩いばかりの光の海が現れた。 規則正しく整備された区画、途切れることなく稼働する魔導街灯、夜空を彩る高層建築の数々。祖国とは比較にならない、圧倒的な資本と技術の結晶がそこにあっ