わたしを殺した騎士が、記憶を失って“好きだ”と言ってきた。

わたしを殺した騎士が、記憶を失って“好きだ”と言ってきた。

last updateLast Updated : 2025-09-18
By:  吟色Updated just now
Language: Japanese
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「私を殺した騎士が、記憶を失って“好きだ”と言ってきた。」 かつて私は、あの人に斬られて死んだ――はずだった。 なのに目覚めた私を抱きしめたのは、彼だった。優しく、哀しげに。 記憶を失った騎士は、まるで恋人のように私を守ろうとする。 けれど私は知っている。彼の剣で命を奪われたことを。 “なぜ彼が私を殺したのか”――その理由を知るまでは、愛されてはいけない。 それでも、触れられるたび心も身体も壊れていく。 これは、殺された少女と、記憶を失った騎士が織りなす、 赦しと愛の歪な物語。

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Chapter 1

殺されたはずなのに、なぜ

痛みが、まだ生々しく胸に残っていた。

熱に浮かされたような視界の向こうで、誰かが私の名前を呼んでいる。その声が、信じられないほど優しかった。

「……リア、目を覚ましてくれ」

私の額に触れる手。男の声。低く、少し掠れていて、けれどどこか懐かしい響き。まぶたを押し上げると、目の前に一人の男がいた。

漆黒の髪と鋭い輪郭。凛々しい目元。

見覚えがある——でも、その顔は私にとって、最も見たくなかった顔だった。

「……なんで、あんたがここに……」

声がかすれる。痛みと混乱で、頭がうまく回らない。でも私は確かに、この男に殺されたのだ。胸に深く、鋭く突き立てられた剣の感触。今も、身体の奥にその記憶が刻まれている。

「よかった、助かって……本当に……」

男——カイルは、まるで恋人に再会したかのような顔で笑っていた。その表情が、なによりも恐ろしかった。

私は首を振ることもできなかった。傷は深く、意識はかすれていく。それでも、この状況が夢や幻ではないと、理性のどこかが告げていた。

「気をつけろ。まだ完全に治ってない。しばらくは寝てた方がいい」

カイルはそう言って、壊れ物を扱うように慎重にブランケットをかけ直した。その動作一つひとつが優しくて——優しすぎて、気が狂いそうだった。

どうして、こんな顔をするの? 私を殺したくせに……

涙が勝手ににじんだ。声を出す力はなかった。けれど、カイルはそれを誤解したのだろう。彼の手が、そっと私の頬に触れた。

「ごめん……怖かったよな。でも、もう大丈夫だ。俺がいるから……」

その言葉が、刃よりも鋭く胸を貫いた。この男は、覚えていない。私を殺した記憶を——

リアは目を閉じた。見たくなかった。あの男の顔も、声も、聞きたくなかった。

「俺は……なぜ君と一緒にいるのか、よくわからない。でも……顔を見た瞬間、守らなきゃって思った」

静かに語るその声音が、酷く優しい。あまりにもまっすぐで、残酷なほどに無垢だった。

私を殺したあんたが、そんな顔するなんて。

私の中に、記憶が蘇る。血の匂い。倒れた感覚。剣が胸を貫いた時の衝撃。そして、崩れ落ちる意識。

「……本当に、何も覚えてないの?」

絞るような声で問いかけると、カイルは眉をひそめて目を伏せた。

「夢を見た気がするんだ。君が泣いてて……俺は、血まみれの剣を持って……でもぼやけてて、何があったのか……」

その言葉に、リアの胸が痛んだ。何もかも忘れたふりをしているのではない。本当に、記憶が欠けているのだとわかってしまう。だからこそ、怒ることもできなかった。

カイルはベッドにそっと手を添えて、彼女を見つめた。

「怖がらせてごめん。でも、無理に話さなくていい。今は君がそばにいるだけで、それでいい」

優しい声だった。けれどその優しさが、何よりも残酷だった。

-----

日が傾き始めた頃、私はようやく起き上がることができた。小さな山小屋。質素だけれど清潔で、暖炉では薪がぱちぱちと音を立てて燃えている。

カイルは台所で何かを作っていた。慣れない手つきでスープをかき回している。その後ろ姿を見ていると、胸の奥が複雑にざわめいた。

この人が、本当に私を殺したの? 今のこの優しい人が?

「起きたのか。体調はどうだ?」

振り返った彼の顔は、心配そうで、愛おしそうで——私への愛情が、隠しようもなく溢れていた。

「……少し、良くなったわ」

「そうか。よかった」

カイルは安堵の表情を見せて、椀にスープを注いだ。

「あまり上手じゃないけど、食べてくれるか?」

差し出されたスープは、確かに見た目はあまり上手とは言えなかった。でも、湯気と一緒に漂ってくる匂いは悪くない。何より、私のために作ってくれたという事実が、胸を温かくした。

一口飲むと、優しい味がした。塩加減も絶妙で、身体の芯から温まる。

「美味しい」

素直にそう言うと、カイルの顔がぱっと明るくなった。

「本当か? よかった……初めて作ったから、心配だった」

初めて? でも、なぜか手つきは慣れているようにも見えた。記憶を失う前は、料理をしていたのかもしれない。

「カイル……あなたは、自分のことを覚えてるの?」

「いや」

彼は首を振った。

「名前も、過去も、何もかも曖昧だ。ただ、君を見た瞬間に『カイル』という名前が浮かんだ。それが俺の名前だと、なぜか確信できた」

「他には?」

「君を愛してるってことだけは、はっきりしてる」

またそんなことを。私の頬が熱くなる。

「どうして、そんなことが言えるの? 記憶もないのに」

「理由はわからない。でも、君を見てると胸が苦しくなる。大切にしたくて、守りたくて……これが愛じゃなくて何だって言うんだ?」

その言葉に、私の心は大きく揺れた。嘘偽りのない、真っ直ぐな想い。記憶を失っているからこそ、純粋に私だけを見つめている。

でも、だからこそ辛い。この愛は、偽りの上に成り立っている。

「私のことを、何も知らないのに」

「これから知ればいい。君の好きなもの、嫌いなもの、笑顔の理由、涙の理由……全部、教えてくれ」

カイルが私の手を取った。大きくて、温かい手。この手が、私の胸を貫いたなんて信じられない。

「時間はたくさんある。急がなくていい」

時間? 私たちに、そんなものがあるの?

いつか彼の記憶が戻ったら。いつか真実を知ったら。この優しさは、憎しみに変わってしまうかもしれない。

「リア? どうした? 顔が青いぞ」

「何でもない……ちょっと疲れただけ」

嘘をついた。でも、本当のことなんて言えるはずがない。

カイルは私をベッドまで運んでくれた。お姫様抱っこで、まるで本当の恋人同士みたい。

「もう少し休め。俺がそばにいるから」

ベッドの脇に座って、私の髪を優しく撫でてくれる。その手つきが、どこまでも慈愛に満ちていて、涙が出そうになった。

「カイル……」

「何だ?」

「もし、私があなたを傷つけたことがあるとしたら……それでも、愛してくれる?」

彼は少し考えてから、微笑んだ。

「君が俺を傷つけるなんて、想像できない。でも、もしそうだとしても……愛してる。君がどんな人でも、何をしたとしても、この気持ちは変わらない」

嘘。きっと、真実を知ったら変わる。

でも今は、その言葉にすがりたかった。

「ありがとう……」

カイルは私の額にそっとキスをして、部屋を出て行った。一人になった私は、胸の傷跡に手を当てた。まだ痛む。でも、それ以上に心が痛んだ。

愛してる。この人を、心から愛してしまった。

殺された相手を愛するなんて、狂気の沙汰かもしれない。でも、止められない。

窓の外では、夕日が山の向こうに沈んでいく。美しい光景だった。でも私には、不吉な予感しか感じられなかった。

この幸せは、いつまで続くのだろう。

その答えを知るのが、怖くて仕方なかった。

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殺されたはずなのに、なぜ
痛みが、まだ生々しく胸に残っていた。 熱に浮かされたような視界の向こうで、誰かが私の名前を呼んでいる。その声が、信じられないほど優しかった。 「……リア、目を覚ましてくれ」 私の額に触れる手。男の声。低く、少し掠れていて、けれどどこか懐かしい響き。まぶたを押し上げると、目の前に一人の男がいた。 漆黒の髪と鋭い輪郭。凛々しい目元。 見覚えがある——でも、その顔は私にとって、最も見たくなかった顔だった。 「……なんで、あんたがここに……」 声がかすれる。痛みと混乱で、頭がうまく回らない。でも私は確かに、この男に殺されたのだ。胸に深く、鋭く突き立てられた剣の感触。今も、身体の奥にその記憶が刻まれている。 「よかった、助かって……本当に……」 男——カイルは、まるで恋人に再会したかのような顔で笑っていた。その表情が、なによりも恐ろしかった。 私は首を振ることもできなかった。傷は深く、意識はかすれていく。それでも、この状況が夢や幻ではないと、理性のどこかが告げていた。 「気をつけろ。まだ完全に治ってない。しばらくは寝てた方がいい」 カイルはそう言って、壊れ物を扱うように慎重にブランケットをかけ直した。その動作一つひとつが優しくて——優しすぎて、気が狂いそうだった。 どうして、こんな顔をするの? 私を殺したくせに…… 涙が勝手ににじんだ。声を出す力はなかった。けれど、カイルはそれを誤解したのだろう。彼の手が、そっと私の頬に触れた。 「ごめん……怖かったよな。でも、もう大丈夫だ。俺がいるから……」 その言葉が、刃よりも鋭く胸を貫いた。この男は、覚えていない。私を殺した記憶を—— リアは目を閉じた。見たくなかった。あの男の顔も、声も、聞きたくなかった。 「俺は……なぜ君と一緒にいるのか、よくわからない。でも……顔を見た瞬間、守らなきゃって思った」 静かに語るその声音が、酷く優しい。あまりにもまっすぐで、残酷なほどに無垢だった。 私を殺したあんたが、そんな顔するなんて。 私の中に、記憶が蘇る。血の匂い。倒れた感覚。剣が胸を貫いた時の衝撃。そして、崩れ落ちる意識。 「……本当に、何も覚えてないの?」 絞るような声で問いかけると、カイルは眉をひそめて目を伏せた。 「夢を見た気がするんだ。君が泣いてて……俺は、血まみれの剣を持って……でもぼや
last updateLast Updated : 2025-07-27
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朝の光が頬を撫でて、私は目を覚ました。 カイルの腕の中で、安らかに眠っていた。彼の胸の上下に合わせて、私の頭も静かに揺れている。昨夜愛し合った事実が、まだ身体に残っていた。 でも、目が覚めた瞬間に襲ってくるのは、複雑すぎる感情の嵐だった。 幸福感。愛されている実感。そして——圧倒的な罪悪感。 私は何をしたの? 殺された相手と、愛し合った。身体を重ねた。「愛してる」と言い合った。 これは夢? それとも現実? カイルの寝顔を見つめる。長いまつ毛が影を作って、まるで少年のように無邪気だった。この顔が、あの夜は冷酷な暗殺者の顔をしていたなんて、信じられない。 「おはよう」 カイルが目を開けた。私を見つめるその瞳に、深い愛情が宿っている。 「おはよう……」 私の声が震えた。昨夜のことを思い出して、頬が熱くなる。 「昨夜は……ありがとう」 カイルが私の髪を優しく撫でる。 「君が俺を受け入れてくれて、本当に嬉しかった」 受け入れる? 私が? 矛盾してる。受け入れるべきは、私の方なのに。彼の過去を、罪を。 でも、彼は何も覚えていない。だから、こんなに純粋に愛してくれる。 「後悔してない?」 カイルが不安そうに尋ねた。 「後悔……」 考え込む。後悔しているかと聞かれたら—— 「してない」 心の底から出た言葉だった。これが狂気だとしても、後悔はしていない。 「よかった……」 カイルが安堵の息を吐いた。 「君を悲しませるのが、一番怖い」 悲しませる? 私を悲しませたのは、記憶を失った今のあなたじゃない。記憶のあった、あの夜のあなた。 でも、それは言えない。 「カイル……」 「何だ?」 「あなたにとって、私ってどんな存在?」 突然湧いた疑問。記憶のない彼にとって、私はただの「愛した女性」。でも本当は、私たちには重い過去がある。 「どんなって……」 カイルが考え込む。 「すべて、かな」 「すべて?」 「君がいない世界なんて、考えられない。君がいるから、俺は生きていられる」 その言葉が、胸に突き刺さった。重すぎる。あまりにも重すぎる愛。 「そんなに大げさに言わないで」 「大げさじゃない。本気だ」 カイルが私の顔を両手で包んだ。 「俺にとって君は、空気と同じなんだ。なくては生きていけない」 息ができなくなりそうだ
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記憶の欠片が呼ぶ悪夢
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牢の中で確かめる愛
王都の騎士団本部に到着した時、夕日が建物を赤く染めていた。 威圧的な石造りの建物が、まるで私たちを睨みつけているみたい。 「着きました」 ヴァルドが馬車から降りて、扉を開けた。 「王女、お降りください」 私はゆっくりと馬車から降りた。カイルが手を差し伸べてくれる。 その優しさが、今の状況では少しだけ救いだった。 「ここは……」 カイルが建物を見上げた。 「見覚えがあるような、ないような……」 記憶の断片が刺激されているのね。 「騎士団本部です」 ヴァルドが説明した。 「あなたが長年勤めていた場所です」 「俺が……」 カイルが困惑したような顔をした。 「本当に、ここで働いていたのか?」 「ええ。優秀な騎士として」 でも、カイルの表情は晴れなかった。 本部の中は薄暗くて、冷たい空気が流れていた。 長い廊下を歩きながら、私は周りを見回した。 壁には騎士の肖像画が並んでいて、みんな厳しい顔をしている。 「王女のお部屋はこちらです」 ヴァルドが案内した部屋は、意外にも快適だった。 牢というより、客室のような造り。 「思ったより良い部屋ね」 「特別待遇です」 ヴァルドが皮肉っぽく微笑んだ。 「処刑前の最後の時間ですから」 処刑。その言葉に、背筋が凍った。 「いつ?」 「それは上層部が決めることです」 曖昧な答え。きっと、まだ決まっていないのね。 「カイルは?」 私は彼を振り返った。 「どこに行くの?」 「彼は別室で記憶の回復治療を受けます」 治療? 聞こえは良いけれど、きっと記憶を強制的に戻すつもりね。 「治療って、どんな?」 カイルが不安そうに尋ねた。 「簡単な魔法治療です」 魔法……やっぱり、危険な方法を使うつもりね。 「痛くないの?」 私が心配すると、ヴァルドが首を振った。 「多少の不快感はありますが、命に別状はありません」 多少の不快感……きっと、とても辛い治療なのでしょう。 「俺は……治療を受けたくない」 カイルが拒否した。 「今のままでいい」 「それは困ります」 ヴァルドの声が冷たくなった。 「任務を思い出していただかないと」 「任務なんて知らない」 カイルが強く言った。 「俺は、リアを守りたいだけだ」 その言葉に、胸が熱くなった。 記憶が曖昧でも、私を守
last updateLast Updated : 2025-08-07
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変わり果てた瞳の奥で
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last updateLast Updated : 2025-08-08
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