Chapter: ー第2章ー 2.ヰタ・セクスアリス Ⅱ部屋で二人は一糸纏わぬ姿になって向かい合った。これ程互いの生まれたままの姿をじっくりと見詰め合うのは初めての事だ。 「あたしはセシルに|抱擁《ハグ》をされるのが好き」セシルをそっと抱き締めて首筋に顔を埋めながらそう言った。「堪らなく安心するの。心まで包み込んでくれている気がするから」イレヱヌが口を開くと「僕はイレヱヌが気持ち良くなってくれるのを見るのが好き」セシルもそっと抱き締め返しながらそう返す。「僕に一番心を開いてくれていると思うから」二人は視線を交わす。どちらともなく顔を近づけ|接吻《キス》をしていく。最初は軽く唇を食み合う。お互いに相手の皮膚をなぞり合った。擽ったさに笑い声を混じらせながら|接吻《キス》を続ける。次第に唇を深く重ね合って舌を絡ませた。セシルはイレヱヌの白い身体をそっと横たえる。指だけでなく唇を使って身体の輪郭を丁寧になぞっていくと、イレヱヌの身体は次第に桃色に染まっていく。イレヱヌは次第に息遣いが荒くなり、頬が薔薇色に染まった。 「イレヱヌ、可愛い」セシルが呟いた。 (可愛い) セシルの頭の中は其れだけが浮かぶ。こんな姿を見たのは自分だけだ。其の事実に頭は熱で浮かされる。悟性と理性が獣の本能によって掻き乱され情動の前に跡形もなくバラバラになりそうだった。(優しく……優しく……)セシルは自分に何度となく言い聞かせる。手が無様な程に震えだした。これ程緊張を憶えたことなど今までに無かった。「セシル、怖いの?」イレヱヌがセシルの頬を両手で包み込む。「|理解《わか》らない。何故か震えが止まらなくて」セシルが困惑していると、「セシル、あたしは大丈夫」イレヱヌが安心させようと|微笑《わら》いかける。「相手がセシルだって|理解《わか》っているから」「だから、大丈夫よ」イレヱヌはそっとセシルを抱き締める。セシルは|聖母《マドンナ》の胸に抱かれていた。其の後はお互いの身体に触れあい、熱を分け合った。次第にセシルは自分を抑制出来なくなる。自分の内の獣は唸り声をあげて飢えを訴えた。イレヱヌの身体を飢えが無くなるまで何度も啄む。此のまま二人ともどろどろに溶けて形が無くなり、一つになってしまいたい。セシルはそんな狂暴な欲望に頭が支配された。イレヱヌはセシルを優しく抱き締め続けた。 二人の頭が熔けそうな程抱き合った後にふと、にゃうにゃうという鳴き声と爪
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Chapter: ー第2章ー 2.ヰタ・セクスアリス Ⅰ ヴェネツィアは不思議で面白い街だった。昔ながらの街並みが其のまま残り、細い入り組んだ道があるかと思えば階段も出現する。まるで迷路を彷徨うようだ。ただ歩くだけでも冒険になる此の街にイレヱヌはすっかり虜になった。但しセシルは歩くだけでも疲れてしまうこの街の構造に不満を感じたらしくすっかりむくれてしまった。 「イレヱヌったらどうして目的地をヴェネツィアにしようと思ったの?」と不服そうなセシルに訊かれた。嫌なら付き合う必要無かったのに、と思いつつも「前々から来たかったの。水の都って浪漫チックで素敵でしょ?」と答える。 「確かにここは美しいよ。僕が画家ならきっと何枚も絵に残してる」セシルは同意しつつも「でも僕は画家じゃないんだよイレヱヌ……」とセシルは悲嘆に暮れた。「もう、不満ならあたしの旅行に付き合う必要無かったのに」と呆れた声を出すと「イレヱヌは僕とずっと側に居たくないの?」と言いイレヱヌの前を歩き出す。すっかり拗ねてしまったようだ。性に関しては早熟なのに心は五歳児並みに幼稚だ。イレヱヌは溜め息を付きたくなった。(セシルに何かを論理的に説明すするには語彙だけでなく色んな色のクレヨンも用意した方がいい)イレヱヌは確信した。 街の散策をセシルは楽しんでいなかったため、カッフェ・フロオリアンで休憩をしてトラメッツィーニ、チョコラータ・イン・タッツァ、カフェラテ等の軽食を済ませた後に予約をしたゴンドラ遊覧に移動した。セシルはゴンドラに乗って「昔のヴェネツィア貴族みたいな衣装を着たかった!」と残念がった。「其の気持ちはちょっと分かるかも」とイレヱヌも同意する。ゴンドラで優雅に運河を移動し昔ながらのヴェネツィアの街並みを眺めていると、まるでタイムスリップでもしたような幻覚におそわれる。自分達が十七世紀頃の裕福な商人や貴族にでもなったような感覚になった。美しい街並みの中を愛する恋人と一緒に眺めるヴェネツィア貴族の娘とはこんな感覚だったのだろうか、と思いを馳せる。 「セシルと一緒に来れて良かったなあ」イレヱヌはしみじみと呟いた。「本当に?そう思う?」セシルは何故か目を丸くして尋ねた。どうして驚いているように見えるのかイレヱヌには分からない。「当たり前じゃない」イレヱヌはセシルの目を見て頷く。「好きな人とこんなに綺麗な街に来られるってとっても幸せじゃない?」セシルは瞬きをした
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Chapter: ー第2章ー 1.l’aventure Ⅱ 夜が明けたら|未蘭《ミラノ》に着いていた。眩しい日の出で外の耀が透けた|日覆い《ブラインド》を開けると目の前には|未蘭《ミラノ》中央駅が見えてきた。石造りの巨大な建造物は駅というよりも神殿を思わせる外観だ。確かムッソリイニが権力の象徴で作らせたものだったはず、と朧気な記憶を辿った後にイレヱヌは慌てて写真を撮る。セシルはまだ夢の中だ。朝は弱い方なので当然だろう。イレヱヌはセシルが眠っている間に昨日の食事や買い物、オリエント急行の外観、内装等についてイラストと文で書いていく。完全に習慣だ。そうだ、廊下の写真も撮っておきたい、と思い部屋を出る。列車は連結部分の扉も|桃花心木《マホガニィ》が使われ、各車両には各々の名前や由来、製造年が記されていた。窓から駅を眺めると、鉄骨と|硝子《ガラス》で出来たアーチ屋根が見える。 (綺麗……)|未蘭《ミラノ》中央駅が非常に壮麗な駅である事は勿論知っていたが、間近でみると想像を超える感動があった。 イレヱヌは車内の探検に満足して自分達の部屋に戻る。「お早うイレヱヌ」何故か少しむすっとしたセシルが頬に|接吻《キス》をして出迎えてくれた。「もう、どうして一人で何処かに行っちゃうの?」頬を膨らませながら不満を訴えてきた。イレヱヌはやや面食らいながら 「セシルは未だ寝ていたから起こしたらいけないと思って」と理由を答えた。「そんなに機嫌を損ねないで、ダアリン」イレヱヌはあやすように|微笑《わら》いかけながらセシルの桜桃の様な唇に小鳥が啄むような|接吻《キス》を落とした。「駄目、そんなんじゃ僕の機嫌は直らないよ」セシルは笑いを含んだ甘え声でイレヱヌの首筋に頬を擦り付ける。ルルがマアキングをする姿を彷彿とさせ、思わず笑いそうになった。首筋に顔を埋めてセシルは「さっきまで何してたの?」と訊いてきた。「落書きした後写真を撮ってたよ。」と擽ったさに笑い声混じりに答えた。 「落書き?」とセシルが不思議そうにするため、「絵日記みたいなものかな?」と首を傾げながらイレヱヌは答えた。実際は日記という程の内容も無いのだが。「ほら、このノオトに書いてるの」と部屋の|卓子《テェブル》のノオトを見せながら教えた。大胆な波と青みがかった山の“浮世絵”と呼ばれる版画が印刷されたノオトだ。偶々メトロポリタン美術館で此の版画を見て、ジャンヌが「Iの眼の色に似ているわ
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Chapter: ー第2章ー 1.l’aventure Ⅰ 一九六○年イレヱヌ達は高等学校一年に上がる年に入った。 イレヱヌは中等部三年の二週間の春休みを利用してオリエント急行での旅行を計画した。アガサ・クリスティの“オリエント急行殺人事件”を読んでからずっと乗りたいと密かに思っていたのだ。小説が発表された時代はまだ飛行機も無かったためかなり利用客が多かったようだが今は其処まで混みあっていないと聞いた。春休みの予定をセシルと話す事になり、イレヱヌがそう答えると「じゃあ僕も一緒に行くよ」と云った。耳を疑い「えっ」と思わず驚く。セシルがアガサ・クリスティを好きとは聞いた事も無かったし、“オリエント急行殺人事件”を読んだとも聞いていない。不思議に思っていると「恋人と二人きりで旅行したいって思うのはそんなに変なの?」とセシルが拗ねて訊いてきた。 「あたし、今まで旅行は家族と行くものだと思ってたから」「恋人同士でも行っても変では無いよね。そういえば」イレヱヌの其の言葉に 「僕は家族で旅行をしたことも無いよ。楽しみだね」と|微笑《わら》いかけながらセシルが言った。イレヱヌも楽しみに胸を膨らませながらも家族で旅行に言ったことがない、というセシルの言葉が引っ掛かった。イレヱヌはセシルの家族の話を本人から聞いたことは一度も無い。何となく触れてはならないことのような気がしたからだ。 オリエント急行は仏蘭西発のものにした。スイス発のものもあるがその前にセシルが|巴里《パリ》で買い物をしてから乗りたがったからだ。セシルは最初|巴里《パリ》の老舗ホテル“オテル・リッツ・パリ”に泊まりたがったが、|巴里《パリ》観光でシャネルやディオウルの服を買いたがっている事を知り、“オテル・リッツ・パリ”の宿泊費で服が買える事を伝え、ジャンヌの所有するアパルトマンに泊まる事になった。セシルはオリエント急行での旅の後は暫くアパルトマンでゆっくりしつつ、観光をすることを希望したためルルが淋しい思いをしなくて済むようにルルも連れて行くことにした。 アパルトマンは|巴里《パリ》十六区にあった。残念ながらこの時はアルジェリア独立に反対する極右武装組織のテロ行為が行われていたため、イレヱヌの記憶よりも物騒な空気となっていた。保守的な富裕層や政府要人が多く住む区域であったことの影響だ。 アルジェリアの治安維持のために仏蘭西軍が派遣されていることやアルジェリア
Terakhir Diperbarui: 2026-08-26
Chapter: ー第1章ー 4.Cyrano de Bergerac季節はいつの間にか冬になる。この時期は|滑雪《スキイ》、|氷戯《スケエト》が授業で選択できた。冬は寒くて大嫌いな季節だったが|滑雪《スキイ》、|氷戯《スケエト》は昔から好きなため、少しだけ楽しみな時期になった。(なお、ルルは冬はベッドから出てこなくなってしまう。ルルは大抵の猫と同じく寒さが苦手だった) サン=ポウル学院は冬になると中等部、高等部の三年が劇を|演《や》るという伝統だ。イレヱヌ達中等部は“ハムレット”と“シラノ・ド・ベルジュラック”を演ることになった。そして“シラノ・ド・ベルジュラック”の配役はあろうことかロクサアヌはイレヱヌ、クリスチャンはセシル、シラノはシリルだった。何とも悪趣味な人選だ。間違いなく不特定の人間が悪意を持って投票したに違いない。あの訳の分からない噂が校内に広まったらしいということは知っている。恐らくここ暫くの騒動への当て付けとしてこの配役になったのだろう、とイレヱヌは察した。人前で自ら道化となるなど御免なため配役を降りたかったが、大道具も楽器も自分は立候補出来るほど上手くはない。せめて家政婦や修道女役では駄目なのかと訊いたところ、ロクサアヌより家政婦や修道女が美人では物語が成り立たなくなってしまう、と家政婦役のアンヌと修道女役のジュリエットの至極もっともな意見により却下されてしまった。イレヱヌは生まれて初めて自分の美貌を心から呪った。セシルは顔だけの頭が悪い男役なんて…とブツブツ言っていたものの、クリスチャンの衣装を見るや否や「僕まるでルイ十五世みたいじゃない?」と上機嫌で身につけた。確かに“最愛王”と言われた美貌で知られるルイ十五世の若い頃の肖像画に似ている。シリルは眉間に皺を寄せ、何時もにも増して不機嫌そうだった。恐らく自分が見せ物になること(おまけに醜い容姿役)になることが耐えられないに違いない、とイレヱヌは思った。 そして放課後稽古が始まった。『貴方は震えている。そう、貴女は震えている。風にそよぐ木の葉のように。そう、震えているのだ。君の意思では無いかもしれぬが、私は感じる、懐かしい君の手の戦きが|茉莉花《ジャスミン》の枝を伝って此処まで降りて来てくれる』『そうですわ。私は震えております。私は震え、涙に濡れて恋するあなたのものになるのですから。恋に酔わされて』 先ずは台詞の読み合わせから始まった。台詞を憶えて諳じる
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Chapter: ー第1章ー 3.萌芽 イレヱヌは結局、恋愛も夢も、自分に出来ることさえも曖昧なまま歳を重ねていった。勉強だけは頑張り、先生に褒められる事も多くなる。手紙や電話でジャンヌ、エドワアドにも褒められた。其れは勿論嬉しい事なのだが其れだけだ。自分は勉強が出来るようになれば満足出来るわけではない。 いい加減先の見えない未來や終わりの無い勉強にも疲れはててデエトに誘われるまま気紛れに何度か行った。しかしやはり想像通りというべきか詰まらない、アンニュイな気分にさせるものだった。例え流行りの映画を観ても、ディナーをしても(此れなら独りで勉強をして過ごす方が良い)毎回結論はここに行き着く。そして相手に予習、復習を理由にデエトを早めに切り上げたいとやんわりと伝えると「イレヱヌは真面目だね」と笑われる。何故かその言葉は堪らなくイレヱヌの神経を障った。 イレヱヌをデエトに誘う相手は自分を実際より大きく見せようと見え透いた張りぼての虚勢を張りたがる脆弱なプライドの持ち主ばかりだった。大した実力も実績も無い人間には有りがちな事だ。しかしイレヱヌからすれば継ぎ接ぎだらけの虚栄の人間との会話は自慢話ばかりで空っぽな退屈極まりないものだった。 此れならセシルと小説や映画の事などで会話に花を咲かせる時間の方がよっぽど楽しい。そして相手は自分の事を好きな訳ではない。単にイレヱヌの姿だけ見て自分にとって都合の良い偶像を相手に妄想をしていただけに過ぎない。少しでも気持ちを楽しいものにしたいと“昼下がりの情事”のオードリィ・ヘップバアンを真似てジバンシィのバックに二つリボンの付いた白のノースリイブドレスに白のショートグロオブを着けたのだが、結局「何でこの人とのデエトだけのためにこんな格好したんだろう」と堪らなく後悔した。 (セシルに会いたい)その思いで頭が一杯になる。二人でお洒落をしてカフェに行き“キャンディ”や“醜い亜米利加人”について話したくて堪らなくなった。其の日のノオトにはデエトの服装、映画の内容を書いた。次いでに「あと一時間で世界が滅ぶとしたらもう一度同じ様に過ごす。永遠みたいに感じるから」と書くことも忘れなかった。女子寮の談話室で瑞西人のアンヌ・ベッソンと英吉利人のジュリエット・サンダースにその話をしたところ二人に大笑いされてしまった。 自分は特に夢というものを持つことも無く、シリルが言ったように特に好き
Terakhir Diperbarui: 2026-08-14