姑が、私の娘を自分の娘と入れ替えた。 理由はただ一つ、遅くに産まれた末娘を甘やかし、苦労させたくなかったからだ。 夫はそのことを黙認していた。 けれど私は黙って見過ごすことができず、こっそり娘を取り返し、それを誰にも知らせなかった。 こうして、私の娘は大切に育てられ、一方で入れ替わった子は苦労を重ねた末に家を出ていった。 時が流れ、姑は癌を患い、親子鑑定の結果を持ち出して娘に尽くすよう求めてきた。 私は姑と得意げな夫をじっと見据え、微笑みながらこう言った。 「いいわよ!それなら元に戻しましょうか。あんたたちの娘を返すわ。だから私の娘を返してもらうわね」
View More私は二度と離婚の話を持ち出さなかった。 それどころか、迅と元通りの夫婦関係を装い、表面上は仲睦まじく過ごした。 陽菜は私の態度を理解できず、苛立ちを隠せなかった。 「あんな男のところに戻るなんて……お母さん、あいつがやったことを忘れたの?」 彼の悪意は明らかだったのに、なぜ、と。 一方で楓は状況を察したのか、陽菜を海外へ連れ出すことにした。 彼女は陽菜をあの手この手で説得し、無理やり国外に連れて行ったのだ。 このことに対し、迅は特に気にも留めなかった。 その後、迅は私を連れて田舎の実家へと帰る計画を立てた。 彼は道中、やけに上機嫌で饒舌だった。 夜になると、自ら進んで夕食の準備をすると申し出た。 「ガスボンベの扱い方なんて分からないだろう?」 彼がそう言うのに対し、私は従順なふりをして小さく頷き、何も気づいていないような素振りを見せた。 しかし誰も知らなかった―― 迅と再び寝食を共にしながら耐え続けた年月の中で、私はどれほど彼を葬る方法を研究してきたかを。 そんなある日、迅が泥酔して帰宅した。 ソファに倒れ込み、しきりに嘔吐しながら言う。 「梓……俺に麺を作ってくれないか?前はいつも作ってくれたよな……」 私は頷き、外のキッチンへと向かった。 迅はしばらく待っていたが、期待していた爆発音は聞こえてこなかった。 「……おい、どうしたんだ?」 不安に駆られた迅がキッチンへ向かう。 彼は酔いのせいで感覚が鈍り、体を壁にもたれかけたまましばらく立ち止まった。 その壁には、ちょうど照明のスイッチがついていた。 ――ドン! 轟音とともにガスボンベの爆発が起き、迅の体は爆風に包まれた。 迅は緊急搬送され、全身黒焦げの状態で集中治療室に入れられた。 ベッドの上で激痛に耐えきれず、彼は絶叫し続けていた。 「あああ……殺してくれ!お願いだから俺を殺してくれ!」 数日後、警察が詳しい事情を尋ねに来た。 私は何も隠さず、涙ながらにこう尋ねた。 「これ……いったいどういうことなんでしょう?」 警察は同情の表情を浮かべながら説明した。 「これは、彼があなたを殺そうとして仕掛けた事故です。しかし、彼自身がその罠にかかったようです」ただ、私はたまたま腹を壊してトイ
私は楓に対して複雑な感情を抱いていた。 彼女に手を差し伸べるべきか、長い間悩んでいた。 そんなとき、陽菜が私の前に立ち尽くし、何かを言いかけて言葉を飲み込む様子を見て、突然悟った。 もし楓のこれまでの苦しみが、別の形で陽菜の運命だったらどうだろう? もし別の世界で、私が姑の子ども交換を見抜けなかったら? 楓のように虐げられる娘を、誰かが救いの手を差し伸べてくれるだろうか? そう考えた私は楓を海外へ送り出し、新しい生活を始めさせることにした。 彼女がその恩を心に留めてくれたおかげで、今こうして私を助けに戻ってきてくれたのだ。 楓の言葉に姑は絶句し、何も言い返せなくなった。 楓はさらに追撃を加えるように、これまでの経緯をすべてさらけ出した。 「もし彼女があたしの母さんじゃなかったら、私はもう死んでたよ! 何を言うつもり?あたしに許してもらえると思ってるの?」 楓の言葉が鋭く響き渡り、迅の顔には羞恥の赤みが浮かんだ。 彼は楓の腕を掴み、必死にその場から連れ出そうとする。 だが楓は振り払うと、迅の足に向かって思い切り蹴りを入れた。 「触るな!あんた、前に私を友達に差し出そうとしたくせに……!」 楓はその場でハッとして口をつぐんだ。 しかし、私はその言葉を聞き逃さなかった。 「何だって?楓、もう一度言いなさい!」 私は今にも噴火しそうな火山のようだった。 その一言が引き金となり、すべてを飲み込む怒りが溢れ出しそうになる。 「いや……何でもない!」 楓は笑いでごまかそうとしたが、私は抑えきれず彼女に駆け寄った。 周りの人々もこの急展開に呆気にとられ、迅が殴られる様子をただ茫然と見ていた。 「おい、あのばあさんが倒れたぞ!」 誰かが叫び、皆が視線を向けた。 姑は楓に怒りで息を詰まらせたのか、その場で息絶えてしまったのだ。 最期の瞬間、姑は楓の手をしっかりと掴み、震える声でこう訴えた。 「楓……一声でいい……『お母さん』と呼んでおくれ……」 だが、楓は姑への憎しみを隠しきれず、はっきりと告げた。 「私にはお母さんがいるわ。名前は梓っていうのよ!」 姑は目を見開き、信じられないとばかりにその場で息を引き取った。 姑が亡くなったことを知らせる機械音が鳴り響く中
迅とは対照的に、姑が怒りを爆発させる中で、迅は再び私に媚びへつらうような笑みを浮かべた。 「梓、俺が悪かったって分かってる。だからさ、好きなだけ俺に八つ当たりしていいよ。ほら、俺は動かないから」 そう言いながら、自分の顔を私の目の前に差し出してきた。 彼を見つめた瞬間、私は背筋がぞっとするのを感じた。 娘が生まれたとき、迅は私が自分を信用しないことを快く思わず、姑が二人の子どもを入れ替えることを黙認した。 そして今、事態が終息に近づき、姑の命が尽きようとしている。 彼の心の中にはまだ私への不満が残っているのか?それは分からない。 だが、彼が暗闇に潜む狼であることは確信していた。 その視線の奥には、私の婚前財産を狙う飢えた欲望が隠れているのだから。 陽菜は迅のこの振る舞いを理解できず、不思議そうな顔をしている。 私は娘の目を見つめて答えた。 「男ってのはね、本当に懲りないんだね」 私はこういう男たちをじわじわと追い詰めるのが得意だ。 鈍い刃物で少しずつ肉を削ぎ落とすように、殺し文句を投げかけて心を抉る。 楓が到着する日、姑は正装して空港へ迎えに行った。 彼女は興奮しきっており、一刻も早く楓に会いたいと願っていた。 だが、想像していたような母娘が抱き合い涙を流す感動の再会は訪れなかった。 楓は冷たい目で姑を見つめ、一言も発さなかった。 姑は涙をこぼしながら訴えた。 「楓……本当に知らなかったのよ!あなたが私の実の娘だなんて。 あれはあの女がこっそりと入れ替えたのよ! 私はただ、楓に幸せになってほしかっただけなのに……」 幸せな生活、ね。 私と姑が同じ時期に妊娠したとき、迅は二人分の生活費を賄わねばならず、当然その負担は大きかった。 二人の子どもの衣服や布団の質には雲泥の差があり、私は自分の財産で娘に最良のものを与えられた。 一方、年を重ねた姑にはそれができず、彼女は悔しさを募らせていた。 そして、泣きわめき、迅に文句を言い、時には自ら命を絶つような真似までして彼を追い詰めた。 最初、迅は私に少しだけでも姑を助けてやってほしいと頼み、次第に直接「楓の面倒を見ろ」と要求するようになった。 「冗談じゃない!」 私は即座に拒否した。それを面子を潰されたと感じた迅は
どれだけ心の準備をしていても、迅の言葉には思わず震えた。 私は陽菜に学校を休むよう伝え、しばらく家から出ないように念押しした。 陽菜は少し不満げだったが、私は断固とした態度を崩さなかった。 迅の報復の矛先は私だけで十分だ。陽菜を傷つけさせるわけにはいかない。 昼休み、いつも通り陽菜に電話をかけた。 しかし、呼び出し音は長く鳴り続けるばかりで、一向に応答がない。 陽菜は普段から携帯に依存しているタイプで、トイレに行くときすら携帯を手放さない。 そんな彼女が電話に出ないなんて、ありえない。 焦りが募りながらも、私は電話をかけ続け、車の鍵を掴んで急いで家を飛び出した。 頭の中では「慌てるな」と自分に言い聞かせていた。 この家は私が新しく借りたもので、迅が場所を知るはずがないと分かっていたからだ。 だが、それでも涙が溢れ出し、不安な心を隠しきれなかった。 車のエンジンをかけた瞬間、電話が鳴った。 ――ブーン、ブーン。 私はすぐに電話を取った。 「俺さ、陽菜の出前にちょっとスパイスを足しておいたよ」 迅の笑い声が電話越しに伝わってきた。その粘ついた不快な声が耳を刺す。 私が何か言う間もなく、電話は切られた。 かけ直してみたが、すでに電源が切られていた。 ハンドルを握る手が震え、冷や汗が全身を濡らした。 ――彼が仕込んだのは何だ? 下剤?毒薬?それとも何かもっと恐ろしいものなのか? 視界は涙と汗で曇り、危うくガードレールにぶつかりそうになりながらも、何とか家にたどり着いた。 鍵を取り出し、急いでドアを開ける。 想像していた最悪の光景はそこにはなかった。 陽菜はベッドに横たわり、ぐっすりと眠っている。 「お母さん、何してるの?」 寝ぼけ眼でこちらを見る娘に、私は思わず怒鳴った。 「なんで電話に出ないの?!私がどれだけ心配したと思ってるの!」 陽菜は驚いて飛び起き、慌てて言い訳を始めた。 「ごめんなさい……全然気づかなかったの」 携帯を取り出してみると、すでに電源が切れていた。 迅が深夜に陽菜に何度も電話をかけ、バッテリーが切れるまで鳴らし続けたのだ。 ――これは罠だ。 背筋を凍らせる悪寒が全身を駆け巡る。 今回はただの虚構だったが、次はどうな
もし……もし陽菜が偽物だったら? 彼らがこの日々で注いだすべての努力は一体何だったというのか? 迅は呆然と立ち尽くしていた。そして、ついに楓の血液型がB型だったことを思い出したのだろう。 姑は集中治療室に運ばれ、迅は陽菜を引っ張るようにして再度親子鑑定を依頼した。 親子鑑定の結果が出るまでには三日かかる。 その三日間、迅はまるで魂の抜けた屍のようだった。 ガラス越しに姑の姿をじっと見つめ、一瞬たりとも目を逸らさない。 空腹になると饅頭をかじり、赤く充血した目で私を睨みつけるだけだった。 ついに三日後、迅は親子鑑定の結果を受け取った。 ――「桜坂迅は桜坂陽菜の生物学上の父親である」 その瞬間、迅の中で天が崩れ落ちたかのようだった。 膝が砕けるように崩れ落ち、私の足元にひれ伏したかと思うと、次の瞬間には私を指差して罵声を浴びせた。 「梓!あんたってやつは、どこまで卑劣で悪毒なんだ!これ全部、わざとやったんだろう! 警察に通報してやる。母さんに何かあったら、あんたを絶対に許さない!」 「それと、この件は絶対に母さんに言うなよ!」 私が卑劣? なら、こっそり私の娘をすり替えたあんたたちは何なの? 幼い楓に拳を振り下ろし、足蹴にしてきたあんたたちの方がよっぽど卑劣だと思うけど? それに、あんたたちは街の人々を巻き込んで私に子どもを交換させようとしたんじゃない。 私のせいじゃなく、自分たちの行いが招いた結果よ。 私が黙っていても、姑に真実を告げる人は他にいくらでもいる。 姑が一般病棟に移されたその日、主治医が病室にやって来て状態を確認した。 元々癌を患っていた姑は、短期間に二度の大手術を受けており、すでに片足を棺桶に突っ込んでいるような状態だった。 迅は医師からの指示を細部まで覚えようと必死で、私と陽菜を姑に近づけさせないよう隔離した。 その理由は――私たちが楓を探しに行くと言い出したからだった。 陽菜が楓と幼い頃から親しい関係だったことを考えれば、彼女が探し出す方が手がかりが多いだろう。 暇を持て余していた姑は、病院の清掃員と世間話をするようになった。 長いお喋りの中で、清掃員がとある噂を漏らした。 「あの娘さん、A型の血液型なんだって!だからお母さんの実の娘なのよ
病室を出ると、陽菜が私に向かってにっこりと笑い、「お母さん、私、演技うまかったでしょ!」と言いたげな顔をして見せた。 「うん、よくやったわ」 そう返すと、陽菜は少し呆れた顔をしながら私の手から煙草を奪い取る。 「お母さん、姉さんが言ってたでしょ。煙草はダメ!」 娘という人質を抱えているため、迅と姑は警察には通報してこない。 冗談じゃない。彼らはまだ陽菜に期待しているのだ。名門大学に通う娘がいれば、自分たちの老後がどれだけ楽になるか――その計算は簡単だ。 「天子を挟んで諸侯に令す」みたいなもんだ。私もそのくらいの策略は心得ている。 「酸っぱい!」 私はヨーグルトを吐き出し、戒尺を取り出して陽菜に向かって振り上げた。 「こんな酸っぱいもん飲ませて、私を殺す気か!このろくでなし!」 陽菜は目を丸くして硬直したままだったが、次の瞬間、姑が飛び込んできて戒尺の一撃をまともに受けた。 顔を歪めながらも、姑は必死で陽菜を慰めようとする。 水が熱すぎれば私は打つ。 水が冷たすぎても私は打つ。 太って気分が悪いと打ち、ダイエット中で腹が減っていても打つ。 姑が肉を取れば打ち、取らなければまた打つ。 迅が足音を立てて歩けば打ち、足音を立てなければまた打つ。 ほんの一月も経たないうちに、二人は骨と皮だけになり、頭を抱えて泣くようになった。 「梓……俺は、俺は……」 迅が何か言おうとすると、姑が慌てて口を押さえた。 「静かに!聞こえるわよ!」 監視カメラ越しに怯える二人を見ながら、私は満足げに頷く。 ――やっぱりね。痛みってのは、自分で経験して初めて分かるものよ。 子どもを虐げて威張るなんて何の自慢にもならない。やるなら私を相手にすればいいじゃない。 ある日、迅と姑は相談の末、私を懐柔しようと姑が手作りの烏骨鶏スープを持ってきた。 「梓、私たちみんな家族よ!間違いがあっても、すべて私の責任。ごめんなさいね。だから、もう陽菜のことで責めるのはやめてちょうだい」 私はスープを一口飲むふりをして、またテーブルに置いた。姑は焦った様子で促す。 「さ、飲んでちょうだい……お願いだから!」 「陽菜!」 私は陽菜を厨房に引きずり込み、鍋の沸騰したお湯に彼女の頭を押し込むふりをした。 「
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