Share

第833話

Author: レイシ大好き
「紗雪様をいじめた連中は、一人残らず見逃しはしない」

そう口にした伊藤の瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。

先ほどまでの態度とは、まるで別人のようだった。

同じ頃、警察署でも事態はぎくしゃくしていた。

辰琉は尊大な態度で電話をかけようとしていた。

だが警官の表情は終始冷静で、大きな変化は見られない。

辰琉はその様子を見て、妙に引っかかるものを覚えた。

つい先ほどまで、この警官は彼に対してこんな態度ではなかったはずだ。

まるで一本電話を受けただけで、別人のように変わってしまったかのようだった。

「言っておくが、俺は冗談言ってない。本当に電話をかけるんだぞ」

辰琉は再び脅すように言い放ち、警官を見下すような表情を浮かべた。

まるでその電話を一本かければ、目の前の警官を即座に抹殺できるとでもいうように。

警官は呆れたように彼を見つめ、最後に溜め息をついた。

「かけていいと言ったんだ、騙す必要なんてないだろう」

その言葉に、辰琉は口を開きかけた。

だが結局、何も言い返せなかった。

相手がここまで許可しているのに、なお食い下がるのはかえって不自然だ。

むしろ、この状況で渋り続ければ、周囲に怪しまれるだろう。

警官が繰り返し「かけていい」と言っているのに、なぜまだごねる必要があるのか――

そう考えると、辰琉は覚悟を決め、余計な言葉を飲み込んだ。

「いいだろう。かけろと言ったのはお前だからな、後悔するなよ」

警官は仕方なさそうに頷いた。

だが心の中では首をかしげていた。

いったいこの男はどういうつもりなのか。

こちらがかけていいと言っているのに、なぜ信じようとしない?

そもそもスマホは今、彼の手元にある。

本当にかけたいなら、とっくに番号を押しているはずだ。

それを延々と渋る意味が分からない。

この男の思考回路は理解できない――

警官はそう感じていた。

署に来てからというもの、終始わめき散らしていたかと思えば、いざスマホを渡すと、今度はぐずぐずと動かない。

そんな姿に苛立ちを覚えたが、上からの指示もある。

仕方なく黙って従うことにした。

手のかかる厄介者を相手にしているだけだと自分に言い聞かせながら。

一方、緒莉はそのやり取りを観察していた。

彼女の目には、警官の変化がどうにも不自然に映った。

少し前までは
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚!   第850話

    ましてや、もう皆大人なんだし、そんなに打たれ弱いわけじゃないだろう?京弥は昼間の検査結果を紗雪に伝えた。「病院によると、緒莉の首には確かに外傷があって、声帯もある程度損傷しているそうだ。完全に回復するには時間がかかるだろう」その言葉を聞いて、紗雪の胸の奥に複雑な思いが広がった。どうやら辰琉は、本当に殺す気で手をかけたらしい。途中で止めるつもりなどなかったのだ。つまり、二人の関係はもう完全に表立って破綻したということだ。「そんなに?」京弥はうなずいた。「ああ。だから二人の婚約ももう駄目だろうな」なぜか紗雪は、自分の気持ちをうまく言葉にできなかった。安東家が虎の巣窟だということは、彼女自身もわかっていた。緒莉がそこに飛び込むのは、火の中に身を投げるようなものだった。結局のところ、こうなるのは必然だったのかもしれない。ただ、最初の頃から緒莉は、まるで全く気にしていないようだった。むしろ絶対の自信があるように、安東家を掌握できるとでも思っていたのだろう。なのに、何が彼女を安東家から手を引かせ、命懸けで争う道を選ばせたのか。その時、紗雪の脳裏に電光のような閃きが走る。そして京弥と同時に口を開いた。「――あの薬剤だ」夜、二人は月明かりの下で視線を交わした。紗雪は京弥の瞳に浮かぶ色をはっきりと感じ取った。そして京弥も、紗雪の高ぶる気配を敏感に察知した。まるで二人の思考が同じ周波数で共鳴したかのように。紗雪は勢いよく上体を起こし、抑えきれない感情を吐き出した。「つまり、緒莉と辰琉は共犯ってことよ。でも、安東家という大きな後ろ盾を捨ててでも対立を選んだのは、きっと辰琉の手に証拠があるから......そうでしょう?」京弥もまた身を起こし、彼女の期待に満ちた瞳を正面から受け止め、最後にはうなずいた。「君の読みは間違ってない」京弥の視線に冷たい光が走る。「となれば、緒莉の線から攻めるべきだ。二人で組んでいたとしても、痕跡を完全に消すことはできないはず」「そうよ!」紗雪は思わず京弥に抱きついた。京弥は数秒戸惑ったが、すぐに抱き返した。紗雪は声を抑えながらも震えるほどの熱を込めた。「今度こそ絶対に負けられない!私が一か月も寝込んでたんだもの、必

  • クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚!   第849話

    とくに清那は、どんなことがあっても顔を見るだけで、世界がぱっと晴れ渡るように感じさせてくれる存在。紗雪は彼女の頭を軽く撫で、ふと顔を上げると、京弥の視線とぶつかった。彼は笑みを浮かべて言う。「見ただろ、俺のせいじゃない。清那が自分から離れたくないって言うんだから、俺たちも一緒に付き合おう」紗雪は苦笑しながら小さくうなずいた。本当は、みんなには外に出て美味しいものを食べてもらいたかったのだ。自分は適当に済ませればいいと思っていたし、何より清那には、この消毒液の匂いが充満する場所にずっと居てほしくはなかった。身体に良くないのでは、と心配だったから。けれど紗雪は気づく。今回目を覚ましてから、清那の態度は前よりもずっと違う。以前よりも甘えてくるし、離れるのを嫌がるようになった。まるで片時も傍を離れたくないみたいに。仕方なく紗雪は譲歩する。「......わかった。みんな好きなものを頼んでいいよ。私のことは気にしなくて大丈夫だから」自分のせいで、これ以上大事な人たちに我慢させたくはなかった。彼らはすでに十分、自分のために犠牲を払ってくれているのだから。けれど、京弥たち三人は目を合わせると、揃って彼女の傍にいることを選んだ。その結果に紗雪は少しだけ迷ったが、結局は何も言わなかった。そうなるだろうと、心のどこかでわかっていたから。食事が終わると、清那と日向はホテルへ戻った。そして京弥は病室に残り、ベッドの反対側に横になると、紗雪を腕の中に引き寄せた。胸に伝わる懐かしい温もりに、ようやく心臓のざわつきが落ち着いていく。これまでの漂うような不安が、すっと消えていった。紗雪も素直に彼を抱き返し、二人は固く抱き合う。「私たち......ほんとうに大きな遠回りをしたね」ずっと探してたんだよ。長い間、ずっと。でもよかった。そこにいてくれて。その言葉を心の中でそっと付け足す。京弥は彼女の言葉に胸を揺さぶられ、顎を彼女の頭にそっと乗せて小さく応える。「ああ、確かに大きな遠回りをしたな。間違ってなくてよかった。結局、俺たちは変わらず一緒にいられる」紗雪の笑顔は溢れそうで、二人は抱き合いながら静かな安らぎを味わった。そのとき、京弥はふと昼間の電話を思い出し、その内容を紗雪に話

  • クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚!   第848話

    「ああ、それでいい」京弥はふいに言い添えた。「それと、二川緒莉のことも、しっかり監視しておけ。あの女は狡猾だ。絶対に逃がすな」その言葉に、署長は思わず驚いた。この京弥ほどの立場の人間が、恐れるような存在があるとは思わなかったからだ。だが、その口ぶりからは、緒莉に対して並々ならぬ思いを抱いているのが伝わってきた。どうやら以前、彼は彼女の手で痛い目を見たことがあるらしい。「はい」署長の胸の内も、少し重くなった。最初は、もうすぐ片がつくと思っていた。だが京弥と話した後、事態は自分が想像したほど単純ではないと悟った。むしろ、まだ始まったばかりと言ってもいい。署長は心身ともに疲弊していたが、やるべきことは落とさなかった。怖いからといって、最後に投げ出すわけにはいかない。そんなことは絶対に許されない。そう思い直すと、彼の心はまた大きく揺れ動いた。この数日、確かに心をすり減らされている。一刻も早く辰琉を片付けたい。送還するにせよ、罪を確定するにせよ、とにかく決着をつけてほしい。そうなれば、これ以上悩まなくて済む。しかも、それによって京弥に借りを作れる。もし今後何かあった時に、京弥の助けを得られるなら、間違いなく大きな力になるはずだ。そう考えた瞬間、署長の態度はがらりと変わり、へつらう色合いすら帯びてきた。京弥は、相手にこれ以上言うことがないと察すると、電話を切った。その瞳の奥には冷たい光が走る。面白い。あの安東辰琉が、まさか狂人のふりを思いつくとはな。つまりもう追い詰められたってことか?ならば、どこまで演じ続けられるか、見ものだな。そう思いながら、京弥は部屋に戻った。入ると、他の者たちが揃ってじっと彼を見ている。まるで、彼が今しがた何かとんでもない悪事でも働いてきたかのように。京弥は鼻先を軽く触れ、「みんな、どうしたんだ?」と首を傾げる。紗雪は、清那と日向の真剣な表情を見て、すぐに察した。二人はきっと勘違いしている。京弥が電話を受けに外へ出たのは、彼女を仲間外れにしたいからだと誤解しているのだろう。そう思うと、紗雪は小さく首を振った。「ううん。気にしないで」そして話題を変えるように微笑む。「それより、このあとみんなで外に食べに

  • クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚!   第847話

    もう大人なんだから、こういうことくらいは分かっている。ましてや、彼女には京弥の行動を縛る権利なんてない。電話一本まで口出しするなんて、あり得ない話だ。清那は、ベランダへ戻っていく京弥の背中を見つめながら、思わず小声でつぶやいた。「いったい誰と電話してるの?なんだか妙にこそこそしてるし......もしかして、紗雪にも隠し事?」紗雪は笑って清那の鼻先を軽く突いた。「もう、いいでしょ。大人なんだから、それぞれ考えて行動するのは当然よ。いちいち口を挟むことじゃないの」その言葉を聞いて、清那は素直にうなずいた。そしてこっそり紗雪の表情を観察してみたが、彼女が本当に気にしていないのを知り、安心した。実のところ、さっきの二言は、清那がわざと紗雪に聞かせたものだった。紗雪がそれで不機嫌になるかどうか、試したかったのだ。もし本当に怒ったなら、後で従兄に伝えて、ちゃんと宥めるように言おうと思っていた。結局、それはただの試し言葉にすぎなかった。だが紗雪は本当に気にしていなかった。心に留めることすらしない様子を見て、清那はようやく胸をなでおろした。気にしないなら、それでいい。こんなことで二人が口げんかになる心配もない。一方、日向は京弥の背中を眺めながら、何か考え込んでいるような表情を浮かべていた。ベランダ。京弥は通話ボタンを押す。すぐに、署長の興奮した声が受話口から飛び込んできた。「椎名社長、新しい情報が入りました!」京弥は軽く「ああ」とだけ答える。「話してみろ」あまりに淡々とした返事に、署長の胸にあった喜びは半分ほどしぼんでしまった。自分では大ニュースだと思っていたのに、京弥にとっては取るに足らないことなのかもしれない。署長は深呼吸をして、起こったことを一気に説明した。「安東は拘束済みです。そして二川さんも、我々と提携している病院に搬送されました」京弥は目を細め、危うい声音で言った。「彼の精神状態、本当に異常だと確認したのか?」その一言に、署長の心臓がひやりとした。そうだ、自分はその肝心な点を見落としていた。京弥は長い指で肘掛けをトントンと叩き、しばし沈黙。返答がないと分かると、鋭く問いただした。「つまり、お前は何も確かめないまま、俺に報告してきたっ

  • クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚!   第846話

    清那は紗雪の手を握り、優しく声をかけた。「いいじゃない、紗雪。おばさんにも慣れる時間が必要なんだよ。もし同じことが私に起きたって、私だってすぐに受け入れられるわけじゃないし」紗雪はその言葉に思わず苦笑する。「わかってるって。安心して、ちゃんと理解してるから」そう言って顔を上げると、日向と京弥の視線が交わるのが目に入る。心の中で首を振った。「まさか、私がそんな打たれ弱いと思ってるの?」両手を広げ、肩をすくめる。「どう転んでも、自分の人生を全うする。それが一番大事なんだから」京弥は唇の端をわずかに上げ、彼女の頭を軽く撫でた。「これだよ、俺が知ってる紗雪は」困難に屈せず、自分の考えを持ち、やるべきことに向かって歩き続ける。そんな姿が彼の胸に深く刻まれている。紗雪は小さな顔を上げ、真剣な眼差しで京弥を見つめた。頭上から伝わる温もりに心が弾む。そう、これこそが自分の知っている「お兄さん」だ。ずっとそばにいてくれたなんて、なんて幸せなんだろう。これから先も時間はある。ゆっくり歩んでいけばいい。一方、日向はその様子を見つめ、目にわずかな羨望の色を宿す。だが、自分の立場は分かっていた。無理に割って入るなんてできない。それはただの「横恋慕」になる。男としての矜持は、まだ残っている。だから、そっと目を閉じ、心の底で決意した。諦めよう。これからは、彼女のそばで静かに見守るだけでいい。欲を出すべきじゃない。二人は幸せそうだ。第三者が入り込む余地なんてない。それを壊すなんて、筋が通らない。清那も誇らしげに声を張った。「そうそう!私の中の紗雪なんて、もう女神様みたいな存在なんだから!兄さんみたいな凡人が手に入れられたのは、ただの幸運よ!」この瞬間、清那にとって「従兄」よりも大事なのは、迷いなく「親友」だった。従兄なんて大したことない。親友こそが一番大事。普段なら京弥に強い口調で言うなんてできなかった。けれど今日は、隣に大切な親友がいるからこそ、つい冗談を飛ばせた。言い終えたあと、清那はハッとして後悔し、こっそり従兄の顔色をうかがった。すると、そこには意外にも穏やかな笑みが浮かんでいた。笑ってる!?清那は驚いて背筋を伸ばし、も

  • クズ男と初恋を成就させた二川さん、まさか他の男と電撃結婚!   第845話

    隊長がこれまで自分に接してきた態度は、決してこんなものではなかった。だが、ここ最近になって今西も違和感を覚えるようになった。まるで、何をするにも自分を警戒しているように。それだけではない。重大な案件も、隊長は自分に任せようとしないような感じ。一体、なぜだ?もしかして、自分が力をつけて追い抜くことを恐れているのか。あるいは、自分の立場が脅かされると感じているのか。先ほどの隊長の言葉を思い返しながら、今西は目を細めた。やはり、あの推測は間違っていないのかもしれない。ふっと重たい息を吐き出す。本当のところ、自分にはそんな野心はない。だが、大人の世界とは複雑なものだ。たとえ本人にその気がなくても、ある程度の位置に立てば、周囲が勝手にそう仕向けてくる。最後には、嫌でも背中を押され、上へと押し上げられてしまう。理屈は単純だ。望む望まないにかかわらず、外からの圧力はいくらでもやってくる。理由なんていくらでもあるのだ。今西は首を振り、その考えを頭から振り払おうとした。だが、彼の推測は偶然にも隊長の本心を的中させていた。もっとも、今の今西が知る由もない。それはまた別の話だ。今西は署長室を訪れ、さきほどの出来事を余さず伝えた。署長は話を聞いて、意外そうに目を細めたが、特に何も言わなかった。「つまり、安東は今も警察署に拘留されている、そういうことだな?」今西はうなずいた。「はい。ご指示どおり、外へ電話もかけさせました。ですが......二度の通話、安東はどちらも良い返事をもらえなかったようです。それどころか、ご両親と口論になっていました」その言葉に、署長のややふくよかな顔に思案の色が浮かんだ。彼は当初、辰琉には強大な後ろ盾があると考えていた。迂闊に手を出せない相手だと。だからこそ、わざわざ京弥に連絡を入れたのだ。だが、実際には――驚くほど脆かった。ほんの少し揺さぶっただけで崩れ落ちるとは。署長にとっても予想外だった。こんな役立たずに、わざわざ京弥の手を煩わせる必要があるのか?署長は眉間を押さえ、どう報告すべきか思案を巡らせた。この件は大ごとではないが、小さなこととも言えない。「わかった」署長は姿勢を正し、今西を見据えた。「

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status