Mag-log in第一騎士団団長、レオンハルト――若干25歳
大会優勝の実績に、先の戦での武勲。 生まれは貴族ではないが、年のわりに突出した実力があったことから、騎士団では誰もが一目置く存在だった。 第一騎士団長に推薦し、団内をまとめあげてくれたのは前第一騎士団長で総司令官に昇進したダリウスだ。 彼こそ第一騎士団団長に相応しいと周りを説得して、推薦してくれた。 それを機に、一代騎士爵となり、誰もが羨むこの第一騎士団団長の立場を手にすることになった。 王族を護る近衛騎士団が貴族の子息ばかりで、平民出身のレオンハルトに対して嫌がらせも多い中で、いつも庇ってくれたのもダリウスだった。 そんなある日―― 「お前、見合いする気ないか?」 あまりに唐突なダリウスの言葉に、レオンハルトは無表情で即答した。 「……正直、職場の統制で手一杯です。近衛騎士団の嫌がらせをかわすだけでも精一杯。妻に割く時間なんてありません」 「だよなあ……。誰にでも頼める話じゃないし、お前が駄目なら諦めるしかないか」 妙に残念そうな顔だ。 ……これは見合い相手はもう決まってるな? ダリウスが女の話を自分から持ち出すのは初めてだった。 戦場で命を救ってくれた錬金術師に惚れ込んでいるダリウスは、他の兵たちのように娼館にも行って遊ぶこともない。 もちろん、浮いた噂もないし、彼女を溺愛しているという噂だった。 そんな彼からの見合い話は、どう考えても本気の話だ。 「ちなみに、相手は?」 世話になっているし、一応話だけでも聞いておこうか? レオンハルトはそう思い、ダリウスに見合いの内容を聞くと、やはりダリウスの彼女関連の話だった。 「俺が付き合ってる女性が育ててる子だ。今年で18歳。結婚できると思うんだ」 「……結婚“できる”年齢、の間違いでしょう? 何でそんな急ぐんです」 18歳は若すぎるだろう。 自分との年の差もそこそこあるし、これから出会いも増える年頃の子に、慌てて伴侶を押し付ける必要はない――そう思った。 だが、あれっ?と首を傾げる。 たしかダリウスの彼女は30歳ぐらいじゃなかったか? 18歳の子…… 俺の表情を見て、疑問に気付いたのだろう。 ダリウスは付け加えるように、彼女のことを話し始めた。 「彼女、娘が心配らしいんだよ。子供は、一度、親に捨てられた子で、俺との関係も悪くない。ただ、そうは言っても、俺の立場やいろんなことを考えて、俺と一緒に暮らすのも未成年の間は遠慮してたみたいだ。やっと18になったが……彼女なりに子供の将来を気にしているんだ」 「へえ、そんなに若いうちから、血のつながらない子を引き取って?」 その場は彼女の事情を聞くだけにとどめた。 だが、なんとなくその子のことが気になって店の前を通ってみた。 「ここが月影亭か」 石造りで出来た建物だが、錬金術師が作った大きなガラスのはめ込みが、中から外へ暖かいランプの灯りを外まで運び、思わず入りたくなるような空間を作り出している。 レオンハルトは、そっと客を装い店内に入る。 従業員は何人かいるが、一人だけ少女と呼べる年の子が接客している。 「年が若いし、あの子かな?」 お客に呼ばれて、質問にも的確に答えている。 いや、他の店員にも呼ばれているな。 しっかりした子だ。 説明を繰り返しているから、商品のことは全部頭に入ってるんだろうな。 これは、相当な勉強量だ。 あの子なら、一人でもやっていけそうだがな。 見合い、本当に必要なのか? そう思っていた数日後――ダリウスは、彼女と共に姿を消した。 だが、不可解なのは、あれほど心配していたあの娘は残していったことだ。 ダリウスが、レオンハルトを騎士団長に推薦したこともあり、何か知っていることはないかと事情を聞かれたが、何も答えられなかった。 なんとなく、数日前の見合いの話は言わない方が良い気がして、取り調べでは話さなかった。 実際、ダリウスが思っているだけで、あの娘は何も知らない話の可能性が高いだろうし…… それに、自分は簡単な尋問で済んだが、娘は相当激しくやられているらしいから、迂闊なことも言えない。 もしダリウスが犯罪に関わっていたたとしたら.... レオンハルトは、眉間に皺を寄せた。 ダリウスは金に執着のない人間だった。 戦の後にはよく食べる騎士全員に食事を奢るような人だ。 家も公爵家で、父は王の弟だ。 横領というが、そもそも金に困るような人間じゃないからな…… ダリウスは、恋人の錬金術師に騙されたのだろうか。 もしかしたら、娘もグルかもしれない…… そう思って、レオンハルトは心の中で訂正をする。 娘はまだ18の少女だろう。 その娘も騙されただけかもしれない。 先日の彼女の仕事ぶりを思い出し、人を騙すような人間には思えなかったのだ。 再び、道を通り過ぎるふりをしてあの店の前を通る。 「こりゃ、ひどいな」 入り口は壊され、温かそうに光を外に放っていたあのガラスも割られていた。もはや、廃墟同然。 あの時一生懸命に接客していた少女の姿はもうなかった。 だが、道を歩くふりをして、ちらっと視線を端に送る。 店の周辺は監視が何人かいるな。 なんだ?こんなに店をボロボロに壊して、さらにこんな大人数で監視を続けるっておかしくないか? えらくこの事件に執着しているな。 その時、レオンハルトはふと思い出す。 「そういえば……あの時……」 レオンハルトはハッとする。 あの見合いの話の後にダリウスに頼まれた、あの言葉をレオンハルトは思い出したのだった。尋問のため、カイルの口に巻かれた布を、元第一騎士団のフォルターが解こうとした。だが、その手をミレイユが制する。「待ってください。毒を仕込んでいたら困りますし」そう言うや否や、彼女は淡々と液状の解毒剤をカイルの鼻に流し込んだ。気管に入ったのだろう。カイルはぐほっと咳き込み、フォルターの手が止まる。先ほどまで共に戦場を駆けたはずの仲間を前に、フォルターには目に少しの躊躇がある。だが、ミレイユの視線は冷たい。「これは胃でも気管でも吸収できます。……これで、仕込んだ毒は全部無意味ですよ」口の布を外されたカイルは、涙と咳をこらえながらも怪しげに目を光らせた。「僕のチョイスの服、よく似合ってるじゃないか」「あなたのチョイスでしたか……最後の下着は余分でしたけどね」即座に返すミレイユ。その声音は氷のように冷たい。だがカイルは、ははっと笑った。「お楽しみいただけたかと思ったけどね。まさか前部隊長アリエルの娘が、月影亭のミレイユさんとは思わなかった」その名に、ミレイユに見覚えがあった者たちも、ざわめく。「やっぱり……月影亭のミレイユさんだ……」「ってことは、ダリウスの恋人の……娘?ええっ!月影亭のオーナーがここの前の隊長?」「2週間前に取り調べを受けて逃亡したダリウスの恋人の娘だよな」みんなにとっても、レオンハルトにとっても、いや、ミレイユ本人だって、今までは月影亭のミレイユで、ダリウスの恋人の娘と思っていた。だが、その月影亭のオーナーであり養母が、ここの前隊長となれば話が変わる。ざわざわしたところを、レオンハルトはみんなに伝える。「彼女も知らされてなかったことだ。樹海防衛部隊の前隊長のアリエルは、ダリウス元総司令官と横領して駆け落ちしたと言われている月影亭のアリエルと同一人物だ」「え、じゃあ、
お互いの気持ちがつながり、ふと冷静になった時――二人は思わず赤面した。「に、荷物!錬金道具を持っていかないといけませんね!」慌てて、ミレイユは3階にポーション類を取りに行き、レオンハルトはその離れた体温に少し寂しさを感じた。「どれだけ鍛え上げても、俺の腕で抱えられる荷物には限界があるから、度々ここに取りに行くよ。ただ、隊員たちの目の前に、多くの錬金道具を並べたいんだ。視覚的に、もう大丈夫と思わせたい」それを聞いて両手にポーションやハイポーションを抱えたミレイユは、少し悩ましげな声を上げた。「氷属性の山に行ければ、物を軽く運べる錬金物くらい作れますけどねえ……まあ、風の符合素材があればですけど」「霊峰山にあるかもしれんが、今はそんな余裕ないだろ」そのために、霊峰山に登るぐらいなら、何度も往復するよ。苦笑いをして、レオンハルトはそう言う。腕まくりして荷物を持ち上げてみるが……重い。やっぱり重い。ミレイユならどれだけでも抱き上げるけどな。「やっぱり往復コースだな、これ」だが荷物よりも深刻な問題がある。ミレイユの服だ。カイルが選んだ服で人前に出すとか、腹が立つ。更に、カイルの前に出すとか……殺意が湧くレベルで腹が立つ。……仕方ないけど。仕方ない。いや仕方ないんだけどな!?レオンハルトは、深いため息をついた。「よし、行くぞ。何かあったら我慢しないこと」「はい!」素直に頷くミレイユを抱き上げ、荷物ごと指輪をはめた。◇転移した先の樹海防衛部隊――隊員たちは、しなしなになったジャガイモを囲んで葬式みたいな空気を漂わせていた。そこに――ふわりと揺れるピンクブロンドの長いまつ毛に、人形みたいな顔立ち…&helli
レオンハルトは仲間に背を向けて、指輪をみんなに見られないように、そっと取りつけた。本当は転移用の錬金道具があるなんて、知られない方がいい。だが、この壕の中にいるものが、自由に外に出られ、物資も手に入れることが出来るという安心感ぐらいは、みんなに与えておきたい。俺の姿が突然消えた今、おそらく壕のみんなは大騒ぎになっているだろう。だが、元々いた隊員は、ミレイユの師匠の錬金術を見ているはずだ。きっと、見慣れた風景だと感じるのではないか?そして、これは錬金術なのだと他のメンバーにも説明してくれるだろう。俺は、物資とミレイユという新たな錬金術師を連れて帰る。それは、みんなの生きる希望になる――◇レオンハルトは、何も変わらない塔のドアに、よろよろと手をかけた。長すぎる一日が、ようやく終わろうとしている。もう、長い期間ここに来なかったような気持ちになる。塔の扉を押し開けると、ミレイユの懐かしい安心できる香りと気配が走った。四階か!レオンハルトは、顔を上げて大声で叫ぶ。「ミレイユ!」その声に、ミレイユが階段を駆け降りてくる。次の瞬間、お互い、視線が絡み、何も言わなくてもお互いの気持ちが通じ合った。二人は、お互いに迷うことがなく、抱きしめ合っていた。レオンハルトは張りつめていた緊張から解放されて、ミレイユに安堵と癒しを感じていた。ミレイユは、すべての真実を知った不安から、唯一信頼できるレオンハルトに安堵感を求めて――だからこそ、互いに安心を貪るように、強く、絡むように抱きしめ合った。そして、時間が止まったかのように、二人はそのまま動かなかった。(やっぱり俺はミレイユが好きだ)(レオンハルトさん、ずっとそばにいて)それぞれの胸に、はっきりとした想いが刻まれる。やがて、お互いに抱きしめ合ったまま、ミレイユは、体に回した手の
ミレイユが、師匠とダリウスの過去、そして、師匠に誰からの危険が迫っていたのか知った頃――とりあえず、ミレイユのハイポーションで傷を治したレオンハルトはカイルを見つめていた。カイルは、例の睡眠玉がよく効いてくれてまだ眠っている。以前、自分が浴びた睡眠玉と違い、ミレイユは、針がついた改良版を作ってくれたので、前のように半日近く眠ることはなさそうだが……「とりあえず、しっかり縛っているし、まだ目覚めそうにないから、みんなは安全かな」信頼していた部下を失った痛みは大きい。これからの指揮は、俺ひとりでやらなければならないのか。残った連中も、本当に信用できるのかどうか……それすらまだ分からない。レオンハルトは、これから誰も頼れない中で、一人で全て決めて、全て動かなければならない絶望感に襲われていた。「みんな!ここの拠点の中にいるやつは誰も魔物にやられてない。カイルのことがあって、お互い信用できるのか不安はあると思う。でも、ここには、魔物が入れない結界のようなものがあるんだ。だから絶対に外に出るな」そう告げてから、俺はポーションの瓶を取り出した。ミレイユが作ったものだ。それをここに備蓄されていたポーションの横に置く「見ろ。色が違うだろう」皆が息を呑む。「ま、まさか」「中身はポーションじゃないのか?」みんなの動揺は隠せない。「今、外に出て魔物にやられても、ここにあるポーションでは回復できない可能性が高いんだ。もちろん、他の店のもので、効果は変わらない可能性も残されている」レオンハルトがそう言うと、前から樹海防衛部隊にいた隊員のダンがそれを見て頷く。「いや、前から置いてあったポーションは、レオンハルト隊長が持って来られたものと同じ色だったと思います」「中身を変えられた可能性はあるか?」レオンハルトがダンに聞くと、残りの隊員たちは顔を見合わせる。
レオンハルトが、命に関わる大怪我をしていた頃――ミレイユは、師匠であるアリエルの日記をめくる手を止められなかった。そこには、だんだんと自分の名前が増えていく。そして、その中にある話の幾らかが、自身の記憶にある出来事と重なっていった。師匠から初めて錬金術を習った日。大きな魔物を狩った成果を自慢された日(私は素材の説明だと思って聞いていたけど……)武器に付与する倍率を間違えて大失敗した日――小さな思い出が、紙の上に散らばっていた。「師匠、こんなに人に伝えることが不器用なのに。こんなに一生懸命、私が人らしく生きられるように、努力してくれてたんだ」胸の奥がじんわり熱くなる。師匠は何でも記録に残した。錬金術の小さな気づきや研究レシピも……狩りの方法からその取れる素材のことも……そして、私の育児も。そのうえで、感じたことや考えを「これは人と同じ感覚なのか?」と、頻回にダリウスに尋ねており、そのダリウスの返答まで、記録に残してあった。――自分は他の人と違う。そう理解してから、不安だったのだろう。思い返せば、私が店に出るようになってからは、師匠より従業員と過ごす時間の方が長かった気がする。「ふふっ、ミレイユにお店は任せた!いい新製品、作るからね」そう言っては、すぐ留守にしてしまう。どこかに素材を採りに行くのだと思っていたが、樹海防衛部隊と錬金術師を両立で大変だっただろうし……意識して私と距離を置いたんだと思う。きっと、師匠は、私を普通の子のように育てたかったんじゃないだろうか?(師匠と一緒にいた時間って、意外と少なかったんだな)◆王都で暮らすようになって数年――
一方――樹海防衛部隊では……レオンハルトとダリウスの声は、壕の外まで響いていたらしい。レオンハルトの怒鳴り声を聞きつけて、カイルが飛び込んできた。「団長――じゃなかった、隊長!大丈夫か!」そう言って隊長室に飛び込んできたが……「あれ?幻聴か?誰か男の声が聞こえたような気がしたんだけど……」そう言ってキョロキョロする。カイルの顔色はひどく疲れていたが、こいつは俺が気の回らないところを全部拾ってくれる。だからこそ、ミレイユをここに連れてくることは相談なしに決めてはいけないと思っていた。「実はな。先ほど突然、ダリウス前総司令官が現れて、消えたんだ」「……は?」現れて消えた?何を言ってるんだと言う顔で、カイルは俺の顔を見る。俺もあの指輪のことを知らなければ同じ反応をするよな。レオンハルトは苦笑して、ダリウスが消えたあたりをチラッと見た。「どう言う仕組みかは分からない。別に幻影ではなさそうだったけどな。彼の言うには、この樹海防衛部隊の前隊長の娘を連れてこいというんだ」「情報多すぎて処理できませんけど!?樹海防衛部隊の前隊長の娘?で、その娘さんはどこにいるんですか?」そもそも、前隊長の名前すら今日俺たちは知ったのに、家族がどこに住んでいるのなんて知りませんよと、お手上げのようにカイルは両手をあげた。レオンハルトは、どう説明しようか迷い、苦笑する。「実は……俺の婚約者なんだ。ただ、彼女が、前隊長の娘というのは知らなかったんだけどな。今、俺が、匿ってる」「……えっ?はっ?今……匿っている?」カイルが固まった。……言ってしまった。縁談話だけなのに、婚約者だなんて。少し恥ずかしい。だ







