「結城さん、私が言いたいことは、あなたの世界に入ってやっていけるかどうか試す時間を少しくれないかっていうことよ。もし上流社会に溶け込めないって判断したら、私も自分に無理して生きたくないの。あなたも私に無理強いしたりしないで。立場も違う、差がある二人の結婚は長くは続かないわ。今あなたは私のことを好きになってそんなに時間が経っていないでしょう。だからその好きだって気持ちが一番燃え上がってる時期なのよ。そんな時期だから、もちろん私の全てを受け入れられるって自信があるの。私がどんな身分であっても、あなたは気にしてないんだよ。それが時間が経ったら、私があなたを支えることができないって気づく時が来るわ。私たちには共通の話題もないし、あなたが経済や株、投資の話をしたって、私には全くわからない。一緒にあなたのお友達とのパーティーに行ったとして、よその奥様とあなたが弁舌をふるっている時に私は何を話すことができるというの?あなた達に『今日はお天気がよろしいですね』だなんて能天気な話をしろっていうの?それから、私があなたの面子を潰すようなことをしてしまえば、私はお友達の奥さんとはかけ離れているとあなたは思うでしょうね。だって相手の奥様はお互いに家柄の合った住む世界が同等な人たちだから、同じような考えと話題を持っているのよ。あなたは自分さえいれば、誰も私に失礼な態度を取ることなんかできないって言うかもしれないけど、私は卑屈になるでしょうね。私はあなたに籠の中で大事に育てられる小鳥ではいたくないの。私はあなたと肩を並べて歩んでいけるような女性でいたい。だけど、そもそもスタート地点が高すぎるのよ。いくら馬に鞭を打ったって、あなたのところに追いつけないわ。だから、私たちは新しくスタートしたい。私にあなた達の世界で生きていけるかどうか試すチャンスがほしいの」理仁は表情を暗くした。「どうしてそんなに他人からどう思われるか気にするんだ?言っただろう、俺は君とこの家庭を養うことはできるから、唯花さんは今まで通りに生きていってくれていいんだ。誰かに何か言われても気にしなくていい。あいつらはただ君が結城家の若奥様になれたことを嫉妬の目で見ているだけなんだから。俺の友人が唯花さんを見下すようなことはないって君も知っているよね。パーティーがある時には、君の前で難しい話などせず、日
「あなたに騙されてたって知った時は、すごく頭にきたの……ってそれは、今はいいわ。あなた、緊張で髪の毛も逆立ちそうになってるわよ。怒りもまだ収まってないし、まだ冷静になれてない時に、あなたに代わって、結城さんはやむを得ない理由があったんだとか、許してあげてほしいとか、たくさんの人が私に言ってきたのよ」親友はもちろん彼女の味方であることに間違いないが、彼を擁護する言葉もかけてきた。「唯花さん、俺が間違っていたんだから、君は怒って当然なんだ。あんなに長い間君を騙し続けるべきじゃなかった。告白する時も君に面と向かって直接言う勇気もなく、あんな方法で知らせてしまった……桐生社長に相談してこんなことに!」一体どこの誰が蒼真に泣きついてきたんだ?唯花は少し黙ってからまた言った。「今回のことは、結局あなたは私のことを完全に信じてくれてなかったってことよ」「唯花さん、確かに以前の俺は君のことを信じられなくて金目当てなんじゃないかと警戒していたんだ。でも、今の俺は唯花さんの人柄を信じているよ」唯花はまた深く黙り込み、顔を上げて彼と目線を合わせ、少し迷ってから心を決めた様子で理仁に言った。「結城さん、また契約書を作ってもいい?」理仁の返事を待たず、彼女はそのまま話を続けた。「あなたがどんな人なのか知った時すごく頭にきたの。それ以外に、私たちの差をちゃんと考えなきゃって思って。あなたは結城家のお坊ちゃんで、億万長者の名家出身。私は両親もいない、最低な親戚しかいない普通の人間よ。私自身にも何の能力もない、どこをとってもあなたには相応しくない女なの」「唯花さん!」理仁は真剣な眼差しで彼女の話を遮った。そして厳しい口調でこう言った。「唯花さんがどんな家柄であろうと、俺はそんなの気にならない!君を嫌いになることだってない。俺が君と一緒にいて問題ないと言ったからには、そんなふうに自分を貶すようなことは言わないでくれ」「別にそんなつもりじゃないわ、ただ事実を述べただけよ」唯花は自分自身を卑下するようなことは絶対にないのだ。「唯花さん、俺は君に何も求めてなんかない。俺に家庭を持って君を養っていける力があるだけでいいんだ。将来子供ができたってちゃんと育てることができる。俺が稼いだお金でサッカーチームが作れるくらい子供ができたって養っていけるよ。自分に
唯花は右手でジョウロを持って彼のほうへ振り返った時に、右手を高く上げて見せた。右手でやるから大丈夫だと言う意味だ。怪我をしているのは左手だから問題ない。「片手で水やりするのも疲れるだろう。ここにある花は清水さんにお願いして世話してもらっているから、君がやる必要はないよ」理仁は彼女の手からジョウロを受け取り、彼女に水やりをさせないようにした。そして、彼女をハンモックチェアのほうへ連れていき座らせた。「ここに座ってゆらゆらしているのが好きだろう。部屋からコートを取ってくるよ」「別に寒くないわよ」理仁は何も聞こえていないふりをして、彼女のためにコートを持ってまた戻ってきた。それを彼女の肩に羽織らせようとしたが、それを拒まれて膝にかけてあげた。こうすればここにいてもそこまで寒く感じないだろう。「じゃあ、ご飯作ってくるから、何かあったらいつでも俺を呼んでね。絶対に水には触れないようにしてくれ」理仁は再び彼女にそう注意すると、キッチンに戻り、夫婦二人の夕飯作りにとりかかった。唯花はハンモックチェアに揺られていて、暫くすると立ち上がって部屋へと戻った。そしてキッチンの入り口から静かに理仁が夕食の準備をするのを見つめていた。彼を見つめながら、以前彼と過ごした日々を思い出していた。彼女に自分の正体を隠していたことを除けば、日々の生活の中で、彼は彼女のことをしっかり気遣うようになっていた。彼らはとても甘い時間を過ごしたこともある。暫くそうしていてから、唯花はまた体の向きを変えてソファまで行くと、テレビをつけた。しかし、テレビに集中することはできなかった。理仁は何度もキッチンから顔を出して、彼女が何をしているのか確認していた。内心とても緊張していた。彼女が一体何を話すつもりなのかわからないし、どのような決断をしたかも未知だ。理仁は心の中で自嘲した。彼が冷静になっても、自制心を持っても、唯花を目の前にすると全てコントロールできなくなってしまう。それから一時間以上が経過した。理仁お手製のシンプルな夕飯が完成した。おかず三品に、スープだ。そのどれもが唯花が好きな料理ばかりだった。彼は唯花にスープを入れ、茶碗にご飯を盛って、お皿におかずを取り分けると、箸とともに彼女に渡した。唯花は彼を見つめて言った。「結城さん、
理仁に電話をした後、唯花は姉にひとこと今夜は先にトキワ・フラワーガーデンのほうに戻って理仁と話し合ってから、遅くに姉のところに帰ると伝えた。唯月は「わかったわ、遅くても待っているからね」と返事した。電話を終わらせると、唯花はすぐには店に入らず、高校の前にある川に沿って一人で歩いていた。冷たい風に吹かれ、ゆっくり冷静に考えられるようになってきた。今彼女と理仁が直面している問題は、彼女が怒っているかどうかではなく、二人の間にある現実的な差のことだった。歩き続け、彼女はかなり遠くまで来たことに気づき、立ち止まって体の向きを変え、店のほうへ戻ろうとした。後ろを振り返った時、遠くの方に自分の後ろに続いてきていた明凛の姿が見えて、少し立ち止まると、また親友のほうへ歩き始めた。「私、思い詰めたりしないから」明凛は微笑んで言った。「もちろん、わかってるわよ。何か私にできることがあったら、私を呼んで、ここにいればすぐ聞こえるからね」唯花は暫くの間彼女と見つめ合ってから、突然親友に抱きついて感動した様子で言った。「明凛、あなたみたいな親友がいて、私とっても幸せだわ」「それはこっちのセリフよ」明凛は彼女の背中をトントンと叩いて、彼女から離れ、一緒に肩を並べて歩きながら話した。「ご飯食べてから帰る?」「彼に迎えに来てもらうことにしたの」唯花は明凛の質問には答えなかった。明凛は彼女のほうを見て尋ねた。「彼を許すの?」「ただ怒ってただけで、恨んでるわけじゃないもの。そろそろ彼との間にある現実問題に向き合わなくっちゃ。だから、彼とちゃんと話し合おうって思ったの」明凛は頷いた。「そうね、あなた達はきちんと話し合ったほうがいいわ。人との付き合いはきちんとコミュニケーションを取るのが一番大切だもの」唯花は頷いた。理仁はすぐに店へとやって来た。彼と一緒に悟も来ていた。悟は明凛を食事に誘うつもりなのだ。悟と明凛は、唯花が理仁の車に乗ってその場から離れるのを見送った。悟は明凛の手に触れて尋ねた。「あの二人仲直りしたんですか?あいつ会社から出て来て、まるで宝くじに当たったみたいに興奮状態でしたよ。ここまでもスピード出してきたし」「宝くじに当たったみたいって、結城さんは有り余るほどお金を持ってるでしょう。そんなことで興奮する
「どうしてまた突然お金を稼ぎたいだなんて言い出すのよ?今お金に困ってるわけじゃないでしょ?」「貯金も数百万あるくらいで、まあ、別にお金に困ってるわけじゃないんだけど、お金持ちの貴婦人とは、ほど遠いわ。姫華にいろいろ聞いたの。それはね、私と結城さんの間に存在する現実的な問題についてよ。しっかりとそれに向き合わなきゃいけないから」明凛は彼女に尋ねた。「もう彼に怒ってないの?」「怒ってる、ないに関係なく、彼との将来について考えなくちゃいけないもの」唯花はため息をついた。「普通の人と結婚したいって思ってたのに、どうしてこんな深い穴に落ちてしまったのかしら、這い上がることもできないわ。姫華がね、私がたとえ離婚訴訟を起こしたとしても、結城さんが離婚を認めない限り、絶対に彼から離れることはできないって」「あなたが離婚訴訟を起こそうとするなら、彼は一生あなたを軟禁状態にするでしょうね」「思い出すだけでもイライラすることを言わないでよ」唯花はメロンひと切れ食べた。「このメロンすごく甘いね」「私が選んだんだもの、甘いにきまってるわ。最初はさ、私たち姫華が今回のこと知ったら、あなたと仲が悪くなるんじゃないかって心配してたけど、あの子の反応見るからに、怒ったけどすごく冷静で、あなたを恨んではいないみたいね。姫華が恨んだとしても、それは彼女と結城さんに縁がなかっただけだものね。結城さんもあの子のことを好きになったことないし、何か約束したりなんかもしてなかったことだし。彼女に結城さんを好きになる権利があるのと同じように、結城さんにも彼女を拒否する権利があるんだもの。唯花はただ結城さんとの現実的な問題だけを考えればいいよ。それ以外のことは何も心配することないわ」唯花はフォークを置いて、またため息をついた。「考えさせてちょうだい」みんなで揃って彼女を説得しようとすると、逆効果になるのだ。「わかった、もう何も言わない。自分でよく考えてみて。あなたが決めた事に何も言うつもりはないわ。もう食べないの?」「食欲なくて」明凛も無理に食べさせるつもりはない。精神的に傷を負えば、暴飲暴食をするか食欲がなくなって眠れなくなるか、みんな同じだろう。悶々とした日々を暫く過ごすものだ。この時、外から誰かの足音が聞こえてきた。するとすぐに結城
姫華は唯花に尋ねた。「唯花、彼に送ってもらう?それとも私が送ろうか?」「タクシーで帰るわ」唯花は姫華にも、理仁にも送ってもらわず、争いを避けることにしたのだ。ああ、人間関係ってとても難しい!「だったら結城さんに送ってもらったらいいわ。私も出かけてからかなり時間が経ってるしそろそろ帰らなくちゃ。お母さんにも出かけるって言ってきてなかったしね」姫華のほうから譲ることにした。彼女はじいっと理仁を見つめ、唯花の手を放して外へと向かっていった。「結城さん」突然姫華は立ち止まって後ろを振り向き、大きな声で理仁のことを呼んで続けて言った。「結城さん、唯花に無理強いしないでちょうだい!それから、私たち神崎家は唯花の親戚よ、だから唯花をいじめようたってそうはいかないわ。数日前みたいに彼女の自由を奪うような真似をまたしてごらんなさい、私が直接殴り込みにいくわよ!」理仁はあの整った顔をこわばわせ、冷ややかに返事をした。「うちに殴り込みにくるような事態には絶対にならないな」今の彼は、唯花を目に入れても痛くないくらい、この世の宝物のように扱っているのだから、唯花を苦しませるようなことはするわけないのだ。「唯花、もし彼があなたを苦しめるようなことをしたら、私に言ってちょうだい。私が矢面に立ってあげるから。それから、結城さん、私と話す時は敬語を使うように伝えたはずよ。もし、丁寧な言葉遣いをしないというなら、唯花の親戚を尊重してないってことよ、つまり彼女に対する愛が足りてないってことなんだからね」理仁「……」この時の彼は悪態を付きたくてたまらなかった。神崎家はみんな同じような性格をしているらしい。神崎玲凰もこれと全く同じだ。姫華は自分のほうが勝ったとでも言わんばかりに得意になって去っていった。「唯花さん、俺はもちろん君の親戚のことを尊重しているよ。さっきは神崎さんがわざとあんなふうに言って俺たちの仲を裂こうとしたんだ」唯花は暫く彼を見つめた後、言った。「あなたが来る前に、姫華からあなたに関することをたくさん聞いたわ。だけどね、それは別に私たちの仲を引き裂こうと思って言ったんじゃないのよ。偏った見方で人を見ないほうがいいわ。姫華はとても良い子よ」そう言い終わると、彼女は彼から塗り薬の入った袋を奪い取り、彼を通り過ぎて行った。