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99 アイツ

Author: 栗栖蛍
last update Last Updated: 2025-08-22 07:50:41

 相変わらず誰も居ない駅で、軒下のベンチに座っていた湊が、芙美に気付いて立ち上がった。

 「湊くん」と駆け寄る芙美から彼が一度目を逸らしたのは、今日ここで会う気まずさからだろうか。

 『来ないで』と言ったのにこっそりついてきた彼を咎める気はない。だから芙美はいつも通りの笑顔で、俯く湊を覗き込んだ。

「心配した?」

 「まぁね」と苦笑して、湊は浅く頭を下げる。

「ごめん。気付いてた……よね」

「朝、駅に着いた時から分かってたよ。咲ちゃんと二人で仲良さそうだった」

 実際に二人の姿は見えなかったけれど、智に言われたことが色々と頭を混乱させてくる。

 ──『好きな人とならアリでしょ?』

 こうして湊と会って、芙美は蘇る智のセリフを頭から必死に振り払う。

「別に、海堂と仲良くなんかしてないよ。前より話するようにはなったけど、今日会ったのも偶然だし。もしかして、嫉妬した?」

「ちょっとだけ。途中で居なくなったでしょ? 二人で何かしてたの?」

一華いちか先生のトコで剣を受け取ってきた。修理終わったって連絡貰ったから。海堂も戦いたいって言ってさ、頼みに行ったんだ」

「咲ちゃんも? メラーレに武器を作って貰うって事?」

 「そう」と湊は頷く。

 ハロン戦で戦いたいという咲の気持ちは分かっていた。

「けど、中條先生がいいって言うまでお預けらしいよ」

「宰相の返事待ちなのか」

 兵学校の頃から、ヒルス中條ギャロップが苦手だった。一応師弟関係にあたる二人には、芙美が入り込めない事情があるようだ。

「それで、芙美は智に勝てたの? 大分疲れてるみたいだけど」

「ううん、負けちゃった」

「そっ……か。残念だったな」

 彼にとって意外な結果ではなかったようだ。自信満々で挑んだ戦いだったのに、ちょっと恥ずかしい。

 芙美は腰の横に掴んだ傘をぎゅっと握りしめた。

「思うように動けなくて。私、当然自分は勝つだろうって思ってたけど、期待した程芙美は強くないのかも」

 弱気になる芙美をベンチに促して、湊は「仕方ないよ」と宥めた。

「今あるのは天性の素質と記憶だけだろ。リーナだって最初は強くなかったんだから、今は使いこなせなくて当然だ」

「またいちからって事はないよね……」

「まさか。知識的なものはちゃんと頭に入ってるんだし、パワーの底上げと体力を重視するってこと。こっから
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  • いもおい~日本に異世界転生した最愛の妹を追い掛けて、お兄ちゃんは妹の親友(女)になる!?   96 ジェラシーの矛先

    戦いが終わり、荷物のある看板の所まで移動すると、芙美は木の根元に崩れるように腰を下ろした。 リーナと自分でこんなに体力の差があるなんて思いもしなかった。「私、ハードルの授業が苦手な理由が分かったよ。リーナの時にね、兵学校でやってるっていう体力作りのルーティンをルーシャにさせられてたの。それでハードルみたいなのがあって、あんまり好きじゃなかったんだよなぁ」 ふと思い出した過去は、苦痛だった記憶がセットで蘇る。嫌だ嫌だと言いながらもこなしていたリーナの体力に、芙美が追いつけるわけはないのだ。「あぁ、確かにそんなのあったね。障害物を飛び越えていくやつでしょ? 俺は好きだったけど、リーナもやってたんだ」 向かいに座って、智は汗でしっとりと濡れた髪にタオルを乗せると、飲みかけのスポーツドリンクを流し込んだ。「うん。もっと動かなきゃ駄目ってルーシャに言われて」「リーナも芙美ちゃんも、昔から根本は変わってないって事かな」「なのかな。私も体力付けないとなぁ」 ウィザードとして圧倒的な自信を得るためには、毎日の精神修行と同時に土台作りが必要だ。「俺たちもサポートするから」「ありがとう。私、今日智くんの役に立てたのかな?」「もちろん、バッチリだよ。感謝してる。また今度お願いしても良い?」「うん。なら良かった」 ただ、今回の敗因は自分の体力不足だけを理由にはできない気がした。 智がアッシュの時より機敏になっていて、魔力が数段上がっている。それは喜んでいいことのはずなのに、置いてけぼりになった気分で少し寂しい。「ところで、アイツらどこ行ったのかな」「帰った……のかな?」「俺たちにビビッて、訓練してるかもね。ラルは俺とリーナが一緒で大分ヤキモチ焼いてるみたいだけど、リーナはあの二人が一緒で心配はしないの?」「二人って、湊くんと咲ちゃんってこと?」「うん。一応男女でしょ?」 芙美は智に言われるまま二人が並んだところを想像する。 けれど咲がヒルスの時代からラルを毛嫌いしていることは知っているし、蓮と付き合っているのだから問題はないだろう。「そんなことあるのかな」 咲は智や湊には同性として接しているようだが、蓮に対する女子の姿もまた彼女なのだ。あの可愛い姿で湊にベタベタされたら、確かに嫌だと思うかもしれない。「まぁ、実際にそれはないだろうけどさ

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