LOGIN錬金術師アリエルが用意してくれた隠れ家は、正確には家じゃなくて――塔だった。
降り立ったところは、魔力を含む森林の中で、その塔の前には誰かが手入れしたと思われる小さな畑がある。 「誰もいないみたいだけど……」 ミレイユは、周囲をキョロキョロと見たが、真っ暗で何もわからない。ただ、店とは違うところに来たということはわかった。 そっと、その塔の扉に手を触れると、「ぎぃっ」と木の軋む音。 「師匠の魔力に、これは師匠が作ったものだわ。ということは、この塔も師匠のものなのよね?きっと」 見た目は普通の木の扉だけど、アリエルの魔力が宿っていて、錬金術で強化されている。鉄より硬いはずだ。 でも、こんな塔を持っているなんて聞いたことがなかった。 「でも、とりあえずは、人間や獣の襲撃からは守ってくれそうな扉だわ」 更にミレイユは、扉から真っ暗な屋内に足を進める。 「だれか?……いませんか?」 だが、しばらくは使われてなさそうな様子だった。 入ってすぐに、石造りの螺旋階段がみえる。 ミレイユは、階段の壁に手を当てながら、まずは上まで歩いていく。 途中、部屋のような空間が見える。 (部屋の数から見て、五階建てだろうか?) 塔の最上階まで上がると、上に跳ね上げるような窓があり、そっとその窓を上に押し上げる。 「どこなんだろう?ここは?」 その押し上げた窓の外を見ると…… 森の奥だけど、意外と街は近い。 遠くに知っている時計塔も見える。 国の外かと思ってたけど……これは、近すぎて逆に緊張する。 「師匠、なんでこんなに街の近くなんですか!?」 思わず声に出す。 隠れ家なら、もっと安全な場所がよかったのに。 しかも、ここは電気も水道もない。 外は魔力を含んだ森に見えたから、自然の魔力は頼れるかもしれないけど…… 「正直、こんな魔力を含む森が近くにあるなんて知らなかったわ。森の入口に結界でもあるのかもしれないわね」 貴重な素材などがあって結界で守っているのだろうか? 森の中に灯りは全くない。 もちろん、人や家が周囲にある気がしない。 なんというか、現代機器がなにもない。 「師匠、せめてサバイバル術くらい教えてほしかった……それに、塔の中も真っ暗で何も見えないし!」 とにかく、食べるものをなんとかしないと。 錬金術は自然の力を借りる術だから、この森の環境なら、灯りや生活環境を整えるだけなら何とかなるはず。 もう一回下まで降りると、扉の死角になる場所に見慣れた錬金道具がある。 「師匠、栽培促成キットがあるじゃないの!これは、ここで作ってたべなさいということ?」 ご丁寧に、壊れかけた箱の中には、ジャガイモの種芋と豆の種まで置かれている。ちゃんと使えそうな種だ。 育成促進キットに、その種や種芋をセットし、畑に埋め込む。 「水は?」 外に出てみると、来た時には気づかなかったがどこかで水音がしている。その音を頼りに歩くと、塔から目と鼻の先に澄んだ湖がみえた。 畑に置いてあった桶に水を汲んで、種に水を注ぎ、ついでに自分の傷だらけの体に水を含ませて、畑のそばで一息ついた。 「魔力が土に染み込んでいくのを感じるわ。お水も魔力を含むのね。さすが師匠の隠れ家だけど、こんなすごい場所があるなんて知らなかったわ。 これだけ魔力があると、きっと野菜もよく育ってくれるとは思うけど……畑を耕す時間はないから、数日は様子見ね。落ち着いたら、きちんと整備しよう」 ふと、師匠のことを思い出す。 師匠は命の恩人で、私の親代わりだった。 小さな頃、貧しい農村で育ち、娼館に売られそうになっていた私を、全財産をはたいて買い取ってくれた。 「お金なくても、錬金術で野菜作ればなんとかなるんだ」 そう笑っていたわ。 まさに今がその状況だけど…… でも、あんなにお金に無頓着だった師匠が、お金を持って駆け落ちなんてするかしら? それともダリウスさんが横領? 考えてもわからないわ ミレイユは大きなため息をつきながら、再び、ミレイユは塔の中を調べていく。 「古くて壊れそうだけど、石造りだから、獣や風は防げそうだし、屋根はところどころ傷んでるけど、雨漏りはしなさそう。時間があれば直したいわね。 蔦がびっしり絡まってるから、このままでは、日の光が入らないのが惜しいわね」 大量の本らしきものや書類はあった。 だが、師匠の書き置きなどは、見当たらなかった。 「転移先まで作るぐらいだから、何か師匠の言葉を残してるかと期待したけど、何もないわ」 ミレイユは落胆して、肩を落とす。 いよいよ、一人になってしまった。 これからどうしよう。 お店ができる状態じゃないし、お金もない。 仮に再開できたとしても、錬金術は師匠と実力の差は歴然としている。 商品を揃えることができるかしら? 「師匠……なんで何も言わずに駆け落ちしたんだろう?」 ダリウスさんとの恋愛に反対なんてしていなかったのに、どうして私に何も相談してくれなかったの? どんなに考えても答えは出ない。 とりあえず、自分が生きていくことを優先考えよう。 もしかしたら、師匠に事情があって匿う可能性だってあるんだから、早く私が居場所を確保しないと…… この塔には錬金道具が揃ってる。 形を変えて街に出れば売れるかもしれない。 でも、それは足がつくリスクもある。 どうすればいいか分からないまま夜の森を見つめる。 「なんとか街の人たちにバレないように、お金を稼がなきゃ……」 ミレイユは、震える自分の声を耳にしながら、心の奥の覚悟が少しだけ固まった気がした。「じゃあ、行ってくる」表情は固いが、もう揺らぐことはないといった表情のカイルがレオンハルトやダリウスたちに告げる。「深追いするな。危険そうならすぐ戻ってこいよ」レオンハルトは思わずそう声をかけるが、カイルは愛する人のところに辿り着くまではきっと戻ってこないだろうと思っていた。最後に彼女を連れ去る予定なので、ユリウスの執事と接点を持ってから彼女の元に行くことになる。どうか、最後まで無事にいてくれよ――レオンハルトがそう願う横で、カイルはレオンハルトの肩を叩き、拠点を出ていった。魔物よけの鈴と、予備のポーションを持たせてある。順調にいけば、樹海を抜けて王都まで二時間ほどで辿り着く。魔物に遭遇することもないはずだ。カイルがいなくなると、拠点入り口はダリウス、ブレスレットで戻ってくる魔法陣のある隊長室をレオンハルトは警備しはじめた。「俺たちも周辺警備します」他の兵にも緊張が伝わったのだろう。休憩を回しながら、みんなで拠点を守り始める。ミレイユも治療道具や薬草を塔から持ち込んだ。体調が悪い彼女のために、拠点や塔に横になれるスペースを確保しておく。「いつ来てもらっても治療開始できます」あとは、カイルとその彼女の無事を祈るのみだった。◇そのカイルが王都にあるユリウスのタウンハウスに着いたのは出発から二時間後だった。馬は近くの預かり所へ預けておく。この馬を二度と取りに来ないだろうが、店にとっては良い馬だ。文句は出まい。……問題はここからなんだよな……冗談で執事に刺されるかも……なんて言ったが、実際に怖いのは兵に囲まれることや背後を狙われることだ。ユリウスのタウンハウスは、侯爵家だけあり門だけでもかなり立派なものだ。入り口はどこだよ?カイルがキョロキョロと周辺を見ると、正門に警備兵を立た
ダリウスは、最後にミレイユに声をかけようか迷っているようだった。彼にとっては娘同然だ。クーデターが終わった後、もう戻ってこない。それを、自分の口で伝えるべきなのか……だが、レオンハルトはダリウスに冷たく告げた。「ダリウス、どんなに綺麗なことを言ってもアリエルとミレイユとは別れるんだよな。ミレイユは優しいから、仕方ないと涙してくれるかもしれない。そして、ダリウスから別れを告げられたことをアリエルに苦しみながら告げるだろう」「……ミレイユに全てを任せるのは……酷だよな」「ああ、何も言わないまま去ってくれ。ミレイユは何も言われなかったことにしてくれ。代わりに俺が2人には伝える。何も言わずに去るような男はろくなやつじゃない。離れて正解だってな」ダリウスは、レオンハルトに静かに頷いた。「もしアリエルが動けないようなら、アドリアンに一旦保護を依頼する。レオンハルト……ミレイユを……いや、2人を頼む」「ああ」レオンハルトはダリウスを連れて拠点に戻り、再び塔へ、ミレイユの元に戻っていく。2階に上がると、3階にいたはずのミレイユがいた。「ごめん、休憩か?ダリウスを連れて帰ってたんだ」レオンハルトは、何もなかったようにミレイユに微笑んだ。だが、ミレイユは首を振った。「分かってました……声が聞こえてたから……話を聞いてしまいました」ミレイユが目に涙を溜めてうつむいていた。レオンハルトは、ミレイユをぎゅっと強く抱きしめた。「すまない。俺の独断でミレイユとの会話をさせなかった」「ううん、私、貴族のことをよく分かってないから言ってしまったかもしれない。どうして全てを投げ捨てて師匠の元に、私たちと一緒にいてくれないのって……それができないからダリウスだって悩んでいたのに。
塔に戻ってきたレオンハルトはコーヒーを淹れ、ダリウスに持っていこうか迷っていた。「そっとしてやる方がいいか……」ミレイユは3階で、早速万能薬の研究を始めてしまった。気持ちが落ち着いたら、ダリウスには、アリエルの今後についても相談しておきたかった。一つは仕事についてだ。アリエルの前職とレオンハルトの現職が被ってしまう。お互いどこかに異動になるのか、それともどちらが樹海防衛部隊に残るのかまだわからない。出来れば彼女の仕事を奪う形になるのは避けたい。もう一つはプライベートな方だ。こっちは今後どうしていくかを真剣に決めておく必要があった。もしダリウスが本当にアリエルから離れるなら、お店の再建ができるまではアリエルもミレイユも、今後は俺のタウンハウスで保護するのがいいだろう。たとえミレイユが、日々を取り戻す中で自分に別れを告げられることになってもだ。考えるだけでつらいが、その時も居場所の確保までは手伝うつもりだ。問題は、それはアリエルが移動できる容体の場合の話だ。それならタウンハウスで問題はないが、移動できないほど重体な場合はどこに連れていくのか。厄介なことに魔導炉は樹海の中だ。魔導炉から指輪でこの塔に連れてきて回復を待つこともできる。しかし、この塔に医者を連れて来ることができない。重体のアリエルをつれて、樹海の中、王都まで馬を走らせる?現実的ではない。一番体に負担がかからないのはただ一つ。ダリウスのブレスレットを使ってアドリアン宰相のタウンハウスに飛ばし、一旦はそこで治療を受けさせる方法だ。だが二度と交わることはないと自分のブレスレットを返してきたアドリアンが協力してくれるだろうか。いや協力してくれないと困る。今、ミレイユは手に入った光属性の魔核に夢中だ。万能薬の研究に没頭している間は降りてこない。ミレイユが席を外している間に、ダリウスとよくない未来を想定した話は済ませておきたいのだ。
一方のダリウスは塔の4階に上がり、ぼんやりとアリエルの日記や、思い出の詰まった木箱の中身を見つめていた。最初のころは、ダリウスもよく知っている懐かしい思い出が綴られているだけだった。アリエルは、どこか学校に行ったわけでもないのに錬金術を学ぶために難しい本も読めるし、文章にすることもうまかった。だが、自分の行動には自信を持つことが難しかったようだ。 何度もその日どのような動きをしてどう答えたかを記録にして、「これで大丈夫?」と聞いてきたものだった。ミレイユの育児のことも、だんだん増えていく樹海防衛部隊の隊員に対する対応も、アリエルなりに一生懸命考えていた。アリエルはほとんど不眠不休だった。 だが、それは自分は大丈夫でも、他人にはそれを求めてはいけないと少しずつ理解し始めていたのだ。責任感が強く裏表もない。 子供のまま大人になったような女性だった。ダリウスは、その「自分は大丈夫」という考えをなぜ疑問に思えなかったのかと頭を抱えた。「お前も甘えていいし、休んでいいんだ」とどうしてアリエルに言ってやらなかったのだろう。 アリエルの生きてきた道は、人と違うのだと理解していたはずなのに……自分がそのサインを見逃してしまったと、日記を読みながら知った。ダリウスは、アリエルが危険な生きた兵器であることを知っていた。だから、人にそれを強いてはいけないと伝え、やってはいけないことばかりを教えてきた。でも、本当に必要な言葉はそれじゃない。「お前もみんなと同じようにしていいんだ」とただ毎日伝えてやることだったのだ。 なぜなら、アリエルはみんなの普通を必死に理解しようとしていたのだから……アリエルの日記には、常に「これで大丈夫か」という不安がにじんでいた。最後の頃を思い出す。そういえば、ダリウスに今日あったことを書いた日記も見せなくなっていた。実際、不安定になってからは、日記は書かれなくなっていた日もあった。かと思えば、王や魔術師ライナルにされていること
「ダリウス……大丈夫かしら?」ミレイユの声には心配が滲んでいた。あんなふうに泣くダリウスを見るのは初めてだった。塔を外から眺めたあと、中を一通り見て今は四階にいる。「アリエルの日記をゆっくり読ませてもらえないか?あいつの苦しみに俺は気づいてやれないダメな男だったから……」それを聞いたレオンハルトからは、「そっとしておいてやろう」と言われていた。すでに外は暗くなっている。鈴を鳴らしながら、二人で外に出る。水場の音が静かに流れている。「本当に師匠とお別れしてしまうのかな……」ミレイユは、帰ってきたとき、傷ついた師匠がさらに傷つく姿を想像して胸が締め付けられる。「私に、もう何もできないのかな……」思わず小さく呟く。辛くて、現実を考えたくなかった。「ミレイユ、辛いが俺からも話がある。」レオンハルトは、先ほどダリウスと話し合った【もしクーデターが失敗したら】という状況に陥ったときの話を伝えた「うまくいかなかった時のことなんて、考えたくない……聞きたくもない」ミレイユは胸の奥で震える思いを押さえた。「でも、もし一人になったら……露頭に迷うのは確かだ。残念だが捕えられてしまったら、今度こそ俺もダリウスも……そしてアリエルもここには戻れない。そして……この塔も樹海の中にあり、いつまで安全かはわからないんだ」レオンハルトも震えるミレイユを抱きしめて優しく頭を撫でる。ミレイユは、嫌だと何度も頭を振った。「逃げた方がいいんでしょうか……? みんながいないなら、いっそ王の言いなりに……」魔術師の強さはわからないが、アリエルが捕まっているのだから、それを上回る可能性が高い。ひとりで逃げ回る未来を想像すると、い
拠点内に、装具や道具がすべて揃った。……かなり圧巻だ。ダリウスはいよいよこの道具を使って、アリエルを助けられるという思いと、その日が俺たちの最後だという気持ちで心が揺れ動いていた。防具や盾に煌めく月影狼の毛皮(しかも甲殻魔物の粉末仕上げ)に夜目レンズ、指輪型の魔力抑制布――麻痺付き。その他数多くのハイポーション、ポーション、睡眠玉、解毒剤、魔物よけの鐘や鈴が並べられていく。そのほかにも爆弾系がいくつか入っていた。「ミレイユ、これだけ多くのものを集めるのは大変だっただろう」「爆弾系はあんまり得意じゃないんです。ダリウスも知ってるでしょう。師匠は爆弾を作るのは嫌がってましたから、作れるというレベルなんです」ミレイユが肩をすくめて言う姿にダリウスも微笑んだ。「そうだったな……あいつは素材を痛めるし、無意味な殺生にもつながるからと使わなかった。ただ、魔物からしたら爆弾で殺してくれというぐらいアリエルの方が殺傷能力が高かったがな」「師匠はいつもきれいな素材を持って帰って来ていたから、それが当たり前だと思っていたの。今ならとんでもないことだって分かるわ」ダリウスとミレイユはまるで父と娘のように仲良く話しながら笑った。「そう言われたら店で爆弾は見なかったな……」レオンハルトも店で一度品揃えを見たが、危険なものを取り扱っていた印象はなかった。「月影亭でも爆弾系はほとんど出さなかったの。作るとしても受注生産で見えるところには置いてなかった。魔物退治というよりは、道を塞ぐ落石を壊すといった用途が主流ね。魔物用に欲しがる商人や旅人には、かなり使用上の注意をしていたわ」「徹底してたんだな……使用頻度が低い分、苦手なのも無理はないけどよくこれだけ作ったもんだ。ミレイユ、この後はゆっくり休むんだぞ」レオンハルトが休むように念押しをすると、ミレイユも恥ずかしそうに「はい」と答える。「これだけのものを備えているのに、ユリウ







