【完結】銀の少女

【完結】銀の少女

last updateLast Updated : 2025-06-26
Language: Japanese
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昭和58年。 藤崎柚希(ふじさき・ゆずき)は、いじめに悩まされる日々の中、高校二年の春に田舎の高校に転校、新生活を始めた。 父の大学時代の親友、小倉の隣の家で一人暮らしを始めた柚希に、娘の早苗(さなえ)は少しずつ惹かれていく。 ある日柚希は、銀髪で色白の美少女、桐島紅音(きりしま・あかね)と出会う。 紅音には左手で触れた物の生命力を吸い取り、右手で触れた物の傷を癒す能力があった。その能力で柚希の傷を治した彼女に、柚希は不思議な魅力を感じていく。 ホラー要素を含んだ恋愛小説です。

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Chapter 1

第1章 邂逅 1/5

 優しい日差しが映り込み、川面が輝いていた。

 昭和58年5月。

 奈良県北部に位置する、この街に越して一ヶ月。

 この小川にまで足を運んだのは初めてだった。

 腰を下ろし木にもたれかかると、柚希〈ゆずき〉は少し顔をしかめた。

 まだ痛む。殴られた頬が、そして蹴られた脇腹も、時間と共にずきずきとしてきた。

 頭もまだ朦朧としている。制服の詰襟を外し、ベルトを緩めると呼吸が少し楽になった。

 両手の親指と人差し指を使ってフレームを作り、小川や土手を眺める。

 今度の休み、ここで写真を撮ろうか。

 今しがた起こり、そしてまた、明日もあさっても続くであろう現実から目を背けるように、柚希は木にもたれたまま、フレーム越しに辺りを見渡した。

 その時、柚希が気配を感じた。

 今日はまだ許してくれないのか……あと何回殴られるんだ……勢いよく彼に近付いてくる足音に、柚希は目をつむり、諦めきった表情を浮かべた。

 その時だった。

 まだ少し血がにじんでいる彼の頬を、何者かが舐めてきた。

「うわっ!」

 予想外のことに、柚希が驚いて声を上げた。

 振り向くと目の前に、太い眉を持った犬の顔があった。

「え……犬……?」

 息を荒げて柚希を見つめるその犬に、思わず柚希が微笑む。

 そして次の瞬間、その犬に舐められた頬の傷に痛みが走り、顔をしかめた。

 しかし犬はおかまいなく柚希の上に乗り、再び顔を舐めだした。

「え? え? ちょ……ちょっと、やめろ、やめろってお前……ははっ、あははははははっ」

 尻尾を振りながら顔を舐めてくるその犬に、いつしか柚希は声を上げて笑っていた。

 散々殴られた後なので、犬を払いのける気力も残っていない。

 柚希は笑いながら、しばらく犬にされるがままになった。

 しかし不思議と、さっきまでの重い気持ちが軽くなっていくような気がした。

「コウ? どこに行ったの?」

 土手の向こうから、女の声がした。

 風の音にかき消されてしまいそうな、か細い声だった。

「……コウ! 何をしてるの、早く離れて! すいません、大丈夫ですか」

 コウと呼ばれるその犬を見つけた声の主が、慌てた口調でそう言った。

 その声にコウは反応し、柚希から離れると声の主の元に走っていった。

「ごめんなさい、大丈夫ですか」

「あ、はい、大丈夫です」

 そう言って起き上がろうとする柚希の目に、黒い日傘をさした女の姿が映った。

 太陽を背にしているので、よく顔が見えない。

 女が、手袋をした小さな手を差し出してきた。

 柚希がその手を握ると、手袋ごしではあるが、やわらかい感触と体温が伝わってきた。

 柚希は赤面しながらその手に引き寄せられ、ゆっくりと起き上がった。

 女は日傘をたたみ、小さなポーチからハンカチを取り出した。

「ごめんなさい、その……大丈夫でしたか?」

 ハンカチを柚希の顔に近付け、女が申し訳なさそうにそう言った。

 そして次の瞬間、柚希の顔のあざを見て、

「……もしかしてこの傷……ご、ごめんなさい、大丈夫ですか」

 動揺を隠し切れない様子で、柚希に向かって頭を下げた。

「あ、いえ……大丈夫ですよ。これはこの子につけられた傷じゃないですから。そうだよね、コウ」

 柚希がそう言うと、コウが一声鳴いた。

 その柚希の言葉に安心したのか、女は小さく息を吐き、柚希の傍らに座った。

「でもその、あの……やっぱりごめんなさい。いつもはちゃんとつないでるんですけど、今日はあんまり天気がよくて……コウも少し走りたいようでしたし、周りに人もいなさそうだったんで、つい……」

「本当に大丈夫ですから、そんなに謝らないでください。それに僕も……少し気分が沈んでたんですけど、コウのおかげで元気出ましたから」

 柚希の笑顔に、その女もつられて小さく笑った。

「でも、どうされたんですか、この傷……痛いですよね、きっと」

 女がそう言いながら、ハンカチを柚希の頬にそっと当てた。

 慎重に慎重にハンカチを押し当てると、白いハンカチに血がついた。

 彼女のその仕草に柚希は、再び赤面してうつむいた。

「ごめんなさい、痛かったですか」

「い、いえ……」

 柚希が恐る恐る、その女に視線を移す。

 腰の辺りまである長い髪が風になびく。

 その髪の色に、柚希は息を呑んだ。

 ――銀色の美しい髪。

 憂いを帯びた大きな瞳は、美しい赤。赤い瞳の人なんて、初めてだった。

 薄く小さな唇は、桜の花びらのような淡いピンク。

 肌は透き通るように白い。

 こんな片田舎の街に不似合いな、真紅のワンピース。

 そして黒いブーツに黒い日傘を持ったその姿に、まるで人形みたいな人だ、そう思った。

 高貴な雰囲気が漂う容姿に、柚希の視線は釘付けになった。

「あ……あの、その……」

 柚希の視線に戸惑うように、女は視線を落とした。

 その声に我に帰った柚希は、慌てて視線を外した。

「あ、す、すいません……その、あの……あんまり綺麗なので、つい……」

 柚希が無意識の内に、そう口にしていた。

 そしてすぐ、後悔と羞恥の念に襲われ、顔が真っ赤になった。

「え……え?」

 次に女の顔が赤くなった。

 両手を口に当て、どう反応したらいいのか分からない様子で、声にならない声を漏らす。

「あ、いえその……す、すいません」

「わ、わた、私……」

「違うんです……あ、いや違わない、綺麗というのは本当です。じゃなしに、違うって言うのはそうじゃなくて」

「え? え?」

 言葉にすればするほど、彼女の顔が赤くなっていく。

 弁明しようとすればするほど、新たな墓穴を掘っていく。

 静かな小川のほとりで、二人はそんなやりとりを続けた。

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