Mag-log inミレイユがまだ取り調べを受けていた時間まで遡る。
レオンハルトは、あの見合い話の時に、ダリウスから妙なお願いをされたことを思い出していた。
「俺さ、こういう立場だろ? いつ何があってもおかしくないんだよ」
ダリウスは、少し遠くを見るような目で呟くようにレオンハルトに話しかけた。
「……まあ、総司令官ですからね」
自身も、武勲を立てて第一騎士団長に推薦を受けた過去から、この立場はいつ何があってもおかしくないことはわかっていた。
この国は、力を持った大国が北にある。
今は停戦状態だが、いつ戦いが再開してもおかしくない。「で、実は、恋人にプロポーズする指輪はもう買って預けてある。もし俺に何かあったら、代わりに取りに行って渡してくれ」
「いや、普通に彼女に言えばいいじゃないですか?」
「お前、わかってないなあ。そんなの言ったらサプライズ台無しだろ。ネタバレだよ」
「何かあったときに指輪だけ残されるほうが嫌でしょうよ」
かつての体験から、帰りを待ち侘びている人に「死」を告げることが、どれだけ過酷で悲惨なことかを、レオンハルトは知っている。ましてや、長く愛し合って結婚を考えているような人に、ダリウスの悲報を伝えにいくのは嫌だ。
レオンハルトは、それだけは嫌だと断固拒否したが、ダリウスも引かない。
そして、そんなくだらない押し問答の末――
「見合いしないならこれが預かり証だ」
そう言って、紙を無理やり押し付けられた。
……強引すぎる。 しかも貴金属なんて預かりたくない。でも上司命令は絶対だ。
◇
そう思っていたけど……予想していた展開とは違うとは言え、これはまさに【俺に何かあったら】だ。
――さて、これ、本当に取りに行くべきなのか?でも、恋人は一緒に姿を消したよな?
指輪も持っていったんじゃないか?
……でも、もし残っていたら?
彼女と同時期に消えただけで、彼女と一緒に絶対に消えたという保証はない。
だけど……仮に残っていても、渡す相手はもういないだろう……
まずは店に確認するしかない。
紙の封を開けて店の名前を見ると、思わず首をかしげた。
「……魔道具店?」
宝石屋じゃないのか。
ああ、そういえば彼女は錬金術師だったな。
普通の宝石じゃ満足できなかったのかもしれない。
騎士団でも魔道具はよく使う。
攻撃、防御、生活用まで幅広く活用される。
ただ、魔道具に加工するのが錬金術師じゃなかったか?そこで買った指輪.....?
……もしこれが彼女の手作りだったら――
「君が作った指輪を君にプレゼント?」
まさか、開けた瞬間、仕掛けがあって爆発したりしないよな?
ダリウスが何を考えていたのか、レオンハルトには予想もできなかった。
更に、そのダリウスが失踪中ということもあり、少し不安がよぎる。
◇ 店は、飲み屋街の薄暗い脇道から更に逸れたところにあった。その脇道は、じめっとした空間に、カビ臭いような、どこから出てきているのかわからない匂いが混じり合い、足を踏み入れるのを躊躇してしまう。
だが、そんな街の街の脇道でも、夜になると飲み屋街を練り歩く騎士や労働者が騒ぎ声が、その脇道の奥まで賑やかに響いてくる。
レオンハルトは、それらの音を背に、道を奥に進んでいった。脇道から更に逸れた建物と建物の間にある路地裏は、壁に落書きが多く、時折、えさをもらいにくる猫がこっそり歩いていた。
「この辺りだが?」
キョロキョロ見回すが、看板はもちろん出ていない。
「総司令官、こんなところで指輪を買うなんて間違ってますよ……」
レオンハルトは、帰りたくなりため息をつく。
普段はこういう場所に来ない。騎士団でも実力はもちろんのこと、顔が良いことでも知られている。女性を求めるというより、相手から求められる方が多いのだ。
今まで、男女問わず何度も絡まれたし、既成事実をつくられそうになったり、とにかく面倒なことに巻き込まれたことが多すぎて、深い関わり合いになりたくないのだ。
それなのに、こんな街を歩いていたら……
細い路地に入ると、香水臭い客引き女性に追いかけられる。
それを巻くために、再び道を逸れる。そんな状態で、まるで迷路のような脇道の中を抜けて、ようやくレオンハルトは店の扉を開けた。
中は薄暗く、壁に剣や槍が乱雑に掛けられている。
(武器屋?)
カウンターの後ろにいる店主は、大きくて無骨な男。髭は剛毛で、髪もボサボサ。眉間には深い皺が刻まれている。
(これは、どうみても宝石屋の店主にはみえない。魔道具店だからか?)
レオンハルトはおそるおそる店主に声をかけた。「すまない、ここは魔道具店だよな?」
どうみても武器屋に見える
「そうだ。魔道具も武器も売ってるから、求めるものによって言い方は変わるが、どちらも付与を錬金術師に頼んでいる」
レオンハルトは聞いたことがあった。
この裏路地の武器屋は、客の注文に合わせて属性を付与することで有名だ。
ただし、その高度な技ゆえに、一見さんお断りで値段も高い。
金を積むなら、国宝級のレベルまでのものを作るとか……そんな店で、ダリウスが、なぜここでプロポーズするための指輪を買ったのか、ますます謎が深まる。
「これ、預かってるって聞いたんだが」
恐る恐る胸ポケットから預かり証を出して見せると、店主は無言で奥へ引っ込んだ。
沈黙が長く続き、不安になる。
戻ってきた店主は、指輪と魔獣の黒革のケースに入った短剣を抱えていた。
「これを娘に渡せって頼まれている」
「娘……?」
レオンハルトは目を見開く。
恋人に指輪を代わりに渡すんじゃないのか?
話が違うじゃないか。
第一、娘って誰の娘だ?
彼女の……娘……しかいないよな?
まさか、あの縁談の子か?
レオンハルトの心は動揺して、バクバクと胸の音が聞こえるようだった。
頭の中には、かつてみたピンクブロンドの髪で、真面目に客の対応をしていた彼女の娘の姿が思い出される。
そんなレオンハルトの様子など微塵にも気にしない様子で、店主は、さらに店の奥から、美しい黒鞘の剣も出してきた。
「お前のはこれだな。外に出たら、これを買ったフリをしろ。金はダリウスから預かってる。お前の剣よりも上等だ。怪しまれるなよ」
「いや、俺は何に巻き込まれてるんだ?」
短剣と指輪は服の中に隠し、渡された剣を手に店を出る。
全然話が違うじゃないか!だが、ここで騒げばもっと人目に付く恐れがある。
無表情で足を立てずにそっと脇道に戻るが、尾行されている気配はなかった。 ただし、店の外には依然として客引きが待ち構えている。だが、レオンハルトの持っている剣の袋を見て、自分の客ではないという様子で帰りは声もかけてこなかった。
この武器屋は、路地裏の店でも比較的まともな方らしい。
店には適度な知名度があり、更に客は目的を持った客だけで、女を目的にしていないのだろう。それなら、俺が利用しても怪しまれなさそうだ。
レオンハルトは自然に装いながら歩き、騎士団の宿舎に戻った。
一方――樹海防衛部隊では……レオンハルトとダリウスの声は、壕の外まで響いていたらしい。レオンハルトの怒鳴り声を聞きつけて、カイルが飛び込んできた。「団長――じゃなかった、隊長!大丈夫か!」そう言って隊長室に飛び込んできたが……「あれ?幻聴か?誰か男の声が聞こえたような気がしたんだけど……」そう言ってキョロキョロする。カイルの顔色はひどく疲れていたが、こいつは俺が気の回らないところを全部拾ってくれる。だからこそ、ミレイユをここに連れてくることは相談なしに決めてはいけないと思っていた。「実はな。先ほど突然、ダリウス前総司令官が現れて、消えたんだ」「……は?」現れて消えた?何を言ってるんだと言う顔で、カイルは俺の顔を見る。俺もあの指輪のことを知らなければ同じ反応をするよな。レオンハルトは苦笑して、ダリウスが消えたあたりをチラッと見た。「どう言う仕組みかは分からない。別に幻影ではなさそうだったけどな。彼の言うには、この樹海防衛部隊の前隊長の娘を連れてこいというんだ」「情報多すぎて処理できませんけど!?樹海防衛部隊の前隊長の娘?で、その娘さんはどこにいるんですか?」そもそも、前隊長の名前すら今日俺たちは知ったのに、家族がどこに住んでいるのなんて知りませんよと、お手上げのようにカイルは両手をあげた。レオンハルトは、どう説明しようか迷い、苦笑する。「実は……俺の婚約者なんだ。ただ、彼女が、前隊長の娘というのは知らなかったんだけどな。今、俺が、匿ってる」「……えっ?はっ?今……匿っている?」カイルが固まった。……言ってしまった。縁談話だけなのに、婚約者だなんて。少し恥ずかしい。だ
レオンハルトがダリウスと再会を果たし、アリエルと行動を共にしていた頃――ミレイユが読んでいたのは、毎日、自身と格闘するアリエルの姿だった。◆「アリエル、子供を買ったってどういうことだ」ダリウスとアドリアンが、真っ青になり、当然のようにアリエルに詰め寄る。だが、間違いなくそこにはやっと歩き出したぐらいの子供がいる。「アリエル、君は、毎日あっという間に野菜ができる錬金物はないか研究していたはずだったよな?」ダリウスは今更この子を返せとは言えないが、なぜこうなった?と確認した。アリエルは毎日、塔の前の畑で、何やら錬金道具を作るのだと格闘していたはずだ。「うまくいかないんだ。でも、副産物で栄養価の高い土ばかりできるからな。アドリアンから学んだ地図で、農作物の育ちが悪い地域に配ったんだ」ドヤ顔で、良いことをしたとアリエルは頷いた。出会った頃を思えば、雲泥で表情も会話も増えた。だが――常識は……ない。「勝手に?ど、どこにその副産物を配ったんだ?」アドリアンは慌てる。この樹海から南なら、それはすでに我が国ではない。勝手なことはできない。「うーん、地図は途中から見てない。同じ景色ばかりだからな」土地が衰えた田畑ばかりが広がっていたと話す。他国にとっても、樹海は脅威だ。おそらく、樹海周辺は人の出入りも少ないだろうし、農作物も魔物に食い荒らされる可能性も高い。そこで、最低限の生活している人たちは、あまり裕福とは言えないのだろう。アドリアンから学んだ世界を見ていたい。そこまでは、アリエルにも好奇心が沸く感情が出てきたのかと好意的にとってもいい。(……勝手に他国に行くのは問題だが、目を瞑ろう)ただ、どうして人に関心なんてないくせに……なぜ子供を連れて
ミレイユが、師匠アリエルの日記を読んで、自分が「買われてきた」過去を知り、衝撃に打ちのめされていた頃――レオンハルトもまた、突然現れた人物に混乱していた。「……総司令官!じゃねえ、ダリウス!お前、なんで今さらのこのこ出てきやがる!」どれだけミレイユが辛い思いをしたと思ってるんだ!そして、なんで俺を騙しやがった!怒りが抑えきれず、レオンハルトはダリウスの胸ぐらを乱暴に掴んだ。「すまない」ダリウスはレオンハルトに胸ぐらを掴まれた衝撃でよろけたが、そのまま抵抗もせず、ただ静かに言った。「お前には殴られても切られても仕方ないぐらいのことをしたと分かっている。ミレイユを託せて、行動に信頼がおける男がお前しか思いつかなかった」「それなら最低限でも言えることはあっただろ!今まで、どこに隠れてやがった!」信頼がおけるといって、信頼が置けない行動をした奴はどこのどいつだよ。レオンハルトは怒りで、ダリウスを殴り飛ばしたくなる。「……アリエルを助けるために動いていたんだ」「アリエル……って、ミレイユの師匠で、前隊長……だよな?一緒じゃないのか?」レオンハルトの力が、へっ?と一瞬緩む。てっきり、二人は一緒に逃げているのだと思っていたのに……ダリウスは、空っぽになった棚や、整えられた机をみて、つぶやくようにレオンハルトに話した。「ここは、アリエルが働いていた場所だ。もう知っていると思うが……ここに、アリエルはいた。ミレイユの養母で、師匠になる」「ふざけんな、なんでミレイユに大切なことを伝えていない?どこまで俺たちを振り回す気だ!」レオンハルトは、拳に力が入り、とにかく落ち着けと自分に言い聞かせた。聞かなければならないことがたくさんある。「アリエルが、王に捕まった。急なことで、自分も追われる身
アドリアンは戦場では珍しい十代の少女、アリエルをいやらしい目で見つめた。そして、そーっと手を伸ばす。だが、そのアリエルの体に触れようとした瞬間、腕を弾かれ一気に吹き飛ぶ。防御魔法を展開していたらしい。周囲に兵がいるのに、恥をかかされたアドリアンは怒りを露わにした。「お、お前、貴族に対して!」「貴族?」「そうだ!お前みたいな卑しい血の者が――」「卑しい血?貴族の血と何か違うんですか?」アリエルは短剣を取り出した。「な、お前、私を誰だと思っている?その剣をどうするつもりだ!」アドリアンは自分を攻撃する気かと思わず後ずさった。だがその瞬間「刺します」アリエルは自分の腕を刺した。そして、鮮血がその腕を垂れていく。「血は赤いです。貴族の血は違いますか?」無表情で痛そうなそぶりもなし。ダリウスもアドリアンも、そして周りの兵もざわめいた。「血……赤いです」反発というより血に関心がある感じだ。じーっとその流れる血を止めるわけでもなく眺め続ける。女性慣れしていないアドリアンも、さすがにこの子はおかしいと直感する。そのとき――空から攻撃が降り注いだ。「敵襲だ!」ダリウスや騎士団も急いで応戦しようとする。だが奇襲攻撃で、意表を突かれてしまった。爆撃で、多くの兵が吹き飛ぶ。そして、防御魔法を突破して、血まみれになり、左肩から下のアリエルの腕も吹き飛んだ。だが彼女は、無表情のまま、腰からハイポーションを取り出し、一気に飲み干す。そして、腕は生えてきて、その復活と同時に、その新たに生えてきた手をかざすだけで、攻撃方向に爆撃を叩き込む。激しい爆撃音と煙がその空間を支配するが、奇襲攻撃で、アリエル以外まともに立ち上がれるものはいない。それを見て、アリ
ミレイユは、師匠アリエルの日記をめくりつづけていた。そこに記されているのは、樹海防衛部隊の隊長になってからの記録。――毎日、どれだけの魔物を、いかに残虐に討伐できたか。そればかりが延々と書き連ねられている。さらに、兵たちに錬金物を持たせ、魔術師と同じように普通の兵でも大量の魔物を狩れる仕組みを検討していた。「今の師匠の考えとは、まるで真逆だわ……」ページを進めると、そこで、初めてダリウスとの出会いが記されていた。「ダリウスと出会ったのは、師匠が隊長になったばかりの頃なんだわ」ミレイユは、そこに、やっと知っている名前を見て、少しだけホッとする。◆「樹海以外の応援ですか。わかりました」淡々と答えたアリエルは、魔術師団長オルフェンに命じられるまま、紛争地帯へ向かう。アリエルは、魔術師としてその頃には、すでにオルフェンを凌ぐほどの力を持っていたと思う。だけど、樹海を支配する魔術師もいるといわれて樹海防衛部隊の隊長になっていたのだ。言われた命令を表情ひとつ変えずに遂行する。生きた兵器――そう言われるのは、アリエルが淡々と職務を遂行して、しくじることもないからだが、本人はわかっていない。「では行きます」錬金術で作り出した道具を山のように抱え、迷いもなく移動する。戦場で、そんなアリエルを迎えたのは、まだ二十代後半の若き第一騎士団長、ダリウスだった。その時、アリエルがダリウスと話した最初の言葉は?――「誰を殺せばいい? どれだけ殺したら終わる?」ダリウスは、アリエルを見て息をのんだ。部下を失い続け、苦しい戦況にあえいでいたダリウスですら、目の前の少女に寒気を覚えた。十代の女の子が、まるで感情を持たない機械のようにそう言ってのける。ダリウスは、「では、あれを殺せ」と言えるほど冷酷にはなれなかった。
ミレイユが、師匠が、樹海防衛部隊の隊長であることを知った頃、レオンハルトも同様にミレイユの師匠、アリエルが、樹海防衛部隊の隊長だと聞かされていた。塔の中の木箱は、前隊長が塔に隠して、建物には認識阻害までかけたということか。誰に対して隠そうと思ったのか?何を隠そうと思ったのかは不明だが、まずはその文書は俺の手のうちにある。とにかく動揺している隊員たちをまとめることに集中しよう人は、やることさえあれば、不安を誤魔化せる。いっそ、みんなに役割を作るか……レオンハルトは、決断した。「みんな、来て早々で話が違うと驚いているのはわかる。俺も同じ気持ちだ」あえて口にしてみる。自分だけじゃないと分かれば、少しは落ち着くはずだ。「だが、まずは情報を集めたい。ここにいた五人は、この基地内のことは把握しているか?」「どこに何があるか、程度なら全員わかります」答えたのは、先ほど、ここの壕の入口で待っていた兵だ。「君の名前は?」「セリオです。偵察を担当していました」だから、見張りだったわけか。レオンハルトは、頷いて指示をする。「よし、セリオ。まず隊長室以外で、この樹海の状況が分かる書類を全部ここへ持ってきてくれ」「わかりました」「それから武器になりそうな物も……錬金物の保管場所が他にはないかもこの壕の中をみんなで手分けして調べろ……」元々いた隊員と新しくきた隊員を何人かで、グループにする。「それ以外で、もし気になる物があればもってくる。あと、不安なことや気になることがあるなら何でも言ってくれ」指示を飛ばすと、兵たちは不安を抱えつつも、頷いて、何人かに分かれて壕の奥へ散っていった。「カイル、今はとにかく役割を与えてみんなを動かすぞ。気力を奪ったら、みんな動けなくなるからな」「了解です」







