伯爵令嬢であるラナーシャは、妹同伴で挨拶をしに来た婚約者に驚くことになった。 その妹は、態度が悪かった。明らかにラナーシャに対して、敵意を抱いていたのだ。 そして婚約者は、ラナーシャに対してあることを告げてきた。妹が嫌がっているから婚約破棄すると。 かくして破談となった婚約だったが、婚約者とその妹はそれを後悔することになる。 大切な婚約を身勝手な理由で破談としたことで、彼らは家を追い出されたのだ。 二人はラナーシャに助けを求めたが、既に新たな婚約者候補を得ていた彼女がそれを受け入れることはなかった。ラナーシャは新たな婚約者候補とともに二人を追い返し、ことなきを得たのだった。
view moreリヴァーテ伯爵家には、男子が生まれなかった。
よって長女である私が、婿を迎えるということになっている。 その婿選びというのは、当然のことながら大切だ。リヴァーテ伯爵家を任せられる人でなければ、ならないのだから。「そんなことを言っている間に、妹に先を越されるなんてね」
「あはは、それは確かにそうですね。でも私の場合は、好意の方が先にあったといいますか……」 「その話はもう何度も聞いたわね。まあ、何度聞いても悪い気はしないのだけれど……」妹のルナーシャは、姉である私よりも先んじて婚約が決まっていた。
それは、貴族としては珍しい恋愛による婚姻である。彼女は、リヴァーテ伯爵家に仕えている使用人――ドナテロ男爵家の三男ダナートと婚約関係にあるのだ。同い年ということもあって気が合っていた二人は、紆余曲折あったものの婚約することになった。
それは祝福するべきことだと、私は認識している。懸念点などがないという訳でもないが、それでも二人なら幸せにやっていけると思う。 妹を任せられるという意味において、ダナートは最適である。私からしてみても、信頼できる人だ。両親だって、そう思っていることだろう。「まあ、あなたの婚約が無事に決まったことによって、私の方はかなり焦っているというのが正直な所ではあるわね」
「別にお姉様だって、そこまで焦るような年齢ではないと思いますが……」 「そうだとしても、やっぱり妹に先を越されているというのはね。色々と気になるものなのよ」 「お姉様の場合は、家を任せる婿を迎え入れる訳ですから、私よりも難航するのは当然のことでしょう」 「それもわかっているのだけれど、どうにも落ち着かなくて……」物心ついた頃から、私は貴族としての生き方を学んできた。
婿を迎え入れて、伯爵家や領民を守り、子供を残して次世代に繋いでいく。それを私は、自らの使命であると認識している。貴族として豊かな暮らしをさせてもらっているのだから、それは当然のことだ。だからこそ、その使命を果たせていないという現状がもどかしかった。妹の婚約ということは、そんな私を心理的にさらに焦らせるものなのだ。
「といっても、私にできることなんてそんなにある訳でもないのよね……」
「まあ、基本的にはお父様が決めることですからね」 「舞踏会に足を運んでみたりしているけれど、それにどれだけ効果があることか……」 「お姉様は選ぶ立場です。求婚というなら、多分結構されているのではないでしょうか? お父様が知らせていないだけで……」結局の所、お父様からの知らせを待つしかないというのが私の現状である。
焦っても仕方ないことなどはわかっている。私はただ、ずっしりと構えておくべきなのだろう。 それが難しいことだと思う私は、案外小心者なのかもしれない。「なるほど、それは良い話だな……」 「ええ、そう思っています。サルマンデ侯爵から、追って連絡はあると思いますが……」 リヴァーテ伯爵家に戻って来た私は、お父様にサルマンデ侯爵家であったことを伝えていた。 お父様は、ひどく驚いているようだ。それは当然の反応である。友人の家に遊びに行ってきた娘が帰って来ていきなりそんなことを言われたら、動揺しない訳もない。 お父様の目には、期待が宿っている。侯爵家との婚約、それはやはり嬉しいものなのだろう。 だが、お父様の表情はすぐに曇った。思い出したのだろう。私の以前の婚約がどうなったかということを。「……喜んでいる場合ではないな。私は以前、一度失敗している。しっかりと考えなければならないことだ」 「ええ、そう思います。私個人の意見としては、セリード様は良い人ではあると思います。少なくとも、イルルグ様のように妹に偏愛を向けてはいません」 「ああ……」 私の言葉に、お父様は目を見開いた。 それはなんというか、何かを思い出したかのような反応だ。「そういえば、お前にはまだ伝えていなかったな。イルルグの婚約破棄について、エーヴァン伯爵家から連絡があった。きちんと補填は行うつもりであるらしい」 「そうなのですか? それは良かったですね……イルルグ様は今、何を?」 「それが追い出されたみたいだ」 「え?」 お父様の端的な言葉に、私は思わず変な声を出してしまった。 私の理解が追いつかない。正直、かなり困惑してしまっている。「お父様、それは一体どういうことなのですか?」 「言葉の通りだ。イルルグ、それにウルーナもエーヴァン伯爵家から追放されたらしい。既に親子の縁も切っているそうだ」 「それは……」 エーヴァン伯爵の措置は、あまりに迅速で苛烈だった。 まともな伯爵であるならば、何かしらの罰などを与えるものだとは思っていたが、そこまでのことをしているなんて驚きだ。 ただ、考えてみれば二人がやったことはエーヴァン伯爵家に大きな打撃を与えることである。身勝手な理由で婚約破棄をした。そんな二人に対して、追放はそこまで過ぎた処置ではないのかもしれない。「知らせを聞いた時は、私も驚いた。まあ、エーヴァン伯爵の気持ちがわからない訳ではない。とはいえ、実の息子や娘に対してそういったことをできる者はいないだろうな
「……母上の考えは、よくわかりました」 セリード様は、再び母親の方に視線を向けた。 先程までの照れは、すでになくなっている。そんな彼を見ていると、私の方も冷静になった。これでなんとか、少なくとも照れはせずに話ができそうだ。「正直な所、私も自身もラナーシャ嬢との結婚は悪いものとは思っていません。ラナーシャ嬢は芯の強い立派な淑女だ。今日話してみて、それがよくわかりました」 「セリード様……」 私に対するセリード様の評価は、どうやら高いようだった。 それはもしかして、婚約破棄した状況にありながらも前に進もうとしているから、そう言ってもらえているのだろうか。 それに関しては、ソティアなどに愚痴を言ったりしているので、そこまで立派なものという訳ではない。ただ、とりあえず褒められたことは嬉しかった。「しかし婚約というなら、両家で話をすることが必要なはずです。母上、父上を通じて改めて話をしてください。サルマンデ侯爵家とリヴァーテ伯爵家、二家で話を行った結果というなら、私も反対するつもりはありません」 「セリード……」 「私がかつて憧れていた騎士とは、人々の平和を守るものです。リヴァーテ伯爵家に婿入りすることも、それに繋がるものです。伯爵として領民を守る。その道もまた一つの道だと考えています」 セリード様は、背筋を伸ばして言葉を発していた。 その決意に、私は息を呑む。どこまでも真っ直ぐな彼は。本当に毅然としていて立派なものだ。 その様を見た今、彼がリヴァーテ伯爵家に婿入りすることに反対などは一切ない。後はお父様などの判断次第といった所だろうか。「迷惑をかけて、本当に申し訳なかったな、ラナーシャ嬢」 「いえ、大丈夫です。お陰様で私は、貴重な縁談を一つ手に入れられましたから」 「あなた程の人にならば、縁談などいくらでもあるだろう」 「貴重な縁談は、そうあるものではありませんよ。今ここであなたと出会えたことを、私は幸運に思います」 セリード様程の人は、そういないだろう。お父様ならそれをわかってくれるはずだ。 彼はサルマンデ侯爵家の令息、相手の家としても不満などはないだろう。この縁談は、上手くまとまるような気がする。 ただなんというか、少し釈然としない部分もあった。 無事にまとまりそうな縁談に対して、もやもやした気持ちがあることはよ
「ラナーシャ嬢は、立派な令嬢です。ソティアの母親として彼女と接してきましたが、私はそれをよく知っています」 サルマンデ侯爵夫人は、私の方を見て力強く口調で言葉を発していた。 その言葉に、私は少し驚く。まさか彼女から、そこまで評価されているなんて思っていなかったからだ。 しかしよく思い出してみれば、私の母もソティアはいい子だと何かと言っていたような気がする。子の友人という立場は、母親からしみてればよく見えるものなのだろうか。 いやそもそも、私が立派だというのは過大評価であるような気がする。ソティアがいい子なのは間違いないが、夫人の方は娘の友人ということによって、贔屓目が入っているのではなかろうか。「セリード、あなたとラナーシャ嬢はきっと相性がいいですよ」 「母上、急に占い師のようなことを言い出さないでください」 「客観的に見れば、そうです。ソティアだってよく言っています。ラナーシャ嬢はあなたと似た所があると」 「え? そうなのですか?」 ソティアの名前が出てきて、私は思わず反応してしまった。 彼女からセリード様のことを聞くことはよくあるが、似ているなんてそんなことは言っていなかったような気がする。「あの子とも相談して、私は今回提案したのです。二人ならきっと良い夫婦になると言ってくれました」 「そ、そうなのですか……」 「……まさかソティアまで余計なことを考えているとは思っていませんでした」 「余計なことなどではありません。あの子も兄のことを心配しているのです」 夫人はソティアの名前まで出して、私達の相性を力説していた。 実際の所、それはどうなのだろうか。セリード様と今日話した感じからすると、そこまで的外れということはないような気がする。いやそれは、私の希望的な観測だろうか。 彼は立派な貴族の令息だ。婚約相手としては、悪いなんてことはない。むしろ良すぎるくらいだといえる。 だから私は、自分が彼と相性が良いと思いたいだけなのかもしれない。「……え?」 「……む?」 そこで私とセリード様は、ほとんど同時にお互いの方を向いた。 その結果として目が合ってしまい、私達は反射的に視線をそらすことになった。今目が合うのは、なんというか少々気恥ずかしったのだ。「ほら、私の言った通りでしょう?」 そんな私達の様に、サルマンデ侯
不機嫌そうな顔をしたサルマンデ侯爵夫人は、ゆっくりとため息をついた。 そこからは、彼女の苦心が読み取れる。つまりセリード様の指摘は、図星だったのだろう。それも相当なものかもしれない。「母上が反対しているのだということは、以前からわかっていたことでした。騎士の仕事は危険だと思われているのでしょう?」 「いいえ、騎士の仕事は危険です。それは紛れもない事実です」 「しかし、母上の言い分では私は現場には行かないのでは? 要職に就くということであれば、危険はないのではありませんか?」 「あなたは、危険に突っ込んで行きそうで怖いのです」 サルマンデ侯爵夫人は、先程までと比べるととてもリラックスしていた。 どうやら先程までの態度は、セリード様を欺くためのものだったようだ。どちらかというと、こちらの方が彼女の素なのかもしれない。「そのようなことをするつもりはありません……と言うことができないのは確かですね」 「やっぱり……」 「だから色々と理由を作って、私が騎士になることを阻止しようとしているということですか」 「別に間違ったことを言ったつもりはありません」 「……それにラナーシャ嬢を巻き込むのはやめていただきたい」 セリード様は、私のことを気遣ってくれているようだった。 彼が怒っているのは、その部分ということなのだろう。それがなんだかわかってきた。「ラナーシャ嬢、申し訳ない。母上の思惑のせいで、あなたに迷惑をかけてしまった」 「いえ、そのようなことは……そもそも私にとって、サルマンデ侯爵家との婚約の提案はありがたいものでしたし……」 「しかし母上は個人的な思いで、その婚約を提案した。それはなんとも、許しがたき行いだ」 セリード様は、なんとも真っ直ぐな人だった。 婚約の提案に色々な思惑があることなんて、珍しいことではないというのに。 しかしそれはもう、彼の性分のようなものなのだろう。曲がったことを許せないというその様は、正に騎士の王道といえるものだ。多分本職の騎士にも、ここまで真っ直ぐな人はいないのではないだろうか。「セリード、別に私はただ何も考えず都合がいいからラナーシャ嬢に提案した訳ではありませんよ」 「はい?」 私がセリード様のあり様に笑みを浮かべていると、サルマンデ侯爵夫人が言葉を発した。 彼女はなんというか、
イルルグとウルーナの二人は、エーヴァン伯爵家から追い出されることになった。 二人は、家に対して打撃を与えた。それは充分に追い出されてもおかしくないことである。 しかし二人は、父親の判断が不服だった。実の子供である自分達を非情にも追い出したことが信じられないでいるのだ。「お兄様、なんとかしてお父様に掛け合いましょう」 「……そうだな。そうするとしよう。こんなのはおかしい。確かに僕は婚約を破棄したが、追い出すなんていくらなんでもやり過ぎだ」 追い出されたにも関わらず、二人は未だにエーヴァン伯爵家の屋敷の近くにいた。 まだ戻ることができる。二人の中には、そういった気持ちがあった。故にイルルグは、エーヴァン伯爵家の屋敷に向かって足を進めていく。もう一度父親に、直談判しようとしているのだ。「あれは……」 「お兄様、どうかしたのですか?」 「ウルーナ、あれを見てみろ」 「……アルヴァンお兄様ですか」 そこで二人は、向こう側から自分達の兄が歩いて来るのが見えた。 彼の名前は、アルヴァン。エーヴァン伯爵家の次期当主である。 彼と二人との仲は、良いものであるとは言い難い。長兄との間には、隔たりがあったのだ。「……イルルグ、ウルーナ、まだこのような所にいたのか」 「兄上……僕達の邪魔をしに来たのですか?」 「邪魔? 何の話だ?」 「僕達は今から、父上に直談判しに行きます」 アルヴァンに対して、イルルグは鋭い視線を向けていた。 それに対して、彼らの長兄は呆れたような笑みを浮かべる。「お前達はまだ事態の深刻さというものを理解していないようだな……」 「……なんですって?」 「父上は、エーヴァン伯爵家に損害を与えたお前達を決して許しはしない。当然俺もだ。二度と屋敷には入れん。家族としての縁は切れているのだ。それをまず理解しろ」 アルヴァンは、二人に対して冷たい視線を向けてきた。 そこには、家族としての情などはない。家に対する敵を見る目だ。 それに二人は、怯むことになった。仲が悪かったとはいえ、実の兄から向けられる鋭い視線は、思っていた以上に辛いものだったのだ。「とはいえ、他人であるとはいえ、俺に慈悲がないという訳でもない。いくらか、包んでやった」 「なっ……!」 そこでアルヴァンは、懐から小包を取り出した。 彼は
「母上、一体どういうことか教えていただけませんか? 私が騎士に向いていないなんて……」 「単純な話です。あなたは侯爵令息が騎士になるということに対して、楽観視しています」 サルマンデ侯爵夫人は、笑みを浮かべていた。その笑みからは、何かしらの確証があることが伝わってくる。 しかし本当に、そういうものなのだろうか。私にはそれがよくわからなかった。 侯爵令息が騎士になる。それは別に、珍しいことという訳でもない。次男や三男なら、そういうこともあるだろう。長男がどうしても騎士になりたい場合とかでも、認められる可能性はある。「楽観視……どういうことですか?」 「あなたのことですから、騎士は品行方正であり、潔白であるなんて思っているのではありませんか? 騎士道を重視している人達だと」 「……」 「実際に騎士は騎士道を重視しているでしょう。それを否定するつもりはありません。ただ、それだけではありません」 夫人の言葉に、セリード様は目を瞑っていた。 それは何かを考えている、ということなのだろうか。彼はただ、夫人の言葉を受け止めている。「侯爵家の令息であるあなたは、ほぼ確実に優遇されることでしょう。あなたには、騎士としての実力はほとんど求められません。実地での任務もないかもしれません。すぐに出世させられるでしょう。あなたのお父様も、働きかけると思います」 「……」 「あの人がやらなかったとしても、無言の圧力というものもあります。サルマンデ侯爵家の威光は及んでいます。考慮されないはずはありません。あなたはきっと、そういうことを嫌うでしょう?」 サルマンデ侯爵夫人は、容赦がなかった。 その視線は冷たい。息子のために、敢えて非情に徹しているのだろう。 セリード様は、何も答えていない。夫人の言葉に打ちのめされているのだろうか。それとも、何か反論でも考えているというのだろうか。「あなたは子供の頃から騎士に憧れていましたね。私もそのことについては、尊重してきたつもりです。しかし、段々とわかってきました。あなたは騎士に憧れを抱き過ぎていると……憧れというものは、時にすれ違いを生み出します。あなたの場合は、きっとそうなるでしょうね」 「……母上、あなたは一つ勘違いしているようだ」 「え?」 そこでセリード様は、ゆっくりと言葉を発した。 彼は笑みを
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