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ユウユウの小説

竜剣聖伝 ─死の魔王と赤の聖女─

竜剣聖伝 ─死の魔王と赤の聖女─

冒険異世界ファンタジー三人称ヒーロー戦士幼なじみ片思い逆転敵対
竜と魔王による大戦から1000年。 平和な辺境の村で暮らす少年マークは、「世界一の剣士」を志し、幼馴染と共に冒険者として旅立つ。 しかしその旅は、思わぬ運命へと繋がっていく。 魔王復活の鍵を握る存在。 幼馴染の少女レイナこそが、その「聖女」だった。 彼女の運命を救うため、マークは過酷な戦いへと身を投じていく。 少年の成長、そして仲間たちと共に紡ぐ、絆の物語。
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Chapter: 終章 「旅路」
 温かな日差しが降り注ぐ大草原。遥か遠方に、雲を冠して連なる山脈が見える。 その大草原の小高い丘の上。1本の木が立つその傍らに、黒髪の少年──マークの姿があった。 彼の腰には、2本の長剣が下げられている。 片や、竜銀で作られた名剣ヴァトラス。 そして、竜の顔が象られた「聖剣」。「それはお前が持つべきものだ」 あの戦いの後、青髪の聖騎士ロアはそう言って、マークに「聖剣」を託した。自分のような未熟者が、この剣を持つ資格などあるはずがない。そう言って何度も断ったのだが、思った以上に彼は頑なだった。「竜を祀る神殿を探せって…また無茶なことを言ってきたもんだぜ…」 何処かにあるとされる竜の神殿。ロアはそこで「聖剣」を授かった。今度はマークがその場所を探し出し、「聖剣」の正式な持ち主として認められなければならない。 魔族の脅威こそ去ったが、「聖剣」の勇者という存在は、この世界には必要なものだと、ロアは語っていた。「まぁ、あてのない気ままな旅だと思えば、気は楽なもんか」 大きく背伸びをして、マークは「聖剣」の鍔を軽く叩く。 あれ以来、あの謎の声は聞こえない。もしかしたら、ただの幻聴だったのかもしれないと、深く考えないことにしていた。「そういえば、あいつらも元気にしてるかな…」 あてのない旅という言葉で、マークは親友の顔を思い出す。 セイザンとアスリィは、2人でトレジャーハンターとして、一攫千金を狙った旅をすることにした。相変わらず、金銀財宝には目がない奴らだと、その話を聞いた時は苦笑したものだ。 一応、マークは一緒に旅をしないかと誘ったのだが、セイザンは自分だけの目的を見つけたいと言って、やんわりと断った。 その際に、あの半魔の青年がアスリィに「頑張れ」などとエールを送っていた気がしたが、マークには何のことか分からなかった。「アルバも、今はどこで何をしているやら…」 気がついたら、いつの間にかアルバの姿は消えていた。アスリィが言うには、「道」とやらを
最終更新日: 2026-09-12
Chapter: 第九章 後編 「聖伝」
「お、終わった…?」 ちょうど、腰の矢筒が空になった。 アスリィは階下からの敵が来なくなったことを確認し、脱力してその場に座り込む。 広間の中には、10人を超える敵が倒れていた。「上の方は、大丈夫かな…」 背後の扉の先。上階へと続く階段に目を向ける。 戦っている最中、2度ほど轟音が響き渡り、地震のような揺れを感じた。天井からパラパラと砂が落ち、よもや塔が崩れるのではないかと恐くなった。 いったい、上でどのような戦いが行われているのか。 ここで休んでいる場合ではない。再び立ち上がり、アスリィは共に戦っていた半魔の青年の方に視線を向ける。「アルバ…アンタ大丈夫…?」「…あぁ…」 壁に背を預けながら、アルバはその目を伏せていた。一瞬、気を失っているのかと思ったが、彼もまた少しの間だけ休んでいたようだ。 彼の全身は、無数の傷がつけられていた。 多数の敵を相手にして、戦い抜いた彼の身体は、疲労の境地に至っている。アスリィの回復も、最後の方は間に合っていなかった。「…行こう…くっ…」 立ちあがろうとしたアルバが、左太ももの辺りを押さえて苦悶の表情を浮かべる。見れば、大きな刀傷がつけられ、まだ血も完全には止まっていない様子だった。「ちょっと! すぐに治すから!」 傷のことを黙っていた彼にも、傷に気が付かなかった自分にも腹が立つ。アスリィは慌てて「治癒《ヒール》」を発動させた。 しかし、彼女もまた限界が近く、すぐにふらついた様子で術を中断してしまう。「…無理するな…今ので血は止まった…」 なんとか立ち上がると、アルバは足元が覚束なくなったエルフの少女に肩を貸す。 そして、ゆっくりと上へと続く階段を登り始めた。「セイザンたち…大丈夫だよね…」「…あぁ…きっと、な…」 一歩ずつ、2人は足を進める。身体は休みたがっているが、そんなわけにはいかない。 上で戦っている仲間たちの元へ急がなくては
最終更新日: 2026-09-11
Chapter: 第九章 中編 「竜剣」
「大切断《ギロチン》」 巨大な魔力の刃が空中から振り下ろされ、怪物の首が刎ね飛ばされる。青い血を撒き散らしながら、その亡骸が炎となって消えていった。「鉄之処女《アイアンメイデン》」 無数の、まさに数えきれないほどの、しかも目に見えるかどうかというほどに細い針が、怪物を蜂の巣にする。原型を保ったまま、やはり炎となって消える。 魔術師たちの総本山である「塔」。その周囲を取り囲む街を守るべく、魔術師たちの頂点と呼ばれる「四聖賢《しせいけん》」のうち2人が奮闘している。 片や、邪悪な笑みを浮かべながら魔力の刃で確実に敵を仕留める「混沌《カオス》」のミゼー。 片や、涼しげな表情そのままに、洗練されたスマートな魔術を駆使する「魔術博士」のサンジェルマン。 対照的ながら、それぞれの魔術はいずれも強力無比。迫り来る魔族を全く寄せ付けなかった。「あぁ、もう…全くキリがない…!」「ミゼーさん、疲れました? 僕が水薬《ポーション》を飲ませてあげますよ、口移しで」「お前本当に死ね!」 などと言い合いながら戦う2人を見て、防衛を任されていた「塔」の魔術師たちは苦笑いを浮かべる。 とはいえ、余裕があるわけではない。確かに2人は強く、魔族などまるで相手にならないほどだ。 しかし、その魔力とて無尽蔵ではない。まして、魔族を一撃で屠るほどの強大な魔術を連発しているのだ。普通の魔術師なら、とっくに気を失っている。「お主ら、まだ保つな?」 そこに、白い装束を纏《まと》った少女──の姿をした大賢者ファルミナスが現れる。その隣には、双子の姉であるアルテミスもいた。「「聖女様」たちが魔王を封じるまで、何としても死守するのじゃ」「分かってるよ…人使いの荒い婆さんだね」 肩をすくめながら、ミゼーは次の標的を見据える。 街の周囲は魔力の障壁で守られてはいるものの、それとて完璧というわけではない。衝撃を受け続ければ、いつかは破られる。 それほど多くはないが、着実に魔族たちは「塔」に迫りつ
最終更新日: 2026-09-10
Chapter: 第九章 前編 「魔王」
 鋭い一閃。 神速とも言える速さで繰り出された刃が、青白い体躯を持つ怪物を沈黙させた。「ふぅ…」 銀髪の剣士が、戦いの終わりを感じて一息入れる。 恐ろしく頑強な怪物だと思えた。いったい何度、剣を振ったことか。 左手に持った長剣の刀身は、もはや使い物にならないくらい刃こぼれしていた。「もう大丈夫ですよ!」 剣士は背後で守っていた村に、大きな声で呼びかける。閉め切っていた扉や窓から、安堵した様子の村人たちが顔を出した。 そして、長い黒髪の女性が駆け寄り、剣士の胸へと飛び込む。「良かった…ご無事で…」「ご心配をおかけしました」 2人がしばし見つめ合う。 その時、村を青白い光が包み込んだ。「こ、これは…?」 魔術の心得のない剣士には知る由もなかったが、その光は魔力を帯びた防壁。同時刻に王都を覆ったものと同様のもの。「な、何が起こっているのです…?」「分かりません…ですが…」 困惑する女性の肩を抱きながら、剣士は空の光を見上げている。 彼は先日、この村から魔術師の老婆が、ローブを纏った数人の男たちに連れて行かれたことを思い出した。その件と、何か関係があるのではないかと。 老婆は村から出る際に、「孫娘のことで用事ができただけ」と言っていた。 その孫娘──黄金の髪を持つ少女レイナは、剣士の弟子2人と共に冒険者として旅立っていた。「マーク…セイザン…」 もしや、弟子たちの身にも何かが起きているのではないか。 銀髪の剣士──ハミルはただ、その無事を祈るしかできないことに、もどかしさを覚えていた──。 アーレスの古城は、縦に長い構造をしていた。 いくつもの塔を、渡り廊下で繋いだような造りで、それぞれの塔の内部は長い階段を使わなければならない。 マークたちのような戦士ですら息を切らすような長い階段。当然、レイナやルビアのような後衛では、もはや歩くこと
最終更新日: 2026-09-09
Chapter: 第八章 後編 「仇敵」
「北門、このままでは保ちません!」「東門もです!」 王都の中央に聳《そび》え立つ王城。その中にある広大なホールに、切迫した声が響き渡る。 ホール内の長大な机の上には、王国の各地を記した地図が大量に並べられていた。そしてそのいずれにも、赤いバツ印が書かれている。 それは、すでに陥落したという報告のあった村や町を表わしていた。「大楯隊を北門に向かわせなさい! それでしばらく保ちます! 東門には、デットーリの隊を派遣!」 報告を受け、瞬時に指示を下す声。王国の英雄王と称される女王シャウナは、まったく動じることない様子で戦況を見極めていた。 かつての帝国との戦いにおいて、16歳という若さで最前線を戦い抜いた女傑は、この未曾有の事態にもその冷静さを欠くことはない。 …というのは、彼女の虚勢でしかなかった。 突如として、各地に出現した謎の怪物。報告によれば、それは伝説に聞く魔族だという。 怪物たちはそれぞれが南西に向けて進軍していて、進路上にある人里は例外なく、その強大な力によって壊滅的な被害を受けているとのことだった。 さらに、報告が本当であれば、この魔族たちは帝国にも現れ、同様の被害をもたらしているらしい。 ほとんど前触れもなく、唐突に訪れた国の危機。否、もしかしたら世界的な危機なのかもしれない。それを前にして、全く困惑しない者など、いるはずがないのである。「…いったい、何が起こってるの…?」 白銀の甲冑に身を包み、剣を手に取ったシャウナは誰にも聞かれることのない程度に、小さく呟く。 直後、窓から青白い光が差し込んだ。「っ…あれは…!?」 見れば、空に光が広がっている。それはすっぽりと、王都を覆う形となっているようだった。魔力の光と思しき青白い粒子が、混乱する王都内に降り注いでいる。「まさか、魔力の防壁…? こんなことができるのは…」 シャウナは自然と、その視線を南西の方角に向けていた。「塔」の魔術師たちを統べる大賢者。その1人を思い浮かべる。
最終更新日: 2026-09-08
Chapter: 第八章 中編 「侵攻」
マークたち一行、そしてロアも加えた7人は、「塔」の最上階にある「四聖賢《しせいけん》の間」へと足を運ぶ。例の移動する床の仕掛けに、初めてだったレイナやルビアは驚きを隠せなかった。 「じゃあ、俺の案内はここまでだ」 相変わらずの巨大な入り口の前で、アルベルトはそう言って去っていく。この最上階に招待されたのは、「聖女」であるレイナと「聖剣」の勇者ロアのみ。本来、マークらは招かれざる客である。 「「聖女」…いや、レイナさん…俺は君の味方のつもりだよ」 「はい…ありがとうございます」 去り際に、アルベルトは片目を閉じて笑顔を浮かべながら、そう言い残していった。レイナとしては、つい先刻会ったばかりの人物。だが、彼の人柄には好感を持っていた。 「では、入るぞ」 ロアが先頭に立ち、巨大な扉をゆっくりと開ける。 その先は、以前までと変わらぬ闇の空間。青白く光る魔方陣がいくつも浮かび、消えてはまた現れる。 ただ、マークらが前に訪れた時とは異なる点があった。 その空間に、少女の姿をした大賢者だけでなく、さらに3人の人物がいたのである。 30歳くらいの短い黒髪をした、鋭い目つきの女性。真っ赤なジャケットを羽織り、黒のタイトスカートをまとっている。 同じく30歳くらいと思われる、茶髪の爽やかな男性。簡素な茶色のチュニックを纏い、穏やかに見える笑顔を浮かべていた。 そして、空間の中央に立っていたのは、マークらのよく知る老婆の姿。 「お、おばあちゃん!?」 「アルテ婆さん!」 その姿を見て、すぐさまレイナが駆け寄る。マークやセイザン、そしてルビアもそれに続いた。 老婆は紛れもなく、故郷の村で馴染み深かった魔術師アルテ。 しかしその正体は、竜の教団の元幹部にして、17年前に「聖女」を連れ去った
最終更新日: 2026-09-07
紅の剣鬼と黒の令嬢

紅の剣鬼と黒の令嬢

三人称純愛ハッピーエンド戦士殺し屋冷徹初恋無敵初体験
戦時中、「紅の剣鬼」と呼ばれ恐れられた傭兵ハミル。 戦場で数多の命を奪った彼は、長きに渡り過去の悪夢に苛まれていた。 そんな中、ハミルは思い出す。 自分に人の心を教えてくれた黒髪の令嬢エイミィを。 7年ぶりに彼女のもとを訪ねるハミル。それは彼にとっての、人生の答え合わせだった──。
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Chapter: 最終話 家路
夕方の柔らかな木漏れ日が差す森の中。虫たちの静かな声が響く緑の中に、軽い足音が駆け抜けていく。 美しい銀色の髪を揺らす幼い少女。その手には、剣のようにも見える木の枝。少女はそれを、楽しげに振り回していた。 「あまり走ると危ないですよ」 少女の背後から優しい声が掛かる。振り返った先には、穏やかな眼差しを向ける男──ハミルがいた。 「父さま!」 少女が目を輝かせ、満面の笑みでハミルのもとに駆けて来る。その笑顔は、自分を救ってくれたあの人によく似ていると、ハミルは思った。 「そろそろ夕飯の時間ですからね」 「はーい!」 手を繋ぎ歩く親子。ハミルは左手で握った手の温もりを心地よく感じていた。 「ねぇ、父さま?」 「なんですか?」 「わたしね、おおきくなったら、父さまみたいな剣士になる!」 屈託のない笑顔で言う娘の言葉に、ハミルは一瞬だけ困惑の表情を浮かべた。 剣を握るということは、いずれは誰かの命を奪う。自分のような血に塗れた道を、娘が歩もうとしているのかと。 しかし、少女の続く言葉で、その認識は変わった。 「だって母さまが言ってたよ、父さまの剣はやさしい剣で、ひとをまもるための剣だって」 ハミルはハッとした。そうだ、何も命を奪うだけが剣ではない。何かを、誰かを守るために振るう剣もあるのだと、あの人が教えてくれたではないか。 「だから、わたしも父さまみたいに、だれかをまもる剣士になりたい!」 一切の曇りもない眼差しで、少女は力強く言葉を放つ。そこには、父への強い尊敬が込められている。 ハミルが小さく笑う。少女の姿に、自らの迷いが全くの杞憂だったことを思い知らされ、自嘲した。 「分かりました、じゃあ、明日から稽古をつけてあげますね」 「うん!」 自然と、娘の手を強く握っていた。今はまだ柔らかく、小さいこの手が、やがて誰かを守るために剣を握ることになるのだと思い、胸が熱くなった。かつては血に塗れていた自分の手を、娘は何の迷いもなく握ってくれる。 「では今日は早く帰りましょう。家で母さまが美味しい夕飯を作って待ってますからね」 「やったー!」 ゆっくりと日が落ちようとする中、親子は手を繋いだまま、母親──エイミィの待つ家へと歩いていった。
最終更新日: 2026-08-28
Chapter: 第九話 再会
 その廃墟は、街外れの丘にあった。 戦時中に捨てられた民家で、壁は一部崩れ、周囲には雑草が生い茂っている。 肩で息をしながら、ハミルは廃墟を見据えた。半ば朽ちた石造りの塀に、その男は腰掛けていた。「よう...来たか」 捻れた短剣を手で弄びながら、ハザードは口を大きく歪める。まるで恋人でも待ちわびていたような雰囲気だ。「彼女は...どこです?」 ハミルは拳を固く握りしめ、鋭い視線をかつての傭兵仲間に向けた。エイミィの姿はどこにも見えない。「...安心しろ、女には傷一つ付けちゃいない」 急に、ハザードの表情から悦びの色が消える。代わりに浮かんだのは、失望の色。ハミルの第一声が、女性の安否を気遣うものだったことに、ハザードは苛立ちすら覚えた。 だから、もっと彼を揺さぶりたいと思った。「お前の態度次第で、あの女は親父のところに行くことになるだろうがな」「なぜ...なぜこんなことをする...!」 ハミルの言葉に、一段と怒気が混ざる。こんなことをしでかして、いったい何の意味があるのか、理解できなかった。「言っただろ? お前と殺《や》り合いたいってな」 ハザードはただ純粋に、ハミルとの死合いを望んでいた。戦時中の、一切の容赦がない剣の技。ただ敵を殺すために特化した動作のひとつひとつに、彼は情欲にも近い憧れを抱いた。 最強と謳われた「紅《あか》の剣鬼」を殺す。なんなら殺されても良い。そんな異常な執着心が、彼を突き動かしていた。「だから、早く昔に戻れよぉっ!」 座っていた姿勢から一転、ハザードは跳躍。一瞬でハミルの目前に迫る。「...っ!」 右手で腰の長剣を抜き、ギリギリのところで捻れた凶刃を防いだ。「なんだ、完全に腑抜けたわけじゃないんだな」 その動作だけで、ハミルの腕前を見抜いたハザード。流れるような動きで、二撃目、三撃目を放つ。ハミルはそれに、なんとか着いていくのがやっとだった。 見えない攻撃ではない。しかし、見えるだけでは意味がない。実戦から長く離れた身体は、思うように動いてくれなかった。「どうしたぁ! そんなんじゃなかったろ、お前はぁっ!」 ハザードの怒号が響く。ハミルはふとそこに、どこか物悲しさを感じた。「そんな剣じゃなかったはずだろぉっ!」 ハミルは気づいた。ハザードは未だに、あの戦場から戻れていない。かつての自分と
最終更新日: 2026-08-28
Chapter: 第八話 誘拐
 街の雰囲気は、7年前から大きく変わっていた。 ハミルが滞在していた約1年、街はずっと終戦を祝う明るい雰囲気に包まれていた。 しかし今はどうか。 人々は皆、どこか暗く、淀んだ表情を浮かべている。通りを走り回る子供たちの数も少ない。 領主であるグレン卿が、流行病によって亡くなり1年近く経ったと聞くが、その影響が色濃く出ているのか。 それだけ、グレン卿が人々から慕われていたという証でもある。しかし同時に、人々はその娘であるエイミィには、それほど信頼を寄せていないのかもしれない。「黒の令嬢...ですか」 常に黒いドレスを纏い、物憂げな表情を浮かべる現当主を、人々はそう呼んでいた。 7年前も、彼女は黒いドレスを好んで着ていた。しかし、そこに陰気な印象はなかった。いつも穏やかに、そして優しい笑顔を見せていたエイミィは、変わってしまったのか。 不安を胸に、ハミルはゆっくりと、かつて時を過ごした屋敷に足を運んだ。 アローテ邸もまた、7年前とは様相が一変していた。もとより質素な造りで、貴族の豪華な屋敷という印象は薄かった。しかし今は、もはや廃墟に近い、荒れ果てた雰囲気になっていた。 壁には至る所に苔が生え、庭の草木にも手入れがされていない。控えめとはいえ、美しいと感じたあの頃の屋敷の面影は、もうどこにもなかった。 ハミルは屋敷から少し離れた丘の上にいた。ここならば、屋敷の様子を一望できる。「エイミィさん...」 街で聞いた話によれば、現在屋敷には彼女1人が暮らしているらしい。グレン卿が亡くなった後、屋敷の使用人たちは皆、暇を出されたとか。 さすがに距離があるため、エイミィがどこにいるかまでは分からない。もしかしたら、今は留守にしている可能性もある。 ハミルはここに来て、やはり彼女を訪ねるべきではなかったかもしれないと、怖気付いていた。 仮に会ったとして、何を話せば良いだろう。仮に姿だけ見たとして、何になるというのだろう。 7年という年月は、彼の心を萎縮させていた。「...帰りましょう」 来るべきではなかったと、ハミルは踵を返そうとした。 その時、屋敷の玄関が開くのが見えた。「...っ!」 思わず、ハミルは木陰に身を隠してしまう。 そこには、1人の女性として成長した、彼女の姿が見えた。 7年前よりも、一層沈んで見える黒のドレス。滑ら
最終更新日: 2026-08-28
Chapter: 第七話 狂人
「何者になるか、か...」 カップに注がれた水を眺めながら、ハミルはぽつりと呟いた。 街道沿いの小さな宿場。軽い食事と、一晩の宿を提供してくれるその場所に、彼の姿はあった。 弟子たちの旅立ちを見送った後、1日迷いに迷った末、旅支度をまとめた。 7年。言葉にしてわずか2文字だが、その長さと重みを、改めて感じていた。「...私は何をしようとしてるのでしょうね」 今更エイミィに会って、いったい何を語れば良いのか、ハミルには皆目見当もつかなかった。いや、会わずとも良い。ただ、彼女が元気に暮らしている姿さえ見れれば、それだけでも良いと思った。 今頃は誰かの妻になっていてもおかしくはない。そうであれば、なおさら顔を合わせるべきではないはず。それでも、ハミルは彼女のもとに行こうと思った。 ふと、近づいてくる気配を感じた。「お前、ハミルか?」 ゆっくりと、声の主に目を向ける。そしてハミルは、わずかに眉をひそめた。 立っていたのは、黒い短髪を逆立てた男だ。痩せぎすで、目の下に濃い隈ができている。纏っている雰囲気からして、不気味だった。 しかし、その顔をハミルは知っていた。「ハザード...」 戦時中、同じ傭兵部隊に所属していた男。ほとんど話したことはなかったが、卓越した短剣の技に関してはよく覚えていた。 それに、彼が終戦間際、民間人を殺害した罪で投獄されたということも思い出した。「ハハッ、お前に会えるとは、これはツイてるぜ...」「なぜ、あなたがここに?」 ニィッ、という表現がよく似合う様子で、ハザードは両の口角を大きく上げた。「ちょっと前に豚箱から出てきてよ...ずっとお前を探してたんだよ」 狭い宿場の中にいる客は、ハミルとハザードだけだ。店の主人はハザードの異様な雰囲気に怯え、カウンターの下に隠れてしまった。「お前が街で世話になってたって噂を聞いて、近くまで来てみたんだが...」 ハミルは血の気が引くのを感じた。7年前の噂が今更になって、こんな形で現れるとは、想像もできなかった。「まさかいきなり会えるとはなぁ」「いったい...どういうつもりです」 ハミルは警戒の色を強めた。傭兵時代、ハザードはハミルを異常なまでにライバル視していた。今日は何人殺したと、何度も声高に自慢してきた。無論、ハミルは彼には全く興味がなく、聞き流していたが。
最終更新日: 2026-08-28
Chapter: 第六話 別離
 まだ朝日も上りきらない時刻。 朝霧の漂う中、ハミルは小さな荷物を手に、アローテ邸の門に手をかけた。「どちらに...行くのですか?」 背後からの声に、ハミルは目を見開いて振り返る。どうして、彼女はいつも自分に気配を感じさせずに近づいてくるのか。「エイミィ...さん...」 こんな時刻だというのに、彼女はいつもの黒いドレスに身をつつみ、凛とした様子でそこに立っている。「ハミルさん、貴方は...」「あなたには感謝しています」 彼女の言葉を遮り、ハミルは語り始めた。「何も知らなかった私に、あなたは多くのことを教えてくれました」 どこかから鳥のさえずりが聴こえる。完全な静寂ではないことが、今のハミルには救いと思えた。「あなたは私に、《《人であること》》を教えてくれたのです」 エイミィはすでに察している。その目に光るものが浮かんでいるのが、その証拠だ。「でも私は、数え切れないほどの罪を犯してきました...そこに、言い訳はしません...」 傭兵として戦地に赴き、数多の人間を葬ってきた。背中を向けて逃げる者もいた。年端もいかない少年兵もいたはずだ。それらにも等しく剣を振り下ろしてきた。「私は...あなたと共に生きていく資格がない」 誰かと共に生きたい。そんな感情が自分の中に芽生えていたことを、ハミルはついに自覚した。孤独で、剣という生き方しか知らなかった自分に、新しい道を示してくれたエイミィ。しかし、彼女はハミルにとって眩しすぎた。「だから...」「私《わたくし》も...!」 今度はハミルの言葉を、エイミィが遮った。「私《わたくし》も、貴方に救われました!」 グレン卿が話していたことを思い出す。孤独だったのは、彼女も同じだ。「貴方と出会ってから、私《わたくし》の世界が、とても広がったのです」 そこでハミルはハッとした。世界が広がったのは、自分だけだと思っていた。彼女もまた、自分と出会ったことで、新しい何かを見つけたのか。「貴方が何者だったか...それはもう、関係ない...」 肩を震わせ、涙を零すエイミィ。しかし、その言葉には一切の淀みはない。父と同じように、大きく息をつく。 一呼吸置いて、彼女は口を開いた。「大事なのは、何者になるか...でしょう?」 ハミルは目を伏せ、険しい表情になる。胸が締め付けられるような感覚に、息が
最終更新日: 2026-08-28
Chapter: 第五話 父親
 その日、ハミルの姿はグレン卿の部屋にあった。 時刻は夜。燭台に灯された火が、アローテ家現当主の顔に大きく影を落としていた。「グレン卿...お話というのは?」 エイミィも交えた3人での夕食後、ハミルはグレン卿から密かに呼び出された。その時も、酷く深刻な表情をしていたと思う。「ハミル君...娘を、どう思うかね?」 低く重い声。少しずつ言葉を選ぶように、グレン卿は口を開いた。白いものが混じっているが、その黒髪は、エイミィによく似ていた。「...おっしゃる意味が、よく分かりません...」 ハミルは正直な返答をした。変に穿った答えは無用。1年足らず生活を共にしてきたのだ、相手がどのような人物かは自ずと理解している。「あの子は...エイミィには、友人と呼べる者がほとんどいなかった」 目を伏せながら、グレン卿はゆっくりと語り始めた。 アローテ家は、貴族とはいえその位は低く、領地と呼べるのも、この小さな街がひとつだけの弱小の家だった。 エイミィは幼い頃に母親を亡くしていたが、その代わりに父からたくさんの愛情を受けて育てられた。果たして、彼女は優しく慈愛に満ちた娘に成長した。 しかし社交界において、弱小貴族の娘に価値はない。彼女と親交を結ぼうという者は、1人も現れなかった。 街の人々も、優しい彼女を慕ってはいたが、どこか遠慮がちに接していた。やはり、友になろうとする者はいない。「あの子はいつも穏やかにしているが、時々、とても寂しそうな顔をしていたよ」 ずっと見守ってきた娘のことを想い、そこでグレン卿は大きく息をついた。「そんなあの子が、あの雨の日に君を連れてきた時は、さすがに驚いたがね」 ようやく、グレン卿がハミルと視線を合わせてくれた。その瞳が、微かに揺らめいて見えたのは、ハミルの勘違いだろうか。「でもそれから、あの子は本当によく笑うようになった」 グレン卿が背を向ける。娘のことを語る父の姿というのを、ハミルは知らない。しかし、その背中には何か哀しみのようなものを感じた。 しばしの沈黙の後、グレン卿はぽつりと呟いた。「知ってるかい? あの子はいつも私に、君の話ばかりをするんだよ」 微かに、本当に微かに、その肩が震えている。しかし、ハミルにはグレン卿の真意は見えなかった。「すみません、グレン卿...話が見えないのですが...」「あぁ
最終更新日: 2026-08-28
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