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不倫の父、不幸な母、孝行息子、崩壊の家
不倫の父、不幸な母、孝行息子、崩壊の家
Author: 飴田わさび

第1話

Author: 飴田わさび
息子が生まれて3日目、夫の澤田勝実は姿を消した。

私は一人で出産と授乳の痛みに耐えながら、歯を食いしばって息子の世話をした。

知人から聞いた話では、彼は別の街で別の女性と一緒にいるという。

一人で子育てをするため、私は昼は仕事、夜は在宅の副業をこなし、長期の睡眠不足で、20代にして抜け毛と白髪に悩まされた。

この数年間、勝実は一度も現れず、私はもうこの人のことをほとんど忘れかけていた。

それでも息子の中林堅治は無事に育ってくれた。

大学の合格通知書が届いた日、私は喜んで八品の料理と汁物を作った。

でも息子は一人では帰って来なかった。彼の後ろには勝実がいた。

「母さん、この人が誰か分かる?」

堅治はそう言いながら、輝くような笑顔で私を見た。

恍惚として、私は初めて堅治がこんなにも嬉しく笑うのを見たような気がした。

最初、私は勝実だと分からなかった。

十数年という歳月は、彼の若かった頃の面影を消し去るのに十分だった。

あるいは、私の心の奥底では彼に会いたくなかったのかもしれない。

「母さん、分からないの?

この人が父さんだよ!」

この一度も聞いたことのない呼び方が私を刺した。

堅治の声色から、再会の喜びが露骨なまでに伝わってきた。

でも彼は知っているはずだ。父親は浮気をして、私たち母子を捨てたことを。

「何しに来たの?」

堅治の熱意に比べ、私の態度は氷のように冷たかった。

勝実と堅治は固まり、堅治は信じられないという表情で私を見た。

「母さん、どうしてそんな言い方するの。

父さんが来たのは、もちろん家に帰ってきたんだよ......」

堅治は興奮気味で、勝実は彼の肩を叩いて慰めた。

私の胸は痛んだ。初対面なのに、どうしてこんなにも親密なのか。

「長い放浪の末、家に帰りたくなった。

昔の過ちは俺の責任だ。恨まれても当然だ。

若かった頃は遊び半分だったが、今思えば、君は俺が出会った中で最高の女性だった」

私は動じることなく彼を見つめ、ニヤリと微笑んだ。

「そんな言葉で全ての過ちを消せると思う?

妻子を捨てて、十数年も姿を消した人があなたでしょう。

今さら戻ってくるつもり?申し訳ないけど、この家にはもうあなたの居場所はないわ。

私たち母子にとって、あなたは他人同然よ」

私の反応は勝実の予想通りだったようだが、堅治にとっては意外だったようだ。

「母さん、父さんのことをそんな風に言わないで。

父さんはもう謝ったじゃない。

それに改心して戻ってきたのに、どうして追い返すの?」

すっかり背の高くなった息子は勝実の前に立ちはだかり、まるで守護神のようだった。

でも私が一人で育てた息子なのに、私の守護神であるべきではないのか。

目の前の息子を見つめながら、突然彼がとても見知らぬ人のように感じられた。

「堅治、その言い方はどういうつもり?

あなたが生まれてすぐ新生児肺炎で入院した時、私は産後間もないうちから必死で看病して、大変だったのよ。

その時、彼はどこにいたの?あなたが父さんと呼ぶその人は、どこにいたの?

十数年もの間、私たち母子のことを気にかけることもなかったくせに、今になって甘い言葉を並べただけで、すぐに父さんって呼ぶの?」
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