Masukミレイユは、一通り塔の中を探り続ける。
だが、中が暗く、手探りで動き続けるしかなかった。 「誰かがいる様子はないし、とりあえずは安全なのかな?何をどういってもこの以外住む場所はないんだし……」 ボロボロになったお店と住居が兼用だった。 あれだけ壊されてしまったら、もう住むことはできない。 ミレイユは、この古びた塔を新しい住居にすることに決めた。 「ここで生活を立て直す。そして、お金が貯まったら絶対にこの国を出るんだから……」 そう強く心に誓う。 激しい尋問で傷だらけになった体は、ポーション一本では全然回復しきれなかった。 だけど、どんなに体が悲鳴を上げていても、食料の確保は急務。 長く何も食べていない。 じっとしていられない。動かなきゃ……。 蔦の隙間から覗く月明かりだけを頼りに、二階の小さな部屋へと移動する。 布をそっとめくると、埃をかぶったベッドが姿を現した。 そして、その隣には魔石ランプが置いてあって、ようやく灯りをつけられた。 ぼんやりと光が広がり、その部屋は多くの書類と本が積まれ、人がかろうじて過ごすスペースがあるだけだということがわかる。 ベッドの脇にはガラス棚があり、私はその扉の中に見慣れた瓶があることに気づく。 師匠が用意してくれたポーションや解毒剤がきちんと並んでいる。 「これは、ハイポーションじゃないの!他にもポーションに解毒剤に……色々あるじゃないの。 師匠!ありがとう……?いや、師匠のせいでこんな目に遭ったんだから違うか?」 小さく心の中で呟きながら、ミレイユは棚にあったハイポーションを一気に飲み干した。 体の中の傷が一気に熱を持ち、体の中の血流がぐっと増えていく感覚がわかる。 その傷が、急激に塞がり、滲む血も止まる。 すると、痛みがなくなり、今度は一気にここ数日の疲れが襲ってきた。 散らばった資料も見えるけど、今はとにかく体を休めることだけに集中しよう。 ぐったりとミレイユはベッドに倒れ込む。 そして、そのまま、まるで底なしの深みに落ちていくように、深い眠りに沈んでいった。 ◇ どのくらい眠ったのか? 目が覚めて、ぼんやりと天井を見上げる。 「……夢?いや、そんなものは見ていないはず」 いろんなことがありすぎて、師匠の夢でも見られたらいいのにと思ったのに…… 起こったことは全て悪い夢だったらよかったのに…… ミレイユは、滲み出る涙をぐいっと腕で乱暴に拭いて、ベッドを片付ける。 「それにしてもよく寝た。店も仕込みもなくて、こんなにゆっくり起きられるのは初めてかも」 腕を上げたり、足を上げてみる。 ハイポーションの効果は凄まじく、昨夜はまだ、残っていた体の痛みはすっかり消えていた。 だが、空腹を和らげる効果はほぼゼロに等しい。 「水だけじゃお腹は満たされないわよね。」 とりあえずベッド脇にある窓を開けてみると、目の前はびっしりと蔦で覆われていた。 夜、月明かりだけとはいえ、真っ暗だったのはコレが原因か? 「これじゃあ外の様子もわからない……今は朝?昼?それとも夜?」 まだ時間の感覚も戻っていない。 ただよく寝たという感覚があるだけだ。 「まずは何か切るものを……」 棚を探ると、店でも扱っている冒険者セットが入っており、その中には見慣れない小型ナイフが入っていた。 「これでいける!」 ミレイユは、ナイフで蔦をざくざくと切り落としていく。 「うん、切れ味は最高!」 不恰好だけど、一束ずつナイフが蔦を切り落ちていくたびに光が差し込む。それによって、ようやく日の高さから朝だとわかった。 蔦の中には枯れている部分も多く、次々とザクザク切り落とされていく。 案外、スムーズに切れることに、ミレイユは安堵した。 ◇ 階下に降りると、師匠の育成促進キットで育ったじゃがいもが、数日どころか一晩で食べられるほどに成長している。 「師匠、すごすぎる!私がやっても、これが育つのに最低でも3日はかかるのに!」 一晩で育成促進って、もはや魔法だ。 これで、豆も芋も夕方には収穫できそうで、希望が膨らむ。 「そうなると、調理するための火をいれないとね」 野菜の種が入っている横にあった火打ち石を取り出し、慎重に火を起こす。 枯れ葉や落ち葉、枝をくべて、焚き火がゆらゆらと燃え始めた。 更に、湖の水を汲んで、鍋で煮沸しながらじゃがいもを煮る準備も万端だ。 「よし、これで最低限の生活はなんとかなる」 ほっと胸を撫で下ろしたその時―― 「ん……?」 突然、辺りが煙でいっぱいになった。 焚き火の上からもくもくと黒い煙が立ち上っている。 木や葉っぱが完全に乾燥していなかったからだろうか? 「ひゃあああ!!やばい!これ、外から見たら火事だよ!絶対バレる!」 焦ってバケツの水をひっくり返し、必死で火を消そうと焚き火に水をかける。水がかかってパチパチと音を立て、白い煙に変わり、立ち上がる炎が消えていくのを見てようやく一息ついた。 「はぁ……危なかった。火を起こすって思ったより難しいなあ」 ミレイユはため息混じりにぽつりと呟く。 「たかが火起こし、されど火起こしって感じ……」 火が消えてほっとしたのもつかの間、疲れが一気に押し寄せてきて、途方に暮れてしまう。 そんな彼女の背後で―― 気づかぬうちに、昨夜ここへ転移してきたときに使った魔法陣が、静かに、しかし確かに光り始めていた。「じゃあ、行ってくる」表情は固いが、もう揺らぐことはないといった表情のカイルがレオンハルトやダリウスたちに告げる。「深追いするな。危険そうならすぐ戻ってこいよ」レオンハルトは思わずそう声をかけるが、カイルは愛する人のところに辿り着くまではきっと戻ってこないだろうと思っていた。最後に彼女を連れ去る予定なので、ユリウスの執事と接点を持ってから彼女の元に行くことになる。どうか、最後まで無事にいてくれよ――レオンハルトがそう願う横で、カイルはレオンハルトの肩を叩き、拠点を出ていった。魔物よけの鈴と、予備のポーションを持たせてある。順調にいけば、樹海を抜けて王都まで二時間ほどで辿り着く。魔物に遭遇することもないはずだ。カイルがいなくなると、拠点入り口はダリウス、ブレスレットで戻ってくる魔法陣のある隊長室をレオンハルトは警備しはじめた。「俺たちも周辺警備します」他の兵にも緊張が伝わったのだろう。休憩を回しながら、みんなで拠点を守り始める。ミレイユも治療道具や薬草を塔から持ち込んだ。体調が悪い彼女のために、拠点や塔に横になれるスペースを確保しておく。「いつ来てもらっても治療開始できます」あとは、カイルとその彼女の無事を祈るのみだった。◇そのカイルが王都にあるユリウスのタウンハウスに着いたのは出発から二時間後だった。馬は近くの預かり所へ預けておく。この馬を二度と取りに来ないだろうが、店にとっては良い馬だ。文句は出まい。……問題はここからなんだよな……冗談で執事に刺されるかも……なんて言ったが、実際に怖いのは兵に囲まれることや背後を狙われることだ。ユリウスのタウンハウスは、侯爵家だけあり門だけでもかなり立派なものだ。入り口はどこだよ?カイルがキョロキョロと周辺を見ると、正門に警備兵を立た
ダリウスは、最後にミレイユに声をかけようか迷っているようだった。彼にとっては娘同然だ。クーデターが終わった後、もう戻ってこない。それを、自分の口で伝えるべきなのか……だが、レオンハルトはダリウスに冷たく告げた。「ダリウス、どんなに綺麗なことを言ってもアリエルとミレイユとは別れるんだよな。ミレイユは優しいから、仕方ないと涙してくれるかもしれない。そして、ダリウスから別れを告げられたことをアリエルに苦しみながら告げるだろう」「……ミレイユに全てを任せるのは……酷だよな」「ああ、何も言わないまま去ってくれ。ミレイユは何も言われなかったことにしてくれ。代わりに俺が2人には伝える。何も言わずに去るような男はろくなやつじゃない。離れて正解だってな」ダリウスは、レオンハルトに静かに頷いた。「もしアリエルが動けないようなら、アドリアンに一旦保護を依頼する。レオンハルト……ミレイユを……いや、2人を頼む」「ああ」レオンハルトはダリウスを連れて拠点に戻り、再び塔へ、ミレイユの元に戻っていく。2階に上がると、3階にいたはずのミレイユがいた。「ごめん、休憩か?ダリウスを連れて帰ってたんだ」レオンハルトは、何もなかったようにミレイユに微笑んだ。だが、ミレイユは首を振った。「分かってました……声が聞こえてたから……話を聞いてしまいました」ミレイユが目に涙を溜めてうつむいていた。レオンハルトは、ミレイユをぎゅっと強く抱きしめた。「すまない。俺の独断でミレイユとの会話をさせなかった」「ううん、私、貴族のことをよく分かってないから言ってしまったかもしれない。どうして全てを投げ捨てて師匠の元に、私たちと一緒にいてくれないのって……それができないからダリウスだって悩んでいたのに。
塔に戻ってきたレオンハルトはコーヒーを淹れ、ダリウスに持っていこうか迷っていた。「そっとしてやる方がいいか……」ミレイユは3階で、早速万能薬の研究を始めてしまった。気持ちが落ち着いたら、ダリウスには、アリエルの今後についても相談しておきたかった。一つは仕事についてだ。アリエルの前職とレオンハルトの現職が被ってしまう。お互いどこかに異動になるのか、それともどちらが樹海防衛部隊に残るのかまだわからない。出来れば彼女の仕事を奪う形になるのは避けたい。もう一つはプライベートな方だ。こっちは今後どうしていくかを真剣に決めておく必要があった。もしダリウスが本当にアリエルから離れるなら、お店の再建ができるまではアリエルもミレイユも、今後は俺のタウンハウスで保護するのがいいだろう。たとえミレイユが、日々を取り戻す中で自分に別れを告げられることになってもだ。考えるだけでつらいが、その時も居場所の確保までは手伝うつもりだ。問題は、それはアリエルが移動できる容体の場合の話だ。それならタウンハウスで問題はないが、移動できないほど重体な場合はどこに連れていくのか。厄介なことに魔導炉は樹海の中だ。魔導炉から指輪でこの塔に連れてきて回復を待つこともできる。しかし、この塔に医者を連れて来ることができない。重体のアリエルをつれて、樹海の中、王都まで馬を走らせる?現実的ではない。一番体に負担がかからないのはただ一つ。ダリウスのブレスレットを使ってアドリアン宰相のタウンハウスに飛ばし、一旦はそこで治療を受けさせる方法だ。だが二度と交わることはないと自分のブレスレットを返してきたアドリアンが協力してくれるだろうか。いや協力してくれないと困る。今、ミレイユは手に入った光属性の魔核に夢中だ。万能薬の研究に没頭している間は降りてこない。ミレイユが席を外している間に、ダリウスとよくない未来を想定した話は済ませておきたいのだ。
一方のダリウスは塔の4階に上がり、ぼんやりとアリエルの日記や、思い出の詰まった木箱の中身を見つめていた。最初のころは、ダリウスもよく知っている懐かしい思い出が綴られているだけだった。アリエルは、どこか学校に行ったわけでもないのに錬金術を学ぶために難しい本も読めるし、文章にすることもうまかった。だが、自分の行動には自信を持つことが難しかったようだ。 何度もその日どのような動きをしてどう答えたかを記録にして、「これで大丈夫?」と聞いてきたものだった。ミレイユの育児のことも、だんだん増えていく樹海防衛部隊の隊員に対する対応も、アリエルなりに一生懸命考えていた。アリエルはほとんど不眠不休だった。 だが、それは自分は大丈夫でも、他人にはそれを求めてはいけないと少しずつ理解し始めていたのだ。責任感が強く裏表もない。 子供のまま大人になったような女性だった。ダリウスは、その「自分は大丈夫」という考えをなぜ疑問に思えなかったのかと頭を抱えた。「お前も甘えていいし、休んでいいんだ」とどうしてアリエルに言ってやらなかったのだろう。 アリエルの生きてきた道は、人と違うのだと理解していたはずなのに……自分がそのサインを見逃してしまったと、日記を読みながら知った。ダリウスは、アリエルが危険な生きた兵器であることを知っていた。だから、人にそれを強いてはいけないと伝え、やってはいけないことばかりを教えてきた。でも、本当に必要な言葉はそれじゃない。「お前もみんなと同じようにしていいんだ」とただ毎日伝えてやることだったのだ。 なぜなら、アリエルはみんなの普通を必死に理解しようとしていたのだから……アリエルの日記には、常に「これで大丈夫か」という不安がにじんでいた。最後の頃を思い出す。そういえば、ダリウスに今日あったことを書いた日記も見せなくなっていた。実際、不安定になってからは、日記は書かれなくなっていた日もあった。かと思えば、王や魔術師ライナルにされていること
「ダリウス……大丈夫かしら?」ミレイユの声には心配が滲んでいた。あんなふうに泣くダリウスを見るのは初めてだった。塔を外から眺めたあと、中を一通り見て今は四階にいる。「アリエルの日記をゆっくり読ませてもらえないか?あいつの苦しみに俺は気づいてやれないダメな男だったから……」それを聞いたレオンハルトからは、「そっとしておいてやろう」と言われていた。すでに外は暗くなっている。鈴を鳴らしながら、二人で外に出る。水場の音が静かに流れている。「本当に師匠とお別れしてしまうのかな……」ミレイユは、帰ってきたとき、傷ついた師匠がさらに傷つく姿を想像して胸が締め付けられる。「私に、もう何もできないのかな……」思わず小さく呟く。辛くて、現実を考えたくなかった。「ミレイユ、辛いが俺からも話がある。」レオンハルトは、先ほどダリウスと話し合った【もしクーデターが失敗したら】という状況に陥ったときの話を伝えた「うまくいかなかった時のことなんて、考えたくない……聞きたくもない」ミレイユは胸の奥で震える思いを押さえた。「でも、もし一人になったら……露頭に迷うのは確かだ。残念だが捕えられてしまったら、今度こそ俺もダリウスも……そしてアリエルもここには戻れない。そして……この塔も樹海の中にあり、いつまで安全かはわからないんだ」レオンハルトも震えるミレイユを抱きしめて優しく頭を撫でる。ミレイユは、嫌だと何度も頭を振った。「逃げた方がいいんでしょうか……? みんながいないなら、いっそ王の言いなりに……」魔術師の強さはわからないが、アリエルが捕まっているのだから、それを上回る可能性が高い。ひとりで逃げ回る未来を想像すると、い
拠点内に、装具や道具がすべて揃った。……かなり圧巻だ。ダリウスはいよいよこの道具を使って、アリエルを助けられるという思いと、その日が俺たちの最後だという気持ちで心が揺れ動いていた。防具や盾に煌めく月影狼の毛皮(しかも甲殻魔物の粉末仕上げ)に夜目レンズ、指輪型の魔力抑制布――麻痺付き。その他数多くのハイポーション、ポーション、睡眠玉、解毒剤、魔物よけの鐘や鈴が並べられていく。そのほかにも爆弾系がいくつか入っていた。「ミレイユ、これだけ多くのものを集めるのは大変だっただろう」「爆弾系はあんまり得意じゃないんです。ダリウスも知ってるでしょう。師匠は爆弾を作るのは嫌がってましたから、作れるというレベルなんです」ミレイユが肩をすくめて言う姿にダリウスも微笑んだ。「そうだったな……あいつは素材を痛めるし、無意味な殺生にもつながるからと使わなかった。ただ、魔物からしたら爆弾で殺してくれというぐらいアリエルの方が殺傷能力が高かったがな」「師匠はいつもきれいな素材を持って帰って来ていたから、それが当たり前だと思っていたの。今ならとんでもないことだって分かるわ」ダリウスとミレイユはまるで父と娘のように仲良く話しながら笑った。「そう言われたら店で爆弾は見なかったな……」レオンハルトも店で一度品揃えを見たが、危険なものを取り扱っていた印象はなかった。「月影亭でも爆弾系はほとんど出さなかったの。作るとしても受注生産で見えるところには置いてなかった。魔物退治というよりは、道を塞ぐ落石を壊すといった用途が主流ね。魔物用に欲しがる商人や旅人には、かなり使用上の注意をしていたわ」「徹底してたんだな……使用頻度が低い分、苦手なのも無理はないけどよくこれだけ作ったもんだ。ミレイユ、この後はゆっくり休むんだぞ」レオンハルトが休むように念押しをすると、ミレイユも恥ずかしそうに「はい」と答える。「これだけのものを備えているのに、ユリウ







