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第792話

Author: 宮サトリ
「......え?もう知ってたの?」

由奈は思わず聞き返した。だって、さっきまでまったく連絡が取れなかったはずなのに。

「......ああ」

「じゃあ......もう弥生を助けに来てくれてるの?場所はわかってるの?」

すると次の瞬間、瑛介が静かに尋ねた。

「今どこにいる?車を向かわせる」

「......まさか、あなたもうM国の首都にいるの?」

「うん」

ついさっきまで、瑛介のことを不器用な男と呼ばわりしていた由奈は黙った。

てっきり頼りにならないと思ってた。まさか自分が知らないうちに、すでに首都まで来ていたなんて。

由奈は横にいた浩史と目を合わせ、言った。

「私たちは彼女が連れて行かれる前に泊まっていたホテルにいるわ」

ホテル名はあえて伏せた。もし彼が本当にすべてを把握しているなら、試してみたかったのだ。

だが瑛介は、彼女の言葉が終わる前に軽く「うん」とだけ答え、「車をホテルの下に向かわせる。待っててくれ」と言って電話を切った。

電話が切れたあとも、由奈はスマホを握ったまま、まだ実感が湧かない様子だった。

隣にいた浩史はそれを見て、唇をわずかに引き上げた。

「......どうやら、俺たちよりよっぽど早く動いてたみたいだな」

「でも......どうしてあんなに連絡がつかなかったの?」

「たぶん、ちょうど飛行機の中だったんだろう。だから弥生も、俺たちも彼と連絡が取れなかった」

確かに、その説明なら筋は通る。彼は弥生の危機を知ってすぐに行動を起こし、飛行機に飛び乗った。だから誰の電話にも出られなかった。

でも、飛行機を降りたあと、どうしてすぐにスマホを見なかったの?

大事な電話を見落とすリスクは考えなかった?

......ダメだ、考えれば考えるほどモヤモヤする。

「会ったら、ちゃんと文句を言ってやる」

「......よし、支度しよう。すぐに下に降りましょう」

そう言って、由奈はすぐに部屋へ戻って荷物をまとめ始めた。去り際に、いくつか浩史に指示を残すのも忘れなかった。

浩史は彼女の来るのも早ければ、去るのも早い態度にやや苦笑しつつも、静かに立ち上がり、準備を始めた。

十数分後、瑛介の手配した車が二人を迎えに来た。

夜の闇に滑り込んできたのは、黒く長い高級車だった。まるで獲物を狙う黒豹のように、俊敏でありながら静かに、圧
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